いつだって、私は人間らしくなかった。
感情を表さず、世界を何も知らない。
それなのに、どこか諦めているような。そんな私だった。
けれど、今は違う。先輩と出会って、数々の特異点を巡って。
そして————様々な方と、別れを経験した。
所長。ドクター。カルデアスタッフの皆さん。ダ・ヴィンチちゃん。
……Aチームマスターの皆さん。
正直、あの頃の私は他人に興味を持とうとしていなかったから、全員と関わりがあったわけではない。
それでも、今は知りたいと、話したいと思う。彼らと。彼女らと。
スカンジナビア・ペペロンチーノ。芥ヒナコ。オフェリア・ファムルソローネ。エドワード・エヴァンズ。
この四人とは、比較的話していたかもしれない。
友達と——呼んでもいいのだろうか。
あの頃しか関わったことがないから、今の私を見たら少し驚くかもしれない。
そして、それでも。そんな私を見て、彼らは笑うのだろう。
嬉しそうに、優しく。
だから、私は彼らに問い質さなければならない。そんな彼らが、何故クリプターとなったのか。何故人類を、汎人類史を、地球を漂白するのか。
何故、カルデアのスタッフを、襲ったのか。
もし、それでも。……わかり合えたのなら。
また、あの時のように—————。
「おはよう、マシュ。ちょっと座らせてもらってもいいか?」
とある朝、カルデアの食堂。私が朝ご飯を食べていると前から声がかかった。
手を止め、顔を上げると、そこには同じAチームのメンバーであるエドワード・エヴァンズとオフェリア・ファムルソローネの姿があった。
「エドワードさん……?は、はい。私は大丈夫ですが……」
それを聞いて、彼はニコリと笑うと私の正面の椅子を引き、そこにオフェリアさんを座らせた。彼はその隣に座る。
「えっと…マシュ・キリエライトさん、よね。知ってるとは思うけれど、一応。私はオフェリア・ファムルソローネ。よろしくね」
「あっ、はい……。マシュ・キリエライトです。よろしくお願いします。オフェリアさん」
「……………………」
「……………………」
「ちょっと、何この空気」
先程まで笑顔で私たちを見守っていたエドワードさんが痺れを切らしたのか口を開く。というか、そもそもこれは何なのだろう。
「いやね、見りゃわかると思うけどこの子めちゃくちゃ友達少ないのよ。今回はオフェリアの友達を増やそう大作戦第二弾!ちなみに第一弾はヒナコね」
私が不思議そうな顔をしていたのがわかったのか、エドワードさんが事の経緯を説明する。
「いえ、私が困惑しているのはそこではなく……」
もともと、エドワードさんとは話したことがある。私は彼の明るさについていけていなかったが、それでも会話は何度かあった。だからこうして朝に話しかけられることもそこまで珍しいことじゃない。そもそもエドワードさんが朝に起きていることが珍しいとかそういったことを無視すれば。
オフェリアさんとこうしてしっかり対面して話すのは初めてだが、言葉を交わしたことがないわけではない。
なら、何に困惑しているのかと言うと。
今、エドワードさんの「友達が少ない」発言に顔を赤らめながら反論しているオフェリアさんの態度にだ。
私の記憶が確かなら彼女はエドワードさんを嫌っていたはずだ。彼に対して苦言を呈するオフェリアさんを何度か見たこともある。なのに、今は。
「か、勝手なことを言わないで。私はもう友達が少ない訳ではないわ。ぺぺとヒナコ、それに、その…………おそらく、貴方も……」
「えー?僕とぺぺとヒナコの三人だけじゃん。少ないでしょ、十分」
「っ!ええ、ええ。そうね。ぺぺと、ヒナコと、貴方。その三人よ」
「いや、何で嬉しそうなんだよ……」
……何なのだろうか、これは。
こんなに生き生きとしたオフェリアさんは初めて見た。いや、こんな偉そうなことを言えるほど関わってきた訳ではないけれど、それでも初めてだと自信を持って言える。
だから、何というか————。
「綺麗……」
ほんの少しだけ、心が動いた音がした。
「ぷっ、くく、ふふっ。『すぐに向かうので用意をしておいてください。コントローラーは持っていきます。』だってよ。くふっ、ヤバイ、ちょっとツボった」
現在、私とエドワードさん、オフェリアさん、ヒナコさん、ぺぺさんの五人でドクターの部屋にきていた。あの後、少しオフェリアさんと話しているとエドワードさんから「もっと仲良くなろう!」と連れてこられたのだ。ヒナコさんとぺぺさんも呼んでドクターの部屋に突撃した時はかなり驚かせてしまった。
ぺぺさんとはよく話す。と言ってもあちらから話しかけてくれるだけで、私は上手く返事をできている気はしないけれど。それでも、他の人より安心できるような、頼れる雰囲気を持った人だ。
ヒナコさんとは会話をしたことがなかったので軽く自己紹介をした。少し冷たいように感じたがエドワードさん曰く照れているのだとか。そんなことを言った彼はヒナコさんに足を踏まれていたが。
「いやあ、まさか僕の部屋にこんなに人が来るとはなぁ。教えてくれればお茶菓子くらい用意したのに」
そう言って、頭を掻きながら苦笑いするドクター。
「いやいや、そんなのいらないぜロマン。お前はこのオタク部屋にあるゲームを貸してくれればそれで十分さ」
「エドワード。貴方、もう少し遠慮したらどうなの……」
早速ドクターの物と思われるゲームをあさるエドワードさんにオフェリアさんが少し呆れるように注意をする。
「オフェリア。僕はもうロマンとその程度の関係じゃないんだ。遠慮もいらない仲って訳さ」
「はは…。確かにエドワードくんはよく遊びに来るしね。にしてもこんなメンバーは初めてだけど」
「あら、私たちはお邪魔だったかしら?ねえ、ヒナコ」
「……何でそこで私にフるのかはわからないけど、そうね。エドワードとドクターがただならぬ関係だってことはわかったわ」
「あれ、ヒナコって腐ってる感じ?気づかんかった、マジで?」
腐ってる、というのはどういうことなのだろうか。ヒナコさんが腐敗しているようにはとても見えないが。
「てか別に僕とロマンの二人きりでって訳じゃないからな。カドックとかキリシュタリアも普段はいる………………ん、よし。あいつらも誘おう」
そして、カドックさんからは忙しいからまた今度と断りのメールがきてそのすぐ後、キリシュタリアさんからメールが届いたのだった。
「いやー、…………ふふっ。アイツのメールくそ真面目すぎて、ツボる……!」
「キリシュタリアってゲームとかするのね、意外」
「くくっ、だろ?オフェリアも色々話しかけてみ。知らないことってのはたくさんあるもんさ」
知らないこと————。
そう、私は、知らなかった。
他のAチームの皆さんが、こんなに親しげに話すなんて。ドクターやカドックさん、キリシュタリアさん、エドワードさんが一緒にゲームをするなんて。オフェリアさんとヒナコさんが、ぎこちないながらもお互いを知ろうとしているなんて。
もしかしたら、もっと知らないことがあるのかもしれない。いや、きっとあるのだろう。
「ねぇ、マシュちゃん」
私が思考に耽っていると、ぺぺさんから声をかけられる。
「アナタは今、成長途中なの。これから色んなことを知って、どんどん成長していくその途中。焦る必要はないけど、閉じこもってるのももったいないわよ?」
————私には、彼の言葉の全てを理解することは、まだできない。
それでも、理解したいと。知っていきたいと。少しだけ思えた気がした。
前をみる。
そこには、いつもと変わらない様子でゲームのコントローラーを持つキリシュタリアさんと、それを見てまたツボにはまってしまうエドワードさんの姿がある。
オフェリアさんとヒナコさんも、ついつい笑ってしまっている。そんな中でもキリシュタリアさんはコントローラーを持ち真顔のままだ。
「……ふふっ」
その様子が何だかおかしくて、つい笑ってしまう。すると、皆さんから珍しいものを見たかのような顔で見られた。
「あ、えっと……どうかしましたか?」
「いえ、貴方が笑ったの、初めて見たから」
「そ、そうでしたか?」
オフェリアさんに指摘され、初めて気付く。確かに、笑うこともなかったかもしれない。
隣にいるドクターが嬉しそうに、優しい目で私を見てくるのが、どうしようもなくむず痒かった。
「は、早くゲームを始めましょう!まずはルールを知っている方でお手本を見せてください!」
なんだか恥ずかしくて、無理矢理話を逸らしてしまった。皆さんも特に何か言う訳でもなくゲームを始めていく。そこからも初めてのことばかりだった。
ドクターとエドワードさん、キリシュタリアさんの上手さに驚いたり。ヒナコさんと私の下手さに皆さんが応援したり。初めてなのに何故か上手いぺぺさんとオフェリアさんに驚いたり。途中で乱入してきたカドックさんも上手で。キリシュタリアさんが真顔でコントローラーを操作する様子にまたエドワードさんが笑ったり。
そうやって、私の休日は初めてだらけの日となった。
時間はすっかり夜となり、今日は解散となった。まだ、キリシュタリアさんやカドックさんとは上手く話せなかったけれど、ヒナコさん、オフェリアさんとはかなり話せるようになった。
皆さんが自分の部屋に帰っていき、いつの間にか廊下を歩くのは私とエドワードさんだけとなっていた。
「ん、ここ僕の部屋だ。じゃあ、おやすみマシュ。自分の部屋までの道はわかる?送ろうか?」
「自分の部屋くらいわかります!……おやすみなさい、エドワードさん」
ニヤニヤしながらからかってくる彼にそう返す。ツッコミ、というのをするのもこれが初めてかもしれない。
「なあ、マシュ」
部屋に入ろうとしていたエドワードさんがこちらを振り向く。……どうしたのだろうか。
「きっと、これからマシュはもっと色んなことを経験する。今日なんか比にならないくらい、楽しいことも、悲しいことも。それに、恋なんかもする時がくるかもな」
「……恋、ですか?」
恋。単語自体は知っている。それでもまるで想像はつかないものだ。自分がすることになるとは思えない。
「ま、まだわかんないのは当然だよ。それでも、いつか素敵な相手が現れるさ。例えば、マシュのお手本になるような、人として尊敬できる『先輩』とかね」
「先輩、ですか?それならエドワードさんも、ドクターも。他のAチームの皆さんも私の先輩にあたるのでは?」
人生という括りなら、このカルデアにいる方は皆私の先輩と呼べるかもしれない。
「うーん、何て言うか、まあ。心から先輩と呼べる相手がいたら先輩って呼んでやれ。この人を支えたい、この人の後輩でいたいって思ったらね」
そう言うと、エドワードさんは自室へと入っていった。その後、しばらく私は彼の部屋の前に立っていたままだった。どうしてか、彼の言ったことが気になる。心に残る。
結局、その疑問が解消されたのは、もっとずっと後のことだった。
「先輩、起きてますか?朝ご飯の時間です。しっかり食べて今日も頑張りましょう」
「うん!すぐ行く、マシュ!」
そう言って、私の先輩でありマスターでもある彼———藤丸立香が部屋から出てくる。そして私を見つめると、おはようと笑顔で挨拶してきた。
「はい。おはようございます、先輩」
私も、笑顔で返事をする。自然と彼に向ける、私の最高の笑顔で。
「あ、やっと起きたのかい?全く、立香はこんな状況でも変わらないね」
「ふむ。これは私が推理するまでもなく導き出せることだが、夜更かしをしていただろう。こんな状況だからこそしっかり休むことは重要だ。そして朝食も一日の活動をより活発なものにする。しっかり食べておくことだね」
「ふん!そんなこと言われんでもわかるだろう!私なんてしっかり食べたくとも食べれておらんのだ!……ああ、あの頃の朝食が恋しい……」
操縦室へ行くとダ・ヴィンチちゃん、ホームズさん、新所長がそれぞれ先輩に声をかける。先輩は挨拶しながらも新所長をからかっているが。
「所長の量だって十分でしょ!普段どんだけ食ってんですか」
「なにおぅ!私はおまえたちと違ってエネルギーを使うのだよ!」
——こんな時でも、互いを心配している。新所長だって何だかんだ気にかけてくれている。
「……ふふっ」
自然と、笑みが零れた。随分と笑えるようになったなと我ながら感じる。
これも、先輩や特異点を通して出会った方々のおかげだ。
ただ、切っ掛けはもっと前にあった。
先輩と出会う、その少し前。
————だから、私たちは進まなければいけない。救うために。そして、知るために。
「……先輩っ」
先輩に声をかける。彼はいつだって優しい笑顔で、力強い目で見てくれる。
「これからも、見守ってくださいますか?」
こんなことを急に聞いて、普通なら変に思うだろう。
それでも、彼は。
——いつもと変わらぬ笑顔で、応えてくれた。
FGOのサントラIIを買っていなかったことを思い出して急いで買いました。早く届け。