甲板に出ると、昇り始めた太陽が気温をどんどん上げてる。さっさと旗を回収して戻ろう。
「…あっちね。ほら、赤い旗が立ってる」
「さっさと拾って帰るわよ。暑いし重いし」
「教導の方ならまだ軽いわよ。この斧、明らかに体重以上の重さよ」
どうかしらね。銀の身体、本当に全身が鋼の塊ってくらい重いわよ。義手や義眼だけじゃなくて、全身改造してるのかも。
お互い文句を垂れつつ先っぽまでたどり着いた。手の空いてる私が旗に近寄って手を伸ばす。
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「……え?」
視界に入ってくる光が、海の青じゃなくて赤色に変わったことに気づいた。
いやいや、明けはもうとっくに過ぎたわよ。さっきまで青空とネイビーブルーがうっとうしいくらいに視界に飛び込んできてたのよ。
首を上げて見渡すと、____そこは地獄だった。
「えっ…ちょっと…!なによこれ!」
〈へへへ…。この世の終わりへようこそ、夏凜〉
「ぎ、銀!あんた…!」
私の肩の上で伸びてた銀が、怪談話でもするようなテンションでしゃべり始めた。
何が何だかわからない私は、銀に問い詰めるしかなかった。
「三好さん…?消えた…?…え?」
〈芽吹もいらっしゃい。ここが外の世界だよ〉
「な…何ですかこれはっ!?」
楠も同じ反応をした。それ以外の反応はありえない。
銀はこれを“外の世界”と言った。
四国の外。未知のウィルスがはびこり…てのは欺瞞で、残された人類を淘汰するための尖兵____バーテックスがひしめく。そこまでは訓練期間で勉強した。
でも、こんなのは聞いてない。生命を拒絶するかのように乱立する火柱と、逃がしはしないと言わんばかりに広がるマグマ。風景の一部としか思えないほど無数に飛び交う歯茎____バーテックスを構成する“星屑”。
私たちがこれから立ち向かう相手は、そんな理解不能な存在なのか。これが人類を淘汰しようとした神の強権なのか。
〈どう?怖じ気づいた?〉
「…教導は、これを見せるために…?」
〈半分正解かな〉
私の肩からすっと降りて、私たちの真意を問うように見つめてきた。生身のその強い視線も、義眼のスキャンするような光も、逃げ場はどこにもないことを訴えかけてくる。
「…ふん。銀一人で四国を守れたって言うんだから、三人いれば楽勝でしょ」
〈頼りにしてるよ、夏凜。芽吹は?〉
「…逃げ出す理由にはなりません。今までの努力を無為にするようなことですから」
〈二人とも芯がしっかりしてるねぇ。神樹様の目に狂いはなかったわけだ〉
やはり笑顔で私たちを見る。いや、むしろ笑顔でない時の方が珍しいくらいか。
私たちが見込み通りの勇者で満足したのか、それとも別の理由があるのか。私にはわからなかった。
その後銀は、私と楠の手を引っ張って歩き始める。
____義手、むっちゃ熱くなってんだけど!
〈ささ、用は済んだしさっさと帰ろう。暑くて死にそう〉
「あっつっ!!ちょっと銀!義手で触んないで!」
「何やってるの…あなた達」
____手をつないだのって、いつ以来だっけか。兄貴と一緒の時、だっけ。
義手にこもった熱じゃないけど、何故か全身が暖かくなる気がした。
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〈あーまずいね。派手に暴れたせいで崩壊が船全体に伝搬しちゃったみたい〉
「さっきからギーギー軋んでたし、沈没も時間の問題ですか」
「早く脱出しないとさすがに危ないわね」
“向こう側”から戻ってくると、船全体から叫び声のような軋みが耳につく。しゃべる声もなかなか通らないくらい。
あとは脱出するだけだし、最悪勇者の力に身を任せて海に飛び込んでもいいと思うんだけど。
「船内から戻るのも時間がかかるし、海に飛び込んだら早いのでは?」
「…あんた、自分がケガしてるの忘れてない?」
「これくらいで行動できなくなるほど軟弱なつもりはないわ」
〈…芽吹は怖いくらいにストイックだなぁ。けど、あたし痛いのは勘弁〉
銀の勇者システムには、バリアがついてない。それでこの高さから着水したら確かに痛いで済む話じゃない。
でも悠長に歩いてらんないのも事実。船と心中とか笑えないし。ここは____
「銀、しっかり掴まってなさいよ」
〈え?〉
「じゃ、お先行ってるわね。下手な着水してケガ増やすんじゃないわよ」
「どうも親切にありがとう三好さん。そっくりそのまま返すわ」
油断しまくりの銀を後ろから抱き上げて、朽ちたフェンスを飛び越える。
銀にバリアがないなら、銀のバリアになればいい。楠と同じくらい安直で根本的な解決方々だ。私もあいつに毒されてきたかも。
〈どわわっ!夏凜!やばいって!〉
「私のケガのこと?あんたがやったくせによく言うわ」
〈…返す言葉もごさいません〉
そう言って銀は黙ってしまった。____何となくだけど、この人の性格がわかってきたかも。
銀をかばうように私が水面に背中を向けて落ちる。生身だったら無事ではすまない落ち方だけど、勇者なら平気、のはず。
「衝撃用意!ぶっふ!」
〈うわぁ…すごい音だったけど大丈夫?〉
「…ノープロブレム。完璧な着水だったでしょ?」
派手なしぶきを立てたけど、銀の斧の一撃に比べれば布団に飛び込んだくらいの威力だ。なんてことはない。
心配そうに顔を覗いてくる銀はずぶ濡れだけど無事そう。まとわりついてきた雷獣の頬をつんつんして遊んでる。
私は大丈夫とジェスチャーで伝えると、またド派手なしぶきが海面に上がった。
〈芽吹も無事かー?〉
「はい、問題ありません。教導こそ、義肢を海水に付けても大丈夫なのですか?」
〈…帰ったらオーバーホールだね〉
「…動かなくなる前に戻りましょう」
楠はため息をついてから、ボートの方へ泳いでいった。
____そりゃそうよね。こんな精密機械、いくら防水しても限界があるわよね。
「銀、ボートまで泳げそう?」
〈別に泳いでもいいんだけどね。せっかくおもしろギミックがあるんだからね〉
「おもしろ…?」
義手を船の方に伸ばして、銀はそっちに引き寄せられた。
あ、自分を引っ張るパターンもできるのか、忘れてた。
____てか、これじゃ私が抱えて飛んだ意味ないような。
〈じゃ、お先ー〉
「…ほんと、やりたい放題よね」
ゴンゴンと船の側面を踏み鳴らして進む銀を見て、なんかもうどうでもよくなった。敵も味方も常識の通用しない相手だって、嫌というほど思い知らされたから。
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〈うわぁ…授業だるぅ…〉
名目上一応私たちも学生というわけで、教育を受けなければならないらしい。丸亀城に戻ってから、教室に集合をかけられた。
____席につくなり三ノ輪教導はそうぼやいて机に突っ伏す。薄々感付いていたけど、教導は優等生ではない。どちらかと言えば問題児タイプか。
義手は大赦のエンジニアに預けているのでノートは取れないというけど。体のいい屁理屈じゃないかしら。
「真面目にやりなさいよ。勇者権限で補習かないとかあんの?だからそんなに」
〈その話はやめましょう夏凜さん。あたしに悪夢を見せないでください〉
「ああ、補習は経験済みなのね。…しょうがないから今日のノートは写させてあげるわ」
〈いやー助かるよ夏凜。持つべきは優しい友達だな!〉
「べ、別に優しくしたつもりはないわよ!手が使えないから仕方なくよ、仕方なく!」
また三好さんはいつものやってる。教導が仲良くしてくれただけで、こんなに甘さをさらけ出してる。
____教導は他の大赦の人間とは違う。私たちと対等な立場であろうとする姿勢もそうだけど。
____うまく言い表せないけど、何故かこの人は信用していい、信用しなくちゃいけないと思ってしまう。理由も不明だし、そもそも私にそんな人は必要なのかと考えてるけど。
「…ほら銀、先生来たわよ。姿勢を正して」
〈はーい〉
「…どっちが教える立場かわからなくなるわね」
____“教える”気なんて毛頭ないのかもしれない。一緒に感じて、学んで、共有して。
今日の朝だってそうだ。何一つ教わってない。教導したそれらしい行為は評価だけ。____けど確かなものを得られた。
「起立」
「礼」
「神樹様に、拝」