シロツメクサを捧げる   作:Kamadouma

15 / 38
ぶっ壊すわよっそんなもの!

 

 

 

〈……寝れないの?夏凜〉

 

「…あんたこそ。しばらくくたばってたじゃない」

 

 

 

部長の家に来てからは、もう何もかもめちゃくちゃだった。

 

 

胃が悲鳴をあげてる銀と楠にうどんを振る舞う部長。ノックアウトした銀の替わりにセクハラ魔神と化した結城さん。犬吠埼さんが楠の介抱にあたると、残されたのは私だけ。

 

 

このカオスにあてられて、神経がギンギンに冴えてしまった。片っ端からツッコんでたのがいけなかったのもあるけど。

 

 

他のみんなが寝静まった夜中。玄関先から讃州の夜景を眺めてる銀を見つけた。

 

 

 

〈ホントにね。一杯食わされたよ〉

 

「一杯どころじゃないでしょうが。何で家に来てまでうどん食わされてんのよ」

 

〈いいじゃんいいじゃん。食い倒れた芽吹なんてもう一生見られないよ〉

 

「拒否すればいいものを…。あいつもバカなんだから」

 

 

 

あいつも銀も、出されたものは全部食べきった。己の胃袋がもう使い物にならないのを理解していながら、部長の料理は無駄にできないと言って意地を見せ付けた。

 

 

その結果、楠のやつはガチで具合が悪くなって、銀はアホ面しながらその場で転がる始末。二人とも拒否しないバカだけど、遠慮なくおかわりを継ぎ足す部長もちょっとどうかしてる。

 

 

 

〈…楽しいでしょ?勇者部〉

 

「これを見て楽しいかと聞くとか…。あんたも大概ね」

 

〈ふふ、でも悪くないって顔してるよ?〉

 

「…悪くはない、わよ。疲れるだけで」

 

 

 

…あんたの隣は、ね。

 

 

 

〈そういうこと言ってくれるとあたしもうれしいな〉

 

「そうさせたのはあんたよ。こんなことになるなんて、思ってもなかった」

 

〈そんなことないよ。夏凜も芽吹も、ホントはみんな一緒にわいわい騒ぎたいんだよ〉

 

 

 

騒ぎたいのはあり得ないとして。

 

 

みんなと一緒に何かするのは、嫌いじゃないかも。

 

 

 

 

 

 

____これが、私と楠に足りてないもの、なのかしら?

 

 

 

「あの楠が、ねぇ。一匹狼気取ってるような奴が」

 

〈……二人とも、お互いを意識しすぎだよね。前も言ったかもしれないけど〉

 

「…あいつだけには負けられないのよ。…あんな奴が勇者に選ばれたのだって、今でも納得いかないから」

 

 

 

口にすると、忘れかけていたあいつへの怒りが蘇ってきた。銀にそれを打ち明けるのは少し躊躇があったけど____

 

 

 

 

 

 

どの道、いつかは三人で向き合わないといけない問題だ。銀だって知っておかなきゃいけないことよね。

 

 

銀が視線を私の方に向けて、疑問の符を見せた。

 

 

 

〈?どういう意味で?〉

 

「…あんたはまだ見たことないかもしれないわね、あいつの本性。自分の目的のためなら、どんな手段もためらわない。それが他人を傷付けることであっても」

 

〈芽吹が?ほんとに?〉

 

「…あいつに潰された候補者も、少なくないわ。身体的にも、精神的にも」

 

 

 

本人は、その気はなかったかもしれない。けど、あいつの言葉が、訓練が、視線が、間違いなく数名の候補者を途中で諦めさせたのも事実。

 

 

 

 

 

 

____私は、何もできなかった。あいつを上から叩いてやることも、共に歩んだ仲間を守ることも。

 

 

 

〈…じゃあ夏凜は、その子たちの仇をとりたい?芽吹を同じ目にあわせたい?〉

 

「それは……」

 

 

 

____銀の突拍子のない質問に、言葉が詰まってしまった。

 

 

昔の私なら、即答でもちろんだと答えたはずだ。あいつのこと、単なる敵だと思ってたから。

 

 

 

 

 

 

____けど、なぜだろう。思考はそこで停止してしまった。

 

 

 

〈……例えばさ。あたしが芽吹を再起不能になるまで打ちのめしたら、夏凜はどんな気持ちになる?〉

 

「えっ…?」

 

〈そんな人間は勇者に相応しくない、あたしが直々に手を下してやるって言ったらさ〉

 

「や、やめろよそんなこと!!あんたが本気でそんなことしたらっ、いくらあいつでもっ」

 

 

 

間違いなく二度と立ち上がれなくなるだろう。

 

 

____あいつだって銀のこと信頼してるはずだし、そんな人にお前は必要ないって言われて力の違いを見せ付けられた____私だって心が折れる。

 

 

 

 

 

 

そんな楠の姿を見て、私は____

 

 

 

〈潰れるだろうね。心も身体も。そうなったら、夏凜はうれしい?それとも〉

 

「やめろっ!!あんたおかしいわよっ!!」

 

〈あはは、そうかな?けど、こんな簡単な質問にも答えられない夏凜も、ちょっとおかしいんじゃないかな?〉

 

 

 

質問に答えることを拒否してしまった。答えを出すことを良しとしないから。

 

 

銀はなおもいつものほほえみで私の回答を待っている。その視線だけで足は貼り付けられて、逃げることを許さない。

 

 

感じたこともない恐怖が、私の身体を支配した。

 

 

 

〈聞きたいんだ、あたし。夏凜が芽吹をどうしたいかって〉

 

「どうしたいって……?」

 

〈勇者をやめるって言うまで叩きのめすのか、二度と逆らわないように屈服させるのか〉

 

「そんなことするわけっ…!」

 

〈なんで?芽吹に勝つってそういうことじゃない?嫌なやつをどうにかするって〉

 

 

 

銀が示した提案には、まるで血が通ってなかった。妖しげなほほえみのままでいるのが、なおのこと狂気を感じさせる。

 

 

力ずくで心までも屈服させ、意のままにする。最短で抜本的な方法だ。

 

 

でも____

 

 

 

 

 

 

____私があいつに求めることはそうじゃない。私が見てきた汚い大人みたいに心を蹂躙するんじゃなくて____

 

 

 

「あいつは…楠は仲間よっ!そんなことしていいわけないっ!」

 

〈じゃあ、どうするの?このままじゃ、ずっと二人の間には壁が残ったままだよ?〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____ようやく会えた好敵手を、仲間にしたいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶっ壊すわよっそんなもの!私たちが積み立ててきた壁なんて全部!」

 

〈…ふふ。そうだね。壁は殴って壊すしかないよね〉

 

 

 

____本当は、あいつを仲間って認めたかったんだ。誰の指図も受けずひたすらに高みへ登るあいつの姿は、____私の憧れだった。

 

 

だけど、仲間として認識してもらうにはどちらかが歩み寄る____負けを認めるしかない。

 

 

 

 

 

 

私も楠も、高いプライドがそんなことを認めなかった。気づけばそれを正当化するように後付けの理屈を並べて、お互いの本当の姿なんて見えなくなってた。

 

 

私たちの関係をどうにかしたいなら、____言い訳なんてしないで、本音でぶつかり合って、納得するしかない。

 

 

 

「そんであいつも殴るっ!一切の手加減なく!」

 

〈おお、あたしは止めないけど、大丈夫?〉

 

「止めたらあんたからぶちのめす」

 

 

 

止めなくて結構。銀は関係ないから。これは私と楠のけじめだから。

 

 

そうと決まれば即決行したいけど、肝心のあいつはダウン中。そして昼間は幼稚園に訪問。その夜打ち上げ会。最短でもその後か。

 

 

 

 

 

 

少し時間が空いて頭が冷えてくると、自分の置かれた位置が見えてきた。肩肘はってやせ我慢してた自分のバカバカしさも。

 

 

本音を絞り出すのって、こんなに難しいことだったかしら。いつの間にかそれができなくなってたのかも。

 

 

 

「何をモヤモヤしてたんだろ。こんな単純明快な解決法がすぐそこにあったのに」

 

〈ホントにね。なんでためらってたの?〉

 

「あいつだけには、膝を着きたくないのよ。…けど、今回は私の勝ちね。銀の出した課題、先に解いたのは私よ」

 

 

 

____ヒントをくれたのはあんただけど。公平じゃないとは思うけど、勝ちは勝ち。

 

 

____これで決着が着くとも思ってないけど。

 

 

 

〈そのためには、小さな勝ちはくれてやるって?〉

 

「ええ。何倍の価値があるもの」

 

〈“勝ち”、だけに?〉

 

「……冷えてきたわね。さっさと布団に戻るわよ、銀」

 

〈言ったのは夏凜じゃんかよ~〉

 

 

 

そんな寒いダジャレさえ、心地よく聞こえてしまうのよ。____これ以上は言わせんな。

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

「あ、サイボーグのねえちゃんだ~!ひさしぶり~!」

 

〈おお!ずいぶんと大きくなったなぁ、ぼうず達!今日は銀様がたっぷり遊んでやるぞ~!〉

 

 

 

幼稚園につくなり、銀は園児たちに群がられる。主に男子に。あの義手と義眼が男心を掴んで止まないのか。

 

 

対して女子が詰め寄せてきたのは____

 

 

 

「おねえちゃん、きれ~。せがたかくてかっこいい~」

 

「そう?…ありがと。あなたもすぐに美人になれるわよ」

 

 

 

____楠に、だ。

 

 

確かにすっと姿勢が良くて、頭良さそうなクールな顔立ちで、私以外にはそれなりに愛想がいい、完璧な美少女だけど。

 

 

なんか納得いかない。納得いかないけど____決着は後で。

 

 

 

「んじゃ予定通りに、中休みまで一緒遊んで、その後人形劇やるわね」

 

「…銀があの様子だけど、準備大丈夫なの?」

 

「大丈夫だよ。銀ちゃんが来ると、いつもあんなんだから」

 

「大人気ですよね、銀さん。憧れちゃいます」

 

「楠さんも大したもんよ。できる人間は子供たちも気づいてしまうようね」

 

 

 

子供たちだけじゃなくて、勇者部の面々も楠の評価は高いようだ。

 

 

____そりゃそうよね。経験もない仕事の指揮をとって、多方面に才能を発揮して。

 

 

だからこそ、私は挑む。あの性悪女に。どれだけ多才なやつでも、勝つべきところで勝てば、それは勝ちだから。

 

 

 

「よし、先生方の指示に従って、子供たちの相手になるわよー!」

 

「「おー!」」

 

「…おー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほらほら、もっと気合いいれないとあたしには当てられないぞ~?」

 

「うぅ~っ!風ねえちゃんからだデカいのに当たらないよ~!」

 

 

 

結局二人一組でグループに分かれた子供たちの遊びに付き合うことになった。

 

 

私と犬吠埼部長、楠と犬吠埼さん、銀と結城さんの組分けで、私のチームはドッジボールをやってる。運動好きの子たちに混ざって、私と部長のガチバトルになっていた。

 

 

 

「…いい?投げるぞ投げるぞって相手を見てたら相手も避けるわ」

 

「えー?そしたらどうやって当てればいいのさー」

 

「相手が見てないところから投げたらいいのよ。こんな感じに」

 

 

 

大人げなくボールを避ける部長は、少し痛い目にあってもらわないといけない。

 

 

たぶん一番運動神経のいい男の子からボールを借りると、ノールックで部長に投げ付けた。

 

 

 

「ぶおっ!!か、夏凜っあんた卑怯よっ!」

 

「子供たちにお手本を見せただけよ。ほら、部長アウト」

 

 

 

さすがに私の豪速球は受け止められなかったらしい。油断してたところをつかれたのか、腕に当たったボールが顔面に跳ね返ってヒット。そのまま帰って来たボールを男の子に託す。

 

 

 

「かっ…かっこいい…!夏凜ねえちゃん!」

 

「…ふ、ふん。鍛え方が違うわよ。あんたも鍛えれば、これくらい余裕よ」

 

「お、おのれ丸亀勇者部…」

 

「すっげー!銀ねえちゃんよりつよい人はじめてみたー!」

 

 

 

このワンプレーで、子供たちが歓声をあげた。敵味方関係なく、私の名前を呼ぶ声が絶えない。

 

 

 

____なによ、三好夏凜。こんなことで浮かれてるんじゃないわよ。褒められなれてないだけだから。

 

 

 

「おほほほ、照れてる照れてる」

 

「何か言った?」

 

「とんでもございません勇者夏凜様」

 

「あんたの株はどんどん下がってるけど、取り返しにきなさいよ。部長の風さんよぉ!」

 

「あたぼうよぉ!」

 

 

 

こぼれ球をキャッチして外野から豪速球を放ってきた。私相手なら手加減はなしってか。

 

 

大人げないのは相変わらずだけど、それなら私も退屈しないってもの!

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

「すっごーい!芽吹ねえちゃん、絵じょうずー!」

 

「そうでもないわよ。勉強したら誰でもこれくらいは描けるものよ」

 

 

 

私と犬吠埼さんが行った組は、お絵描きの時間だった。子供たちになぜかせがまれて、私は先生の似顔絵を描くことに。

 

 

風景画や見取図を描き起こすのは慣れたものだけど、それ以外の絵というのはあまり描いたことがない。所詮私の描くものは作品の完成予想図や設計図でしかなくて、そこに関心はなかった。

 

 

 

「ほんとすごいですよ楠さん!この短い時間でこんな上手に描けるなんて!」

 

「あなただって苦手って言った割にはできてるじゃない、犬吠埼さん。…あなたの問題はたぶん、自信のなさじゃないかしらね」

 

 

 

線画だけど、程よくデフォルメが効いた彼女らしい可愛らしい絵。若干怪奇物に片足を踏み入れた部分もあるけど、三好さんより余程絵心はあるようだ。

 

 

部長の妹さんなんだし、本来持ってる才覚は同等かそれ以外のはず。

 

 

 

 

 

 

____勝手な推測だけど。

 

 

姉に甘え過ぎた結果、自立の意識が低くて各所に弊害が出てる、ということなのかしら。____もったいない話よ、才能を埋もれさせるって。

 

 

 

「うんうん!樹ねえちゃんもじょうずー!」

 

「あ、ありがとね。みんなも上手に描けたね!」

 

「ええ。苦手なことでも勇気をもって挑戦する、それだけでもう立派な勇者よ」

 

 

 

子供たちの無邪気な様子にあてられてか、私らしくもなく饒舌に話してる。

 

 

 

 

 

 

____自分の放った言葉が、自分に突き刺さった気がした。

 

 

三好さんとの決着からなぜ逃げるの?そんなに競い合える人を失うのが怖い?それとも負けるとでも思ってるの?私が?

 

 

 

 

 

 

____負けを怖れて何が勇者だ。

 

 

私に簡単に負けたっていうのなら、所詮三好さんはその程度の人間だったということ。そして、私は三好さんに勝つためにここまで研鑽してきたわけだし、敗北なんてあり得ない。

 

 

 

「さて、片付けしましょうか。みんな、自分で使ったものは自分で元の場所に戻して」

 

「「はーい!」」

 

「ふふ、先生より先生してるかも」

 

「うぐっ、厳しいご指摘痛み入ります…」

 

 

 

____すみません、新任の先生。出過ぎた真似をしました。

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

 

〈ブラボーブラボー!みんな気持ち歌声で一つになってるよー!〉

 

「うんうん!これなら発表会でも金賞間違いなし、だね!」

 

 

 

「サイボーグのねえちゃんがいっしょだと、すごくがんばるよね!みんな!」

 

「あと友奈ねえちゃんはすっごくやさしくおしえてくれるし!」

 

〈そうだろー?けど友奈はあげないぞっ。なんたってあたしの嫁なんだからなー!〉

 

「銀ちゃんもあげられないよっ。銀ちゃんはわたしのお嫁さんなんだからね!銀ちゃんぎゅ~」

 

「ばかっぷる~」

 

 

 

〈…おっと、もうそろそろ時間だね。みんな、また後でね!面白いもの見せてあげるから!〉

 

「うんうん!お楽しみにー!」

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。