シロツメクサを捧げる   作:Kamadouma

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楠芽吹の章
どうか私たち三人を見守っていてください


 

 

 

「…話を聞く限りじゃ余裕とか思ってたけど…」

 

「これは…かつてない大仕事になりそうね…」

 

 

 

教導から通達された私と夏凜への懲罰。

 

 

瀬戸大橋に程近い場所に存在する、勇者として世界を救った人間を標す墓碑____の清掃。

 

 

“ご挨拶ついでにキレイにしてきてよ”と軽いノリで言い渡してきたけど、ここって大赦の中でも限られた人間しか入れない神聖な場所よ?ガラじゃないけど、流石に畏れ多く感じる。

 

 

 

「…墓守りさんからは許可を頂いてるし、さっさと始めましょう夏凜。銀がいない分時間のロスはなくなるし、ペース上げていきましょ」

 

「銀のやつがいない分手数は減るけど。途中でバテないでよ芽吹」

 

「夏凜こそ。銀がいないからって寂しくて私に当たらないでくれるかしら。リードを引いてくれる人がいないんだから、噛みつくの自重してよ」

 

「銀の犬はあんたじゃない。銀に選べってあんたが言ったから、こんなヘビーな仕事が回ってきたんでしょうが。忖度に付き合わされる身にもなってくれないかしら」

 

 

 

____あの決闘の後の私たちの関係はこうだ。

 

 

息を吸うようにイヤミ皮肉が私と夏凜の間に飛び交う。こうなったらもはや銀も口を挟めないみたいだった。

 

 

____犬も食わないって銀が言ったら、二人揃って標的が変わったけど。

 

 

 

 

「今日はやけに噛みついてくるわね。そんなに寂しいのかしら?甘ったれの夏凜ちゃん?」

 

「どの口が言うか。口数増えてんのはそっちでしょ?あーあ、リアルぼっちは一味違うわね」

 

「人のこと言えるのかしら?お兄さん以外に親しい人いるの?」

 

「ファザコンが良く言うわ。大切に育てられてなんでこんな性格になっちゃったわけ?」

 

「ちゃんと親孝行してるわよ、夏凜と違って。親の顔が見てみたいわ」

 

「はいはい優等生優等生。それで世渡り上手気取ってるわけ?」

 

 

 

____今までなら、この後即実力行使になっていたはず。他人のデリケートな問題まで突っ込んだ煽りなのだから。

 

 

そうならないのは、お互いのことを大切に思ってわかり合おうとしてるからか。心の底では信頼し合ってるのをわかってるから、冗談でもそんなことが言える。

 

 

____まあそれで時間を浪費してたら、教導に笑われる。切り替えて仕事に取りかかろう。

 

 

 

「…言いたいことはそれだけかしら?いい加減始めないと銀のこと笑えなくなるわよ」

 

「……そうね。時間を浪費して課題の山に埋もれた銀を笑ってやれなくなるわね」

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

〈うあぁぁぁん助けてかりーん!めぶきー!〉

 

「銀様が向かわせたのではないですか。無駄口を叩く前に、溜め込んだ課題に向き合ってください」

 

〈ううっ…こんなの一人じゃどうにもならないよ…先生ぇ…〉

 

「二人はちゃんと提出してから出向していきましたが」

 

〈うそぉっ!?ずっとトレーニングしててやる時間全然なかったのに!?〉

 

「銀様がマンガを読んだりゲームをしてる間にやっていたんですよ、二人は」

 

 

 

 

 

 

〈……自分が恥ずかしくなってくると同時に、心が折れそう……〉

 

「帰ってきた二人に面倒見られているようでは、勇者の先輩として失格です。銀様の威厳を保つためにも、終わらせてください」

 

〈…うん、やる。こんなとこ見られたら、絶対手伝ってくるもん。夏凜も芽吹も優しいから〉

 

 

 

 

 

 

「……ふふ。いくら役職についたとはいえ、まだまだ子供ですね」

 

〈ん?先生、何か言った?〉

 

「いえ。普段からそれくらいやる気を出してくれれば、と思いまして」

 

〈まったく。銀様をここまで勉強させるとは。須美、園子、待ってろよー!銀様の本気、見せてやるぞー!〉

 

 

 

 

 

 

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片っ端から聖水と儀礼済の布で墓標の数々を磨くこと数時間。墓守りさんが毎回丁寧に仕事してたのか一つひとつにかかる時間はそれほど多くはなかったが、数が数だ。まだまだ時間がかかりそうね。

 

 

そして、私と関わりのある英霊の碑の前まできた。

 

 

深く拝をしてから、伝えるべき言葉を口にする。

 

 

 

「…鷲尾須美、様。お初にお目にかかります、あなたの後継者の楠芽吹と申します」

 

 

「紆余曲折ありましたが、三ノ輪教導のもとで勇者の任を全うしております。安心してお休みください」

 

 

 

____もちろん返事はない。あったことのない人なのだから、幻聴もないのも当然だけど。

 

 

どんな人だったんだろうか。教導の話の断片から想像するに、真面目で意識の高い人なのだろう。それでいてなかなか我が濃い部分もあったり。

 

 

____他人じゃないような気がしてきた。銀が言ってた通り、私と似ているのかもしれない。

 

 

 

「…あなたの親友は、もう立ち直りましたよ。荒れくれ者の私たちを一人前に育ててくださるくらいに」

 

 

「……願わくば、銀に祝福を。今度は私と夏凜が銀を支えますので、どうか私たち三人を見守っていてください」

 

 

 

私が英霊に告げられる言葉はただそれだけだった。

 

 

らしくもなく、誰かに願ってしまった。彼女が銀の親友だから、ある種神格化してるのかもしれない。

 

 

でも、銀が抱える心の闇を解きたいのは事実。私じゃ到底銀の琴線には触れられないから、神頼みしてしまったのかもしれないわね。

 

 

 

「…私にとっても銀は大切な人です。銀がいなければ私は勇者の意味をはき違えてたし、これからも一緒でなければ……」

 

 

 

そこまで言葉にして、何故か友奈の顔が思い浮かんだ。そして胸の辺りが締め付けられるように痛む。

 

 

 

「…この気持ちだけは未だ解消されないわね…。…どうかしてますよね、私。優しさと善意の塊みたいな人に、こんな気持ちを抱くなんて…」

 

 

「…知っているのであれば、教えてください。この感情と向き合う方法を……」

 

 

 

もちろん返事はない。無音のままなのはさっきと同じだけど、私は返事を渇望するように耳をすませるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

「……乃木家の末裔、か」

 

 

 

乃木園子。大赦に関わりを持つ人間で、その名前を知らない者はいないだろう。

 

 

初代勇者の直系の血筋。大赦の実質的な統治者の子。存在自体がもはや神々しくすらある天才。

 

 

____それが、私と芽吹の教導の親友っていうわけで。どう面していいかわからなくなってきた。これまでノンストップで清掃をやってきたけど、乃木園子の碑の前で手が止まってしまった。

 

 

 

「…まあ、あいさつくらいはしないといけないわよね」

 

 

「…初めまして、乃木…園子様。後継者の三好夏凜です」

 

 

「私ともう一人が頑張ってバーテックスを殲滅しますので…こっちのことは任せてください」

 

 

「………………」

 

 

 

言葉が続かない。知り合いでもない人の慰霊なんて、何をすればいいのよ。

 

 

____一つだけ、接点があるとすれば。

 

 

 

「…兄から…三好春信からあなたの話は聞いてます。望まれて勇者になった、誰からも認められる人間だって」

 

 

「…あなたは何のために勇者になったんですか?お家のためですか?大赦のためですか?それとも…」

 

 

 

答えが返ってくることはないのを知っていながらも、聞いてみたいことを口にするのをやめられなかった。

 

 

周囲の期待に応えて勇者になった園子様と、疎んじられても勇者の座を勝ち取った私。その存在は許されるのか。

 

 

 

「私は最初、半ば両親への復讐のために、当て付けのように勇者を目指しました。わき目もふらずひたすら努力して」

 

 

「でも、兄は私をこう諭しました。“勇者というのは人のためになることを勇んで行うもの”だと」

 

 

 

____兄貴の言葉を反芻して、ようやくその意味を理解できた。

 

 

 

「…何だ、風たちと同じこと言ってるじゃない、兄貴も」

 

 

「あなたの親友のご指導のおかげで、私はちゃんと勇者になれたと思います。今はもう復讐なんてどうでもいいですし、…守りたい人もできましたし」

 

 

「…ですから、見守っていてください。私と、芽吹と、銀がいつまでも一緒にいられますように」

 

 

 

____全く。兄貴も銀も、風も友奈も樹も。異口同音じゃないのよ。勇者の心得って。

 

 

 

「何でしたっけ、乃木家の家訓。“何事にも報いを”でしたっけ。後継者として、私を勇者にしてくれた人たちに報いようと思います」

 

 

 

ぐっと胸の奥が重くなったのは、園子様のせいだろう。視界がぼやけてくるのも園子様のせい。そういうことにしておこう。

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

瀬戸内が赤く染まった頃。ようやく仕事の終わりが見えてきた。

 

 

数も残りわずかなので、夏凜と合流して仕事の分担を決めて手早く終えよう。そんな協力を遠慮なしにできるくらいには、私たちの仲は進展した。

 

 

 

「夏凜、道具の片付けは私がやっておくから、残りを任せていい?」

 

「りょーかい。あ、端の方の桶には気をつけなさいよ」

 

「何に気をつけるっていうのよ」

 

「フナムシが沢山わいてたから、覚悟してあたるのよ」

 

「………………」

 

 

 

嫌なものを押し付けられてしまった。分担しようって進言したのは私だけど。

 

 

あれこれ文句を垂れてもしょうがない。虫はアシダカグモで慣れたし、何とか回収できるはず。

 

 

 

「…さて、芽吹のところをちゃちゃっと…うぎゃぁ!」

 

「あ、忘れてた。そこ、ゲジゲジがいたから後回しにしてた」

 

「先に言えぇぇぇぇ!」

 

 

 

持ち前の瞬発力で墓碑から飛び退く夏凜。面白いポーズで着地して私をにらんでくる。

 

 

まあ、因果応報よ。私にフナムシを押し付けようとした。

 

 

 

「ぐぬぬ…やってやるわよゲジゲジ野郎!完成型勇者を本気にさせたわね!」

 

「頑張って夏凜。応援してる」

 

「棒読みで言ったら煽ってるようにしか聞こえないでしょうがぁ!」

 

 

 

銀がいたら“ナイスツッコミ!”って太鼓判を押してるわね。私からしても期待してた返事がきて満足してる。

 

 

どこからか持ってきた火ばさみで応戦する夏凜を視界の端に捉えてから、私もフナムシと格闘する準備をする。

 

 

 

「…ん?」

 

!!

 

「何か、いる?」

 

 

 

標的の桶を見つけると、夕日の光ではない、黄色の光が流れた。行き先は墓所の上の岩の屋根だ。

 

 

____まさかとは思うけど、恐る恐る屋根の上を覗いてみる。こんなところにいるわけが____

 

 

 

「……教導、何をなされてるんですか」

 

〈…あー、バレちゃった?さすがは須美の後継者〉

 

 

 

そのまさかが的中した。ヤモリのように岩に貼り付いてバツの悪そうな顔をする銀。

 

 

 

「先生のところで課題の始末をしていたのでは?」

 

〈聞かないで。今日だけは絶対ここにこないといけない日だからさ〉

 

「……?」

 

〈…命日なんだ。須美と、園子の。課題を終わらせてから、と思ったけど…〉

 

 

 

脱走してきたのはいただけないけど、そんな大事な日なら酌量の余地はあるか。直接上に掛け合っても許可が降りるような気もするけど。

 

 

私が表情を緩めたのを見ると、教導は降りてきた。別に怒るつもりはなかったし、隠れる必要もなかったのでは?

 

 

 

〈…ちょっと嫌な予感がするんだ〉

 

「……バーテックス、ですか?」

 

〈…気のせいかもしれないけどね。須美が二人を守ってって、言ってる気がするんだ…〉

 

「須美様が?」

 

〈……この機会に話しておこうか。あたしの秘密を〉

 

 

 

夕焼けをバックにする銀の表情は見えない。チリチリと義眼の光が点滅するだけ。

 

 

銀の秘密。私たちとは違う、身体を直接勇者システムに繋いだサイボーグのこと、なのだろうか。

 

 

 

「大事な話なら、夏凜にも聞いてもらわないといけません。あと少しで作業完了なので、それまでお二方にご挨拶を済ませておいてください」

 

〈わかったよ、芽吹〉

 

「では、私はこいつらをなんとかします」

 

〈あ、フナムシ。まあまあ、それなら銀様に任せなさい〉

 

 

 

義手が展開して磁場のようなものを解き放つと、桶に残った水がフナムシたちをくるんで浮遊する。シャボン玉みたいにプカプカと漂って瀬戸内の方に消えていった。

 

 

 

「ずるい気もしますが、ありがとうございます。サクサク終わらせますので、少々お待ちを」

 

〈はいよー。お土産もあるからファイトファイトー〉

 

 

 

道具をまとめてると、一部始終を見ていた夏凜が“ちょっとズルしてんじゃないわよぉ!ゲジゲジがぁぁぁ!”って叫んでた。へっぴり腰でつついてる姿が何とも哀愁漂う。

 

 

____銀が“ぐへへ高く付きますぜぇ三好の旦那ぁ”とかほざきながら、ゲジゲジを処理して事なきを得たんだけどね。

 

 

 

 

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