ロクでなし魔術講師と復讐の精霊使い   作:ユキシア

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魔曲

社交舞踏会の宴も、ついにたけなわ。

目玉のダンス・コンペも終わって。

優勝したルミアが『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』へとお色直しすることになって、リィエルを一応護衛につけ、グレンはルミアを送り出す。

「やったぜ! 俺はずっと、ルミアの『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』姿が見たかった!」

「ちくしょう! 俺はシスティーナのが見たかったのにぃ!」

「リィエルちゃん派の僕が通りますよ~」

「むぅ……ら、来年こそは……この高貴な青い血たるわたくしが……ッ!」

「ったく……お前ら、うるせえぞ。ドレス一つでギャーギャー騒ぎ過ぎだっての」

グレンの周りでは、担当クラスの生徒達がハイテンションのバカ騒ぎだ。

見回せば、コンペが終わっても、会場の活況はまるで衰えを見せない。

楽奏団の指揮者はここがクライマックスと言わんばかりに指揮棒を振るい、楽奏団は限界突破でそれに応じ続ける。会場を支配する演奏は絶好調のようだ。

「ほら、こっちですよ」

「引っ張んな」

バカ騒ぎする二組の所にセシリアに手を引かれながらロクスがやってきた。最近、教室に碌に顔を見せないロクスに二組の生徒達はこぞってロクスに駆け寄る。

「ロクス! お前、セシリア先生とどういう関係なんだ!?」

「そうだぞ! 皆のセシリア先生を独占するなんて!」

「同志よ! これは裏切りか!? 裏切りなのか!?」

「ちょっと表に出ろや! ……いえ、嘘です。なんでもありません」

良くも悪くも学院内で話題が尽きないロクスに二組はここぞとばかりにセシリアとの関係性について質問してくる。

会場の活況もあるせいか、いつも以上の無遠慮に質問してくる二組の連中にロクスはうるせぇと思いながら物理的に黙らせようと思った矢先、セシリアがロクスの腕を絡める。

「どういう関係、なのでしょうね?」

微笑しながらロクス本人に直接問いかけるセシリア。それを見て一部の男子生徒は四つん這いとなった。ちくしょう、と涙と共にそんな言葉を漏らしながら……。

それに対して女子生徒達からは黄色い声が上がった。

生徒と教師の禁断の恋愛に盛り上がっている。

うぜぇ、と思っていると不意に会場の人間が、おおおおぉ……と感嘆な声を上げて、どよめきはじめて……

「先生! 先生! 来たぜ!? うわぁ、マジかよ、予想以上だなぁ……ッ!!」

「……ん? 何が来たって……?」

グレンが振り返れば――

「……お待たせしました。先生……」

すっかり『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』姿となったルミアが……リィエルのエスコートで、その可憐なる姿を現していた。

「……ッ!?」

広がるそのスカートの裾はまるで天使の羽衣のようで。

翻る腕のフロートはまるで妖精の羽のようで。

ドレスを飾る宝石の装飾は夜空に輝く満天の星。

ドレスを彩るその刺繍は煌びやかな銀細工。

その一身にシャンデリアの眩い光を煌々と浴び、神秘的に輝いていて。

ルミアという原石が持つ美を、極限まで研磨しきり、昇華させるその衣装。

そのあまりの幻想的な美しさに誰もが感嘆の声を上げずにはいられない。

「ロクス君」

トン、とセシリアに背を叩かれる。

ルミアが何が言って欲しさそうにロクスを見ている。それに気付いたロクスは息を吐きながらルミアに告げる。

「まさか本当に優勝するとはな」

「……うん、頑張ったよ」

「だろうな」

背後からもっと気の利いた言葉が言えないのか、と言いたげな眼差しを向けるセシリアに内心嘆息しながらロクスは言う。

「ドレス、似合ってる。それと約束は守る」

「……ッ! うん!」

それだけ聞いただけでもここまで頑張った甲斐があったような笑みを浮かべるルミアはグレンと共に社交舞踏会伝統の演目――『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』を勝ち取ったカップルによる、フィナーレ・ダンスの披露が始まるのだ。

 

 

 

(おかしい……)

フィナーレ・ダンスの披露が始まり、それを見守っているうちに会場中の人々が、誰からともなく、自然に隣人と手を取り合って……一組、また一組と踊りだしたのだ。

今は、会場中全ての人間が、手を取り合って踊っている。

来賓も、運営側の人間も、誰も彼も例外なく、音楽に身を任せ踊っている。

皆一様に、ゆらゆらと揺れるように、音楽に身を任せている。

なんという心地良さ、なんという一体感。

まるで会場中の人々の心が一つに溶けあったかのよう。

しかし、ロクスは違和感を抱いていた。

セシリアに手を取られて他の人達と一緒に踊ってはいるが、ロクスはただただ違和感だけが強くなっていく。

(何かがおかしい……だけど、いったいなにが……)

ロクスと踊っているセシリアの表情は夢見るように蕩けた表情。他の人達もこの会場中の人々が皆同じ表情だ。心地良い世界に、一体化した世界に酔っているかのように、身を委ねているように。

そこに違和感を抱いているロクスはその世界の異物かもしれない。しかし、ロクスにはどうしてもその違和感を拭い去ることも無視することもできなかった。

そこに――

『ロクス。聞こえるか?』

通信魔導器からアルベルトの声がロクスに耳に届いた。そしてアルベルトの口から驚くべき事実を聞かせれ、既に敵の術中に嵌っていることを知らされ、違和感の正体にも気づいた。

「チッ。そういうことか」

敵の術中に嵌っていることに舌打ちする。

だが、文句を言っている暇などない。ロクスはすぐにシルワ・ワルツ八番を踊ろうとするが、普段の超虚弱体質とは思えないセシリアの異常な力でステップを乱されてしまう。

「しっかり、しやがれ!」

強引に抱き寄せて、セシリアを振り回す形で、強引にステップを踏んでいく。

その瞬間――

「あれ、私……」

「へステイア法医師。シルワ・ワルツ八番だ」

「え、あ、はい」

不意に我に返ったセシリアに端的に告げる。セシリアもロクスの表情から異常事態だと察して咄嗟にシルワ・ワルツ八番を踊り始める。

見ればグレンとルミアの近くにシスティーナとアルベルトがシルワ・ワルツ八番を踊っている。それを見てグレンも強引にルミアと共にシルワ・ワルツ八番を踊り始める。

それは、この会場に堅牢に構築された異界から守る結界となって――

そして――

 

 

 

「間に合った、か……」

「いったい、何が……」

先ほどまでの、賑やかな喧騒は、どこへやら。

しん、と水を打ったように静まり返った会場、周囲を見渡せば楽曲の終焉と共に決められたフィニッシュポーズのまま、全ての人間が彫像のように膠着し、微動だにしていなかった。

楽奏団も。給仕をしていた運営側の人間も。談笑していた人々も。

その場に存在するありとあらゆる人間が、時が止まったようにぴたりと静止している。

皆一様に、焦点を結ばない、虚ろな目で――

「おい、講師ついでにティンジェル。お前らも無事だろうな?」

「はぁ……ッ! はぁ……ッ! ああ、そっちも、だよな?」

「当り前だ」

呼吸を整えながら確認を取るグレンに当然のように返す。

「……え? な、なんですか……? これ……」

ルミアがその異常で異様過ぎる光景と雰囲気に、顔を青ざめさせる。

「ルミア! 貴女、無事!? ちゃんと正気!?」

そんなルミアの元に、システィーナが息急き切って駆け寄る。

「はぁー……はぁー……危なかった……いつからだ……? 俺は、いつから、この術にかかっていた……?」

「……最初からだ」

同じく歩み寄ってきたアルベルトが、忌々しそうにそう言った。

「俺達は最初から、今回の仕掛け人の術中だった。イヴが黒幕の手口を看破したように見えたが……逆に利用されていたのだ」

「今回ばかりはフィーベルの古代マニアに救われたな」

違和感はあった。しかし、その正体が掴めずに敵の術中に嵌っていたことに苛立ちながらシスティーナの魔導考古学の知識に救われた。そうでなければロクスですら危うい状況だった。

「ロクス君。これはもしかして……」

察しのいいセシリアも状況を把握して理解したのだろう。今回の黒幕の正体に……。

ロクスだけでない、グレン達の視線もある人物に向けられる。

「さて、こうなった以上、一番怪しいのはお前だよな、お前……」

グレンの刺すような視線の先には、楽奏団の指揮者がその背中をさらしていた。

その指揮者も頭上で指揮棒を構え、ぴたりと静止しているが――彼だけは他の人々と同じような、彫像のような無機質な静止ではない。

演奏を終え、今はその余韻に浸っている――そんな静止の仕方だ。

「いい加減、馬鹿騒ぎも終いにしようぜ? 今回の暗殺計画の真の黒幕――恐らく、本物の《魔の右手》のザイードさんよ……ッ!」

すると。

その指揮者は、右手で構えていた指揮棒を静かに……下ろして……

「……よくぞ、我が《右手》から逃れた」

グレン達に、ゆっくり……振り返る。

カールヘアが特徴的な、いかにも音楽家然とした初老の男が、氷のように冷たい目で、グレン達を睥睨する。

「我が《右手》の秘奥を打ち破った、貴様のその舞踏は『大いなる風霊の舞(バイレ・デル・ヴィエント)』の第八演舞(エル・オクターヴァ)……まさか、踊り手がいたとはな……」

「とある遊牧民族の、魔を祓い己が心を守る精霊舞踏だぜ。会場に仕掛けられた罠が、精神支配系の魔術なら……特に有効だと思ってな……」

「ふん。これを懸念して、わざわざ編曲(アレンジ)した『交響曲シルフィード』から第八番だけは抜いておいたというのに――まさか、原典を持ち出されるとは」

全ての人間が魂を失ったかのように硬直する中で。

真の黒幕――《魔の右手》のザイードとグレン達が、睨み合った。

「ははは……ようやく繋がったぜ。リゼが言ってたな……今回の社交舞踏会で使われた楽譜……編曲(アレンジ)されていたらしいな……? てめぇはその編曲(アレンジ)に魔術的な何かを仕込んだ……てめえが編曲者だったんだな!? 一体、何を――」

「先生! その正体はきっと『魔曲』です!」

緊張のせいか、額にびっしりと脂汗を浮かべたシスティーナが、口を挟む。

「……『魔曲』?」

「はい! 先日、読んだフォーゼル先生の魔導考古学論文に書いてありました! 音の高低……つまり、音楽に変換した魔術式で他人の心を掌握し、他人を操るという古代魔術(エンシャント)――形はないけど、これも立派な魔法遺産(アーティファクト)の一種なんです!」

「……魔法遺産(アーティファクト)ッ!?」

魔法遺産(アーティファクト)『魔曲』。即ち、音楽による特殊魔術を起動する、楽譜の魔法遺産(アーティファクト)

一見、突拍子もない話に聞こえるが、実はそうでもない。

そもそも魔術は『原初の音(オリジン・メロディー)』に近い響きを持つ言語で深層意識を改変、つまり音で自身の心に働きかけることで現実の法則へ介入する技術だ。音楽で人の心に働きかける魔術は、普通の魔術よりもよほど魔術の原理に近い、魔術らしい魔術といえる。

「南原の遊牧民族の『呪歌』もその系譜なんです! 論文では、その『魔曲』にはとある特殊な調と音律が必ず入ってるそうですが……編曲(アレンジ)された楽譜に、その『魔旋律』が確かに入っていたんです!」

「……マジかよ……?」

「で、でも……『魔曲』を起動するには、通常の魔術が特殊な呪文発声術を必要とするように……やっぱり特殊な演奏法が必要で、ただ単に譜面通りに演奏しただけでは、『魔曲』は起動しないはずなんですが……」

「……だからこその《魔の右手》なのだろう」

アルベルトがそれを裏付けるように言った。

「《魔の右手》のザイード……奴はその右手の指揮棒で楽奏団を指揮することにより、その特殊な演奏法を、無意識の内に楽奏団に弾かせることが出来るのだろう。暗示か、催眠術か、それとも指揮棒自体が何らかの機能を持った魔導器なのかは与り知らぬが」

すると、ザイードがくっくっと肩を震わせて、得意げに語り始める。

「私の家には代々、密かに『魔曲』の秘儀が、石に刻まれた楽譜の魔法遺産(アーティファクト)という形で受け継がれていてね……その魔術理論的な理屈は分からずとも、その使い方・運用方法だけは、相当研究され尽くされているのだ」

手の内を完全に看破されたというのに、当のザイードは余裕の笑みを浮かべていた。

「我が一族は古代文明にまで遡れば……案外、私の家は当時の王朝の宮廷音楽家みたいなことをやっていたのかもしれんね。まぁ、後は大体、君達の想像の通りだ」

ばっと両腕を広げて、ザイードが宣言する。

「私は七つの『魔曲』を奏で聞かせることで、その場に居合わせる全ての人間の意識と記憶を掌握できる! 余すことなく、全てだッ! そうすれば、いかなる凄腕の護衛がつこうが関係ない! 『暗殺』など、容易く行える! そうだろう!?」

グレンは最早、啞然とするしかなかった。

そりゃ、確かにそうだ。

暗殺の瞬間、その被害者含めてその場に居合わせた全ての人間の意識と記憶を『魔曲』で掌握していれば、やりたい放題だ。白昼堂々『暗殺』を決行しても誰も気付かない。

大勢の前で誰にも悟られず、いつの間にか遂行されてきた《魔の右手》の謎の暗殺術。

その正体とは――

「ははは……そりゃ、誰もわかんねーよ……まさか、こんな大胆な『暗殺』があったなんてな……ッ!? その瞬間が誰にも認識・記憶されなかったら、そりゃ確かに立派な『暗殺』だッ! 相手が古代魔術(エンシャント)の産物なら、近代魔術(モダン)の探知には引っかからんしな!」

そして一度、術が決まれば、後はどう料理したってかまわない。

こそこそと密かに隠れ偲んで、隙を突いて行う暗殺という常識と先入観を根底から覆す、大胆極まりない一手であった。

「だが、手品の種は割れたぞ、《魔の右手》」

動揺するグレン達を差し置き、既に臨戦態勢のアルベルトとロクスがザイードに向き直る。

「大人しく投降するならば、それで良し。抵抗するなら容赦無く、貴様を討つ」

「ふん……馬鹿め」

応じず、ザイードが指揮棒を振り上げる。それに即座に反応し、ザイードの背後で固まっていた楽奏団が突然、からくり人形のように演奏を再開し――

まったく同時に。

アルベルトは躊躇いなく予昌呪文(ストック・スペル)の【ライトニング・ピアス】を時間差起動(ディレイ・ブード)する。

アルベルトの腕が鞭のように旋回し、その指先が閃き、雷閃が放たれ――

「……ッ!?」

否、アルベルトは撃たなかった。ザイードに指を向けたまま、ぎりぎりで踏み止まり、起動しかけていた呪文を解除(キャンセル)していた。

「ほう……勘の良い奴だ……」

薄ら寒く笑うザイード。再び魔の演奏が会場中を支配していき……

「お、おい……アルベルト、何やってんだよ!? さっさと撃てよ……ッ!」

「不可能だ。今、俺は魔術制御に関わる深層意識野を瞬時に『魔曲』に支配された」

グレンの上げた怒声に、アルベルトが淡々と冷徹に返した。

「なんだと!? あの一瞬の演奏でか!?」

「こんな状態で魔術を振るえば、どんな暴発をするか予想がつかん。術者は反動で自滅するならまだマシだが、周囲の無関係な一般人にまで被害が及べば目も当てられん」

「……その通りだ」

ザイードが指揮棒を振るい、悠然と演奏を再開しながら、言う。

「貴様らは、この社交舞踏会の当初から、程度に差こそあれど、ずっと我が『魔曲』を聞き続けていた。徐々に『魔曲』に浸食されていたのだ。『大いなる風霊の舞(バイレ・デル・ヴィエント)第八演舞(エル・オクターヴァ)である程度『魔曲』の支配を脱したグレン=レーダスらや、急造の精神防御を構えた特務分室の連中として同じこと。意識と記憶――表層意識こそ操れぬものの、貴様らの深層意識野はすでに掌握しているッ!」

青ざめるグレン、視線で射殺さんばかりに睨んでくるアルベルトらを睥睨し、ザイードが堂々とここに宣言する。

「つまり――この『魔曲』が奏でられる限り、貴様らはもう魔術を振るうことは叶わぬのだ! そして、我が演奏を前に、全ての人間がひれ伏すッ! これが我が秘奥、人間の心と身体を音楽で支配する秘儀――固有魔術(オリジナル)呪われし夜の楽奏団(ペリオーデン・オーケストラ)】ッ! ようこそ諸君、私の演奏会へッ! ふっはははははははははは――ッ!」

「くっそ、このパクリ野郎……人と似たようなことやりやがってぇ……ッ!?」

脂汗を滝のように流すグレンの減らず口もその程度だった。

そして……魔曲に支配された、会場中の人間が、動き出す。

皆一様に虚ろな目で……わらわらと、グレン達六人を取り囲んでいく……

「言っておくが『魔曲』から逃れようと耳を潰しても無駄だぞ? 我が『魔曲』は精神に響くのだからな。そして、すでに貴様ら以外の会場中の人間は、我が支配下にある」

楽奏団がふらりと立ち上がり、演奏を続けながらザイードの周囲を固めていく。

「さぁ、覚悟するがいい。数分後には、ふと我に返った会場中の人間が、驚愕することだろう……いつの間にか、会場の中に出来上がった六つも死体の存在にな……ッ! 自分達がそれを作り上げたという事実も知らずに……ッ!」

「野郎……ッ!?」

グレンが拳を構えながら、周囲を警戒する。『魔曲』に支配され、グレン達を取り囲んでいる者の中には……見知った顔……グレンのクラスの生徒達もいた。

(くっそ……こんなん、魔術なんかあったってなくなって関係ねぇッ! これじゃ手出し出来ねえじゃねえかッ!?)

「あ……あ、……そ、そんな……ッ!? 皆……わ、私のせいで……ッ!?」

グレンの背後で、真っ青になったルミアが茫然としている。

常に気丈なルミアが、この時ばかりは動揺も露に狼狽えている。

無理もない、楽しかった社交舞踏会が一変、地獄の宴だ。しかも、やっと勝ち取った念願の『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』をまとった矢先の出来事だ。そのショックは計り知れない。

わらわらと、にじり寄ってくる学院の生徒達を前に……ロクスは剣を握りしめてザイードに言う。

「魔術を封じたぐらいでいい気になるなよ」

復讐の邪魔をする障害は排除する。それが同じ学院に通う学士であろうとも、操られていようとも関係ない。ただ復讐を果たす為にその障害を斬り伏せようと剣を振り上げる。

「やめろッ!」

即座に、グレンがロクスの腕を掴む。

「離せ、講師」

端的に鋭い眼差しを向けながら告げる。その眼差しは邪魔をするならお前も殺す、と告げている。だけど、グレンはロクスの腕を離すことなどできない。

「やめてくれッ! あいつらだけは……ッ!」

「そんなことを言っていられる状況か?」

グレンとてわかってるのだ。自分が綺麗ごとを言っていると。

もうすでに状況は積んでいる。どうしようもない。完全にしてやられた。

自分の甘さが、この最悪な事態を招いてしまった。

状況は既に、誰を救って誰を切り捨てるか――その取捨選択の時になっている。

だが、グレンにはできない。この状況で誰かを選ぶなんてことはとても――

その時。

ピュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ――ッ!

耳をつんざくような甲高い音が鳴り響いた。

音のする方を見ると生徒達の頭上を高速で飛んで行くナイフ。その柄に仕込まれていた投笛。そしてそのナイフを投げ放った体勢のままアルベルトの姿がそこにあった。

(合図用の投笛ッ!?)

グレンがナイフの正体に気付いた――その時だ。

「ふむ? よし、大体、あの辺りじゃな? おっけ、把握」

じゃきん、と会場のどこからか、撃鉄を引き上げる音が鳴り響き――

「さーて、このクソったれな演奏が、深層意識を浸食して、魔術起動を妨げるっていうなら――『この演奏を聴く前に成立させた魔術』には問題ないはずじゃのう!?」

銃声、銃声、銃声、銃声。

会場の入り口から、爆ぜる火薬の炸裂音が四つ響き渡り――

ずん! グレン達を取り囲んでいた四方の生徒達が、まるで突然、その両肩に重荷でも載せられたかのように、くず折れて、その場に両手両膝をつく。

そして、ポイ捨てされたマスケット銃が、がしゃがしゃ床を叩く音が響いた。

「な――ッ!?」

会場の人間の過半数が動きを封じられて膝をついたことで視界が開け、入り口付近にいる三人組の姿が、グレンの目に入る。

その姿は――

「じじい!? クリストフ!? リィエル!?」

「今じゃ、グレ坊ッ! こっちへ来い! 今は逃げるぞッ! こんなこともあろうかと以前、わしが作った特製『重力結界弾』が効いているうちになッ!」

「……いえ、その『重力結界弾』を実際に作成したのは僕なんですけど……」

どや顔でバーナードがマスケット銃を構えている隣で、クリストフは小さく嘆息する。

恐らく暴徒鎮圧用の重力結界なのだろう。着弾位置を中心に、円形結界を展開し、その内部を超重力で押さえつける。殺傷力はなく……生徒達の動きを封じるには十分だ。

「だが、周囲の重力結界に囲まれてんだぞ!? 重力下での訓練を受けた俺達ならともかく、白猫やルミア、セシリア先生がこれを突破なんて不可能――」

「私は大丈夫よ、先生っ! これを見越して、ここに来る前に重力操作の魔術で、体重を十分の一にしてあったから! ルミアは――」

と、システィーナが叫ぶと。

リィエルが重力場などものともせず、強引にこちらへ単身突っ切ってくる。

「ルミア、助けに来た!」

「あ……」

リィエルは、ルミアをかっさらうように抱き上げ、反転――

「いいいいいやぁああああああああああああ――ッ!」

裂帛の叫声と共に、そのまま重力場をものともせず、入り口まで走っていく。そこに小細工など一切ない。ごり押しで力づくの突破であった。

そんなリィエルに、予め体重を落としていたシスティーナが身軽についていく。

「きゃ」

「行くぞ。この程度の重力場なら身軽のあんた一人支えて動くぐらい問題ない」

セシリアを抱きかかえ、リィエル同様にロクスは重力場を強引に突破する。

「……ははは、すげえな、あいつら……」

苦笑いで呆れるグレン。

「退くぞ、グレン。《魔の右手》のザイード……奴とは仕切り直しだ」

「あ、ああ……」

重力場の中を、這いながら迫ってくる会場中の人間達を背に、グレンとアルベルトは特殊な体術を駆使し、結界と結界の境目を抜け、会場から脱出する――

「ふん……逃げたか」

まんまと獲物に脱出されたというのに、ザイードは余裕を崩さない。

「だが、逃げ場はすでにない……今や人が存在する場所は、全て私の支配領域なのだ」

ザイードが指揮棒を振り上げ、グレン達の後を追う。

背後の楽奏団が奴隷のようにザイードに付き従って歩き始め……よりいっそう、呪われた演奏を展開し始めた――

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