シロツメクサを捧げる   作:Kamadouma

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三ノ輪銀のままでいるよ

 

 

 

〈せっ、セーフっ!!何とか戻ってこれたぁ!〉

 

「ちょっ!銀!どうして戻ってきてるのよ!」

 

「予定じゃ明日のはずでは?」

 

〈は、外せない用事があってさっ!脱走してきた!〉

 

 

 

意外にケガは大したことないらしく、すぐに退院した。大広間で各々過ごしていると、ふすまを勢いよく開けて銀が帰って来た。

 

 

いろいろ聞きたいことはあるけど、今はそれどころじゃないらしい。銀はノートPCを開いて焦りながらも何かのセッティングを始めた。

 

 

 

「そんなに焦って、どうしたんですか?」

 

〈あと1分しかないんだよ!会議が始まるまで!〉

 

「…会議?」

 

〈そう、勇者部の!遅れたら風さんに何て言われるか…〉

 

 

 

焦ってたのはそういう理由か。前の学校の部員と定期的に連絡を取り合ってるらしい。様子から察するに、怖い先輩がいるから遅れたくないようだ。

 

 

____ほんと、騒がしいわよね。銀って。

 

 

 

〈ほら芽吹も夏凜もそこに座って!部長にあいさつしないと!〉

 

「……そもそも部員になった記憶がないのですが」

 

「そうよね。ノリで今日の活動に付き合っただけで、入部届とか」

 

〈勇者って時点で、勇者部員なの!ほら、細かいこと言わない!〉

 

 

 

ダメだ、理屈が通じない。その場のノリと勢いで全てを既成事実にする気だ。

 

 

もう手を打つ時間もないので、仕方なく会議に参加することにした。

 

 

 

〈うおっ、もう呼び出し来てる!はい!風さん!丸亀勇者部三ノ輪銀、ただいま参上しましたぁ!〉

 

[ほぉー、今回は間に合ったか。10秒残しとは銀めなかなかやりおるわ]

 

[あ、銀ちゃん!こんばんはー!]

 

 

 

画面に映る人物の音声は銀ほどじゃないけどやかましい。

 

 

時代劇みたいな芝居がかったセリフで銀をちゃかした部長らしき人と、銀とはまた違った意味でテンション高くて天然そうな子。

 

 

勇者部にはまともな人間がいないらしい。それもそうか。何たって“神樹様に選ばれる可能性のある子”を集めたらしいし。四国中にそういうコミュニティを大赦は作ったらしいから。

 

 

 

[よし、メンバーも揃ったところで。神世紀300年度第1回勇者部会議を始めます!]

 

[わー!]

 

〈ひゅーひゅー!〉

 

 

 

____何だこれ。真面目な会議かと思ったら、ただの雑談会のノリだ。鳴り物があったら思いっきり鳴らしてそう。

 

 

 

[開会の言葉…は省略して、新メンバーのごあいさつからー!]

 

[いえ~!]

 

〈待ってましたぁー!出番だよっ、二人とも!〉

 

「え?」

 

「いきなり!?」

 

 

 

銀の計画性のなさはこの部長の影響かもしれない。完全にこの人のノリを受け継いでるわよ、これ。

 

 

段取りをすっ飛ばしていきなり振られて、頭が真っ白になる。楠の顔を見ても、____ポカンとしてる。

 

 

 

〈丸亀分隊には二名の新人が入りましたー!こっちのツインテの子が三好夏凜で、こっちのおさげの子が楠芽吹っていうんだ〉

 

[ほうほうおなごを侍らせとるのぉ、お銀さんや]

 

〈ぐへへへへ、風さんの頼みでも二人はあげられませんぜ〉

 

「キモい笑い方するな」

 

〈ぐへぇっ!い、いたい夏凜…〉

 

 

 

わざとらしいボケをかましたから、お望み通りにツッコむ。二人して何おっさんみたいなこと言ってんのよ。

 

 

楠は額に指を当てて首を横に振ってるけど、画面の奥の部長は大爆笑だ。何がツボに入ったか知らないけど、銀に負けず劣らず下劣な笑い声をあげる。

 

 

 

[あひゃひゃひゃひゃっ!早速もう尻に敷かれてるわぁ!さすが銀ね!]

 

[銀ちゃん、大丈夫?]

 

〈あ、全然平気だよ。夏凜の切れ味のいいツッコミはなんかもうクセになるね〉

 

「ドMかっ!」

 

「……んん。そろそろ本題に戻った方がよろしいのでは?」

 

 

 

会議に出てる人間の意識がてんでバラバラだ。

 

 

ボケの銀、煽る部長、天然発言の部員、真面目な新人____カオスな会合になりそうだ。

 

 

 

[そっちの子は真面目そうね。勇者部に足りなかった人材だわ]

 

「初めまして。三ノ輪教導のもと勇者部の活動に参じました楠芽吹と申します」

 

[わーすごい。中学生なのにそんな礼儀正しいあいさつができるなんて]

 

 

 

____それは私も感心してる。性格さえ良ければ完璧だったのに。銀とは違う意味で残念なやつだ。

 

 

 

[ふはっ。銀、あんた教導なんて呼ばせてんの?]

 

〈ち、違いますって風さん!芽吹がどうしてもこの呼び方やめてくれなくって!ね、夏凜?〉

 

「そうね、教導先生」

 

〈うわあぁぁぁ夏凜までぇぇ~…〉

 

 

 

一旦黙ってもらおう。少し突き放してやったらいじけるだろうし。

 

 

 

「…勝手に勇者部に入れられた三好夏凜よ。このポンコツサイボーグを送り付けてきたのはあなた達かしら」

 

[おお、歯に衣着せぬ罵詈雑言。こっちのちっちゃい子もなかなかの逸材ね]

 

〈ポンコツ……〉

 

[ぎ、銀ちゃん!大丈夫だよ!ちょっとそそっかしいところもあるけど銀ちゃんはがんばってやってるよ!]

 

〈ありがとう、友奈…。あたしの味方は友奈だけだよ…〉

 

 

 

慌ててフォローをいれる友奈と呼ばれた部員。この子は冗談でも人のことを悪く言えないタイプらしい。眩しすぎるくらいにいい子だ。

 

 

それと銀は意外に打たれ弱いこともわかった。素直すぎて言葉をいちいち真に受けるらしい。自分から冗談吹っ掛けるクセに、自分はデリケートとかめんどくさいわね。

 

 

 

[ようこそ新人諸君。私は讃州中学校勇者部部長、犬吠埼風よ。そこにいる銀を一人前の勇者部員に育てて送り付けてやったわ]

 

[ただ大赦のお役目の都合で転校しちゃっただけなんだけどね。あ、私は結城友奈!これからよろしくねっ、夏凜ちゃんに芽吹ちゃん!]

 

「…よろしく。犬吠埼先輩に、結城さん。…結城さんは同い年でいいのかしら」

 

[うん!二年生だよ!いいなーそっちはみんな同い年で]

 

「別に良くもないわよ。教えられる立場のはずなのに、上下関係がないのもめんどくさいわ」

 

[完全になめられてるわねー、銀ったら]

 

「そんなことはありません。教導は信頼に足る方です。心から尊敬できる人を輩出してくださって、ありがとうございました」

 

〈め、芽吹ってば!〉

 

 

 

褒め殺しても沈んでしまうらしい。顔を真っ赤にして楠に何とも言えない視線を送る。本人は相変わらずの仏頂面だけど。

 

 

どこまでが楠の本心か、なかなか掴めない。このポーカーフェイスにして悪ノリもできるってわかったから、余計に何しでかすかわからないのよ。

 

 

 

[うんうん。そっちは順調らしいわね]

 

〈はい。二人ともいい子であたしのやることなくて困ってます〉

 

[贅沢な悩みねー。こっちは銀が抜けた戦力の穴埋めがまだできてなくって]

 

〈あれ?新入部員は確保できてないんすか?〉

 

[いるわよ。いるけどサイボーグギンちゃんの後任にはならないって話]

 

「今日の会議には参加しないのですか?」

 

[…ふふふ。じゃ、ご希望に応えて紹介しちゃうわよー!樹ー!おいでー!]

 

 

 

何をもったいぶってたのかは知らないけど、部長が名前を呼ぶとおずおずと画面に現れた気弱そうな子。

 

 

____他の連中と比べればまともな部類に入るだろうけど、勇者としてはいかがなものか。優しいだけの人間に務まるお役目ではないから、適性はいざ知らず性格は勇者向けではないように思える。

 

 

 

〈あ、樹!とうとう勇者部デビューかぁ!〉

 

[えへへ。銀さんの後任にはまだまだ遠く及ばないですけどね]

 

「何よ、知り合い?」

 

〈まあね。風さんの妹だからね〉

 

[は、初めまして!丸亀の皆さん!讃州中学校一年、犬吠埼樹ですっ]

 

[ううっ、樹が立派に自己紹介してるぅぅぅぅ。お姉ちゃん冥利につきるわぁぁぁぁ]

 

[ちょっと!お姉ちゃん!]

 

〈あ、始まったよ姉バカ。もしくはシスコン〉

 

 

 

感極まって泣き始める部長と、唐突に真顔になって会話を拒否する銀。恥ずかしいのか姉をぽこぽこ叩く妹を見て、したくもないのに苦笑してしまった。

 

 

銀からしてもめんどくさいらしい。これ以上触れないように露骨なスルー態勢を取ってる。

 

 

 

[何よ銀!あんただってお姉ちゃんじゃない!愛しのブラザーを思えばこみ上げるものがあるでしょ!]

 

〈いやいやいや。できて当然のことを褒めるほど、あたしはマイブラザーを過小評価してないっすから!〉

 

[…これって遠回しにバカにされてる?]

 

〈ち、違うよ樹!樹はもうお姉ちゃんなんていらないほど立派な大人だよ!…ね!?〉

 

[そ、そんなぁっ!もうあたしはお払い箱っていうのぉぉぉいつきぃぃぃ]

 

 

 

 

 

 

「……帰っていい?」

 

 

 

付き合いきれない。今の私の頭の中にある全てがその言葉。

 

 

いきなりこんなコントを見せつけて何なのよ。勇者部の活動の今後を決めていく会議じゃなかったの?

 

 

仮にも世界の情勢を占う公人の一人だってことを意識して、わきまえた行動を取ってくれないかしら。

 

 

 

[わぁ~ごめん夏凜ちゃん!行かないでぇ~!]

 

「…何で結城さんが謝ってんのよ」

 

 

 

いろいろと間違いだらけでしょ。後輩が先輩の失態を謝ったり、そもそも私たちは会議にいらなかったり。

 

 

____けど、結城さんの泣きそうな顔をみたら、足が止まってしまった。

 

 

 

[だってせっかくこれから友達になるだもん。もっとお話したいよ]

 

「………………」

 

 

 

結城さんが寂しそうにそう言うと、さすがの銀と部長も静まった。

 

 

 

「……んん。教導と部長は反省してください。正座です正座」

 

[〈は、はひぃぃぃ〉]

 

 

 

いたたまれなくなった楠のやつが、すごい剣幕で銀と部長を睨み付けた。初対面の人にここまでメンチを切れるこいつの胆力はどこから来るのか。

 

 

おかげで問題のアホ二人はフリーズして膝を折った。この時点であいつはヒエラルキーの頂点を取ってしまったらしい。

 

 

 

「…出過ぎたことをいいました、すみません。収拾をつけるにはこうするしかなくて」

 

[す、すごいね芽吹ちゃん。風先輩と銀ちゃんを一目で黙らせるなんて。裏番長って感じ!]

 

[クールで大人っぽくて、かっこいいです!お姉ちゃんも少しは見習ってほしいです!]

 

「ここぞとばかりに言いたい放題ね…」

 

 

 

ダメ姉ズをさらにダメ出ししてるのか、単純に楠を褒めてるのか知らないけど。これじゃ部長と教導は立つ瀬がない。

 

 

____あと、あの中身は陰湿女が賞賛を受けてることが何か気に障った。

 

 

 

「……で?次の議案は?反省中の部長」

 

[この度ははしゃぎすぎてご迷惑をおかけしたことを深く反省s]

 

「いいから。さっさと進める!」

 

[す、スミマセン!]

 

〈ううっ、あたしの教え子たちが怖いよぉ〉

 

 

 

この期に及んでまだふざけられるメンタルをお持ちのようだ。けど、さっきも言ったけど付き合いきれない。強引にでも話を本筋に乗せる。

 

 

____隣で銀が泣き言言ってるけど、気にしてはいけない。

 

 

 

[つ、次の議題はね。…来週末、讃州と丸亀合同で活動しようって決めてたけど、その詳細がまとまりました!]

 

〈おっ、何かいい仕事もらってきたんすか!?〉

 

[せっかく樹と三好さんと楠さんのデビュー戦だからね。力入ってるわよー!]

 

「……もう私たちも戦力に数えられてるのね」

 

「いいじゃない。何かもう逃れられない運命に思えてきたわ」

 

 

 

楠は鼻で笑って両手を上げた。あきらめたらしい。このやかましい連中から逃れられるなんて、私も無理だと思うし。

 

 

しょうがないから腹をくくるか。銀がこの部にいる時点でもう何か察しがついてたし。

 

 

 

〈んで、何やるんすか?〉

 

[幼稚園で出し物!パペットを使った劇を考えてるわ!]

 

〈おおーっ!面白そう!〉

 

 

 

銀は何かすごい乗り気だけど、正直私は子供の相手なんて勘弁願いたい。

 

 

 

[あ、けど銀。あんたは機材担当ね]

 

〈あたし自身は機械それほど得意じゃないのに…〉

 

「もう既に役割は考案なさってるんですか?」

 

[ま、ざっとね。新人ちゃんたちには表舞台は荷が思いと思うから、裏方がんばってもらおうと思ってるわ]

 

 

 

浮き沈みしすぎよ、銀。見てるこっちが疲れるわ。

 

 

犬吠埼部長も表はアホっぽいけど、ちゃんと組織の統率を取れるタイプの人間か。銀も結城さんもなかなかキャラ濃いし、それくらいじゃないとリーダーにはなれないってか。

 

 

 

「そうね。時間もないし先輩方のお手並み拝見といきましょうか」

 

[まっかせて夏凜ちゃん!子供たちもわたし達も楽しめるように頑張っちゃうよー!]

 

[そゆわけだから。後で資料送るから、目通しといて]

 

〈はーい〉

 

 

 

会議の主な議案はこれだったらしい。〆っぽいセリフを言うと、ちょっとの間だけ静かになった。

 

 

 

[よし、今回の会議はこんなもんね。何か質問とかある?特に新人ちゃん達]

 

〈はい!はい!はい!〉

 

[…なーに、銀]

 

〈ろ、露骨にイヤそうな顔された…〉

 

[あんたのせいであたしはこうして足しびれさせながら会議してるんでしょうが!少しは反省しなさーい!]

 

〈も、元はと言えば風さんが変なタイミングで姉バカになるからっ!〉

 

「…部長。反省、してます?教導も」

 

[あっ…ハイ、モチロンデス…]

 

〈ゴメンナサイ芽吹さんもう騒ぎません〉

 

 

 

____質問があるとすれば。

 

 

 

 

 

 

そっちの勇者部のメンバーは、勇者や外の世界についてどれだけ知ってるのか。うまい事触れないように話を進めてたようだけど、それはリーダー以外は素養を持つだけの一般人ということなのか。

 

 

全部知ってるって言うならイヤでも付き合わないといけないし、何も知らないというなら距離を置くべきだと思うし。

 

 

 

 

 

 

____けど、何故か聴くのが怖い気がした。

 

 

 

〈…はい、提案です。歓迎会やりましょーよ!終わった後で!〉

 

[あ、それいい!銀ちゃんナイスアイディア!]

 

[ふむふむ、採用。どこでどうやるか決まったら知らせるわね]

 

[お姉ちゃん決断早っ!]

 

 

 

まあ、いいか。本人に聴くのが憚られるなら、銀にでも聴けば。

 

 

 

[あ、銀。後で個人的に話したいことがあるから、電話するわね]

 

〈うっす〉

 

[質問なければ本日はお開き!閉会!以上!勇者部五箇条の復唱で終わり!]

 

 

 

 

 

 

〈挨拶はきちんと〉

 

[なるべく諦めない]

 

[よく食べよく寝る]

 

〈悩んだら相談!〉

 

〈[[なせば大抵なんとかなる!]]〉

 

 

 

 

 

 

[お疲れさまでした~]

 

[おやすみなさい、皆さん]

 

「では、これで。これからよろしくお願いします」

 

「……じゃ、また」

 

〈みんなお疲れちゃ~ん。いい夢見ろよー〉

 

 

 

特に掘り下げもなく会議は終了。

 

 

ふざけあってるだけで、敵対してるとかそういうのもないから当然か。なんだかんだで信頼関係がしっかりしてるのね。

 

 

接続を切ると、銀は畳の上で大の字になった。

 

 

 

〈うはぁー、さすがの銀様もへとへとだぜぇ…〉

 

「自覚はあったのね。さっきまで病院で寝てたんだから、元気なわけないじゃないの」

 

「…それを気取られまいと、あんなに騒ぎ立てていたのですか?」

 

〈そんな深読みしないでよー。…まあ、みんなに心配かけたくなかったし〉

 

 

 

楠の言ったことは半分正解らしい。銀の性格からすれば、考え付く強がりか。

 

 

疲れた笑顔を見せて上体を起こして私たちに向き直る。私たちが聞きたいことを溜め込んでいるのを知っていたようだ。

 

 

 

〈さて。今日の反省会やろうか。夏凜も言ってたし〉

 

「しっかり覚えてたのね。てっきり聞こえてないかと思った」

 

〈愛しの夏凜の言葉、聞き逃すわけないだろー?〉

 

「はいはい軽口はいいから。どうしてああなったのか白状しなさい」

 

 

 

これから深刻な話をするっていうのに、相変わらずのノリの軽さ。シリアスなのが苦手なのかしらね。

 

 

でも、そっちの方が話しやすいか。銀が相手だと自然と言葉が出て来るし。

 

 

 

〈んー、そうだねー。まず変身できなかった理由から〉

 

「……嫌がってたのにおしゃれさせたから、だったのでは?」

 

〈まさか。そんなんでいちいち戦えなくなってたら、不具合もいいところだよ〉

 

「別の不具合があったと?」

 

〈んー。何て言うんだろうねー…“狂言”?〉

 

 

 

____は?

 

 

 

全然意味がわからない。

 

 

狂言って、あの伝統芸能の?それともこの出来事自体が誰かの手のひらの上ってこと?それにしたってわけわからない。

 

 

 

〈二人で力を合わせて戦ってもらおうとは思ってたし、あたし抜きでも大丈夫って思ってたんだよね。もちろん、やばそうならあたしも戦うつもりだったけど〉

 

「…その心の緩みが、不具合を招いたのですか?」

 

〈戦う意志を示した時、神樹様が力を貸してくれるんだけどね。神樹様も敏感だなぁ。あたしのそんな心の隙を心配してくれるなんて〉

 

 

 

____つまりは、神樹様が銀の出撃にNOを突き付けたということか。

 

 

理屈は何となく掴めたけど、何か突っかかる。その程度の心の隙なら、私や楠にだって常に付きまとってるはず。銀だけ何でそんなに過剰なの?

 

 

____やっぱりまだ、戦友との別れを克服できてないの____?

 

 

 

「…では、その後で変身が可能になったのはなぜですか?……取り憑かれたようなあの姿は、いったい何なのですか?」

 

〈取り憑かれてなんかないよ。あれがあたしのほんとの姿〉

 

「な、何言ってんのよ!あんな病的なの、正常なわけないじゃない!」

 

 

 

銀がくれたあたたかいものが全部崩壊していくような気がして、声を荒げてしまった。銀の本質がそんな真っ黒なものだなんて、信じたくないから。

 

 

銀は私の瞳を少しだけ見つめた後、言葉を続けた。

 

 

 

〈正常ではないかもしれないね。けど、あたしの心の中はいつもそうなんだ〉

 

 

 

 

 

 

〈……須美と園子を手にかけたバーテックスを、根絶やしにしろ。皆殺しにしろ。塵すら残すな。あの世でも撲滅しろ〉

 

 

 

〈あたしのこのふざけた性格の裏には、そんな真っ黒な感情が押し固められてるんだ〉

 

 

 

バーテックスに対する恨み言だけは、明らかな負の感情を秘めていた。敵意を向けられてない私たちですら戦慄するほどの。

 

 

もはや言葉を続けることもかなわないの知ってか、銀は楠の質問の回答を続けた。

 

 

 

〈二人がバーテックスに傷つけられてたのを見たら、…その真っ黒い炎が心を完全に支配して。気づいたら、変身してバーテックスに飛びかかってた〉

 

 

 

〈マイナスの感情とはいえ、戦う意志は承認されたみたいだ。…勇者としては、どうかと思うけどね〉

 

 

 

ただ復讐のために敵を殲滅する。世界を守る勇者としては、ふさわしくない。その恨みが守るべきものへと向くかも知れないから。

 

 

そこまで自覚があるのか、銀は悲しそうに微笑んだ。仲間を守りたいって願望はいつしか敵を滅ぼしたいという衝動に刷り変わっていたんだ。

 

 

____それは、心まで人でなくなるのと同じだ。

 

 

 

〈…でも、ありがとね。二人とも〉

 

「……?」

 

「何が、ですか?」

 

〈あたしのそばには夏凜と芽吹がいてくれる、そう思ったら…ちゃんと戻ってこれたんだ〉

 

「…それは」

 

 

 

____それは、あの勇者部の人たちだったらダメだったの?犬吠埼部長や結城さんだって、心から銀のことを想ってくれてたはずだ。

 

 

 

 

 

 

その疑問とせめぎ合うように、____銀も私たちを必要としてると気付いて、熱い感情が全身を駆け巡った。

 

 

今はその疑問の追究は止そう。だって____こんなに嬉しくなったのは、初めてだから。初めて自分の居場所を見つけられた気がしたから。

 

 

 

〈…あたしは幸せ者だなぁ。こんなにも素晴らしい仲間に囲まれて。失ったもののことを忘れてしまいそうになるよ〉

 

「……忘れてしまいましょう?それが悪夢となってあなたを苦しめるのなら、私が忘れさせてあげます」

 

〈芽吹…〉

 

「銀は勇者である前に、人間よ。無理せず自分が幸せであること、それはあんたも私たちも一緒だから」

 

〈夏凜…〉

 

 

 

銀も同じことを思ってる。そう言ってくれたなら、私も銀を守ってあげなくちゃいけない。

 

 

この人だって私たちと同じ人間だから。対バーテックス用最終兵器じゃなくて、三ノ輪銀っていう一人の女の子。人としての心を失ってしまえば、きっと破滅してしまう。

 

 

それは絶対に嫌だ。ようやく見つけられた大切な人を、絶対失いたくない。

 

 

 

〈…困ったなぁ…。復讐のために生き長らえたっていうのに、それ以上に大切なものができちゃうなんて…〉

 

「自業自得よ。…私たちを甘やかした」

 

「教導には復讐なんてできませんよ。あなたは人を好きすぎる」

 

 

 

今にも泣き出しそうな銀だけど、涙はきっと義眼の中なのだろう。

 

 

私は自然と銀の義手を握っていた。理由なんてわからない。わからないけど、そうせずにはいられなかった。

 

 

反対の手は楠がそっと手で包んでいた。似合わない微笑みを銀に向けながら、手の震えが止まるまでずっと。

 

 

 

〈…うん。二人のためにも、あたしは甘ったれ先生三ノ輪銀のままでいるよ〉

 

「私たちの教導はそうです。甘ったれで、おふざけ大好きで、お節介で」

 

「目を離せないから、どこまでもついていってやるわよ。しょうがないわね」

 

〈うはぁ…二人の言葉はトゲトゲだなぁ…〉

 

 

 

そんな一面を知ってるのも、あんただけなのよ銀。

 

 

感動の場面が台無しだぁ、とか言ってる銀の端末が着信音を鳴らした。さっき犬吠埼部長が用があるって言ってたっけ。

 

 

 

〈…風さん。空気読んでください〉

 

「余韻に浸る隙も与えないとは、とことんまで笑いを取る気なんですね」

 

「なに?出し物もコントやるわけ?」

 

〈貴重な部員の意見を部長に叩き付けてきます〉

 

 

 

ちょっとだけむっとした銀は大広間を出ていった。

 

 

 

「…さて、私たちも寝ますか。明日からは徹底的に鍛え直しよ」

 

「そうね。教導をこれ以上戦わせてはいけないから」

 

 

 

私たちが強くなれば、銀は戦わないで済む。

 

 

共通の目標を持ったのを確かめると、私たちは拳と拳を合わせた。

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

〈風さん、少しはタイミング考えてください〉

 

[え?お取り込み中だった?]

 

〈あたしのかわいい教え子たちと、キャッキャウフフしてたんですけど〉

 

[あら~そいつは残念だったわね~]

 

〈…で?用って?〉

 

 

 

 

 

 

[…大赦から通達が来たわ]

 

〈……どういう、案件っすか?〉

 

[……勇者適性のある子を対象に、勇者ではない別のお役目についてもらうって]

 

〈うーん…あたしも全然わかんないっすね。ハルさんにでも聞いてみるかぁ〉

 

[あんたが知らないっていうなら、極秘の任務か、現役の勇者に知られたらマズイ案件ってことよね]

 

〈…じゃ、この話も聞かなかったことにした方がいいっすね〉

 

[そうね。知らんぷりしといて]

 

 

 

〈けど…そうなると風さんも友奈も樹も讃州からいなくなっちゃうわけっすか…〉

 

[そうね…銀と一緒にする勇者部の活動は、これで最後かもしれないわね…。あっちについたら、易々と外には出られないと思うし…]

 

〈さびしいっすね…。…なら、今回は全力で盛り上げていきましょう!〉

 

[…そうね!二度と会えなくなるってわけじゃないし、勇者部は永久に不滅よ!うじうじしてるなんて、らしくないわよね!]

 

〈はい!盛大にやってやりましょうよ!〉

 

 

 

[…ありがとね、銀。らしくもない湿っぽい話して]

 

〈ん?どういう意味っすか?〉

 

[あたし、ちょっと弱気だったのよ。…勇者部の存在意義が消えて、その後でわけのわからないお役目につかされて…友奈と樹に迷惑かけちゃったな、って]

 

〈…大丈夫っすよ。樹は風さんのいるところにしかいないですし、友奈は人のためになることを勇んでする人じゃないですか。迷惑なんて思ってませんよ〉

 

 

 

[…不思議とあんたがそう言うと、そうなんだなって思うわ。さすが教導]

 

〈風さんまでやめてくださいよぉ!あたしはイヤなんですってその呼び方!〉

 

[ええじゃないかええじゃないか。あんたは立派な先生よ]

 

〈うわぁぁぁぁもうやめてぇぇぇぇあたしを崇め奉らないでぇぇぇぇ〉

 

 

 

[…じゃ、何かあったらよろしくね]

 

〈はい!風さん、お互い頑張りましょう、〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……声大きいですよ、教導」

 

 


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