セリカを助ける為にグレン達は再び大
「な……」
そこかしこに干からびた死体――無数のミイラが転がっていた。しかも、皆一様に恐怖と無念の形相に、その顔を歪ませて――
「ひ――ッ!?」
ミイラの存在に気づいたシスティーナが小さく悲鳴を上げ、グレンの腕に取り縋る。だが、グレンにも怯えるシスティーナを気遣うだけの精神的余裕がない。
「……な……なんなんだ……ここは……?」
「……少なくともタウムの天文神殿内じゃねえな。それに……」
グレンに続くようにロクスが周辺を見渡しながらそう告げて足元のミイラを見る。その朽ちかけた独特な衣装と、手にした杖から察するに……
「魔術師か? ここにいる奴等、全員が……? だけど、この傷は……」
謎のミイラ達は例外なく、焼け焦げていたり、体の一部を欠損していたりと外的損傷が激しかった。恐らくは、それらの外傷が生前の彼らの命を刈り取ったのだ。
(見た感じではどいつもこいつも魔術で殺されていやがる。ということは仲間割れ、か?)
ミイラ達の損傷はどれも魔術によってつけられたもの。少なくともロクスが見える範囲では剣で殺された者はいない。
詳しく検分すれば何か手掛かりは掴めるかもしれないが……。
「おい、講師。さっさとここからずらかるぞ。ここの空気はやべぇ」
「……ああ」
ここから離れる。それはグレンも賛成だった。
ここにいるだけで背筋から熱が奪われていくような……正気が、命が削られていくような、濃厚な『死』の匂いに充てられてグレンは目眩と吐き気を感じている。
ここは地獄。きっと、生きている人間が足を踏み入れていい場所ではない。怨嗟と死の穢れに満ちた、呪われた空間だ。
それなのにロクスはグレン達に比べてまだ平然としている。
「ロクス、お前は……」
平気なのか? という言葉がグレンの口から出る前にロクスが先に告げた。
「この空気には耐性がある。それだけだ」
ロクスは既に地獄を体験した身だ。
件の施設で地獄を体験してきたロクスにとってこの空間に漂る『死』の匂いには慣れている。だから、グレン達と比べて眉根を寄せる程度で耐えられている。
「よし! 行くぞ、お前ら! さっさとセリカを探して、こんな辛気臭ぇとこ、オサラバしようぜ?」
生徒達の前でこれ以上動揺を見せまいと、グレンは小さく震える拳を強引に握り固め、下腹に気合を入れて空元気で、明るく言った……その時だ。
ずる、……り……、と。後方から何かが這うような音が響いた。
「――ッ!?」
音に反応し、一同が咄嗟に振り返る。
グレンが指先に灯した魔術の光を、その音がした方向へと向ける。
すると、後方にある曲がり角から、長い金髪の女が這い出してくるのが見えた。
「セリカか!? おい、どうし――」
グレンがその女に向かって駆け出そうとするがロクスがそれを止めた。
「よく見ろ。あれが教授か?」
鋭い眼差しで女を警戒しながら告げるロクスの言葉にグレンは改めてその女を見ると、それはセリカではなかった。
ずるり。
その女には……左腕がなかった。
ずるり、ずるり……
もっと言えば、その女には下半身もなく、干からびた臓腑を引きずっていた。
ずるり、ずるり、ずる……り……
女はそのまま、石像のように固まったグレン達に這いずりながら近づいてきて……幽鬼のように振り乱した髪の隙間からグレン達を恨めしそうに見上げ……
その眼窩に眼球はなく、無限の闇色が湛えられていて……
「きゃああああああああああああああああああああああああああ――ッ!?」
システィーナの悲鳴が上がったのを皮切りに。
ガサササササササササ――ッ!
女が右腕一本を物凄い勢いで動かし、蜚蠊の如き挙動と素早さで這い寄ってくる。
『憎イ―――憎イ―――憎ィイイイイイ―――ッ! ァアアアアアアアア―――ッ!』
古木の洞を抜けるような金切り声を上げ、右腕一本で跳躍し、ロクスに掴みかかろうとするが……
「《知るか》」
そんなこと知ったことか、と言わんばかりの黒魔【ブレイズ・バースト】を起動。女を一瞬で焼き捨てる。
炎が女を焼き捨て、グレン達は安堵するのも束の間。
「おい、いつまでもボケっとしているつもりだ」
ロクスのその言葉にえ? となるグレン達の足元にいるミイラ達が次々と動き出して身を起こし始める。それだけではない。壁からは無数の手が生え、グレン達を捕えようとその手を伸ばす。
「サラ」
「うん」
相棒の言葉に頷き、サラは炎を生み出す。
その炎はまるで意志を持っているかのようにロクスの手のひらに収束される。
「《火葬の・時間だ・亡者共》」
すかさず呪文改変による黒魔【メテオ・フレイム】を詠唱。頭上から無数の炎弾が雨霰と降り注がれるだけではない。先に収束していた精霊の炎を加えて火力を高める。
精霊と魔術。二つの力が加わった炎弾が降り注がれ、ミイラ達は一人も残さずに灰も残らずに燃え尽きる。
「チッ」
だが、ミイラ達は消滅させることはできても亡霊達には効果が薄い。それならば魔力を
「《送り火よ・彼等を黄泉に導け・その旅路を照らし賜え》」
詠唱が聞こえた。
見ればルミアが香油の小瓶を取り出し、少しずつ垂らす様に振りまかれる香油に、不意に炎が引火し、明るい橙色の聖なる炎が、轟と渦巻いて燃え上がった。
それは白魔【セイント・ファイア】。
高位司祭が使うような高等浄化呪文。死者・悪霊のみを祓い清める浄化の火。その浄化の火はグレン達に火傷一つ負わせることなく亡霊達を浄化消滅させる。
「皆……大丈夫?」
「……あ、ありがとう……ロクス、ルミア……」
「ん。助かった」
システィーナとリィエルが、ルミアにお礼を言う。
「講師が情けねぇ姿を見せてんじゃねえよ」
「う、す、すまん……」
責められるように生徒に文句を言われたグレンはバツ悪そうに謝る。
金縛りにあったように身体を硬直していた為にもし、ロクスとルミアがいなければ先のミイラ達に殺されていたかもしれない。
「それよりロクス。お前、さっきのはいったい……?」
「魔術に精霊の力を加えて火力を上げただけだ。サラと俺の
サラの頭に手を置きながら告げる。
(簡単に言っているが、それがどれだけ繊細な技量が必要だと思っていやがる……ッ)
グレンはロクスの技量にただ戦慄する。
黒魔【メテオ・フレイム】は強力な広範囲制圧の軍用
精霊の力を加えたというのであれば、なるほど、確かに火力も上がるだろう。だが、魔術に別の力を加えれば暴発するのが当たり前だ。それだけ魔術には繊細な精神集中と魔力操作が要する。
いくら精霊と契約しているとはいえ、それをさも当然のように使えるようになるには血を滲むような努力と研鑽では足りない。
(ロクス、お前はいったいどこまで……ッ)
今のロクスに敵う帝国軍がいったい何人いるか。どれだけ自分を追い詰めればそれだけの強さを手にすることができるのか、グレンには想像もできない。
全ては天の智慧研究会に復讐する。その為だけにロクスは強さを求め続ける。
「それよりもちょうどいい。おい、ティンジェル」
ロクスはルミアに声をかける。
「手を貸せ。俺とお前でさっさと終わらせるぞ」
ロクスはルミアに協力を求め、ルミアはそれに頷いた。