ロクでなし魔術講師と復讐の精霊使い   作:ユキシア

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違和感

「で?」

天の智慧研究会の第一団(ポータルス)(・オーダー)》――《冬の女王》グレイシアを見事撃破したロクスは他の天の智慧研究会のメンバーを殺そうと移動したが、戦闘は既に終わっていた。

流石は特務分室の一員だけはある。テロリストで外道魔術師ではあるも、魔術師としての技量は超一流であることには変わりない。それを相手にして五体満足で生き残れるだけでも一流だ。

ロクス同様に敵を撃退したアルベルト。だが、一人取り逃がしたバーナードにロクスは鋭い眼差しを向ける。

なに、敵を逃がしてんだ? あぁ? という無言の圧力にバーナードは額に冷汗を垂らす。

「い、いやいや、ロク坊よ。わし、頑張ったんじゃよ? 殺されずに撃退しただけでも充分じゃろ?」

「それが敵を逃がしていい理由になるのか?」

敵を逃がしたことに言及するロクスにバーナードは視線をクリストフとアルベルトに向けて助けを求める。その視線に察したクリストフは苦笑し、アルベルトは小さき息を吐いた。

「まぁまぁ、皆さん無事に生き残っただけでもよしとしましょう」

「翁のことをいちいち気にしてはキリがない。慣れろ」

「チッ」

二人の言葉に舌打ちするも、それ以上は何も言わなかった。

今回の任務はあくまでルミアの暗殺を阻止することであって天の智慧研究会を必ず殺さないといけないわけではない。敵を逃がしたとはいえ、撃退したことは確かだ。バーナードも最低限の仕事はしている。

(外からの敵は撃退した。あとは……)

《魔の右手》ザイードの計画も狂いが生じるはず。現段階では室長であるイヴの計画通り。

後の問題はザイードの確保のみ、だが……。

(さっきからなんなんだ? この感覚は……)

順調だ。恐ろしいほどにイヴの作戦通りに事が進んでいるにも関わらず、ロクスの表情は険しいまま。

まるで重大な何かを見落としているかのように。

(《魔の右手》ザイードの暗殺方法……パレードや演説場、パーティー会場などの大勢の人間の前で誰にも気づかれないうちに標的を仕留める暗殺者)

そう、この会場もまたザイードにとって暗殺が得意とする場所。しかし、イヴの魔術の前ではその暗殺も不可能に近い。

(そもそも可能なのか? 大勢の人間の前で誰にも気づかれずに暗殺することが……)

飲食物に毒を混ぜて毒殺するわけでもない。そもそも現段階で判明している殺害方法は直接的な殺害、刺殺、絞殺、撲殺と様々なパターンがあって一定していない。

(外の連中が俺達、特務分室を分散させる為の囮だったとしても杜撰過ぎる。いや、そもそも必要なかったのか? それとも諦めた……いや、それだけは絶対にありえねぇ)

それは確信。

天の智慧研究会がどれだけ悪辣非道か、己の魔術の為にどんな犠牲も強いることも厭わない外道だと知っているからこそここでルミアの暗殺を中止にするとは思えなかった。

遠目の魔術で会場内を観察するも、これといっておかしなところはない。順調過ぎる程に『社交舞踏会』は賑わっている。

誰もが気分を高揚させて楽しんでいるのが見て分かる。

(作戦通りに、なのか……?)

そう思うしかなかった。

別に作戦通りに事が進んでいることに文句を言う理由もない。ただどうにも違和感を覚えるロクスは暫くの間、アルベルト達と共に周囲を警戒しているとイヴから通信が入った。

それはイヴが《魔の右手》ザイードとその黒幕を捕えたという報告だった。

それはもう驚くほどに呆気なく敵の陰謀が潰れた。

黒幕についてはロクスどころかアルベルト達でさえ、知らされていなかったことに関しては思うことはあるが、これで無事に終わったことには変わりない。

後は確保した敵を口封じに来るかもしれない新たな敵に備えろ、ということだけだ。

「ロクス。どこに行くつもりだ?」

「会場に戻る。一応、参加者だからな。外での備えはあんたらだけで十分だろ?」

外を守れ、という上官の命令を無視して会場内に戻るロクスにアルベルト達は困ったように息を吐く。しかし、参加者であることには変わりないし、外の備えも三人もいれば十分の為にアルベルト達は何も言わなかった。

 

 

 

 

ロクスが会場内に戻った頃には既に決勝戦。

グレンとルミア、システィーナとリィエル。踊り続ける四人のダンスにこの会場にいる者達は目を奪われ、感嘆の息を漏らす。

(シルワ・ワルツ……今回の『社交舞踏会』に使用されているダンス。元はとある遊牧民族の伝統的な戦舞踊だったな。確か名前は『大いなる風霊の舞(バイレ・デル・ヴィエント)』……風の精霊と交信する為の特別で神聖なもの、だったか)

ロクスは精霊使い。それ故に精霊に関することは頭に入れている。

大いなる風霊の舞(バイレ・デル・ヴィエント)』には八つの型があり、第一演舞(エル・プリマル)から第七演舞(エル・セプティーモ)までは、戦に臨む戦士に精霊が勇気を与えたり、死の恐怖をなくしたり、痛覚を麻痺させたり、戦いへの喜びを増幅させたりする魔なる舞。そして第八演舞(エル・オクターヴァ)はそれまでその身に下ろした魔の加護を清める聖なる舞……戦いの高揚・狂奔から心を守る舞。

(今回の『社交舞踏会』、シルワ・ワルツは一番から七番までだったな。……そういや、やけに他の奴等が高揚しているのは魔の加護にでも当てられたからか? んなわけねえか)

異様な会場の高揚感。朝まで騒ぎ続けることもできそうなほどに盛り上がっているのを見てロクスはそんなことを思った。

そこへ。

「ロクス君」

「へステイア法医師」

セシリアがロクスに歩み寄り、その身体を触り始める。

「どこか怪我はしていませんか? 調子の悪いところはありますか? 気分は大丈夫ですか?」

会場に戻って早々に触診される。

今はダンスの決勝戦で多くの人の視線がグレン達に向けられている為に誰も見ていないが、大勢の人がいるなかで異性の身体をあちこち触る光景を誰かに見られれもすればそれはそれで問題がありそうだ。

「何処も問題はねぇよ。無傷で倒した」

「本当ですか?」

「こんな嘘をつくか」

そこまで聞いてセシリアは安堵したように息を漏らす。どうやら心底ロクスのことを心配していたようだ。

その様子を見て相変わらずだな、と思いながらロクスは決勝戦を観戦する。

どちらも完成度の高いシルワ・ワルツ。どちらが優勝してもおかしくないそのダンスは決勝戦に相応しい踊りだ。

誰もが固唾を呑んで見守る中、曲に合わせて踊り続ける。

そして、嵐のような盛り上がりから一転、森に眠る静けさの余韻を残して、楽曲が終了し、グレンとルミア、システィーナとリィエルは優雅なフィニッシュを決めるのであった。

グレン達の演舞が終わった当初、会場は水を打ったような静寂に包まれていた。

だが……誰かが、ぱちん、また一つ、ぱちんと、思い出したかのように手を打ち鳴らし始め……それはやがて嵐のように本流となってうねり始め――

わぁあああああああああああああああああああああああああああ――っ!

今夜の社交舞踏会で一番の、猛烈な熱狂な大歓声が会場中を支配するのであった。

どちらが勝ってもおかしくない。それだけ見事な演技。

審査員達は皆一様に難しい顔で、激しい議論を繰り返し……そして。

やがて、鳴り止まぬ大歓声の中、ようやく審査員達がボードに点数を掲げ始める。

その結果は――

「……あ」

僅差で。

本当に、ごくごく僅差で。

もし、一人審査員を変えたら、また結果が変わったに違いない……そんな僅差で。

ルミアとグレンのカップルが――勝利を収めたのであった。

うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!

その結末に、さらに歓声が一オクターブ上がる。

ロクスの隣にいるセシリアも嬉しそうに拍手しながらロクスに視線を向ける。

「約束。守らないといけませんよ?」

「……後で時間は作る」

約束は約束。それぐらいは守る。

だが。

(本当に終わったのか……?)

ロクスの違和感は消えない。

残るは社交舞踏会の大トリであるフィナーレ・ダンスのみ。にもかかわらず天の智慧研究会が何か仕掛けてくる気配もない。フィナーレ・ダンスが終われば今回の社交舞踏会も終わりのようなもの。その僅かな間に天の智慧研究会が仕掛けてくるとは思えないし、それを見逃すほど特務分室も甘くない。

イヴの言う通り、ザイードもその黒幕も本当に捕まったのか?

なら、この違和感はなんなのか?

どこか釈然としない気分を抱えながらロクスは警戒を緩めることなく会場を見渡し続ける。

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