ロクでなし魔術講師と復讐の精霊使い   作:ユキシア

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守る為ではない

『それでは、お集まりになられた紳士淑女の皆さま。どうか今宵は楽しい一時を……』

生徒会長リゼの音頭で、とうとう社交舞踏会が開催された。

早速、楽奏団が指揮者の繊細なる指揮の下、雄大な楽曲を奏で始め、その曲に合わせて男女が思い思いに踊り始める。

立食式で、豊富に用意された豪華な食べ物や飲み物が尽きることはない。

それらを片手に、普段、話す機会のない学年違いの生徒や、男女、他校の生徒達など、様々な立場や垣根を超えて、楽しく談笑しており、話が弾めば、やがて気の合った者同士で手を取り合い、ダンスの中に加わっていく。

誰も彼も、この華やかな表舞台の裏に血生臭い思惑と陰謀が潜んでいるとは知らずに。

「皆さん、楽しそうですね」

「そうだな」

壁際で社交舞踏会の様子を眺めているセシリアの言葉にロクスは頷く。

時折、ルミアからなんとも言えないような視線が向けられてはいるもロクスはそれをさらりと無視する。

(今のところは怪しい動きをしている奴はいない)

無論、そんなヘマをするような者が天の智慧研究会にはいない。それでもロクスは周囲に疑いの目を向ける。もし、万が一にも天の智慧研究会がこの会場に紛れ込んでいる可能性を警戒して。

「あ、あの、フィアンマくん……」

「あぁ?」

ふと、ロクスは視線を前に向ければ見知らぬ女子が立っていた。ロクスの名を知っていることから恐らくはロクスと同じアルザーノ帝国魔術学院の女子生徒だろう。

その女子生徒は恐る恐ると言った感じに声をかけ、意を決したようにロクスに言う。

「わ、私と踊ってはくれませんか……? 一曲だけでいいですから」

まさかのダンスの誘い。

自他共に学園でも屈指の嫌われ者だという自覚を持っているロクスは先日のリゼの言葉を思い出す。

ロクスに好意を持つ女子生徒もいるという話を。

(本当にいやがった……)

冗談の類だと思っていたが、まさか生徒会長の言葉が真実だったことに流石のロクスも驚く。そして隣で微笑ましい笑みを浮かべながら成り行きを見守っているセシリアの「ほら、お誘いですよ」という小言に少しだけイラッとしたロクスだった。

「……悪いが、会場の空気に慣れていないせいか気分が悪いから遠慮する」

「そ、そうですか……」

肩をガックリ落としながら離れていく女子生徒。断られたことにショックを受けているのが一目でわかる。

「もう、どうして踊ってあげないんですか? 別に気分なんて悪くないでしょうに」

「面倒だ。そう何度も踊ってたまるか」

別に踊る為にロクスはここにいるわけではない。ルミアを暗殺しようとする天の智慧研究会を殺す為に仕方がなくロクスはここにいるんだ。

(とはいえ、まさか俺に声をかけてくるとは……)

ロクスは基本的に周囲の人から避けられている。触らぬ神に祟りなしのように触らぬロクスに祟りなし。だからロクスに声をかけてくる者は限られている。

(会場の空気や演奏にでも当てられたのか……まぁ、場所も場所だから無理もねえか)

気が高揚するのも無理はない。高揚していたから普段できない言動も取れるというもの。

だからその影響で声をかけてきたのだろうと、そう納得する。

「そういうあんたは踊らなくていいのか? あそこにあんたと踊りたそうにしている奴等がいるぞ」

ロクスが指す方向にはセシリアにダンスを誘いを申し込もうとタイミングを計っている男子達が遠くから様子を窺っている。しかし、ロクスが隣にいるせいか誘えないようだ。

「私はいいんですよ。だってドレスを血で汚すわけにはいかないのでしょう?」

(根に持っているな……)

そんなに褒めなかったのがよろしくなかったのか。それとも言葉選びが悪かったのか。セシリアはそう言い返した。

「それに私はそこまで踊れませんし、後は壁の花にでもなっています」

元々の超虚弱体質だからか、それともロクスを気遣ってかはわからない。しかし、もう踊る気はなさそうだ。

始まるダンス・コンペ。その予選を眺めながら時間だけが刻々と過ぎていく。

そして――

『ロクス。そろそろ準備なさい』

耳に仕込んだ通信魔術用の宝石からイヴの声が届いた。

(了解)

合図にロクスは行動を開始する。

その直後。

「天の智慧研究会がこの会場、いえ、ルミアさんに何かしようと企てているのですか?」

「――っ」

突然のセシリアの言葉にロクスは驚愕の表情でセシリアを見た。

ルミア暗殺計画の情報は学院には伏せられている。それなのにまるで知っているかのような口ぶりをするセシリアに驚きを隠せれないロクス。そんなロクスにセシリアは小さく笑む。

「私がいったいどれだけロクス君のことを診てきたと思っているんですか? それぐらいの想像はできますよ」

セシリアは己の推測を語る。

「普段のロクス君なら絶対に参加しない社交舞踏会。それに参加しているのには天の智慧研究会が絡んでいるからとしか思えませんし、ルミアさんに変な条件を出してグレン先生をダンス・コンペのパートナーに指名したのも天の智慧研究会からルミアさんを守る為。そうではありませんか?」

「……」

何も言えなかった。

ロクスの言動からそこまで察したセシリアに少しばかりの戦慄すら覚えた。

だが、そんなことはどうでもいい。

「……俺を、止めるつもりか?」

もし、セシリアは自分の邪魔をしようというのであれば。そう考えるロクスにセシリアは少し悔しそうに口を開く。

「それができればどれだけいいのでしょうね……。ですが、ロクス君は止まる気はないのでしょう?」

「ああ」

「私はそんな君を止めることはできません。悔しいですが、私にはロクス君を守れるだけの力も強さもありませんから。ですが、これだけは言わせてください」

セシリアはロクスの手を取って告げる。

「必ず生きて戻ってください。そうすれば私が必ず治してみせますから」

そう告げた。

覚悟を決めた戦士のように、セシリアはロクスがどんな状態になったとしても治してみせるという法医師の覚悟を口にする。それが本気だということぐらいロクスでもわかる。

例え、自分が危険な状態に陥っても治そうとする。セシリアはそういう人だということも理解している。

(本当に、この人は……)

優し過ぎるだろう。そう思った。

ロクスはセシリアにいつ見限られてもいいとさえ思っている。当然だ、何度も無茶を繰り返し、死にかけ、その度に治療して貰っている。不可抗力や無自覚でならまだしも、ロクスは自分からそういう無茶を繰り返している。呆れられ、見限られてもおかしくはない。

それでも治すと告げるセシリアには頭が上がらない。

「……何度も言うが、俺はまだ死ぬつもりはない」

セシリアの手を振り払ってロクスはセシリアに背を向けるように踵を返す。

「それと一つ勘違いしている。俺はあいつを守る為じゃない。天の智慧研究会を殺す為に行く。それだけだ」

守る為でも、助ける為でもない。復讐を果たす為だけにロクスは行動する。

 

 

 

 

「遅いぞ、ロクス」

「うるせぇよ」

夜気に包まれた学院会館、その屋根の上にて外から来る敵を待ち構えているアルベルト、バーナード、クリストフそして会場内を警戒している筈のイヴが佇んでいた。

「かぁー! ロク坊だけ羨ましいぞぉ! あんな美人な先生と踊れてのぉ!! ……のぅ、ロク坊。ちょっくらわしにあの先生を紹介してはくれんか?」

「殺すぞ」

「何を言っているのですか、バーナードさん」

割と本気の殺気を放つロクスに広域索敵結界を張り巡らせているクリストフが呆れ顔でバーナードを見る。

「さて、そろそろではなくて? クリストフ」

「ええ、今……来ました! 結界に反応があります!」

「……おおっとぉう、ついにわしらの出番かいな!」

「…………」

一同の間の空気が一気に重く、鋭くなる。

「敵影、三。座標などの敵に関する諸情報は――ここに」

クリストフが握りしめていた魔晶石を親指で弾き、他の四人へ渡す。

その魔晶石には、クリストフが結界から得た情報が記録されているのだ。

「……把握した」

魔晶石内に記録された敵情報を表装意識野に高速展開した四人は、瞬時に状況を把握する。

「さて、どう対処しようかの……?」

「敵は三手に分かれています。こちらの損耗を最も少なく抑える確実策は、四人一組で行動し、敵に一人ずつ対処することが……」

「駄目よ、そんなの。一人に対処している間に、他の二人がここに来るわ。なら、私が相手せざるを得ない。私の予定が狂うじゃない。嫌よ、そんなの」

イヴがそんな風に割って入る。

「私が差配してあげるわ。《星》は北の敵を、《隠者》は西の敵を、《塔》は東の敵をそれぞれ対処しなさい。《法皇》はここに残り、引き続き結界の維持を……なに、できるでしょう? 貴方達なら」

自身の指揮手腕に微塵も疑いなしと言わんばかりの横柄な態度であった。

「了解」

だが、イヴの態度などロクスにはどうだっていい。

イヴの指揮が言い終えると同時にロクスは東の敵がいる場所に駆ける。

「おおい!? ロク坊よ! 行くならせめてわしらに一言……あ、もうおらんわい……」

アルベルト達に一言も告げずにさっさと敵の元へ向かったロクスにバーナードは額に手を当てる。

「イヴちゃんよ、大丈夫かいのぉ? いくらなんでもロク坊一人で行かせるのは……せめてクリ坊と一緒に」

「無駄よ、バーナード。むしろ私の命令を聞いてくれるだけまだマシよ」

特務分室の新入りであるロクスを一人にするのはどうかと思ったバーナードだったが、それをイヴはばっさりと言い切る。

「殺したい敵がすぐそこまでいるのに、それを待てできるほどあの子は理性的な人間ではないわ。それに戦闘スタイルも考えれば一人の方がまだ戦いやすいでしょうし」

復讐に全てを捧げた人間。その復讐の対象がすぐそこまでいるのにそれを止めるようなことをすれば復讐の刃はこちらにまで向けられる。それはイヴも勘弁だ。

「ま、あの子は一人で問題ないわよ。ほら、貴方達もさっさと行きなさい」

イヴの言葉が背を押し、アルベルトとバーナードもそれぞれの敵の対処に向かう。

 

 

 

アルザーノ帝国魔術学院敷地内、東の薬草菜園付近。

そこで相対する二人の魔術師。

「《冬の女王》グレイシアだな」

「ふふふ、出会ってあらあら☆ こんばんは♪ 《塔》」

愛剣をその手に握るロクスと相対するのは肉感的なドレスに身を包んだ妖艶な少女《冬の女王》グレイシアはにっこりと壊れた笑みを浮かべ、ドレスの裾を手につまんで優雅に一礼する。妖艶に、そして底知れぬ闇を秘めた昏い光をその虚ろな瞳に灯して。

「貴方が今宵のダンスのお相手を務めてくださるの♪ らーらー♪ 貴方のお友達はとても残酷ね☆ 真冬の最中にただ一人、貴方を置き去りにするなんて♪ 嗚呼、可哀想♪ 嗚呼☆ 悲劇です♪ 喜劇です♪」

その途端、怪しく微笑する少女の周囲の気温が、さらに数度下がった。

「せめて、私は貴方を忘れません♪ 思い出を氷の中に閉じ込めて~♪ 永久に美しい貴方を私は愛でますわ♪ それはもう、永遠に♪ 永遠に~♪」

不意に、少女の周囲にひゅおと吹雪が渦巻く。凍てつき、結晶化した大気が月明りを反射し、きらきらと輝く。ぱきぱきと音を立てて地面が凍り付いていく。周囲の薬草が次々と育つ氷塊の中に、閉じ込められていく。

その虚ろなる眼光も言動も最早、正気ではない。

美しくも恐ろしい、真冬の死神を体現したかのようなその少女を前に――

「覚えておく必要はねぇよ、クソ女。てめえはここで俺が殺す」

物怖じすることなく言い切った。

真冬の死神そして炎熱の復讐鬼は互いの得意な魔術を衝突させる。

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