謎の『扉』の向こうへ、セリカは消えた。
この緊急事態に、グレンは一旦、生徒達をまとめ、野営場にまで戻ってグレンはシスティーナとルミアを自分の天幕内に招き入れた。
親鳥の後を追う雛鳥のようにリィエルもついてきたし、ロクスも有無を言わせず天幕内に入るが、二人も聞いておくべき話になるだろうから問題はない。
グレンは天幕内の四方に魔晶石を配置し、音声遮断の結界を張ってシスティーナとルミアの二人に
まとめると、システィーナはセリカに
ルミアの能力は『感応増幅者』――触れている任意の相手の魔力を一時的に超増幅させ、結果として魔術を強化する異能。システィーナはその能力でセリカが見落としたことが発見できればと思ったらしい。
だが、それがとんでもない誤算だった。
ルミアの能力を受けたシスティーナは、あの装置の裏に走る得体の知れない術式が、今までまったく見えなかったものが、急に見えるようになったのだという。
動揺したシスティーナは、つい操作モノリスに触れてしまった。
すると――今までなかった機能が、偶然、発現し――あの『扉』が出現した。
「なるほどな……」
今回の一件でロクスは確信した。
ルミアの異能は何かが違うということに。
「ようやく理解できた。ティンジェル、お前の異能は『感応増幅能力』じゃねえ。いや、正確に言えばその能力は何かしらの副産物で本来の力の一端でしかねえ筈だ。少なくとも俺はお前のような異能者は知らねぇ」
件の施設で多くの異能者やその異能を見てきたロクスだからこそ断言できる。
ルミア以外にルミアのような異能者は他にはいないと。
「あのクズ共がお前を狙う理由が少しは分かった。下手をすれば俺なんかよりもよっぽどやばい能力なのかもな」
だけどそれはそれで謎が増えた。
(天の智慧研究会はいったいどこでティンジェルの能力を知った? ただでさえ、ティンジェルの存在は秘密扱いされているというのに……)
ルミア=ティンジェルは廃棄王女。政治的事情によって、帝国王室から放逐された存在だ。
それでも腐っても元は王族。普通なら近づくことすらできない人間だった筈なのにどうやってルミアの能力のことを知ったのか? 仮にどこかで偶然に見てしまったとしても『感応増幅者』だと思うはずだ。
現にグレンだけじゃない。ロクスだってそう思っていたし、今でもルミアの本当の能力はわからないままだ。
(まるで初めからティンジェルの能力を知っていたかのように……)
いや、まさか……。とその考えを捨てる。
いくら奴等でも誰がどんな異能を持って生まれてくるのかわかるわけがない。と、今はルミアの能力については置いておく。それは後でも考えるべきことだ。
今はセリカについて。
「講師。教授のことはどうする?」
「無論、連れ戻しに行く」
即、グレンは断言した。
「ヤな予感がしやがるんだ……セリカのやつ、何か様子がおかしかった……なんでかはわかんねえが、普通じゃなかった……放っておけるわけねえじゃねえか……ッ!」
グレンはロクスに頭を下げる。
「ロクス。悪いが手を貸してくれ。お前にとっては面倒事かもしれねえが頼む」
「……ああ、今回は手を貸してやる。教授には借りがあるからな」
グレンの想像していた以上にあっさりと快諾した。
ロクスにとっても思うところがあるのかもしれないが、今は素直にありがたかった。
ただし。
「それとティンジェルも連れて行く。というか、帰る際はそいつの力がいる」
セリカを助けに行く同行者として指名されたルミアは驚くも、そんなことなどお構いなしにロクスは言葉を続ける。
「ティンジェルの力なしじゃ『扉』を開くことはできねぇ。向こう側にも『扉』を開く装置があるとすればティンジェルの力は必要になる。教授を助けに行くのならティンジェルをこっちに残しておく選択はねぇ」
ルミアの力がなければ『扉』を開くことができない。
こちら側から『扉』を開いても向こう側の『扉』が開かなければ戻ることはできない。それならば初めからルミアも同行させていた方が確実に戻って来られる。
「だが、しかし――」
「勘違いするなよ、講師。俺は教授に借りがあるから今回は手を貸すが、本来ならそんな危険なところに付き合ってやる義理はねぇ。俺はこんなところで死ぬわけにはいかねぇんだよ」
もし、『扉』を通ったのがセリカでなければロクスはグレンに手を貸すことなどしない。わざわざ、何が起こるかわからない危険地帯に足を踏み入れるほどロクスは愚かではないつもりだ。
なにより、ロクスには果たさなければならない使命がある。
「先生。私も行きます」
ルミアがそう言った。
「ロクス君の言う通り、その方が確実に教授を連れて帰ってこれます。危険なのも分かっています! でも……私、覚悟は出来ています! だから、どうか、私にもアルフォネア教授を助ける手伝いをさせてください! お願いします!」
続いて。
「せ、先生。私も行くわ……。そもそも私のせい、だし……お祖父様には敵わないけど……私だって、これまで魔導考古学を必死に勉強してきた……扉の向こうで私の知識が何か役に立つかもしれないし……だから……ッ!」
すると。
「わたしも行く。セリカを助けたい」
当然、と言わんばかりに、リィエルもそんなことを言い出した。
「お、お前ら……」
ルミア達をちらりと一瞥し、グレンは苦悩する。
どんな低級の遺跡でも、未探索領域では何が起きるか分からない。ロクスやリィエルならともかく、そんな危険性のある場所に……ルミア達を連れて行ってもいいのか? そして残された生徒達はどうする? と、リスクとリターンを天秤にかけるグレンにロクスは呆れるように言う。
「だからお前は過保護なんだよ、講師」
ロクスが呆れながら言葉を続ける。
「お前が鍛えた生徒はなにもできねぇガキか何かか? お前がいちいちアレやコレをしねぇといけねえほどに弱いのか? それとも自分の教え子がそんなにも信じられねえのか?」
「ロクス……」
フン、と苛立ちを吐き捨てるようにロクスはグレンに告げる。
「誰かを守りたいのなら、助けたいのならなりふり構わずに使えるものは全部使いやがれ。失ってからじゃ何もかも遅ぇんだぞ」
それはまさしく何もかも失った者にしかわからない重みがあった。
守りたかったもの、助けたかった人。自分の命以外の全てを失った者からの警告。その警告を受けたグレンは一瞬、言葉を失った。
(ロクス、お前は……)
失ったものは戻ってこない。ロクスはそれをよく知っている。
けど、グレンはまだ間に合う。
本当に守りたいのなら、助けたいのなら変な意地を張らず、一人で無茶をしようとせずに、みっともなくても誰かに助けを求めるのは恥ではない。
そして――グレンは覚悟を決めて言った。
「頼む……力を貸してくれ、ロクス、ルミア、システィーナ、リィエル。セリカは、ガキの頃から一緒にいてくれた、俺の唯一の家族なんだ……だから……」
そんなグレンの懇願にも似た言葉に。
一人は呆れるように溜息を溢しながら頷き、三人の少女達は力強く頷きを返すのであった。