童話『メルガリウスの魔法使い』に登場する《炎魔帝将》ヴィーア=ドォル。
魔王の配下の魔将星の一翼にて『百の炎』を振るった火焔の魔人。
グレン達の前にいる魔人はそうロクスに告げたのだ。
(なんでここで《炎魔帝将》が出てきやがる……ッ)
グレンは疑念を抱く。
全く関係のない魔将星の話。その一人がロクスだと告げる魔人にグレン達は理解が追いつかなかった。
だが、それはロクスも同じだ。
(俺が《炎魔帝将》……?)
童話『メルガリウスの魔法使い』なら小さい頃にロクスも何度も読んだことはあるから内容は覚えている。その話に出てくる魔王の配下、魔将星である《炎魔帝将》ヴィーア=ドォルがどのように『正義の魔法使い』に倒されたのかも覚えはいるが、自分がそうだと告げられてもロクスには何の実感も湧かなかった。
(ありえねぇ……たかが童話に出てくる
ただの魔人の勘違い、たまたま顔が似ているだけ、魔人の言葉を否定する言葉はいくらでも出てはくるのに……。
(なのに、どうして俺は、それを否定しねぇ……)
言葉が出なかった。
まるで心が、魂が納得しなざるを得ないかのように否定する言葉を発することができなかった。
『汝の振るう『百の炎』は出さぬのか? 剣はどうした?
ロクスが《炎魔帝将》ヴィーア=ドォルと認識して声を投げる魔人に流石のロクスも困惑するしかない。
しかし――
「聞けよ……人の話をなッ!」
セリカが痺れを切らしたのか、据わった目で魔人へと突進していた。
「話す気がないなら、強引に聞き出すまでだっ!」
「ばっ――ッ!? よせッ!? セリカ――ッ!」
グレンの制止も聞かず、セリカが声高に呪文を叫ぶ。
「《くたばれ》ッ!」
起動される黒魔【プロミネンス・ピラー】。
真紅に輝く超高熱の紅炎が、天を灼く火柱となって瞬時に魔人を呑みこみ――
『……まるで児戯』
魔人がゆるりと振るった左手の魔刀が、セリカの魔術を斬り裂き――かき消した。
『そのような愚者の牙に頼むとは――なんという惰弱。汝が誇る王者の剣はどうした? かつての汝はすでに死んだか?』
(何――ッ!? 今、あいつ、何をやった!?)
その様子に、グレン達は目を剥いた。
現象だけ見れば、セリカの
だが、それはありえない。
近代の軍用魔術においては、B級は
黒魔【プロミネンス・ピラー】はB級軍用魔術。
魔人はその手に持つ武器を振るっただけでかき消したのだ。
「――はっ!
「違うぞ、セリカッ! わからないのか!?」
神速の挙動で魔人へと迫るセリカにグレンは制止の声を飛ばす。
「あれは
だが、頭に血が昇り、冷静な判断ができないセリカには届かず――
「はぁああああああああああああああああああああ――ッ!」
セリカは
すでにセリカは【ロード・エクスペリエンス】によって、かつての《剣の姫》と謳われた英雄の剣技を自身に降ろし、無双の剣士と化している。
今の彼女に近接戦闘で敵う者など、この世にいるわけが――ない。
「そのクソ生意気な首を刎ね飛ばす! 知りたいことはその首に直接聞いてやるッ!」
セリカは疾風の如く、魔人へと肉薄し――
『借り物の技と剣で粋がるか――恥を知れ』
魔人も左手の魔刀を振り抜きつつ、セリカへと鋭く踏み込み――
キィイイイイイイイイッ!
甲高い音と共に、セリカの剣と魔人の刀が喰らい合い、両者がすれ違う――
「な――」
途端、セリカが狼狽えた。
「な、なんだ……これ……どうなって……?」
狼狽えながらも、セリカが振り返り、魔人に剣を構える。
その構えには、先ほどまでの最強剣士の風格がまったく感じられなかった。
「な……なんで、私の術が
『我が左の赤き魔刀・
魔人はセリカを振り返ると、朗々と告げる。
『我は、その剣の真なる主に敬意を表する。今の一合いで理解した。その剣の主……今は亡き、見知らぬ愚者の子よ……人の身で、よくぞその領域まで練り上げた……』
ここに居ない誰かへ祈りを捧げるように、魔人が刀で円を描く。
『天位の御座にある我といえど、その剣に宿る技には畏敬を抱かずには居られぬ……』
そして……魔人が、狼狽えるセリカへゆっくりと、双刀を構え――
『……其れが故に、その冒涜が許せぬ、
「くそ……ッ! 《雷光神の戦鎚よ》――ッ!」
咄嗟に跳び下がるセリカが魔人へ左手を向け、黒魔【プラズマ・カノン】を唱え――
『やはり、児戯』
魔人が左手の魔刀を振るうと、魔人に迫る収束雷撃が虚しく霧散し――
その刹那、ぷん、と残像する魔人の姿。
瞬時にセリカの背後へ回り込んだ魔人が、右手の魔刀を稲妻の如く打ち下ろす。
「ちぃ――ッ!?」
間一髪。辛うじて反応したセリカが、跳び転がって、その斬撃を避けるが――
魔人の刀は、セリカの背中に微かな掠り傷を刻んでいた。
「……あ……ッ!?」
次の瞬間、セリカの全身を魂が抜け落ちるような感覚が襲った。
転がる勢いのまま、体勢を立て直そうとするも――身体に力が入らない。
セリカはそのまま四肢を投げ出すように、無様に倒れ伏してしまった。
「な……? なんだ……? ち、力が……?」
『……我が右の黒き魔刀・
無防備に倒れるセリカへ歩み寄り、魔人は右手の魔刀をその首筋に当てた。
力を失ってしまったセリカとは裏腹に、魔人が纏う闇色の
「……ぅ……ぁ……」
自分の首筋に感じる冷たい感覚に、セリカがおののく。
指一本動かすことすら一苦労する今のセリカには、最早為す術がない。
『見込み違いだったか……今の汝に我が主たる資格無し……神妙に逝ね』
その冷たい刃が彼女の首筋に触れかけた――
まさに、その瞬間。
「っざっけんな、クソがぁああああああああああああああああああああ――ッ!」
咆哮する六連の銃声と共に、空間を過ぎる六閃の火線。
グレンの
『ぬ――ッ!?』
不意討ちが功を奏し、最初の一発の弾丸が魔人の心臓部を射貫き――
その刹那、神速旋回する双刀、踊る五条の剣線。
それはまさに超反応、電光石火の絶技。魔人は飛来する残り五発の弾丸を、瞬時に全て弾き返し――天井高く跳躍して、グレンから大きく跳び下がった。
「大丈夫か、セリカッ!」
その隙に、グレンが倒れ伏せるセリカを背後に庇うように、魔人と相対する。
セリカからは返事がない。どうやら気絶してしまったようだ。
「そのまま教授を守ってろ、講師」
グレンから距離を取った魔人に迫るロクスは剣に炎を纏わせて魔人に炎の剣を振るう。
魔人は左手の魔刀でその炎の剣を受け止めて炎をかき消そうとするも――
『……なに?』
剣に纏う炎をかき消すことはできなかった。
「魔術はかき消せても、精霊の力は消せねぇようだなッ!」
ロクスの剣に纏う炎は魔術にあらず、契約精霊のであるサラの炎。いくら魔人の魔刀、
『……精霊、か』
炎をかき消すことができなくても魔人は冷静に言葉を発する。
『失った力の代用か?
その言葉は裏を返せば今のロクスでは相手にもならない、と告げているのと同じ。
「ハッ。誰と勘違いしてんのか知らねえが、俺の名前はロクス=フィアンマだ! 《覚えとけ》!」
ロクスは至近距離から黒魔【ブレイズ・バースト】を起動。
ゼロ距離で魔人に収束熱エネルギーの球体を叩き込む。
『むっ!?』
着弾、爆炎、爆圧。魔人は爆炎に包まれる。
自身すら巻き込みかねない自爆技ではあるが、ロクスには
「……なんで生きていやがる……?」
魔人は生きていた。
何事もなかったかのようにそこに立っている。
普通なら消し炭すら残っていなくてもおかしくないほどの爆炎。それを受けても平然としている魔人に頬から冷汗が垂れる。
『……力を失っても本質は変わらず、か。よかろう、汝の炎がどこまで我に通じるか試すがいい!』
「意味の分からねえことをゴチャゴチャと言ってんじゃねぇ!!」
鋭い踏み込みと同時に右の魔刀を振るう魔人に対してロクスも炎を纏った剣で応戦する。
二振りの魔刀から繰り出される鋭い、鋭過ぎるといっても過言ではない剣閃はもはや神速。無数の斬撃がロクスを襲うも、ロクスはそれに応戦するが……。
(クソがッ! 呪文を唱える暇もねぇッ!!)
その剣撃に応戦することはできてはいるも、呼吸する暇もないほどの怒涛の剣撃を前にロクスは魔術を唱える余裕どころか、一瞬足りとも油断ができない。そんな隙を晒せば待っているのは死あるのみ。
今もロクスは本能と経験のみでどうにか魔人の剣撃を防いでいるに過ぎない。
だが、それも時間の問題。
ロクスは常に魔人の持つ右の黒き魔刀・
そんな
(こいつを倒すにはアレを使うしかねぇ。だけど、そんな隙をこいつが与えてくれるわけがねぇッ!!)
魔人を倒せるかもしれない可能性は、ある。
しかし、それには自身の契約精霊であるサラが必須で最低でも数秒の時間が有する。
呼吸する暇もないほどの怒涛の剣撃に応戦するのがやっとの今の状況で切り札を使う余裕がなかった。
そんな時。
「《紅蓮の獅子よ・憤怒のままに・吼え狂え》ッ!」
「《紅蓮の獅子よ・憤怒のままに・吼え狂え》――ッ!」
ロクスの後方から二つの火球が放たれた。
システィーナとグレン。ルミアの力で増幅された黒魔【ブレイズ・バースト】。放たれた火球はもはや猛火の如き炎となってロクスごと魔人を爆炎の嵐に呑み込ませようと迫りくる。
『味方諸共ッ!?』
味方であるロクスと一緒に倒さんと放たれた炎は普通なら味方を見捨てた最低な行動だが――
「上出来だ」
ロクスにとってはそれは援護になる。
システィーナとグレンが放った黒魔【ブレイズ・バースト】はまるでロクスの剣に吸い込まれるかのように収束されて超熱量・超火力を宿った炎熱の剣となる。
その圧倒的な炎熱と熱量を有する剣を一振りすれば流石の魔人でさえ無事では済まない。
振るわれる超火力の剣。
その剣を前に魔人は……。
『……愚か』
魔人は左手の魔刀でその炎をかき消した。
『我が左の赤き魔刀を忘れたか? そのような小賢しい児戯など我には通じぬ……』
「てめぇこそ忘れたか?」
落胆したかのように言う魔人にロクスは告げる。
「てめぇの相手は俺だけじゃねぇ」
「いいいいいやぁあああああああああああああああああああ――ッ!」
ロクスが魔人から離れると同時にリィエルが烈風のごとく魔人に肉薄する。
リィエルの手に持つのはいつもの錬金術によって錬成した剣ではなく、セリカが使っていた
リィエルの渾身の一撃が魔人の身体に入り、魔人の身体が大きく吹き飛ぶ。
半瞬遅れて巻き起こった剣圧が、ビュゴオと周囲を駆け抜ける。
……普通なら終わりだ。
あんな猛烈な斬撃をモロに食らって、生きていられるわけがない。即死だ。
だが――案の定――
『――見事なり』
ふわり、と。
グレン達から遠く離れた場所に、余裕の動作で降り立つその魔人。
『《炎魔帝将》の助力があったとはいえ、愚者の民草らに、三つ持って行かれるとは……未だ我も未熟、か……』
魔人は再び双刀を油断無く構えながら、一歩一歩、グレン達の下へ……
その挙措には、やはり何の影響もない。
「お前、ちょっと働き過ぎじゃね……? もう休んどけよ……」
ロクスもまったくだ、と内心グレンの軽口に同意する。
グレンの銃、ロクスの炎、リィエルの剣によって最低でも三回は殺したはずの魔人が何の問題もないかのようにそこにいる。まるで不死身でもあるかのように。
(どうする? 今ならアレが使える。だけど、もし、仮にあいつが不死身なら意味がない……。仮に不死身じゃなくて何かしらの法則があるのならまずはそれをどうにかしねえと……)
ロクスは思考を加速させる。
今のこの状況を打破できる方法を。自身とグレン達の戦力を踏まえた上でどうするか考える。
その時だった。
「……え?」
いつの間にか、世界が音と色を失い、モノクロ調に染まっていた。
魔人も停止している。
全てが灰色となった無音の世界で、音と色を失わずにいるのは、グレン達だけだ。
「な、なんだこれ……?」
「先生……? こ、これは……? 一体、何が起きて……?」
あまりにも不可解な現象に、グレン達が戸惑っていると。
『……貴方達。こっちよ。早く来なさい』
不意に背後から響いてきた声に、グレン達が一斉に振り返る。
そして、一同は息を呑んだ。
「な――」
『この状態はそう長く保たないわ。急いでこの場を離れるわよ』
そこにいたのは――少女だった。
燃え尽きた灰のような真っ白な髪、暗く淀んだ赤珊瑚色の瞳。身に纏う極薄の衣。
そして、その背中に生えている――この世に属するモノとは思えない、異形の翼。
『何をぼうってしているの、早く。あいつはこの聖域に足を踏み入れた愚者の民を許さない。地獄の果てまで追ってくるわ。だから――』
「お、お前は――ッ!?」
「その声……あの時の……」
グレンはその少女に見覚えがあった。ロクスもその声に聞き覚えがあった。
『……ふん。人間って本当に蒙昧ね。辻褄の合わないことは、すぐ自分で自分を騙して流す、現実を現実のまま捉えようとしない……愚かなことだわ』
蔑むような昏い目でグレンを睥睨し、鼻を鳴らす少女。
「ね……ねぇ……貴女……なんなの……?」
システィーナが震えながら、少女に問う。
「どういう……ことなの……? 貴女、どうして……そんな姿を……ッ!?」
その問いは、システィーナに限った話ではない。
その場の誰もが等しく抱いた問いだった。
「貴女……どうして……? どうして、ルミアと同じ顔なのよ……ッ!?」
震えるシスティーナの指摘するとおり。
その異形の少女の顔は――ルミアとうり二つであった。