前線小話   作:文系グダグダ

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「いかないでよぉおおおお!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白いジップパーカーを脱ぎ捨てて、目の隈に加えて涙を貯めたAA12が泣きべそをかきながら指揮官の腰回りにしがみついている。

 

 暇を持て余したMDRが司令室に冷やかしに来た時に見た光景であった。

 

(うわ、これは祭りの予感!)

 

「なんで!あたしが!副官のときに!呼び出されるのさ!」

 

「雇用契約上、グリフィン本部からの呼び出しは原則として拒否できない」

 

「い゛っ゛し゛ょ゛に゛い゛く゛う゛う゛う゛!」

 

「守秘義務契約上、人形の同伴は認められない案件だ」

 

「や゛た゛あ゛あ゛あ゛!」

 

「すまないとは思っている……」

 

(指揮官は災難だねぇ……)

 

 グリフィンの制服の一部であるコートを涙で濡らしながら、決して離すまいとAA12は指揮官にしがみつく。どうも戦闘プログラムを発動しているようで、その力は強力で指揮官がやんわりとAA12の腕を外そうとするもののガッチリと固定されている。

 

「埋め合わせとは言っては何だが、PXの購入券で許してもらえないだろうか?」

 

 そう言うと、懐からチケットを取り出してAA12に差し出す。

 AA12は現物を見るまでもなく、差し出した手を払い除けた。

 

「やだ! 指揮官の隣が良い!」

 

 ただでさえ人形と人では膂力が違う中で、ショットガンの名前を冠する人形は反動の制御の都合上とりわけ強力だ。

 特にフルオート射撃が可能なショットガンという分類でAA12はショットガン人形の中でも上位に食いこむ出力を誇る。

 そんな人形が泣きべそをかきながらも明確な自分の意志を持って、決して離すまいと本気でしがみいて指揮官の体を締め上げている事実はMDRの目にも尋常ではないと感じることが容易にできる。

 

「せっかく私が今日の副官勝ち取ったのになんで指揮官と一緒に居れないの!?

 他の人形はみんな一緒に居られるのに!」

 

「……皆に事情を伝えて当分はAA12が副官担当にするのはどうだろうか?」

 

 コートに顔を埋めていたAA12ははっとして指揮官を見上げた。

 

「ほんと? いいの?

 嘘じゃないよね? 嘘はだめだからな!」

 

(うわぁ、AA12の奴泣き落としてるよ……)

 

「ああ、善処しよう」

 

「わかった。まってる

 ……はやく帰ってこいよな」

 

 そう言うとAA12は名残惜しそうに指揮官を開放する。

 

「できるだけ早く戻る」

 

 そう言うと、指揮官は司令室を出ていき、飛行場へと去っていった。

 

「はぁ、あんたも災難だねぇ?」

 

 不機嫌な表情を浮かべながら、棒付きキャンディを取り出して口に加えたAA12に対して、今まで静観を決め込んでいたMDRが近づいてきた。

 

「うう、指揮官を信じる。でもMDRはなんの用事でここに来たのさ?」

 

「冷やかしよ冷やかし。でも当の指揮官がいないとなると何もできないねぇ……」

 

 そう言うとMDRはニコりと笑みを浮かべる。良いことを思いついたようだ。

 ケータイを取り出し、指揮官のデスクを激写する。

 

「何してるのさ?」

 

「何って写真よ写真。掲示板にアップロードするの。

 なぁにが『あの指揮官のデスクはいつも書類にまみれで無能』だ?

 あの野郎うちの指揮官をバカにしやがった。証拠を出してやらぁ……」

 

「やめなよ、コンプライアンスの遵守は徹底するように指揮官から通達があったでしょ」

 

 ギラついた目つきでケータイを操作するMDRをAA12は静止させる。

 

「しかしなんで指揮官はこんなに本部に呼ばれる頻度が多いんだ?」

 

「気にならない? 気になるよね?」

 

 MDRは折りたたみ式ケータイを開閉させつつAA12に詰め寄る。

 AA12はやぶ蛇を踏んだことを理解してしまったという表情を浮かべた。

 

「あんたも知りたいでしょ? 指揮官の秘密?

 コールドスリープから奇跡の生還を果たして、16labからの推薦!

 しかも出生不明、経歴不明、名前すらもわからない!?」

 

「そんなのMDRや私達戦術人形がわかるのか?」

 

 懐疑的な態度を取るAA12に対してMDRは人差し指を左右に振った

 

「チッチッチッ、あまいあまい。何時の世の中も人や人形の口に戸は立てられないのでーす。

 社内報や掲示板、ニュースの情報を読み解けば自ずと見えてくる……はず!」

 

 MDRは折りたたみ式の端末を開きながら。記事を読み上げる

 

「ほら、この『マフィアの靴が原因で有力者の娘が階段から落下!』なんて」

 

 気分良く記事を読み上げるMDRに対してAA12は怪訝な表情を浮かべた。

 

「何だっけ? マフィアのボスの息子と仲良く散歩してる時にヒールのかかとが折れて階段から落ちたんだっけ?」

 

「他には『大企業幹部○○氏が主催するコンサートでトラブル!ストラディバリウスの弦が切れる!』」

 

「あー、それでその企業の管理体制にケチが付いたんだっけ」

 

「後は……『○○社大損害。鉄道輸送中に雪崩に飲まれ列車大破!積荷には軍の横流し品が!』」

 

「これもライバル企業の評判と実績が大きく下がってウチが得したんだよね。損失も減ったし」

 

「そう。これらは全部、指揮官が大きく関与してると踏んでるわ」

 

 AA12は無言でMDRのケータイをふんだくると、MDRがブックマークしている記事を読みすすめる。

 

「『発射された地対空ミサイルを迎撃した』、『競馬のレースにおいてドーピング剤を使用したライバルに対抗して中和剤を撃ち込んだ』、『ラリーカーレースでの突然のバーストに関与していた』

 ……あのさぁ、MDR? 流石に現実味がなさすぎるって。だいたい、それで指揮官になにかあればこの基地もただじゃすまないんだよ?」

 

 さらに日付を見てみると指揮官がグリフィン本部や16lab等に『出張』と称して離れていた時期と、これらの事件の日時はほとんど近い時期に起こった事がわかる。

 

「バカらしい。よしんば実在したとしても、ライフル系の人形や軍用装備にでも任せたほうが確実だよ」

 

「だからこそよAA12。人間業じゃ難しいだろうと思うから、指揮官がやる価値があるんだよ」

 

 MDRはサイトを開いてある掲示板のアドレスへと飛んだ。

 

「ほらここ、『グリフィン指揮官・上司スレ』

 人形や事務方の人間が、上司である指揮官について話しているスレ」

 

「うげ、そんなところの情報、信じられるのかよ?」

 

 MDRの悪趣味さにAA12は嫌な顔をする。それを見たMDRは目を見開き反論する。

 

「お前さんねぇ!? 指揮官が地雷だと私達はひもじい思いや碌な装備も持たされずに自殺同然の命令で突っ込まされるのよ!? 人間だって積立金を崩さないまま、死亡手当を受け取りたくもないだろうし」

 

「わかった、わかったってば! そりゃあ私も待遇の良い指揮官の下で働きたいよ。

 それで、何が書き込まれていたのさ?」

 

 詰め寄り捲し立てるMDRにAA12は思わず半歩下がりなだめる。

 

「いたんだって。戦闘要員のスタッフや人形に混じって技能検定に参加してる指揮官がいるらしいって

 時期的にグリフィンに正式に入社して配属される前だった。多分、グリフィンが指揮官の能力を見たかったのかも? 有能じゃないと拾いたくないだろうし、指揮官もグリフィンに拾って欲しかったからやったんだろうし」

 

「訓練やテストで能力を見るのは当たり前だろ」

 

「参加してる数がヤバいらしい……『選抜射手』や『近接戦闘』とか、他には『山岳戦闘』、『戦闘工兵』、『空挺降下』、『後方撹乱』、『フロッグマン』

 わかるだけでこれぐらい。座学も上級試験を受けてるって……」

 

 AA12は思わず、加えた飴を落とす。

 流石に人形だけあって慌て空中で飴についた棒を掴み拾い上げると、胸を撫で下ろして再び咥えた。

 

「それ、マジ? というか全部合格して資格あるならホントに人間? そもそも指揮官の見た目の歳的に第三次世界大戦の前、下手すりゃ崩壊液が飛散する前の平和な時代の人間だよね?」

 

「逆よ、逆。平和だからこそ、表立って動けないし、予算もない。だから何でもできる人材を求めてたのよ。

 だからたまたま私は配属先を選べたから真っ先にここの指揮官にしたの? すごいよここ、私以外こんなアングラな掲示板は見ても書き込みは殆どなかった。情報漏洩のリスク管理をしっかり徹底してるし、人形のスペックを限界まで鍛え上げて、十二分な物資と装備も与えてもらえる。

何なら稟議書まで作成して必要なものを調達してくれるために労力を割いてくれるのよ?」

 

 MDRをケータイをAA12に突きつけて断言し、そのまま続ける。

 

「だからそんな指揮官の事は知りたいと思わない?

 さっき言った事件達が総じて最終的に大なり小なりグリフィンに利益をもたらした事も怪しいと思わない?

 これはきっとグリフィンから何らかの報酬と条件で指揮官に裏工作をお願いした……って、メールがきた。ん、指揮官?」

 

 嬉々として自説を説いているMDRにAA12はげんなりとした表情を浮かべる。

 そこに、MDRのケータイにメール通知がきた。画面を開き内容を見たMDRは額に汗を書いている。

 

「なにさMDR? そんな青い顔して」

 

 MDRは苦笑いを浮かべながら答える。

 

「指揮官からだった。『デマの流布には気をつけるように』

 まるで、釘を刺されたような気分だよ……」

 

 

 

 

 

 

    ■    ■    ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ! 浮気者! うわきものぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう叫ぶと本部から帰ってきたばかりの指揮官の腕を掴んで、強く抱きしめた。

 まるで、『これは渡さないぞ!』と言う風にやきもちを焼いている。

 

「う゛ー」

 

 AA12は唸りながら、指揮官の後ろに侍っているAR15を威嚇していた。

 

「なんで! お前が! 一緒にいるんだ!」

 

「なんですって?!」

 

 あからさまに不機嫌になりつつあるAR15を制するために手をかざすと、指揮官が答える。

 AR小隊は指揮官の基地を拠点の一つとしているが、立場としては指揮官と対等である。よってAR15の機嫌を損ねれば、AA12のようなただの雇用された民生品人形一つ、いかようにもなってしまう。

 よって指揮官はAA12のフォローに回る必要があった。

 

「出張の後、ついでの用事で16Labに呼び出されてAR小隊をここまで運んだ。それだけだ」

 

「ホント?」「ああ」

 

 AA12と指揮官はしばらくお互いに視線を合わせている。

 

「……わかった。AR15、済まない」

 

 AA12は納得し、指揮官で身を隠しながらも、頭を出してAA12はAR15に謝罪を入れる。

 

「……本部に呼び出される形で、私もAA12の要望に応えられなかった。故に迷惑を掛けてしまい、済まない」

 

「指揮官にも謝罪されましたら、私も立つ瀬がありません。今回のことは不問しておきます」

 

「感謝する」

 

 不機嫌な表情を浮かべていたAR15ではあるが、AA12本人からの謝罪もあってしかたないと割り切って矛を収める。

 

「確かに、私達は対等の命令系統なので、いつでも貴方に会えますが、部下の人形は持ち回りやローテーションですもの。みんながみんな指揮官に構って欲しいとは思いますよ」

 

「理解に感謝する」

 

「指揮官は今日は私が副官でいいよな?な?」

 

 目を輝かせてAA12は見上げる。

 

「ああ、他の人形達とは事情を話してずらしてもらった。頼んだぞ」

 

「指揮官の副官は私だけで十分だかんな!任せてよ!」

 

 AA12上機嫌に指揮官にハグし、指揮官もそれに応じる。

 ふと、AR15は指揮官の肩越しにAA12を見た。彼女は気持ちよさそうに指揮官の肩に顎を乗せ、背中を撫でて貰っているようだ。

 

 AA12はふとAR15を見つめ、口を動かした。AR15は即座にその意味が読めた。

 

 

 

 

 

『 わ た さ な い 』

 

 

 

 

 

 AR15は戦略的撤退の判断を下し、M4達がいる宿舎に向かうために司令室を後にするのであった……

 

 

 

 




そういえばフォント芸はまだやったことないので初投稿です
食わず嫌いは良くないしね、仕方ないね

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