シロツメクサを捧げる   作:Kamadouma

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ウソなワケがないよ

 

 

 

 

 

 

 

「……まだスパイのことを追ってるの?樹」

 

「お姉ちゃん…やめろっていう話なら聞かないよ」

 

 

 

樹ちゃんとしずくちゃんはそれからもスパイ捜しを続けていた。この間の関所の奪還で捕えた国士に、直接聞きに行ったみたいだ。

 

芽吹ちゃんは国士を尋問するでもなく、タワーの隔離棟で普通に生活させていた。もちろん防人が接触するのは禁止で、二人は決まりを破って話をしたということになる。

 

でも、満足のいく話を聞けた様子じゃない。風先輩が遠回しにやめるのを勧めても、樹ちゃんは突っぱねてそっぽを向いた。

 

 

 

「あの二人は国士を抜け出した脱走兵、って話じゃない。機密情報を持ってるってのは虫のいい話でしょ」

 

「……たぶん、…乃木に口止めされてる…」

 

「え?」

 

「……保護する代わりに、…乃木にだけ国士や浪士の情報を渡した…んだと思う」

 

「…それは被害妄想よしずく。あたし達にまで秘密にする理由がないじゃない。有益な情報がなかっただけよ」

 

 

 

二人は芽吹ちゃんを疑いに疑い、考えがどんどん後ろ向きになってる。あらゆるできごとが芽吹ちゃんがもみ消した跡だって考えで、ありもしない芽吹ちゃんの裏の姿を作り上げてる。

 

 

 

「最近、日中はほとんどタワーにいないし。わたし達が外に出られないことをいいことに、何を企んでるかわかったものじゃないよ」

 

「…二人はどうして芽吹をスパイに仕立て上げたいわけ?」

 

「え?」

 

 

 

「フツーに考えてありえないでしょ。大赦の首長が、現在進行系で紛争中のテロリストとつながってるなんて」

 

「…戸郷先輩の仇を討つってみんなで結束してるところに、水を注すのはないわー」

 

「これ以上続けるなら、芽吹に報告しないといけなくなるよ。…まあ、芽吹が気付いてないわけがないと思うけど」

 

「重い処分が来ると思うよ。今のうちにやめておきなって」

 

 

 

メンバーからもこころよく思ってないって声が上がった。多少言葉を選んでるけど、強めの批難をしたのは初めてだと思う。

 

樹ちゃんとしずくちゃんは何を思ったんだろうか。表情を見ても視線が下がってることしかわからない。

 

 

 

______わたしはこの空気が好きじゃないので、ひとまず仲裁しよう。

 

 

 

「まあまあまあ。芽吹ちゃんがスパイってわたしも思ってないけど、あらゆる可能性を否定するべきじゃないって芽吹ちゃん自身が言ってたから。芽吹ちゃんはそれを試してるんじゃないかな?」

 

「……乃木教導ならやりそうな試練ですわね」

 

「同調圧力に屈せず信念を貫き通せって?…あー確かに芽吹ちゃんっぽい」

 

「それであえて泳がせてるって?自分が疑われてるのに?…いや、芽吹先輩ならやるわそれ」

 

「芽吹ちゃんはちゃんとわたし達のことを考えてくれてるよ。なら、わたし達も芽吹ちゃんに恩返ししないとね!」

 

 

 

わたしの思い描く芽吹ちゃんとみんなの考えはほとんど同じだった。日常のすべてが訓練で、いつもその課題をわたし達に出す。自分にも他人にも厳しい人だから、それが信用になる。

 

 

 

「……それじゃ全部芽吹さんの手のひらの上のことじゃないですか」

 

「…そういうことよ樹。…大人、なのよ。芽吹は」

 

 

 

______それはいい意味だったのか、悪い意味だったのか。

 

芽吹ちゃんは守るべき立場を持った大人だ。自分の気持ちさえ閉じ込めてしまわないといけない、悲しい覚悟をした大人。

 

 

 

「……一番つらいのは、芽吹ちゃんだと思うよ。味方にもこんなに疑われて、悲しくないわけないよ」

 

「………………」

 

 

 

樹ちゃんは言葉をつぐんでしまった。芽吹ちゃんがあっちと通じてる証拠になるものをもってるのに、芽吹ちゃんの気持ちもわかるから。板挟みになってる。

 

しずくちゃんも視線がずっと下向きだ。守りたい人を疑って、守りたい人に疑われる。しずくちゃんは逃げずに立ち向かってるけど、このままシズクちゃんが黙ってるわけもないだろう。

 

 

 

 

 

 

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「……ごめんなさい、友奈。少しバタバタしてて」

 

「ううん。気にしてないよ。でも珍しいね、芽吹ちゃんがスケジュール押してるなんて」

 

 

 

いつも通りに芽吹ちゃんの部屋まで迎えに行った時のことだった。

 

芽吹ちゃんは部屋の中で忙しそうにしてて、特訓の準備ができてなかった。芽吹ちゃんの後ろに見える部屋の様子を見ると、なんだか散らかってるように見えた。

 

 

 

「もしかしてお掃除中だった?」

 

「……まあ、そんなところよ」

 

「よかったら手伝うよ。芽吹ちゃんはいつも忙しそうだし、少しでも力になれたらうれしいし」

 

 

 

芽吹ちゃんは少し考え込んでる顔をした。何を考えてるのかはわからないけど。

 

返事はすぐに返ってきた。

 

 

 

「…うん、お願いできる?このままだと最低限も片付かなさそうだから」

 

「……そんなに散らかってるの?」

 

「…友奈には言っておくけど、誰かが私の部屋を調べて荒らしたみたいなの。…これは他言無用で」

 

 

 

______誰がやったかの推測はすぐできたけど、芽吹ちゃん自身がそれを追及するのを良しとしてない。大ごとにするのはよくないと判断したんだと思う。

 

でも、これは一線を越えてる。芽吹ちゃんも犯人に気付いてると思うけど、そこで黙っちゃうのはかわいそうだ。

 

 

 

「…芽吹ちゃん」

 

「どうしたの?友奈」

 

「……こんなことになって、芽吹ちゃんはどう思った?」

 

「………………。…まあ、来るべきところまで来た、って感じね。なるべく穏便に済ませたかったけど、これ以上は隊の協調に影響が出るわ。処分を考えないと」

 

「…芽吹ちゃん自身は?かなしくならなかった?」

 

「…ええ。私の行動が原因とはいえ、仲間と思っていた人にこうまでされると…この立場を少し恨んだわ」

 

 

 

______犯人に怒りを向けないのが、少しズレてるなと思った。色んな視点で物事を見られるのが芽吹ちゃんのいいところなんだけど、ね。

 

芽吹ちゃんは少し自分を大事にしなさすぎだ。芽吹ちゃんを大事に思ってる人がいるのをわかってほしい。

 

 

 

芽吹ちゃんの部屋はこれでもかというくらいに捜されていた。

 

本棚の本に隠されてないか徹底的に開けられて、トレーニング用具を分解してまで捜されて、一つのアートみたいだった模型の棚もぐしゃぐしゃだ。

 

 

 

______本人に気付かれないように、元に戻すのが普通なんじゃないのかな。どうしてこんなに荒らしたまま出ていったんだろう。

 

 

 

「……これ、芽吹ちゃんの?」

 

「え?カード?」

 

 

 

デスクに散らばった書類の中に、一枚のカードを見つけた。たぶん、タロットのカード。

 

それには、大きな塔が描かれていた。

 

 

 

「…メッセージ、かしらね」

 

「え?メッセージ?」

 

「この塔がゴールドタワーのことだとすれば、これから訪れる運命は…」

 

「………………」

 

 

 

わたしにはカードが意味することはわからない。芽吹ちゃんが言葉を続けなかった理由もわからない。

 

その間にも芽吹ちゃんは手を止めることはなかった。そして、芽吹ちゃんもカードを見つけた。

 

 

 

「……何が運命の輪だ。地獄に突き進む車輪は止めなきゃいけない。たとえ下敷きになったとしても」

 

 

 

芽吹ちゃんはカードを握りつぶした。明らかに必要以上に力んで、語調も荒々しい。

 

でも、芽吹ちゃんは芽吹ちゃん自身の感情を見せてくれた。乃木芽吹じゃなくて、芽吹ちゃん自身の怒りを。

 

 

 

「…大丈夫だよ。芽吹ちゃんはわたしが守るから」

 

「…友奈」

 

「多くの人が、芽吹ちゃんを必要としてるから。…もう、芽吹ちゃんは一人じゃないんだよ」

 

 

 

______なぜか、芽吹ちゃんは戸惑った顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

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芽吹ちゃんの部屋に家捜しが入ってから数日。

 

樹ちゃんとしずくちゃんのスパイ捜しは表向きは静かになったと思う。でも、二人で行動することが多いのは相変わらずで、やっぱり疑いの視線を向けられるのは避けられてない。

 

確証になるものは見つけられなかったんだろうか。芽吹ちゃんの様子からは、見られてマズいものがあるようには見えなかったし。

 

 

 

______やっぱり、芽吹ちゃんがスパイだなんてあり得ないよ。処分が下る前に、芽吹ちゃんと仲直りさせてあげないと。

 

 

 

「とりあえず芽吹ちゃんに…」

 

 

 

______あ、芽吹ちゃんは今日も外で公務だ。決戦のために浪士の情報を集めて回ってるみたいだ。次で最後にするって、芽吹ちゃんも覚悟を決めてる。

 

じゃあ二人に話そうと思ったところで、違和感に気付く。

 

 

 

「……あれ?先生?」

 

 

 

芽吹ちゃんの側にいるべき神官先生が、何故か一人で講堂にいる。

 

わたし達の間では“芽吹ちゃんの秘書”って認識で通ってる先生が、公務に行った芽吹ちゃんを置いてここにいる。

 

理由を聞きたいけど、こっちから話したところで無言なのはわかりきってる。芽吹ちゃんとしか話さないのは徹底してるし。

 

 

 

「風先輩、先生が一人でいるのって珍しくないですか?」

 

「……え?」

 

「…風先輩?」

 

「…あ、ごめん友奈。ちょっとぼーっとしてた」

 

「ふふっ。風先輩もお疲れですもんね。弥勒先輩と特訓、してるらしいじゃないですか」

 

「弥勒の女子力も大したもんよ。女子力の双璧で、国士なんぞ押し返してやるわぁ!」

 

 

 

______風先輩も特訓を始めたみたいだ。疲れた顔で女子力を語るのはアリなんですかね?

 

でもぼーっとしてるのはそれだけじゃないと思う。あの戦いからずっと、風先輩は後ろ向きな気がする。特訓を始めたのだって、弥勒先輩に誘われたからだと思うし。

 

 

 

「先生が一人、ねぇ。芽吹に言われて監視でもしてるんじゃない?」

 

「余計なことをしないように?」

 

「たぶんね。芽吹が一番信頼を置いてるのが、銀の従者だって言った先生だってことだろうし。先生がスパイってことは、ちょっと考えられないわ」

 

 

 

銀ちゃんの従者。

 

家出した銀ちゃんに頭を下げて連れ戻しにきたのが、安芸先生だ。銀ちゃんに絶対従うことを条件に、わたしの家から戻っていったんだ。

 

その時から、先生はずっと銀ちゃんの味方。銀ちゃんの意志を継いだ芽吹ちゃんに従うのも不思議じゃない。

 

 

 

「ちゃんと勉強しないと、芽吹に言いつけられて怒られるわよ?」

 

「あははは…。真面目にやらないといけませんねー」

 

 

 

______芽吹ちゃんに勉強まで見てもらうのはさすがに申し訳ない。真面目にやろう。

 

 

 

「……って言う風先輩も、課題が真っ白じゃないですか」

 

「そーなのよぉ!最近全然身が入らないっていうか!もう受験なのに、内申点まで下げられそうなのよぉ!」

 

「あ、はは…」

 

「こ、こんだけ防人頑張ってるんだから、少しは便宜してくれるわよね!?そうじゃないと志望校落とさないといけなくなるわよぉ…!」

 

「このまま行ったら、そのまま防人として進級するんじゃ…?」

 

 

 

そうたしなめても風先輩はおおげさになげくのをやめない。青春が防人でおわっちゃうわとか、これ以上バカは増えなくていいのとか。

 

______芽吹ちゃんは次で終わりにするって言った。そうなったら、わたし達防人はどうなるんだろうか。普通の生活に戻されるのかな。それとも______

 

 

 

 

 

 

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日程の訓練が終わって自由時間。

 

樹ちゃんとしずくちゃんと話すチャンスが巡ってきた。何を言えばいいかはわからないけど、芽吹ちゃんは怪しくないことを伝えないといけない。

 

 

 

夕食の時間だし食堂にみんな向かっていくけど、二人が逆方向へ行くのを見逃さなかった。

 

尾行するのも怖い気がしたけど、見逃すのも怖い。何か、いけないことをするような気がして。

 

 

 

「?友奈さん、どうしましたの?」

 

「…弥勒先輩。…ちょっとお願いしたいことがあります」

 

「ウェルカムですわ。他ならぬ友奈さんのお願い、どうして断れる理由がありましょうか」

 

「ありがとうございます先輩。…今からわたし、樹ちゃんとしずくちゃんを尾行します。もしモバイルにコールがあったら、わたしの位置情報のところに来てください」

 

「…だいぶ大げさな警戒ですけれど、承知いたしましたわ。乃木教導に危機管理のいろはを叩き込まれましたのね」

 

「悩んだら相談、です。…もちろん、何もないことをわたしも祈ってますけど…」

 

「わたくしだってそうですわ。仲間を疑うことに他ならないのですからね…」

 

 

 

わたしじゃ対応できない場面に遭遇しても、頼りになる先輩がいる。それだけで恐怖が和らいだ気がする。

 

 

 

「…じゃあ、行ってきます。弥勒先輩、お願いします」

 

「承りましたわ。友奈さん、どうかお気をつけて」

 

 

 

 

 

 

二人はタワーの一番下、エントランスに向かったみたいだ。芽吹ちゃんが帰ってくる時間を見計らって、待ってるのかな。

 

わたしもエレベーターで行くと尾行がバレそうだから、階段で静かに降りる。かなりの階層を降りることになるけど、体力には自信がある。

 

でも、芽吹ちゃんの帰ってくる時間はもっと遅くだった気がする。夕飯も食べずにずっと待つのかな。

 

階段の出口からエントランスの様子は見える。ここで静かにしてればまず気付かれないと思う。扉のすきまから二人の様子をじっと見つめる。

 

 

 

しばらくすると意外な人がエレベーターで降りてきた。

 

 

 

「…やっぱり来ると思ってましたよ、先生」

 

「………………」

 

「神様が帰ってくるのに、お出迎えしないわけにはいかないですもんね」

 

「………………」

 

「……先生は、知ってるはず…。…乃木が、一体何者なのかを……」

 

「………………」

 

 

 

二人は、先生と人目のないところで話したかったのかな。たぶん、全部知ってる先生と。

 

でも、仮面の下から声は発せられない。これまで通り、わたし達とは一切会話をしない。

 

 

 

「…どうしてわたし達とは話してくれないんですか。芽吹さんの指示ですか」

 

「………………」

 

「わたし達は知りたいんです。わたし達の隊のリーダーが何者なのかを。このまま何も知らずに戦うのは、納得できません」

 

「………………」

 

「……ダンマリ決め込む気かよ。てめぇらはいつもそうだな。乃木のやつも上に立った途端、隠し事するようになりやがって」

 

 

 

シズクちゃんが出てきてしまった。それだけ今の状況が腹立たしいってことなんだと思う。何も返答がないのは確かにいいものじゃない。

 

 

 

「俺らを家畜かなんかと思ってんのかもしれねぇけどよぉ、ナメてんじゃねぇぞ先公!」

 

 

 

怒号を上げたシズクちゃんは、次の瞬間には信じられない行動を起こしていた。

 

神官先生の仮面を、力いっぱい殴りつけたんだ。仮面が吹き飛んで、先生はよろけて倒れる。

 

 

 

「……!」

 

「俺は本気だぞ?飼い犬のしつけをてめぇの教え子に任せっきりにしたツケだ」

 

「……教えてください。本当は芽吹さんと夏凜さん、まだ繋がりがあるんですよね?そして、先生も」

 

 

 

樹ちゃんはシズクちゃんを止めるどころか、暴力に訴えて尋問をし始めた。

 

その光景を見てショックで頭が空っぽになったけど、すぐにどうにかしないと…!

 

でも、わたし一人でどうにかできるとは思えない。わたしが暴力で黙らせてしまうのは絶対ダメだ。仲間なんだから。

 

 

 

「言えよ!外と自由に連絡を取れんのはてめぇらしかいねぇんだよ!」

 

「………………」

 

「……死んじゃいますよ?教えてくれなきゃわたし達もやめられませんし」

 

 

 

二人とももう後先が考えられなくなってる。こんなことが芽吹ちゃんに知られればどうなるか。もう取り返しがつかないところまできてる。

 

手遅れになる前になんとかしないと。弥勒先輩の力を借りよう。コールしたら来てくれる。

 

わたしはそれまで場を持たせよう。もうかなりのケガをしてると思うけど、しないよりマシだ。

 

 

 

「だ、ダメだよ二人とも!!」

 

「え…友奈さん…?」

 

「…ちっ、まさか結城につけられてるとはな」

 

「友奈さん…見られたのは仕方ないです。どの道バレちゃうんですから」

 

 

 

二人とも悪びれる様子はない。開き直ったのか、そもそも悪いと思ってないのか。

 

それより、先生だ。容態を確認しようと先生の方を向く。

 

 

 

「先生!大丈夫ですかっ!?」

 

「………………」

 

 

 

それでもなお、先生が言葉を発することはなかった。

 

でもケガは明らかに大丈夫じゃない。骨が曲がっちゃいけない方向に曲がってて、膝をついたまま動けないでいる。

 

 

 

「友奈さん。一緒に脱出しましょう。ゴールドタワーから」

 

「えっ…?」

 

「捕まえた国士から聞いたんだよ。三好から聞いた、あいつの…乃木の本当の目的」

 

「芽吹ちゃんの…?」

 

「……全てが滅びるまで戦い続けること。勝ち負けなんてどうでも良くて、銀さんをあんなことにした大赦…いや、国民全てに復讐する。それが芽吹さんの目的なんです」

 

 

 

確信を持って樹ちゃんはそう言ったけど、わたしには到底信じられない話だった。

 

銀ちゃんの弟子二人が対立する組織を率いて戦うこと、裏でつながっていて二人で糸を引いていたこと、その他にもこの推測に説得力を持たせる事実があることはわかってる。それを知った国士が脱走したのも理由になる。

 

でも______

 

 

 

 

 

 

芽吹ちゃんがわたしに見せてくれた“心”は、何一つそれのつじつまを合わなくする。

 

仲間を想って身体を張る真っ直ぐな女の子。見えない恐怖に肩を抱く臆病な女の子。信頼を基準に仲間に背中を預ける頼れる女の子。当たり前にそこにいる、芽吹ちゃんはそういう子だ。

 

 

 

「…そうですよね?先生」

 

「………………」

 

 

 

当然のことを確認するように、樹ちゃんは先生にそう言った。そこに感情はなくて、まるで意趣返しだった。

 

 

 

「…樹ちゃん」

 

「…友奈さん。…わたし、見てられないんです。友奈さんが芽吹さんに洗脳されていくのを」

 

「…樹ちゃんも、見たよね?芽吹ちゃんの部屋」

 

「………………」

 

「…芽吹ちゃんがわたし達を裏切ってるって証拠は何一つなかったし、ただ銀ちゃんや夏凜ちゃんとの思い出を形に残してただけ」

 

「………………」

 

「……普通の子なんだよ。芽吹ちゃんだって。芽吹ちゃんがわたし達にくれた優しさが、ウソなワケがないよ」

 

 

 

“乃木芽吹”という人格が全部ウソや演技だとしたら、わたしはもう何も信じられなくなる。わたし達をただの手駒と思ってるのなら、芽吹ちゃんが弱い部分なんて見せるはずがない。

 

 

 

「わたしは芽吹ちゃんを信じるよ。銀ちゃんがただ復讐のために生きてたわけじゃないように、芽吹ちゃんも世界を愛そうとしてるんだって」

 

 

 

「……どうしようもないバカだよ、結城は。信頼だけで決めていいことじゃねぇんだよ、これは」

 

「…残念です、友奈さん。友奈さんは、おかしいことをおかしいと言える人だと思ったのに…」

 

 

 

 

 

 

「……言い切ったのよ、友奈は。あんたがおかしいって」

 

「えっ…お姉ちゃ

 

 

 

パシンッ、と乾いた音がなった。

 

いつの間にかそこにいた風先輩が、樹ちゃんの頬を平手打ちしたんだ。

 

 

 

「やっていいこと悪いこと。あんたは先生に暴力を振るった。友奈は止めようとした」

 

「………………」

 

「…反省しなさいっ!…これ以上、友奈を悲しませないでっ……!」

 

 

 

風先輩は泣いていた。わたしのことを心配したようなことを言ったけど、一番悲しいのは風先輩のはずだ。

 

樹ちゃんは一言も返せなかった。涙を流す姉を見て、ただ何かにおびえる顔で見つめるだけだった。

 

 

 

「…ブレるんじゃねぇよ樹ぃ!お前言っただろ!何を犠牲にしても乃木を止めるって!!」

 

「………………」

 

「…それが貴女“たち”の出した答えなのですね?シズクさん?」

 

 

 

その弥勒先輩の声は、今まで聞いたことのないくらい抑揚のない声だった。

 

すでに防人の装備を展開した弥勒先輩が銃のストックでシズクちゃんに殴りかかった。

 

シズクちゃんだから、その不意打ちに反応できたんだと思う。シズクちゃんも装備を展開して受け止める。

 

 

 

「…けっ。一番めんどくせぇヤツがきやがった」

 

「…わたくし、只今怒り心頭ですのよ。信頼し尊敬できる仲間をそうまで言われて、菩薩の顔をできる程わたくし人間出来ていませんわ」

 

 

 

あの弥勒先輩が、怒ってる。

 

雀ちゃんに茶化されてプリプリしてることはあったけど、本気で怒ってるのは浪士を相手してる時だってみたことない。

 

 

 

「…ただじゃ行かせてくれねぇみてぇだなぁ!弥勒!」

 

「行かせませんとも。乃木教導に引き渡すまで!」

 

 

 

二人ともいつになく本気だ。本気で相手を打ち倒そうと手段を選ばない攻め手を使ってる。

 

 

 

______これまでの成績から見れば、弥勒先輩が勝てる道理はない。いくら弥勒先輩が特訓をしてるからって、シズクちゃんが訓練をサボってたわけじゃない。元々の差はそう簡単には埋まらない。

 

 

 

「はっ、その程度かよ弥勒!頭でっかちになっても動きはシロウトのままじゃねぇか!」

 

「それはこちらのセリフでしてよ。その粗雑な動き、まだ“しずくさん”の方が対応しやすいですわ!」

 

 

 

振り回した銃剣を弥勒先輩は銃身で受け止めた。力を抜くとシズクちゃんはよろめいて、そのスキにシズクちゃんの後ろに回り込んで絡みつく。

 

怒ってるって言ったけど、弥勒先輩の動きは至って冷静だ。頭に血が登ったシズクちゃんを手玉に取ってる。

 

 

 

「ナメんなコラァ!」

 

「うっ!?なんの!」

 

 

 

シズクちゃんは自分へのダメージを考えずに、絡みついてる弥勒先輩の腕を掴んで投げ飛ばす。本来曲がらない方向に関節が曲がってるから見てるだけで痛い。

 

即座に反応した弥勒先輩もシズクちゃんに足を絡めて、そのまま二人とも床に叩きつけられた。

 

 

 

「悪手でしたわね!こうして組み合ってしまえば、貴女は逃げられなくなる!」

 

「ほざきやがれ!テメェをのせばいい話だろうがよぉ!」

 

 

 

武器も持たずに、殴り合う。芽吹ちゃんがみんなに徹底して教えてた素手での戦いを、二人は見事に物にしていた。

 

もみくちゃになれば体格で勝る弥勒先輩が有利だ。シズクちゃんを何とか組み伏せて容赦なく殴りつける。

 

 

 

「ちっ…やるじゃねぇか弥勒!」

 

「シズクさん相手に手加減はできませんわよ…!それに、弥勒家の人間がわざと手を抜くことは致しませんわ!」

 

 

 

見てるのも痛いくらいの生々しい殴り合い。わたしが止めなきゃいけないんだけど、身体は動かなかった。

 

弥勒先輩の目が、止めてくれるなと訴えかけてくる。怒ってるのは間違いないけど、シズクちゃんにそこまであたる理由はわからない。

 

わたしが間に入ったら、否応なしに力を振るわなければならない。それを察して弥勒先輩が代わりになってくれてるのかもしれない。

 

 

 

「お家のことなんざ知らねぇけどよぉ、ちったぁ現実を見ろってんだよ!その信念を利用されてるだけだって!」

 

「わたくしは逃げませんわ。真実を確かめるために、乃木教導の元に馳せ参じたのです!」

 

 

 

______その後はお互いの意識が飛ぶまで殴り合ってたんだと思う。気付いたら樹ちゃんとしずくちゃんが風先輩に拘束されて、柱にくくりつけられていた。

 

 

 

 

 

 

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「…どうしたの、皆?」

 

 

 

芽吹ちゃんが帰ってきた。

 

その頃には隊員みんなもエントランスに集まってきてて、捕まえられた二人を囲う。

 

困惑の声を上げながら芽吹ちゃんが全体を見渡して、目を見開いて驚いた顔をする。

 

 

 

「弥勒さんっ…そのケガ…!」

 

「…大したことはありませんわ。先生に比べたら」

 

「先生…?」

 

「もう救護に運ばれましたけれど、歩くこともままならない程のケガでしたのよ」

 

 

 

弥勒先輩も救護を受けた方がいいと思うくらいのケガだけど、芽吹ちゃんへ報告しなければならないと言ってこの場に残った。

 

軽く手当てしただけの弥勒先輩を見て、芽吹ちゃんがまた苦しそうな顔をする。わたしも胸が苦しくなる。

 

 

 

「……なにが、あったんですか…?」

 

「……樹さんと、しずくさんが…。…先生から、暴力で情報を聞き出そうとしたのですわ…」

 

「………………!」

 

「…二人は取り押さえていますけれど、…いかんともしがたいですわ…」

 

 

 

芽吹ちゃんの視線が二人の方へ向く。ロープで柱に巻き付けられて、下を向いたままピクリとも動かない。

 

その様子を少しだけ見て、芽吹ちゃんはまぶたをぐっと閉じた。やるせない表情を悟られないようにと、みんなに背中を向ける。

 

その先には、壁に寄りかかって膝小僧を抱える風先輩。あまりに風先輩の人物像からかけ離れた姿に、芽吹ちゃんも目を見開いていた。

 

 

 

「……樹さんを捕えたのは、風さん、なのですよ…」

 

「………………」

 

 

 

弥勒先輩はありのままを伝えた。教える必要がなかったと思うことも、包み隠さずに。

 

 

 

「……乃木教導。…この始末、いかがなさるおつもりですか?」

 

「………………」

 

 

 

芽吹ちゃんは黙ってみんなを見回す。みんなが皆、思い思いの表情を芽吹ちゃんに向ける。怒り、悲しみ、恐れ______負の感情が一手に芽吹ちゃんへ向かう。

 

 

 

そして、わたしと芽吹ちゃんの目があった。

 

 

 

「……友奈…泣いてるの……?」

 

「………………」

 

「…第一発見者は、友奈さんでしたわ。何とか穏便に済まそうとしたのでしょうけど……友奈さんの思いは、無下になってしまいましたわ…」

 

 

 

芽吹ちゃんの目の色が途端に変わった気がした。深い悲しみの色から、燃え盛る怒りに。

 

 

 

「……除隊、です」

 

「……え?」

 

「…犬吠埼樹及び山伏しずく両名を、只今をもって除隊とします。国家機密関係者の権利を剥奪し、反逆者として拘束します」

 

 

 

淡々と、隠しきれない感情を不気味なくらいに殺して言い放った。

 

 

 

______反逆者。

 

そう判断したからには、もう一切の手心を加えるつもりはないということだ。単なる敵として、厳正な処分を下す気なんだ。

 

 

 

「ま…待ってよ芽吹っ!そんなに重い処分はっ…!」

 

 

 

食い下がったのは風先輩だ。樹ちゃんがそんな重い処分になるとは考えてなかったみたいだ。

 

 

 

「…私は再三警告しました。スパイ捜しはするな、と。まあ、それだけなら除隊なんて処分にはしていません」

 

「………………」

 

「…ですが、…仲間を傷つけた。自らの意志で。私が共有してもらいたかった防人の理念を、最悪の形で踏みにじりました」

 

「………………」

 

「そういう人間は、この隊には不要です。他人と関わるべき人間じゃないです」

 

 

 

有無を言わさず、淡々と。ここまで冷酷になれる人を、わたしは知らない。

 

二人に注がれる芽吹ちゃんの視線は、背筋も凍るくらいに冷たかった。まだ国士や夏凜ちゃんを見ている時の方が優しい気がするほどに。

 

 

 

「…あたしはどうなってもいいからっ!!監督不行届で処分していいからっ!!樹をっ…!樹を反逆者にしないでっ……!あたしと引き離さないでっ…!」

 

「………………。…姉にここまで言わせて、どういう気分かしら?樹ちゃん」

 

「……とうとう本性を現しましたね、芽吹さん。私怨で権力を濫用する暴君の姿が…!」

 

「……風さんが自分の立場を捨ててまであなたをかばっているのに、開口一番それか」

 

 

 

呆れたような、あざ笑うような声で芽吹ちゃんは言い捨てた。

 

 

 

「…今まで泳がせて情報探索能力を測ってたけど、聞かせてもらおうかしら。あなた達がどこまで真実に迫ることができたのかを」

 

「全部私怨ですよ。この世界の全てをめちゃくちゃにして、銀さんのことをめちゃくちゃにした四国の人間に復讐しようとしてるんですよね!!」

 

 

 

捨て台詞みたいに吐き捨てた樹ちゃんの言葉の後には、不気味なくらいの沈黙。芽吹ちゃんも聞いてた周りのメンバーも、言葉を発することができない。

 

 

 

言葉の代わりに、この空気にそぐわない笑い声がホールに響く。

 

 

 

「……フッフッフ…アッハッハッ!!それは傑作ね!私じゃそんなドラマティックな動機、思いも寄らなかったわ!」

 

 

 

大笑いする芽吹ちゃん。普段からは想像できない狂気じみた姿に、全員が困惑する。

 

 

 

「…何がおかしいんですか」

 

「大ハズレもいいところって話よ!銀が全てを賭けて守ったものを無茶苦茶にする?あれだけ銀に復讐はやめてと言った私が?どうやら妄想と現実の区別がつかなくなるまで思い詰めていたようね」

 

「じゃあ、一体芽吹さんは何を考えていたんですか。情報があっちに漏れていたのはどういうことなんですか」

 

「あなたに質問する権限はないわ。あなたの洞察力、評価していたのだけれど買いかぶりすぎていたようね」

 

「……必ず罰が下りますよ。芽吹さんのやってることは、大赦の大人たちと何も変わらない」

 

「私たちを罰せられるものなんて存在しない。そんなものは私が滅ぼす。神と対峙する勇者なのだから」

 

 

 

芽吹ちゃんはもう樹ちゃんを仲間と見ていない。倒すべき敵としか見えてない。

 

 

 

______もう間に合わないとわかっていたけど、それでも何とか樹ちゃんと仲を取り持つ言葉を言わずにはいられなかった。

 

 

 

「芽吹ちゃん…。もうやめようよ…。樹ちゃんも、錯乱してるだけだと思うから…少し冷静になってからお話しよ…?」

 

「時間を空けても、事実は変わらない。先生に…仲間に暴力を振るったことは」

 

「…悲しくないの…?樹ちゃんとしずくちゃんを…追放するなんて…」

 

「……私だけは、無情でなければならない。感情に左右されず、道を示さないといけない」

 

 

 

乃木芽吹の覚悟は、わたしがいくらほだしても揺るがない。

 

悲しみも怒りも全て飲み込んで、勇者として道を示す。かすんで見えていた乃木芽吹の姿は、わたしの目がうるんでいただけだった。

 

 

 

「……最後に一つだけ聞いておくわ。どうして私があっちと繋がっていることにしたかったのかしら?」

 

「……このままじゃ犬死だからですよ。芽吹さんの手のひらの上で、押し付けられた理想のために死んでいく。そんなの、許せません」

 

「……クックックッ。…本当、ナンセンスよ」

 

「…わたしの知ってる芽吹さんはそんな人じゃなかった。自分の力だけで、理想にたどり着く人だった」

 

「もう私たちは一人じゃないのよ。仲間を守るためなら、手段は選ばない」

 

 

 

「……ここに宣言するわ。大赦の首長の私が浪士と結託する理由はどこにもない。もし私がただの浪士のスパイなら、乃木家に養子に入ったりしない。それだったらあいつと一緒にテロに加担してる方が性に合ってる」

 

 

「私はこの国を守るために戦う。乃木家に名を連ねた者として、その宿命を全うする」

 

 

 

何度も聞いた芽吹ちゃんの決意は一切ブレることはなかった。その姿勢が、言葉に説得力を持たせてきたんだ。

 

樹ちゃんとしずくちゃんも含めて、芽吹ちゃんの言葉を納得するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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