「…三体……。……何を狼狽えてるのよ、楠芽吹ともあろう者が」
「…上等!こいつらを蹴散らして、銀の出番なんてもうないってのを証明してやる!」
レーダーに写った敵影は三体。ナンバー7キャンサー、ナンバー11スコーピオン、ナンバー12サジタリウス。過去の出現データからも、この三体は同時に侵攻してくることが多いことがわかってる。
故に、対策も練ってあった。教導の過去の戦闘データから奴らの行動は把握してるし、有効な戦術も用意できてる。
____あくまで、教導の戦闘能力をもっての話、だが。
「相手も連繋を得意とするタイプよ。術中にはまらないようにしないと」
「なら、連繋の要の蟹野郎を即攻でぶっ潰そうじゃない」
三好さんの提案は正しい。出張ってくるキャンサーに手間取っていると、サジタリウスの援護射撃やスコーピオンの手痛い一撃が来る。
装甲の硬いキャンサーを手早く仕留めるのは少し手間だけど、方法がないわけじゃない。
「そうね、奴を仕留めるのが第一よ。…まず、奴一体を孤立させるために陽動から始めましょう」
「…相手の方が数多いわよ?」
「一人で二体の面倒をみればいい話でしょ?サジタリウスとスコーピオンにちょっかい出して気を引いておくから、三好さんはキャンサーを遠くまで深追いさせて」
「…わかった。あんたの見せ場、しっかりこなしなさいよ」
____これまでなら是が非でも首を縦に振らなかっただろう。私の指示なんて絶対聞こうとしなかったから。
だけど、今なら素直に協力できる。私たちの決着に、他の何かが介入することは許さない。例え教導であっても。邪魔するのであれば、二人足並みを揃えて最速で排除するまで。
初めて私と三好さんの思考が一致したと思う。うわべだけの考えじゃなくて、心から同じ方向を向いたような気がする。
「…孤立したら、一気に封印するわ。それで数はイーブンよ」
「任せた。有言実行、期待してるわ」
そう言って、私は樹海へ駆け出した。陽動の都合上、私が前線に立たなければならないから。
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気取られないように木の陰を縫いながらスコーピオンの側面に位置取る。既に三体のバーテックスも分散して、突出したキャンサーが三好さんの襲撃を受けているようだ。
「二体に挑発なんて、自殺行為ね。何やってるのかしら、私は」
キャンサーを援護射撃しようとしたサジタリウスに、ランチャーから徹甲弾を放つ。ライフルで届かない距離でも、風をまとって揚力を得られる滑腔砲なら射程内。巨大な矢ごとへし折って、オウム貝の中へと貫通させる。
これで二体の標的となった。即座に尾を振るってきたスコーピオンに向き直り、回避行動を取った。
「…無力化が先決か」
早くもサジタリウスは身体を再生させている。攻撃再開まで時間は多いとは言えない。
その間にスコーピオンの攻撃力を削ぎ取らないと。サジタリウスに接近しながら攻撃を回避しつつ、尻尾目掛けてライフル弾を少しずつ撃ち込む。
単発では怯みもしないけど、これはただの弾じゃない。
「さて、そろそろもらいましょうか。その尻尾!」
指をパチンと鳴らせば、貫通しなかった弾丸が一斉に破裂する。一発の衝撃が小さくても、合力すれば巨躯を解体するほどの威力になる。
スコーピオンの尻尾は弾け飛んで、バランスを崩して転倒した。これでしばらくは動けないだろう。
「…三好さん、あとはあなたの役割よ」
再生を完了しようとするサジタリウスに楔を打ち込むべく、更に接近していく。
____私がしくじれば、三好さんも道ずれだ。二人仲良く地獄行き。
そうなったら、銀は本当に壊れちゃうわね。必ず二人揃って、帰りましょう。
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「な…何が起こってるの…?」
〈…夏凜と芽吹が、一緒に戦ってる。四国を、みんなを守るために〉
「戦うって…?銀さん…これは一体…?」
〈…みんな、あたしから離れないで。こっちにも敵が来るかもしれない〉
「……あんたは戦っちゃダメよ、銀。わかってんでしょ、自分のことくらい」
〈…わかってます風さん。バーテックスを前にすると、自我を抑えきれないことくらい。でも、危なくなったら…いきます〉
「……わかった。…友奈、樹。今は銀の言うことを聞きましょう。戻ったら、…全部話すわ」
〈風さん…ありがとう〉
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「このうすノロぉっ!早くしないとぶっ飛ばすわよ!!」
十分ダメージも与えたし、相手もちょこまか動き回る私を叩き潰そうと躍起になってる。あとは他二体の対応範囲からこいつを炙り出すだけ。
楠のやつもうまく立ち回ってるみたいだ。遠くから見ても他二体は動きを止めてる。____負けてらんないわね!
「甘い甘い!銀の攻撃の応酬に比べたら穴だらけなのよ!!」
浮遊するプレートで押し潰そうとしてくるけど、こんなノロい攻撃じゃ止まって見える。逃げ道を塞ぐような連続攻撃でもない。
銀にしごかれて強くなった私には、この程度敵じゃない!
「…いいタイミングね!仕留める!」
レーダーで測った距離は予定通りの数値だし、他二体を目視しても私に構ってる余裕はないようだ。
プレートからプレートに跳び移って本体の上まで登る。頂点を取ったら渾身の力で戟の杭を振り下ろす。
確かに硬いけど、この武器なら抜けない防御でもない。装甲を叩き割ってヒビを伝搬させて、巨体を地面に叩き付けた。
「動くなカニ野郎っ!!」
声と共に、意識を“見えない何か”に集中させる。すると雷獣が察知してくれてかのように私の首元から飛び出して、数字の入った魔法陣みたいなのをバーテックスの下に描いた。
程なくしてカニ野郎が御魂を吐き出した。あとは、数字がゼロになる前にこれを粉砕するだけ。
「もらったぁっ!!」
すかさず逆ピラミッドに飛びかかって、戟の刃を突き立てる。
しかし、御魂はおちょくるように滑って私の戟を回避する。
「そんな小細工っ!!悪あがきなのよぉ!!」
当たらないなら当たる攻撃をすればいい。
戟のしなりで高高度まで飛び上がって、勢い殺さず落下。戟を地面に叩き付ける。
猛烈な電撃と砕け散った大地の破片が、辺り一面を吹き飛ばした。もちろん、御魂もバーテックスも巻き込んで。
「まずひとつ!この勢いで殲滅してやる!」
敵の位置を確認しようとレーダーを覗く。
「…ん?銀?…バーテックスがそっち向かってるじゃない!」
楠は確かにバーテックスを引き付けていたけど、一体が遠くの銀の方向へ向かってる。
銀を戦わせてちゃいけない。もうあんな銀は見たくない。
理屈も何も捨て去って、私は銀の方へ駆け出した。
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「キャンサーの反応の消滅を確認。早いわね、三好さん。…ふ、そうでなきゃ」
再生しかけていたサジタリウスの口に炸裂弾を放り込んだ直後。レーダーからバーテックスの反応が一つ消えた。
____手柄を先取りされたのに、なぜか嬉しくなった。全く、人の感情の何と御しがたきことよ。私の知らないことを平然と目の前に突き立ててくる。
「私も戦功の一つでも立てておきたいわね」
スコーピオンは再生まで時間がかかるようだ。身体の半分を失ったのだから、当然といえば当然か。削がれた機動力でさまよっている。
ならば、ここで勝敗を決してしまうべきか。残り二体も無力化できているし、三好さんもすぐさまこっちに向かってくるはずだ。
無気力に宙を漂うサジタリウスに銃口を向けて、引き金を引いた。
「あなたの御魂、もらい受ける」
着弾点からどういう手品か以津真天が飛び立った。いつまで、いつまでと叫び声がこだますると、シミュレータで見た角錐が顕現する。
____御魂は飛び出した途端、サジタリウスの周りを猛スピードで旋回し始めた。時間稼ぎのつもりか。
「…それでどうにかなると思ったわけ?なめないでくれるかしら」
的当てのつもりかもしれないけど、そんな余興に付き合うほど私は心が広くない。
ランチャーに徹甲弾を再装填して、照準もつけずに発砲。もちろん射線上に御魂はないけど、弾は空気の波に乗って追尾する。簡易的なミサイルとして機能するのよ。
「あなたの役目は終わり。…滅びなさい」
加速する徹甲弾はとうとう角錐を捉えて、貫通した。御魂もバーテックスも、時間が止まったように静止する。
一瞬の後、サジタリウスは霧散した。
「…目標排除」
次の行動の優先順位を確認する。
____三好さんと合流しよう。スコーピオンを二人がかりで撃破するだけ、だけど油断せず徹底的に追い詰めるわ。
位置を把握しようとレーダーを確認する。
「……!教導と…スコーピオン!?」
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〈……仕方ないよ、風さん。あたしが戦わなきゃ、みんなを守れない〉
「ダメよ銀!あんたが壊れちゃう!」
〈でも、もう失うのはたくさんなんです。大切な人と会えなくなるくらいなら、目玉でも腕でも脳みそでもくれてやります〉
「それは困るのよ!あんたの介護なんて、死んでも引き受けてやらないんだから!」
〈夏凜…?〉
超特急で樹海を駆け抜けて、銀のところまでたどり着いた。
銀に力を振るわせてはいけない。ただそれだけを思って後先考えず走ったけど、楠のやつが一体葬ったらしいし丁度いい。
〈…一体、倒してきたんだね〉
「あんたのしごきの方が百倍キツかったわ。おかげでバーテックスなんて敵じゃない」
〈それはよかった。先生冥利につきるね〉
「……で?なんで風たちまでいるわけ?」
〈神樹様が選んだんだよ。風さんと、友奈と、樹を〉
苦虫を噛み潰したような顔をする銀。喜べることではないらしい。
まあ、出番はないわよ。作らせない。銀と一緒に楽しい勇者部を守ってもらわないと。
「…あんたたちはもっと後退して。最後の一体も私と楠で消し去ってやるから」
〈オーケー夏凜。ロートルは引っ込んでるよ。…何か、吹っ切れたみたいだね〉
「ええ。こんな戦い前座だから。真に勝たなきゃいけないやつは別にいるし」
____それに勝って初めて、私たちは“本当の勇者”になる。
〈みんな、ここは夏凜に任せて避難しよう。大丈夫、あたしの弟子はもう一人前だよ〉
「夏凜ちゃん……無事に帰ってきてね…!」
「当たり前よ結城さん。楠に勝つまで死ねないんだから」
こんな異常事態でも結城さんは私の心配をしてくれるらしい。
____なんだろう。なぜか結城さんのその言葉に危うさを感じた。
この人は____銀以上に勇者になったらまずい人かもしれない。戦わなくていいように、私たちがしっかりしないと。
そんな憂慮をしてると、しゃべる怪鳥が目に写った。
「そうね、簡単に死んでもらっては困る。あなたも、教導も」
〈お、芽吹。しっかり一体倒してきたんだね〉
レーダーを見れば、オウム貝みたいなバーテックスが姿を消している。楠が仕留めたらしい。
「…やるじゃない。二対一で立ち回ったあげく首級もあげてくるなんて」
「あなたの陽動があってこそよ。あっちを任せられると思ったから、私も集中できた」
素直に世辞で返してきた。
今までなら虫酸が走ったような言葉だけど、今は素直に嬉しくなった。あいつのこと、ちゃんと理解しようとしてるからか。
「…じゃあ、仕上げね。三好さん、準備はいい?」
「もちろんよ。見てなさい銀。あんたの出番はもうないってことを!」
〈はは、あたしクビかぁ。友奈たちと一緒にご隠居生活も悪くないけどね〉
別にいなくなれとは言ってないんだけど。年寄みたいな物言いも板についてきたわね、銀。
やっと私たちのあるべき姿が見えてきた気がする。好敵手がいて、先生がいて、私がいる。
楠、あんたもわかるはずよ。それが何よりもかけがえのないものだって。自ら手放すなんてとんでもないことだって。
「なによ、全然いい雰囲気じゃないのよ」
「仲直りできたんだね!よかったよかった!」
「いい意味でライバルって感じです!」
「…そう、ありたいものね。できれば、……」
「できれば、じゃないわよ。あんたは私が認めたたった一人の好敵手だから」
〈……芽吹…。そっか…〉
楠の言葉の最後の方は聞こえなかったけど、あんたとの関係を終わらせてたまるか。
銀には聞こえてたみたいだけど。あのアンテナみたいな耳もだいぶ高性能なのかしらね。後で楠が何言ってたか聞いてみよう。
「さあ、迫ってきたわね。銀、みんなを頼んだわよ」
〈がってん!いい報告、期待してるよ!〉
「任せてください。…教導、行ってきます」
銀の義手のサムズアップを一目見てから、近づいてきたバーテックスへと駆け出す。それだけでどんなサプリより元気が湧いてくる。
とっとと終わらせて、祝勝会といこうじゃない!
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「再生は間に合ってないようね。御魂を引きずり出してすぐ仕留めましょう」
「二人がかりで行くわよ!楠!」
正面から注意を引くようにライフルを斉射して、楠はじりじりと距離を詰めていく。
私は裏をかいて回り込んだ。ちぎれた尻尾じゃこいつは無抵抗に等しいから、強引に側面を突く。
「どぉおりゃぁあっ!」
槍先をフラスコみたいな部分に食い込ませて、一本背負いのように振り回す。地面に叩き付けてやれば、あとは封印を始めるだけだ。
「封印開始!」
「援護するわ!」
いつのまにか私の首元を離れていた雷獣と、バーテックスの身体をついばんでいた以津真天。封印の準備も完璧だ。
上の部分が開いて、逆ピラミッドが姿を現した。けど____
「よしっ、終わらせる……って!?増えた!?」
「また子供だましの小細工を…」
あれよあれよと瞬く間に数を増やした御魂。全部一辺に破壊しないとどんどん増殖するらしい。下手に触ると時間が足りなくなるかも。
とか考えてたら、増えた御魂が散らばってきた。これはマズイ。早く手を打たないと。
「…三好さん。あの”ドスン“の準備をして」
「え?でもあんなに散らばったらさすがに仕留めきれないわよ」
「そこは私がなんとかするわ」
「…わかった。あんたのこと、信じてみようじゃない」
楠に状況を打開する策があるらしい。私の目をまっすぐ見て、私を信じてと訴えかけてきた。私もじっと楠の目を見据える。
その視線にフィルターはもうかかってない。打算や牽制抜きの、心からの信頼。あいつがそう見てるのかは知らないけど、少なくとも私は腹を決めた。
「用意はいい?三好さん」
「いつでもいけるわ」
「…オーケー。行くわよ!」
私が高飛びをすると同時に、楠はランチャーを御魂の足元に撃ち込んだ。
地面を穿った弾は強烈な風を巻き込んで御魂を吸い寄せた。あいつめ、自分の力をどんどん応用し始めてる。私も力任せの一撃だけじゃないのも考えないと、あいつに勝てない。
「三好さん!今よ!!」
「だあぁぁぁりゃぁぁああ!!!」
それでも今はフルパワーの一撃が必要だ。稲妻のように紫電をまとう戟を大地に打ち降ろした。
辺り一面が真っ白になるような雷鳴のあとには、御魂もバーテックスも残っていない。____全部、うまくいったみたいね。
「…目標の排除を確認。三好さん、お疲れ様」
「ええ。楠も。あんたの策、完璧だったわ」
「…?三好さん、お腹の模様、光ってない?」
「え?…本当だ。なんだろうこれ。後で銀に聞いてみるか」
オーバーヒートでもしてるのかしら。バラの模様の何枚かが帯電したみたいに光ってる。
特に身体に異常とかはないんだけど____大事になる前に報告すべきよね。
「…それ以外の異常はなさそうね。完勝といったところかしら」
「あんたの機転の利いた戦術、見事だったわよ。私一人じゃどうにもならなかった」
「三好さんの破壊力があってこそ、よ。攻撃力じゃ逆立ちしても三好さんには勝てっこない」
「芸の多さじゃ私も楠には勝てないわよ。あと、頭の回転の良さも」
なぜかお互いの長所を言い合ってる。そんなこと前なら絶対ありえないことだったのに。
変な気分だ。ハイタッチしようとしてる自分も、そのせいってことにしてしまえ。
素直にハイタッチで返してくれた楠を見て、また変な気分になる。____まあ、悪くはない、けど。
「…でも、これも。…三好さんとの決着がつくまでのこと。…あなたを完全には、受け入れられない」
「………………楠」
____今は話さないでおこう。今言ってもあいつには伝わらないから。
さびしそうに楠が視線をそらした先から、樹海は消え去っていった。