第162話になります。
今回は少し短めです。
先日、投稿した第161話ですが、15分ほどまで編集前の状態の作品が、投稿されておりました。
現在は正しい状態の作品と差し替えを完了しております。
大変ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。
観客たちが帰っていき、閉店になるのが秒読み段階になった頃、僕たちはなぜかライブステージの上に立っていた。
そう、SPACEのステージに、だ。
僕は、困惑しつつも演奏準備を進めていた。
ちゃっかりと僕のギターまで持ってこられている徹底ぶりが、さらにそれを増させていた。
田中君が口にした、”オーディション”という言葉の通り、オーディション独特の緊張感がこの場を支配していた。
何より、観客席のほうでパイプ椅子に腰かけてこちらを見ているオーナーの姿が、緊張感をより一層高めさせているのに一役買っていた。
「準備ができたら始めな」
『はいっ』
困惑した僕とは裏肌に、演奏準備は着実に整いつつある。
そこで、僕はある疑問を抱く。
「曲はどうするんだ?」
そう、僕たちは演奏する楽曲のことを話し合っていない。
そもそも予定外のオーディションなのだから、決まっているわけがない。
「それなら既に決めている」
だが、田中君から返ってきた返答に僕は驚きを隠せなかった
「俺たちが練習スタジオで初めてやった曲だ」
「っ!?」
思わず息をのむ。
初めてやった曲……それは、『You should get over me』の前に作曲した曲だ。
初めてなのにもかかわらずにテンポは200を超え、ドラムでは所々で32分音符になったりするなど、初心者がやろうとするにはあまり適さない難易度だ。
現に、当時は技術不足で失敗に終わっている。
「今の俺達なら、できるだろ?」
「そうだけど……でも」
僕はあまり踏ん切りがつかない。
あの曲だけはどうしても演奏したくなかった。
理由はありすぎて、自分でもよくわかっていない。
でも、大切な曲であるというのが、一番大きい理由なのかもしれない。
「一樹、俺たちは過去の自分を乗り越えていかなければいけない。俺たちの目指す場所に行くにはな。だからこそ、俺はこの曲を完璧に弾ききる。一樹は、どう思う?」
「それはそうだけど……」
田中君の言うとおりだ。
過去の自分を超えずにして、頂点を目指すなど土台無理だ。
「さ、やろうぜ」
「やろう、一樹」
僕の心情などお見通しのようで、柔らかい笑みを浮かべながら全員が僕に促してくる。
(もうこうなったらやけだ)
そして僕は、半ばやけではあった物の演奏する決意を固めた。
「すみません。よろしくお願いします」
森本さんがそういった瞬間、田中君がリズムコールを始める。
そして、キーボードの音で演奏が始まった。
森本さんはボーカルで、楽器は弾かない。
始まって早々にギターは速弾きを当たり前のように入れている。
皆の言う通り、あの時はだめだった曲ではあったが、僕の思い描いた通りの音を奏でられていた。
啓介のキーボードの音も、ミスタッチもなく、世界観を表現できているし、リズム隊に関しては同一人物が担当しているのかと思えるほどに意気があっていた。
何より、自分自身がこの曲を彩れているのが驚きだった。
そして、この曲の最難関である間奏に突入する。
この部分は、キーボード以外のすべてのパートで32分音符となるのだ。
(昔はここで躓いていたっけ)
あまりにも難しすぎて音飛び状態になっていた箇所だ。
(それでも)
今の僕たちなら弾ける自信がある。
その僕の自信を証明するように、関門を突破し、あとは最後に向かって突っ走るのみだった。
そして、長いようで短かった演奏はついに幕を閉じる。
「……」
沈黙が会場を支配する中、僕は達成感めいたものを感じていた。
それは、今までのどのライブの時よりも、強く感じた。
「……やりきったかい?」
そんな中、沈黙を破ったのは、いつの日にか聞いたオーナーの問いかけだった。
その問いに、みんなが僕のほうに顔を向ける。
それは、僕に言えと言っているようにも思えた。
だからこそ僕は
「いいえ。まだまだです。まだやりきってないです」
と答えた。
理由はあの時と同じだ。
僕のその答えに、オーナーは予想がついていたのか厳しい表情を緩めていく。
「本当にお前たちは変わらないな。……心得を忘れずに、これからも頑張んな」
そう言った時のオーナーの柔らかい笑みの表情を見たのは初めてだった。
そして、何となくだが、デジャブを感じていた。
『ありがとうございました』
そんなことを思いながらも、僕はオーナーにお礼の言葉を口したのちに、オーナーに促されるまま片付けの作業に入った。
そして僕たちが外に出たのと同時に、、SPACEの明かりは消えるのであった。
「それにしても、どうしていきなりライブなんか?」
帰り道、僕はそれまで感じていた疑問をぶつけてみることにした。
すると、啓介達は驚いた様子で僕を見る。
「え!? 一樹覚えてないのか!?」
「私、もうとっくにわかってるとばかり思ってたんだけど」
「ちょっと、それってどういうこと?!」
思わせぶりな皆の言い方に、僕はますます混乱していき、詳しく聞くものの
「自分で思い出せ」
という田中君の言葉ですべて締めくくられてしまった。
(思い出せないから聞いてるんだけど)
別に思い出さなくても支障はないだろうけど、それでもわからないことを残しておくのはあまりいい気分ではない。
僕はいつか思い出そうと自分に言い聞かせながら、帰路につくのであった。
第三部 第6章、完。
ということで、長かった第三部および、本章は完結となりました。
この部だけで約100話ほどのボリュームでした。
そして、今回実施中のアンケートですが、本日の23時59分までを回答の期限とさせていただきます。
回答がまだで、回答されるという方はお早めにお願いします。
次章予告に入る前に、皆様にご案内いたします。
ここから、各ヒロインへの分岐点となります。
読みたいヒロインとの物語を選択してください。
章タイトルのリンクをクリックすることで、その人物のルートに進みます。
日菜ルートの物語を読みたい場合は、下記次回予告のリンクよりお進みください。
―――
季節は夏。
あと少しで始まる夏休みを前に、一樹は無人島を訪れていた。
日菜ルート『隣の天才』 第1章『部活と無人島と』
紗夜ルートの物語を読みたい(又は順番に読んでいきたい)場合は、このまま次話にお進みください。
とある日、廊下ですれ違った人物に、一樹はある話を持ち掛けられる。
それは、”女子高への留学”の誘いであった。
次章、第4部、第1章『留学の始まり』
読みたい話はどれ?
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1:『昼と夜のChange記録』
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2:『6人目の天文部員』
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3:『イヴの”ブシドー”な仲良し大作戦』
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4:『追想、幻の初ライブ』
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5:一つと言わず全部