シロツメクサを捧げる   作:Kamadouma

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わたしは勇者!!!

 

「……あれ?船が…動いてる…!?」

 

 

 

芽吹ちゃんの演説が終わる前だと思う。船がいかりを上げ始めたのは。

 

それに気付くのが遅れて、わたしが波止場に戻る頃には船は港を離れていた。もう沖の方まで出ていってる。

 

 

 

______何か、すごくイヤな予感がする______!

 

 

 

「迷ってる時間はない!行かなきゃ!」

 

 

 

波に蹴り込むように足を叩きつけて水面を走る。こんな忍者みたいな技、やったことなかったけど自然に身体が動いた。

 

勇者の力を持っても、水の上を進むのはスピードが出ない。船に追いつくのは時間がかかると思う。

 

その間に、何か起きなきゃいいけど______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈7番より20番!〉

 

「どうしましたの?そんなに慌てて」

 

〈ふ、船が動き始めた!〉

 

「え?」

 

〈操舵室には誰もいないはずなのに!〉

 

 

 

「落ち着いてくださいな。我々の能力なら沖から要救助者を陸まで連れていくことも可能ですわ」

 

〈そこはわかってる!問題はこの船にまだ敵がいるってこと!〉

 

「ええ。乃木教導からうかがってますわ。それも我々で対応いたします」

 

〈…了解。弥勒が落ち着いててよかった〉

 

「機動隊の方々が入ってくる前で助かりましたわ。引き続き、犯人の警戒をお願いしますわ」

 

〈……気を付けてね、弥勒〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっと!な、何とか追いついた…!」

 

 

 

船のデッキの柵に手をかけて、船上に飛び込んだ。力まかせに海を走ったせいで、息が上がってる。

 

 

 

「どうするべきかな?戸郷先輩と合流するべきかな?」

 

 

 

弥勒先輩たちの居場所はちょっとわからなさそうだし。レーダーじゃどの階層にいるかまでは表示されないっぽい。

 

展望デッキに向かうために船内に入ると、大きな音が響き渡った。

 

 

 

「うわっ!爆発!?」

 

 

 

この音は間違いなく何かが爆発した音だ。衝撃が徐々に伝わってきて、船が揺れ始める。

 

 

 

〈7番より20番!何があったの!?〉

 

 

 

戸郷先輩が焦った様子で弥勒先輩を呼び出すけど、返事がない。

 

 

 

「9番です!何か爆発したみたいです!」

 

〈友奈ちゃん!?戻ってきたの!?〉

 

「はい!弥勒先輩の居場所ってわかりますか!?わたしが見てきます!」

 

〈船体下部に人質を探しにいったと思うんだけど…爆発って…〉

 

「戦闘があった、ってことですか?」

 

〈……この船に、爆弾が仕掛けられてたんじゃない…!?〉

 

「え?」

 

〈船の奥深くまで探しにきた私たちを海の底に沈めるために、このタイミングで爆破したってこと!〉

 

「!!!」

 

 

 

戸郷先輩の予測は、カンペキに聞こえた。

 

国士の目的がわたし達を倒すことだとしたら。立てこもり犯なんてどうでもよくて、船ごとわたし達を沈めることだとしたら。

 

これまでのおかしな点が、意味のあったことになる。

 

 

 

〈弥勒!返事しなさい!弥勒!〉

 

「落ち着いてください戸郷先輩!とにかく、情報を集めないと」

 

〈ゆ、友奈ちゃん…?〉

 

 

 

こういう時に取り乱すのはダメだって風先輩が言ってた。確実に、自分のできることをする。それが大事だって。

 

デッキに戻って船体を確認した。側面から煙が立ち上って、爆発で空いたっぽい穴から水が入り込んでる。

 

戸郷先輩のいうとおりだ。この船は沈む。

 

 

 

「戸郷先輩の予想通りです!船に穴が空いて水が入ってきてます!」

 

〈!!〉

 

「一度合流しましょう!最悪の事態に備えて!」

 

〈…わかった。…友奈ちゃん、ありがとう。そっちに向かうわ〉

 

 

 

何とか戸郷先輩も落ち着いてくれたみたいだ。

 

でも、ここからが難しい。国士さん達を警戒しながら、人質と弥勒先輩たちの居場所を見つける。船が沈むまでの時間も考えると、余裕はないと思う。

 

 

 

 

 

 

デッキの入口で待機してると、足音が聞こえてきた。二人分の足音。

 

え?二人分?

 

 

 

「戸郷先輩っ…え?」

 

「え?…結城さん?」

 

 

 

______やってきた人たちは、わたしも知ってる人だった。

 

 

 

 

 

 

「す…雀ちゃん?」

 

「ゆ、結城さん?なんでここに…?」

 

「人質を助けに。雀ちゃんは…」

 

 

 

二人は、国防仮面の格好をしていた。つまり。

 

 

 

「雀ちゃん、国士になったんだ…」

 

「わ…わわ、ご、ごめんなさい!そうしないと命が危なかったから!」

 

「ううん。わたしは怒ってないよ。…夏凜ちゃんなら守ってくれるもんね」

 

 

 

雀ちゃんは何に謝ってるのかわからなかったけど、ごめんなさいと伝えてきた。責めるつもりはなかったんだけどね。

 

 

 

「寄りにもよってここであなたが待ち伏せしてるなんて…」

 

「今日は雀ちゃんと一緒なんだ。古風なあの子は高知城の方にいるのかな?」

 

 

 

もう一人は、ゴールドタワーでも避難所でも会った、クールな国士さん。何か恐ろしいものでも見るように、わたしを見つめる。

 

 

 

「……教えてくれないかな。この船で、何があったのかを」

 

「ひっ…」

 

 

 

雀ちゃんはなぜか泣きそうな顔で身を引いた。クールな国士さんも顔をこわばらせて身を固める。

 

 

 

「ただでは通してくれない、ということね」

 

「そういうつもりじゃないけど…」

 

「は、話しますぅ!話すから今回は見逃してぇ!」

 

 

 

雀ちゃんがビクビクしながら、国士の…夏凜ちゃんの作戦を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

______時間は船が港から離れる前までさかのぼる。

 

 

 

「ここですの!?どなたかいらっしゃいませんの!?」

 

 

 

予定通りに、防人が人質を探しに船の奥まで来た。この良く通る声は、弥勒さんだ。

 

船室を片っ端から開けてチェックしてるようだ。私たちがいた部屋に二人組の防人が入ってきた。

 

 

 

(…マズいかな。顔が知られてる人が入ってきちゃった)

 

(わわわ…どうしよう…!バレたら作戦が全部水の泡になっちゃう…!)

 

(…私が船と爆弾を起動させるから、雀ちゃんはなんとか場を持たせて)

 

(ええ!?)

 

(浪士に捕われてここに閉じ込められてたって言えば納得してくれるよ)

 

(わ、わかったよ!も、もしもの時は助けにきてねっ…!)

 

 

 

ゴールドタワーでの作戦で、弥勒さんに顔バレしてる隊員が一緒だと不都合。私たちの二人組が離れて行動しなきゃいけない。

 

だって______

 

 

 

(じゃあ、広間で合流ね)

 

(ええ!?もう行っちゃうのぉ!?)

 

(雀ちゃん。…相手の庇護欲に訴えかけるのよ)

 

 

 

「物音が聞こえますわね…」

 

「あ、あれ!弥勒さん!」

 

「要救助者ですわ!ご無事で!?」

 

「み、弥勒さぁぁぁあんっ!!」

 

「わっ!?そのお声は…雀さん!?」

 

 

 

______残りの人質って、“人質に扮装した国士”だから。

 

わざわざ別の場所に閉じ込めてたのも防人を誘導する罠。

 

 

 

私が国士になったことは、大赦には伝わってないはず。だから助けを待ってたと必死で伝えれば、______私はただの人質だと誤認させることができる。

 

演技だとバレないように、大げさに弥勒さんに抱きついた。

 

 

 

「こここ怖かったよぉぉぉ!」

 

「よーしよし。雀さん、この弥勒夕海子が来たからにはもう大丈夫ですわ」

 

「…雀ちゃんって国士に連れてかれたはずだよね?」

 

「そうだよ!でも国士のいうことなんか聞かないって言ったらこの船に閉じ込められて…!」

 

「…雀ちゃんらしくないね。大人しく言うこと聞いてれば、怖い目に合わなくて済んだのに」

 

「まあまあ。雀さんのちっぽけな正義感が恐怖を超越したのでしょう」

 

「ちっぽけは余計だよ!」

 

 

 

私らしくない、か。

 

 

 

つまり、私は脅されたら簡単に寝返る、って思われてるってわけか。

 

そういう陰口を言われることにも慣れてはいるけど、______今回のこれは、少し心に刺さった。

 

防人のみんなと過ごした時間は、すごく楽しかった。初めて自分が必要とされる実感をみんながくれたから。

 

こうやってみんなを罠にハメて、…命を取ろうとするのに抵抗がなかったわけじゃない。

 

 

 

______でも、やらなきゃいけない。私は国士だから。私が次の捨て駒に、生け贄に選ばれるっていうのなら。

 

私以外の誰かを、追い落とす。

 

 

 

「残りの人質は一名ですわ!雀さん、居場所をご存知ありませんの?」

 

「うん、知ってる。でも、そこには国士が何人かいるよ。できるだけ戦力を結集してから向かった方がいいかも」

 

「では、総員集合させるといたしましょうか」

 

「弥勒さん。戸郷さんはこのまま犯人の警戒を続けてもらって、残りの四人で行くべきだよ」

 

「そうですわね。いくら国士が潜んでいようが、わたくしが軽くひねって差し上げますわ!」

 

 

 

この船に来た防人は六人って聞いてたけど、…これじゃ四人しか罠にかけられない。

 

______いいや、ここで欲をかいちゃダメだ。弥勒さんは私を信用しているとしても、他のメンバーには疑われてる。下手に動けば全部計画が水の泡になる。

 

 

 

「20番より捜索隊各員へ。要救助者一名を確保いたしましたわ。残り一名の居場所を知っているようですので、捜索隊全員合流して向かいますわ」

 

〈〈了解!〉〉

 

 

 

指揮を取ってるのは弥勒さん?班長には選ばれてなかったはずなのに。…乃木芽吹の差し金かな。

 

でも、これはラッキーだ。弥勒さんは私を疑ってないし。ボロを出す前に作戦を仕上げたい。

 

 

 

「でも、ご無事でよかったですわ。…あちらの作戦は、失敗してしまったようですし。雀さんだけでもお迎えできて、乃木教導の面子を何とか守れますわ」

 

「…ずいぶん乃木芽吹さんのことを尊敬してるんだね」

 

「ええ。尊敬すべき勇者であり、かけがえのない仲間ですわ。わたくしはあの人についていくことを決めたのです」

 

「芽吹ちゃんが描く未来、私にも見えたよ。雀ちゃんも、会ってみればわかると思う」

 

 

 

______三好さんから、よく聞いてるよ。乃木芽吹のこと。

 

人の気持ちがわからないサイコパス。目的のためなら平気で他人を蹴落とす冷血さ。敵は情け容赦なく蹂躙する残忍さ。

 

人の形をしたヒトの負の感情の塊だって。

 

 

 

騙されてるよ、弥勒さんも。防人のみんなも。防人のことを体のいい鉄砲玉としか思ってないよ。

 

 

 

そんな伝えても意味のないことを考えてると、防人の一人が弥勒さんを通信で呼び出した。

 

 

 

〈7番より20番!〉

 

「どうしましたの?そんなに慌てて」

 

〈ふ、船が動き始めた!〉

 

「え?」

 

〈操舵室には誰もいないはずなのに!〉

 

 

 

「落ち着いてくださいな。我々の能力なら沖から要救助者を陸まで連れていくことも可能ですわ」

 

〈そこはわかってる!問題はこの船にまだ敵がいるってこと!〉

 

「ええ。乃木教導からうかがってますわ。それも我々で対応いたします」

 

〈…了解。弥勒が落ち着いててよかった〉

 

「機動隊の方々が入ってくる前で助かりましたわ。引き続き、犯人の警戒をお願いしますわ」

 

〈……気を付けてね、弥勒〉

 

 

 

落ち着き払った様子で弥勒さんは指示を出した。私がいたときより、少し周りが見えるようになった気がする。乃木芽吹の影響、なのかな。

 

船はもう動き出したみたいだ。着々と準備が整ってる。あと少しだ。

 

 

 

ソワソワしてくる気持ちをよそに、防人二人組がやってきた。

 

 

 

「弥勒先輩!到着しました!」

 

「…あれ?雀先輩じゃん!」

 

「あ、どうも。恥ずかしながら救出されてしまいました」

 

「こんなところにいるとはね!」

 

「みんなも無事でよかったよ。じゃあ、最後の一人を迎えにいこうよ」

 

 

 

みんな無邪気に私の帰還を喜んでる。

 

 

 

______胸がズキズキする。

 

これから私がするのは、私をまだ仲間だと言ってくれる人たちを始末する…これ以上考えられないくらいの裏切りだからか。

 

 

 

自分でも不気味なくらいに脈打つ心臓に苦しめられながら、予定の部屋にたどり着く。

 

この船で1番外に出づらい部屋。ここに閉じ込めて、船を沈める。防人の銃剣でも突破できないように、霊的な補強もしてある。

 

 

 

「ここだよ。一気に突入して、付け入るスキもやらずに制圧した方がいいと思う」

 

「そういたしますわ。既に趨勢は決していますもの」

 

「負けを認めさせてあげないとね」

 

 

 

自信満々にドアを開けて素早く突入する四人。勝ちを確信して油断してる。

 

だから、簡単に引っかかってくれた。入ったのを確認すると、私はドアを閉めて補強材を打ち込む。これでドアは簡単に突破できなくなる。

 

 

 

「これでよし、と。連絡入れなきゃ」

 

 

 

念入りに補強したドアの向こうの様子はわからない。音も衝撃もこっちには伝わらない。

 

あとは爆弾を発破させるだけ。私は一足先に脱出する準備をしよう。

 

 

 

「こっちは上手くいったよ!」

 

〈了解よ。爆破するわ〉

 

 

 

先に仕掛けていた爆弾が船底の一部を吹き飛ばして大穴を開ける。ここから海水が入ってくれば、あとは沈むだけ。

 

保険としてもう一つ反対側に爆弾を仕掛けてたけど、これは脱出間際に発破すればいいかな。

 

 

 

〈任務完了。合流地点で落ち合いましょう〉

 

「…了解」

 

 

 

______中でどんなことになってるのかがわからないのが救いだ。それを知ってしまったら______

 

 

 

私の後悔は、取り返しがつかないほど大きくなってたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

「……うそ、だよね…?」

 

「…いいえ、これが私たちの任務よ。防人の数を確実に減らすための作戦」

 

 

 

雀ちゃんが語った国士の作戦は、わたしじゃ想像できないくらいの、残酷なワナだった。

 

動揺が抑えられない。すぐにでもアクションを起こさないといけないのに、何をすればいいかを考える余裕もない。

 

 

 

「……結城さんも早く脱出しなよ。結城さんまで海の底に沈むことはないよ」

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

「よくもやってくれたなっ!!卑怯者っ!!」

 

 

 

怒号と同時に弾丸が国士の二人を襲う。

 

即座に雀ちゃんは反応して光波状の盾で防いだけど、ほとんど不意打ちだ。クールな国士さんは背中からお腹を貫かれた。

 

 

 

「うぐっ…!」

 

「だっ、大丈夫!?」

 

「あんただけは許さない!雀!この船をあんたの墓標にしてやる!」

 

「と、戸郷先輩!」

 

「友奈ちゃんは弥勒たちを助けに行って!!大丈夫、友奈ちゃんの力は“人を救う”ためにあるんだから!」

 

 

 

戸郷先輩の号令で自然と身体が動いた。クールな国士さんをかばうように盾を構える雀ちゃんを飛び越して、船内へ進む。

 

そうだ。迷ってる時間はない。わたしが迷ってる間に、弥勒先輩たちが溺れてるのかもしれないんだから。

 

 

 

「…全部聞いてたんですね、先輩」

 

「優しい友奈ちゃんなら、見逃してくれると思ったんだろうけど。私は違う」

 

「そう、だよね。…でも、勇者が相手じゃないなら逃げられる!」

 

「…やっぱり浪士は生かしておけない。芽吹ちゃんが作る世界を歪める外道は根切りしなきゃ」

 

「…雀ちゃん。私のことはいいから…すぐに撤退して」

 

 

 

「いやいやいや。それは」

 

「あの子は、完全にあなたを狙ってる…。どこまででも追跡してくるよ…。…私が足止めするから」

 

「ちょっと待ってよ!その身体じゃ…」

 

「……三好閣下があなたを引き抜いた理由。単なる気まぐれじゃなくて…あなたが必要だったからよ…」

 

「私が…?」

 

「私みたいなろくに戦えない国士じゃ…三好閣下の革命に貢献できない。…雀ちゃんが…支えてあげるのよ」

 

「え?待って!まだ話はっ!」

 

 

 

 

 

 

「ちっ、囮ってわけ?あんな卑怯者のために、命かけるってどういうこと?」

 

「雀ちゃんは三好閣下が見込んだ人。こんなところで討ち取られていい才能じゃない」

 

「ドアを溶接した…?それが、あなたの力ってわけか」

 

「もう雀ちゃんはここに戻ってこられない。そして、私があなたを倒す」

 

「…どの道、あなたも拘束するけど。脱出はその後よ!」

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

 

「!!ここだ!!」

 

 

 

すでに浸水が始まってる。封鎖された部屋のドアの前は膝の上まで水びたしだ。

 

ドアのハンドルはピクリともしない。補強材もそうだけど、丁寧にドアロックも固められてるみたいだ。

 

 

 

「なら、壊すしかないよ!!」

 

 

 

かかとに神経を集中させて、全力でドアを蹴り込む。展望デッキのドアを開けた時と同じ技。

 

でも鉄製のドアにわたしの足跡が刻まれるだけで、補強はビクともしない。

 

これ、明らかに普通の補強じゃない。ゴールドタワーの侵入禁止の部屋の封も、こんな補強がしてあったし。

 

 

 

「一発でダメなら、何発でも!!」

 

 

 

今度は全力で拳を振りかぶって、ドアに打ち付ける。手甲の形のあとが付くだけで、封は解けない。

 

 

 

その後もひたすらに全力で叩きつけたけど、わたしの体力を消耗するだけだった。

 

 

 

「はぁっ…はぁっ、なんで。なんで開かないのっ…!!」

 

 

 

何のための勇者の力だ。何のための神樹様の力だ。人を、仲間を助けられなくて、何が勇者だ。

 

気付けば水位は腰の高さまで上がってきてる。打ち付けた手や足は、衝撃こそ精霊が防いでくれたけど、あまりに力みすぎて自壊して変形してる。たぶん、骨や腱がおかしくなってるんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______一瞬、マイナスの思考が走った。

 

このままだとわたしも一緒に海の藻くずだ。ここで戻っても、最善は尽くしたけど助けられなかったって言い訳ができるって。

 

 

 

「うわあぁぁぁぁっっ!!違うっ!わたしはっっ!!!」

 

 

 

マイナス思考は咆哮が打ち払った。自壊した身体への恐怖はたぎる血潮が押し流した。

 

 

 

「わたしは勇者!!!勇者結城友奈だぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 

 

死力を尽くして振るった拳は、わたしのものじゃない気がした。

 

その一撃が、とうとうドアを破った。補強材を引きちぎってドアの上半分を奥に折った。

 

 

 

「弥勒先輩!!みんな!!」

 

「結城さん!?…いえ、今は脱出ですわ!!」

 

「開いたの!?ホントに!?」

 

「もうダメかと思ったよぉぉ」

 

「泣いてる場合じゃないって!早く!!」

 

「結城さんについていきますわよ!」

 

 

 

沈むまでもう時間がない。

 

四人が無事なのを確認すると、わたしは反対側の壁をぶち破った。通路を使ってたら間に合わないかもしれないから、船体に穴を開けて海に出るのを最優先にした。

 

 

 

四人ともわたしについてきてる。弥勒先輩が指揮をとってくれてるおかげだ。こんな状況でも冷静に行動できてる。

 

芽吹ちゃんが人一倍気にかけてた効果が出てるのかも。

 

 

 

「これを抜けば!」

 

 

 

水圧にも負けずに、わたしは船体を拳でこじ開けた。水が一気に入り込んでくる。

 

 

 

「みんな、わたしと手をつないで!」

 

「え?」

 

「入ってくる水に負けないように、わたしががんばって泳ぐから!」

 

「わかりましたわ!それしか脱出する手段は残されていないようですし!」

 

 

 

がっちりわたしの腕につかまる四人。あとはこれで海中に出るだけだ。

 

猛烈に入り込んでくる水流に飛び込んだ。どんな泳ぎの上手な魚さんだってこれじゃ前に進めないけど、みんなを助けるって思いが現実に打ち勝つ。

 

 

 

激流をはねのけて海中へと繰り出した。沈みかけた夕日のわずかな光に向かって、上へ上へと足を漕ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷはぁっ!!」

 

「ゆ、結城さんっ!ご無事ですの!?」

 

「…えへへへ。なんとか、ね。でも、もう動けないや」

 

 

 

身体的にも、精神的にも、緊張の糸がぷっつり切れた。力を抜いて海面に浮かぶだけ。

 

視線を巡らせれば、みんながわたしの方を見てる。みんな無事でよかった。

 

 

 

「助けに来てくれてありがとう友奈!」

 

「ホントに来てくれるとは思ってなかったよ!」

 

「弥勒先輩の言うとおりでした!」

 

「弥勒先輩の?」

 

「わたくしはただ、出来ることをして幸運を待つだけと言っただけですわ」

 

 

 

中からの攻撃ではビクともしなかったけど、通気口や浸水しそうな穴を塞いでなるべく時間を稼ぐ処置はしてたみたい。

 

わたしがドアを突破するのが先が、室内の酸素が尽きるのが先か。そんな賭けみたいなことを弥勒先輩はやってた。

 

 

 

「ひとまず無事を報告しなければ。20番より7番、ご応答を」

 

「……そういえば戸郷先輩は?」

 

「国士さんの足止めをするってデッキの入口で戦ってたよ」

 

「…そうだよ!加賀城さんがっ!」

 

「…うん。雀ちゃん、国士になってたよ」

 

「あいつ、次会ったら焼き鳥にしてやる!!」

 

 

 

口々に雀ちゃんへの悪態をつくメンバー。ワナにハメられたこと、裏切られたこと、色んなことが雀ちゃんへの怒りや憎しみを燃え上がらせる。

 

わたしだって…ショックだった。雀ちゃんと戦わないといけなかったかもと、さっきの遭遇を振り返ると胸が苦しくなる。

 

 

 

それより、戸郷先輩だ。

 

遠くに見える船はもう転覆しかけてて、その時の潮流に巻き込まれたら一緒に海の底に連れていかれちゃう。

 

 

 

「戸郷先輩!返事をください!戸郷先輩!!」

 

 

 

先輩をコールしても、通信は返ってこない。

 

 

 

______イヤな想像が、止められない。

 

 

 

「わたくし達はまず陸に上がりましょう。結城さんがケガをしているようですし」

 

「待ってくださいっ!戸郷先輩を、探しに行かなきゃ!!」

 

「動けますの?結城さん。いえ、動けたとしても捜索は許可できませんわ」

 

「どうして!」

 

「もうじき船は沈みますわ。ここで浮かんでいるのも危険ですし、近づくなんてもってのほかなのです」

 

 

 

弥勒先輩は救難信号を発した。近くには救命ボートも待機してたし、すぐに来て引き上げてくれるだろう。

 

その後すぐに、傾きかけた船の方で爆発する音が聞こえた。煙が柱を立てて、更に水の中へと姿を隠していく。

 

 

 

「…大丈夫ですわ。戸郷さんは聡い方です。引き際を間違えることはありませんわ」

 

「………………」

 

 

 

救難船に引き上げられても、わたしはずっと沈む船を見続けていた。

 

ただ、戸郷先輩の無事を祈って。

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

ゴールドタワーに防人隊が集結したのは夜遅くだった。まだ帰ってない二人______芽吹ちゃんと戸郷先輩の帰りをみんなホールで待っている。

 

わたしのケガは気付かない間に治ってた。自壊したのが錯覚だったかもって思えるくらいに、跡形もない。軽く医務官さんが診て、そのまま解放された。

 

 

 

 

 

 

「雀が…。そう……」

 

「…はい。全部、ワナだったんです…」

 

 

 

その待ち時間に、風先輩たちへ船で起きたことを話した。

 

 

 

______もちろん、みんなの怒りの矛先は裏切った防人メンバーにいく。

 

 

 

「許せないよ!!そんな卑劣な罠!!」

 

「やっていいことと悪いことがあるでしょ!!」

 

「あいつらに人の心を説いてもムダってこと。殲滅するしかないわ」

 

「…でも。…戦いの上手さは、あっちが上。…乃木と三好の指揮官としての資質が、……今回の戦いの結果」

 

 

 

しずくちゃんの核心をつく言葉に、ヒートアップしてた議論が一瞬止まる。

 

 

 

______この戦いでわたし達が得られたものは、何一つない。迎えに行くはずだった仲間に裏切られて、命の危機にさらされた。

 

国士の戦力をそぐことができたわけでもなく、行方がわからない隊員がいる。結果だけみたら負けって言っていい。

 

 

 

「…芽吹が直接そっちの指揮をとってたら、そうはならなかったかもね」

 

「…風先輩…」

 

「……申し訳ありませんわ。…わたくしの不明がこのような」

 

「弥勒先輩は悪くないです!!このワナを見抜ける人なんて」

 

「それは言い訳に過ぎませんわ。その点を含めてわたくし達は未熟、ということ」

 

「……弥勒が言うことも正しいけど…。…こんなにあっちの思い通りにいくのは…何かおかしい」

 

 

 

普段みんなの前じゃたくさんしゃべらないしずくちゃんが、意を決して考えを伝えてる。

 

しずくちゃんが感じた違和感。何か重大なことに気づいたのかな。

 

 

 

「おかしいって、何が?」

 

「…国士の行動。…ゴールドタワーを襲撃してきた時と同じで…少しちょっかいを出しては後退してた。…自分の本拠地なのに」

 

「突破されても、あの子たちが国士になったから意味ないってことじゃないの?」

 

「……じゃあ、どうして国士たちはわたし達の目的を知ってるの?…本拠地に乗り込んできたら…普通は倒しにきたって思わない…?」

 

 

 

「………………何が言いたいのよ、しずく」

 

「……浪士側に大赦のスパイがいるように…こっち側にもあっちのスパイがいる、かも…」

 

 

 

考えたくもない爆弾発言に、みんな絶句する。

 

でも国士たちの対応を思い起こすと、明らかに手の内がバレてるとしか思えない。

 

国士がたくさんいると思ってた船のジャックの現場には、わずかに二人。ほとんどが高知城で待ち受けていた。雀ちゃんを人質に仕立て上げてわたし達を誘導して船と一緒に沈めるのも、事前に情報を知ってないとできない。

 

 

 

______でも、スパイって?防人の情報は芽吹ちゃんと神官先生が管理してるから、大赦の別の組織にも伝わらないはず。

 

 

 

「………………この中に、スパイがいるっていうの?」

 

「……それは」

 

 

 

風先輩が不穏なことを口にしたとき、エレベーターが到着した。

 

 

 

「…皆、どうしたの?こんなところで」

 

「芽吹ちゃん…?…え?」

 

 

 

芽吹ちゃんは勇者の装束をして、なぜかずぶ濡れだった。雨は振ってないのに。

 

 

 

芽吹ちゃんの腕には、______血色を失った戸郷先輩が抱えられていた。

 

 

 

「…戸郷、せんぱ…い…?」

 

「……気道確保や心肺蘇生を施したけど……間に合わなかった……」

 

「……そ…ん……な………」

 

 

 

演説では自信を伝えてた芽吹ちゃんの声が、かすれて震えて覇気を失っていた。

 

それに気付かないほど、わたしの意識はぐらついてる。戸郷先輩を見つめても、その姿を上手く認識できない。

 

 

 

「………戸郷さんは国士一人を道連れにして、全てのお役目を終えた。…神樹様の元へと向かわれた」

 

「…うそ……だよ…ね…?」

 

 

 

芽吹ちゃんはただ首を横に振った。暗い気持ちを見せはしないと、強がった真顔で。

 

わたしは限界だった。抑えてた哀しい気持ちがあふれ出して、涙が止まらなくなる。抱きかかえられた戸郷先輩にしがみつくことしかできなかった。

 

 

 

「……これが現実よ。あんたが指揮をとってれば、こんなことには…」

 

「……はい。……相手の腹の中を読み違えた、私の責任、です」

 

「そんなこと聞いてるんじゃないのよ芽吹!!あんたがっ」

 

「おやめください犬吠埼さん!!乃木教導一人の責任ではないはずです!!元を正せばわたくしがっ」

 

「いえ、弥勒さんは為すべきを為しています。適切な人員を配置できなかった、私に落ち度があります」

 

「なんなのよあんたはっ!!隊員が一人死んでるのよ!!なのになんでそんな平気な顔してるのよ!!」

 

「平気なわけありません!!…ここで私が冷静さを欠けば、次の犠牲を誘発してしまいますから」

 

「全然わかんないわよ!!あんたのことが全然!!」

 

「やめて……!もう…やめて……!こんな……言い争い…!」

 

 

 

大きな声で責任を追求する人。一人を責めるのを良しとせず反論する人。泣きながら言い合いを止めようとする人。ショックで言葉を失った人。

 

ここにいる誰一人、平静を保っていられなかった。

 

 

 

わたしは冷たくなった戸郷先輩を泣きながら抱きしめることしかできなかった。

 

わたしが戸惑っている時に、仲間を助けることができるって声をかけてくれた先輩。わたしが戦わなくていいように、危険なことを率先してやってくれた先輩。

 

 

 

______何一つ返せてない。返せないまま、こんなお別れなんて______

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

 

______少し前

 

 

 

 

 

 

「……夏凜はいないのね」

 

「…え?あなたは…乃木芽吹様…?」

 

「顔を合わせるのは二回目かしら。…国土亜耶」

 

 

 

「…!その方は…!」

 

「今回の戦闘で命を落とした国士よ。遺体を見つけてしまったから、送りにきた」

 

「……まさか、沈没した船の中を捜索されたのですか?」

 

「……防人も一人船と心中してしまってるから。そのついでよ」

 

 

 

「……有り難う幸せにございます、勇者様」

 

「……まだ私を勇者と呼ぶのね。浪士に与する巫女なのに」

 

「わたしは神樹様に仕える巫女。浪士も大赦も関係ありません。神樹様の、四国のために奉仕する方には最大の敬意を表します」

 

 

 

「…ダメ元で聞くけど、大赦に戻るつもりはないのね?」

 

「……はい。大赦が隠してきた真実を知ってしまった以上、これまでと同じく大赦に仕えることはわたしにはできません」

 

「テロリストに加担するのはいいの?何も知らない一般人が被害にあってるのはいいの?」

 

「……あなた様や三好様、そして三ノ輪様が傷だらけになってるのに、何も知らずに傍観するのは不平等だと思います」

 

「皆で傷を負えってこと?それで傷を舐め合えって?…バカげてるわ」

 

 

 

「…乃木様は、一人で戦い続けるのですか?」

 

「……それが勇者だと思ってる。例え一人ぼっちになっても、自らを滅ぼすとわかっていても。仲間を、世界を守り通す。私の目指す勇者は、その人よ」

 

「…三ノ輪様、ですか…?」

 

「…ええ。私が目指している人は、三ノ輪銀ただ一人」

 

 

 

「この国士も、勇者だと思ってる。仲間を逃がすために、船と敵と心中した。勇者でなければできない決断を、いまわの際で下した」

 

「………………」

 

「…丁重に葬ってあげて。敵対してなければ、私も声を大きくしてあっぱれと言いたかった」

 

「…承りました」

 

 

 

 

 

 

 

「…ねぇあやや…。さっきの人…」

 

「…ご遺体を送り届けてくれました」

 

「乃木、芽吹だよね!?なんでここに!?あややのいる御殿はあっちに知られてないはずなのに!」

 

「乃木様には…鷲尾様がついています。巫女の力がありますから」

 

「神託ってそんなことまでわかるの!?」

 

「いえ、わかりませんよ。…でも、乃木様には巫女でも勇者でもない力がある、のかもしれません」

 

「ナニソレ!?そんなのチートじゃん!勇者として三好さん以上の力があるのに、その上巫女の力に未知のチート能力!?」

 

「…まるで三ノ輪銀様ですね」

 

 

 

「……なんで、遺体をここまで…?」

 

「わかりません。わかるのは…乃木様は死人に鞭打つ人ではないということだけです」

 

「……三好さんが言ってる人物像と、少しズレてるなぁ。死人すら利用する道徳の通用しない人だって」

 

「…そんなことはありませんよ。乃木様も勇者ですから」

 

 

 

「……なんで、死んじゃうのさ…。私が助けなかったみたいで、許せなくなるじゃん…」

 

「……自分を責めないでください、雀先輩」

 

「…わかってるけど…。なんで、私なんか…」

 

「…!泣いてるんですか…?」

 

「……せっかくようやく話が合いそうな人を見つけたのに…!すぐにいなくならないでよぉっ…!」

 

 

 

「雀先輩、泣かないでください。神樹様と一緒に見守っててくれていますから」

 

「あやや…?」

 

「だから、雀先輩の活躍を見せてあげないといけません」

 

「…うん。…この部隊の危険は、私が摘まなきゃ」

 

 

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