シロツメクサを捧げる   作:Kamadouma

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たかが勇者に選ばれただけで偉そうにすんなよ!

 

 

 

 

 

勇者様も私たちの関係を察したようで、その後は面倒事にならないような話題を振ってきた。地雷がなかった訳じゃないけど。

 

 

リラックス状態とはいえない親睦会も何とか終わり、勇者様と別れて、本日のスケジュールは完了。明日から実際に勇者システムを使った教練が始まる。

 

 

教練の期間は丸亀城を改装した訓練施設で生活する。初代勇者が実際に暮らしたというあの丸亀城。

 

 

当然同期の楠もここで暮らすわけで、____浮かれたい気分も沈んでいってしまう。

 

 

 

「三好さんと二人っきりか…。息がつまりそうね」

 

「同感。お互い衝突し合わないように善処しましょ」

 

「そうね。干渉は最低限で」

 

 

 

通用口から城内に入って広間に出る。エントランスって言ったり方がわかりやすいかもしれない。

 

 

 

「明日の午前6時にここに集合ね。…じゃ、おやすみ楠」

 

「ええ、おやすみ三好さん」

 

〈……待て待て待て!お前らの会話それだけかよ!?〉

 

 

 

ガラッとふすまを開けて猛烈にツッコんできた。途中で自宅に帰ったはずの三ノ輪教導だ。

 

 

一瞬身構えたけど、声を聞いて警戒を解いた。____てか、なんでここにいるの?

 

 

 

「…教導、何のご用でしょうか」

 

〈うわ、芽吹の視線が冷たい…〉

 

 

 

憧れがさめてしまったのか、なかなか辛辣な視線を浴びせる。きっと楠の中では、自分より劣っている部分が一つでもあったらダメだったんでしょうね。

 

 

____あんたほどの完璧主義者、私は知らないわよ。

 

 

 

〈ええい、ひるむな三ノ輪銀!熱いハートに不可能はない!!〉

 

「誰に言ってるの…?」

 

〈二人にだ!二人には誰かを温める熱いハートが足りない!〉

 

「は、はぁ…」

 

〈というわけで二人の個室は没収!あたしと三人で共同生活を送ってもらいます!〉

 

「「え、えーっ!?」」

 

 

 

黒鉄の人差し指をビシッと立てて私たちを順番に差し当てる。どうだ決まっただろって顔をして。

 

 

冗談じゃないわよ!こんなカタブツと四六時中一緒なんて!頭おかしくなるわ!

 

 

 

「ちょっと、待ってください!そんな合理性のない理由で人のプライバシーを奪わないでください!」

 

〈おやぁ?成績では夏凜に勝ってた楠芽吹さんともあろうお方が、仲間と寝食を共にすることもできないと申しますかぁ?〉

 

「できないとは言ってません!理由が納得いかないだけです!」

 

〈だってさ、夏凜。芽吹は夏凜と仲良くする気はないってさ。悲しいよなぁ?〉

 

「願ったりだわ。私も同じこと考えてた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈……バカヤローっ!!〉

 

 

 

三ノ輪銀は怒号を上げた。今までのおふざけ半分の言葉じゃなくて、本気の怒り。その気迫で私も楠も褒めて伸ばすタイプじゃ、とか言えなくなった。

 

 

 

〈たかが勇者に選ばれただけで偉そうにすんなよ!所詮あたし達は人間!一人じゃなんにもできない!〉

 

 

 

一人じゃなんにもできない。あの、たった一人でお役目を遂げた勇者の口から出たのは、____とても信じられない言葉だった。

 

 

勇者様は一呼吸おいてから、語調を鎮めて言葉を続けた。

 

 

 

〈神樹様がせっかく結んでくれた縁なんだ。好き嫌いはあるかもしれないけど、嫌いのままいるのも悲しいだろ?〉

 

 

 

〈ちょっとずつでいいからさ、お互いのことを好きになってく努力をしようよ〉

 

 

 

____確かに、好きになろうとする努力を怠っていたかもしれない。楠が私を拒絶したとはいえ、大人げなかったかもしれない。

 

 

楠の方が私よりずっとヒドい顔をしてると思う。青天の霹靂、自分の常識では思いも寄らない言葉を叩き付けられて戸惑いの表情を隠せていない。

 

 

そして、この人が勇者だって理由も少しだけわかった気がする。三ノ輪銀が勇者に選ばれた理由。

 

 

____この人の行動の理由が、いつも誰かのため、だから。

 

 

 

〈……できるよね?二人とも〉

 

「…もちろんよ…です。三ノ輪教導の理想は、かつての勇者たちのような関係…で、あってますか?」

 

〈そうだね。夏凜と友達になりたいし、もちろん芽吹ともね〉

 

「…それが大赦の意志だというのなら」

 

〈うん。今はそれでいいよ。実際あたしの権限でこうしたんだし〉

 

 

 

職権濫用と言うつもりはないけど、三ノ輪教導のカリキュラムはなかなか破天荒なものになりそうだ。

 

 

 

 

 

 

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〈よし、今日はあたしがご飯作るからちょっと待ってて!〉

 

 

 

個室に送られていた荷物を大広間に移し終えた後、誰もいない食堂で教導がご飯をごちそうすると宣言した。

 

 

 

「…調理師が専属でいるんじゃ?」

 

〈もう営業終了だよ。定時退社の大赦だからね〉

 

「うわっ、さむ…。…滑るのわかってて言ってる?」

 

〈ありがとう夏凜。無反応が一番悲しいから…〉

 

 

 

教導のダジャレに軽くツッコミをいれつつ、仏頂面を崩さない楠の顔をチラリと見る。教導が一番悲しくなるという、無反応というやつだ。

 

 

にっと私に笑いかけて教導は厨房へ入っていった。何か、付き合い方がわかってきた気がする。

 

 

 

「教導にはああ言ったものの、…三好さんを好きになる努力、か」

 

「どうする?とりあえず何かしないと何も変わらないわよ」

 

「…知らないわよ。そんな努力、まさかするとは思ってなかったから」

 

「そこまで言うか、あんた。……まあ、妙に納得しちゃったのが楠を好きになれない理由よね」

 

 

 

楠のほとんどが向上心でできている。自身の向上のためなら平気で他人を蹴落とす____そんな一面が、私は気に入らなかった。

 

 

 

 

 

 

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『ちょっと!大丈夫!?こんなにうっ血してる…!』

 

『受け身の取り方も知らないのかしら。それで良く勇者の候補者を名乗れるものですね。…時間の無駄だったわ』

 

 

 

まだ私たちが正式に選定される前。その時から楠芽吹とは同じ施設で訓練を受けていた。

 

 

その頃から、いけ好かないやつだったんだけど。一緒に訓練をした候補を一方的に叩き伏せ、ケガの救護もしやしない。私が気付いてなかったら、本当にマズかったかも。

 

 

確かに楠の成績は完璧だ。私も考えうる限りの努力をしたけど、あいつには一歩及ばない。だけど、それとこれとは話は別。困ってる人間を放っておく人間が、勇者であるはずがない。

 

 

 

『ほら、弥勒先輩。肩貸すから一緒に医務室に』

 

『…っ。かたじけないですわ、三好さん。…いたた』

 

『あまり動いちゃダメよ。ゆっくり、静かに』

 

『……その甘さが、命取りにならないといいけど』

 

『あんたみたいな人間味のないやつなんて、眼中にないわ』

 

 

 

選定されるのが二名とはいえ、____楠だけには負けたくないと思った。二番手で、こいつの後塵を拝するのはまっぴら御免だ。

 

 

それが、楠に対する私の印象。クソ真面目で努力家だけど、利己的。冷酷とさえ思える徹底した競争主義。

 

 

 

________何ら、私の両親と変わらないくそったれだ。

 

 

 

 

 

 

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〈おーい、夏凜。できたよー〉

 

「えっ?あ、うん」

 

 

 

らしくもなく思い出したくもない過去に思考を巡らせていたらしい。教導の義眼が見えて少し驚くと同時に現実に戻ってきた。

 

 

 

〈台所に何があるか詳しく知らないから、簡単にうどんにしたよ〉

 

「…の割には手が込んでません?」

 

〈こう見えて実は家事全般得意なんだぜ?時短でうまい料理を作るなんて朝飯前だよ〉

 

「意外…」

 

 

 

第一印象は割と男っぽいと思っていたので、こんな女子力の高い一面を見せられると反応に困る。

 

 

麺こそ冷凍のやつだけど、つゆは明らかにめんつゆ一辺倒じゃないし、なるとや麩とか薬味で簡単だけどトッピングもしてある。____多分、私にはできない。

 

 

 

〈ささ、どぞ。お召し上がりくださいな〉

 

「では、…いただきます」

 

 

 

先に楠が割り箸を割って口をつけた。

 

 

 

「…生意気言ってすみませんでした、教導。多分教導は無意識の内に自己管理をおこなっているんですね」

 

〈へ?〉

 

「簡単なうどんに見せかけて、多くの品目を取り入れている。それで味も飽きないように工夫してる。…栄養士の勉強をされていたのですか?」

 

〈いや、全然。母ちゃんの見よう見まねで〉

 

「母親…」

 

 

 

それ以上楠が声を出すことはなかった。黙々と教導特製のうどんをすする。

 

 

 

〈夏凜も食べてよ。伸びない内に〉

 

「うん。…いただきます」

 

 

 

促されるまま私もその味を確かめる。

 

 

 

「…あ、おいしい。だしがしっかりしてる」

 

〈とりあえず見つけたにぼしとかつおで取ってみたんだけどね。お口に合ってなにより〉

 

「…何か教導こそ完成型勇者に見えてきた…」

 

 

 

万能すぎでしょ、三ノ輪銀って人は。生活力は中学生のそれじゃないし、勇者としての実力は戦績が証明してるし、人格は____まあ、暑っ苦しいけどイヤなやつじゃないし。

 

 

____まさに勇者になるべくしてなった、神樹様に選ばれて然るべき。そんな次元の違いを見せつけてられたような気がした。

 

 

 

〈さて、あたしも食べよっと〉

 

 

 

教導も勢いよく麺をかっこみ始めた。お上品ってキャラじゃないのはわかるけど、およそ女の子の食べ方じゃない。

 

でも、笑顔になってるのを目の当たりにして____どうでもよくなった。

 

 


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