シロツメクサを捧げる   作:Kamadouma

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意外に信頼してるのね、二人とも

 

「おはようございます教導」

 

〈おはよう、夏凜、芽吹。遅れてごめんな!〉

 

「寝坊した訳でもないのに、どうされたんですか?」

 

 

 

教導は5分遅れで広間にやってきた。朝起きたらもういなかったのに、どこで何をしていたんだろう。

 

 

教導は苦笑いしながら答えた。

 

 

 

〈いやね、あれだよ。教練の準備をしてたらケガした鳥を見つけてね。この時間じゃ保健所も病院も開いてないし、とりあえず監視の人に預けてたらこんな時間になっちゃって〉

 

「…本当に何をなされているのですか?」

 

〈…面目ない。昔っからこんなトラブルを呼び込む体質で〉

 

 

 

本人もトラブルメーカーのような気もするけど、トラブルの方も好んで教導のところにやってくるらしい。巻き添えを食うかもしれないから気を付けておこう。

 

 

 

〈…あと、その“教導”って呼ぶのやめない?なんかスゴく偉そうに聞こえてさ〉

 

「いえ、教導は教導です。上下関係をはっきりさせるための呼称ですから」

 

〈友達に上も下もないだろー?な、夏凜〉

 

「じゃあ何て呼んだらいい?」

 

〈銀様でもミノさんでもいいからさ、とりあえず教導だけはやめて〉

 

 

 

照れ臭いのか両手を横に振る仕草。奉り上げられるとダメみたいね。でも様付けはオーケーらしい。

 

 

でも様付けはあれね。からかう時くらいにしか使えなさそうね。

 

 

 

「…では三ノ輪教導、ご鞭撻の程お願いします」

 

〈さらさら言うことを聞く気はないってね…。ああ、これは手強い〉

 

「っていう教ど…銀も譲らないのはお互い様よ」

 

〈最初に折れたのは夏凜かー。ちょろいなー〉

 

「誰がちょろいですってぇー!?」

 

 

 

いけないいけない。銀のペースに巻き込まれたらどんなムチャ振りをされるかわからない。あいつ程じゃないけど揺さぶられないようにしなきゃ。

 

 

 

〈じゃあ、始めよっか〉

 

「はい。お願いします」

 

「…何やるの?」

 

〈まあまあ、ちょっとしたテストだよ〉

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

銀に連れられてきたのは沖で座礁して破棄された大型船。神樹様が敷いた“壁”に船首が突っ込んでるとも言われる、知る人ぞ知る瀬戸内の名物。当然大赦の管理物なんだけど。

 

 

この規模の船舶は今じゃ輸送船でも使用されていない。四国の沿岸を周回するだけなら、このサイズは返って不便だからだ。

 

 

つまり相当古い船ってこと。船内には軋みの音が鳴り響いている。

 

 

 

〈よし、ここでなら思っきり暴れられるな〉

 

「…ここで戦闘訓練でもするわけ?沈むんじゃない、この船」

 

「その可能性は大いにあるかと」

 

〈はは、ついでに沈めてこいってことさ〉

 

 

 

笑顔でとんでもないことをぬかすわ、この勇者。脱出するまでが訓練ってことでしょ、これ。

 

 

 

〈それじゃテストの内容を説明するね。夏凜と芽吹で協力して甲板の先にある旗を回収して、ここのボートに戻ってきて脱出する。それだけ〉

 

「…それだけ、ですか?」

 

〈もちろんあたしがお邪魔役をやらせてもらうよ。その点も考慮して〉

 

 

 

____大昔の海外の特殊部隊かっ!そんな訓練、役に立つか!勇者にそんな任務来るわけあるか!

 

 

とツッコミ所満載のテストに言及したいのを抑えつつ、銀の思考を意図を探る。

 

 

何か、意味があるはず。

 

 

 

〈あたしは先に行ってるから。さて、二人がどんな戦いするか、楽しみだなー〉

 

「…ご期待に添えるよう、努力します」

 

「手のこった歓迎会だけど、あっさり終わらせてあげるわ」

 

〈へへ、そう簡単にいくかなー?あたしが端末にコールしたら侵入してきて〉

 

 

 

銀は背中を向けて錆び付いた船内へと消えていった。

 

 

現在地は貨物搬入用のハッチ、だと思う。詳しい船内の見取り図はわかってない。しらみ潰しに道を探さないといけないかも。

 

 

 

「…教導は何を試したいのかしらね」

 

「さあ?私たちがちゃんと連繋して行動できるか知りたいんでしょ」

 

「…よりにもよって三好さんと、か。教導も味な真似をするわ」

 

「腐れ縁よね。できれば一緒にいたくないやつと、ここまで時間を共に過ごすなんて」

 

 

 

でも私と楠を選んだのは神樹様。運命とも言っていい。いや、皮肉を込めて宿命と言っておこう。

 

 

それには必ず意味がある。はず。だからこいつの嫌いなところも受け入れて、乗り越えなきゃいけない。

 

 

 

 

 

 

________それが、勇者だ。

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

「初のシステムを使った教練か。さて、見せ付けてやろうじゃない」

 

 

 

端末のアプリケーションを起動。視界をバラの花びらが覆って、あたかも私の形をした結界をつくり出す。そこに神樹様の力が満たされていく。

 

 

いつのまにやら私の首もとに紫色のイタチのような生き物____勇者を守る精霊のひとつ、“雷獣”が巻き付いていた。話は聞いていたけど、なかなか、こう、かわいい。

 

 

花吹雪が去った後、紫の勇者と雷の精霊がハッチに降り立った。

 

 

 

「…あんたと細かい連繋なんて無理そうだから、基本的な方針だけ決めましょ」

 

「ええ。2対1だから、接敵したら片方が教導の足止めをする」

 

「もう片方は離脱して探索を続ける。先に狙われた方が囮役ね」

 

「それでいいわ」

 

 

 

楠も青い勇者の戦衣をまとって、アンダーバレルランチャーの着いた突撃銃のチェックをしている。その様子を鳥のような精霊__“以津真天”って言ったけ__が銃に止まって見つめていた。

 

 

 

イツマデ イツマデ

 

「うわっ、しゃべった。脅かすんじゃないわよ」

 

「…会話はしてくれなさそうね。インコだわ、これじゃ」

 

「バレルの上で止まってしゃべるインコなんて、こいつくらいよ」

 

 

 

銃口先のインコは気にせずチェックを続ける楠。煩わしい武器だこと。

 

 

楠の引き継いだ勇者システムは____先代鷲尾須美が使用していたもの。彼女は弓術や狙撃の才能を拓いて、長距離支援を得意としていた。らしい。

 

 

しかし楠が持つのは、長距離からの狙撃運用には向かないカービン。単騎でも戦えるように連射力と取り回しを重視したらしい。

 

 

____実にあいつらしい理由だ。

 

 

 

「…しかし、大丈夫かしらね。三好さんの武器、この閉所じゃ使い物にならなそう」

 

「あんたが私の身を案ずるとはね。どういう風の吹き回しかしら」

 

「時間稼ぎも満足にできるか不安ってこと」

 

「ヒトの心配してるヒマがあったら自分の安全を確保しておきなさいよ」

 

 

 

楠が案ずるのも無理はない。私の武器は三日月状の刃とピッケルのような杭が穂先に漂う長柄の槍____遠い昔の飛将軍が使っていた方天画戟という武器がモチーフと言っていた。

 

 

先代乃木園子は無数の飛ぶ刃を纏う槍で変幻自在な戦術を駆使していたって言うけど、____私の頭の回転ではそんな運用はできない。

 

 

だから能力の引き継ぎは最小限に、残りのリソースを威力に割り振ってもらった。

 

 

そこから導き出される現状の戦術は____

 

 

 

「船、沈める気で暴れるから」

 

「…あなた、割と力押しが好きよね」

 

「圧倒的なゴリ押しも完成型の戦術よ」

 

 

 

船の壁が簡単に戟でぶち抜けることを確かめると、端末から着信音が鳴った。

 

 

 

「『テスト開始!あたしはレーダーから一時消えてるから、二人の位置の確認に使ってね』。だってさ」

 

「…本当だ。…まあ、音でわかるでしょ」

 

 

 

私と楠の名前はレーダーに表示されていたが、銀の反応は無くなっていた。

 

 

勇者システムが起動する限り反応は無くならないはずだけど、まあステルスくらい大赦は作ってるかもね。“裏切り者”対策として。

 

 

船内では足音が大きく響く。軋みや波の音と被らなければ聞き逃すことはないか。システムに頼らず自分の能力を研ぎ澄ませろってこと。

 

 

 

「…しかし気味悪いところね。教導じゃなくて化け物が出そうだわ」

 

「幽霊船ってやつ?実際いるわけないじゃない」

 

「長くそこに存在するものには、そういう念が溜まっていくものよ。ちゃんと供養すれば土地神様が住まうし、放置すれば悪霊がのさばる」

 

「ふーん。そういうの信じるタイプか。意外ね」

 

「地鎮祭や竣工式はよく知ってるもの。ないがしろにしたら、幽霊だって出るわ」

 

 

 

やけに詳しいわね。楠はそういうのに詳しい家で育ったのかしら。____全然あいつの身の上なんて知らないけど。

 

 

薄暗い船内を警戒しながら、甲板へ繋がる階段を探す。

 

 

 

「…うわ、手にサビついた。…次はあんた開けなさいよ」

 

「拒否しとくわ。私が開けたら扉の向こうへ先制攻撃できないし」

 

「もっともらしい屁理屈を…」

 

 

 

クリアリングって言うんだっけ?それをするなら確かに私が開けて楠が制圧にかかるのがいいけど。

 

 

だけど、こいつの思うつぼというのが納得いかない。こんな時だけいいように使われるのは何か嫌だ。

 

 

 

____とかどうにかしてこいつの鼻をあかしてやろうと思ったときだ。

 

 

 

「だいたいねぇ、あんたの指図なんて受ける気はnぶっ!」

 

「!なに!?」

 

 

 

楠に振り向いた途端、後頭部に割と重たい衝撃。思わずよろめいてしまう。精霊のバリアがなかったらかなりのダメージだ。

 

 

あいつもすぐさま銃を構えるけど、その後のアクションはない。

 

 

 

「…空き缶?」

 

「あきらかに空き缶の威力じゃなかったわよ…。…ほら、中身入ってる…」

 

「…でもこの部屋には教導はいなかったし……ポルターガイスト?」

 

 

 

私に投げつけられたのは古びたアルコールの缶。開封されてなくて、中身も入ってる。

 

 

楠は私の心配をするでもなく缶と飛んできた部屋を調べ始めた。ほんと可愛げのないやつ。形だけでも気づかいできないのかしら。

 

 

 

「ったく。完成型の勇者になめた真似してくれるじゃない」

 

「避けられなかったのに完成型?笑っちゃうわnぐぉ!」

 

 

 

とか調子こいてたら、楠の真下にあった分厚い漫画雑誌が突然跳ね上がって顎を直撃。面白い顔をしてる。

 

 

ふ、幽霊も私たちのこと見てるのよ。

 

 

 

「……って言いましたけど、その辺どうなの?完成型さん?」

 

「……沈めましょう。船ごと」

 

「あんたねぇ…カルシウム足りてないわよ。にぼし食べなさいよ」

 

 

 

楠さんは怒り心頭らしい。誰のいたずらか知らないけど、ここまで最高のタイミングでおちょくられると相当屈辱だ。

 

 

こうなるともう誰の仕業かなんてどうでもいい。本気が冗談か知らないけど、戦意はメラメラ燃えてる。

 

 

____あいつ、割と短気なのよ。

 

 

 

「じゃ、旗と銀をとっとと回収して幽霊どもを水底にご案内しましょうか」

 

「珍しく意見が合ったわね。行くわよ三好さん」

 

 

 

私は別に怒り心頭ってわけじゃないけど、ここにいること自体あまり乗り気じゃない。こんな所に連れてきた銀に少し文句を言いたいと思ったけど。

 

 

部屋を抜けて足早に船内へ駆け出す。強行突破よ!

 

 

 

「めんどくさい!天井ぶち抜くわ!一番の近道よ!」

 

「この上ないゴリ押しだけど…乗ったわその案!」

 

 

 

階段を探すのもまだるっこい。戟で天井を突いてやれば大穴が空く。ならそこから登っていけばいい。

 

 

完全なゴリ押しを敢行して上の階に上がると、さらに味な歓迎が待っていた。

 

 

 

「っ!またポルターガイスト!」

 

「うわっ!さすがに包丁は危ないって!」

 

 

 

このフロアは厨房だったらしい。フライパンやナイフ、その他調理器具が無数に飛来してきた。

 

 

楠は作業台に身を隠してやり過ごした。さすがの判断力と言わざるを得ない。私は初動が遅れてしまった。

 

 

 

「なめるなぁ!幽霊ども!」

 

 

 

戟を演舞のように振り回して飛来する物体を弾く。動きに呼応して月牙が的確に飛来物を捉えるように飛び交う。雷光が走って飛来物がそれていく。

 

 

訓練でもやったことない動きだけど、何故か自然に身体が動いた。

 

 

 

「はぁっ、ふぅっ、どんなもんよ!」

 

「呆れた…。頭使いなさいよ」

 

「ふんっ!使わなくてもどうにかなるって見せただけよ!」

 

 

 

強がってはみたものの、二度はやりたくない技だ。下手するとフォークが額にぶっ刺さってたかもしれないし。

 

 

飛来が止んだのを確認するために周囲を警戒する。

 

 

 

____って!

 

 

 

「楠!危ないっ!!」

 

「えっ?」

 

 

 

斧が天井をぶち破って、楠目掛けてふっ飛んできた。あきらかに料理に使うような代物じゃない。生き物を潰し断つための戦斧だ。

 

 

しゃがんでいたのが災いして、楠の視野は上に狭くなってたらしい。対処が全然間に合ってない。

 

 

 

「このぉっ!!」

 

 

 

本能的に戟を斧の射線上に放り投げた。まるで私の意志を感じ取ったかのように月牙が傾いて、ロールしながら加速する。

 

楠のほんの目の前で何とか斧の峰を捉えて、激しく火花と雷光を散らしながら撃ち落とすことに成功した。

 

 

 

「楠!生きてる!?」

 

「まるで死んでほしいみたいな言い方ね。残念ながら無傷よ」

 

「減らず口を…」

 

 

 

武器を回収しながら楠の安否を確認すると、これまた可愛げのない返事が聞こえた。まあ半分正解かもしれないけど。

 

 

 

____とか油断してたのがマズかったらしい。

 

 

 

「ぐっ!!?」

 

「!?」

 

〈いやーいやー、お見事。夏凜、なかなかキレてるね〉

 

 

 

床に落ちていた斧が、再び動き始めた。そして私の太ももに肉薄する。雷獣が即座に反応してバリアが刃を受け止めたけど、衝撃でむち打ち確定だ。

 

 

これまでのナイフやその他もろもろは一度ぶつかったら二度は動かなかったけど、その斧だけはまるで生きてるように部屋を跳ね回った。

 

 

 

〈けど、二人ともお互いを意識しすぎかな。作戦に集中できてないって感じ〉

 

「!教導…!?」

 

 

 

天井に空いた穴から赤い戦衣の勇者がひょっこり顔を出す。

 

 

 

〈芽吹もナイスな判断力。けど夏凜は味方だから。そこはわかってね〉

 

「…三好さん、走って!」

 

〈うわっとと!!〉

 

 

 

楠は突如天井に向かって弾丸をぶちまけた。瞬時に銀は顔を隠す。

 

 

天井に着弾した弾は何かが破裂したように広がって、砲丸を叩き付けたような弾痕を穿った。明らかに普通のライフル弾じゃない。

 

 

 

「私がここを受け持つから、三好さんが旗を探して!」

 

「あんたねぇ…!さっきので結構ダメージがっ」

 

「だからよ!あなたが教導と戦っても瞬殺されるのよ!」

 

 

 

足止めすらままならないのは確かだ。それくらい痛みが走ってまともに歩けない。

 

 

ここは大人しく指示を聞こう。あいつが銀にボコされようが私の知ったこっちゃないし。

 

 

戟をしならせて、反動で入ってきた穴に飛び込んだ。逆戻りだけど、道はいくらでも“作れる”。

 

 

 

〈…意外に信頼してるのね、二人とも〉

 

「作戦遂行能力は。私と同じ土俵に立てる人間は三好さん以外いない」

 

〈ふふ。うんうん。楽しみになってきた〉

 

 

 

 

 


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