なによその意味深な笑顔は
「ふはぁっ…ダメだぁ。全っ然上手くいかない」
「……これでもマシになったっていうのが、私たちの相性の悪さを物語ってるわね」
城の地下の訓練スペースで、私と楠は息を切らしながら横たわっていた。
バーテックスとの初戦の後、私たちは自分たちの課題を銀に言ってみた。
予想外の敵の行動に対応するには、二人が連繋できるようにならなければならないという結論に至ったのだ。あの惨敗から、私も楠も痛感した。
〈全然できてると思うけどなぁ。矢継ぎ早に攻撃手が入れ替わるから防ぎきれないよ〉
「とか言って一度も攻撃をもらってないじゃないですか」
「……銀に一発浴びせるまでやるわよ…!銀に完敗だなんて、私のプライドが許さないわ…!」
二人連繋して銀を倒す。この前もやったような内容だけど、これの難しいこと。
縦横無尽に飛び交う斧をしのいで、正確無比に付け狙う飛来物をいなして、銀のもとへたどり着かなければならない。一人では死角からの攻撃をもらって即リタイアだ。
お互いの死角をカバーしつつ、さらに織り混ぜられるイレギュラーな行動にも即事対応していかなければ、銀を倒すことなど夢のまた夢か。
〈でもさ、いつのまに二人とも手を取り合う感じになったの?この前までは死んでもありえないって言ってたじゃん〉
「…一人の力ではバーテックスには対抗しえないと思ったまでです」
「あんたが規格外すぎるのよ。一人で12体一掃したって、今ならその化け物さが実感できるわ」
〈…まあね〉
「なによその意味深な笑顔は。微妙に腹立つんだけど」
いつもみたいにスルーするわけでもなく、満足気味なニヤケ面を見せつけてきた。唯一無二の存在だからって、その顔はなかなか頭にくる。
〈なんだろうね。二人を守れる力が今この手にあるのがうれしいのかな〉
「あんな理性を失った力で守られても、ただただ教導の心配をしてしまうだけです。自分を御せないなら引っ込んでてください」
〈…あの時よりマシだよ。須美と園子を助けてやれなかったあの時より〉
そのニヤケ面の奥底に潜む悲しみを勘繰ると、途端に言葉が詰まってしまった。
銀が人の身体を棄ててでも力を欲したのは、そもそも先代二人を守れなかった反動のはず。
____私たちが親密になればなるほど、銀はその力を解き放つのをためらわなくなるだろう。自分の身を滅ぼすと理解していながらも、その一線を簡単に踏み越えてしまうだろう。
「…それでもあんたは待ってなさい。私たちはあの二人とは違う。銀がそこにいる限り、私と楠は死なないから」
「言ったじゃないですか。私たちの教導は、復讐の炎に魂を狂わす愚か者じゃなくて、理由もなく人に優しいおバカだって」
〈どちらにせよあたしはおバカだってことね、あい分かりましたよ〉
その軽いひがみが、なぜか私の不安を取り除いてくれる。私たちのために私たちに任せてくれたという意味が、この上なくうれしいのかもしれない。
〈ほいじゃ、教練再開だよ!あたしに一発でも当ててくれないと、安心して樹海に送り出せないよ〉
「言ってくれますね。けど、その方が燃えるってもの!」
「安っぽい挑発だけど、高くつくわよ銀!」
誰の真似かは知らないけど、なかなか鼻につくイヤミを言ってくれるじゃない!
体力の限界はとうに突破して、いよいよ悲鳴を上げ始めた身体に力が入る。銀に一泡吹かせるまで、絶対諦めないんだから!
〈へへ、上等!その根性、あたしは好きだぜぇ!〉
________________
「……やめとけばよかったわ。あんなにムキになって暴れたら、そりゃ反動がくいたたたた」
「後の祭りよ。結局銀に一発も当てられなかったし、この痛みは修行不足だって意味うぐぐぐぐ」
〈二人とも…大丈夫?〉
私も三好さんも、無様に部屋の布団の上で酷使した身体の反動に悶えていた。割と本気で心配してそうな教導の声が、尚更悔しさを増長させる。
厳しい鍛練を積んできたけど、さすがに自分の限界を考えずに追い込んだことはない。返って逆効果になるから。
____まあ、それが今の状態。日常生活に支障が出るレベルで身体の節々が痛み、その影響で気分も最悪。その上で目標にはかすりすらしなかった。
〈マッサージ、してあげようか?その様子だと自分じゃ出来なさそうだし〉
「…あんたは平気そうでよかったわ」
〈だってほとんど動いてないもん〉
「…ですよね。斧とブロックだけでしたもんね」
〈……考えてみれば、あたしの戦い方って全然動かないのかも〉
自由自在に操れるトマホークと、地形そのものが武器になるサイコキネシスによるオールレンジ攻撃。はっきり言ってこの前のバーテックスより突破口が見出だせない。付け焼き刃の連繋じゃ教導を動かすのも不可能だ。
教導が全く疲れの色を見せないのがその査証。____そこまで推測して悲しくなってきた。
「…そうね。銀にも少しは働いてもらいましょうか。マッサージ、お願いするわ」
〈よし、待ってました!〉
「………………嫌な予感が」
虫の知らせというのかしら。理由も確証もないけど、それがとんでもないことだっていうのが頭の中を旋回する。
うつ伏せの三好さんの上に乗っかって、教導は義手の指を鳴らし始めた。心なしか、うっすらサイコキネシスが働いてるようにも見えるけど____。
〈じゃ、念入りにほぐしておかないとね〉
「念入りって、そんなおおげさな…んんっ!?」
「!?」
教導の指が背中に触れた途端、三好さんの表情が一転した。気だるげに目を半開きにしてたのが、不意に敏感なところを触られたようにドキッとした顔をした。
____私の勘も、腐ってはいなかったようだ。危うく大変な目に遭うところだった。
「ちょっ…銀んんっ……」
〈こりゃだいぶ貯まってますなぁー。ま、銀様に任せてなさい。極楽浄土へ行かせてやるよ〉
「うあっ…ふぅうん……まっ…」
教導の最後のセリフだけ異様に低いトーン。何だかそういう企画のボイスに聞こえてしまって、私まで顔が熱くなってきた。
ああ、三好さん。あなたは勇敢で、そして浅はかだったわ。何気ない一言が、そんな始末になってしまうのだから。
〈うーん、全身がもうガチガチだね。これはあたしも全力でやらせていただくよ〉
「やっ…いいってぇ…!それ以上はぁ…!」
「………………」
この場を離れないといけないのは十二分にわかっているけど、____なぜか目の前のなまめかしさすら覚える光景を見ていたいという欲望が頭から離れない。
力なく座り込んだ私を尻目に、あちらはクライマックスのようだ。女の子が上げちゃいけないような声を我慢できない三好さんと、悪気もなく全身全霊で彼女の凝り固まった筋繊維をもみほぐしていく教導。
〈よし、こんなとこかな?どう?気分は〉
「あ…ひぃ…ぁあ」
「…いつぞやの意趣返しのように撃沈させましたね…」
どれだけ効き目があったのか、三好さんは言葉を発せないくらいに息を切らして今でも教導の指の感触に悶えているようだった。
プロでもこんなことにはならないと思うし、やっぱりあの義手が放つ不思議な力がそうさせたのかしら。
____とかのんきに考察してる場合じゃなかった!間違いなく次の標的は私じゃない!
〈あれは芽吹の仕業じゃんか。…ふふん、なら遠慮なくできるね〉
「遠慮します!辞退します!拒否します!根に持ってるなら謝りますからご容赦を!」
〈はは、芽吹のそんな必死な姿初めて見た!でも身体の余計な力を抜くだけだから、遠慮はいらないよ〉
「嫌ですよ!銀と三好さんの前であんな痴態をさらすなんて!」
〈…いひひ。そうやって拒絶されると、尚更見たくなるよねぇ。芽吹のあんな姿やこんな姿を!〉
「ひ、ひゃぁぁっ」
勇者にあるまじき下衆な笑いをして、私が逃げる間もなく教導は絡み付いてきた。動きに一片の迷いもない。
あっという間に組み伏せられてマッサージ体勢が整ってしまった。教導の体温を触れた手足が感じとる度に、今までに味わったことのない感覚が脳髄に焼き付く。
〈おおぅ…夏凜よりも具合がヒドイねぇ。まるで父ちゃんの背中だぁ〉
「そ、それはあんまりです…」
〈誇ってもいいんだぜぇ?四国を守る漢の背中だって〉
「私も教導も女の子ですよ…」
見方に寄ってはロマンチックな雰囲気かもしれないけど、教導の冗談がそんなのを軽々吹き飛ばしてしまった。
ある意味安心したけど、____何かもったいない気もする。
____私はパパ似なんだろうか。母親には会ったことがないし、どんな人だったのか想像もつかないけど。でも、パパ似だって言われたら、それは嬉しく思う。
「…教導のお父様は、どんな方なんですか?」
〈父ちゃん?大赦の悲しき中間管理職だよ。どっちかって言うとあたしに似てて、今どき珍しい熱血漢だね。ま、それが父ちゃんのいいとこなんだけど〉
「尊敬されて、いるんですね」
〈うん。仕事の関係で父ちゃんも母ちゃんも家を空けることが多かったけど、あたしがこうなりたいって思うくらいに、ね〉
____妙にしっかりしたところがあったは、家のことを教導が任されていたのが理由か。私も同じようなものだけど。
〈芽吹のお父さんは…有名な宮大工だったよね〉
「ご存知なのですか?」
〈芽吹の履歴書見た時に、“あ、この名前見たことある!”って思ってね。確かこの丸亀城の改築の主導者じゃなかったっけ〉
「やはりそうでしたか。真新しい箇所にもパパが培ってきた業が見受けられまして」
〈…パパ〉
「…はっ!」
とんでもない墓穴を掘った気がする。
ただでさえ真面目な印象で通してるのに、まさか父親のことを“パパ”と呼んでいるって知られたら!かっこうのネタにされてしまう____!
〈…そうだよね。芽吹はお母さんに会ったことないんだもんね。お父さんに甘えちゃうのもわかるよ〉
「あ、あの、教導」
〈大丈夫大丈夫。別に変とは思ってないって。自ら進んでサイボーグになった奴とは比べ物にならないって〉
____全然フォローになってませんが、茶化すつもりもないようですね。安心しました。
〈よし、それならあたしが芽吹の母ちゃんになってやろう!〉
「こんな不真面目な人にパパはあげられません」
〈む、娘に嫌われた…〉
「教導は教導です。落ち着きのない男の子っぽい勇者でしかないんです。パパにふさわしいのはもっとこう、人知れず背中を支えてくれるたおやかな人じゃないと」
〈ぬぅ、さっきは女の子だって言ってくれたのに…。そんなこと言う弟子はこうだ!〉
何か琴線に触れたのか、教導がすねたようなことを口にした。
____そのあと、この世のものとは思えないほどの甘美な刺激が背中から波及し、全身を支配した。
「うわぁぁっ…ぎ、銀…やめっ…」
〈抜群の効き目のようだね。…抵抗しなくていいよ、全部あたしにゆだねて〉
「っ…!」
耳元でそうささやかれると、また耳からゾワゾワっとした感覚が神経を走った。
三好さんがやられてた時でも身体の力を奪うイケボだったのに、間近で聞かされたらそれはもう。
〈頑張りやさんの芽吹に、ごほうびだよ。お疲れさま〉
「ふぁ…んっ……ぁ……」
もう抵抗するということすら考えが及ばない。意志は堅いつもりだったけど、そんなものは鉄板の上のアイスクリームのようにドロドロに溶かされてしまった。
銀の両手のあたたかくて心地よい刺激が、本能のまま流されてしまえと私のわずかに残った意志をさらっていった。
その時間は永いようにも感じられたし、あっという間だった気もする。だらしない声を上げて銀にされるがまま、気がつけば私の背中から銀は離れていた。
〈ふふ、気に入ってくれたようだね、二人とも。銀様もやりがいがあるってもんよ〉
「……なに一人で満足してんのよセクハラ魔神!」
〈お、夏凜が復活した。イヤだなぁ、ホンモノのセクハラ魔神はハルさnぶぇっ!〉
「しゃべるなぁ!これ以上変なこと言ったらあんたから殺すわよ!」
復活早々銀に枕を投げつけた三好さん。顔面ヒットで布団に大の字で倒れた。
余程恥ずかしかったのか、三好さんは顔を真っ赤にしてさらに銀に詰め寄った。今日という今日は徹底的にしぼるつもりらしい。
〈ひゃ~夏凜に襲われるぅ~助けてメブぅ~ 〉
「……勝手に襲われてればいいんじゃないですか?」
〈うおぉん、芽吹が冷たいよ~〉
「あんたのそのアホみたいな行動に冷めてんのよ!」
〈うひぃ~、はいんはあふいよ~〉
夏凜は熱いよ~、と言いたいらしい。頬を両側からつままれてまともにしゃべれてないけど。
三好さんの動きもだいぶ柔らかくなったように見える。教導のマッサージの効果はちゃんと出てるらしい。
私もさっきまでの身体の軋みが嘘のように消え去ってる。辱しめられた火照りで動きたくないけど。あの義手は医療器具か何かなのかしらね。
「このようにあんたをとっちめてやれるくらいには回復したわよ。感謝しとくわ」
〈ふふ、悪役みたいなセリフ〉
「銀みたいなのが勇者だっていうんだから、別に聖人君主である必要もないでしょ」
〈みたいなのって…。ああ、評価がどんどん下がっていくよ…〉
英雄としての評価は右肩下がりですけど、勇者としての評価はストップ高を維持してますから安心してください。
いつか三好さんを下して、あなたを越えることが今の私の目標ですから。そのいつかは、わかりませんが。
____それまでは、教導と三好さんの隣にいさせてください。