「ロクス君。私はそろそろ本気で君に怒ってもいいと思います」
怒り心頭に達するかのようにその声には怒気が含まれ、その表情は笑顔だけどその瞳は笑っていない。
優しい人は怒る時は怖い。と言うがその通りなのかもしれない。
「……今回は、不可抗力だ」
「不可抗力なら死にかけてもいいと?」
遺跡調査の一件から無事にフェジテに帰ってきたロクスは自分の専門医とも言えるセシリアの元に尋ねて魔人との戦闘の際に受けた
一見すればなんともない身体だけど、実際はまだ天の智慧研究会の施設で受けた拷問や実験の後遺症のようなものがしっかりと残っている。
それを魔術薬で無理矢理誤魔化しているに過ぎないから、それを調整する為にもロクスは定期的に法医師であるセシリアの所に定期的に訪れなければいけない。
「私はいい加減にロクス君を拘束することも視野に入れています」
「勘弁してくれ……」
セシリアもロクスの意志を最大限尊重している。
しかし、こうも無茶を繰り返し、死にかけるというのであればロクスの意志など関係なく治るまで拘束することぐらいは考えている。
流石のロクスもそれだけは勘弁して欲しいようだ。
「今回は本当にそうするしかなかったんだよ」
弁明するのであれば、本当にそうだろう。
魔人はロクス達を逃がすつもりなど皆無。戦って生を勝ち取る以外に道はなかった。
(ただの遺跡調査を手伝うだけのつもりだったのによ……)
本当にそのつもりだった。
そうする以外に他なかった。だから不可抗力だと告げるも死にかけたという事実は覆すこともできない事実である為に何も言えない。
「本当に、あまり無茶をしないでくださいね……」
石板型の魔導演算器を弄りながら、セシリアは思いやりのある声をロクスに投げる。
「……」
その言葉に対してロクスは無言で返す。
わかってはいる。セシリアが本当にロクスのことを思って言ってくれていることぐらい。
死にかけていた身体を回復させて、過去、施設の出来事を思い出しては碌に眠ることもできなかったロクスの傍にいてくれた。安心させるかのように、安らぎを与えるかのように、傍に居続けた。
そんなことをしても何の得もないというのに。
「調整はこれで、よし。さてロクス君、服を脱いでください」
「ああ」
言われた通りに服を脱ぐ。
異性に裸を見られることに抵抗があるような思春期特有の初々しさなどロクスにはない。ましてや、相手は法医師であるセシリアだ。ロクスの身体など既に細々と把握している。
そんな相手に羞恥心など皆無。
セシリアはいくつものチューブをロクスの全身に繋げて魔導装置を起動させる。
「……本当に、どうなっているのでしょうね。ロクス君の身体は」
魔導装置に出る反応。それは一言で表すなら体温。しかし、その数値が異常なのだ。
「本当に身体に異常はないのですか?」
「ああ、今は
「それでもこの数値。普通の人間ならありえません」
そう、あり得ないのだ。何故なら……。
「こんなの、常に身体が炎で燃やされているのと違わないのに……」
ロクスの身体は、体温は超高温。
通常ではありえないほどの異常、異常過ぎる体温。
セシリアはロクスの身体に触れる。熱い、と反射的に手を離すもその手には火傷一つしていない。
「炎熱の加護……いえ、炎熱の呪い、とでもいいましょうか。ロクス君が問題ないのはロクス君自身が高温を発しているのから? 異能者については私も調べてはいますが、異能者に対する文献自体が少ないもので……」
「別にどうでもいい」
そう返すも。
「どうでもよくありません。今はまだいいかもしれませんが、これがいつ身体に影響されるかわかったものではないんですよ? 最悪の場合、自らの異能によって命を失うことだって考えられます」
セシリアは法医師としてロクスをよく知る一人として告げる。
「安易に異能を行使しないでください。その異能は敵にも、ロクス君自身にも脅威となり得るのですから」
「それでも俺はこの力を使う時は躊躇わない」
手に力を入れてロクスは力強く言う。
「この黒い炎にどれだけの代償を支払うことになっても、俺はこの力で奴等を、天の智慧研究会を殺す」
「ロクス君……」
止まらない。
怒りが、殺意が、憎悪が薪となってロクスの復讐心を燃やし続けている。
燃えながらも、復讐という茨の道を歩き続けている。そんなロクスにセシリアは……。
「……私は君がいつか燃え尽きてしまいそうで怖い、です」
スッと腕を伸ばしてセシリアはロクスを包み込むかのように優しく抱きしめる。
熱した鉄に触れるかのような熱さ。
火傷など無い。ただ熱いだけ。だけどその熱はまるで俺に触れるな、と拒絶を意味しているかのようにさえセシリアはそう感じている。しかし。
(それでも、今、こうして私に火傷一つ負わないのは……)
無意識ながらも誰も傷つけたくないというロクスの優しさが表れているのかもしれない。
「お願いですから死に急ぐ真似だけはしないでください」
きっとこの子はこれからも無茶をする。セシリアはそう確信がある。
身体も心も、灰も残らず燃え尽きてでも復讐を果たそうと戦い続ける。そんなものは子供がしていい覚悟ではない。
それでもセシリアにできることはロクスの身体を調整して癒してあげることぐらいだ。
ロクスの心は、もうそれだけに……。
「……死ぬつもりなんて微塵もねえよ」
ロクスはセシリアをどかし、繋がれているチューブを引き剥がす。
「復讐を果たすその時まで俺は死ぬつもりはねえ。どこまでも生にしがみつく」
服に手を伸ばし、袖を通す。
「世話になった。また来る」
魔術薬を手にしてロクスは医務室を後にする。
「ロクス君……」
セシリアはその背をただ見送ることしかできなかった。
「こんなところにいましたか、ロクス君」
「生徒会長か……」
廊下を歩いているロクスに声をかけたのはリゼ=フィルマー。アルザーノ帝国魔術学院の生徒会長を務める才媛である。
「何か用か?」
「いえ、特にコレというほどの用はありませんよ。ただ、ロクス君は参加されないのかと?」
チラリ、とリゼは周囲を見渡す。
そこには学院のあちこちで何かしらの準備をしている生徒達の姿が。
「今年も出る気なんてねえよ。社交舞踏会なんて」
社交舞踏会。毎年、アルザーノ帝国魔術学院で行われている伝統行事の一つだ。
何かと狭いコミュニティに納まりがちな生徒達のため、生徒同士で交流を深めることを目的として開催される行事であり、その来賓として、魔術学院の卒業生やクライトス魔術学院などの他校生徒、時に帝国政府の高官や地方貴族、女王陛下すら顔を出すこともある、意外と大規模なパーティーなのである。
「よくもまぁ、そんなくだらないもんにやる気がでるもんだな」
「伝統行事をくだらないと言うのはロクス君ぐらいでしょうね」
クスリ、と微笑むリゼにロクスは内心なんとも言えない感情が渦巻く。
ここにいるのがリゼではなく、システィーナなら今のロクスの発言に文句の一つぐらいは言っているだろう。しかし、リゼは文句一つ言うどころか薄く微笑むのみ。
(苦手なんだよな、こいつ……)
嫌いではない、ただ苦手なだけ。
ロクスはリゼと面識がある。
不良生徒であるロクスを生徒会長であるリゼが放置することなどせず、時折であるもこうして声をかけてくることがある。特に不良生徒であるロクスが問題を起こした際などの事情聴取(ロクスと関りを持ちたくない講師や生徒が多い為に)は必然的に生徒会長であるリゼが担当している。
「ということはロクス君はやはりダンス・コンペにも参加されないのですか? 貴方ならお相手にも困らないでしょうに」
「ハッ、笑える冗談だな。俺とダンス・コンペに参加したい女がいるかよ」
リゼの冗談を鼻で笑う。
ロクスは学院で嫌われ者だということは重々承知している。同じクラスメイトの二組ならまだしも、学院全体でいえばロクスを嫌っている生徒は多数だろう。
「あれ? 知らないのですか? ロクス君、貴方は女子から人気があるんですよ?」
「はぁ?」
「ロクス君は問題児ではありますが、ストイックなまでに我が道を突き進む。そんな貴方に好意を寄せている女子生徒もそれなりにいるのですが、気づかなかったのですか?」
「……その女子共、頭は大丈夫か?」
思わずそう言った。
嫌われ者の自覚はあるだけに好意を寄せてくる女子生徒達の正気を疑ってしまう。
「まぁ、どっちにしろ社交舞踏会なんてもんに出る気はねえよ」
どちらにしろ社交舞踏会に出るつもりはない。
ロクスは話はこれで終わりだと、足を動かす。
「気が向いたらでいいので社交舞踏会にも顔を出してくださいね」
「気が向いたらな」
ないだろうが、と内心でそう言いながらロクスはリゼから離れていく。
(まだ、時間はあるな……)
時計を見て予定の時間までまだ余裕がある。
(せっかくだ。文句の一つでも言うついでに見舞いぐらいに行ってやるか)
ロクスは現在自宅療養中のセリカのお見舞いに行くことにした。