シロツメクサを捧げる   作:Kamadouma

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あなたがすぐそこにいるから

 

 

 

〈はい、お疲れ様。これ、まかない飯ついでに食べて〉

 

「ありがとうございます、教導」

 

「焼きそば…そういうのもできるのね、あんた」

 

 

 

パック詰めされた、ソース味の焼きそば。教導特製の一品らしい。

 

 

須美様と園子様の墓前にも同じものが置いてあった。いささか不似合いな品だけど、そこに思い出があったのかしら。

 

 

____そんな勘繰りをしてると、私と夏凜のお腹から仲良く空腹を告げる虫の鳴き声が。まあ、昼食抜きで仕事してたし当然か。

 

 

 

「では、いただきます」

 

〈どうぞどうぞ〉

 

「いただきます、銀」

 

〈今回は自信作なんだ。感想聞かせて〉

 

 

 

輪ゴムに括られてた割り箸で、香ばしい匂いのする麺を口に運ぶ。

 

 

 

「……想いが味にこもってますね。…こんな温かくなる料理、あの時のうどん以来です」

 

〈うおう、芽吹からそんなエモーショナルな感想が。…ありがと、あたしの気持ちが伝わって何よりだよ〉

 

「…そうね。一般家庭でいう所の母親の味、なのかもね。私がそんなこと思う料理なんて、たぶんあんたしか作れないんじゃないかしら」

 

〈夏凜からはヘビーブロウをいただきましたー。…いいよ、あたしが二人のママになってあげる〉

 

「「いらないです」」

 

〈うぉぉぉん娘が反抗期ぃぃ〉

 

 

 

空腹と美味しさが相乗して、二人ともあっという間に焼きそばを完食してしまった。これを作ったのがそこでくだらないボケをかましてる中学生だと思うと、世の中というのもがわからなくなってくる。

 

 

 

「ごちそうさまでした、教導」

 

「ごちそうさま、おいしかったわよ。…で話って?」

 

〈…須美と園子と、あたしの話〉

 

 

 

一転して銀の表情が神妙になるのがわかった。冗談をはさめる話じゃないらしい。

 

 

 

〈…二年前の今日、遠足の帰り道。バーテックスが押し寄せたんだ〉

 

「………………」

 

〈この前二人が倒した三体が、その時も一緒にきた〉

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

『…なあ、須美。園子。この状況で勝てる方法教えてくれよ。このままだとあたし須美の大好きな“天皇陛下バンザーイ!!”ってやるしかなくなるから』

 

 

 

はっきり言って、この時のあたし達は未熟だった。というより、バーテックスをなめてたって言った方がいいかも。

 

 

三体のバーテックスが連繋を組んできた途端に戦線が瓦解したんだから。矢を放つバーテックスの奇襲でこっちの連繋が崩れて、三人揃って致命傷をもらっちゃったんだ。

 

 

二人より頑丈だったあたしは何とか戦線に復帰できそうだったけど、二人を置いていくのは怖かった。須美と園子の安否の意味でも、あたし自身の安全の意味でも。

 

 

 

『こんな、時に…冗談、なんて…』

 

『冗談ってことにしてほしい。あたしだって二階級特進はイヤだし』

 

『ミノさん……とにかく、足止め、して。私とわっしー、が回復するの…待ってから、…迎撃する、よ~…』

 

『オーケーリーダー。早く来てくれないと銀様犬死にだかんな!』

 

 

 

園子があたしの質問の解答をくれた。二人が合流するまで意地でも抜かせるな、ってオーダー。

 

 

____敢えて死をイメージさせる言葉を笑い飛ばしてみたけど、恐怖はすでにあたしの影から隙を窺ってる。臆した時がお前の最期だよ、と。

 

 

そうはさせるかよ。園子に焼きそばの何たるかを教えてなきゃいけないし、須美さんの登頂はまだ途中だし、マイブラザーの教育はまだまだだし、やらなきゃいけないことは盛り沢山なんだよ。

 

 

恐怖に別れを告げるように、須美と園子に一言だけ言った。

 

 

 

『じゃ、またね』

 

『…銀、どうか無事で…!』

 

『待ってて、ね…!ミノさん…!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

足止めってたって、三対一じゃどうしようもない。半分陽動みたいな戦いになる。

 

 

あたしにとって一番厄介なのは矢のバーテックス。なぜなら近づけないから。これを一人でどうにかするには、それなりの工夫が必要だ。

 

 

 

『さて、絶望的希望、見せつけてやるよぉっ!』

 

 

 

硬いバーテックスの後ろに隠れてる矢のバーテックス。配置は完璧だ。

 

 

普通なら硬いバーテックスをやり過ごしてから矢のバーテックスを攻撃したいところ。だけど、生憎あたしに援護はないんでね!

 

 

 

『そらぁっ!上がガラ空きだぁ!』

 

 

 

降り下ろされた硬いハサミに飛び乗って、バーテックスの上へ駆け上がる。

 

 

プレートで反射してくるのは見たけど、絶対に本体に向かっては矢を放ってこない。この方法なら安全に矢の奴に近付ける。

 

 

硬いプレートの一番上を蹴りこんでさらに跳躍。それでも矢のバーテックスに攻撃は届かないけどね。

 

 

 

『あたしだって投げるものを持ってないわけじゃないんだよぉっ!!』

 

 

 

両手には巨大な刃に申し訳程度の取っ手を着けただけのバカみたいな設計の大斧。取り回しなんて少しも考慮してない。できるのは足を止めての斬り合いだけ。

 

 

そんなエモノを投げるって発想は、一体どこから出てきたんだろうね。正直あたしもあの時は何かおかしかったと思う。

 

 

正しく縦回転する斧はバーテックスの巨大な矢をへし折って、中へと肉薄した。バランスを崩した矢の奴は橋の上に転落して転がる。

 

 

 

『よしっ!…ってうわぁっ!!』

 

 

 

空中に放り出されたあたしは無防備だ。すかさず尻尾のバーテックスが針を突き刺してくる。

 

 

もう片方の斧で何とか針を受け止めたけど、針に触れた部分から斧は腐食していく。

 

 

使い物にならないと判断して斧を身代わりに身を翻した。伸びきった尻尾を滑走してフラスコみたいな部分まで接近する。

 

 

 

『やっぱり最後はこれだぁっ!!』

 

 

 

滑走の勢いそのまま、拳を振りかぶる。精一杯握りしめて、バーテックスのフラスコみたいな部分に叩きつけた。

 

 

 

『っぐっ…!…何のぉ!今がチャンスだぁ!』

 

 

 

割れた。バーテックスの身体と、あたしの右手の骨が。尻尾の奴の身体のヒビから液体が吹き出して、あたしの右手の指はあり得ない方向に曲がってる。

 

 

予想以上に敵のダメージが大きいらしくて、再生した部分が自分の体液で破壊されてのたうち回ってる。

 

 

____まあ、あたしの方もダメージ大きいんだけどね。あわよくばトドメって考えてたけど、これじゃ斧も握れないし。

 

 

けど、チャンスはチャンス。即座に矢のバーテックスの方に詰め寄って、斧を回収。硬いバーテックスに突撃を試みる。

 

 

 

『へへ、これでイーブンだぜバーテックスさんよぉ!後はどっちの仲間が先に戻ってくるかだなぁ!』

 

 

 

ゼロ距離の殴り合いは望むところ!指の動かなくなった右手をバーテックス擦り付けながら這い回って、プレートが落ちてくるのを左手の斧で受け止めながら逃げ回る。

 

 

正直、ジリ貧。あたしが反撃できる機会は全くない。

 

 

ただその時は信じてた。須美と、園子が戻ってくるのを。それだけが、あたしを動かす最後の希望だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれだけ経っただろうか。この攻防は永遠にも感じられるくらいに長かったような。

 

 

 

『ぐっ…!バカだなぁお前はぁ!あたしなんか構わずそのまま突破すれば良かったものを!』

 

 

 

減らず口を叩いたのも、あたしの限界が近かったからか。この時の気持ちはよく覚えてない。ただ必死でバーテックスにしがみついてた。

 

 

 

 

 

 

____でも、膠着を打ち破ったのはあたしにとって最悪の奴だった。

 

 

矢のバーテックスがいつの間にか浮上して、チャンスを窺ってる。少しでも同士討ちにならない場所に出たら、ぶち抜いてやるって感じで。

 

 

 

『…ちっ!ついてないなぁ!』

 

 

 

下手に動けば即撃たれるし、動かなかったら硬いプレートに潰される。

 

 

はっきり言って詰みだけど、少しくらいでも時間を稼ぎたかった。押し迫るプレートに斧を突き付けて、全力を込めて踏ん張る。

 

 

 

『…ううっ…!ヒーローものなら、このタイミングで助っ人がくるのになぁ…!』

 

 

 

弟がよく見てたヒーローものの作品なら、一人奮闘する仲間が絶体絶命になったらすかさず残りの仲間が現れるのがお約束だ。

 

 

けど、現実は非情だ。バーテックスが圧力を緩めて大きく身体をよじって振り落としてきた。完全に反応が遅れたから受け身を取るので精一杯。

 

 

待ってましたと言わんばかりに矢のバーテックスが巨大な針を撃ち込んでくる。

 

 

 

『っぎぁっ…!』

 

 

 

須美の矢より早い物体を避けられるはずもなく、あたしの何倍の長さもある矢は右足を地面に縫い付けた。

 

 

万事休す。もう一歩も動けないし、飛びかけた意識を手繰り寄せるので精一杯だから、実質戦闘不能みたいなもんだし。

 

 

そして、あたしの影があたしを飲み込もうと伸びてきた。お前はここで死ぬと宣言しながら。

 

 

恐怖が勇気に勝った瞬間だ。あたしはもう片方の足の膝をついた。捨て台詞を発しようにも声が出ない。

 

 

 

『………………っ』

 

 

 

まるで勝ち誇るように、晒し首をかざすようにハサミのバーテックスはあたしの潰れた右手を挟んで吊り上げる。

 

 

 

『うあああぁぁぁっっっ!!』

 

 

 

ブチブチと生々しい音を立てて縫い付けられた右足は千切れた。

 

 

痛い。なまじ足だったものが残ってるせいでいつまでも痛みが走り回る。普通なら意識が飛んでるはずなのに、勇者の力なのかあたしの意地なのかわからないけど諦めることを許さない。

 

 

 

『………………』

 

 

 

バーテックスの顔らしい部分を見つめる。そんなことしても、こいつらが何を考えてるかなんてわからない。だって人間じゃないし、生き物ですらないんだもん。

 

 

あっちも人間のことなんてわからないんだろう。わかるつもりもないんだろう。ただ、滅ぼすだけ。

 

 

 

『……わかんないだろうな、人間サマの魂ってやつをさぁ…!』

 

 

 

人間にしかないもの。あたしだってそんなものわからない。この沸き上がる感情も何かわからない。

 

 

頭より先に身体が動くタイプだってよくよく言われるけど、この時はあたしじゃない誰かに動かされてるみたいだった。

 

 

 

 

 

 

だって、掴まれた右手を斧で斬り落として脱出したんだから。

 

 

 

『つぁぁぁぁああああ!!!!』

 

 

 

誰かに突き動かされるまま、千切れた足で橋の支柱を蹴って硬いバーテックスに突っ込む。反対側の支柱に叩きつけて転ばす。

 

 

 

『お前もぉぉぉぉおおおおっっっ!!!!』

 

 

 

状況が掴めてない矢のバーテックスは無防備。最後の力を込めて斧を放り投げた。

 

 

どんな手品か知らないけど、斧は火を吹いて回転してどんどん加速する。バーテックスの体内に入ってもまだ回転を続けて、そこら中に亀裂を撒き散らす。

 

 

 

『はぁっ…はぁっ……くそっ…こんなもんでぇ……』

 

 

 

____精神より先に、身体が崩壊し始めた。失った手足から蛇口をひねったように血が流れ出して、ギンギンに冴えた意識とは裏腹に神経か痺れを覚えてきて身体が動かなくなる。

 

 

 

『…まあ、こんな、ところか、な。…はは、あっけない、もんだね……』

 

 

 

後は須美と園子に任せるしかない、かな。ごめん、次会うのは閻魔大王のとこだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………………。…あ、れ?』

 

 

 

夜空と樹海が視界に入る。死神さまがあたしをお迎えに来たっていうのに。

 

 

起き上がろうとして右手がないことに気づいた。思い出した。自分で斬り落としたんだと。

 

 

その傷口は止血されて、縫い合わされてる。医者ほど正確にはないにしても、完璧な処置だったと思うね。

 

 

 

『…何だろ、メモの切れ端…?』

 

 

 

全身をチェックしてると、左手の袖のところに紙が挟まってた。____うん、左手じゃ取れない位置だ。

 

 

地面に擦り付けて抜き取って、文字を目で追う。

 

 

 

『…[ミノさん、お疲れさまー!たっぷり時間を稼いでくれたおかげで、バーテックスの再生前にわっしーと私復活!ケガの手当てはわっしーが薬箱を持ってきてやってくれたから、安心して休みたまえ~!バーテックスはぜったい追い払ってくるよ!…乃木園子]』

 

 

『はっ、園子も須美も、相変わらずだなぁ』

 

 

 

薬箱をどこに隠してたんだよ、須美。その山嶺に隠してたのかぁ?____おっと、これ以上言うと鬼が現れる。

 

 

園子、お前もだよ。こんなところまでメモ帳持ってきて。バーテックスでも取材する気だったのかぁ?

 

 

文面を見て安心感が湧き出てくると共に、二人に銀様復活を教えてやらなきゃいけないと思った。端末機を取り出してレーダーを確認する。

 

 

 

『…お、バーテックスはお引き取りになったか。やるねぇ二人とも。んじゃ合流しよっか』

 

 

 

バーテックスの反応はなし、須美と園子は同じ場所にいるみたいだ。

 

 

上体を起こして立ち上がろうとすると、足の先がないせいで上手く立ち上がれない。____今考えるとこれ、家族には見せられない状態だなぁ。

 

 

樹海の枝を少し借りて、ようやく移動できるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やぁやぁご苦労さん勇者たち。諸君らの活躍であたしは、…えっ……』

 

 

 

冗談言って心配させないようにしたけど、言ってる場合じゃなくなった。

 

 

背中側から見てもわかる、お腹にぽっかり穴を開けた須美。針ネズミみたいに背中から細長いトゲを生やしてる園子。抱き合うようにして全く動かない二人を見て、理解できなかった。したくなかった。

 

 

 

『お、おいっ…園子っ!須美っ!あたしはちゃんと戻ってきたぞっ…!勝手に、どっかいくなよっ…!』

 

 

『須美っ…!セクハラみたいないたずら、もうやらないからっ…!ちゃんと、一人で、スケジュールこなすからっ…!』

 

 

『園子っ…!昼寝してる、とき、うどん禁止とか刷り込まないからっ…!お前の隣を、歩いても、釣り合う服も着るからっ…!』

 

 

『…あたしをっ、…あたしをっ置いてかないでよぉっ…!』

 

 

 

____あたしが涙を流したのは、この時が最後だ。

 

 

守りたかったものを、守れなかった。あたしも大きな代償を払ったのに、結果は納得できるものじゃなかった。

 

 

 

____この時から、あたしの心は焦げ付き始めた。

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

〈…須美も、園子も、あたしを守ってお役目を果たした。…ほんと、尊敬しちゃうよ〉

 

 

〈それに比べてあたしは…。あの時一体でも、無理にでもバーテックスを倒しておけば、二人は死なずに済んだんじゃないかって。未だに思っちゃうんだ〉

 

 

 

銀は瀬戸内の向こうを見つめながら、自分の無念を語った。

 

 

同じ立場に立たされたとして、私も同じことを思うのだろう。銀と夏凜が戦いの中で先立つとしたら、自分にできることはなかったのかと自分に叱責するのだろう。

 

 

けど、夏凜は意外な反応をした。

 

 

 

「…あんたの葛藤や頑張りは、あっちの園子様も須美様もちゃんと見てるわよ、きっと。でも、その動機がお二人への無念の穴埋めのままなら、余計心配するんじゃないかしら」

 

〈…うん。あたしもそうだと思ってる。自分なりに決着もつけたつもりだし〉

 

「…でも、バーテックスを目の前にしたら、フラッシュバックするわよね、あんた」

 

〈……そこについても話しておこうか。あたしの表と裏のこと〉

 

 

 

____バーテックスを前に昂ると、ドス黒い感情を剥き出しにして暴れ回る姿。今思い出しても恐ろしくて、息が苦しくなる。

 

 

おふざけばかりする表も銀だし、裏のバーテックスを怨み殺すのも銀。私たちはそれと向き合わないといけない。

 

 

 

〈前に本当のあたしは真っ黒って言ったじゃんか。バーテックスを、天の神を滅ぼせって〉

 

「…ええ」

 

〈そんな心の壊れた人間が、またちゃんとした人格を取り戻せると思う?〉

 

「…実際にしたんじゃないですか。風さんと、友奈と、樹ちゃんと、あなた自身が」

 

〈…はは。……半分正解、だけどね〉

 

 

 

何がおかしいのか。少しだけ笑い声を銀はもらした。

 

 

 

〈…こうして二人と正面切って話せてるのも、須美と園子のおかげなんだ〉

 

「どういうことよ?」

 

〈あたしの身体から失われた機能は、勇者システムで補完してるって言ったじゃんか〉

 

「はい。その義手や義眼、その他全身を機械化してますけど…。須美様、園子様とどういう関係が?」

 

〈……その全部が、須美と園子に管理されてるんだ〉

 

 

 

銀の言葉の意味を、理解できなかった。

 

 

管理?亡くなられたお二人に?

 

 

理屈が合わない。生きていなければそんなことはできない。お二人は殉職されたと記録が残ってるし、銀の記憶もそう告げている。

 

 

じゃあ、どういう意味なのよ____?

 

 

 

「意味わかんない。死人にそんなことできるわけないし」

 

〈うん。二人は人間として死を迎えた。そこは間違いないよ〉

 

「……人間として?」

 

〈……あたしが人間でなくなったように、須美と園子も人間をやめた〉

 

 

 

銀の義手が紫電を走らせ、義眼が青く点滅した。

 

 

 

〈この義手は“どこかで生かされている園子”と繋がってるし、この義眼は“試験管の中で電極に繋がれた須美”と繋がってる〉

 

「……!」

 

 

 

ぐにゃりと視界が歪んだ。私の脳が正確さを失ったのか、世界がねじ曲がったのかもわからなくなった。

 

 

齢10年そこらの子供を機械化までして戦いに備えるのも異常だと思ったけど、奴らはさらに人道を踏み外したことをやっていた。

 

 

 

〈繋がった二人の意識があたしの中に流れ込んで、今にも壁の外へ行ってバーテックスを皆殺しにしようとする三ノ輪銀を抑制してる〉

 

 

〈二人の想いが、あたしを繋ぎ止めてくれてる。少しでも揺らいだら離れていっちゃうくらいに頼りない糸で、だけどね〉

 

 

〈…それが、三ノ輪銀って存在。この世界を守るって、三人の意志が融合した化け物〉

 

 

 

____それを機械で繋ぎ精霊で補強したのが、大赦の答え、か。

 

 

私は言葉にできなかった。何を言っていいかわからなかった。

 

 

 

「……ありえないわよそんなの。人を人と思ってないじゃない…!」

 

〈…勇者になった時点で、もう人とは思われてないんじゃないかな。神に近しい存在、人類の希望の象徴、防衛機構の部品…どれも何一つ間違ってない〉

 

「間違ってるわよ!!何納得してんのよ!銀!」

 

 

 

夏凜は納得できない様子だった。勇者をまるで部品扱いしてるのが信じられないというのか。

 

 

私は____

 

 

 

〈うん、これで納得しろって方がおかしいよね〉

 

「なら何であんたは!!言いなりになってんのよ!!」

 

〈……この世界を守るためだよ。あたしと、須美と、園子で誓った約束。生き残ったあたしの義務だから〉

 

 

 

サイボーグにされても、親友が脳みそだけにされても、そんなことした大赦が許せなかったとしても、譲れないものがある。

 

 

銀の背負ったものは、あまりにも大きすぎる。自身の魂をすら捧げても抱えきれないくらいに。

 

 

 

 

 

 

それに比べて私は。

 

 

やれ思いを踏みにじったと、やれ人を人と思ってない連中だと、まるで大切なものが見えてなかった。本当に大切なもののためなら、そんなのは些末事。

 

 

 

「…あなたが私の教導でよかったです。同じ志を持ちたいと、心から思えましたから」

 

〈…本当に?人間扱いされなくても?何もかも犠牲にしても?〉

 

「はい。だって、あなたがすぐそこにいるから。本当に大切なものがそこにあるなら、選択肢は一つです」

 

 

 

誰の思惑も関係ない。私がやるべきこと、やりたいことをやる。

 

 

 

「…そうよね?夏凜」

 

「本気で意味わかって言ってんの芽吹。連中に私たちの全部使われるってことなのよ…!?」

 

「…構わない。私は銀を信じてる」

 

〈たはー。“あたしを信じて”って言うつもりだったのに先取りされたぁ〉

 

 

 

食い気味に銀が割り込んできた。シリアスをぶち壊したい腹が見え見えだ。

 

 

全くこの人は____

 

 

 

〈…いつまでもそんなつもりはないし、あたしだって色々考えてるよ?だからさ夏凜、あたs〉

 

 

 

銀の言葉を遮るように樹海化警報が鳴り響いた。まるで謀ったかのようなタイミングだ。

 

 

 

〈…あの、セリフ言いかけなんすけど〉

 

「…はぁ、大丈夫よ銀。だいたい言いたいことは伝わってるから。…連中への信用はもう皆無だけど、あんたを放っておけないから」

 

 

 

ため息をついて返事をした夏凜。なんだ、わめくだけわめいておきながら覚悟は決まってたじゃない。

 

 

 

〈ならオーケーかな。けど、空気の読めないバーテックスさんには銀様からの有難い教育をしてあげないと〉

 

「大丈夫なんですか?抑制が効かなくなるんじゃ」

 

〈…見届けてて、二人とも。二人が心の壁を乗り越えたように、あたしも克服しないと〉

 

 

 

銀の表情は自信で満ち溢れていた。弟子二人の覚悟を見られて安心したのか、自分もうかうかしてられないと思ったのか。

 

 

____その表情一つで納得させてくれるあたり、この人には敵わないと思った。

 

 

 


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