前線小話   作:文系グダグダ

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『さて、そろそろ定刻となりますが。』

 

 投影装置からホログラムとしてハイエンドモデル筆頭に相応しい最上級指揮人形の代理人(エージェント)が姿を現した。

 

 この攻勢の最終調整の為に呼び出された他のハイエンドモデル達は口を閉じ、代理人を見据える。彼女達にとって上位モデルとは絶対的な存在であり、あらゆる粗相は命取りになり得た。

 

 この中枢司令部はもとを辿れば鉄血工造のサーバーセンターだった。

 今回の攻勢はこの施設が存在することによるリスクを鑑みて、データの移設や消去を目的としての時間稼ぎという側面も持っていた。

 そのためだけに呼び寄せたハイエンドモデル達である。

 

 この場にいるのはエクスキューショナー、ハンター、イントゥルーダー、デストロイヤー、アルケミストの5体である。

 この攻勢の企画者は鉄血工造の重要機密を取り扱う以上、代理人がその全権限を有していた。その上で万全を期す為に戦闘方針としては戦闘エリアを細かく分けてそれぞれにハイエンドモデルを配置、現場の状況変化の対応と敵の強力な戦術人形小隊を撃破せしめんとしていた。

 

 そして入口からハイエンドモデルらしき人影が見える。体格的にはスケアクロウだと思われるが、逆光で影しか見えない。

 

「おい、遅ぇぞ! カカ……シ?」

 

 声もなくそのまま入りもしない様子に苛つき野次を飛ばしたエクスキューショナーが言葉に詰まる程までに、ハイエンドモデル達はすぐに様子がおかしいことに気づいた。

 入口に立ちつくすスケアクロウはそのまま横に引っ張られたように倒れ、背後からスケアクロウを殺した犯人が姿を表した。

 

 そう、スケアクロウはすでに事切れており、乱入者が背中を持ってむりやり歩かせているフリをさせていただけに過ぎなかった。

 

「お前たちを生きてここから出すわけにはいかない」

 

「そんな、数は少ないが歩哨や基地のセンサーには何一つ引っかかって!」

 

 彼女達の集音装置から聞こえた乱入者の声はとてもではないが冗談とは思えなかった。

 対物ライフルの弾丸が突然の出来事で処理が追いつかないデストロイヤーと今まで視覚的にも電子的にも姿を見せないことに憤慨するイントゥルーダーを貫く。

 

「てめぇ!」

 

 エクスキューショナーはその大きな右手でブレードを振るい指揮官に真正面から縦に振りかぶる。

 

「邪魔だバカ! アルケミスト! 撃ったらタダじゃ済ませねぇぞ!」

 

 指揮官は対物ライフルの銃身をつかってブレードの太刀筋を逸らすと、それを手放して一気にエクスキューショナーの懐に飛び込む。

 意図を察したハンターはエクスキューショナーが邪魔で撃てないことを彼女に知らせるがもう遅い。

 アルケミストもハンターの一言によって、舌打ちして味方ごと巻き込む射撃を取りやめた。

 空いた右手で彼女の左の脇の下、肩の関節部を拘束し上に掲げさせ拳銃を封じ、後退しようとするエクスキューショナーが動けないよう足を絡めて拘束した。

 

「クソが! さわんじゃねぇ!」

 

 残った左腕はMk23を模したバケモノ拳銃を当然握っており、エクスキューショナーごと撃つのを躊躇うハンターを容赦無く撃つと、ブレードを手放し握り潰そうとしたエクスキューショナーの下顎にも拳銃をあてがい、引き金を引く。

 

「人間のゴミごときが!」

 

 アルケミストは射撃武器と一体になった両刃ブレードで指揮官の背後に飛び掛かるが、指揮官はエクスキューショナーの落としたブレードを咄嗟に拾い上げて、上段突きのように腹部に突き刺した。

 如何にハイエンドモデルであっても重力には逆らえず、全体重を載せた一撃は皮肉にも自身の身体を貫く一因になってしまった。

 

「バ、バケモノ……」

 

「言われ慣れてる」

 

 串刺しにされて宙ぶらりんに浮いたままの状態で、指揮官の奪ったブレードの刀身を握りしめながら、恨み言を言うアルケミストに対して彼はそう答えると、困惑の表情を隠せないままに事切れた。指揮官はそのままブレードをおろし、アルケミストを地面においてそのまま引き抜くいたのであった……

 

 ――本来安全な場所で油断していたとはいえ、たった一人の人間にハイエンドモデル達が全員蹂躙された。

 

 スケアクロウの死体が現れてから1分にも満たない時間ではあったが、あまりにも洗練された動作、そして常識にとらわれない臨機応変な対応力。

 並の人間や戦術人形であれば、不意をついたとは言えハイエンドモデル達の連続した行動には対応できないだろうが、この場にいる人間は見事に各個撃破の流れになるように誘導していた。

 ハイエンドモデル達からの報告で見聞きはしていたが、代理人は実際にその存在に相対するのは初めてだ。しかし、なるほどと頷くほどに先程のは見事な動きであった。

 戦場のいかなる所にも出現し、鉄血人形を思いの儘に屠るその存在を通信越しではあるが代理人ははっきりを見た。

 

『貴方がグリフィンの悪魔や亡霊などと呼ばれている存在ですね』

 

 ホログラム上からの代理人の言葉に対して、指揮官はゆっくりと顔を動かし、視線を交わす。

 可視光モードに切り替えたバイザー越しの目は代理人にも見える。

 驚くほどに動揺を感じさせず、表情筋一つ動いていない様が人間というカテゴリーに収めるには無機質感が強すぎることを漂わせた。だが、その眼光は機械のような身体に反してあまりにも人間的な強い意思を感じさせる。

 

『よもやタダの人間がここまでできるとは……その能力には純粋に敬服すら感じさせる程です。

 しかし、解せません。人形ですら恐怖を抱かせる程の力を持っているにも関わらず、組織の下にあまんじているというのは……』

 

 代理人の言葉に耳を傾ける気もなく、指揮官は中枢司令部の通信システムを稼働させる。

 大型の通信設備らしくその出力は強力で、システム権限も中継の通信システムよりも上位命令を出すことができた。

 この様子なら音声データを中継してもらい、グリフィン側にも通信は届くだろうと指揮官は確信を持った。

 

「グリフィン地区中枢基地、聞こえるか? オープンチャンネルでこちら放送中。

 破壊工作は成功、繰り返す。破壊工作は成功。南地区の弾薬集積所の壊滅に成功した。」

 

 なんの躊躇もなく回線をオープンチャンネルにして無差別的に音声データを垂れ流す指揮官にホログラム上の代理人は眉をひそめる。実体が無いために戦闘開始時から終始ホログラムとして展開していたが、ここまで関心が無いとそれはそれで腹立たしさも沸くという物らしい。

 

『すこぶる優秀な【銃猟犬】と言えど、所詮は【組織の犬】ですか……

 どうやら命は惜しくないとお見受けします。

 いいでしょう。お望み通り、物量でもって圧殺いたしましょう』

 

「『敵司令部への突入に成功。控えのハイエンドモデル6体撃破完了した』以上。……犬か、懐かしい蔑称(名前)だな」

 

 代理人の言葉に琴線が触れたのか指揮官は笑みを浮かべる。

 目の前のハイエンドモデルは見た目は成熟した女性ではあるが、人間に対する造詣には浅いようだ。

 

 ――人は群(れ)をなして、軍になる。

 

 いくら強い軍猟犬でも、たとえどんなに恐ろしい狼であったとしても、群れ()から爪弾きにされれば脆いものだ。

 それは指揮官とて例外ではない。たとえ個人でハイエンドモデルを複数撃破を成し遂げたとしてもだ。

 

 指揮官はそれを知っているから組織に、人間社会の一員として生きている。

 

 指揮官が目の前のハイエンドモデルの外見と内面のちぐはぐさと人間と人形を隔たる溝を感じて、好奇心故に思わず口角を上げている様子は代理人には見えないものの、指揮官の雰囲気が少し和らいだ様子に比例して代理人は不機嫌になっていった。

 

『そんなに親しみがあるのでしたら、殺すのは最後にしてあげましょう。

 犬のように無様に這いつくばらせ、首輪をしてその余裕をへし折って差し上げます』

 

 指揮官の予測通りの答えを出す代理人に対して人形への理解と造詣が深まる実感をわかせる指揮官に、ここの通信設備が信号を受信したのかバイザーに位置ポイントが表示される。

 グリフィンからの信号だ。このポイントは最前線近く、今いる中枢司令部から真っ直ぐ行けるポイントであった。

 

 ――どうやら、生きて帰ってこいとのお達しらしい

 

 指揮官は表情を消して拳銃を構え、もう用のなくなった通信設備の心臓部に弾丸を送り込んだ。

 代理人のホログラムは消え去り、司令室は指揮官ただ一人佇んでいた。

 

 

 

   ■   ■   ■

 

 

 

 

「……さて、どうしたものか」

 

 用済みとなったエクスキューショナーのブレードを地面に突き立てながら思案する。

 これで攻勢は頓挫したはずではあるが、今度はハイエンドモデル筆頭の代理人自らが指揮を取り、防衛及び撤退の片手間に今まさに憎き怨敵を打ち破らんと周辺の鉄血人形や鉄血機械がここに殺到するだろう。

 

 携行してる重火器は使い果し、逃げるための(バイク)も燃料ない。Mk23を模したバケモノ拳銃もこの戦場にいるすべての鉄血人形を殺し尽くすには足りない。

 この場に事切れている彼女達(ハイエンドモデル達)の武器も拝借しようにも電子ロックがかけられており鹵獲も不可能。

 

 通信データの流れを元に合間を縫って行こうにも、グリフィンに任務遂行達成の報を伝えた時に鉄血人形と誤認させる偽装パターンを代理人に暴かれてしまっている。

 

「とはいえ、これで輸送機の手配や離着陸できる時間は完全に稼げた。M4A1達や404小隊達に何人生きて帰還できるかわからない絶望的な撤退戦をやらせることはなくなるだろう」

 

 当初はこのままここに立て籠もり、鉄血人形を撃破し続けて撤退や増援までの時間を稼ぐために文字通り命尽きるまで戦うことを指揮官は考えていた

 

 ――しかし生きて帰ってこいと言われてしまっている上にポイントまで指定されては、できるだけのことはしないといけない。

 

 バイザーまで投影される情報に乱れが生じ始めたので、電子的な視界も活かせないと判断してバイザーを外そうとしたその時であった……

 

「……人影?」

 

 バイザーを外す直前に人影が見えたので急ぎ外して肉眼で確認するものの見えない。

 もしやと思い、バイザーを下げると電子的な視界では人影が見えた。

 

「……」

 

 指揮官は思考を逡巡させる。

 あの人影はまるで追いかけてこいと言わんばかりに姿を見せては走り去っていった。

 

「……乗ってみるか」

 

 指揮官はバイザーを下げたまま、黄色い粒子でできた人影を追うことを決めた。

 なんとなくではあったが、今ここで追わないと行けない予感がした。

 

(どの道突破口が見いだせない以上、僅かな可能性を求めるのも悪くはない)

 

 人影を追いかけ、中枢司令部代わりの施設内を走り回る

 廊下を走り、階段を下り、やがて地下階に潜った。

 

「ここは……サーバー室?」

 

 施設内を走り回って思ったことではあるが、鉄血人形に占領されている割には綺麗な形で残っているのが指揮官にとって違和感を感じていた。ところどころ鉄血工造のロゴが見受けられ、特に電力が発電機により復旧しており、それが指揮官にとって違和感を与えていた。

 

「工場も研究設備も見当たらない、鉄血工造の営業所や事業所の一貫と睨んでいたが……

 もしかしてここはデータセンターなのではないか……」

 

 事前に調べていた地形情報ではそんな事は書きこまれていなかったと指揮官は記憶している。

 ここまで疑念や違和感があると、偶然の一言では済まされなかった。

 

「残留データの影ももう見えない。

 なら、ご対面といくか……」

 

 罠の可能性も否定できないが、もしこれが敵の戦略であったのなら、とうの昔に敵が勝利を収めているはずである。

 指揮官は意を決してサーバー室の扉を開けた。

 

 サーバー室の名の通り、一段と冷たい空気感の中、居並ぶ多数のサーバーが、中のモーターを稼働させている音が響くだけの空間であった。目の前には未起動のデスクトップPCが鎮座するのみ。

 

「管理PCか……」

 

 腹をくくった以上、指揮官は躊躇せずPCを起動させる。

 

『さっきから監視カメラでみてたけど、凄いね! キミ! 新世代の戦術人形?』

 

 コマンドプロンプトのようなウインドウが自動で開くとコマンドの代わりに言葉が出てくる。

 これはあのデータでできた人影と会話できると指揮官は直感的にわかった。

 

『私は人間だ』

 

『ほへ? でも私の事みえるじゃない』

 

 キーボードを叩いて返答する指揮官に対して人影は反論する。

 

『戦術人形のデータ救出(サルベージ)と電子戦対応の装備をしている』

 

 そう答えるとしばらくの沈黙がサーバールームを包み込む。

 時折、三点リーダが複数表示されたり、されなかったりする様子を見るに何か考え事か作業をしていると指揮官は感じた。

 

『……ねえ、お願いがあるの』

 

『確約はできないが、話は聞こう』

 

 ようやく返事が来るものの、指揮官の予想と比べてそっけない言葉であった。

 

『私を連れて行って! 私も戦術人形なんだけど死んじゃって……

 死なないといけなかったけど、死にたくなかったからコピーをこっそり作って……

 それで今の今までずっと逃げ続けてたの』

 

『ほう』

 

 きちんと聞いているという意思を示すために相槌をキーボード越しに指揮官は打った。

 

『優しいんだね、キミ。ありがと。

 でもアイツら、ここのデータを消す気でいる。昔はネットワーク上にあったけど今ではローカル。

 ヤツらになりすまして逃げることはできても、ヤツらの人形には入り込めない。ここのサーバーが私の居場所、そして命』

 

 ただの言語ではあったが、このデータ……戦術人形のコアデータは悲壮感を持っていることは指揮官でもわかった。

 

『お願い! 助けて(サルベージして)

 

 私は落ちこぼれだけど電子戦用の特別製だったから、データは並の戦術人形よりいっぱいあるけど……

 

 基幹データ以外全部捨てる! 捨てたくない物、大事な物、いっぱいあるけど……生きたい!

 生きて生きて、生き伸びて……あの子といつか再会するの!』

 

 指揮官は己の直感を信じてこれほど良かったと思ったことはなかった。

 ヘルメットの後頭部から戦闘補助と電子戦システムを一手に引受ける管制プログラムが詰め込まれた記録チップを取り出すと、迷いなくPCの高速通信用のコネクタに突き刺した。

 

『全部持っていくぞ。何一つ残すな。

 この記憶装置はエリート戦術人形数体分のコアデータを収納できる……らしい』

 

『へ? ……ホントだすっごいひっろい!

 わかった! 全部詰め込めるだけ詰め込んでやる!』

 

 デスクトップの画面にデータの移動中とウインドウが表示され、どんどんタスクが消化される。

 

『私の人格データも何もかもそっちに移動させちゃうから、ここでのお話はこれでおしまい!

 タスクが完了したらそのまま引き抜いて元に戻してね』

 

 それを最後にコマンドプロンプトのような画面は閉じられた。

 しばらくした後、タスクが完了したので指揮官は先程の指示通りに記録チップを引き抜くと、元の後頭部のスロットに差し込んだ。

 

「あー、あー。音声データのテステス。聞こえるー?」

 

 聞き覚えのない音声がヘッドセットから流れてくる。

 件の戦術人形の声だと感づいた指揮官はヘルメットとコツンと叩いて返事をした。

 

「キミ……いや指揮官! 信じてくれてありがとう! 電子戦システムのサポートなら私に任せて!

 これでも専門家! 鉄血人形の信号偽装なんてちょちょいのちょいだよ!」

 

 ――指揮官の目論見通り、この戦術人形は今指揮官に必要なものを持っていた。

 

「……それにしても、凄いねこれ! 中身は戦術人形のそれと全然変わらないんだぁ。

 これなら思いのママ。なんでも出来ちゃうよ」

 

「おかしな気を起こすなよ」

 

 チャットの文字から、明るい陽気な性格だと指揮官は予想していたが、この戦術人形は興奮冷め止まぬ様子を差し引いても物凄くテンションが高いことが見受けられた。

 怪しげな事を言う彼女に対して、最低限の釘を刺す指揮官ではあったが、同時に確信を持っていた。

 

 パズルのピースが揃った……と。

 

 

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