シロツメクサを捧げる   作:Kamadouma

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…めぶき……かりん……

 

 

 

「北の方角に巨大な飛翔体を探知。…バーテックスね」

 

「シミュレータのやつとは…違うのか。けど、やることは同じよ」

 

 

 

教導と一時別れて、端末のレーダーが指し示した敵の反応に向かって急行した。瀬戸内の海上があった場所に、私たちが打ち倒すべき存在が見える。

 

 

淡い桃色の、羽衣が宙を漂っている。解釈を変えれば、天女の姿とも見える。薄気味悪いことに変わりはないけど。

 

 

 

「…作戦は?」

 

「必要かしら?」

 

「そうね。足止めして、引っこ抜いて、叩き潰す。それだけよ」

 

「今まで通りでいいわね。お互いに気を遣わない方が、いい結果になる」

 

 

 

教導の提案でさんざん三好さんと組まされたからわかる。私たちの個々の力を発揮できれば、連繋など必要ないことが。

 

 

教導には仲良くしろと言われてるけど、今はそういう場合ではないわ。

 

 

 

「そういうこと。じゃ、一足先に」

 

 

 

三好さんは回り込むような進路でバーテックスにアプローチをかけるようだ。巨大な木々の枝や根を縫うように駆けて、猛スピードで接近していく。

 

 

 

「…さて、どう利用したものかしらね」

 

 

 

連繋は取らないと言ったが、行動を完全に独立させるというわけでもない。

 

 

三好さんが暴れて敵の注意が集中したところを見計らって、私が決定打を叩き込む。この前のシミュレーションとは逆のビジョンが思い浮かんだから、行動に移す。

 

 

三好さんとは逆からアプローチを仕掛けて潜伏。機を見て突入、封印の儀まで持ち込むとしよう。

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

「…あいつと違って、小細工は苦手なのよ。正面から叩き伏せてやる!」

 

 

 

もう既にひとっ跳びで攻撃できる距離まで近付いてる。

 

 

バーテックスもこっちには気付いてないのか、同じスピードのまま直進中。先制攻撃を仕掛けるには絶好のチャンスだ。

 

 

 

「ぅるぁああああっ!」

 

 

 

覚悟を決めて、戟で棒高跳びしてバーテックスの上空へ躍り出る。落下速度と振り降ろす膂力を合力して全身全霊の一撃を打ち込んだ。

 

 

人間の百倍くらいの大きさのバーテックスも、雷撃のようなこの一閃には姿勢を保つことができない。大きく転倒して土煙を上げた。

 

 

 

「追い打ちぃっ!」

 

 

 

真下のバーテックスに槍先を向けて急降下。攻め切るというのも立派な戦術の一つだ。

 

 

土煙の中から何か飛んできたのが見えたけど、それごと打ち砕くまで!

 

 

 

「邪魔だぁああっ!」

 

 

 

____槍先が飛んできた球体を捉えた途端、それは大きく爆ぜた。

 

 

 

「ぬぅぁっ!」

 

 

 

爆風をもろに浴びて、吹き飛ばされる。首にまとわりついた雷獣が具現化してバリアを張ってなかったら木端微塵になる威力だ。

 

 

身体を破壊しようとする衝撃は抑えられても、身体を移動させる衝撃までは防げない。

 

 

後ろにあった大きな木まで飛ばされて、叩き付けられる。

 

 

 

「……なんのぉ!」

 

 

 

受けたダメージは少ないし、距離もまだまだ再接近可能な範囲だ。

 

 

すぐさま復帰して姿勢を戻したバーテックスに駆け寄る。

 

 

 

「ねぇえええいっ!」

 

 

 

あの爆弾を打ち出してるのは下の管かららしい。地上から詰めよって潰してしまえば!

 

 

私の動きに呼応するかのように大量の爆弾を放出して進路を塞いできた。これじゃ迂闊に近付けないじゃない!

 

 

 

「ちっ!味なマネしてぇ!」

 

 

 

すり抜けようと蛇行しても、執拗に爆弾で弾幕を展開してくる。バーテックスとの距離は離れる一方だ。

 

 

排除しようと攻撃するのもNGだし、すり抜ける秘策も思い浮かばない。完全に封殺されてしまった。

 

 

 

「…っ!」

 

 

 

選択は二つに一つ。

 

 

バーテックスと距離を置いて爆弾を樹海の木でやり過ごしてから再度奇襲をかけるか、ダメージ覚悟で爆弾を誘爆させて突っ込むか。

 

 

私が決断を下す前に、遠くから爆ぜる音が聴こえた。

 

 

 

「ん…?楠か…?」

 

 

 

爆弾が器官内で暴発した音らしい。その部分が破裂してずだ袋のようになっていた。

 

 

楠の姿は見えないけど、あいつの仕業に間違いない。レーダーを見れば、確かにバーテックスの進行方向にあいつの反応がある。

 

 

あっちは援護してるつもりはないだろうけど、ありがたくその恩恵を受けさせてもらうわ!

 

 

 

「強行突破!」

 

 

 

畳み掛けるときは日和ってはいけない。

 

 

全身全霊で爆弾をはね除けて、爆発を背中に受けながらも接近する。

 

 

楠もとうとう勝負を決めにきたらしい。枝と枝の間から飛び出してきて、あいつを探知して方向を変えた爆弾を撃ち落としつつ上部からバーテックスに迫る。

 

 

 

「もらったぁっ!」

 

 

 

私へのマークが外れた。これなら一気に押し込んで封印の儀にまで持ち込める!

 

 

戟を振り上げて跳躍して、叩き伏せるように杭を突き立てた。

 

 

 

 

 

 

____でも、手応えがない。

 

 

 

「布…?」

 

「三好さん!その羽衣動く!」

 

 

 

戟が羽衣で受け止められた。刃を避けて柄にガッチリ絡んで離れない。

 

 

バーテックスの頂上を踏みつける楠の声が聴こえた時には、すでにうんともすんとも言わない。

 

 

まずっ!今度はこっちが動きを封じられた!

 

 

 

「これでっ!」

 

 

 

私の方を向いて照準器を覗いた楠。それとわかったとほぼ同時に、アンダーバレルのランチャーから弾が放たれた。

 

 

視認できる程の大きな弾丸は空気の刃をまとって、戟に絡んだ羽衣を食い破った。強烈な力から解放された反動で、私はよろめいてしまう。

 

 

 

「ぼさっとするな!」

 

「なっ…!」

 

 

 

楠から怒号が飛ぶ。私に向けられたのは初めてだ。

 

 

 

 

 

 

カチンときたのと、あいつが私を助けてくれたのを理解する間もなく、敵が次の手を打ってきた。

 

 

____楠をふるい落とすかのように、残った羽衣で打ち付けた。

 

 

 

「あぁっ…!」

 

「楠!しっかりして!」

 

 

 

私は反射的に武器を投げて、落ちてくる楠を抱き止めていた。

 

 

理屈なんてない。それが三好夏凜という人間だから。

 

 

 

 

 

 

しかしなお、バーテックスは攻撃の手を緩めない。羽衣を鞭のように縦横無尽に振るって私と楠を叩きのめそうとする。

 

 

 

「ちっ、何やってんのよ私はぁ!」

 

 

 

後退しながら跳ね回って敵の攻勢をしのぐ。

 

 

楠を抱いたままだと思うように動けない。いつ当たってもおかしくない状況だ。

 

 

楠のやつも打ち所が悪かったらしくて、見たこともない苦悶の表情をしてる。とても一人で動ける状況じゃない。

 

 

 

 

 

 

____こんなやつ放っておいて、さっさと封印の儀をしてしまえ。そんな発想が頭の中を何周もする。

 

 

 

「できるわけ……ないでしょうがぁ!」

 

 

 

確かにこいつはいけ好かなくて、減らず口ばっかで、利己的で、他人のことを思いやれなくて____。

 

 

 

 

 

 

でも、私を助けた。その思惑なんて想像もつかないけど、____私はその人を助けたいんだ!

 

 

 

「…私は三好夏凜っ!勇者よっ!人の世を守る勇者だぁっ!」

 

 

 

打開策なんてないし、それが原因なのか足が震え始めたけど、そう啖呵を切ることで恐怖を振り払う。一度恐れに足を掴まれたらそこで終わりだ。

 

 

 

 

 

 

____でもそれが最後の足掻きだ。根性で優劣がひっくり返る程、現実は甘くない。

 

 

とうとう、私の背中を羽衣が捉えて強打した。

 

 

 

「うあぁっ…!」

 

 

 

楠のやつを抱えたまま吹き飛ばされて、大木に突っ込む。バリアがあっても相殺しきれないほどの衝撃。

 

 

とっさにあいつをかばうように前に背中を向けたのが、更にダメージを加速させた。

 

 

 

「……うっ、は…。…バカみ…たい」

 

 

 

あの人が仲良くしろなんて言うから。それを真に受けて本気にするやつがいるから。そんなやつに恩を感じて庇い立てするやつがいるから。

 

 

 

 

 

私たちが再起不能とわかると、バーテックスは再び進行を始めた。

 

 

 

 

 

 

それが意味するのは____世界の終わりか。

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

樹海の真っ黒な空を赤く焼き尽くすような流星が走った。

 

 

それは真っ直ぐバーテックスの後部に降りかかって、大木の森へと引きずり込んだ。

 

 

 

〈…ぅす…ぅぶす…つぶす……〉

 

 

 

音の割れた呻き声が静かな樹海に響き渡る。祝詞なんかじゃなくて、まるで呪詛のような悪意に満ち満ちた声色。

 

 

地を這っていた樹海の根や枝が突如生き物のように動き出して、その先でバーテックスの全身を貫いた。締め上げるように絡み付き、バーテックスをバラバラにしてしまおうと更に木々たちが殺到する。

 

 

 

〈つぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶすつぶす〉

 

 

 

その怨念染みた声に木々は反応しているようだった。表皮を焼けただれさせながらもバーテックスを圧殺しようする。

 

 

赤い勇者はほぼ樹木に埋まったバーテックスの外殻に斧を振り降ろした。只の一振りで桃色の巨体をかち割って、

 

 

 

 

 

 

____隠されていたはずの御霊ごと、両断してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

 

〈…ぅぅ……、み……の…こ……〉

 

 

 

 

 

 

____驚いてる場合じゃない。

 

 

銀の様子がおかしいのは一目瞭然。バーテックスを討ち取って尚、表情は悪夢にうなされてる。

 

 

全身から軋みの音が聞こえるけど、楠を背負って根っこの上でうずくまる銀のところへ向かう。

 

 

 

「ちょっと…銀…!大丈夫なのっ…!?」

 

〈う…ぁ……。…か、りん…?〉

 

「…いろいろ言いたいことはあるけど、それは戻ってから!帰るわよ…!」

 

〈…ぁ……ぁだ…。…めろ…〉

 

「…!ちょっと…!銀!」

 

 

 

私の方に振り向いた銀だけど、視線は合わさらない。義眼のセンサーも機能していないようだ。

 

 

フラッシュバックを起こしたのか、銀は何かを拒絶するような声を発して苦しむ。

 

 

 

「大丈夫よっ!もうバーテックスは倒した!!もう戦いは終わり!」

 

〈…か、りん……〉

 

「帰るわよっ!帰って反省会よっ!」

 

 

 

原因もわからないし、こういう時にどうすればいいかもわからない。けど、目の前で苦しんでる銀に何かしてあげたかった。

 

 

無我夢中で銀の手を握って、今思い浮かぶ言葉を届くように叫んだ。

 

 

 

「…教、導……。…すみま…せん……」

 

〈…めぶ、き……?〉

 

「…下手……打ちました…。…三好、さんのこと……なぜ…か、助けたく、て……」

 

〈…ぁ…ぅ…… 〉

 

「……帰り、ましょう…。私たち、は…ここに、います…」

 

 

 

楠のやつも、出ない声を振り絞って銀に語りかけた。

 

 

 

 

 

 

銀は戦友を失った時のことを思い出して、精神がやられたっていうの?それが変身できなかって原因____?

 

 

でもこうして駆け付けて、バーテックスを倒したし____。

 

 

 

〈…めぶき……かりん……〉

 

 

 

銀の瞳に光が戻ってきた。

 

 

悔しいけど、私の不器用な言葉なんかより楠の気持ちの機微を捉えた言葉の方が心に響いたらしい。

 

 

私たちの名前を呼んだと同時に、銀の意識が飛んだのか横に倒れた。

 

 

 

「銀!?しっかりしなさい!」

 

「教、導…!」

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

「今回は銀様の代わりにあなた達から報告を承ります」

 

「…はい」

 

「………………」

 

 

 

バーテックスを撃破してしばらくすると樹海化は解けて、私たちは丸亀城にある祠に転位していた。

 

 

負傷もあるので中の医療施設に運ばれて、検査と治療を受ける。銀に関しては身体以上に精神の異常が酷くて別の病院まで運ばれたけど。

 

 

 

 

 

 

それが一段落すると、銀が先生と慕う神官が病室に姿を現した。仮面をつけて一切の表情を消し去り、肉声なのに銀よりも冷たく機械的。

 

 

 

 

 

 

____正直、苦手な人だ。

 

 

 

「バーテックスは…三ノ輪教導が撃破しました。私たちでは力不足だったようです」

 

「いえ、あなた達の能力の問題ではないのです。…まだシステム自体が実戦レベルに達していないという結論を認めざるを得ません」

 

 

 

それが気休めにしか聞こえなくて、気分を逆撫でする。

 

 

銀はそれより劣るシステムを使って圧倒したんだ。私たちがこんなに遅れを取るのはあってはならないことなのに。

 

 

でもここで神官に噛み付いても何にもならないから、報告の続きに集中する。

 

 

 

「それって…」

 

「バリアの強度です。…銀様がそれを使って戦った期間が短すぎて、十分なデータとフィードバックがありません。本来であれば、ケガなど一切しないはずなのにですが」

 

「…随分過保護じゃない、あんた達にしては」

 

「……銀様たっての願いなのです。もう、勇者を失いたくない、と」

 

 

 

____どこまでも、あの人は。

 

 

それ以上の言及は楠も私もしなかった。

 

 

 

「……三好と楠の状態について報告します。医師の診断も異常なく回復に向かっているとのこと。自分としても特に違和感などはありません」

 

「…三好も右に同じです」

 

「承知しました。二人に問題はないと、そう認識します」

 

「……銀は、どうなんですか」

 

「………………」

 

 

 

そう問いただしてみると、静寂。話すのを躊躇してるのか、把握してないのかもわからない。

 

 

 

 

 

 

けど、私たちの視線は神官を逃がそうとしない。

 

 

____銀について、私たちは知らなさすぎるから。話してくれないから。もっと知りたいから。

 

 

 

「……銀様も、既に回復しています。明日にはこちらに合流できるでしょう」

 

「……そう」

 

「…ありがとうございました。それを聞けただけで安心しました」

 

 

 

返事は、簡単な現状だけだった。銀がどんな思惑を抱えているか、銀に起こった異常の詳細などは一切触れない。

 

 

____本人がそれを伝えるのを嫌がってるのかもしれない。私たちに余計な心配をさせたくないから。

 

 

 

「では、私はこれで。お役目、お疲れ様でした」

 

「…お疲れ様でした」

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

神官は病室を後にした。私と楠だけになった途端、窮屈な空気が漂い始める。

 

 

先に沈黙を打ち破ったのは、楠だった。

 

 

 

「……あの時、何で私を放っておかなかったの?あの状況なら封印の儀式もできたじゃない」

 

「知らないわよ。銀の言葉に毒されちゃったんじゃない?てか、逆に何で私の援護なんてしたわけ?」

 

 

 

あいつを助けたいと思った、なんて死んでも言えない。恥ずかしすぎて逆に死ぬ。

 

 

そもそも楠が私を助けたからそんなことになったわけで。その理由を直接聞いてみた。

 

 

 

「…さあね。三好さんに任せるのが最良の選択だった、そんな理由なんでしょうね」

 

「何で他人事みたいに言ってんのよ。あんたのやったことじゃない」

 

「…けど、あなたは任されてくれなかった。私の犠牲は正直無駄だったわね」

 

 

 

ため息混じりにイヤミをこぼす。いつもならスルーできるけど、今日のはなぜかムカッときた。

 

 

 

「なっ…!…そこまで計算ずくだったとでも言いたいの?」

 

「…さあ?実際私も何でそんな判断をしたのか、今でも疑問だし」

 

「………………」

 

 

 

こいつもこいつで無意識の内に銀の影響を受けてるのかもね。表面上仲良くするとは言ってたけど、それらしい態度は全然してなかったし。

 

 

____意識の外の方が先に行動を起こしてるのは、あいつも私も同じか。

 

 

 

「……あなたに言われる前に言っておくわ」

 

「何をよ?」

 

「……ありがとう」

 

 

 

聞き返した私がバカだった。今まで感じたことのないような虫酸が走って寒気がした。

 

 

 

「あんたに感謝されるとか、気色悪いにも程があるわ」

 

「だから言ったじゃない。先に言われたら私の方が吐き気を催すから」

 

「百点満点のイヤミありがとう。あんたがパートナーで最高だわ」

 

「それはどうも。これからもイヤミで競っていきましょ」

 

 

 

____少しでも楠に感謝を覚えた自分が憎い。

 

 

でも、不思議とこいつの隣は居心地悪くない、かも。銀は優しすぎるから減らず口なんて言わないし、こいつも、悪友って感じなのかしらね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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