「ち―――何が起きた? 一体、何がどうなってやがる!? クソッタレが!」
魔術学院の正門前。
倒れていた守衛が息をしていないことを確かめて、グレンは地面を叩いた。
自身を襲った小男、天の智慧研究会の一人を返り討ちにしたグレンは学院関係者であるにも関わらず学院の結界に弾かれてしまう。
何者かが結界の設定を変更した。だが、天の智慧研究会が何が目的で学院に侵入したのかがわからない。
一応は返り討ちにした小男が持っていた一枚の符。それを使えれば結界内に入れることは出来ても、それは使い捨ての符で一度使えば黒幕を倒すまで学院から出ることはできない。
敵の戦力が未知数。その中に一人で飛び込むのは自殺行為以外何物でもない。
なら、帝国宮廷魔導師団の到着を待つのが最善だが、到着までにどれほどの時間がかかるのだろうか。
勝手に動くことは危険と思ったグレンは今からでも警備官に連絡しようと思った瞬間。
学院の校舎から爆音が轟いた。
「――――――ッ!?」
煙が上がっているその場所は間違いなく自分が受け持っている二組の教室。そして、今の爆音は間違いなく。
「【ブレイズ・バースト】……………だと!?」
炎熱系
もし、あれが生徒達に向けられたものだとしたら?
今ので何人が消炭も残さず殺されたのか?
妙な動悸に襲われ、脂汗が止まらないグレンは焦燥に身を焦がす。
その時、聞き覚えのある声がグレンの耳朶を震わせた。
「先生!?」
「お前等!? 無事だったのか!?」
校舎から出てきた生徒達の登場にグレンは驚きと同時に困惑する。
天の智慧研究会に所属している魔術師は、戦闘に特化した者ならば誇張表現抜きに一騎当千の化け物揃い。そんな相手から生徒達が自力で逃げ出せるとは考えもしなかった。
「先生! 大変なんです! ロクスが、ロクスが…………………ッ!」
「…………………ロクス? あいつがどうした?」
「ロクスが一人で敵と戦っているんです…………………。私達はあの場所から逃げることしかできなくて……………………ッ!」
「!? クソッ!」
グレンは符を使って結界内に入って詳しい話をシスティーナから聞く。
「どういうことだ? ちゃんと説明しろ、白猫」
「………………………私達もよくはわからないんですけど、相手は天の智慧研究会で、狙いはルミアだったんです。ロクスは復讐者とか言って敵と戦おうとして私達は教室から急いで逃げ出して…………………」
「システィ…………」
次第に肩を小刻みに震わせるシスティーナの肩を優しく抱きしめるルミア。
システィーナは眼前で見てしまった。
自分が好きな魔術で人が殺される場面を。
消炭になっていく人を。
魔術で人を殺す瞬間を。
目の前でそれを見てしまったシスティーナはその光景が頭から離れない。
そんなシスティーナの頭にグレンは手を乗せた。
「落ち着け。あいつにとってはどうでもいいことかもしれねえが、あいつが出張ったおかげでお前等はこうして危険な場所から逃げることができたんだ。後は俺に任してお前は―――」
言葉を遮るように再び爆音が学院に轟かせる。
「チッ、白猫! こっちは任せたぞ!」
グレンは自分が受け持つ教室に向けて駆け出す。
炎に包まれている二組の教室には赤い剣を振るうロクスとその契約精霊であるサラが炎を生み出してその炎を槍へと形状を変化させてレイクに放つ。
「無駄だ」
しかし、レイクはその炎の槍をボーン・ゴーレムを盾にして防ぐ。
ロクスとサラはレイクが召喚魔術【コール・ファミリア】によって召喚された剣と盾を持つ無数の骸骨を相手にしている。
「チッ!」
ロクスは苛立ちを隠すことなく舌打ちし、剣でボーン・ゴーレムを破壊する。
レイクが召喚したボーン・ゴーレムは竜の牙を素材に錬金術で錬成された代物。それゆえに驚異的な膂力、運動能力、頑強さ、三属耐性を持っている。
竜の牙製のゴーレムに物理的な干渉は殆ど損害にならない。打撃攻撃はもちろん、
ゴーレムを打ち倒すにはもっと直接的な魔力干渉をしなければならない。
「業物だな。貴様の剣は」
自己作製したボーン・ゴーレムを容易く斬り伏せてもその切味は一向に落ちることはない。レイクから見てもその剣が業物だとわかる。
「しかしそれだけだ」
「ロクス! 後ろ!」
サラの声に反応するロクスは咄嗟に背後から襲いかかる剣を弾くも別方向から攻める二本の剣がロクスの身体を刻む。
レイクが操る五本の剣。術者の自由意思で自在に動かせる二本の剣と、手練れの剣士の技が記録され自動で敵を仕留める三本の剣で成り立っている。
それに加えて攻撃が碌に通じないボーン・ゴーレムが四方八方から襲いかかってくる。
ボーン・ゴーレムを相手にしながら五本の剣にも警戒しなければならないロクスとサラは劣勢状態が続いてもその瞳から諦める意思はなかった。
(クソ、相性が悪すぎる…………………)
内心で相性の悪さに愚痴を溢す。
【ディスペル・フォース】でボーン・ゴーレムを無力化しても数が多すぎる為に魔力の無駄遣いな上に再利用される。剣を無力化しようにもそんな隙は与えてくれない。
「魔術、剣術、精霊行使。どれも並みの魔術師を上回る実力だ。その領域に至るのに貴様がどれほどの鍛錬を積んできたのか想像できなくはない。だが―――」
レイクは五本の剣とボーン・ゴーレムをロクスとサラに向けながら油断なく構える。
「やはり私を相手にするにはまだ実戦不足だ。そして、これ以上貴様を相手にするほど時間的にも余裕はない」
終わらせる。言外にそう言い放つレイクにロクスは歯を噛み締めて睨み付ける。
(俺はここでくたばるわけにはいかない!)
まだ復讐は始まってもいない。これからが、この男を殺してから復讐は始まるんだ。
復讐を果たすまで死ぬわけにはいかない。
「サラ! 炎陣!」
「ええ!」
「させるか!」
何かしようとする二人にレイクはそうなる前に二人の命を刈り取ろうと五本の剣とボーン・ゴーレムを操作して一斉に襲いかかる。
しかし、剣がロクスに直撃する直前。ロクスを中心に五本の剣とボーン・ゴーレムまで巻き込んだ炎の領域が展開された。
「自滅か…………………?」
いくら炎の精霊と契約しているからといっても炎に高い耐性を持つわけでも無力化できるわけでもない。魔術的防御も感じ取れなかったレイクは自滅したと脳裏を過る。
「―――――ぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!」
「!?」
そう怪訝した瞬間に炎の領域から赤い剣を振りかざすロクスが突貫してきた。
全身に火傷を覆いながらも瞳をぎらつかせて強く剣を持ってレイクの眼前に姿を現した。
炎で自分の姿を晦ましてその隙に自身に負う火傷を無視してレイクに斬りかかる。
今から五本の剣を操作しても間に合わず、ボーン・ゴーレムを盾にすることもできない。
―――
そう確信した。
―――だが。
レイクは身を捻らせてその一太刀を見事に避けて蹴撃をロクスの腹部に直撃させる。
「ごふ」
「ロクス!」
口から大量の血を吐き、蹴り飛ばされるロクスに駆け寄るサラ。
「………………………貴様の執念には敬意を表する。その状態になっても攻撃の手を緩めることなく私を殺そうとしたことに対してだが、やはり貴様は実戦不足だな。私が使うのが魔術のみなら今の攻撃で私を殺せただろうが、私はこれでも剣も使う。なら、剣の避け方も熟知して当然のこと」
魔術師は肉体修練で練り上げる技術をとにかく軽んじる。精神修練で培う魔術の下に置きたがる。そういう意味ではレイクは魔術師から外れた男だ。
そしてレイク自身、並みの剣士なら瞬殺することはできる剣の使い手だと知らずに突貫したのが、ロクスの判断ミスだ。
もし、万が一にロクスに実戦経験が積まれた状態で戦えばまだ勝機はあったかもしれない。だが、それはもはや言い訳に過ぎない。
レイクは倒した相手だろうが油断はしない。確実に相手の命を刈り取る。
五本の剣の切っ先をサラとロクスに向け、ボーン・ゴーレムも囲むように操作する。
「貴様の契約精霊共々終わらせてやる」
「させない!」
サラはロクスを守ろうと炎を放出するもレイクには届かず、ボーン・ゴーレムには効かない。
絶体絶命のなかでロクスの
――――殺せ。
燃える。どこまでも黒い炎に。
――――憎め。
熱い。体中が燃え尽きるように熱い。
――――奴等を、許すな。
刹那、ロクスの眼がこれ以上にないぐらいに開かれる。
「ロクス……………………?」
倒れていたロクスはゆらりと立ち上がり、脱力しているかのように両腕を垂らす。
「なにもかもきえちまえ………………………」
ロクスの全身から黒い炎が噴出して、五本の剣とボーン・ゴーレムがその黒い炎に呑み込まれて消え尽きる。
「な―――」
突如ロクスの全身から噴出する黒い炎。基本三属を通さないボーン・ゴーレムや【トライ・レジスト】を
見たことも聞いたこともない黒い炎。
まるで憎悪が炎として形を成しているように見えるレイクはその答えに辿り着いた。
「貴様、もしや異―――」
それ以上の言葉は出なかった。そうなる前にレイクは黒い炎に呑み込まれて存在そのものごと消え尽きたからだ。
「ゆるすな………………奴等を、許すな………………………」
怨嗟の声をぼやきながら倒れかけるロクスをサラが支える。
「大丈夫、もう大丈夫だから………………………」
子供を宥めるような優しい声音で背中を撫でるサラにロクスの全身から溢れ出る黒い炎が消え、落ち着きを取り戻す。
「悪い………………………」
「いいよ。私はロクスの恋人だからね」
冗談交じりにそう言うサラにロクスは剣を杖代わりにして自力で立ち上がる。
「ロクス!?」
その時、駆けつけてきたグレンが二人に近づく。
「お前、いや、今はいい! 先にその火傷の治療だ! すぐに白猫のところに行って応急処置をして貰うぞ!」
グレンは戦いの過程よりも今はロクスの容態を心配する。全身に大火傷を負い、今にも倒れそうなロクスを支え様とするも―――
「熱っ!」
ロクスの身体はまるで高熱を帯びているかのように熱かった。
そんなグレンを無視してロクスは剣を杖に歩き出す。
「まだ、敵はいる………………………そいつを殺してか………………ら…………………」
不意に意識が反転する。
暗くなる視界、遠くなるグレンとサラの声。
ロクスはただ悔やむ。
「ころ、す……………………やつら、を一人……………残らず、殺す」
まだいるだろう怨敵を殺せないことに悔やみながらロクスの意識は途絶えた。
「お前……………………」
最後まで敵を殺すことをやめなかったロクスにグレンは何とも言えない表情になる。
「彼の味方なら手伝って。私一人じゃ運べないから」
「お前は?」
「私は炎の精霊サラ。ロクスの恋人よ。事情は後でリックから聞いて。今は彼をどこかに運ばないと目を覚ましたらまた無茶をするから」
「………………………………色々説明してもらうからな、ロクス」
グレンは熱さに耐えながらロクスを背負う。
だけど、彼はその手に持つ剣を手放すことはなかった。