シロツメクサを捧げる   作:Kamadouma

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…うはぁ。ひやっとした

 

 

 

 

 

 

何者でもなかった私が、遂に何かになった。

 

 

ただ大赦お抱えの宮大工の父親の背中に憧れていただけの子供が、遂に勇者となった。

 

 

 

____でもそれは、同時に目標を見失うという意味でもあった。

 

 

 

『選考の結果、楠芽吹及び三好夏凜が勇者システム引継に抜擢されることとなりました』

 

『………………』

 

『…ありがとう、ございます。お役目、必ず果たしてみせます』

 

『楠さん、…聞いているのですか』

 

『…ええ』

 

 

 

____何故かうれしくならなかった。世界を左右する競争を勝ち抜いてきたのに、当然名誉なことなのに。

 

 

私と三好さんが選出されることが自明の理だったというのもある。だけど、それ以上に____

 

 

 

 

 

 

____勇者になって、私は何をしたいのか。名誉を得たいのか。父親に誉めてもらいたいのか。自らの有用性を証明したいのか。

 

 

そう考えると、何故かみじめな感じがした。顕示欲の塊じゃない、これじゃ。

 

 

 

それはつまり、私に中身がないということの裏返しか。恥や外聞を雑音に聞けるほど、渇望するものがないということか。

 

 

 

『何ほうけてんのよ。そんなに選抜されたのが信じられないのかしら?』

 

『いえ、それは当然のことよ。…どうしたものかしらね』

 

 

 

____一つ心当たりがあるとすれば。

 

 

 

私のとなりにいる同期____三好夏凜との決着がついていないこと。数値化すれば私が僅差で勝るというが、実際に三好さんと競って決着がついたことがない。

 

 

 

____彼女を完全に打ち下せば、感情の堰は切れるのだろうか?努力の対価として相応しいものを得られるのだろうか?

 

 

疑問は晴れないままだけど、そう思うことにした。向かうべき目標がなければ、私も研鑽を積む理由がなくなってしまう。勇者である意味を見失ってしまう。

 

 

 

 

 

 

勇者として、三好夏凜を凌駕する。

 

 

世界を守るお役目につく人間としてはいささか的外れな目標だけど、神樹様の防衛という目的を果たせるのであれば大赦も黙認してくれるだろう。それくらい連中はクレバーだ。

 

 

 

『……三好さん、あなたは勇者に選ばれて嬉しかった?』

 

『そりゃ…もちろんよ。あのくそったれ共の鼻っ柱を折ってやれるんだから』

 

『…そう』

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

「…教導を倒せば、問答無用でテスト合格ということですよね?」

 

〈言ってくれるねぇ。けど、簡単には負けてあげないよ?〉

 

 

 

天井の穴から斧がもう一振り飛んできた。隠れていた作業台ごと真っ二つにする勢い。すかさず反応して通路に繋がる扉を蹴破って突入。

 

 

三ノ輪教導の武器は一対の斧と聞いたことがある。狭い通路で大暴れするには武器が大きすぎるから、フロアで戦うより有利になるはず。

 

 

 

〈すごいね。あたしもそこまで戦闘に詳しいわけじゃないからさ、芽吹の戦略には驚かされるよ〉

 

「お褒めの言葉、ありがたく頂戴します…って!?」

 

 

 

私が独学で学んだ戦術は、あくまで常識的なマニュアルに基づく。非常識なイレギュラーに当たればそれは簡単に破綻してしまう。

 

 

教導はまさしくイレギュラーだ。ポルターガイストのように斧を先に追跡させるまでは予想できたけど、その後から来た教導は____

 

 

 

____天井を走ってきた。

 

 

 

「くっ…!」

 

 

 

同軸にいないのは想定外。ひとまず斧を撃ち落とさないと身が危ない。ゆったり回転するそれを数発撃ち抜いて、軌道を変える。

 

 

すぐさま天井に銃口を向けるけど、すでに教導の姿はない。

 

 

 

____“ない”?

 

 

 

〈さーて、夏凜を追っかけるかー。あたしも真似して床ぶち抜いてみるかなー?〉

 

「!!後ろ!?」

 

 

 

エフェクトの入った声は後ろから聞こえた。以津真天が見た方向に振り向くけど、薄暗い通路に赤い勇者の姿はなかった。鳴るはずの足音も全く聞こえない。

 

 

 

「…やられた。…でも好都合か。これで今度は私がフリー」

 

 

 

____目まぐるしく変わる戦況に踊らされて、三好さんがどうして負傷したのかを失念していた。

 

 

撃ち落とした斧は再び浮力を得て、私の太ももに刃を立てた。以津真天がすぐさま割り込んで障壁で受け止める。

 

 

 

「ぐぅっ…!」

 

 

 

その後機動力を削がれた私を嘲笑うかのごとく、斧は持ち主のところへくるくる回りながら飛んでいった。

 

 

 

「……勝てるとは思ってなかったけど…。…これじゃ壊滅ね……」

 

 

 

これじゃただ遊ばれただけじゃない!私なんてその気になれば瞬殺できたはずなのに____!

 

 

 

勇者に選定されて、実は舞い上がってたのかもしれない。三ノ輪教導と同じ土俵に立てたと思い込んでいたのかもしれない。

 

 

それが、今のみじめな私か。こんなに悔しい思いをしたのも、初めてかもしれない。

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

いうことを聞かない脚を引きずりながら、迷路のような船内の壁に穴を空けつつ上へ上へと進む。

 

 

もうそろそろ甲板に出てもいい頃だと思うけど____。

 

 

 

〈冒険は楽しめたかな?夏凜〉

 

「げっ、銀…!もう来たの…!?」

 

〈来ちゃった♪なーんてね〉

 

 

 

背後から銀の声が響いた。でも、足音は全然聞こえなかった。それが妙に不気味で、振り向くのをためらう。

 

 

けど背後を取られたままはマズイ。壁を石突きで小突いて穴を空けながら、隣の部屋に飛び込む。

 

 

厄介なのは、あのトマホーク攻撃だから距離が縮む閉所なら真っ向勝負に持ち込めるはず。勝算なんてこれっぽっちもないけど、やらないよりかはマシだ。

 

 

 

____てか、楠のやつもうやられたの!?時間稼ぎにもなってないじゃない!

 

 

いや、この勇者様が規格外なだけか。

 

 

 

「さあ来なさいよ銀!私はここよ!」

 

〈お、かっこいいねぇ!そういう気合いの入り方は夏凜のいいとこだね!〉

 

 

 

埃が舞って視界が晴れない。私ならその間に奇襲するけど____義眼の黄色の発光はその中でじっと晴れるのを待っている。

 

 

 

〈じゃ、あたしもかっこいいトコ、見せないとね!〉

 

 

 

視界が晴れて赤い勇者が見えてくると、にっと笑顔を見せて飛びかかってきた。両手のバカデカい斧を同時に振り降ろすのを戟の柄で受け止める。

 

 

受け止める準備は出来てたけど、さすがの威力。脚が万全だったとしても数秒と持たないくらい。

 

 

 

「うあっ…!なんてバカぢから…!」

 

〈力比べなら負けないぞ!〉

 

 

 

案の定、戟を弾き飛ばされてしまった。

 

 

 

____いやこれムリな試練でしょ!伝説の勇者から逃げ切れってどう考えても荷が重すぎるわ!

 

でも、やられっぱなしはシャクよねっ!

 

 

 

「こんのぉ!なんのぉ!」

 

〈うおっ!?そう来るかぁ!〉

 

 

 

“武器”を使った戦闘ではまるで勝ち目はないけど、殴り合いの訓練もやってないわけじゃない。

 

 

逆に銀に飛び乗って、押し倒す。ゼロ距離で有効な武器なんて、それこそ拳や脚だけだから。あとはやるだけ。

 

 

 

〈…だけど読みが甘いかなぁ〉

 

「え?」

 

 

 

次の瞬間、銀の義手が変形してプラグのような形になった。そしてその後私は天井まで吹っ飛ばされた。

 

 

 

「っあっ…!」

 

〈さっきまで二人を襲ってたポルターガイスト、忘れてない?それがあたしの仕業だってことも〉

 

「…なっに…?」

 

 

 

部屋に張り巡らされたパイプが突然宙を舞って、私が開けた穴を網状に覆い被さって塞いだ。銀が伸ばした義手からは見えない力が働いてるみたいで、____それがあのポルターガイストの正体だったわけで。

 

 

まさに大赦の秘密兵器。思った以上に人間離れしてる。伝説呼ばわりされる噂も納得した。

 

 

天井に押し付けられる力から解放され____落ちる私を銀はすかさず抱き止めた。

 

 

 

〈どう?まだ動ける?〉

 

「…へ?」

 

〈ごめんな。手加減ってのがどうも苦手で、遠慮なく戦っちゃって〉

 

「…ちょっ…降ろしなさいよ…!」

 

 

 

ダメージはあるけど、動けないわけじゃない。銀と戦っても勝ち目がないのは変わらないけど。

 

 

それより、このお姫様抱っこされてる状況が非常に恥ずかしい。私にいらないダメージを与えないって意味なんだろうけど、____何の羞恥プレイかっ!

 

 

 

〈まあまあ。こんなかわいこちゃんを抱っこできる機会なんてないから、もう少しだけ!な!?〉

 

「あんたはおっさんか!」

 

〈はは、よく言われる!〉

 

 

 

冗談を言ったその直後、銀の義眼の光が後ろに集中した。生身の目は相変わらず私を見て笑ってるから状況を察しづらい。

 

 

 

〈ちょっと動くね。掴まって〉

 

「え?」

 

 

 

銀は軽く跳躍して部屋のロッカーを飛び越えてしゃがむ。人ひとり抱えてできる芸当じゃないけど、この勇者に私たちの常識は通用しない。

 

 

数秒して、鼓膜を直接叩くような破裂音がロッカーの向こう側で響いた。____爆弾?

 

 

 

〈グレネード…そういうのもあるのかぁ〉

 

「やり過ごされた…。出し抜いたつもりだったんだけど」

 

〈おいで、芽吹も。夏凜もこっちにいるよ〉

 

「別に助けにきたわけではありません。…教導をどうにかしなければ、任務を達成できないと判断しただけです」

 

 

 

鉄パイプのバリケードを蹴り何発かでこじ開けて青の勇者と小さな怪鳥が姿を現した。既にサイトを覗き込んで臨戦体勢だ。

 

 

別にやられたわけじゃなかったのね。尻尾巻いて逃げたか、銀にスルーされたか。けど私と同じく足を引きずってるあたり、銀に逃げられたというのが正解か。

 

 

 

 

 

 

____けど、これはチャンス。不意をつける機会は必ずある。

 

 

 

〈うーん、正面突破されたかー。即席のバリケードじゃ効果ないか〉

 

「やはり教導の仕業でしたか。その義手…サイコキネシスのように物を遠くから動かせるのですか」

 

〈正解!園子の勇者システムからフィードバックしたらしいんだ〉

 

 

 

私をそっと降ろしてロッカーに義手で触れると、強打したみたいに勢いよく楠の方へ吹き飛んだ。

 

 

____私の引き継いだ勇者システムから派生した機能らしい。刃の遠隔操作から対象を移しただけ。それでも強力な武器になり得る。

 

 

 

「…読めてますよそれくらい!あと上から来るのも!」

 

〈二回目はさすがに気づくか。残念〉

 

 

 

天井に義手を向けると銀の身体は浮遊し始める。これが足音がしなかった理屈か。

 

 

ロッカーを避けてさらに飛来する斧を撃ち落として、飛びかかる銀に銃口を向けた。

 

 

一切迷いのない動きこそ楠の本領。揺さぶりが効く場面が少なくて、苦戦した記憶が蘇る。

 

 

 

〈お見事!だけど残念!〉

 

「…な!?」

 

 

 

____そんな奴の虚をつけるこの勇者は、本当に規格外だと思う。

 

 

急に落下する軌道を変えて、真下に着地。姿勢をかがめたまま接近して、顔面に文字通りのアイアンクローをお見舞いしつつ壁に叩き付けた。

 

 

 

「がっ……」

 

〈ごめんごめん。痛かったっしょ?〉

 

「くっ…」

 

 

 

その苦悶の表情は、痛みからではなく悔しさからだろう。あいつは引き分けたことはあっても負けたことはないから。初めて完敗を喫して、初めて感情を剥き出しにしたのかしらね。

 

 

 

____安心しなさい。あんたは負けたかもしれないけど、私はまだ負けてないから。

 

 

 

「でえぇぇいっ!!」

 

 

 

弾き飛ばされた戟を拾ってしなりを利用して跳躍、丸腰で楠の容態を見てる銀に大きく振りかぶる。

 

 

 

〈おっ!まだ動ける!?〉

 

「何かうれしそうね!」

 

〈夏凜の根性が見れたからね!〉

 

 

 

斧の一つが振り降ろした戟を受け止めるように浮く。もはや銀の手足のように自律してるらしい。

 

 

でも、それも想定内!

 

 

 

「いっけぇぇぇえ!!」

 

〈ん?うおっ!?〉

 

 

 

月牙が、飛んだ。

 

 

柄は押さえられたままだけど、紫電に光る刃は振り向いた銀の頬をかすめる。

 

 

 

〈…うはぁ。ひやっとした〉

 

「…え?ちょっと!?バリアは!?」

 

〈あたしのにはついてないよ〉

 

 

 

銀の頬から、赤い雫が落ちる。言葉とは裏腹に、何故か満足げな顔をしてる。

 

 

 

「だっ、大丈夫なの!?かなり血出てるわよ!」

 

〈んあ、大したことないって。これくらいでぎゃーぎゃー言ってたら、全身機械にしてもダメだって〉

 

 

 

そりゃそうだけど。でも、早く治療しないと悪化するかもしれないし。

 

 

とか思ってたら、楠のやつ、突然息を吹き返した。意趣返しと言わんばかりに隙だらけの銀の後頭部に掴みかかって____

 

 

何故か私の頭とごっつんこさせた。

 

 

 

〈ぶっ!〉

 

「ぎぃっ!?ちょっと!何すんのよ!!」

 

「丁度よくぶつけられそうな頭があったからね」

 

〈きゅ~…〉

 

 

 

バリアで衝撃を抑えられた私はまだしも、銀は頭の上にひよこや天使や死神をくるくる回してるし。どーすんのよ、これ。

 

 

____ともあれ、不意打ちながらも伝説の勇者をのしてしまったのも事実。一人で戦ったらまるで歯が立たなかったのに。

 

 

シャクだけど、今回は楠にちょっとは感謝してあげないでもない。

 

 

 

「んで?お邪魔虫はご覧のとおりだけど、これからどうする?」

 

「甲板の旗を回収して、ボートに戻りましょう。もちろん、教導も一緒に」

 

「はいはい。私が銀を持つから、あんたは斧を持って」

 

 

 

 

 


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