「んー!ふっ、んー!ん゛ー!!」
「シー。静かに」
俺は唇をおっさんの耳に寄せて、ナイフで優しくペチペチ頬を叩きながら囁く。汚れるからナイフで殺す事はまずないんだけど、そんな事知るわけないもんね。かわいそ。
今にも漏らしそうなほど震える哀れな男をじろじろ観察しつつ、キャラクターエディット画面を開いた。
中々難しいな。このおっさんが特徴なさ過ぎて、ただでさえ実在するモデルに似せるのが難しいってのに余計に難易度が高くなる。だがプロゲーマーの手にかかってしまえば……こんなもんだけどね。
「どう思う?」
「っ!?」
俯く男を下から覗き込むと、男は目を見開き驚きを露にした。ははは、声も出ないほどびっくりしたか。そりゃあ良い。……え?さっき俺が脅したからだって?知らないな。
顔を覗き込んできた男がさっきとは別人、それも鏡を見ているように自分とそっくりだったらそりゃ驚くだろう。その反応で十分確認は取れた。やはり天才かもしれんな。
じゃ、この小鹿君には悪いけど、今日の俺の罪を被ってもらおう。
所変わって今回の目的地。
何の変哲もない中小会社が入っているビルのロビーに来ている。
自然な仕草でその場を見渡した俺は清楚系美女(胸はない)の受付に近寄り、おどおどした様子で話しかけた。
「あ、あの……木場社長とこの後約束があるのですが」
女は俺のことを上から下まで眺めてから一瞬見下した視線を送った後、それを綺麗な笑顔で完璧に隠して見せた。
「木場とのアポイントメントはございますか?社名とお名前をお願いいたします」
「あ、ああ。はい、名刺です」
「少々お待ち下さい……。お待たせいたしました。10分後に木場と打ち合わせでお間違いないですか?」
「そうです」
「でしたら、4階の社長室へとお向かい下さい。案内は必要ですか?」
「いえ、大丈夫です」
お辞儀する女にこちらもお辞儀を返してエレベーターで真っ直ぐ4階へ向かう。
それ程広くないビルで、社長室には直ぐに着いた。依頼者がアポ無しで会えないっつーからどんなセキュリティーなんだと思ったら、会社のロビーにちょっと鍛えてる程度の男二人立たせてるだけかよ。バカなのかアホなのか相当なケチなのか。何にせよこちらにとっては好都合だ。
ノックをして変装した男の名前を名乗ると、社長自ら扉を開けた。
「いつも時間ぴったりだと言うのに、早かったじゃないか」
「す、すみません。混みそうだったので一本早い電車で…」
「まあいい。入れ」
遠慮なく中に入ると、無防備に背を向ける男の足を撃った。
「!?う、ぎゃああぁ!」
「きゃあ!何?何なの!?」
秘書らしき女に銃口を向けると、女は震えながら手を上げた。クイっと手首を曲げてドアから外に出るように指示をすれば、ヒールを履いた足を挫きながらバタバタと走って逃げてしまう。
「人望無いね、社長さん?」
「っ!貴様、誰だ!そんなっ変装してまで何を!」
「自分の胸に手を当てて考えてみなよ。3件も依頼が入るなんてよっぽどだぜ」
「い、依頼?……金か?俺はその倍……いや、3倍だ。3倍出そう!俺の側につけ!ふぅっ…こ、高給で雇ってやる」
足をピタリと止めた俺に希望を持ったのか、男は顔から涙だか鼻水だかはたまた涎だかよく分からない液体をダラダラ流して命乞いをする。
「3倍かー。でもたかが中小企業の社長ごときが払えるわけないんだよなぁ。残念だね」
「ま、待て!まってえ!!」
うるさ。舌引っこ抜くぞ。キモイからしないけど。
「今度はなあに。悪いけど俺、こう見えてプライド持って仕事しちゃってるんだよねー」
「ち、違う。うっぐう……。最後に教えてくれ」
「だから何を」
「お前は…な、何故、こんな…殺しなんぞをしているんだ!?」
何が知りたいのかと思えば、くだらないなあ。
普通依頼人とか聞くんじゃないの?名前くらいは冥土の土産に教えてあげたかもしれないのに。
「はあ?お前はいちいちそんな小難しい事考えてゲームする訳?」
俺が首を傾げて聞き返すと、男は痛みも忘れて唖然とした。
そうだな、どうせ死んじゃうんだし、ちょっとだけお話をしようか。
「なあ、ゲームが犯罪を引き起こすなんてバカな事を言ってる奴がたまーに居るだろ?俺としてはそれは違うと思うんだ。ゲームは潜在的な犯罪者の欲求のはけ口であり、逃げ場所なんだよ」
「な、にを」
「誰にだってある"悪い事したい"って気持ちが、俺は人一倍強かった」
だが、前世の俺はこんな便利な力を持たないただの人。優秀な日本の警察官の執念深い捜査からは逃げられない。
今なら分かる。俺は無意識にそんな欲求をゲームで解消していたって訳だ。
だがこの世界のゲームは前のところよりずっとしょぼい。規制も厳しいし、ゲームするほど欲求は深まった。
「ある理由で俺はゲームをプレイしなくなった。しかし、このすばらしーい個性がある。後は、分かるね?」
「………」
「あれ?死んじゃった?」
返事がない。虚ろな目は一点を見つめているようで何も見ていない。鼻の下に指を当てると、ほんの僅かだが呼吸が確認できた。
「なんだ、生きてるじゃないの、っ!」
ガチン、と大きな音を立てて男の歯が噛み合わさる。歯が尖る個性か?あぶね、指持ってかれるところだった。
「全く、おまえにはがっかりだよ」
俺はやれやれと言うように首を振ると、ハンドガンを素早く構えてピタリと男の額を狙った。
「じゃあな。一応依頼なんで最後に言っとく、自分の行いを悔いて死ね」
ダン!とサプレッサーも付けていない銃声が狭い部屋に響いた。
今回の依頼は暗殺ではなく、こいつの所業を世間に知らしめる事。こんだけの騒ぎならマスコミも食いつくだろうし、他に被害を受けた人間がマスコミに垂れ込みをするだろう。完璧だ。
「何だ今の音は!」
「こっちです!」
マップを開くと二人の…声からして男だろうか。そいつらが社長室の前の廊下を走って近付いてくるのが見えた。ヒーローか警察か分からんが、そろそろお暇するかね。
今度は広い範囲の地図に変更すると、俺は"ファストトラベル"で自室に帰った。
ふー。一仕事終えた後の風呂は最高だぜ。黒霧さんのバーにでも酒飲みに行こっかな。
あ゛、っつか見た目冴えないおっさんのままじゃん。どうりで肌つや悪い訳だわ。
俺は本来の姿であるいつもの体に戻ると鏡で確認する。うん、相変わらず美青年だ。
依頼人に終わった事を報告しようとタブレットを出す。いやー依頼料×3でホクホクだわ。
ウキウキと指を動かしていたら、携帯が鳴った。パンいちでほぼ裸な俺だが、"仕舞って"おけば例えシャワー中でも呼び出し音に気付ける。ヒュー便利ー。
「うげっ」
誰かと思えば先生で、失礼極まりない声がでる。
「……はい、風見です」
「やあ蒼弥。調子はどうだい」
「いいですよ。今日も依頼完璧に片付けてきましたし」
「それは何より。あの約束、きちんと守ってくれたようだね」
約束?
一瞬首を傾げて、あー!と声を上げる。
「あの作戦の時に、あんまり自発的に動くなってやつですか?」
「そうだ。お陰で弔も少し成長できただろう」
「そーですか……」
「私との約束を守りつつ、弔と黒霧を護ってくれたみたいだね。報酬を弾んだ方がいいかな?」
「えっ、そ、そんなとんでもない~。死柄木クンとはお友達だしトウゼンですってばー。はは」
冷や汗を流しつつ遠慮と予想していたようにそうかとフラットな返事が返ってくる。え、一瞬見捨てて帰ろうとした事ばれてないよね。
しかし先生はそれ以上あの件に触れることなく、それから二言三言話して電話が切れる。
全く…先生の指示とはいえ、こっちだってもっと好きにやりたかったぜ。美少女JK連れて帰ったりとかさー。
あれ絶対今回の作戦失敗する予定だったでしょ。死柄木もかわいそうに、まるであの老人のお人形遊びの為のおもちゃだ。
内心でぼやきつつリモコンの電源ボタンを押してテレビをつけると、丁度午後のニュースがやっていた。
『――被害者の悲鳴が聞こえたと通報があり、駆けつけた警察官が発砲音を聞いた直後に事件現場に入ったものの、犯人と思わしき人物が見当たらなかった事から、警察は移動系の個性の持ち主による犯行と見て捜査を進める方針です』
んー、惜しいな。
それも俺の力の一つではあるが、その線で調べたって俺には辿りつかないだろう。
警察よりも先にヒーローが来ていたならもしもがあったかもしれないが、この程度の依頼でそんなヘマはしない。
さて、たった今報告を送った所だし、この調子じゃあの男の悪行が白日の下に晒されるのも時間の問題だ。
しかし先生と電話した疲れで、もうバーに行く気力がない。
死柄木には悪いが、奴をからかいに行くのは当分先になるかな。
この小説は特に原作に沿うつもりもなく、ただヴィラン連合とつるむ特に信念のないクズが書きたかっただけなんですが、作者が優柔不断すぎて迷ってます。
他の作品とは違ってエンディングもストーリーも特に決めないままスタートしているこんな作品なので、あらすじにも書いてある通り軽い気持ちで読んでやってください。