魔煌刃将アール=カーンとの決戦前にルミアは自身の力でグレン達の魔術を強化させてロクスにも『感応増幅力』で魔術を強化しようとしたのだが……。
「俺にはお前の力なんて必要ねぇ」
そう告げてロクスはルミアの力を拒絶した。
「でも……」
それでもルミアは言い寄ろうと声をかける。
今はそんなことを言っている場合ではない。ロクスがルミアのことを嫌っているのは重々承知しているも、生き残る為にも少しでも使えるものは使うべきだとルミアはそう言おうとしたが。
「勘違いすんじゃねぇ。確かに俺はお前のことは嫌ってはいるが、状況が状況だ。生き残る為にもそんなこと言っている場合じゃねえことぐらい理解している」
でも。
「それでも、俺はお前の力は借りねぇ。異能ならなおさら」
ギリ、と歯を強く噛み締める。
その瞳に怒りを宿すも、その瞳はルミアに向けてではない。どちらかと言えば自分自身に向けているようにすら見える。少なくともルミアにはそう見えた。
「……取っておけ。異能だって無限に使える代物じゃねぇ。いざという時に使えませんでしたじゃ何の意味もねぇからな」
「だけど……」
「死ぬつもりなんてねえよ。俺は、こんなところで死ぬわけにはいかねぇ」
ロクスはルミアの異能による強化を受けず、自らの力のみで魔煌刃将アール=カーンに立ち向かう。
そして――
魔煌刃将アール=カーンとの決戦が始まった。
生き残る為の戦い。その先陣を切ったのは……
「シッ」
ロクスだ。
新たな
爆炎のような爆発力と共に魔人に攻め込む。
『フン―』
だが、優雅に疾く、鋭く踊る魔人の双刀。
視界を無数に分断する、紅と黒の曲なる剣線の乱舞。
魔人は魔刀でロクスの炎の剣を、人外の攻撃を、何の危なげもなく、受け、捌き、叩き落とし、受け流していく。
踊るように、舞うように。
手数で攻め立てる近代剣術や、力と速度で圧殺する騎士剣術と違い、全ての動作が円を描くような魔人の剣舞は、敵ながら見とれるほどに美しい。
それでも、その超絶技巧を誇る魔人と戦えている。
精霊と同化したことによって先ほどの戦闘に比べれば戦いになっている。
『それだけか?』
だが、魔人からしてみれば先ほどよりもマシ程度しかない。精霊と同化したとしてもロクスと魔人とでは圧倒的な実力差がある。
しかし。
「舐めんなよ」
ロクスはまだ【
これからが本当のロクスの新たな
「
刹那、数十本もの炎の槍が魔人を取り囲むように展開される。
『む』
そして、その炎の槍を魔人に向けて斉射。炎の槍が魔人を襲う。
魔人は左の魔刀・
『む!?』
それができなかった。
「ハッ! 自分の武器の良さがアダになったな!」
今のロクスは精霊と同化した半精霊。それ故に精霊の力を自らの意志で行使することができる。魔人がロクスの炎をかき消すことができなかったのは、その炎は魔術によるものではないからだ。
魔術の起動工程である『
それ故に一瞬で炎を生み出し、攻撃することも可能とする。
「くたばれ」
四方八方から迫りくる炎の槍を魔人は全て紙一重で回避した。
「なっ!?」
これはロクスも驚きを隠せれない。
ほぼ至近距離からの一斉攻撃を魔人は自分の武器が通用しないとわかったその時点で炎の槍の攻撃を回避してみせた。
(どんな反応速度をしていやがる……ッ!? こっちは正真正銘、とっておきまで使ってんだぞ!!)
マジで化け物。そう愚痴を溢したい。
『なかなかやる』
お返し、といわんばかりに魔人は右の魔刀・
だが。
『幻……』
魔人が斬ったのはロクスの姿をした幻だった。
「
その言葉に魔人は気付いた。
先ほどまでいた筈のグレンとリィエルがどこにもいない。
「これでも、喰らえ――」
不意に何もない空間からグレンが姿を現し、グレンはその銃口を魔人に向けた。
『させぬ』
カァンッ! 左の魔刀が翻り、グレンの構える拳銃を打つ。
弾かれ、逸れてしまう銃口。
「ちぃ――ッ!」
グレンが跳び下がって距離を取り、再び照準を合わせ、引き金を弾く――
が。
がちんっ! 落ちる撃鉄が虚しい金属音を響かせる。弾が発射されない。
『《炎魔帝将》による炎熱の力で姿を眩ませていたか。だがこれで――』
「いいいいやぁあああああああああああ――ッ!」
その魔人の背後から今度はリィエルが姿を現した。
ルミアの能力が乗った白魔【フィジカル・ブースト】によってロクス同様に人外の動きとなったリィエルがセリカから借り受けた
『ふん――』
魔人は背後から剣を振りかざして迫るリィエルへ向き直り――
その瞬間、グレンの左手が鋭く霞み動き、右手で構えた拳銃の撃鉄を弾いた。
刹那、一つに重なる雷音の咆哮、三発。
グレンのトリプルショット――右手の親指、左手の親指、左手の小指によって瞬時に三回弾かれた撃鉄が、ほぼ同時タイミングで銃口から弾を吐き出させる。
放たれた三連弾は精確無比に、魔人の持つ右手の刀の一点を集中して穿った。
その三倍の物理衝撃による不意討ちで、刀が魔人の右手から離れ、飛んで行く。
『な、に――?』
「……まずは、一つ」
グレンが不敵に笑うと同時に。
「いいいいいやぁああああああああああ――ッ!」
烈風の如く斬り込んだリィエルの剣が、猛烈に魔人を捉え――吹っ飛ばす。
『ち――』
リィエルの剣によってあっさりと一つの命を失った魔人が、弾き飛ばされた刀を拾い上げようと、床に転がる刀へ向かって、神速で駆けていく。
「させるかよッ!」
爆炎を起動させる。それに生じる爆風にて床の刀をさらに遠くへ吹き飛ばす。
『むぅ……ッ!? 小癪な……ッ!』
そこへ――
「ぁあああああああああ――っ!」
リィエルが剣を振り掲げ、猛犬のように魔人へと追い縋っていく。
「くらえッ!」
翻るグレンの身体、旋回する銃口――銃声、ファニング、銃声。
グレンが拳銃のシリンダーに残った最後の弾丸を放ち――
それを跳躍で躱した魔人の体勢が、崩れ――
「《――――・その旅路を照らし賜え》!」
「《大いなる風よ》!」
ルミアの白魔【セイント・ファイア】とシスティーナの黒魔【ゲイル・ブロウ】が同時に起動させる。
振りまかれる香油に引火して燃え上がる聖火が、システィーナの【ゲイル・ブロウ】に乗って、嵐となって渦を巻く。
燃え広がる圧倒的な火勢が魔人を呑み込み、ほんの一瞬ひるませる――
この浄化呪文が、魔人に有効かどうかは不明だ。
だから、これはオトリ――ほんの一瞬の目くらましだ。
本命は――
「いいいいいやぁああああああああああああああ――ッ!」
一瞬、渦巻く炎嵐によって、完全に視界を遮断された魔人の眼前に。
剣を振りかざしたリィエルが、その炎を左右に割って、猛然と跳び込んでくる。
『――――ッ!?』
魔人は真っ向から、リィエルの剣を辛うじて刀で受ける。そこに――
「俺も忘れてんじゃねえ」
リィエルの剣を受け止めている刀にロクスが更なる一撃をお見舞いする。
リィエルとロクスの二人分の力技。その圧倒的な力技で魔人の防御を押し切り、ブチ抜いた。
二人分の攻撃をもろに喰らい、魔人が再び吹き飛んで行く。
「これで二つ。さぁ、後、一つだぜ? 気分はどうよ? 大将」
ここまでの上々の戦果に、グレンは不敵に笑う。
とはいえ、ここまでの戦果を出すことができた大きな理由が二つある。
一つは、『メルガリウスの魔法使い』。その童話のおかげで魔人についての情報を得ることができたこと。
もう一つは、ロクスの存在だ。
神話曰く――魔人は無双の武人であると同時に、絶大な力を持つ魔術師だという。伝承によれば、アール=カーンは太陽の魔術で万の軍勢を瞬時に焼き払ったというが、今の魔人には魔術は使えない。
先の戦闘で魔人は炎熱系の魔術はロクスがいる限りは逆にロクスの力を高めてしまうことを知っている。知っているからこそ、魔術が使えないのだ。
だが、魔術を封じるだけならグレンの
気になるのは……。
(なにより、あの魔人はロクスを警戒している……)
もし、この場にロクスがいなければここまですんなりとは行かなかっただろう。魔人がロクスを誰よりも警戒している。その理由はわからないが。
(確かにロクスだけでも、まだ戦いにはなっていただろうが……いや、今はそんなことを考えている場合じゃねえな)
思考を切り替える。
今は全員で生き残ることを考えなければいけない。
『……良かろう。汝等を我が障害と認めよう』
刀を構える魔人の雰囲気が変わった。
先ほどまでの、どこか戦いを楽しんでいた気質が、なりを潜めていた。
今までとて油断していたわけではないのだろうが……自分が対峙した者達が、自分を狩りかねない、予想以上の強敵だと、改めて認識したのだろう。
戦闘が始まって、まだほんの数分だが……グレン達は戦いが佳境に入ったことを感じた。
「こっからが正念場だ。頼むぜ?」
グレンの言葉に少女達は頷いて少年は無言で剣を構える。
ぶつかり合う、衝撃と衝突、再び死闘が繰り広げられていく。
魔人は恐るべき強敵だった。
とはいえ……この時、グレンはどこか楽観視していた。
魔人に右手の魔刀を手放させ、その魔術を封じて、残された武器は左手の魔刀・
一方、自分達は未だ大きな損傷もなく、健在。おまけに有利な地形を陣取っている。
勝てる、と。いける、と。
そう思ってしまうのは仕方がないことだ。
……だが。
伝承に、伝説に、神話に、反英雄として名を連ねるということがいかなることか。
グレン達は、文字通り、痛いほどに思い知った。
『……よくぞ、我に此処まで食らいついた……誇るがいい』
魔人――未だ、健在。
しっかりと二の足で立ち、グレン達の前に威風堂々と立ちはだかり続けている。
「……ちぃ……ッ!?」
対し、片膝をつくグレンは全身がぼろぼろだ。致命傷はないが、見るも無残な有様。
「………ぅ……」
魔人の攻撃を矢面に立ち続けていたリィエルも同じく満身創痍で、剣を手放し、倒れ伏している。
意識も辛うじてある程度だ。
「こほっ、ごほっ……なんて……やつなの……ッ!」
「……はぁー……はぁー……はぁー……」
グレン達の後方のシスティーナやルミアも、すでにマナ欠乏症だ。
これから先の魔術行使は、命に関わってくる。
なにより一番重症なのは……。
「……はぁ……はぁ……くそが……」
「ロクス、ごめん……」
ロクスだ。
既に【
だけど、その身体から血が零れ落ち、既にロクスの足元には赤い水溜りができている。
その量はもはや出血で意識を手放してもおかしくないほどに流れているのに、それでもロクスは意地で強引に意識を繋ぎ止め、気合で立っている。
「まだ、だ……」
その戦意は衰えず、燃え上がる炎のようにその戦意は健在。
血塗れの身体で、それでも戦意で眼をギラギラと光らせながら戦闘続行を宣言する。
そのロクスを見た魔人は。
『……憎悪、否、どこまでも生にしがみつく執念か。先ほどから汝の剣からは憤怒、憎悪以外にも生き残ろうとする執念が感じられる』
「……たりめぇだ。俺はこんなところで死ぬわけにはいかねえんだよ」
そう、ロクスには果たさなければいけないことがある。
天の智慧研究会に復讐するまでロクスは死ぬわけにはいかない。
「おい、講師。サラとレイフォードを連れて下がってろ。こっからは俺一人でやる」
「なに、バカを言って――」
「お前等がいると邪魔なんだよ」
一人で戦おうとするロクスにグレンは止めようとする。しかし、ロクスの身体から漏れる黒い炎を見て全て察した。
「お前等を巻き込まない自信はねぇ」
「……すまん」
謝罪し、グレンはリィエルとサラを抱えてロクスから距離を取る。ここから先は自分達はただ足手纏いにしかならないとわかってしまったからだ。
ロクスが異能を使わなかったのは魔人を倒した後のまともに動けなくなるリスクを避ける為、そして、グレン達を巻き込まない為である。
ロクスの異能は強力で凶悪。
一人の例外を除いてロクスの黒い炎は全てを焼き尽くすから。
だが、もうそんなことを言っていられるほどの余裕はない。もう、この異能を使わなければ勝てないと判断した。
「殺す」
端的に、淡々と魔人を殺すことを宣言し、動き出す。
しかし。
『……遅い』
先ほどまでと比べて動きは遅い。
当然だ。【
『その漆黒の炎。外宇宙の邪神の一柱、《炎王クトガ》より授かれた力の一端か? クトガの神官長である汝なら《炎王クトガ》の力を限定的に行使できても不思議ではない。が、何故その力を
「うるせぇよ……。これは、そんなもんじゃねぇ……ッ!」
一緒にするな、とロクスは言う。
「これは、俺の憎悪の象徴……ッ! あのクソッタレな地獄で手に入れた地獄の業火だッ!!」
何もできなかった、しなかった自分に怒りを覚えた。
全てを奪った天の智慧研究会を憎んだ。
理不尽で不条理な世界を呪った。
その全てが許せなかった。
「だから、そんな意味も分からねぇものと一緒にするんじゃねぇ!!」
叫ぶ。
満身創痍の身体でありながらも、感情、魂の咆哮を上げる。
しかし――
ロクスは膝をついた。
「――ッ!」
無理もない。
【
心はまだ問題はなくても、身体の方が遂に限界を迎えてしまったのだ。
そのロクスに魔人は告げる。
『……《炎魔帝将》、否、ロクス=フィアンマだったか。汝は我を相手によく戦った。その砕けぬ意志と強さに敬意を表して苦痛なき死を与えよう』
それは本心からの言葉なのだろう。
ここまで戦い、なお、戦意を砕くことができなかった強者に向けての。
最大の敬意を払うかのように魔人は苦痛を与えることがないようにロクスの首を斬ろうとその魔刀を振り下ろす。
「ロクスッ!?」
グレンは駆け出す。
「ごほっ、ロクス……ッ」
システィーナは左手を前に突き出す。
「……ロクス」
リィエルは剣を掴む。
「いやっ! ロクス!」
サラは叫ぶ。
「ロクス君!!」
ルミアは涙を溢す。
ここにいる誰もがロクスの死を悟った。
だが。
(俺は、まだ死ねない……ッ)
ロクスはまだ死を受け入れていなかった。
(動け、俺の身体ッ! 今、動かないでいつ動くんだよ!?)
必死に動かそうとするも指一本も動かない。ただ魔人が振り下ろす魔刀を待つことしかできない。
その時だった。
「――――っ」
死を直前にロクスの頭にこれまでのことを思い出した。
走馬灯。
かつてロクスがいた施設で何度も見てきた走馬灯がかつてない死を前にして、これまでにないぐらいにはっきりと思い出した。思い出してしまった。
両親の愛情も、殺された瞬間も。
施設で受けた拷問も、仲間の死や殺し合いも。
そして――
『生きて……』
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
刹那、動けなかった筈のロクスは雄叫びと共に跳び、左手に黒い炎を纏って魔人の魔刀よりも先に魔人の心臓を手刀で貫いた。
『…………見事なり』