久しぶりに二次創作というものをしてみんとす…………という心意気を持ってからさらに一年。ようやくハーメルンに戻ってまいりました。ボチボチ更新しますので、どうぞごゆるりとお楽しみくださいませ。
────教会の鐘が鳴る。日曜日がこの街に訪れた証が鳴り響いた。
文明の発展目覚ましいヨーロッパの中でも、中世の荘厳さや古代の神秘さが残る地中海沿岸。その中の街の一つ、アマルフィの大通りを
白いフロックコートに赤のスカーフを添えて、長い黒髪を後ろでひとまとめにしている。
その手には革製の大きな鞄を持ち、鼻歌交じりに町を散策していた。
敬虔なクリスチャンが多いこの国で、朝の礼拝は欠かせないものだろう。
「少し肌寒いけど……まだ冬にはなってないか」
真希奈は、目を細めながら目的の場所に向かっていた。
石畳を抜けて、街の中心地から外れる。冬に備えた様子の牧草地がのどかに広がり、草いきれが立ち込める中をぶらりと進む。
獣道の奥の小さな家、その扉にかかっている呼び鈴を鳴らす。真希奈のお気に入りの懐中時計は、既に朝の九時を指していた。
「はーい、なんだ、マキナか。遅かったじゃないか」
「師匠の故郷なんて初めてですから、迷うのも当然かと」
こじんまりとした家の中には、一般人が見れば使い方が全く想像できない道具がたくさん置かれていた。もちろん、レトロな雰囲気を纏った家具も並んでいる。
中から出てきたのは、気丈な
「最近は手が
「大丈夫です、師匠。もし、私宛てでしたら、今度の戦いが終わってから貰わないとボロボロになってしまいます」
久しぶりの再会に心躍らせながら、真希奈は老婆とテーブルを挟んだ向かい側に座った。彼女の前には既に淹れたての紅茶と、甘い香りのアップルパイが置かれていた。
いただきます、と一言置いてからパイを口に運ぶ。リンゴの芳醇な香りと、丁度良いシナモンの刺激が口の中を幸せで満たしていく。
半分ほど食べた所で、紅茶を何も入れずに嗜む。口の中の甘さが丁度良くなった所で、真希奈はようやく本題を切り出した。
「師匠、今回の“聖杯”はどこが作った物なのですか?」
「…………第三次聖杯戦争で強奪された大聖杯。それを象徴に掲げた、ユグドミレニアの魔術師達が引き起こした聖杯大戦がルーマニアであってね……それはそれは、かなり大きな戦いだったようだよ」
その“聖杯大戦”の話ならば、真希奈も聞いたことがある。“黒”の陣営の七騎と、“赤”の陣営の七騎が大聖杯を求めてぶつかり合った大戦。その結果は、様々な憶測が語られていたのを、彼女も良く耳にしていた。
「そういえば、その戦いの結果ははっきりと聞いていないのですが、どうなったのですか?」
「その戦いにおいて、赤の“陣営”のマスターが大聖杯を起動しようとしたの。だけど、“裁定者《ルーラー》”として召喚されていたサーヴァントが、大聖杯の破壊に
「でも、そしたら聖杯戦争なんか起きるはずがない────」
「そう、その大聖杯の欠片を使って、アインツベルンが鋳造し直した。したのだけど、また盗まれてしまったみたいでねぇ」
老婆は声色とは裏腹に、相好を崩しながら編み物を続けていた。
真希奈がこの聖杯戦争に参加する理由、それは一つだけだった。
「その聖杯を盗んだのが、今回のお前さんのターゲット。ムニエル・クロノ・ユグドミレニアって訳だ」
「なるほど、つまり協会としてはルーマニアの聖杯大戦の失敗を繰り返したくないが為に、私を……」
「ああ、そうだよ。去年一年間の“執行”数トップに立ったお前さんなら、確実にやれるだろう。ってね」
編み物の手を止めて、老婆はゆっくりと立ち上がる。戸棚を開けて、花柄の缶と古びた鍵を持ってくる。
どちらも真希奈の身に覚えがあるものだった。
缶の蓋が開けられると、その中には丁度いい小麦色のサブレが入っている。彼女は、一枚手にとってゆっくりと食べ始めた。
「師匠のサブレはどうしてこんなに美味しいんですかね、そろそろ作り方を教えてくださいよ」
「私のことを師匠って呼んでいる間は、教えてあげられないかねぇ」
かねてから真希奈は、この老婆の養子にならないかと打診を受けている。だが、彼女は彼女なりに別の理由を持って、やんわりと断り続けてきた経緯がある。
古びた鍵とサブレを二枚手に取って、座り心地の良かった椅子に別れを告げる。背中に名残惜しさを残しつつ、真希奈はリビングを出ようとした。
「工房の時間は“凍結”してあるから、“解凍”する時は慎重にやるんだよ」
「この鍵にもうそれを仕込んであるんですよね、師匠?」
バレてたのか、と快活に笑いながら老婆は編み物を再開した。真希奈は暖かくなった心をそのままに、この家の地下へと向かっていった。
────聖杯戦争。それはあらゆる時代の英霊達がサーヴァントとして召喚され、あらゆる願望を成就する万能の釜を争奪する殺し合い。七人のマスターと七騎のサーヴァントのうち、生きてその杯を手にすることができるのは一人と一騎のみ。
真希奈にはその根幹となる願いがなかった。それは、彼女が与えられた職務──“封印指定の執行”──に忠実であり、それ以外の現状には十分満足していたからかもしれない。
今回も、協会から離反した魔術師が起こした聖杯戦争の沈静化、及びその魔術師の殺害が彼女に与えられた任務である。
「これが、触媒ね……本当に本物なのかしら。バゼットってあの子のせいじゃないのに、トラブルに巻き込まれやすいし……」
厳重に封印されたトランクの魔術を解呪して、中から“触媒”を取り出す。戦友、と言える間柄の同僚、バゼット・フラガ・マクレミッツから譲り受けたのは、ギリシャで発掘されたという青銅の矢尻。何千年も前のもののはずなのに一切錆びることなく、これが地中に埋もれていたのだというから信じがたい話である。
懐中時計は昼の一時を指している。これから半日かけて彼女は大仕掛けを準備していく。
まだ執行者になる前、真希奈が使っていたこの工房はその時のまま保存されていた。その冷たい土床に魔法陣を敷いていく。ことサーヴァント召喚の魔法陣は特殊な物である。消去の中に退去の陣を四つ、それを召喚の陣で囲むというもの。
生贄から絞った血でそれを描き、触媒を配置する。その作業を終えれば既に月が中天している頃合いだった。
一つ、二つ、息をゆっくりと吐いて、直下の霊脈を感じる。
素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師──アニムスフィア。
降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する。
────告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うのならば応えよ。
誓いをここに。
我は常世
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ────!
全てを翻す程の風が、全てを据え置きながら吹き抜ける。光が工房に満たされて、それが消え去る頃、陣の中央に人影があった。
「────サーヴァント、アーチャー。召喚に応じ参上した。我が真名は『パリス』……弓兵の名に懸けその誓いを受けましょう、我がマスター…………!」
バゼットさんてやっぱり凄いと思うんだ。いつになったら礼装じゃなくなるんですかね……?