シロツメクサを捧げる   作:Kamadouma

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あんたが気に入らないからよ!!

 

 

 

日の光が壁の向こうから射し込んで、夜空を紫色に侵食していく頃。結局眠れなかった私は、海岸で一人たたずんでいた。

 

 

壁の向こうの闇のような、踏破できるはずのない疑問の答えを求めて思考の海へと繰り出して。繰り出しては波に打ち戻されて。ひたすらに無意味な抵抗を続けてただけ。

 

 

そうしてる内に、誰かが海岸へとやってきた。

 

 

 

「…ここにいたか。そんな気がしてた」

 

「…三好さん」

 

 

 

一人部屋を抜け出したのを知ってか、三好さんが私を探してたらしい。どういう意図かははかりかねるけど。

 

 

 

 

 

 

____けど、今こそその時か。私の悩みの一切合切を打ち破る手段。三好さんと決着をつける時。

 

 

 

「…ここに来たってことは、そういうつもりと解釈していいわね?」

 

「……ええ。それでいい。始めましょう。私たちの戦いを」

 

 

 

交わすべき言葉はそれまで。あとは結果が全てを語る。

 

 

それが重罪とわかっていながらためらいもせず、私と三好さんは勇者の力を解き放った。

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

「…どちらかが負けを認めるか、力尽きるまで。それで文句はないわね?」

 

「それでしか、お互い納得しないでしょう?」

 

「そうね。…行くわよ、楠!」

 

「来なさい、三好さん!」

 

 

 

お互いにこの瞬間を待ち望んでいたらしい。掛け声と共に嬉々として一歩目を踏み出した。

 

 

三好さんは迷わず前進。まるで四足歩行の狼のような低姿勢で突っ込んでくる。あの重厚長大な方天戟にしてこのスピード。敵に回すと厄介この上ない。

 

 

距離を詰められると苦しいのは重々承知してるので、あえて三好さんの背後へ回り込むように頭上へ飛び出す。あのスピードじゃ急な方向転換はできないはず。

 

 

 

「…そこっ!」

 

 

 

振り返ってランチャーのトリガーを引く。最大威力の炸裂弾だ。

 

 

 

「ちっ!」

 

「…読まれてる?」

 

 

 

三好さんは舌打ちと共に走り去っていった。弾丸は虚しく地面を穿ち砂塵を立てる。

 

 

さすが、というべきか。伊達に長い時間一緒に戦ってないわ。お互いの戦術を熟知してる。

 

 

 

「…視界が悪い…えっ!?」

 

「そこだぁぁぁあ!」

 

 

 

砂塵を切り裂いて紫電が横一文字を描く。紙一重で飛び退いて直撃は免れたけど____。

 

 

いくらなんでも早すぎる!どんな手品で反転してきたっていうのよ!

 

 

 

「くっ…!なめるなぁ!」

 

 

 

今なお残留する雷光の向こう側へライフル弾をぶっぱなす。ここで牽制を挟まないとどんどん追い込まれる____!

 

 

 

「なんのぉ!」

 

「!その動き…!」

 

 

 

視界に捉えた三好さんは、全く足を止めていない。重たい戟の刃を軸に、遠心力を利用して高速で旋回してきた。

 

 

けど、牽制の効果はあった。遠回りしてきただけでも、対処する時間が生まれる!

 

 

 

「そこよっ!!」

 

 

 

薬莢しか入ってないはずのランチャーの引き金を引けば、強烈な空気の塊がそこから放たれる。

 

 

着弾点は三好さんの進路上。地面に着弾すれば辺りをクレーターにするくらいの威力はある。脱兎がごとく高速で駆け回る三好さんとて、避けきれる道理がない。

 

 

 

 

「ぐぅっ…!」

 

「捉えたっ!」

 

 

 

衝撃波ではね飛ばされた三好さんは即座に受け身を取ったけど、足を止めた時点で私の的よ!

 

 

ここで残弾を撃ち尽くす!耐えられるかしら、三好さん!

 

 

 

「ま だ ま だ ぁ ぁ ぁ!!!」

 

「!!?」

 

 

 

途切れ途切れの咆哮と同時に、戟が槍先を向けて飛んでくる。紫電が渦を巻けば巻くほど加速度的にスピードを上げて、私の身体を貫こうとする。

 

 

回避は間に合わなかった。本能的に銃で受け止めようとするけど、威力をそらす間もなく弾き飛ばされてしまった。

 

 

そんなの関係なしに加速する戟が私の胴に到達して、バリアと電撃が凄まじい光を放つ。

 

 

 

「うああぁぁぁっ!」

 

 

 

数十メートルは飛ばされただろうか。砂地に身体を滑らせてようやく止まった。

 

 

いくらバリアが防いだとはいえ、三好さんの体重を悠に越える物体があのスピードでぶつかってきたんだ。殺しきれなかった衝撃で内臓を直接潰されるような激痛が走る。

 

 

 

「…ぅぐっ…ぇぁ……」

 

「……ぅっ…!…ま、だ…よ…!」

 

 

 

霞んできた視界に捉えた紫色の勇者は、這いずりながらも私に迫ってくる。

 

 

ほぼ全弾直撃したらしい。片腕だけで強引に身体を前に進める様子を見て、三好さんもまともに戦える状態ではないというのがわかった。

 

 

 

 

 

 

____だけど、まだ決着はついてない。私も負けを認めたわけじゃないし、力尽きてもいない。

 

 

 

「…っ…このっ……!」

 

 

 

武器を回収されてはまずい。砂地についた戟を掴んで海へと放り込んだ。その行動だけでも傷に響いて、激痛が身体と精神を鈍らせる。

 

 

痛みをやり過ごす間もなく、詰めよってきた三好さんが決死の力を振り絞って飛びかかってきた。この期に及んで回避できるはずもなく、組み伏せられてしまう。

 

 

 

「うあっ…!」

 

「…いつ以来、かしらね…っ!あんたと、こうして取っ組み合うのも…!」

 

 

 

____たった一度っきりだったはずだ。

 

 

激怒した三好さんが我を忘れて掴みかかってきたことがあった。

 

 

____たぶん、その時からだ。三好さんを好敵手として認識したのは。

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

『…くだらない。そんな足の引っ張り合いしかできない奴らが勇者になれるとでも?』

 

『楠さん、ごめ、なさい…』

 

 

 

事の発端は訓練生時代までさかのぼる。

 

 

成績でトップを独走する私は、何かといやがらせを受けていた。道具を隠されることに始まり、シカトを決め込まれ、果ては出任せを広めて私の評価を追い落とそうとまで。

 

 

 

 

 

 

____特に憤りを覚えたとか、そういうのはない。二度とそんなことをしたくなくなるよう、徹底的に報復してやろうとは思ったけど。

 

 

そう決めてから最初の銃剣道の訓練の時。監視する指導員がいないことをいいことに、あくまで形式に乗っ取って連中の一人に無効打をひたすらに打ち付けた。

 

 

試合の決着はつかないけど、防具のないところを的確に突いてやったから痛みでもう戦意はない。そこを徹底的に攻め込んでやれば、命乞いだってする。

 

 

 

『…あなたは敵でしかない。私の行く手を阻む敵。世界の秩序に背を向けた敵。勇者の意味を理解しない敵。…敵に情をかける程、私は甘くない』

 

『!!』

 

『失せなさい。とっととこの場から。わかってるんでしょう?ここにいたって勇者になれないことくらい』

 

 

 

ギャラリーから非難が飛んでるのは聞こえてるけど、私に挑んでくるような奴はいない。賢そうな諦観を受け入れてしまった連中には、現実に立ち向かう気概などないのだろう。

 

 

 

 

 

 

____たった一人を除いて。

 

 

 

『あんたねぇっ!!いい加減にしなさいよっ!!こんなの試合でもなんでもないじゃないっ!!』

 

『…そうね。これじゃただのかわいがり、よね?』

 

『あんたはどこまで腐ってんのよっ!!』

 

 

 

三好夏凜。腐った土で、たった一人花開いた秀才。

 

 

彼女は臆せず私に挑んでくる。恐れを知らない行動選択に、何度も追い詰められた。

 

 

三好さんは敵意剥き出しの視線を私に向けて、私の肩に掴みかかってきた。これまではイヤミの言い合いだけだったけど、今回はそれで済む話じゃないらしい。

 

 

 

『…なぜあなたが怒っているのかしら?別に馴れ合ってたわけでもないでしょう?』

 

『あんたが気に入らないからよ!!』

 

『っ!?』

 

 

 

そのまま首に腕を回され、転ばされてしまった。体裁も何も、もう三好さんは考えられないらしい。

 

 

振り上げられた拳を見て、私もそう確信した。

 

 

 

『勇者になるためなら何をやっても許されるってんならっ、あんたをぶっ潰すっ!!』

 

『…ふっ。何を今更!』

 

 

 

その後は、ただの殴り合いだ。

 

 

誰が呼んだのか指導員がすぐやってきて、ここでも決着はつかなかった。大量の反省文と謹慎だけが、そのいさかいで得られたものだった。

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

「あんたのこと、ホント気に入らなかったっ!他人を貶めてまで勇者になるって、バカなんじゃないのって思った!」

 

「先にやってきたたわけに倍返ししただけよ。薄汚い小細工でしか反抗できないバカどもに、身の程をわきまえさせただけ」

 

 

 

振り上げられた拳は私の顔面目掛けて降ろされた。首だけ振ってなんとか避ける。

 

 

 

「!…そうだとしてもっ、同じやり口で仕返ししたらあいつらと同じじゃないっ!」

 

「それの何がいけないのかしら?矮小な連中にしては、賢い判断だと思ったけど?ただ、ケンカを売った相手が悪かっただけ!」

 

 

 

三好さんの首を掴んで、引き寄せながらヘッドバット。たまらず三好さんもひるんだ。

 

 

すかさず膝を起こして三好さんの身体を押さえながら横に転がる。これで形勢逆転、三好さんに馬乗りした形になった。

 

 

 

「いけないにっ、決まってんでしょうがぁっ!!私を失望させるなぁっ!!」

 

「!!?」

 

 

 

三好さんの言葉に一瞬身体を止めてしまった。

 

 

その隙を逃すはずもなく、三好さんが私の首を掴んで私の顔を地面に叩き付ける。砂地だったからダメージこそ少ないものの、そっくりそのまま横に転がって形勢逆転されてしまった。

 

 

 

「誰にも頼らず、一人で粛々と上に登ってくあんたの姿っ!私の憧れだった!!」

 

「…え?」

 

「あんたがいなきゃ、私もとっくに腐ってたっ!!あんたが私の目の前を走ってくれてたから、必死であんたに追い付こうとした!」

 

 

 

私の二の腕を押さえて、腹部に膝を乗せて体重をかけてくる。さっきの戟のダメージと相乗して、身動きができない程の激痛が襲ってきた。

 

 

 

「がっ…ぁあ……」

 

「けど、私の憧れはもういない。目の前にいるのは、楠芽吹。私が仲間になりたい人なのよっ!!」

 

 

 

 

 

 

____打つ手がない。

 

 

格闘戦のセンスはやはり三好さんに敵わない。戟の投擲も含めて、三好さんは詰めを完全にした。私は詰みの状態といえる。

 

 

押さえられた手で届く範囲にも____

 

 

 

 

 

 

____悪手は、あった。

 

 

 

「ぐぅっ……はぁっ…!」

 

「!!」

 

 

 

手の届くポーチに、ランチャーの弾があった。信管部分に念を込めれば、銃がなくても起爆する。

 

 

三好さんの脇腹にそれを突き付けて、起爆。猛烈な圧縮空気が破裂して、私も三好さんも吹き飛んだ。

 

 

 

「ぁっ…うぅ……ぇえ」

 

「…っえ……ぁぁ」

 

 

 

二人仲良く我慢していた血ヘドをぶちまけた。どちらも中の方のダメージがひどいらしい。

 

 

もはやどちらも立ち上がれない。覚束ない意識の中でのたうち回るだけ。

 

 

これでどちらかが先に事切れても決着とは言えない。お互いに同じタイミングで戦闘不能となったのだから。

 

 

また、ドロー。私たちの決着は、何がなんでもつかない。そんな摂理が頭をよぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____でも、そんな通例を、三好さんは打ち破った。

 

 

 

 

 

 

「勝たない、わけにはっ…いかないんだよぉぉぉぉっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明けの空に、紫の妖花が“満開”した。

 

 

誇張表現なんかじゃなくて、花火でも映ってるんじゃないかと思うくらいにその光は目に焼き付いた。

 

 

そして、倒れていた三好さんの姿も消えていた。

 

 

 

「な…に…っ?」

 

 

 

____奥の手?そんなものあるなんて聞いてない。

 

 

けど、三好さんがまだ動いてるのは確定的だ。すでに限界を通りすぎた身体に鞭打って周囲を警戒する。

 

 

 

 

 

 

____私が捉えたのは、この世界に存在しないはずのものだった。

 

 

 

「航空機…?」

 

 

 

神世紀以降、空を飛ぶものは忌避されている。初頭に蔓延した“天空恐怖症候群”への配慮だったり、貴重な燃料の適正配分の結果の淘汰だったり、必要性の消失だったり。様々な理由があると聞いている。

 

 

しかし明けの空に見えたのは、巨大な翼を持つ暗い色の巨鳥。翼が放つソニックブームは紫電を帯びて、例え話でなく空を切り裂いている。

 

 

 

「なんて…速さ……!」

 

 

 

相当距離が離れてるはずなのに、あっという間に視界を横切る速さ。私の銃弾の速さを越えている。

 

 

大きく旋回して、機首を私に向けてきた。その先に、勇者の姿が見えた。

 

 

 

 

 

 

「これが私のぉぉお!覚悟だぁぁぁあっっ!!」

 

 

 

 

 

 

神々しさすら覚える戦衣をまとって、戟を携える紫の勇者____三好さん。

 

 

それを理解した時には、もう目の前に黒い鳥はいた。元々動ける状態じゃないけど、圧倒されてそのことすら頭から抜け落ちていた。

 

 

 

「うっ……」

 

 

 

その槍先が私の胴を突いた瞬間、視界は真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

「はぁっ…はぁっ…!やった…勝った……!」

 

 

 

「…な、何がなんだか…よくわからなかった、けど…勝ちは、勝ち…よっ…!」

 

 

 

「……楠?ちょっと…楠…!?」

 

 

 

「起きなさいっ、よ…!こんくらいで、伸びてんじゃ、ないわよっ…!」

 

 

 

「……あっ…ここ、まで…か……私…も……」

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

〈…どういうことだよっ…これ!?芽吹っ!夏凜っ!しっかりしろって!〉

 

「銀っ!落ち着きなさい!まずは救護よ!」

 

「こ、こんなに血が…」

 

「な…なんで…?夏凜ちゃんも…芽吹ちゃんも…!」

 

 

 

 

 

 

〈大至急!霊的医療班をお願いします!!讃州の海岸!!〉

 

「息はあるわ。…外傷は…酷い打痕ね…。まさか、勇者同士で戦ったっていうの…?」

 

〈…なんだよそれ…!…あたしのせい、じゃんかよ…!〉

 

「え…?銀ちゃん…?」

 

 

 

 

 

 

〈あたしが……あたしがあんな思わせ振りな態度とったから…!二人が真剣にお互いに向き合ってほしいなんて、出過ぎたマネをしたから…!〉

 

「違うよ銀ちゃん!銀ちゃんは悪くない!!二人を大切に思ったことが、悪いなんてことありえないよ!!」

 

〈友奈…?〉

 

「…後で、二人に事情を聞こう?こんなことになっちゃったのはつらいけど…銀ちゃんの想いは伝わってるはずだから…」

 

〈………………〉

 

 

 

 

 

 

 

 


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