《咆哮》のゼトを瞬殺し、イヴを無力化したロクスはセシリアを抱え、イヴを背負いながらザイードの『魔曲』によって操られている人達を振り払いながらグレン達の元へ向かう。
「……」
その道中、ロクスは先ほどの戦闘、ゼトとの戦いについて考えていた。
《咆哮》のゼト。軍が集めた報告書では天の智慧研究会でも有数の実力者。ロクスが先に倒した《冬の女王》グレイシアとはまた違う……ゼトも超一流の魔術師。いや、
そのゼトを魔術も使用できない状態で瞬殺できた理由が二つある。
一つは、今回の魔術競技祭より前にそのゼトを上回る強者、魔煌刃将アール=カーンとの死闘を繰り広げたから。魔煌刃将との戦闘を糧にロクスの剣術は更なる高めへと昇華された。
それにより純粋な近接戦闘、中でも剣術に関しては帝国でもトップクラスに匹敵する技量を獲得した。
それだけに魔煌刃将アール=カーンの技量は凄まじく、その技量、技術を正面から受け、目に焼き付けたロクスにとってゼトの動きは止まっているも当然。
そしてもう一つはロクスの
精霊と同化したことによって霊的に強化され、身体能力を引き上げるだけでなく精霊の力を我が身に宿すロクスと
だが、その副産物として霊的に強化された影響は契約精霊であり相棒でもあるサラがいなくてもその身に受けている。
だからこそゼトは読み違いをしていたのかもしれない。
魔術が使えないただの人間など自分の敵ではない、という油断と慢心が己の死期を早める結果となった。
だがしかし、ロクスが考えているのはそこではない。
魔煌刃将アール=カーンとの戦闘経験や
(あの動き……)
ゼトを始末した際に剣を振るった自身の動き。それは自身が身に付けたどの剣術にも当て嵌まらない動きであった。独学とはいえ、近代剣術を始めとした多くの剣術を見て、盗み、身に付けたそのどれにも当て嵌まらない剣術でロクスはゼトを倒した。
身に覚えがない動き、剣技。しかしこれまでの剣術とは違ってまるで魂がそれを覚えているかのように身体に馴染んでいた。
(思い返せば魔煌刃将と出会ってから俺の中で何かがおかしくなった……)
魔煌刃将アール=カーンとの遭遇。それは本当に偶然によるもの。だがしかし、アール=カーンの言葉に耳を傾け、超絶技巧の剣技をその身で受けて、まるで記憶ではなく魂が何かを思い出したかのようにロクスは身に覚えがない動きを披露した。
本来であれば苦戦も必須。それなのに勝利を手中に収めることができたのはその謎のおかげ。
(今回の一件が片付いたらへステイア法医師に霊魂の検査をして貰うか)
何か問題があるかわからない。けれど法医師として確かな腕前と信頼を寄せているセシリアに調べて貰おうと決めるロクスはグレン達のいるところへ足を動かす。
その時だった。
流星のように闇夜を鋭く切り裂く一条の雷光が翔けたのは。
(本当にどういう腕をしてんだ……)
教えを受けた身としてそれが何なのか、誰が放ったものなのか、聞かなくてもわかる。
ただ一つ言えることがあるとすれば、これほどまでの長距離狙撃による
そしてそのアルベルトが放ったということは戦いは、今回の任務『ルミア暗殺計画』は無事に防ぐことができたということだ。
全てが終わった後でも中断された社交舞踏会は続いた。
操られていた時の記憶はなく、その直前まで盛り上がった楽しい記憶しか残っていなかった為にコンペ優勝カップルによるフィナーレ・ダンスは再開した。
予定通りに最後の大トリとなるフィナーレ・ダンスも無事に終わり、長い長い、社交舞踏会の夜は無事に終わりを迎えた。
誰もが今宵の社交舞踏会の余韻に浸かりながら帰路につくなかで一人だけ、会場近くの学院敷地内で立っている男がいる。
その場所は特に何かあるわけではない。多少広く場所が開いて月夜の光がよく照らされるだけの場所。そこに何もせず立っている男の所に一人の少女がやってきた。
その少女を見て男は小さく溜息を溢す。
「本当に来たのかよ……」
「うん」
男――ロクスの言葉にルミアは笑顔で頷く。
そして気付く。彼女の恰好に。
「お前、まだ着ているのか? 『
「ちょっと無理してお願いしたんだ。だって約束したから」
「約束じゃねえ。条件をつけただけだ。たくっ」
ルミアがグレンと一緒にダンス・コンペに参加して優勝した後で一曲付き合う。それが条件であり、ルミアは見事にその条件を達成した。
「やっぱり無し、とか言わないよね?」
「俺から出した条件だ。嫌でも守る。……もの好きめ」
悪態を吐きながらルミアに手を伸ばす。どうやらちゃんと踊ってくれるようだ。
「どうせなら紳士的に誘って欲しいなぁ……」
ルミアはちょっぴり欲を出した。
「それは条件に入ってねえよ」
「いたた……ロクス君にぶたれたほっぺが痛い」
「完治済みだろうが……ッ! この
わざとらしく頬に手を当てて痛がるフリをするルミアにロクスは苛立ちを見せるも、八つ当たり気味に叩いたことに関して少しだけ、本当に少しだけ悪いとは思っているのでグッと堪えて息を吐いた。
仕方がない、と本当に仕方がなく割り切って紳士的にルミアを誘う。
「私と一曲踊ってくれませんか?」
「喜んで」
手を取り、足踏みを揃えて二人は月光の照らされながらシルフ・ワルツを踊り始める。
会場のような楽奏団による演奏もなく、二人の踊りを見る人もいない。ただ月だけが二人を見守っている。
月明りの静寂の中、型通りに踊り続ける最中でロクスは口を開いた。
「本当にお前はどうかしてる。自分のことを嫌っている奴と踊りたいと思うか?」
「人それぞれだと思うよ。それにロクス君は私のことをちゃんと見てくれるから」
「演じてることを認めやがったな、クソ聖女様が」
滅私奉公の聖女。それになるべきだった。
生まれてきてはいけない、色々な幸せを諦めなければいけない、他人を優先し、自分の順位を下げなければいけないそんな聖女にならなければいけない。
だけど、彼はそんな聖女を真っ向から否定した。嫌いだとハッキリと口にした。
「うん。今もそうしなければいけないと思う歪みはあるけど、向き合おうと思えるようになったから」
復讐という茨の道。その道を突き進むロクスは決して報われない。
止まることも、引き返すことも可能の筈だ。それでもロクスはその道を歩き続ける。
ただ復讐を果たす。その為だけにロクスは抗い、戦い続ける。
それがどれだけ苦痛に満ちた艱難辛苦の道であろうとも彼の道を阻むことは誰にもできない。
だからこそルミアも世界にも運命にも抗おうとそう思えることができた。
「戦うよ、私も。自分の弱さと醜さから。そしてこの世界で幸せになる道を探したい」
それは許されない事だ。
ルミアの中にある『歪み』が言葉とは裏腹にそれを否定しようとするも、ぐっとそれを吞み込む。
「……そうかよ」
そんなルミアの言葉にロクスはそれだけ返した。
自分を思いを誰かに聞いて貰う為の決意表明か、それとも誰に聞いて欲しかっただけかはルミア自身にしかわからない。
「だからね、ロクス君も一緒に探そう。復讐が終えた後でもいいから私と一緒に」
共に幸せになる道を探求しようと誘うルミア。
ロクスは復讐を完遂したら『空っぽ』になってしまう。復讐に全てを捧げた者から復讐を取り除けば当然のことを。死ぬことすら受け入れてしまう。
それでは何の為に生まれてきたのかわからなくなる。ただ復讐の為に生きて死ぬなんてあまりにも報われない。だから復讐が終えればそれからは自分の人生を、幸せを取り戻す道を共に探そうとルミアはロクスを誘うも、ロクスは小さく首を横に振った。
「俺にその権利はない」
ルミアの手を握る自身の手に視線を向け。
「俺の手は血で濡れている。敵の血以上に、あいつらの、仲間の血で濡れている。そんな手で幸せなんか掴んでも滑り落ちるだけだ。俺はお前、お前達のような綺麗な手はもうしていない」
自虐でもするかのように語る。
「……」
ルミアはそんなことはないとは言えない。
それを否定することも、嘘をつくこともできない。ただその紅の瞳に宿る憎悪と悲愴そしてほんの僅かな優しさが入り交じった瞳を見据える。
「だからルミア=ティンジェル。俺がお前に言う最初で最後のお願いだ」
ダンスは終わり、最後の型が躍り終えると同時にロクスはルミアに懇願する。
「どうか生きることを諦めないでくれ。普通の女の子としての幸せと人生を歩んでくれ」
願うように、懇願するように、祈るように、託すように――
もう自分では決して手に入れることができないから。
同じ道を歩むことができないから。
だからせめて自分以外の誰かに自分の分もそうなって欲しいかのように想いを、気持ちを告げる。
「天の智慧研究会は俺が必ず皆殺しにする。そうすればもう誰もお前を狙わない。普通の女の子として生きていける」
そこに自分はいない。けれどそれでいい。
血塗られ、穢れ切った自分がそんなところにいてはいけない。
彼女達を穢してはいけない。
「あいつと、ラウレルと同じ目をしている奴が死ぬのはもう二度とゴメンだ」
抱き寄せる。
背に腕を回して抱きしめるロクスにルミアは急に抱き寄せられたことに目を丸くする。
「俺とお前達では進む道が違う。もう俺に関わるな」
耳元でそう呟くように囁く。
その囁きに驚くルミアを置いてロクスはルミアから手を離す。
「復讐者の傍にいても不幸になるだけだ。じゃあな、ティンジェル」
「ロクス君……ッ!」
月夜の光から離れ、夜の闇の世界へとその身を紛らわせていなくなるロクスにルミアの手は届かない。
「それでも、それでも私はロクス君の傍にいたよ……」
それすらも願ってはいけないかのように、その言葉はただただ虚しく響いただけだった。