レイクを倒して意識を失ったロクスはグレンに背負われ、システィーナ達と合流後、ロクスの治療の為に医務室に連れて行き、システィーナとルミアを除いた他の生徒達は別の教室で帝国宮廷魔導師団を来るのを待っている。
「《天使の施しあれ》」
医務室のベッドの上で寝かされているロクスに白魔【ライフ・アップ】治癒魔術を施すルミアの両の掌から暖かい光が灯る。
治癒系の白魔術が得意とするルミアの治癒魔術のおかげで全身に負っていた火傷が消えていく。本職の医者か白魔術の専門家に診せるまで持ちこたえはするはずだ。
それでもルミアは絶えず【ライフ・アップ】をかけ続ける。
「ルミア、これ以上は」
「ううん、もう少しやらせて」
色濃く疲労が浮かび、脂汗と共に青ざめている顔色はマナ欠乏症の前兆だ。
そんなルミアを止めようとするもルミアは無理に笑みを作ってでも【ライフ・アップ】をかけ続ける。
「ロクス君………………………」
グレンに運ばれてきた時、彼を見て言葉を失った。
全身に酷い火傷を負いながらもその剣は今も離さず握りしめている。
意識がなくとも彼は戦う意思、折れぬ意思があった。
ルミアは彼に嫌われているのは彼と出会ったその時から知っている。
彼から直接嫌いと言われたから。
それでもルミアは仲良くなろうと思ったけど、それはできなかった。
何故ならそうしようと思っているから嫌われていたのだから。
――――聖女様を演じるな。
思い出す彼の言葉。その言葉がルミアの心に酷く突き刺さる。
何故ならその通りだからだ。
自分は聖女にならなければならなかった。他者を優先し、自分の順位を下げて、色んな幸せを諦めなければいけなかった。
それでも彼はそんな
「貴方はどうしてそこまで………………………」
彼は自分を復讐者と言った。
いったい彼に何があったのか、ルミアはそんなことを考える。
「てい」
「いたっ」
そんなルミアにサラはデコピンをした。
「私のロクスはあげないから」
「え? えぇ?」
ロクスに膝枕してロクスに手を出させない様にするサラに戸惑う。
「…………………………………………………ラウレル」
小さく彼は誰かの名前を呟いた。
何かの夢を見ているのか、サラはそんなロクスの頭を優しく撫でる。
「それにしてもロクスが精霊使いだったのね………………………」
包帯や薬を集めてきたシスティーナがサラの存在に改めて驚かされる。
自分と同じ学士、それもクラスメイトに精霊使いがいるとは想像することさえなかった。
他の二組の生徒達もサラの存在に驚きの声を上げた。
特にロクスと契約していることを知った男子生徒達の反応が酷かった。
「白猫、ルミア。ロクスの様子はどうだ?」
医務室の扉を開けて入ってくるグレン。他の校舎に敵の魔術師がいるか探りに行っていた。
「先生、もう大丈夫とは思うのですが………………やっぱり」
「ああ、さっきセリカと連絡を取り合った。もうすぐ帝国宮廷魔導師団がくる。その時、専門家に見て貰う手筈だ」
その言葉を聞いてルミアはほっと胸を撫でおろす。
「先生、敵は……………………?」
「ああ。校舎を一通り見てみたが影も形もなかったが、最低でも後一人、今回の事件の黒幕がいるはずだ。白猫、俺はもう一度探してくるからお前はここで―――」
「その必要はありませんよ」
不意に響いた声にグレン達は振り返ってその声の主に視線を向ける。
「ヒューイ先生!? どうして貴方が…………………ッ!」
「それは僕がテロリストの一員だからですよ、システィーナさん」
そこにいたのは二十代半ばくらいの優男。その男の姿にシスティーナは驚愕に包まれるもグレンはその名に聞き覚えがあった。
「ヒューイ? 確か俺の前任の…………行方不明になったっていう………………あぁ、そういうことかよ!」
「お察しの通り。僕は王族、もしくは政府要人の身内。もし、そのような方が学院に入学された時、その人物を自爆テロで殺害するために、十年以上も前からこの学院に関係者として在籍させられていた人間爆弾。それが僕です」
己の存在を語るヒューイだが、困ったように微笑んだ。
「それをまさか教え子に潰されることになるとは」
ベッドの上で寝かされているロクスを一瞥してヒューイは小さく息を吐いた。
「自首します。僕の負けです」
「……………………そうかよ」
「ヒューイ先生…………………」
「先生……………………」
グレンは魔術でヒューイを拘束し、そんなヒューイをなんとも言えない視線を送る二人にヒューイは微笑んだ。
「システィーナさん、ルミアさん。貴女達が無事でよかった。彼にはお礼を伝えておいてはくれませんか?」
「その必要はねぇよ」
計画を潰してくれたロクスに礼を伝えて貰おうと頼んだ矢先に彼は起き上がった。
憎悪に満ちた瞳でヒューイを睨みながら。
「やっぱり、そうだったのかよ。あんたを見ていると胸くそ悪い気分がしたわけだ」
薄々ではあるが気付いていた。だが、証拠も確証もなかったために何もできなかった。
だが、それも終わりだ。
「殺す」
殺意と憎悪を向けながら剣を握りしめるロクスはヒューイを殺そうと動き出す。
「待てロクス! こいつはもう戦う気はねぇ! これ以上殺す意味なんて―――」
「お前にはなくても俺にはあるんだよ。天の智慧研究会は一人残さず殺す。世間の事情など知ったことか」
制止の声を投げるもロクスは止まらない。
その赤い剣でヒューイを斬り殺そうと近づいて行くもヒューイは動かない。
まるで己の死を受け入れているかのように。
「待って」
ルミアがヒューイの前に立った。
「どけ」
「ううん、どかないよ」
鋭い眼光と殺意を間近で迫られながらもルミアは怯むことなく言い切るも、ロクスはその剣の切っ先をルミアに向ける。
「どかないのならお前ごと殺す」
「それでもいいよ。ロクス君がそうしたいのなら」
「……………………………………」
ロクスはルミアを斬った。
正確にはルミアの制服を切り裂いた。
「最終警告してやる。次はお前ごと斬る。一応言っておくがこれは脅しじゃねえ」
制服を斬られて露となった下着と形の良い胸と雪も欺く白い肌。
いくら覚悟を固めた女性でも羞恥心を一度剥き出しにしてしまえばその覚悟もあっさりと崩れ落ちる。覚悟がなければ恐怖に支配され、そこをどくと思った。
それでもルミアの瞳は一切の変化はなかった。
覚悟を固めた瞳でただロクスを見据えてくるルミアに――――
「なら、屑と共に死ね」
剣を振り下した。
迷いもない一閃はルミアとヒューイを斬り裂き、血飛沫を舞う。
はずだが―――
『ロクス君』
その声にロクスは動きを止めた。
その声の先はグレンがセリカと連絡を取り合う為に使っている遠隔通信の魔導器。半割れの宝石からだった。
「学院長か………………………」
『ああ、わしじゃ。事情はセリカ君から聞いとる』
「何の用だ? 俺は今からこの屑を殺す。邪魔するな」
再び剣を構え直すロクスは復讐相手でもあるヒューイを睨み付ける。
『ロクス君。この場はわしに免じてやめておくれ。ヒューイ君も元は君の講師で学院の講師じゃった。わしは顔を知っとる者が死ぬのは嫌じゃ』
「………………………………ふざけるなよ」
ぽつり、とロクスの口から言葉が漏れる。
「ふざけるなよ! あんたは俺が復讐をする理由を知っているはずだ!? 俺がどれだけ天の智慧研究会を憎んでいるのかも一番よく知っているはずだぞ!!」
怒声を上げるロクスの身体から黒い炎が漏れ始める。
「なんだ、この炎…………………ッ」
「黒い、炎………………………」
ロクスの身体から漏れる黒い炎に目を奪われるも、ロクスはそんなこと関係なく学院長に怒声を飛ばす。
「俺は復讐の為に全てを捨てた!! 復讐の為に生きると決めた!! それを知っていてあんたはやめろというのか!? 目の前に俺が復讐するテロリストの一員がいるとわかってそんなことを言うのかよ!?」
憎悪、悲愴を師であり、恩義を感じている人に向けて己の心情を露にして叫び散らす。
『……………そうじゃ』
リックは肯定した。
『わしは君を本当の我が子のように思っておる。復讐に走る我が子を止めるのは親の役目じゃ』
「……………………否定するのか、俺の復讐を否定するのか!?」
黒い炎はロクスの感情に左右されるように暴れ出す。
消え尽きていく扉、窓、ベッド、医療道具などが消え尽きる中でリックはただ静かにそして真剣に言葉を綴る。
『否定はせんよ。しかし、賛同もせん。わしは君を拾ったその日から君に真っ当の道を歩んでもらいたいと思っておる。それは今でも変わらん。じゃから今だけでよい。わしに恩義を感じておるというのならわしの言うことを聞いておくれ』
切実に懇願するリックにロクスは歯を強く噛み締める。
復讐は果たす。だけど、リックには本当に感謝している。
リックと出会わなければきっと復讐を果たす以前に野垂れ死んでいたか、復讐心に煽られて無力のまま天の智慧研究会に殺されていただろう。
そんな無力なロクスに力を与えてくれたのは紛れもないリックだ。
本当に感謝しているし、何かしらの形でもいいから力になろうとも思っていたのだが、まさか、こんな形で返すはめになるとは思いもしなかった。
「クソがッ!!」
ロクスは剣を床に叩きつける。
ほんの少しでも憂さ晴らしをする為に。
「………………………………………………………………………………………………………わかった」
迷いに迷ってロクスは頷いた。
本当は今すぐにでも殺したい。だけど、リックには本当に感謝している。
恩義を感じている相手がリックでなければすぐにでもヒューイを殺していた。
ロクスは復讐心よりも先にリックに対する恩義を果たした。
『すまない、ありがとう』
謝罪と共に礼を告げるリックとはここで通信が途絶えた。
その後、帝国宮廷魔導師団が結界を解呪してヒューイは逮捕されたが、ロクスはどうしようもない憎しみと怒りで身体を震わせていた。