ロクでなし魔術講師と復讐の精霊使い   作:ユキシア

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踊る条件

アルザーノ帝国魔術学院はついに三日後に差し迫った伝統行事『社交舞踏会』の準備のため、魔術学院生徒会や社交舞踏会実行委員会、有志の協力者達など、大勢の生徒達で集まっており、広間の掃除や大道具やテーブルの運び入れ、調度品の設置、はたまた当日の料理当番や給仕の打ち合わせなど、皆一様に忙しそうに働いていた。

システィーナもまた魔術学院の生徒会長であるリゼと懇意の仲であり、有志で行事準備に参加した一般生徒側のリーダーを務め、生徒会側や実行委員会側との橋渡し役として、様々な仕事や調整に従事している。

「本当にごめんね……。なんか私のせいで、ルミアまで手伝う羽目になったみたいで……。ルミアもリィエルも、生徒会や実行委員会とは何も関係ないのに……」

「ううん、いいよ。気にしないで、システィ。だって、こういうのも楽しいもの」

システィーナがあまりにも忙しそうだったので、ルミアはもう一人の親友であるリィエルと一緒に、行事準備を手伝っている。

「失礼。ルミアさん……ちょっとお話いいかな?」

一人の男子生徒がやってきて、ルミアに声をかけた。

いかにも女の子慣れしていそうな、お洒落で軽薄そうなボンボンだ。

「……はい?」

「はぁ……まただわ……」

ルミアが手を止めて小鳥のように小首を傾げ、システィーナが掌で顔を露骨に覆った。

それに構わず、その男子生徒はルミアに甘い笑顔を向けて言った。

「ルミアさん……貴女は今度の『社交舞踏会』で行われるダンス・コンペに、誰かと参加される予定はありませんか?」

「ええと……今のところ、その予定はないんですけど……」

「そうなのですか? いやぁ、貴女ほどの女性が参加されないなんて実にもったいない」

にこり、とルミアに愛想よく笑いかける男子生徒。

「もし、よろしかったら……パートナーとして、僕と一緒にダンス・コンペに出場――」

「あ、ごめんなさい。せっかくだけどお断りしますね?」

手を合わせ、気まずそうに、申し訳なさそうに頭を下げるルミア。

「………」

まさか、この自分がこうも箸にも棒にも掛けられず、あっさりバッサリ断られるとは思わなかった……そう言わんばかりに、男子生徒は引きつった笑顔のまま硬直し……

「うわぁあああああんっ! ちくしょーっ! ルミアちゃん、ガード堅過ぎっ!!」

やがて、泣きながら退散していくのであった。

「まったく、どいつもこういつも下心が見え見えなんだから……」

その一部始終を見ていたシスティーナが、深いため息を吐く。

『社交舞踏会』には伝統的な催し物としてダンス・コンペがあり、コンペの優勝カップルの女性だけが着用することができる『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』にはある噂がある。

妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』を勝ち取った男女は、将来、幸せに結ばれる。という噂があり、そのジンクスのせいで下心見え見えの男子生徒は学院の人気者であるルミアにひっきりなしにアプローチしている。

システィーナが苛立ち混じりに周囲を見渡すと、明らかに運営側の人間ではなく、会場設営の手伝いでもない男子生徒達が、不自然にぽつぽつと散見され、ルミアの様子を遠くから窺っている。

彼らは皆、ルミアをコンペのパートナーに誘うタイミングを計っているのだ。

「こういう時にあいつがいればねぇ……」

システィーナが言うあいつとはロクスのことである。

学院一の嫌われ者で畏怖の対象でもあるロクスがいればいい虫よけになるというのに。

「あはは……」

ルミアもそれがわかっているから苦笑いするしかない。

しかし、遺跡に向かう少し前からロクスは教室に顔を出すことが少なくなり、ここ最近では学院にすら来ていない。

何をしているのか、それを訊くことさえできない。

「いったいどこで何をしているのやら」

「だね……」

一人の人物について考える二人。すると、システィーナはルミアに尋ねる。

「ねぇ、ルミア。思い切ってダンス・コンペにロクスでも誘ってみるのはどうかしら?」

「え?」

不意に言ってきたシスティーナの言葉に、ルミアは思わず作業の手を止める。

「そりゃ、あいつのことだから嫌がるかもしれないけど、言ってみるだけならタダだし、もしかしたらってこともあるかもしれないでしょう?」

「それは、そうかもだけど……」

恐らくダメだろう。ルミアはそう思った。

誘っても『一人で踊ってろ』と冷たくあしらわれる光景が容易に脳裏を過った。

「でも、ロクス君が学院にいるかどうかもわからないし……」

そもそも誘う誘わない以前にロクスがどこにいるのかさえわからない。見つけなければ誘うことさえできない。しかし。

「それならアテがあるわ」

システィーナにはロクスの居場所についてアテがあった。

「リゼ先輩から聞いたのだけど、ロクスはよく医務室にいるそうよ。身体のことでセシリア先生に診て貰っているみたいなの」

「そうなんだ……」

「ええ、だからもしかしたら医務室にいるかもしれないわ。もし、いなくてもセシリア先生にお願いして伝えて貰えばいいし、ちょっと行ってみましょう」

「え、でも、今は……」

「少しぐらいなら平気よ」

システィーナは親友の手を引っ張り、医務室に向かう。

親友の為に行動するシスティーナ。その好意を無下にすることもできず、ルミアは引っ張られるがままにシスティーナについていく。

そして医務室の前にやってきてその扉を開く。

「すみません。セシリア先生、ここにロクスはいます――」

「あぁ?」

か? と言い終わる前に医務室には目的の人物であるロクスがいた。そこまではいい。むしろ、ちょうどよかったとさえ思う。

しかし、システィーナはまるで石像にでもなったかのようにその身を強張らせる。

そんな親友の姿に怪訝したルミアはひょい、と医務室を覗き込む。

そこには全裸のロクスがいた。

いや、正確に表すのであれば下着は履いている。しかし、制服は乱雑に近くに投げ捨てられ、下着以外何も身に付けていないロクスの裸体は年頃の女の子には刺激が強過ぎた。

「ふにゃああああああああああああああああっ!?」

「~~~~ッ!? (うわぁ……あれが男の子の身体なんだ……)」

システィーナは奇怪な叫び声をあげ、ルミアは両の掌で顔を覆い、その指の隙間から穴が開くほどにしっかり凝視していた。

「な、なななな、ななななななっ!?」

「うるせぇぞ、フィーベル」

顔を真っ赤にして叫ぶシスティーナに呆れながらロクスは溜息を溢す。

「たかが裸を見たぐらいでいちいち喚くな」

「いえ、システィーナさん達の反応が普通ですからね? ロクス君」

一切の羞恥心もなく平然としているロクスに今度はセシリアが溜息を溢した。

「な、な、何で裸になっているのよ!?」

「治療以外に服を脱ぐ理由なんてそれこそセ―」

「それ以上はいけません」

セシリアがロクスの口を塞いでそれ以上は言わせないように手で制した。

「あの、治療ということはロクス君はどこか怪我を?」

ルミアは親友を宥めながらロクスが怪我をしているのかをセシリアに問う。するとセシリアはまるで鬱憤を晴らすかのように口を開く。

「ええそうです。まったく最近、学院に来ていないと思っていたら怪我をしてくるなんて……。いったい何をしているのですか?」

「訓練」

セシリアの問いにロクスは簡潔に答えた。

その答えにセシリアは憤慨で返す。

「どんな訓練をすればあんな怪我をするのですか!? 訓練なら安全面にも十分に気をつかいなさいと私言いましたよね!? どうして死ぬ四歩手前まで訓練を続けるのですか!?」

セシリアのその言葉にシスティーナはうわぁ、と思わず引いた。

訓練はキツイのは当然だ。

だが、ロクスはキツイでは済まさない苛烈さと過酷さがある。

「特に今回は酷いなんてものじゃありません!! どうしたらあんな火傷を負えるのですか!? 何かの爆発にでも巻き込まれたとしか思えません!!」

(火傷……?)

その言葉にルミアは違和感を抱いた。

ロクスは炎を得意とする魔術師だ。それにロクスには炎熱を隷属する固有魔術(オリジナル)があることをルミア達は知っている。そのロクスがセシリアに治療を願うほどの火傷を負うようなヘマをするとは思えなかった。

「別に爆発に巻き込まれてねえよ。爆発をモロに受けただけだ」

「もっと悪いですよ!! ……まったくもう、貴方という人は」

深い、それはもう深い溜息を溢すセシリアはひとまずシスティーナ達の為にもロクスに服を着させる。もう何を言ってもロクスが止まらないということはわかりきったことだ。

ロクスは制服に袖を通して医務室から出ようとするも、システィーナに止められる。

「あ、ロクス。ちょっと待って」

「なんだ?」

「ロクスは社交舞踏会には出ないの? もし、出るのなら」

「出るわけねえだろ」

即答だった。システィーナが言い終わるより前にロクスはハッキリと言い切った。

「け、けど、少しぐらいの興味はあるでしょう? それでルミアと一緒にダンス・コンペに参加して欲しいのよ」

それは普通の男子生徒なら即快諾するほどのお願いだ。学院で人気者のルミアと一緒にダンス・コンペに参加できるのなら泣いて喜ぶ男子もいるだろう。

だが、この男は普通ではない。

「ハッ、誰がそいつと躍るか。講師とでも踊ってろ」

一秒も躊躇いもみせずに断った。もはや拒絶に近い断り方だ。

「で、でも」

「システィ。いいよ、わかっていたことだから」

ルミアもわかっていた。ロクスを誘っても断ることぐらい。それでもやはり心のどこかでほんの少しだけ期待していたことには違いない。その証拠にルミアの表情が少しだけ曇る。

「いいえ、ロクス君。システィーナさんの言う通りです。参加しなさい」

しかし、そこへ思わぬ助け船が出た。

「なんでだよ? 参加は個人の自由だろうが」

「あんな大怪我をするまで訓練をしたのですから息抜きが必要です。根を詰め過ぎるのはよくありません」

「それなら部屋で寝る。社交舞踏会なんてもんに出る理由にはならねえよ」

頑なに社交舞踏会に出ようとしないロクスにセシリアはまったくと呆れ、視線をロクスからルミアに変える。

「ルミアさん。貴女はどうしたいのですか?」

「え、わ、私は……」

「自分の気持ちは自分で伝えないときっと届きませんよ」

優しい微笑みを浮かばせながらルミアの背を押すように告げるセシリアにルミアは一歩前に出る。

「あ、あの、ロクス君。私と一緒にダンス・コンペに参加してくれない、かな……?」

自分の気持ちを素直に口にした。

断られるとわかっていても、それでも自分の口から正直な気持ちを目の前の人に伝えたルミアにロクスは少し間を開けて答える。

「断る」

端的に簡潔に断りの言葉を口にした。

わかってはいたことだ。自分が彼に嫌われているということぐらい。だから断られるのも当然のことだ。

ロクスと一緒にダンス・コンペに参加し、優勝し、そしてずっと憧れだったドレスを身に纏い、一緒に踊る。そんな想像をしたことがある。

けれどこれで踏ん切りがついた。諦められる。ルミアは心の整理がつけれるそう思ったその時だった。

「けど、一曲ぐらいなら付き合ってやる」

「え?」

ルミアは思わずロクスの顔を見た。

その表情はいつもと変わらないように見えるが、その目はいつもより少しだけ優しく見えた。

「ダンス・コンペには参加はしない。けど、社交舞踏会に顔ぐらいは出してやる。そしてお前があの講師と一緒にダンス・コンペに参加し、優勝した後でいいなら一曲分ぐらいは付き合ってやる」

妙な条件を出された。

パートナーをグレンに指定した上での優勝が一曲分だけロクスと踊れる権利を得られる。何故パートナーがグレン? と気になることはあるけど、それでも言質は取れた。

「わかった。必ず優勝してみせるから」

ルミアはその条件を呑んだ。

厳しい条件ではあるも、達成できないような無理難題な条件ではない。

「できたらな」

ロクスは医務室を今度こそ去る。

「まったく、ロクスったらいったい何様のつもりなのよ……」

変な条件を出してきたロクスとその条件を呑んだ親友に呆れながらもシスティーナは頬を緩ませる。

親友に訪れたチャンス。是非とも頑張ってそのチャンスをものにして欲しい。

(けど、どうしてパートナーがグレン先生なのかしら……?)

そこだけがわからず、システィーナは首を傾げるのであった。

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