シロツメクサを捧げる   作:Kamadouma

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まだ二人のこと、何も知らないんだよね…

 

 

 

教導の義手は昼過ぎには帰って来た。もしものことを考えて、超特急でメンテナンスを終わらせたらしい。

 

 

でも、教室で装着する場面を見せてくるのはちょっとキツい。

 

 

 

〈おかえりマイアーム〉

 

「うわっ…ちょっとグロ…」

 

「…見ていて気分のいいものではないわね」

 

 

 

教導の二の腕の骨のあった部分から、黒鉄のジョイントがせり出している。この部分はもはや人間ではないということか。

 

 

自分の身体に鉄の塊が挿入されるのを想像して____悪寒が走った。

 

 

戦い続けて、身体を失って、機械なしでは生きられなくなっても戦い続ける。

 

 

 

 

 

 

____教導の尊敬すべき生き様であり、未来の私たちの姿、なのかもしれない。

 

 

 

 

 

____パパが私のそんな姿を見たら、何を思うだろうか。いつも通りに一瞥だけして仕事に戻るだろうか。傷は誉れと称えてくれるだろうか。それとも____

 

 

 

〈ぎゃぁっ!も、もちょっと優しく…〉

 

「銀様、もうそろそろ慣れてください。付ける度それでは、我々としてもやりづらいです」

 

〈はぁー。サイボーグになって無敵になったと思ったのに、まだまだあたしも人間なんだなぁー〉

 

 

 

ガンッとかカチンとか、およそ人間から出る音ではないのだけれど。

 

 

大赦のスタッフにぶつぶつ文句を垂れながらも、義手の動作のチェックを平行して行う。この動きに関しては手慣れた様子だ。

 

 

 

〈動作部異常なし、と。勇者システムは〉

 

 

 

教導は何の予告もなしに勇者システムを起動させた。その手には端末も持ってなくて、理屈も説明がつかない。

 

 

しかし起動したものは間違いなく勇者システム。赤い牡丹の花が舞ったかと思うと、先ほど私たちを散々打ち負かした赤い勇者が身体を動かして異常の有無を確かめていた。

 

 

 

「え?銀、端末は?」

 

〈この腕の中だよ。…って言うより、身体自体がもう勇者システムでできてるんだけどね〉

 

「…明らかなオーパーツっぷりも納得しました。そんな生き物みたく動くマシン、見たことありませんし」

 

〈自分でも未だに実感ないけどね。あたしと、機械と、精霊の融合ってさ〉

 

 

 

____教導の秘密の核心に迫ることだけど、聞くのも怖い気がした。私たちの行く末が得体のしれないサイボーグの方が、ただの化け物になるより良い気がしたからか。

 

 

 

〈よし、動作正常。忙しいのに申し訳なかったです〉

 

「礼には及びません。銀様はもはや神樹様の一部。かしづかずして如何としますか」

 

〈まあ、エンジニアさんは冗談半分って感じもしますけど、神官たちはほんとにもう…〉

 

 

 

たはー、と苦笑い。敬虔な連中ほど、教導の存在は畏れ多いものに感じてるのだろう。それを息苦しく思っているようだ。

 

 

 

〈お疲れさまでした。異常なしって報告してください〉

 

「かしこまりました。…今日の教練も頑張って下さい」

 

〈かわいい後輩が二人もいますからね!銀様張り切っちゃいますよ!〉

 

 

 

システムを解除しながら教室に背を向けたエンジニアに義手を振った。誰に対してもフレンドリーなのは教導のアイデンティティーか。

 

 

 

「…何難しい顔してんのよ、辛気くさい」

 

「そういう三好さんだって、悩ましい顔してる」

 

「してない。銀の心配なんて」

 

〈その気持ちだけであたしゃ胸がいっぱいだよ。ありがとね夏凜〉

 

「なぁ!?別に心配なんてしてないって言ってるでしょ!?」

 

 

 

____また墓穴掘ってるわ。本当に人付き合いが不器用よね。

 

 

そしてまた教導は三好さんの頭をわしゃわしゃっと撫でてる。見てるこっちも恥ずかしくなるけど、本人は言葉も出ないくらいに真っ赤っかだ。

 

 

 

〈…芽吹も、いっとく?〉

 

「結構ですっ!」

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

午後からは初の教練。地下に作られた巨大空間に集合をかけられた。

 

 

教導と会った時にいた神官の監視の下で、対バーテックス用の戦術を学ぶ。ケガはまだ全快とはいかないけど、動いて支障はないそうだ。

 

 

 

〈バーテックスを倒す手順は意外と簡単だから、よく聞いてて〉

 

「…言ってくれるじゃない。そんな秘策があるの?」

 

〈勇者システムが進化したからね。足止め、引き出し、撃破の三つで片付くよ〉

 

 

 

あまりに抽象的すぎてピンとこない。言葉まで簡単になりすぎているような。

 

 

 

〈まず一つ、足止め。接近したり攻撃したりして無力化するところからね〉

 

「…割とそれが難しいと思うのですが」

 

〈簡単簡単。バリアがあるから接近は多少強引でもいいし、攻撃力は二人が知っての通りだよ〉

 

「経験者のお墨付きって言うなら、本当に簡単なんじゃない?性能の劣ったシステムを使って殲滅したっていうならさ」

 

 

 

そういうのは自分で検証しないと確信できない。その楽観視で足元をすくわれたくないから。

 

 

でもそう言ってても話が進まないのは事実か。

 

 

 

〈んで次、引き出し。お偉いさんは“封印の儀式”なんて大層な名前付けてるけど、そんな大袈裟なことじゃないよ〉

 

「銀の基準が全然わかんないわ。高くにありすぎて」

 

〈なに。すぐ追い付くから。実際やってみれば〉

 

 

 

説明するよりも、実践の中で会得していくのが教導のやり方らしい。

 

 

言葉は簡単に、あとは身体で覚える____実は理に叶ってると思う。

 

 

 

「…具体的には、何をすれば良いのですか?」

 

〈バーテックスに念を送る感じ、かな。声でも何でもいいから動くなって〉

 

「そんな都合のいいことがあるわけ…ないとは言い切れないわね」

 

〈そそ。神樹様は偉大なんだよ〉

 

 

 

____それを確信もなく命がけの場で実践したあなたも、十分偉大だと思います。

 

 

あと教導はもう少し態度を大きくした方が威厳が出ます。それくらい許される立場にあるのですから。

 

 

 

〈で、そうやって動きを封じると“御魂”っていう、ゲームで言えば本体みたいなのが出てくるよ〉

 

「それを破壊すれば、撃破ということですか?」

 

〈話が早いね、その通り!時間制限こそあるけど、この手順を守って戦えばまず失敗することはないはず〉

 

 

 

おおよそ話は理解した。御魂を破壊すれば簡単に倒せるから、封印の儀式で炙り出すために足止めをする。

 

 

教導の話も分かりやすくて助かる。座学こそ苦手だけど、決して頭が悪いわけではなさそう。

 

 

 

 

 

 

____それがここまで生き残ってきた所以か。

 

 

 

〈ここまで質問ある?〉

 

「いえ、ありません」

 

「私もないわ」

 

〈二人はほんと賢いねぇ。…じゃ、実際にシミュレートしてみよっか。あたしは見てるから二人で頑張って〉

 

 

 

教導は神官の隣まで下がって、何もない空間を見渡した。

 

 

 

「シミュレートって…?」

 

〈まあまあ、見てなって〉

 

 

 

教導の義眼が流れるように点滅すると、ホログラムのようなものが空間に描き出された。

 

 

パステルカラーの巨大な植物が幾重にも折り重なる、少し不気味な光景。

 

 

 

〈神樹様はバーテックスとの戦いの場を設けてくれるんだ。“樹海”って呼んでるけど、その再現〉

 

「…つまりこれは、銀が見た光景ってこと?」

 

〈そうだね。そしてこのバーテックスも、あたしが倒したやつの記録〉

 

 

 

遠くから、地面を“泳いで”来る何かが見えた。距離からしてもかなり大きく見えるあたり、私たちの敵というのは相当大きいらしい。

 

 

私も三好さんも自然に武器を取り出した。三好さんは軽く準備運動をして身体の調子をうかがう。

 

 

私も身体をほぐしながらも、アンダーバレルの弾をどれにしたら効果的かを考える。

 

 

充実感のある訓練を目の前に、少し私もいきり立ってるのかもしれない。

 

 

 

〈しょせんホログラムだし物理的接触はないけど、二人のアクションに応じて敵も反応させるからちょっとやってみて〉

 

「いきなりこんなのが来るとは思ってなかったけど、腕の鳴る訓練じゃない!」

 

「教導の記憶がそのまま投影されているならリアリティもあるってもの!」

 

 

 

二人で一斉に目標に向かって駆け出した。細かい作戦など取り決めていないけど、左右二手に別れて挟撃を試みる。

 

 

 

「敵の姿が見えないわ。どこから奇襲してくるかわからないから気を付けなさいよ」

 

「わかってる。余計なお世話よ」

 

 

 

この人のお節介はもはや病気みたいなものなのね。いくら嫌っていようが無意識に心配してしまうって。

 

 

言葉通り足元の気配を探ってみる。視覚では敵を捉えられないけど、音は聞こえる。

 

 

 

「…!そこっ!」

 

 

 

丁度私に狙いを定めたらしい敵が、側面の地中から真っ直ぐ迫ってきたのを察知した。

 

 

敵の通過点を予測して地面を抉る威力のあるグレネードを撃ち込む。

 

 

迎撃は成功したらしく、一本釣りされた鰹のように空中へ飛び出した。

 

 

 

「捉えた!」

 

 

 

サイトの向こう側に捉えたのは、巨大なイカのようなのオブジェクト。この樹海にも負けず劣らずサイケデリックな見た目だ。

 

 

怯んでなどいられないので、即座に小銃のトリガーを引く。強烈な空気圧をばらまく弾丸がバーテックスの外皮を穿つ____ビジョンが見えた。

 

 

 

「とおぉりゃぁあ!」

 

 

 

撃たれて尚私に突っ込んでくるイカを、三好さんの戟が胴を突いて打ち上げる。三好さん、いつの間に距離を詰めてたの?

 

 

戟の一撃は巨体をものともせず、イカを更に上に突き上げた。放電したようなプラズマがバーテックスの姿をあやふやにする。

 

 

 

「動くな、イカ野郎!」

 

 

 

戟を突き立てたまま三好さんが吼えた。宙で虚しくバタついていたイカは動きをピタリと止めて、ツボの部分から角錐のようなものを落とした。

 

 

 

 

 

 

____一ミリにも満たない、極小なのだけれど。サイトから覗かなかったら私も見落としてる。

 

 

 

「ええ!?ちょっと!?何も出てこないわよ!?」

 

「足元!三好さんどいて!」

 

 

 

三好さんはそれを見落としたようだった。そんな木っ端みたいなものをいちいち全部見て確認する人間もどうかと思うが。

 

 

でも声にはちゃんと反応してくれて、外殻を地面に叩き付けると同時に自身は跳ね上がった。

 

 

あんな武器を使っておきながら身軽に動けるあたり、____さすが三好さんと言っておこう。

 

 

 

「仕留める…!」

 

 

 

ランチャーに再装填する時間も惜しいので小銃で狙い撃つ。

 

 

弾より小さいものに当てるなんて人の所業ではないけど____私は勇者だ。人にできないことができる。

 

 

目で見ず、気配で合わせて、引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

キンッと弾ける音が鳴って、三好さんが串刺しにしたイカは崩壊、霧散していった。

 

 

 

「…目標撃破」

 

「……ありがと、楠」

 

「…あなたにお礼を言われると気持ち悪いわ」

 

「なぁ!?」

 

 

 

何だかギャーギャー文句を言い始めたけど、背筋に気持ち悪いものが走ったんだからしょうがない。

 

 

____でも、それとは別に何か突っかかるものも感じた。

 

 

 

〈ブラボーブラボー。園子がビュオオオオウって言いそうなデレありがとう〉

 

「そっちの感想!?バーテックス倒したことへのコメントはぁ!?」

 

〈いやね、夏凜はほんとかわいいなぁ、って〉

 

 

 

拍手の音と共に教導がツカツカ歩いてきた。何やら訳のわからないことを言いながら。

 

 

勢い止まらず三好さんはツッコミまくる。照れ隠しなのかしら。

 

 

 

〈まあまあ。いや、実にお見事!二人ってほんとはすごい仲良しなんじゃないの?〉

 

「ありえません。三好さんとは分かりあえる部分がないに等しいので」

 

「…こんなこと平気で言っちゃうやつとは仲良くできないわよ」

 

〈そうかな?少なくても今の動きはお互いを信頼してるみたいだったよ〉

 

 

 

私が?甘ったれの三好さんを?

 

 

彼女の能力は私も認めている。厳しい訓練を耐え抜いてほぼ同格の成績を残す力を持った人間なのは理解している。

 

 

けど、一時の感情で行動してしまう人間は信用できない。判断のブレで被害を受けるのは御免被る。

 

 

 

〈…そっか。あたしもまだ二人のこと、何も知らないんだよね…〉

 

「…ええ」

 

「………………」

 

 

 

昨日とは打って変わってしんみりした顔を見せた。

 

 

 

 

 

____何故か胸が苦しくなった。今までに感じたことのない痛み。その理由を必死で考えるけど、当てはまるものは一つとしてなかった。

 

 

 

〈…先生、今日の教練終わりでいい?〉

 

「……それは銀様にお任せします」

 

〈…ありがと、安芸先生〉

 

 

 

教導は神官に一応の許可をとって、教練を終了させた。

 

 

結果に満足したのか、それとも別の理由があるのかはわからない。

 

 

____でも、このモヤモヤを引きずったままいるのは良くない。時間をおいてくれてよかったとも思える。

 

 

 

 


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