ロクでなし魔術講師と復讐の精霊使い   作:ユキシア

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魔人

その場に据えられていた小型のモノリスを調査し、グレンはルミアの力さえあれば光の扉を、いつでも開いて帰れることを確認して通路の奥へと歩を進めていった。

幸い、行く先は迷わなかった。セリカのものと思わしき、新しい足跡が残されていたからだ。通路を進み、部屋らしき空間を通り抜け、迷路のように複雑に入り組んだ通路をいくつも抜けていき、やがて現れた階段を降りる……その繰り返し。

そして、ミイラ化した魔術師の死体はどれも同じように外的原因で激しく損壊している。そのミイラが動き出して、それに連動して亡霊も湧きだし、グレン達を襲うのだが。

「《送り火よ・彼等を黄泉に導け・その旅路を照らし賜え》」

ルミアの浄化呪文。

橙色の聖なる炎はその形を変え、意志を持つ蛇のように動き出す。

縦横無尽に動きまある聖なる焔の蛇。その焔の蛇に呑み込まれた亡者や亡霊達は片端から浄化されていく。

「ちょうどいい。これで余計な手間が省ける」

面倒事が減ったかのように言うロクスは浄化したミイラ達がいないことを確認して焔の蛇を霧散させる。

ロクスはルミアの浄化の火を自身の固有魔術(オリジナル)である【灼熱令界(レへヴェー)】で掌握して隷属させることで自分の意のままに操っていた。

あらゆる炎熱を隷属させることができるロクスの固有魔術(オリジナル)とルミアの高等浄化呪文があってできる共同作業。

(今回ばかりは使えるな……)

まさかルミアが高等浄化呪文を使えるとは思わなかったが、今回ばかりはロクスもルミアがいてよかったと思っている。

ロクスの固有魔術(オリジナル)灼熱令界(レへヴェー)】はあらゆる炎熱を掌握して隷属させることができる。たとえそれが敵対者から放たれる炎熱系の魔術でも例外なく隷属させることができる炎熱特化の固有魔術(オリジナル)なのだが、一つの欠点はある。

それは炎がなければ何の効果も発揮しない。ということだ。

あくまでロクスの固有魔術(オリジナル)灼熱令界(レへヴェー)】は炎を自分に隷属させるものであって無から炎を生み出せるわけではない。

だから固有魔術(オリジナル)を使うには炎を生み出さなければいけないし、隷属しているだけだから形は自在に変えられても火力を上げることはできない。火力を上げるにはまた新たに炎を生み出さなければいけないし、ルミアが使う白魔【セイント・ファイア】のような特殊な炎もロクス自身もしくはルミアのように誰か使える人が傍にいないと効果を発揮しない。

「……私、役に立ってる?」

「ああ、今回ばかりはな」

不安そうに尋ねてくるルミアにロクスは今回ばかりは肯定した。

ルミアがいなければまだ手こずっていた。こんなにも容易にミイラ達を浄化させることができるのもルミアのおかげだ。だからロクスも今回ばかりは素直に肯定を取った。

「そっか……」

嬉しそうに、だけどそれでもどこか不安を覚えるかのように顔を若干曇らせる。

「それにしても、どこだよ、ここ……?」

今、グレン達がいるこの構造物は、どうやら無数の円形階層が上下に積み重なった『塔』のような建造物らしいのだが、グレンはテラスから外の様子を拝みながら怪訝する。

びゅごお、びゅごお、とテラスを吹き抜ける冷たい風。

いつの間にか、日は落ちたらしい――眼前に広がる果てしなき夜空。

見上げれば、髑髏のように大きく真っ白な月。

迷宮のように複雑に入り組んだ構造になっていると思えば、人が暮らしていたであろう様々な痕跡までまる。迷路であり、町でもある。

そんな『塔』を進んで行くと、不意に、前方へ真っ直ぐ延びる通路の奥から、低い地鳴りのような轟音が響いた。

「!」

その奥にはアーチ型の出入り口が、無限の闇色を湛えている。

「先生!? 今のは……ッ!?」

「……ああ、多分、セリカの魔術だ……戦っているのか?」

「急ぎましょう、先生!」

一斉に駆け出すグレン達。

そして、奥のアーチ型をくぐり抜け――

「な―――ッ!?」

グレンの眼下に広がったのは、まるで闘技場のような大広間であった。

グレン達から向かってフィールドの遥か向こう側には、黒光する石で封じられた巨大な門が、高くそびえ立っている。

そして、その門の前で――

「はぁあああああああああああああああ――ッ!」

セリカが、無数の亡霊・亡者達を相手に戦っていた。

ミイラと化した亡者達が、悪霊と化した亡霊共が、後から後から無限に湧いては、セリカに襲いかかっている。そこはまるで死霊のるつぼだった。

だが――その押し寄せる津波のような死霊達を、セリカはまったく寄せ付けない。

右手に剣を、左手で魔術を振るセリカ。

「ふ――ッ!」

ほんの刹那に放たれた数十閃の剣撃が、セリカに掴み掛ってくるミイラの群れをバラバラに吹き散らし――

「――《失せろ》ッ!」

ただ一言の呪文で起動された、黒魔【プラズマ・カノン】、【インフェルノ・フレア】、【フリージング・ヘル】――上位のB級軍用攻性呪文(アサルト・スペル)が、その猛威を振るう。

三重唱(トリプル・スペル)

セリカ=アルフォネアを、セリカ=アルフォネアたらしめる絶技の一つ。

もう一つ。

(白魔改【ロード・エクスペリエンス】だったか……)

魔術師であるセリカがあれほどまでの剣技が使えるのは魔術によるもの。

白魔改【ロード・エクスペリエンス】……物品に蓄積された思念・記憶情報を読み取り、自身へ一時的に憑依させる術。他者の経験記憶を自身に憑依させる白魔術は存在するもそれらは基本的に『白魔儀』――儀式魔術。複雑な手順と膨大な手間暇をかけて行う高度な大魔術なのだが、セリカはそれを白魔改として使えている。

そしてセリカの持つ片手半剣(バスタードソード)。魔法金属――真銀(ミスリル)で鍛え上げられたその剣の本来の持ち主はかつて帝国史上最強の剣士と謳われた女の、生前の愛剣。

セリカはその剣の持ち主の技を一時的に借りている。

ロクスは一度だけその魔術と剣技を見せて貰ったことがある為にすぐに理解できた。

(見るのはこれで二度目になるが……)

学院に入学が決まった祝いとしてセリカが一度だけ使ってくれた魔術。ロクスは全力で挑んだが、簡単にあしらわれてしまった嫌な思い出がある。

(なにやってんだ、教授は……)

だが、今のセリカはどこか焦っているような印象が見受けられる。少なくとも以前に相手をした時とは違う。

 

 

 

 

死霊達を根こそぎ滅殺し、その場に立ち尽くすセリカの下へ。

「セリカ!」

グレン達が駆け寄っていく。

「…………グレン、か……?」

のろのろと緩慢な動作で、セリカが振り返る。

その暗鬱な顔には、どうもいつもの覇気が感じられない。

「……どうしてここに……?」

「そりゃこっちの台詞だ! お前、何でこんな所に一人でのこのこ来てんだよ!?」

ぐい、とセリカの胸ぐらを掴み上げ、怒りと共にグレンが捲し立てる。

「なぁ、グレン! 聞いてくれ! やっと……やっと、見つけだんだ!」

だが、突然、セリカが明るい顔で嬉しそうに言った。

……いかにも取り繕ったかのような、無機質な表情だった。

「はぁ……? 見つけたって……何をだよ?」

「私の、失われた過去のてがかりだ!」

「……何?」

予想外のセリカの言葉に、グレンは硬直さぜるを得ない。

「思い出したんだよ……あの『タウムの天文神殿』最深部……大天象儀(プラネタリウム)場で、あの光の扉が出現した時……ほんの少しだけ思い出した……」

セリカは、グレンに詰め寄り、頬を上気させて言った。

「私は……その昔、あの扉を……あの《星の回廊》を行き来したことがあるんだ! 間違いない! なんとなく覚えているんだ!」

「な……」

「今の今まで、何一つ思い出せなかったのに、こんなこと……この四百年の間で初めてのことだ!」

そして、いかにもご機嫌といった様子で両手を広げ、くるりと回ってみせる。

「それにな、グレン! ここがどこだかわかるか!?」

「どこって……どっかの『塔』みたいだったが……?」

「ふふん、ここはな……実はアルザーノ帝国魔術学院の地下迷宮なんだよ!」

「…………は?」

「しかも、ここは地下89階層……黒魔【コーディネイト・ディテクション】で位置と座標を確認したから間違いない!」

地下迷宮。アルザーノ帝国魔術学院の地下に存在する謎の迷宮。その探索危険度S++。帝国に数多く存在する遺跡の中で最高ランクの危険度。その地下89階層。

「地下49階層……あの忌々しい《愚者への試練》さえ突破すればこっちのもんだ! 喜べ、グレン! 私は……ついに、この地下迷宮の謎を解けるぞ!」

今のグレンには考えるべきことが多過ぎる。

この迷宮のことも、天象儀(プラネタリウム)装置のことも、《星の回廊》のことも、そしてそこにセリカが通ったことがあることも、考えるべきことがあまりにも多すぎる。

だが、今はそんなことはどうでもいい。

グレンにはそんなことよりも、最優先でやらねばならないことがある。

それは――

「……やっぱり……私の過去は……失われた使命は……そして不老の謎は……この地下迷宮にあったんだ……『声』のとおりだ……」

そんな意味不明なことを譫言のように呟きながら……

「そうだ……なんとなく……覚えてる……あれだ……あの『門』だ……」

吸い寄せられるように、闘技場奥にある巨大な門へと歩み寄るセリカの手を……

「あの扉の先に、きっと……………………私の全てがある……やっと……やっと……」

「駄目だ」

手を伸ばして掴み、引き留めることだった。

「……帰るぞ、セリカ」

「な、なんでだよ……? やっと……私が何者なのか、わかるかもしれないんだぞ?」

狼狽えるセリカに。

「なんで、あの『門』の向こう側に、お前の過去があるって思うのか、俺にはさっぱりわからんが……」

一瞬、いおうか言うまいか、グレンは迷いを見せ……

「はっきり言ってやる。セリカ……お前の失われた過去って……多分、本当にロクでもないもんだと思う」

グレンは真っ直ぐとセリカを見つめ、真摯な顔でそう告げた。

「ここに来たとき、ここの連中は、誰かを酷く恨んでいた。誰を恨んでいるんだと思ってたんだが……さっきのお前の戦いを見て確信した。連中はお前を恨んでいたんだ」

「…………ッ!?」

お前も連中の声は聞いただろう? 一体、何をうっちゃらかしたら、こんなに恨まれるんだよ……? 俺には想像もつかないぞ……」

「ぐ、グレン……」

「だが、んなこたぁどうでもいい。ここのクソ亡霊どもが、いっくらお前を憎もうが、恨もうが、俺の知ったこっちゃない。お前は俺の……師匠だ。それ以外の何者でもねえ」

「で、でも……でも、グレン! わ、私は……ッ! 私……は……」

「なぁ、セリカ。帰ろうぜ? もう、いいじゃねえか。お前の過去なんて。もう、忘れちまえよ。たとえ、お前が何者でも、俺は……」

「……違、う。違うんだよ、グレン……」

グレンの言葉を上から塞ぐようにセリカが言った。

「お前の言う通り、私の過去はロクでもないものだと思う……。さっきの亡者共を情け容赦なく私が殺したんだろう……。恨まれる理由も憎まれる理由もそれで理解できる……」

「なら――」

「だけど、まだ終わっていない。私の使命は、復讐はまだ終わっていなかったんだ……」

セリカはロクスに視線を向ける。

「ロクスと出会い、ロクスを見ていて薄々だけど気付いてはいたんだ。私はロクスと同じ復讐者で、ただの醜い、救いようのない悪鬼だ」

「セリカ……」

「私はいったい誰を憎んでいる? この原因不明の不老……『永遠者(イモータリスト)』はなんなのか……? その答えがこの『門』の先にあるかもしれなんだぞ? そうじゃなきゃ、私は……私は!」

突如、セリカはグレンの手を振りほどき、門へと向かって駆けだしていた。

「あっ! おいッ!? セリカッ!?」

グレンの叫びを背中で受けながら、セリカは真っ直ぐと門を目指す。

(あの門だ……ッ! あの門の先に、きっと、私が求める全てが……ッ!)

駆けながらセリカは黒魔改【イクスティンクション・レイ】を起動させる。

全てを崩壊消去する巨大な光の衝撃波が放たれ、荒れ狂う光の奔流は、セリカの前方に立ちはだかる門を直撃し――

世界が、白熱して――

視界が白く、白く、染め上がり――

…………。

やがて、全ての光が消え――

――静寂。

「……な、なんで……なんで……だ、よ……?」

セリカは、愕然とそれを見つめていた。

そんな滑稽なセリカを拒むように……あざ笑うように……その門は傷一つ負うことなく、セリカの前に厳然と立ちはだかっていた。

「なんでだよッ!? なんで壊れないんだッ!? くそッ! これじゃあ、この門の向こうに行けないじゃないかッ!」

セリカが門に近づき、その門を拳で悔しげに叩いた。

「……無駄だ。らしくねぇ、お前ともあろうやつが霊素皮膜処理(エテリオ・コーティング)を忘れたか? ……古代人の建造物は、物理的にも魔術的にも破壊は不可能だ」

追いついたグレンが、拳を門へ打ちつけ続けるセリカの手を、背後から掴み取る。

「離せ! 離せよ、グレンッ! 私は――」

血の滲む拳を振り回し、子供のように駄々をこねて暴れるセリカを、グレンは門に押しつけ、押さえつける。すると不意にセリカが叫ぶ。

「ロクス! お前なら、お前の異能ならこの『門』を壊せるはずだ!」

名案とばかりにセリカがそう口走る。

確かに、可能性としてはできるかもしれない。ロクスの異能は他の異能とは違う。ロクスの黒い炎なら霊素皮膜処理(エテリオ・コーティング)ごと焼き尽くすことも可能かもしれない。

「お前ならわかるだろうッ! 私の気持ちが!! なら、私の代わりに――」

「セリカ! お前いい加減に――」

その時だった。

『その尊き門に触れるな、下郎共』

地獄の底から響くような声が、朗々と辺りに響き渡り……

『愚者や門番がこの門、潜るこ事、能わず。地の民と天人のみ能う――汝等に資格無し』

「な……?」

一同、思わず、目を剥いた。

突如、暗闇からしみ出るように、そいつは闘技場の中央に現れたのだ。

緋色のローブで全身を包んでいる謎の存在だ。そのローブは丈長で、フードの奥は無限の深淵を湛え、その表情は窺えない。眼光一つ差さない。

その全身から立ち上がる、闇色の霊気(オーラ)

まるで闇そのものがローブを纏い、人の形作った――そう思わせる魔人だった。

その魔人を目の当たりにした瞬間、その魔人の異質性を感じ取った。

(やべぇ……)

直感が、本能が全身から警戒を発している。

根本的な存在として規格が違い過ぎることを肌で感じ取ったロクスは剣先を魔人に向けて神経を極限まで研ぎ澄ませる。一瞬の油断もせず、サラにも警戒を促す。

「……はっ! 誰だ、お前……?」

だが、セリカは違った。

執着している門を前に……普段の冷静さを失っている。

「まぁいい。話がわかりそうなやつで、ちょうどいい。おい、お前。この門の開け方を知ってるか? 知ってるなら教えろ。じゃないと消し飛ばすぞ」

『……貴女は……』

セリカを認識したらしい魔人が、不意にその威圧的な雰囲気を緩める。

『……ついに戻られたか、(セリカ)よ。我が主に相応しい者よ』

「……は?」

突然、名前を呼ばれ、呆気に取られるセリカ。

『だが……かつての貴女からは想像もつかないほどのその凋落ぶり……今の貴女に、その門を潜る資格無し……故に、お引き取り願う……』

「何を……何を言ってる……ッ!? お前は私のことを知っているのか!?」

『去れ。今の汝に、用無し』

そして、そんなセリカを完全無視し、魔人は戸惑うグレン達に向き直る。

いつの間にか、手にしていたのか――魔人はその両手に二振りの刀を構えていた。

左手に紅の魔刀。右手に漆黒の魔刀。

その二振りとも、見るからに禍々しい呪詛と魔力が漲っている。

『愚者の民よ。この聖域に足を踏み入れて、生きて帰れると思わぬ事だ……汝等は只、我が双刀の錆と成れ。亡者と化し、この《嘆きの塔》を永久に彷徨うがいい――』

明確な敵意と殺気がグレン達へと叩き付けられてくる。

洪水のように迫るその圧倒的な存在感は、瞬く間にグレン達を呑み込む。

(クソッタレが……ッ!)

歯を噛み締めて内心で悪態を吐く。すると、不意に感じていた圧倒的な存在感が緩んだ。

なんだ? と思ったその時、魔人はロクスに向けて言った。

『……(セリカ)によって討滅されたと聞いたが、まさか(セリカ)の軍門に降ったか……』

「あぁ?」

何言ってんだ、こいつ。と思ったロクスを前に魔人は告げる。

『しかし、汝もまた(セリカ)と同じく想像もつかないほどの凋落ぶりはまるで愚者の民。かつての無限熱量とまで称された炎はどうした? 《炎魔帝将》ヴィーア=ドォルよ』

「……は?」

魔人は童話『メルガリウスの魔法使い』に登場する魔王の配下、魔将星の一人の名をロクスに向けてそう口にした。

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