――リィエル=レイフォードの落第退学。
青天の霹靂または自業自得か、リィエルの落第退学が決定した。
成績不振者に対して下される処分の一つで富国強兵政策を推進する帝国政府にとって公的に運営される魔術学院は、基本、完全実力主義だ。能力と意欲ある者は優遇するが、無能者、意欲なき者には厳しい。
よって学業成績が著しく悪い生徒に対しては、学院教育委員会が『落第退学』という強制的に学院在籍資格をはく奪し、退学させる処分を下すことがあるのだが、本来であれば落第退学の前に指導や補習、追試や留年、なにより一番成績に響く前期末試験を前に落第退学はあり得ない。
それだけ落第退学は余程のことだ。
だがそれは一般の生徒に当てはまるもの。
リィエルでは少し事情が異なる。
リィエルは本来、ルミアの護衛として学院に派遣された存在。国軍省総合参謀が強引にリィエルを学院へ生徒としてねじ込んだ。それをよく思わない者達がリィエルを排除しようと動いた。
リィエルの普段の素行。問題行動も多く、平時の成績不振もあって攻撃の口実を与えてしまった。
このままではリィエルは退学。学院から追い出されるのだが、聖リリィ魔術女学院がリィエルを名指しで短期留学のオファーが届いた。
そこに行き、短期留学を成功させればそれは立派な『実績』であり、リィエルの成績不振による学院在籍資格の疑問を解消される……のだが、リィエルはそれを拒むグレン達から逃走するもアルベルトに捕縛される。そこでルミア、システィーナもリィエルと一緒に聖リリィ魔術女学院に短期留学することとなり、アルベルトはそのことを通達する為でもあった。
そしてグレンは臨時教師として派遣されることとなった。変身魔術、白魔【セルフ・ポリモルフ】の応用によって女に変身した状態で。
反対するグレンであったが、今回のリィエルの突然の落第退学、短期留学に何か別の思惑があるのではないかという理由でグレンも聖リリィ魔術女学院の臨時教師として派遣されることを決めるのであった。
「それとグレン。王女とフィーベル以外にももう一人人材をこちらで用意しておいた」
「はぁ? それはいったい誰だよ?」
アルベルトの言葉に怪訝するグレン。するとチャペルから一人の女性が姿を現す。
炎のように燃えるように赤い長い髪に鋭い眼光から見える紅の瞳。女性にしては背が高く、スタイルもいい。第一印象だけで見ればかっこういいと思う人もいればその鋭い眼光に怖いと思う人もいるかもしれない。
しかし、グレン達にはその女性に見覚えは無かった。グレンもシスティーナも揃って誰? と言わんばかりに首を傾げる横でルミアだけが彼女の正体に気付いた。
「ロ、ロクス君……?」
「「え?」」
不機嫌そうな顔でルミアから視線を逸らす彼女、いや彼の正体はロクス=フィアンマ。社交舞踏会の日から学院にすら顔を出さなかったロクスが女の姿で現れたのだった。
時は少し遡る。
社交舞踏会の一件から天の智慧研究会の足跡を追うのに忙殺されたいたロクスは室長であるイヴに呼び出されていた。
「ロクス。貴方には潜入任務に行って貰うわ」
「潜入? 天の智慧研究会の件はいいのかよ?」
「ええ、そっちはいいわ。それよりもロクス、貴方は
「噂程度になら」
帝国政府魔導省の極秘魔術研究機関、魔導省の特別裏予算枠、禁呪法などを女王陛下にすら極秘で今も研究開発し続けているという帝国魔術界の最暗部。
天の智慧研究会とは昔からの協力関係という観点からロクスもその研究機関の名前は耳にしたことはあるも実際に存在するかどうかも分からない、都市伝説に気にかける暇はなかった為放置していた。
何故その研究機関の名前が出てくるのか? するとイヴはこう告げる。
「その
「はぁ?」
都市伝説ではなく本当にあるとしたら話は変わってくる。
「あくまで未確定な情報よ。とある研究員がそこにいたという情報を入手したの。だからロクス、貴方にはその真偽を確かめる為にある場所に行って貰うわ。言っておくけどこれは命令よ」
拒否権はない。そう告げる。
「で? 俺の任務はその研究員がいる場所に潜入して真偽を確かめ、本当ならその研究員を捕縛すればいいのか?」
「そうよ。それに貴方なら天の智慧研究会と通じているかもしれないその研究員を逃がしたりはしないでしょう?」
「殺さない保証はできねえがな」
天の智慧研究会に通じているかもしれない。それなら下手な人材を潜入させるよりも既に高い戦闘能力を有し、天の智慧研究会に対する深い憎悪を抱いているロクスに一任した方が効率的だ。
ロクスなら万が一でも殺してでも逃がさない。その確信がイヴにあった。
「それでその研究員の場所は?」
「聖リリィ魔術女学院」
「……おい」
天の智慧研究会に関わることならなんだってやってやる。その勢いと気迫を一瞬で失せさせる場所の名がイヴの口から出てきた。
「俺の記憶が確かなら、そこは男子禁制の女子校だった筈だぞ?」
「ええ、だから貴方には女になって貰うわ」
「女装でもしろってか?」
「違うわ。本当の意味で女になって貰うのよ。今、アルベルトが元《世界》のセリカ=アルフォネアに変化の薬を作って貰えるように依頼しているわ。それで貴方とグレンは女になって聖リリィ魔術女学院に潜入するのよ」
「なんでそこに講師が出てくる……?」
「リィエルの落第退学が決定したのよ。それと同じタイミングで聖リリィ魔術女学院の短期留学もね。リィエルが一人で行くとは思えないし、きっと王女様とグレンの教え子も行くでしょうから、それならグレンも臨時教師の派遣という形で聖リリィ魔術女学院に行かせることにしたの」
貴方の任務はそれとは別件だけどね、と告げる。
「室長が行けよ、女だろ」
「私は忙しいのよ。それにイグナイト家の私が行けば警戒されてしまうわ」
魔術師であればイグナイトの家名を知らない者はいない。そしてイヴはイグナイト家の一人として実績を積み上げて来ている為に顔も知れ渡っている。行けば怪しまれるのは必然だ。
「だからロクス、貴方は私の遠縁という形で聖リリィ魔術女学院に推薦を出しておくわ。それで聖リリィ魔術女学院に潜入し、件の研究員である聖リリィ魔術女学院の学院長マリアンヌの真偽を確かめ、確かなら捕縛そうでなければ即座に帰還しなさい。ついでに王女様の護衛も兼ねてね」
そうしてロクスの潜入任務が決定したのだった。
短期留学するリィエル達と一緒に。
(また、あいつらと一緒か……)
ロクスは内心、どこか憂鬱そうに溜息を溢すのだった。