シロツメクサを捧げる   作:Kamadouma

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あなたは人です。紛れもない人間です

 

 

 

崩壊した樹海から、私たちは現実世界に戻された。一番最初に訪れた、あの難破船の甲板に。

 

 

船首を見れば、めり込んでいた“壁”が腐って海へと飲み込まれていく。難破船もサビをふるい落として、今にも沈みそうに船体を軋ませる。

 

 

 

〈そこで見てて、夏凜。芽吹〉

 

「…何をするって言うんですか」

 

〈言ったとおりだよ。まず、神樹から残った力を吸い上げる。そんで、外の火の海をまるっと飲み込む。最後に天の神も食い尽くす〉

 

「そんなことできるわけっ…」

 

〈言っただろ?勝算はあるって〉

 

 

 

 

 

 

〈聖なる神々が忌み嫌う不浄。それがあたしの本質。神樹が300年集めた人間の負の感情をあたしが全部引き取ったんだ〉

 

 

 

銀が最後の秘密を明かし始めた。

 

 

____最後の最後で種明かし、という雰囲気じゃない。まるで、これまで私たちに何かを教えてくれたように。

 

 

 

〈なんで300年も平和だったと思う?信仰心を育ててきたから?争ってる場合じゃないから?〉

 

 

 

〈…違うね。神樹を構成する一柱の邪神が、人々の負の感情をエサに苗床になってたからさ〉

 

 

 

〈……失意のあたしに、その邪神は接触してきた。神世紀で初めて、深く人を呪った勇者だっていって。あたしと同じく食い物にされたもの同士だっていって〉

 

 

 

〈あたしは邪神に触れた。触れてしまった。神樹から預かった力は失われて、代わりに邪悪な力があたしを満たしてくれた〉

 

 

 

〈だから、滅ぼす。300年も邪神を苗床にした地祁も、その原因を作った天神も、負の感情を提供してくれる家畜も〉

 

 

 

まるで私たちを名指しするかのように、視線を通わす。空っぽの眼孔から一筋の血が流れて、涙のように頬を伝う。

 

 

言ってることが理解できない。理屈はわかってても理解することを拒否する。

 

 

 

 

 

 

____いや、理解しちゃダメだ。

 

 

銀の言葉にはいつも裏の意味があった。それを理解した時、私と夏凜が初めて仲間となった。

 

 

 

 

 

 

____銀が本当に伝えたいことは、そうじゃないはずだ。

 

 

 

「それが、…あんたの計画…?」

 

〈そうだね。須美や園子はもっと穏便に済ますつもりだったみたいだけど。もう既にあたしが外にまいた“旗”が芽を出して、暴れてるころだと思うよ〉

 

「………………」

 

 

 

夏凜は言葉を失った。今何を思っているのか私にはわからないけど、ひたすらに銀のことを見つめている。

 

 

 

「それが…銀の望みなんですか」

 

〈うん。あたしの望みだし、世界を呪って死んでいった人たちの望みだよ。こうしている今も深淵からささやいてくるんだ、不条理な世界を滅ぼせ、って呪詛が〉

 

「じゃあ、あなたが私たちにくれた心は、全部須美様や園子様の作り物だったって言うんですか」

 

〈………………〉

 

「三人で守ってきたものを、あなたの一存で終わらせていいんですか」

 

〈………………わかってるよ。けど、もう限界なんだ。苦しいんだ。おかしくなりそうなんだ。人の絶望がどこにいても聞こえるのは〉

 

「……そう、ですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀に向けて小銃を構えて、引き金を引いた。

 

 

数発の弾が銀の上体と頭を捉えた。着弾と共に破裂して、赤い飛沫をあげた。

 

 

 

「え……芽吹…?」

 

「………………」

 

〈…なるほど、勇者だ。さすがはあたしの愛弟子。世のため人のために善をなす…忘れてなかったわけな〉

 

 

 

音声が終わった瞬間には、何事もなかったかのように吹き飛んだ頭と身体が再生した。

 

 

____私たちは銀に苦しみを強いてきたのかもしれない。最初から呪いの力を解き放つつもりの銀に、世界に未練を残すような想いをさせて。

 

 

ならば、私たちがけじめをつけてあげなければいけない。それが銀の真なる望みだ。

 

 

大切な人の手で、邪悪に堕ちた自分を終わらせてほしいと。

 

 

 

「あなたと、夏凜と、須美様と、園子様と。果たし続けてきた約束に従って、……銀、あなたを討ちます」

 

〈うん、その返事が訊きたかった。…夏凜は?どうする?〉

 

「…私は…」

 

 

 

暗黒の眼孔から送られる視線に夏凜は狼狽える。

 

 

そうなるのもしょうがない。しょうがないけど____

 

 

 

 

 

 

あなたなら、わかってくれるはず。

 

 

 

〈目の前には世界を食い尽くす化け物。夏凜は世界を守る勇者。……選択肢はたった一つだよね?〉

 

「……それでも…」

 

〈大赦が二人を勇者に選んだ理由。二人が戦うべきはバーテックスじゃなくて、すぐそばにいる邪神…三ノ輪銀を討ち取ることって言ったら?〉

 

「…!」

 

〈勇者として家族を見返してやるのが目標だったんじゃないの?なら、勇者のお役目を果たすんだ〉

 

「………………」

 

 

 

夏凜は拳を強く、強く握った。震えて血が出て、それでも何かを握りつぶすように。

 

 

 

「…ごめん。それだけはできない」

 

〈……そう〉

 

「…それより大切な使命が、あんたを助けるって使命が、私にはあるからっ!!」

 

 

 

夏凜が銀に叫んだ言葉を追うように、雷光が甲板を走った。蛇の頭をした銀の腕と鉛色の霧を吹き飛ばして、向こう側の世界への境界を曖昧にする。

 

 

ただの雷じゃない。まるで電気を帯びた水が加速して飛んでいったようだった。

 

 

 

「芽吹。…あんたの言うことも正しい。だけど、私は絶対銀を助ける。その可能性にかける」

 

「…それが更に銀を苦しめるとしても?」

 

「ええ。三人一緒って約束、私にとって一番大切だから。泣いて謝っても助ける」

 

〈……うれしいよ、あたしは。だけど、助けられるわけにはいかないんだ〉

 

 

 

吹き飛んだ腕から、また蛇の頭が生えてきた。霧を吸って巨大化して、さっきバーテックスを食い殺した化け物が甲板の端を囲う。

 

 

 

「芽吹!一か八か、義手と義眼を元に戻すのよ!どちみちこのままじゃ勝ち目がない!」

 

「ええ!わかった!」

 

 

 

正攻法で行っても、まず戦いにならない。再生されて、大蛇に食い付かれるのがオチだ。

 

 

私たちに勝機があるとすれば、須美様と園子様の手の届くところに銀を置くこと。呪いの力を絶たなければ、少なくてもこの世界は終わってしまう。

 

 

夏凜が義手を片手に銀に突っ込む。対する銀は何の反応もない。

 

 

 

〈…ダメだ、二人には手を出せないや〉

 

「少し黙ってなさいよぉっ!」

 

〈うぶぉっ!!〉

 

 

 

石突が銀の腹部を直撃する。ビリヤード球みたいに手すりまで吹き飛んだけど、大蛇はまるで意に返さない。あたかも自身が本体であるように。

 

 

 

〈いてて…。不死身とはいえ痛いものは痛いなぁ…〉

 

「支援するわ!」

 

 

 

義手を取り付けなきゃいけないから、大蛇と繋がってては邪魔だ。接合部に徹甲弾を撃ち込んで、空圧で切断する。

 

 

 

「夏凜!再生が始まらないうちに!」

 

「オーケー!」

 

 

 

膝をついた銀に飛び掛かって組み伏せた夏凜。再生が始まるわずかな時間の中で、夏凜はやってみせた。

 

 

 

〈…うへへ、かわいいなぁ。夏凜は〉

 

「何よこんなタイミングで」

 

〈……そんなかわいい弟子が、こんな世界のためにいいように使われるなんて〉

 

「…くそったれな世界かもしれないけど、あんたと芽吹が隣にいるなら。私にとっては最高の世界よ」

 

〈……ならさ、三人で作ろうよ。神樹もバーテックスもいない、新しい世界をさ〉

 

 

 

舌をチロチロさせていた鉛色の大蛇が鎌首をもたげた。

 

 

巨体に似つかわしくない俊敏さ。まるで夏凜が方天戟を振るうみたいなスピードで、重なりあった二人に首を突っ込む。

 

 

 

「っ!夏凜!!」

 

 

 

私も最速の反応で大蛇の頭を撃ち抜いたはずだけど、既に夏凜は宙を飛んでいた。穿たれた穴も気にすることもなく、自由落下する夏凜を丸呑みしようと大口を開ける。

 

 

 

「やめろぉぉぉぉっっ!!!」

 

 

 

気がつけばありったけの弾を蛇の喉元に叩きつけていた。頭がちぎれるほどの穴が空いて、伸ばした胴体が倒れてくる。

 

 

 

「夏凜!!」

 

 

 

落ちてくる夏凜を受け止めようと駆け出す。理屈なんて全て捨て去って。

 

 

 

〈…芽吹もほんと変わったよね。もう、いとしすぎてあたしも妬けちゃうよ〉

 

「…!?」

 

 

 

耳元で銀の声が聞こえた。その瞬間に私は何かに身体を締め上げられた。

 

 

 

「あうっ、うぐぅぅっ…!」

 

〈ごめん、ちょっと痛かったね〉

 

「ぎ…銀…?」

 

 

 

私を捕らえたのは蛇の尻尾らしい。丸太のような極太の体躯で締め上げられて、全身の骨がバキバキ折られる錯覚すら覚える。

 

 

尾の先から銀が“生えて”きて、私の目の前で片手を上げた。途端に拘束が少しだけ緩くなる。

 

 

 

〈…ここで二人が負けても誰も文句を言わないよ?言う人がいなくなるんだもん〉

 

「…そう、でしょう、ねっ…!けどっ、私の戦う、理由…は…!」

 

〈立派な覚悟だよ、ほんとに。あたしにはできない覚悟だね。だって大切な人から心を搾取するやつなんて、死んでしまえばいいって思ってるもん〉

 

「傲慢、ですねっ…!まるで、昔の、私みたいに…!」

 

〈…はは、怒られちゃった。…全部終わったら全力で叱ってね、芽吹〉

 

 

 

銀が私の顎に手をかける。そしてそっと顔を近づける。

 

 

 

「私の相棒にぃぃぃっ!手ぇ出すなぁぁぁぁっっ!!!」

 

〈うおっ!?〉

 

 

 

怒号と雷轟が蛇の尾を断ち斬った。バランスを崩した銀は私から飛び退いて、切れた右腕を霧に変える。

 

 

大蛇に締め上げられたダメージは相当大きいらしい。精霊のバリアも効いてなかったし、不浄の力は私たちの天敵というのか。

 

 

 

「園子様に叱られて来いぃっ!!」

 

 

 

電光石火で銀との距離を詰めて、義手を掲げる夏凜。

 

 

 

〈…発狂しそうなのに監禁して我慢我慢って言ってくる園子なんて嫌いだよ〉

 

 

 

霧を迫る夏凜に吹き付けた。

 

 

強烈な有毒ガスだから、被害がないわけがない。

 

 

 

「夏凜っ…!」

 

「ぐぅぁ……うっ……」

 

 

 

夏凜はうずくまって口元を押さえていた。たったこれだけでもはや戦えない。

 

 

何とかしないと____!

 

 

 

〈夏凜、もうそろそろ気持ちよくなってくると思うよ。毒と薬は紙一重だからね〉

 

「あうっ…あ……っ」

 

〈さあ、夏凜もおいで。神樹の家畜小屋を出て、人のあるべき世界に〉

 

 

 

頭を再生させた大蛇が、足から夏凜を少しずつ飲み込み始めた。夏凜も抵抗もせず、だらしない声をあげてゆっくり飲まれるのを待つだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

動けっ____!

 

 

何をうずくまっているのよ!楠芽吹!!あなたの大切な人が、今目の前で消えようとしてるのよ____!!!

 

 

 

「うおぉぉぉっっっっ!!」

 

 

 

腕や脚が引きちぎれようが、構わず走り出す。気持ちが本能に勝った瞬間だ。

 

 

ただただ必死で、飲まれていく夏凜の右手を掴んだ。

 

 

 

「夏凜っ!!諦めるなぁっ!!」

 

「…めぶ……き…?」

 

 

 

意地でも義手だけは手放さない夏凜。よかった、諦めてはいない。

 

 

この手だけは放してはいけない。放せば全部終わってしまう。

 

 

 

「……い、き……て………」

 

「夏凜!?あなた何をっ!!」

 

 

 

紫電を纏う三日月が、____________

 

 

 

 

 

 

夏凜の右腕を断ち斬った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわああああぁぁぁぁっっっっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天空を舞う青の妖花が鈍く光る大蛇を海の色に染め上げた。

 

 

花弁を突っ切り空を裂くのは、空色の十字架。失われたはずの航空機。機首に掴まる私と、機首から覗く剣呑な機関砲。

 

 

 

「今すぐ離せぇぇぇぇ!!!」

 

 

 

昂った声に同調するように、機体は大蛇へと急降下し、機関砲も咆哮を上げた。一発が空圧の連鎖爆破に匹敵する威力の砲弾を、数えられないほどの連射で撃ち込む。

 

 

大蛇を尻尾から撫でるような射線で撃った砲弾は、一瞬でその体躯を消し飛ばした。残った頭部も力を失い、飲み込みかけた夏凜をだらしなく吐き出す。

 

 

その後、甲板スレスレを背面飛行して夏凜を大蛇からかっさらう。

 

 

 

「夏凜っ!!この大バカっ!!」

 

「め…ぶき……?」

 

 

 

目の焦点が合ってない。たぶん私の姿も見えてない。私の叱咤も聞こえてない。

 

 

 

「何をカッコつけて私に託してるのよっ!!あなたがやっていいことじゃないっ!!」

 

「……ぅ…ぁ」

 

「生きるのはあなたもよ!!」

 

「…う……ん…」

 

 

 

その返事も、振り絞って出したらしい。私の目の色を焼き付けるように見た後、まぶたを閉じてうなだれた。

 

 

風防の中に夏凜を押し込めて、私は前を向く。

 

 

十字架の航空機は大きく旋回して、再度甲板に機首を向ける。その先には、銀がいる。

 

 

 

〈満開、キレイだよ芽吹。さあ、あたしを終わらせてよ。あたしの友達四人なら、それができる〉

 

 

 

 

 

 

「うおぁぁぁぁっっっっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

それが私の意識なのか、それともこの航空機の意識なのかはわからない。ただ銀に向かっていく。

 

 

ノーズが銀の身体を捉えて、そのまま艦橋へと突っ込む。銀は避けようともせず、私を受け止めた。真っ赤な血で大蛇を染めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈…ぐふっ。…ああ、痛いなぁ〉

 

「…痛いですよ、それは私にもわかります」

 

 

 

 

 

 

〈…そうだね。それはあたしが人、だからかな〉

 

「ええ。あなたは人です。紛れもない人間です」

 

 

 

 

 

 

〈うん…。…人として、終わりたいなぁ〉

 

「……須美様、園子様が許すのであれば」

 

〈…うん。聞かせて。須美と、園子の答えを〉

 

 

 

夏凜から預かった義手と、私が持っていた義眼を、銀にはめ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈……そっか。隠してたもんな、あたしに聞こえてた声のこと〉

 

 

 

〈……はは。謝んなって〉

 

 

 

〈でもさぁ、もう、ダメかな。須美と園子まで悪意に飲まれちゃうもん〉

 

 

 

〈……二人のこと、よろしくな〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____その言葉を最期に、銀は鉛になって溶けていった。大蛇の残骸も船へと吸い込まれていく。

 

 

船は霧を噴出して、腐り落ちた壁の代わりに鉛色の境界を敷く。そして、宙を漂い始めた。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

____青く光る義眼と、紫電を走らす義手だけが、旅立つ船の行方を知る。その先を聞き出すように、一つのモバイルがけたたましく声を上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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