「えへへ……ダーリン♡」
もうすっかりイエネコとなったMk23、ソーコムピストルとも呼ばれている戦術人形は指揮官の膝の上で腹部に顔をすり付けて甘えている。
尻尾部分はすっかり機嫌良く左右に振られており、司令室のソファーは今や二人だけの空間になっていた。
「Mk23、そろそろ執務に戻らないか?」
彼女が配属されて1週間の月日が流れてはいるが、彼女の態度は依然として変わることはなかった。
「いーや♡ まだ休憩時間は終わりじゃないわよね?」
初対面の時に赤面しながらも、握手に応じた彼女はこれ以降、指揮官に好意を持っていることを公言し、許される時間内であるならば人目も関係なく好意を指揮官に遠慮なくぶつけていた。
「そ!れ!に! 私の事はソーコムって呼んでって言ったじゃない! それだと誰かと被った時に困るわ!」
指揮官を顔を合わせると、体を跳ね上げて片腕を指揮官の首と肩に回して詰め寄る。
指揮官は彼女を信用してるかは知る由もないが、少なくとも振り払わずされるがままになっているのが、Mk23にとっては嬉しくてたまらなかった。
(もう! この体勢ならいつだって貴方の首をへし折れるのになんでここまで無抵抗なの! 受け入れてくれて好き!好き!大好き!)
「その時が来れば呼称に関して審議しよう」
指揮官もここまで素直な好意をぶつけられると余り無碍にはできず、かといって執務の邪魔をしている訳でもなく、大きなトラブルも起こっていないので何もする必要はないと判断した。
経歴を見たときの記憶だと、この眼の前にいるMk23はこんな性格ではなかったと記憶している。
記録ではいつの日からかめきめきと他の同一製品と比べて明らかに異常な程の戦闘能力を有するようになり、それと同時期に自身の自尊心も芽生えた。
その影響は人形性愛者の前々任者にセクシャルハラスメントを受けて反撃に文字通り男として死を迎えさせたり、指揮官の元に再配置される前の前任者のMk23に対する待遇と指揮能力の無さに腹を立てており、進言を無視して大損害を被り、自身も這々の体で帰還してその前任者の鼻を折った事がこちらに回されたきっかけらしい。
ある意味で悪名高い戦術人形とは思えない態度に指揮官は困惑するしかなかった。
「あのね、ダーリン。私も最初はこんな軽い女じゃないのよ?」
そんな指揮官の様子を見て気持ちを汲み取ったのかMk23はソファから降りて、おどけながらも疑問に答えてくれた。
「でも指揮官を初めて見た時ね、なんだかおかしな気持ちになったの」
Mk23は指揮官の目の前に立ち、腰を曲げて座っている指揮官と見つめ合う。指揮官の瞳には彼女自身が鏡のように映し出される程にその距離は近い。そしてダーリン呼びだった口調も真面目なものに変わった。
「指揮官の目を見たらね、胸が締め付けられて、苦しくなって……」
自身の内心を指揮官に打ち明けるのは恥ずかしいのか徐々に語気が弱くなっていくMk23。顔も段々と頬が紅潮していくのが指揮官には見て取るようにわかる。
「でもねでもね、指揮官から目を離せないの。 ずっと視界に入れて苦しいけど、なんだか嬉しくなるの」
たどたどしくもぼそりぼそりとここまで言ったMk23ではあったが、目尻からふと一筋の涙がこぼれた。
「MK23?」
指揮官が様子を尋ねるとMk23は堰を切ったように涙を流し始めた。
「え? ちょ、うそ?! まって! まって! ちがうの! そうじゃないの!?」
それは本人の意図とは関係のないようで、驚きと困惑の入り混じった表情を浮かべながらしきりに両手で目元を拭いながら泣きじゃくる。
「なんで? 寂しくないのに、どうして? この感じ、これじゃあまるで……」
流石に彼女自身が醜態と思っている様子を見続けるのは忍びないと思った指揮官は席を立とうとした。Mk23が恥ずかしがっている以上、まじまじと見るには酷だと感じたからだ。
「ダメっ! わたしのことみて!」
感極まったMk23は両手で指揮官の顔を固定する。
指揮官もはじめは嫌がる素振りを見せたものの、彼女自身の意思を主張されては応えてやらないわけにもいかず、そのまま彼女を見つめた。
「うう、やっぱり……」
Mk23はその潤んだ瞳で指揮官を再び見つめると、何かを確信した。彼女は号泣し声を上げながら指揮官に抱きついた。
「しきかん!し゛き゛か゛ん゛!
あいたかった!あいたかったよう!!」
わんわん泣きながらMk23は指揮官の方に顔をうずめた。指揮官も何が何だか分からなかったが、それを受け入れ、彼女を抱き留めた。とにかく落ち着けるようにと背中を擦り頭を撫で、顔をMk23の頭に押し付けてそばに指揮官自身がいることを強調させた。
「……落ち着いたか?」
しばらくの後、段々とすすり泣くように落ち着いていき、やがてとまった。
「うん。ごめんね、ダーリン」
肩や首に埋めていたMk23は再び指揮官と面と向かった。
目元は紅く、涙の後もあったが、その表情は晴れやかなものだ。口調もダーリン呼びに戻っている。
「構わない」
「だったらー、ついでに頭を撫でてもらおうか「指揮官」」
Mk23が言い切る前に遮った彼女の声はそのどす黒い感情を隠すこともなく指揮官に突き刺すように容赦のないものであった。
ドアを開けて入室した416は臆することもなく指揮官に詰め寄る。その手には書類が見受けられたので、恐らく何らかの申請か相談に訪れたものかと思われた。
「416か」
「どういうことか説明して、いただけますよね?
できれば、私が冷静で居られるうちにお願いします」
――能面を貼り付けた表情とは今の416の事を指すのかもしれない。
瞳を細めながら言葉を発した後、薄っすらと笑みを浮かべるように口角を上げて、小首をかしげた。
「もう! ダーリンとのイチャイチャ位いいじゃない!
それとも羨ましい? まったくじっとしてるくらいなら素直になれば良いのに」
不機嫌に唇を尖らしながらMk23はまっすぐ目を逸らさずに416を見据えた。底冷えするような空気を発する416に対してMk23は全く恐れは無いという様子であった。
「その様子だと、一部始終を見ていたようだな」
暴発しかねない416を抑えるために、不満を言い足りない様子のMk23の頭に右手を載せて指揮官は応える。
「ええ、おおよその経緯は把握しております。あまり首を突っ込むのもよろしくないと思いましたので。
……雌猫風情が、いやらしく尻尾を振って指揮官の執務の邪魔をするとは、いい度胸してるわね?」
泣いたカラスがなんとやらなのか、にヘラ~と笑みを浮かべ上機嫌なMk23に対して、口角を引くつかせながら416は答える。
――まだ理性が効いているらしい。しかし、あまり猶予はなさそうだ。
「執務の邪魔ぁ? 私もやって!の間違いじゃイタイイタイイタイ!
わかりましたぁ! 煽るのやめますだーりぃん!」
指揮官はわかってて尚も煽ろうとするMk23を先程まで手のひらで撫でて宥めていたのだが、態度を変えない様子に路線変更、握り拳でグリグリと頭に当てて制裁を行った。
「これは、あくまでも憶測だが……借りるぞ」
指揮官はそう前置きすると、Mk23の懐から自身の名前を冠する拳銃を取り出した。
「やん! ダーリンったら大胆!」
苛つきを隠せなくなってきた416を他所に指揮官は続ける。
「
同じ戦術人形でも、1人1人に個性が生まれる原因がこのシステムだ」
「ええ、まるで【人形の為の銃ではなく、銃の為に人形が作られる】なんて言う技術者もいるわね」
416は当然と言わんばかりに答える。それはI.O.P.社の開発した先進技術なのだ、知らないわけはない。
コア技術と並んで第二世代型戦術人形を形作る根幹なのだから。
「私も専門家では無いが、
銃の性能や歴史的資料に基づいて性格や造形が……人間で言う個性が生まれるという。
指揮官はMk23に対して質問を投げかけた。
「もう! 人前でこんなこと深堀りして言いたくなのにこういうときだけその呼び方なんてずるいわね!
ええ、そうよ。指揮官とは初めて会ったのに、まるで昔から知っていて、久しぶりに旧知の仲の人に出会えたみたいな感覚だったの!」
照れながらMk23はそう答える。彼女のその言葉を聞いて416は理解できない程、鈍い人形ではなかった。
「スティグマ、歴史的資料、旧知……まさか!」
「ああ。彼女は、このGr Mk23は……私が以前、コールドスリープ前に使っていた拳銃だ」
指揮官がそう言うと、416とMk23は驚愕する。そして416が開けたドアの隙間から桃色の髪と駆け足の足音が聞こえたのであった……
■ ■ ■
「で、これが結果ね」
ペルシカリアは分析班から送られてきた紙に目を通した。
指揮官に最近配属されたMk23の所有する銃器の組成解析の結果であった。
Mk23と416と指揮官の話を偶然聞いてしまったAR-15は、自身の尊敬する人間でもある指揮官の素性を断片でも知ることができるチャンスを逃したくはなかった。
スティグマの仕様上、そのおかしな戦術人形の持つ銃器の製造番号や履歴を追うことができれば、そこから手がかりを得られるかもしれないという希望的観測から、生みの親でもあるペルシカリアにこの話を持ちかけた。
「どうですか? 製造番号や履歴が無いと聞きましたが、まさか材質自体を調べるなんて想像もしてませんでしたが」
AR小隊もペルシカリア本人としても指揮官とは懇意にしているが、素性や過去の話に関しては【守秘義務】の一点張りで頑なに口を閉ざしており、あらゆる手段を用いて推測するしかなかった。
「銃器のメインフレームにはシリアルナンバーが無いのは想定済みさ。
まあ、そこは特に気にもとめなかったけど、他の同一製品とは明らかに人格データや能力が異なるから興味本位で調べたけど……」
指揮官に配属されたソーコムは明らかに金属の組成が根本から異なっていた。
明らかに一般的な同製品の量産規格を逸脱するほどの強度と比重に優れた合金がふんだんに含まれていることを意味している、量産規格に持つべきであろう費用対効果には優れているとはとても言えなかった。
「これ、明らかに特定の使用下に用いるための特注品だね。
普通の45口径の弾薬を撃ち出すためのシロモノじゃない……
これにふさわしい弾薬なんて、対人はもとより、軽装甲の対物クラスに対抗する為の威力よ」
AR-15はその言葉の意味を理解できないほど、鈍くはなかった。
「それってつまり、あの人の専用……っ!」
「少なくともそうではないかと推測できる。AR-15、貴女の直感は当たっていたわ。これを直接調べて良かった。
指揮官は【以前使い込んでいたから今のMk23がいるかもしれない】という趣旨の発言をした。
確かに嘘は言っていない。ただ真実をすべて話していなかった。この銃は明らかに同製品と性能が違う」
ペルシカリアはあの風変わりなMk23の原因は以前、指揮官が長い間愛用していたという歴史的資料に基づいて烙印システムがセットアップを行ったと推測していたが、だがそれですら一因であっただけであった。
同じ場にいたAR-15は無意識的に拳を強く握った。メンタルモデルが得体のしれない感情ステータスやパルスででかき回される。
少なくとも、それは喜びや嬉しさなどの前向きな感情ではなかった。
(指揮官の隣にいるべきは最優の戦術人形。そう、私達AR小隊のはず。
あの人と肩を並べ、背中を預けて戦った経験や今までの付き合いから作り出させる信頼の絆は……もう友や恋人、家族を超えた関係のはずだ!そうやすやすとは超えられない!
でも、もし指揮官の経験の一片を持った戦術人形が存在したのなら、それはもう指揮官の半身にも近いってことじゃない!)
きりきりと拳を握り震えるAR-15に対して、ペルシカリアはこんな非現実な物を使用していた事実に関して考察していた。
企業の技術力を誇示するための品物かとも彼女は思案するものの、脳裏には指揮官の影がちらついた。
勿論、あの指揮官が見世物としての使用していたなんて考えられなかった。スティグマに強く影響を及ぼす程……人格データや能力を大きく変える様な壮絶な使い込みをしていたと考えるほうが自然であった。
「指揮官……あなたはこんなバケモノを使って、何をしてたの……」
指揮官が熟達した戦闘能力を有しているのは知っている。しかし当時不治の病に侵されていた指揮官をコールドスリープで未来に託す程の物かと問われれば反応に困る。この銃はそんな指揮官の隠された素性を知る一端らしい。
「今はそれは問題ではないわ。スティグマとかつての使用者との関係性において、こんなにもメンタルモデルが変化することは十分考察するに値する。可能性は低いだろうけどもし、同じようなケースがあり得るのなら……興味深いわね」
今回の場合は特注品だからこそいままで現存してたが、もし彼が以前に激しい戦闘において使っていた銃器が戦術人形の手に渡れば……と考えるだけでペルシカリアは指揮官の異常性を認識しつつあった。
ソーコムチャンいいよね……密かな推し
結構気位高そうな娘だけどいいこよね(ろくろ回し)