シロツメクサを捧げる   作:Kamadouma

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やってやりましょう。銀のためにも

 

 

 

「………………」

 

 

 

見上げた夜中の病室の天井は、狭くて遠いような気がした。

 

 

なぜなら、私の右眼は散華してしまったから。勇者として致命的な機能の欠損だ。

 

 

見えない眼で隣のベッドに横になってる夏凜の様子を見る。

 

 

夏凜はずっと意識を失ったままだった。大赦でも把握しえない何かによって、回復が阻まれているらしい。

 

 

 

「……いたた。首振るのもつらいわ」

 

 

 

私も私で全身の骨が折れているらしい。みるみる再生しているけど、まだ動くには至らない。

 

 

____もどかしい。私にはやらなきゃいけないことが山ほどあるのに。

 

 

 

「……銀……」

 

 

 

____あまりにも夜の静寂が深すぎて、心細くなってくる。私たちの心にいつも明るい音を届けてくれた人は、ここにはいない。

 

 

____あれ、もう片方の視界も霞んできた。

 

 

 

「……涙…?」

 

 

 

生きてる目から枕を濡らす涙が流れてきた。涙を流すなんて、いつ以来だろうか。

 

 

____私らしくもない。泣いたところで銀が帰ってくるはずもないのに。

 

 

 

「………………」

 

 

 

押し寄せる胸の苦しさとともに、今日のことが思い出される。銀が背負ったもの、その苦しみ、私たちの選択。

 

 

____選択肢なんてなかった。銀はようやく重荷から解放されて、今度は私たちが____

 

 

 

「……?どうするっていうの…?」

 

 

 

神樹は滅んでいないし、人間も残された明日を迎えられるし、バーテックスも外で侵攻の機会をうかがってるだろう。

 

 

銀は外に旗をまいたと言った。それが芽を出すと。そして、四国を覆う深い霧とその奥へと進み始めた座礁船。

 

 

 

「………………まさか、銀の計画って」

 

 

 

____神樹が滅びるのも前提と言っていたけど、あなた自身が消えるのも計画の内だったのでは____?

 

 

 

 

 

 

だとすると、これまでのことが全て銀の描いた青写真のとおり、それでつじつまが合ってしまう。

 

 

人類を憎む邪神は勇者によって討伐され、外界に取り残された残滓が神々への復讐を果たす。三ノ輪銀という生け贄を邪神に捧げることによって。

 

 

 

「……あなたは」

 

 

 

____どこまで行っても、人間じゃないですか____

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

「芽吹ちゃん!!夏凜ちゃん!!」

 

「…友奈」

 

 

 

朝一番で病室に突入してきたのは、何やら武装した友奈。私は結局一睡もできず、夏凜は未だまぶたの裏の世界から帰ってきてない。

 

 

 

「よかった…!無事で…!」

 

「ええ…。…銀のおかげで」

 

 

 

泣き崩れるように私に寄りかかる友奈。私も腕が動かないので支えてあげられない。

 

 

____友奈が戦場に向かったのも、私たちのことを心配して助力に向かったからだろう。

 

 

 

「どうしたの…?その武装は…」

 

「…風先輩を撒いてきたんだ」

 

「……特別なお役目についてるって言ってたものね。それがこの装備か」

 

「うん…。…けど、命令を無視して…」

 

 

 

銀のためなら命令に背くことも辞さない。そういう人か、友奈は。

 

 

何があったかはわからないけど、____銀の理性のたがが外れた原因の一つは、友奈にあると思われる。

 

 

____それを責めるつもりもないけど。全て銀の手のひらの上のことなら、避けられない別れなのだから。

 

 

 

「そこにあなたのモバイルがあるわ。銀が持ってきたし、取られたのかしら」

 

「あっ…うん…。勇者に変身したら、絶対戦うよねって…。…ケンカみたいになっちゃって…それで……」

 

「……そう。……それも、返しておくわ」

 

「……え?」

 

 

 

モバイルの裏に、銀が友奈からもらったシロツメクサのお守りが貼り付けてあった。大切にしてたのだろう、丁寧にパックに詰めて。あのずぼらな銀にそうさせるのなら、相当だ。

 

 

 

「これ、銀ちゃんの……」

 

「…ええ。銀があなたからもらったものよ」

 

「……え…?」

 

「……持ち主は、…もういないのよ」

 

「………………え…?」

 

 

 

友奈は聞き返してきた。何を言ってるのかわからないと言った顔で。

 

 

 

「……そのモバイルに、あなたへの最後のメッセージが残ってる。聞き届けるのが、あなたの責務よ」

 

「最後、って……」

 

 

 

____こういう感情が、銀をに追い込んだ感情なのだろう。友奈は表情を歪めて、声をかすれさせて、それでもモバイルに残った音声を再生した。

 

 

____どうして私は、他人の感情を参照することでしか自分の感情を知り得ないのかしら。私だって、友奈と同じ感情を抱いてるはずなのに。

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

〈やっほ。友奈、ごめんな。あたしもあの時は切羽詰まっててさ。この場をなんとかすることで精一杯だったんだよ〉

 

〈…うん、ちゃんと謝っとくか。ごめんなさい。友奈のせいみたいに言って〉

 

 

 

 

 

 

〈たぶん、これを聞いてるってことは、あたしはもういない。闇堕ちした勇者は、弟子の手で天誅されました〉

 

〈…けど、二人を恨んじゃだめだぞ?恨むのは三ノ輪銀の方だかんな?〉

 

 

 

 

 

 

〈……けど、銀様は不死身よぉ!絶対、ぜぇーったい友奈のところへ帰ってきてみせるからな!約束、ぜぇーったい守るからな!〉

 

〈だからさ、友奈。…待ってて。あの時と同じだけど、ほんのこれっぽっちの可能性もないかもしれないけど…待ってて〉

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

「……んんっ………!!」

 

「友奈……」

 

 

 

口を押さえて、声が漏れないようにして、友奈は涙した。

 

 

これが冗談だとしても質が悪いし、本気だとしてもあまりに酷だ。友奈は何もできないまま、何も知らされないまま親友を失ったのだから。そして、最後のお願いが「待ってて」、と。

 

 

 

 

 

 

友奈とのいざこざが決め手となって銀の理性は崩壊した、と考えていいだろう。銀と友奈の優しすぎる関係が、結果的に銀を破滅に追い込んだと。

 

 

____友奈を恨む理由としては十分すぎるけど、私にはまるで他人事のようにすら思えてくる。友奈とのすれ違いすら銀の目論見通りと思えるのだから。

 

 

____ただ、銀がそこまで友奈を想ってたとわかると、あの時沸いた感情が傷だらけの心をあぶる。

 

 

 

「……銀は、もういない。いないのよ…」

 

「そん…な……」

 

 

 

私の手が動けば、涙を流す友奈の頭を撫でてあげられるのだろう。私には、ただ肩を貸すことしかできない。

 

 

 

「……銀のおかげで、戦局は変わりつつある。残された私たちは、それをきっかけに勝ち取らなきゃいけない」

 

「………………」

 

「……本当の自由を、ね…」

 

 

 

____銀が本当に目指していたものは、それなのかもしれない。バーテックスからも、大赦からも、神樹からも束縛されない世界。本当の自由。人間のあるべき姿。

 

 

____あなたは、本当に。スケールが大きすぎますよ。勇者じゃなくて、革命家の称号こそ相応しいです。

 

 

 

「…友奈」

 

「…芽吹、ちゃん……」

 

「…やってやりましょう。銀のためにも」

 

 

 

泣き崩れる友奈の琴線に触れる言葉を、私は知らない。だから、私は私の道へと彼女を引き込むことしかできない。

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

「…落ち着いたかしら、友奈」

 

「うん……ありがとう、芽吹ちゃん…」

 

 

 

私の身体が少しずつ動くようになると同時に、友奈も平静を取り戻したようだ。表情に陰を落とすのは変わらないけど、話ができるくらいには気持ちの整理がついたってことか。

 

 

 

「……どうして…銀ちゃんが……」

 

「……元々そのつもりだったみたいよ、私が銀と出会う前から。終わりの近い世界を解放すべく、自らが命を睹して道を切り開くって」

 

「……芽吹ちゃんは、…悲しくないの…?」

 

「…悲しいわよ、それは。今までで一番…」

 

「…平気、なの…?」

 

「……そんな訳ないわ。でも、…私にはやるべきことがあるから。立ち止まったら銀に申し訳が立たない」

 

 

 

私に残されたたった一つの使命。私がこの世界に生きる意味。

 

 

銀がこじ開けてくれた世界の扉から出て、水先案内人となること。もし邪なるものが人類に徒なすのなら、それを勇者として討滅すること。

 

 

____銀が私たちを育ててくれたのは、そういう理由だった。私はそう理解したんだ。

 

 

 

「……強いね…芽吹ちゃんは……」

 

「人より感性が鈍いだけよ。人並みの感情の持ち主なら、…正気じゃいられないと思う」

 

 

 

むしろ助かったとさえ思えてくる。私の心が人並みなら、もう二度と立ち上がれなくなると思うから。

 

 

友奈も現実と向き合う覚悟はできたみたいだけど、あまりに可哀想だ。____銀のためにも、彼女を支えてあげないと。

 

 

 

 

 

 

見えない目で友奈を見つめていると、隣のベッドから物音がした。

 

 

 

「!夏凜…!」

 

「……ぁ…っうぁっ…!」

 

「夏凜ちゃん…!」

 

 

 

悪夢から覚めるように呻き声を振り払って起き上がる。腕が片方なくなってるのにも気付かず、上腕が空を切る。

 

 

 

「大丈夫!?夏凜ちゃん…!」

 

「…友奈…?それに芽吹も…」

 

「…よかった。目が覚めないのも覚悟してたから…」

 

 

 

一つひとつ何が起こったかを確認するように、夏凜は目を左右に動かして思考を巡らせた。

 

 

 

「…銀は!?銀はどうなったの!?」

 

「……ここにはいない」

 

「いないって…!どこにいるのよ…!」

 

「…わからない。本当に消滅してしまったのか、あの大蛇に飲み込まれてしまったのか、霧の向こう側にいるのか」

 

 

 

私の記憶に残っている出来事を、一つずつ話した。私が満開を解き放って右眼を捧げたこと、それで義眼と義手を元に戻したこと、須美様と園子様と言葉を交わしたこと、その後鉛になって溶けていったこと。

 

 

戦いの後の世界の変貌も伝えた。神樹の壁は腐って崩壊して、代わりに鉛色の霧が四国中を包んだこと。座礁船が浮遊して霧の奥の火の海へ漕ぎ出していったこと。あれだけ樹海が荒らされたのに、現実世界への影響はなかったこと。

 

 

 

「…行かなきゃ。銀を助けにいかないと」

 

「待ちなさい夏凜。そもそもどこにいるかわからないじゃない」

 

「それでも!…私は約束した!私は決めた!何があっても銀を助けるって!」

 

 

 

____夏凜はあの時誓いを立てた。銀を助けると。邪悪から銀を解き放つと。

 

 

____でも、銀はそれを望んでいない。私の師の覚悟を踏みにじることは、私にはできない。

 

 

だから、許せなくなって、気持ちが昂る。

 

 

 

「それは銀の望んだことじゃない!あなたのエゴよ!」

 

「だとしても!私は認めないからっ!三人一緒って…約束したからっ…!!」

 

「現実を見なさい夏凜!!あなたのそれは銀の覚悟を否定してるのよっ!!」

 

 

 

 

 

 

「私たちと別れることもっ!邪悪に飲み込まれることもっ!そんな恐怖を全部受け止めてっ、銀は私たちと世界のために自ら命を捧げたのよっ!!」

 

 

 

「誰が同情できるの!?誰が代われるの!?何が助けるよ!!そんなの傲慢よっ!!」

 

「わかってる…!!それでもっ…本当の望みを諦めたくない…!銀が今までくれた優しさを…全部なかったことになんてできない…!」

 

 

 

夏凜は泣いていた。今までのことを思い出してか、これからの苦悩を嘆いてか。私にはわからない。

 

 

でも、私の言葉を詰まらせるには十分すぎた。

 

 

私だって、銀と夏凜と一緒にいられるのならそうしたい。銀だってそれを望んだだろう。そうじゃなかったら、私は銀に魂を吹き込まれた傀儡にすぎない。

 

 

私たちは勇者なのか、それとも友達なのか。その選択を迫られているのか。

 

 

 

「夏凜ちゃん…」

 

「……ごめん。ちょっと一人で考えさせて」

 

「………………」

 

 

 

夏凜はそっぽを向いてしまった。

 

 

____私と同じなのかもしれない。お互いの考えに触れて、折り合いをつけなければならないって思ってるのだろうか。

 

 

 

「…友奈、…ありがとう。私も少し気持ちを整理したいから…」

 

「うん…。…芽吹ちゃん、夏凜ちゃん…。自分を追い詰めすぎないでね…」

 

 

 

沈んだ表情で友奈は病室をあとにした。友奈も私たちと同じで、自分なりの答えを見つける時間が必要なはずだ。

 

 

 

「………………」

 

 

 

朝の日差しが窓から照らしてるのに、半分の視界にはどこまでも闇が広がっていった。

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

「…お役目、ご苦労様でした」

 

「……先生」

 

「現状は医師から伺っています。ご無事で何よりです」

 

「……はい。…全て、銀のおかげです」

 

 

 

医者のメディカルチェックが終わった後に、勇者付きの神官が部屋を訪れた。間が悪く、夏凜の診断はまだまだ時間がかかるらしくて私一人だ。

 

 

無機質な声と表情を隠蔽する仮面で、淡々と必要事項を伝えてきた。

 

 

 

「…敵の主戦力を壊滅させられたので、しばらくの猶予が生まれました」

 

「…そんなことはどうでもいいです。…崩壊した壁や、鉛色の霧について何か分かりませんか」

 

「現在調査中、としか言えません。根も葉もない噂が飛び交って扇動させられている民衆もいますが、我々は真実を見極めて導かなければなりません」

 

「………………」

 

 

 

この人は銀の味方だと言った。大赦の信奉者ではなくて、一人の勇者の従者。

 

 

____この様子なら、本当なのだろう。神樹が作った壁が崩壊したなんて、あの狂信者たちが知れば正気じゃいられないし。

 

 

____ただ、あまりに無機質すぎる。あなたの教え子が、その信念に殉じたというのに。

 

 

 

「…銀については」

 

「……こちらをご覧ください。銀様の、遺品です」

 

 

 

仰々しい和装の、一冊の書物を差し出した。銀と出会って間もない頃、盗み見してしまったあの“勇者御記”だ。

 

 

 

「……芽吹“様”には、銀様が残した義眼が宛がわれることとなりました。夏凜“様”には、同じく義手を」

 

「…そう」

 

「…私からは以上です。失礼させていただきます」

 

「………………」

 

 

 

先生は何も指示を出さなかった。どうするかは自分で決めろってことか。

 

 

その答えは、これに書いてあるのか。私はそれを求めて御記を開いた。

 

 

 

 

 

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