アルザーノ帝国魔術学院で起きたテロ事件は無事に解決した。
関わった組織の事もあり、社会的不安に対する影響も考慮して内密に処理され、破壊された教室も魔術実験の爆発ということで公式に発表された。
そして今回の事件の後、政府上層部は事件の要因となったルミアの素性をグレン、システィーナ、ロクスに打ち明かした。
ルミアは三年前に病死したエルミアナ王女。
異能者であるルミアは政治的事情によって帝国王室から放逐され、三人は事情を知る側としてルミアの秘密を守る為に協力することを要請された。
そしてもう一つ。ロクスの存在についても学院側、学院長自ら二組に打ち明けた。
ロクスは精霊使いという事情で今回の事件のようにテロリストに襲われる可能性を考慮して学院長であるリックはロクスを弟子にして魔術を教えた。
学院長の説明に二組は納得した。
普段のロクスの態度や言動は自分が精霊使いだからテロリストに狙われている。だから力を身に着けようとして周囲を巻き込まない様に距離を置いていた。と都合のいい勘違いをしてくれたことにリックは内心安堵した。
ロクスにそんな人を気遣うような感傷はない。
あるのはテロリストに対する憎悪と復讐心のみ。仮に生徒の誰かが死んだとしてもロクスは気に留めることもないだろう。
「急に呼び出してすまんのぉ」
事件が解決して落ち着きを取り戻し始めた頃、学院長であるリックはグレン、システィーナ、ルミア、そして弟子であるロクスを呼び出した。
「………………………………」
ロクスは固い表情を浮かべながら何も話すことはないかのように学院長室の壁に背を預けて黙り込む。
「あの、学院長。俺達がここに呼ばれた理由って…………………?」
「ふむ、君達の想像通りかもしれんが先に聞いておきたい。彼の黒い炎を見たかね?」
―――黒い炎。
その言葉だけで反応するグレン達でもう答えを聞いたようなものだ。
「………………………あれってなんなっすか? あれはただの炎じゃないのはわかります。あの黒い炎に呑み込まれたものは燃えるどころじゃなかった。まるで存在ごと消されているような―――」
「その通りだ、グレン」
学院長室内に突然響き渡った声に振り返るとそこにはこの学院の教授を務めてグレンの親代わりをしているセリカがいた。
「そこにいるロクス=フィアンマは『発火能力者』だ。つまり、異能者なんだよ」
セリカの言葉にグレン達の視線はロクスに集中する。
異能者。
ごく稀に、魔術に依らない奇跡の力を生まれながらに体現できる特殊能力者。
ルミアは『感応増幅者』。自分が触れている相手の魔力、魔術を自分の意思次第で何十倍にも増幅させる能力。それとは違う異能者の存在に驚愕するもグレンはセリカに問いかける。
「いやちょっと待て、セリカ。あれは発火能力なんてもんじゃねえ。もっと違う何かだ…………………ッ! あの黒い炎はいったいなんなんだ!? それがどうしてロクスに!」
「落ち着けよ、グレン。それを今から学院長が教えてくれるさ」
声を荒げるグレンに宥めるセリカ。グレン達はリックを見据えてリックも何も言ってこないロクスを一瞥してから口を開いた。
「ロクス君は天の智慧研究会で行われていたある計画の生き残りなのじゃ」
「ある計画…………………?」
「『異能強化兵計画』。世界中にいる異能者を集めてその異能を強化させて洗脳し、戦場に放り込んで捨て駒同然に扱う生物兵器の一種を作り出す計画じゃ」
「なっ―――」
「知っての通り異能者はこの国では『嫌悪』の対象じゃ。だが想像してみておくれ、死の恐怖を感じず、強化された異能者が何十人も戦場に放り込まれるとどうなるかを」
「………………………………」
絶句するグレン達。
異能者は魔術とは違って呪文を唱える必要はない。その力を即座に振るうことができる。その異能を強化………………つまりロクスが使っていたあの黒い炎を戦場で何十人も使われたら何も残らないのが容易に想像できる。
「ロクス君はその計画の生き残りであり、唯一無二の成功例なんじゃよ」
「それじゃあの黒い炎は……………………」
「ああ、胸くそ悪いことにその計画によって生み出されたのがあの黒い炎だ。それにあれはただの炎ではない。あれには概念破壊属性が込められている。グレン、お前の言っていた通り、あの炎は全てを消し尽くすことができる」
物も人も魔術も何もかもあの黒い炎は消し尽くすことができる。それほどまでに凶悪で凶暴な炎だとセリカは告げている。
その計画とその計画によって生み出された黒い炎。その話を聞かされたグレン達は言葉を失った。
特に同じ異能者であるルミアはその壮絶な過去を聞いて手で口を覆う。
「ロクス君にそんな過去が………………………」
「あの黒い炎はロクス君以外全てを消し尽くす。彼にとってあの炎はまさに憎悪の象徴。復讐の炎そのものじゃ。じゃからわしは―――」
「そんなことどうでもいい」
リックの言葉を遮り、今まで無言を貫いていたロクスは口を開いた。
「俺は天の智慧研究会に復讐する。それだけだ」
「なんでだ………………? なんでだ、ロクス。お前、生き残れたんだろうが。なら今すぐに復讐なんてやめろ! 死んでいった奴等の為にもお前は幸せになる義務が―――」
「何も知らない癖に知ったように言ってんじゃねえ!!」
怒声が学院長室を響かせる。
「あの計画が、あの場所がどれだけおぞましいことをしていたのかも知らねえ癖に勝手なことをほざいてんじゃねえよ!!」
その怒りが黒い炎となって彼から漏れる。
「異能は、能力者の精神状態に左右される。毎日のように薬物を投与されるのはまだいい方だ。拷問を受けたり、異能者同士で殺し合わせるのも日常茶飯事。中には異能者同士で授かる子供にも異能が宿るのかという理由で強引に交わせることだってあった」
「そんなことって……………」
「そんなの、そんなのあんまりじゃない………………………」
そのおぞましい内容にルミアもシスティーナも顔を青ざめる。
「あの施設にいた
強く握りしめるその手から血が床に落ちていく。
「だから俺は全てを捨てた。幸せも何もかもを捨てて復讐の為だけに生きると決めた。それを邪魔するというのなら、否定するというのなら誰だろうが関係ない。殺す。それだけだ」
ロクスは紅い瞳をグレンを、そしてシスティーナとルミアに向けながら告げる。
「それがあんたらでも例外じゃない。わかったら俺の邪魔をするな」
苛烈なまでの復讐心を隠すことなく言い切るロクスにルミアは近づいた。
「それはラウレルさんのため………………?」
「………………どこでその名前を知った?」
「前にロクス君が倒れた時に聞いちゃったの」
「………………………………ラウレルは俺達と同じ異能者で、光だった。あいつがいたからこそ俺達は完全に生きることを諦めることはしなかった。そして俺が殺した身勝手な女だ」
鋭い眼光がルミアを射抜く。
「あいつは自分が死にたいが為に俺を利用した女だ。お前と同じだよ、ティンジェル。自分が死ぬことに意味を持とうとする自己犠牲が大好きな俺にとって一番嫌いな女だ」
「………………………………本当にそうなのかな?」
「どういう意味だ?」
「ラウレルさんは自分じゃなくてロクス君を救いたかったんじゃないかな?」
「はぁ?」
ルミアの言葉に呆気を取られる。
「何を言って………………………」
「大切だから、生きていて欲しかったから死ぬことを受け入れたと私は思うの。きっと私もそうするから」
ルミアは黒い炎を纏っているロクスの手にそっと手を伸ばした。
「お、おい………」
触れれば黒い炎は問答無用でルミアを消し尽くす………………はずなのにルミアはその手をしっかりと握っているにも関わらず黒い炎はルミアを消し尽くすさなかった。
「《天使の施しあれ》」
怪我をしているロクスの手が温かい光に包まれる。
「生きていれば希望があるからラウレルさんは自分の命をそれに賭けたと思う。それがロクス君にとって辛い選択だったとしてもロクス君にはその辛さを乗り越えられる折れない強い意思があるから」
どこまでも優しく慈愛に満ちた表情でルミアは微笑む。
「この黒い炎は復讐の炎なんかじゃない。もう二度と誰も失わないように護りたいというロクス君の優しさから生まれた炎だよ。ほら、その証拠に私は消えていない」
「違う………………………」
ぽつりと言葉が漏れる。
「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うッッ!! これは復讐の炎だ! 俺の憎悪の塊だ!! 恨みと憎しみの象徴だ!! そうでなければ…………………俺は、俺は………………………ッ!!」
ルミアの言葉を否定し、己の復讐を肯定する。
だが、その言葉とは裏腹に激しく狼狽するロクスはルミアの手を強引に振り払って学院長室から出ていく。
「俺は何の為に………………………」
出ていく瞬間にルミアの耳には彼の言葉が届いた。
「ロクス君……………」
そんな彼をルミアは心から心配した。