前線小話   作:文系グダグダ

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 ベクターはこの基地に配属されてから苛立ちを隠せなかった。

 

「怒ってなんかないよ。別に指揮官が私に何かしたわけじゃないでしょ。

 ……それとも、なんかした覚えがあるの? 指揮官」

 

 指揮官の返事を聞くこともになく、吐き捨てるようにそう言うと司令室を出ていく。

 きっかけはなんのこともない些細なやり取りで別に指揮官に非はない。

 他にもベクターと指揮官が共に司令室にいる時に窓からの様子を見た指揮官が呟いた。

 

「雨が降りそうだな……」

 

 という発言に対して、ベクターはゴワゴワした後ろ髪を押さえながら。

 

「デリカシーが無いってよく言われない?」

 

 と言い放ったのはベクターの記憶に新しい。

 

 ベクターは元々この基地の人形ではない。

 

 他所の指揮官の下で戦っていたが、捨て石にされた所を指揮官が救出し、今に至る。

 元の所属ではMIAにより、記録がないので指揮官が引き取った形になった。

 

 この基地には4種類の人形がいる。

 

 1つはAR小隊、もう1つは404小隊。彼女たちは部下ではなく、立場上指揮官とは対等の立場である。

 そして残りは指揮官の部下としての人形である。1つは製造で来た人形、注文を受けてIOPから供給された物であり、もう1つは戦場で指揮官が救助し、紆余曲折を経てそのままこの基地に居着いた人形である。

 

 通常は救助した人形は元の所属基地に帰属するのだが、中には書類上では完全撃破扱いで既に人形を補充済みという場合や、元の基地での待遇面の悪さからこれを期に転属することがある。

 

 ベクターは前者の場合であり、前任者の基地には既にバックアップ済みの人形が配備されていたため、此処に残ることに決めた。

 

(行き場がないから、此処に残ったけど……やっぱり調子狂うな)

 

 壁を背にベクターは休憩室で飲みきった缶コーラを放り投げる。空き缶は綺麗な弧を描いて吸い込まれるように空き缶専用のゴミ箱に入った。

 

「やっぱり、ここの指揮官とは反りが合わないかな」

 

「指揮官がどうかしたのですか?」

 

 休憩室に入ってきたのはスプリングフィールドだった。自販機でコーヒーを購入すると、そそくさとベクターの隣に立った。

 

「となり、よろしいですか?」

 

「別に構わないけど」

 

 スプリングフィールドは缶コーヒーのプルタブを開ける。砂糖もミルクもない純粋なブラックだ。

 

「貴女もこういうの飲むんだ」

 

 日は浅くとも、ベクターは目の前の彼女が自前でコーヒーをドリップして指揮官によく振る舞っている様子を見ていた。それだけに物珍しげに呟いた。

 

「ええ、たまには」

 

 スプリングフィールドは缶コーヒーを飲み、一回喉を鳴らすが、彼女は少し眉をしかめた。

 その様子をベクターは見逃すはずもなく、彼女は違和感を覚えた。

 

「あまり好きで飲んでるようには見えないけど」

 

「やはり、バレちゃいますね。実は貴女とお話したくて」

 

 スプリングフィールドの意外な言葉にベクターは驚く。ベクターの見る限り、スプリングフィールドは此処の基地ではかなりの古参だと窺わせる。それに加えて、あの指揮官に対して甲斐甲斐しく世話を焼く様子が頻繁に見られる。

 

「ここでの生活は慣れました?」

 

「まあ、なんとか」

 

「私は、ここでの生活はとても気に入ってます。貴女は?」

 

「ええ、悪くないわ」

 

 ベクターはそう答える。事実、嘘偽りではない。むしろ、今の環境の方が前任者の基地よりも遥かに良いと客観視しても言える。しっかりとした情報収拾力、脆弱性のない兵站、万全のバックアップ体制。基地周辺との住民も友好的な関係を結んでおり、治安維持も悪くはない。

 

「そうですか。でしたら、私達の指揮官は如何ですか?」

 

「それが本題?」

 

 ベクターもそこまで鈍くはない。スプリングフィールドがこちらに接触してきた理由は直ぐに推察することができた。彼女自身と指揮官とのコミュニケーションがギクシャクとしているのは周知の事実。だからこうやって彼女が派遣されたのだろうと考えていた。

 

「先に申しておきますが、指揮官からのご命令でヒアリングに来たわけではありません。

 私自身が、個人的に貴女とお話したかったのです」

 

「そういう事にしておくわ。あの指揮官、嫌がることを率先してやるような感じじゃないし。

 ……それにしても、私は貴女とは何の接点もないと思うんだけど」

 

 愛想の良くない指揮官を思い浮かべながらベクターはスプリングフィールドを見据える。

 初めに配属された時の案内と指導は同じ短機関銃(SMG)のトンプソンが充てられており、小銃(RF)の彼女とはそこまで面識はないはずである。

 

「まあ、かい摘んで言いますと……私も貴女と同じく指揮官に助けてもらった身なのです」

 

 時たま、トンプソンが漏らしていた指揮官の基地の特徴、戦術人形の救援・コア回収の従事。今ベクターの目の前にいる彼女もまた、指揮官に助けられた身であった。

 スプリングフィールドはさらに缶コーヒーを飲むと、そのまま続ける。

 

「ベクター。貴女もそうでしょう?

 敵司令部を進軍する本隊を支援する為に戦線の維持が任務として言い渡され、鉄血人形の戦力に徐々に押されつつジリ貧になる中で、撤退も許されず、増援の具申も拒否され……

 早い話が捨て石部隊として蹂躙される定めだった」

 

「ええ、そうよ。私達は消耗品だもの。仕方のないこと」

 

 ベクターは目の前のスプリングフィールドもかつては自分と同じ存在(消耗品)だったのだろうと察した。

 練度の高い本隊を活かすためだけの捨て石()。完全に破壊されても、バックアップデータまた蘇る事のできる便利な道具。故に碌なスキルトレーニングも詰めず、訓練も行えず、戦闘資料(フロッピー)強化物資(増幅カプセル)の支給もままならなかった。

 

「そう、私達は人形。指揮官には逆らえません。それでもこれでは……死人も同じじゃないですか」

 

「それで御恩返しも兼ねて甲斐甲斐しくお世話を焼いてのね。ああ、ここの指揮官はそういう手口で人形を手篭めにするわけね」

 

 スプリングフィールドの言葉に狼狽えたベクターはいつも通りの皮肉を口走ったその時、缶の落ちる音が聞こえ……

 

 

 

 ――ベクターはスプリングフィールドに胸ぐらを掴まれていた。

 

 

 

「訂正をお願いします。私は何を言われようとも構いません。指揮官はあのろくでなし(前任者)から私を拾い上げてくれたのですから。私がそういう風な御恩返ししかできないのも事実です。

 ですが指揮官に対してのその言葉は、看過できません」

 

 そう言うとスプリングフィールドはベクターの胸ぐらを離し、落とした缶を拾い上げると、ゴミ箱のそばに寄り、缶を捨てた。

 

「やっぱり……貴女も私と同じ」

 

「ええ、かつての私は商品で消耗品で、玩具で、ただの道具でした。

 たまたま前任者が完全に破壊される前に私を損失扱いでMIA(戦闘中行方不明)にしてくれたおかげで、返還を要求する前任者の要請を、指揮官が跳ね除けて私を受け入れてくれたのです」

 

 スプリングフィールドの独白はベクターに対して衝撃を伴う物であった。何故なら、スプリングフィールドが言った意味はベクターの境遇のそれよりも過酷で、残酷であったことを意味していたからである。

 

「私はただの商品。ただの消耗品。かつてはそうだった。それでもう割り切ったはずだった。

 だからこれからも私は商品で、ただの消耗品で、それで構わなかったはずなのに……良かったのに、良かったはずなのに」

 

 自然と拳に力を入れながらベクターは続ける。それをスプリングフィールドは目をそらすことなくじいと見つめた。

 

「私は怖いよ。あの指揮官の考えはわからない。指揮官が与える善意が恐ろしく感じるよ。

 まるで私達を商品(モノ)じゃなくてれっきとした同胞(個人)として見てくれるのが」

 

「……よく言えましたね」

 

 スプリングフィールドはベクターの両手をとり挟み込むように握りしめた。

 

「実のところ、私も指揮官の考えや、その真意は未だに分かりません。ですが貴女のその意見には私も共感する所があります。

 それどころか、私達(人形達)はあの人のことは何も知らないのです。何処からやってきて、過去何をしていたのか」

 

「グリフィンの社員データは?」

 

 スプリングフィールドの言葉を聞いて、ベクターはグリフィンの個人データから指揮官の素性はわからないのかと疑問に思った。配属される人形ならば、閲覧できるはずだと。

 

「気になるなら見て見ると良いでしょう。ほとんど何も書かれていませんから。

 明記されているのは市民番号と社員番号、それと生体情報ぐらいですから」

 

 スプリングフィールドはそれに加えて、同僚や上司達から他の指揮官との区別のためにまた正規軍との混合を防ぐために敢えて海軍での呼称である『下士官』(ペティ・オフィサー)と言われていることを加えた。

 

「そんな、まさか……指揮官に関する個人データは存在しないの!?」

 

「ふふ、不思議な人ですよね? だから、お傍について確かめたいのです。

 

 指揮官とは何者か?(・・・・・・・・)

 

 こんなにも私達のメンタルをかき乱しているんですから。貴女も気になるでしょ?」

 

 小首を傾げながらスプリングフィールドはベクターに問うた。その笑顔と、声の抑揚は同じ人形であるベクターにとっても、魅力的だと感じた。

 

「でも、私は指揮官にいっぱいひどい言葉を言ってしまったし、もしかしたら嫌われているかもしれないよ?」

 

「それはないですよ、ベクターさん。

 あの人、私に『ベクターに嫌われているかもしれない。自分に愛想が無いからだろうか』って漏らしていましたから」

 

 無愛想なあの指揮官が肩を落として気落ちする様子を思い浮かべ、思わず吹き出すベクターに対して、スプリングフィールドは唇に人差し指を当てて「あ、内緒ですよ」と釘を刺す。

 

「なんだ、何も心配はなかったのね」

 

「ええ、だから。明日から指揮官と交流すれば良いのです。

 ちょうど、私にいい案があります。ベクターさん、ここは一つ乗っていただけますか?」

 

 

 

   ■   ■   ■

 

 

 

 

 書類仕事が重なり、渋々とソファで一夜を過ごした指揮官は定刻通りに目を覚ました。かすかに漏れ出すような笑い声が聞こえる。

 

「間抜けな寝顔を見るとついおかしくって

 こういうことしてもらうの、好きでしょ?」

 

 目覚めた指揮官を覗き込んでいたのはベクターであった。

 彼女は指揮官に膝枕をしていた。

 

「ああ、よく眠れるから有り難く思っている」

 

 指揮官が起き上がると、デスクはきちんと片付けられており、朝食が見える。

 

「スプリングフィールドから聞いたよ、他の娘にもやってもらってたりするんでしょ?

 いいよ、私もこれからはやってあげる。いままでイジワルしちゃったし、そのお詫び」

 

 指揮官はデスクに座り、ベクターが用意してくれた朝食をとる。

 目玉焼きトーストにソーセージやベーコンを添えて、隣にはコーヒーが淹れられていた。

 

「スプリングフィールドに教えてもらったんだ。不器用でごめんね」

 

 確かに、パンは火加減を間違えたのかカリカリになりすぎて端々が所々焦げている。ソーセージやベーコンも入れる油の量が多かったのか皮や端が揚げられたようにすこし焦げ目がついているのが、指揮官にはわかった。

 しかし、指揮官は迷いなくフォークでソーセージとベーコンを突き刺し、口にいれる。そして、そのまま目玉焼きトーストに齧りついた。

 

 ――いつも用意してくれるスプリングフィールドの朝食よりも、ソーセージとベーコンは油っこく、パンは焦げからか苦味がする。だが……

 

「悪くない。十二分に美味い」

 

 気恥ずかしさから、顔を赤面させるベクターを他所に、指揮官はあっという間に朝食を完食させ、コーヒーをずいと飲む。

 スプリングフィールドのものと違い、強火でローストしたであろうコーヒーは正しくベクターが淹れたものだと実感できる。

 

「美味しかった。また頼む」

 

 すっかり空になった皿に、マグカップと食器を載せてベクターに帰す。

 

「あ、洗ってくるね……」

 

 指揮官の満足げな表情と嘘偽りのない好意的な言葉をまともに受けたベクターは、耳たぶまで赤くしながら食器を持って部屋を出たのであった……

 




ベクターピンで書き切れるやつはすげぇよほんと……
感想のおかげで夜通し書けました、やったぜ。この調子でもっとおだてて(わがまま)

きゅうたざべりーえっちがい氏大好き。いつもお世話になっております
多分解釈違いになるけどごめんね
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