「皆、ここからものって行こう!!」
森本さんの掛け声に、会場中の歓声がどっと沸く。
それに手を振って応えながら、僕たちはステージ袖に移動すると、そのまま楽屋のほうに向かって歩いていく。
「これで、残すはあと3曲か」
「ふぅ……それが終わえば日本に帰るだけっ」
通路を歩きながら会話をする森本さんと中井さんのやり取りを聞きながら、僕たちは後ろのほうを歩いていた。
「ここまでは上々だが、気はひけねえな」
「うん。あともう一息。ラストスパート頑張って行こう」
僕たちの士気も上々だ。
ここまでいろいろな国でライブを焼てきたが、やはり海外でのライブは日本でするのとはまた違った刺激を受ける。
自分の世界が広がる……あっているかはわからないが、まさしくそんな感じだ。
どの国でも、観客の反応は悪くなく、このまま何事もなければ成功は確実だろう。
「ねえねえ、どうせだったら記念写真でも撮らない?」
「お、いいなそれ! 一生の思い出になるじゃん」
そんな中、中井さんの記念写真を撮るという提案に啓介が飛びついた。
「聡志はどう?」
「……別にこっちは構わねえけど。一樹は?」
田中君の言葉にこちらに集まる視線。
その視線を受けた僕は
「こちらも同じく」
中井さんの提案を呑んだ。
こうして僕たちは記念写真を撮ることとなった。
カメラは中井さんが持ってきていたらしく、しかも三脚付きという徹底ぶり。
何でも、風景写真を撮るために持ってきたらしい。
「ねえ、一樹君。一樹君のギター、私が持ってもいいかな?」
「構わないよ。ちょっと出すから待ってて」
自分の楽器を相手に貸したり借りたりするのは日常茶飯事なので、特に抵抗もなく二つ返事でOKを出した僕は、弦の交換のために持ってきていたギターケースを床におろすと、中からギターを取り出して、それを中井さんに手渡した。
「それじゃ、中井さんがギターの準備をしている間に、僕がセッティングするよ」
「お願い」
そして僕は中井さんの代わりに手早くカメラと三脚を固定して、カメラの電源を入れてセッティングを済ませた。
「もしご要望があれば本格的に取るけどどうする? 丸山さん直伝で数百にも及ぶチェック項目があるけど」
「百!?」
「いいっ。いらないからっ!!」
あまりの量の多さに、全員の顔が引きつる。
まあ、当然だろうな。
僕ですら引いたぐらいだから。
そんなわけで、簡単にセルフタイマーをセットした僕は、素早く啓介と田中君の真ん中に移動する。
その横には、ギターを構えている中井さんの姿もある。
「はい、チーズ!」
こうして、記念写真は無事に撮ることができた。
「それじゃ、片付け―――」
中井さんが片付けようと動き出した瞬間だった。
「一樹ぃぃぃぃぃ!!!!」
突然通路に響きわたる僕を呼ぶ声。
いや、もはやこれは呼ぶというよりは叫んでいるに等しい。
「な、なんだ!?」
声の方向を見ると、まるで熊のような巨体の女性の姿があった。
遠いのでよくわからないが、ただならぬ雰囲気をまとっているのははっきりと感じ取れた。
僕の直感が逃げろと警鐘を鳴らしていた。
だが、僕が動くよりも先に女性がこちらに向かって突進してきたのだ。
「一樹っ!」
「おい、止ま――「どけぇ!!」――がっ」
田中君が僕の身を守ろうと、僕と立ち位置を無理やり変えさせ、その間に啓介が女性を止めようと立ちはだかるが、女性のタックルで吹き飛ばされた。
「きゃあ!?」
「明美ちゃ―――きゃ!?」
そして、吹き飛ばされた啓介は森本さんを弾き飛ばし、その後ろにいた中井さんも地面に倒れこんだ。
その時、何か嫌な音が聞こえたような気がした。
「この野郎ッ!!」
「ぎっ!?」
そして、怒った田中君の渾身の背負い投げがうまく女性に決まって、女性は地面にたたきつけられた。
「放せぇ!! このXXXXXXXがっ!!!」
「何をしているっ!!」
女性が、わけのわからない日本語をわめき散らしていると、この騒ぎを聞きつけたのか警備員が数人と相原さんがこちらに駆け寄ってきた。
そして、警備員によって女性は確保され、そのままどこかに連れていかれた。
その最中もわけのわからないことをわめき散らしていた。
「皆さんっ! お怪我は!?」
「俺と一樹は。啓介と明美と裕美は?」
「俺は無事だ。いつつ」
「私もだ。裕美は?」
どうやら皆にけがはないようだ。
啓介の頑丈な体が幸いしたのか、一番大けがを負っていそうな啓介が無事なのは本当に良かった。
「…………」
だが、1人。
中井さんだけが、地面にへたり込んだまま俯いて何も言おうとしない。
「裕美? まさか、どこか怪我でも」
心配そうに駆け寄る森本さんの問いかけに、中井さんは何度も頭を横に振りかぶる。
「ごめんなさい」
そして、口から出てきたのは涙ぐみながらの謝罪の言葉だった。
どういうことなのか。
その答えはすぐにわかることになる。
「これは……」
彼女がこちらに差し出したものによって。
「ごめんなさいっ。一樹君のギターがっ」
それは、僕のギターだった。
あの時、聞いた嫌な音の正体は、これだったのかと、僕はどこか他人事のように感じていた。
おそらくは、彼女の下敷きになったか、倒れこんだ衝撃なのか、ギターの弦はすべて切れていた。
僕は、恐る恐る中井さんが差し出してきたギターを手にする。
(これは……)
それだけでこのギターの状態が、わかったような気がしたのだ。
先ほどの衝撃のダメージが非常に深刻なものであるということが。
試しにギターのネックからヘッドにかけて撫でてみると、ヘッドとネックの境目の部分で違和感を感じた。
「中井さんにけががないのであれば、大丈夫だよ。悪いのは中井さんじゃないんだから、謝らないで」
「どうしますか? ライブを中止しますか?」
僕の気持ちを中井さんに伝えている中、相原さんが田中君に提案をしていた。
確かに、この状況を見れば、そのほうがいい。
だが……
(今ここで中止にすれば、この日のために来てくれている観客たちを裏切ることになる……)
それを考えれば、僕の答えは一つしかない。
「続けます」
「一樹……」
「ギターは弦を張り替えれば十分です。なので、やらせてくださいっ」
僕は頭を下げて相原さんに、継続を訴えた。
「……わかりました。休憩時間はあと15分です。準備を急いでください」
『はいっ!』
そして、相原さんに僕の気持ちが通じたのか続行のOKが出た。
僕たちは足早に楽屋に戻ってライブの準備を進める。
15分という時間で、僕は何とか弦の張替えとチューニングを済ませることができた。
だが……
(ギターの音がおかしい。ライブが終わるまで持てばいいんだけど)
チューニングを済ませているにもかかわらず、ギターの音はいつもよりもこもっているようにも聞こえた。
僕には、それがこのギターの断末魔に聞こえて仕方がなかった。
「一樹」
「うん。行こう!」
休憩時間もわずかとなり、田中君に促されるように、僕たちは再びステージに立つのであった。
「どうもありがとー!!」
そして、ついに最後の曲を演奏し終えることができた。
会場のボルテージは今や最高潮に達している。
状況が状況でなければ、僕たちのテンションはさらに上がっていたかもしれない。
だが、先の襲撃の一件で僕たちのボルテージは上昇できずにいた。
『アンコール! アンコール!』
そこにやってきたアンコール。
啓介たちがこちらのほうに視線を向けてくるのを感じた。
啓介たちが何を言いたいのかは、視線が物語っていた。
『やれるか?』
ただそれだけだ。
それを受けて僕は、自分のギターに目をやる。
一見普通のギターだが、なんとなくだがもうこれ以上は持たないというのが分かるような気がした。
(でも、オーディエンスが求めるのであれば)
僕はみんなに頷いて答えた。
これは僕の意地だ。
1人のミュージシャンとしての意地なのだ。
『アンコールありがとう!! それじゃ、アンコールにお応えして、一曲行くよー!!』
森本さんのMCを合図に、田中君がリズムコールを始める。
ここでのアンコール用の曲として、これまでやっていた曲を一つにリミックスした特別な楽曲を用意していたのだ。
そして、曲が始まった。
歌詞は一部分英語というタイプだ。
だが、曲を演奏しているときに、ギターがついに悲鳴を上げる。
(弦がっ)
いきなり弦が二本も切れたのだ。
だが、その程度ならこちらも普通に弾くことはできる。
僕は落ち着いて、演奏をつづけた。
そして、間奏部分に入る。
そこは僕のギターソロがある場所だ。
そして、ギターソロに差し掛かった瞬間に、また弦が一本切れたのだ。
(クソっ)
弦を三本も失った状態で演奏を続けるのは、かなり難しい。
というより不可能にも近い。
それでも、僕は意地でも食らいつくように奏で続ける。
そして、何とかギターソロを突破することができ、曲調も落ち着いた感じになる。
ここからは曲の難易度は低い。
だが、最後の軽めのギターソロの箇所が、待ち構えている。
(頼むっ、持ちこたえてくれっ)
僕は心の中で必死に願いを込めながら、ギターを弾き続けた。
そして、何とか無事に僕たちはアンコールの曲を終わらせることができたのだ。
会場中からは割れんばかりの歓声と、拍手が鳴り響き続けている。
『ありがとうございましたっ』
最後に、みんなで合わせて会場にいる観客たちにお辞儀をしてお礼を言うことで、海外ライブツアーは終了となった。
……僕のギターのヘッド部分が折れたのか、垂れ下がっているという状態を除けば。
飛行機に揺られること数時間。
僕たちは日本に凱旋を果たした。
「一樹君っ!」
「一君!」
僕たちが集合していた場所に出ると、紗夜と日菜さんが僕のほうに駆け寄ってきた。
「っと!?」
「良かった……無事で本当に良かった」
「心配かけてごめんね。でも、この通りみんな無事だよ」
僕に抱き着いてきて、涙ぐみながらも僕の無事に胸をなでおろす紗夜の様子から、状況を把握することができた。
おそらくは、僕が襲撃された一報が日本に届いたのだろう。
僕は安心させるように、紗夜の頭を撫で続ける。
不思議と、そのことを冷やかす人は、誰もいなかった。
(ギターは壊れたけど、直せば大丈夫。だから、これからも頑張って行こう)
ギターはライブの成功の代償に、ヘッド部分が完全に折れてしまったが、修理をすればまた演奏することができる。
このライブ成功で僕たちの目的の場所まで、一気に駆け抜けよう。
僕は心の中で、そう決意を新たにしたのだった。
だが、現実は残酷なものだった。
僕たち、Moonlight Gloryに、事務所から無期限の活動停止処分が下されたのは、それからすぐのことだった。
完?
ということで、これにて本篇は完結となりました。
読者の皆様が、『え? これで完結?』と感じていることは何となく想像がつきます(汗)
人によっては打ち切りにも取れる終わらせ方ですが、打ち切りではありません。
ここから物語はアニメの2期(2nd season)に続いていきます。
一樹たちがなぜ処分されたのかなどは、続編までのお楽しいとなります。
その続編は、話の方向性の関係上、現在放送中の3期が終了した後に投稿開始となります。
楽しみにしていただいている皆様には申し訳ありませんが、投稿開始まで今しばらくお待ちください。
そして、再び読者の皆様にご案内いたします。
今回の話の続き(一樹たちが無期限の活動停止処分を受けた理由など)の話をお読みになりたい方は、下記の次章予告のリンクより、お進みください。
――
海外ライブをギターの破損と引き換えに成功させた一樹たちは、帰国後も再びステージに立つべく抗い続けていた。
そんな中、彼らのもとにある電話がかかってくる。
次回、Episode.0~隣を歩むまで~
このまま日菜ルートをお読みになりたい場合は、このままお進みください。
それでは日菜ルートの記念すべき最初の章の予告をば。
―――
季節は夏。
あと少しで始まる夏休みを前に、一樹は無人島を訪れていた。
次回、日菜ルート『隣の天才』 第1章『部活と無人島と』お楽しみに。
読みたい作品は?
-
1:ほかのヒロインとの話
-
2:いっそのことハーレムを
-
3:その他