卍解しないと席官にもなれないらしい。   作:赤茄子 秋

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今回、長いです。

卯ノ花隊長を多少魔改造したかもしれないけど、あまり違和感を感じない自分がいます。


23話 初代剣八

雨を雑巾のように絞り切った曇天の下で行われるその撃ち合いは、尸魂界の歴史に残るのに異論ない戦いだろう。

 

地は裂け、空気は震え、瓦礫が舞い踊る。その隙間を縫うように、2人の怪物がぶつかり合う。

 

「破道の七十八 斬華輪(ざんげりん)

 

卯ノ花が放つ鬼道の刃は、地を割いてユーハバッハへと向かう。それを確認したユーハバッハは自身の剣で弾くが上手く捌ききれない。これはただの鬼道の刃ではない、空を切り斬撃を飛ばす卯ノ花の剣術との複合技だ。

 

「卯ノ花八千流、腕を上げたな」

 

「えぇ、刺激的な毎日を送っていましたからね」

 

「成る程、萩風カワウソの影響か」

 

それを受けたユーハバッハはニヤリと笑うと、片手で滅却師の使う滅却矢を放つ。

 

「縛道の八十一 断空(だんくう)

 

そして卯ノ花はその矢を空に現れた透明な盾で防ぐ。どちらも譲らない、滅却師と死神を引っ括めても最高レベルの実力者だ。一瞬、一瞬の刹那の間隙に幾重にも重なる攻防が繰り広げられている。

 

「縛道の九十一 雁字縛(がんじしばり)

 

そして卯ノ花は影のように地面を這う黒い力の流体を襲わせる。縛道の術は多岐に渡るが、これは縛道においては異質な力だ。本来、縛道は文字の通りに敵を縛り、捕まえる力だ。

 

これもそれに類するが、根本的に違うのはこの縛道は敵を攻撃する事だろう。無論他にもある、だがこの影は相手を貫き殺す。

 

敵をじわじわと追い詰め殺す事に特化した、縛道である。

 

「小手先の技で、私を倒せると思っているのか。ならば甘いとしか言えぬぞ、卯ノ花八千流!」

 

だが相手は滅却師の王、簡単にはいかない。這い寄る混沌の闇を全て弾き、避ける。確かに強力な力だ、全方位から襲い掛かるこの技は初見殺しでもあるが、ユーハバッハは苦もなく払い除ける。

 

「そちらこそ、本気も出さずに私を相手できると思われるとは。甘く見られたものですね」

 

だが、これは卯ノ花の文字通り小手先の技だ。本命は彼女自身であり、影に気を取られていたユーハバッハにそのまま近づくとその脇を斬りつける。

 

剣技において卯ノ花は護廷十三隊最強、それはユーハバッハも超えている。

 

「貴様程度に、私の力を使うまでもない。卯ノ花八千流、貴様を何故特記戦力にしなかったと思う?」

 

だが斬りつけた箇所に流血は見られない。よく見ると血管が浮かび上がって攻撃が防がれたのがわかる。滅却師の防御技である静血装だ、だが卯ノ花は気にもとめずに斬りかかる。

 

「その防御術で私の剣を攻略できるとでも思っているのですか?確かにただの斬撃では傷すらつかないようですね。ならば……貴方の防御の追い付けない次元の速さで斬るだけです」

 

卯ノ花の斬撃の速度が更に上がる。ユーハバッハもそれに追いつかなくなってきたのか、衣服に切り傷が増えていく。防御術でダメージは受けていないが、時間の問題だろう。

 

「貴様の剣術は他の滅却師には脅威だろう。萩風カワウソのような甘さもない、だが貴様……何故、今になるまで戦わなかった」

 

にも関わらずに、ユーハバッハに焦りもなければ動きもない。先程から変わらないのだ、劣勢であるならば何か新たな手を打たなければ負けてしまうのが分かりきっているはずなのに。

 

「貴様は所詮、上からの命令に従うだけの愚図だ。判断も遅く、萩風カワウソのように予期せぬ事をしない……いや、できない。利口になってしまった、角が取れてしまった、貴様は」

 

虚勢とも取れる余裕を見せるユーハバッハ、その言葉を遮るように卯ノ花は特大の斬撃を撃ち込む。それにはユーハバッハも至近距離で受け切れないと理解し、直ぐに下がりながら捌ききる。

 

距離が空けば有利になるのは弓を使えるユーハバッハ、卯ノ花も鬼道を使えるが近接戦闘の方が得意だ。だが距離を空けた、それがユーハバッハには少し理解できていないようだが、卯ノ花は嘲るように呟き始める。

 

「世迷言を。私が臆病者と言いたいようですが……私が動かなかった理由なぞ、簡単ですよ」

 

そして、卯ノ花は今迄に無いほどに特大の霊圧を身から放つ。

 

ユーハバッハは初めて、余裕のあった表情が揺らぐ。と言っても一瞬だ、だが一瞬でも揺らがせるほどの力を放っている。何故ユーハバッハが揺らいでしまったのか、それは想定外だからだ。

 

総隊長である山本重國や特記戦力である更木剣八という脅威を破ったユーハバッハに、零番隊以外に更なる壁が現れるとは思いもしなかったからだ。

 

「総隊長や他の隊長達が全てを解決していました。だからこそ私が動く必要が無かった、それだけの事ですよ。ユーハバッハ、貴方が私を見誤った代償は大きいですよ?」

 

卯ノ花八千流。彼女は最も警戒を怠ってはならない死神だったという事にユーハバッハは気づく。卯ノ花の実力を過小に評価していた、彼女は自身の障害となる敵である事を認識したのだ。

 

だが、それでもユーハバッハの顔には焦りがカケラも見られない。ニヤリと笑う彼は卯ノ花からすれば不気味だろう、だが彼女も一撃で滅却師の王を倒せるなぞ楽観視していない。

 

「片腕から貰いますよ、ユーハバッハ!」

 

勝機はここだ、卯ノ花が霊圧を高めて刀を振り続ける。隙ができる、どこかで必ずできる。そう思い、振る卯ノ花の斬魄刀は明確な隙を見つけ出す。

 

「(もらった!)」

 

卯ノ花は斬魄刀を振り抜く。鮮血が舞い、卯ノ花の刀を伝ってユーハバッハの血が流れる。

 

「っ!?」

 

だが、地面にユーハバッハの腕は転がっていない。代わりに、折れた卯ノ花の斬魄刀の刃先が地面に突き刺さっている。

 

確かに傷はついた、だがそれは擦り傷のような浅さの傷だ。折れた刃先が掠っただけだ。なぜ擦り傷程度で今の攻撃を防げたのか、卯ノ花は理解できない。

 

「(折られた?どこで?今の動作の何処にそんな事ができる隙があった?いえ、それ以前に私が気づかない内に斬魄刀を折れる筈が……)」

 

卯ノ花が心の中で激しく取り乱す。何処にも避けられる程の動きはなかった。剣を折られる要素や可能性なぞ存在しなかった。今の攻防において、負ける要素は無かったはずだった。

 

そしえ戸惑う卯ノ花にユーハバッハは「どうした。まるで敗北する未来が見えていなかったような顔をしてるぞ」と、見事に彼女の胸中を見破る。

 

「卯ノ花八千流、素晴らしいぞ。特記戦力にする程では無いが私への十分な脅威だ、それこそ山本重國以上の。ならば……使うのも仕方の無い事だ」

 

彼が目覚めてから、この力を使うのは2度目だ。

 

本来ならば卯ノ花が卍解も使わずに対応できる程度の実力のユーハバッハに、ウルキオラが敗北する事なぞあり得ない。ウルキオラは最強の破面、最強の死神であった山本重國とも渡り合える実力を有している。

 

更に詳しく言うと、卍解を使った山本重國とだ。

 

ならば何故、卯ノ花が渡り合えいてたのか。それは基本能力だけで戦えるという甘い考えをユーハバッハがしていたからだ。さらに言えば、彼は奪った山本重國の卍解も使っていない。

 

それは卯ノ花も不可解に感じていたが、彼の能力の片鱗を感じた彼女は卍解を持ってるか否かなど誤差に過ぎないと感じ取る。

 

「『全知全能(ジ・オールマイティ)』、貴様等死神が私に勝つ事を不可能にする能力だ」

 

神にも等しい力の片鱗を振るえるのを、卯ノ花は本能で感じ取ってしまっていた。

 

☆☆☆☆☆

 

毒ガスの散布、それは一定の戦果を出している。数にしては雑兵を50人程度は殺せただろう。だがこれだけで勝てると思い上がる虎徹ではない。

 

もって数分というのは虎徹もわかっている、だがそれでも構わないとわかっていてこの戦果は十分だろう。

 

「っ!!」

 

虎徹勇音だけが感じた、絶望。

僅かな霊圧の揺らぎと敵首領の言い様のない不気味な気配。これが何を意味するか、直ぐに虎徹だけは理解できていた。

 

他の隊士たちは鼓舞され、士気も回復の傾向にある。それは一重に卯ノ花の自殺紛いの特攻のおかげだ。敵の首領と、総隊長を殺した滅却師との一騎打ちの戦い。

 

誰もがすぐに敗北する、殺される。そう思っていた中で、彼女が戦い続けているだけで士気は回復したのだ。勝てるかもしれないと、隊士達に希望を与えたのだ。

 

だが虎徹の心は最初から絶望に染まっている。別に、卯ノ花の実力を信用していないわけではない。卯ノ花八千流は剣術において最強、それは紛う事ない事実。

 

しかし、今の卍解が使えない状況で勝てる程甘くない。虎徹には最初から現実が見えていた、見えてしまったから予期できていた。

 

「(卯ノ花隊長が……このままじゃ、死……!)」

 

そして優勢に感じていた中で形勢が逆転したのを感じ取ったのだ。

 

即ち、卯ノ花の敗北。勝敗は最初から決まっていたとも言える、だがそれでも抗うのを卯ノ花は選んだのだ。虎徹もまたそれを送り出したのだ。

 

「ガスが……!!」

 

そして、不幸は連なる。今まで四番隊舎迄の道を遮っていた毒ガスが雷撃で焼き払われ、冷気で吹き飛ばされる。

 

毒ガスが焼けた事により黒煙と変わり、その中を悠々と歩み前進してくる滅却師達を死神達は感知する。

 

「いやー、罪だよなぁ!圧倒的な力の差ってのは、罪だよなぁ!えぇ!そこの死神さんよぉ!」

 

ドリスコールは雷を片手に高笑いをしながら、毒ガスの撒かれていた地域から抜け出す。また、その後ろから続々と滅却師達が現れる。

 

ドリスコール、マスク、バズビー、エス・ノト、バンビエッタ。5人の星十字騎士団とそれに追従する雑兵150人。これを死神の戦力で例えるならば隊長や副隊長レベル5人と隊士150人だ。

 

非戦闘員が大半を占める、四番隊の手に負える数でも怪物でもない。

 

「虎徹三席、増援は期待できません。どうしますか……?!」

 

「時間を稼ぎ続けます。私が死のうと、必ず稼ぎ続けます」

 

不安がる隊士の声を一蹴すると、虎徹は他の隊士の目を見る。卯ノ花隊長の影響で悲観的に全てを捉える者は少ない。ここを持ち堪えさせる程度の力と士気はあるのを確認すると、虎徹は敵を見据え叫ぶ。

 

「隊長が戦っておられるのです!私達が膝を折るのは私が許しません!卯ノ花隊長が敵の首領を撃ち取り帰る場所は、私達が守り抜きます!」

 

それに呼応し、隊士たちは雄叫びをあげ士気を更に高める。普段の彼女からは思いも寄らない姿に心打たれたのだろう、副隊長と隊長の不在時にできる限りの仕事を彼女はやっている。

 

そして、図らずともそれは敵の雑兵を威圧する事に成功している。ユーハバッハと卯ノ花隊長が戦っているのに気づいていても、どういう展開かを読めないからこそでもあろう。

 

「なんかうっさい奴等ね、本気で陛下に勝てると思ってんのかしら」

 

「勝てるわけ無いだろ。というか、もうほぼ陛下の勝ちだな」

 

「ソウダネ。陛下ト戦ッテル隊長ガ弱ッテル、大シタ事無イネ」

 

だが、星十字騎士団の5人は至って平常だ。陛下という絶対的な存在が負けるとカケラも信じていない、そう言うメンツの集まりだからだろう。自分の力を信じているからこそ、それを超えるユーハバッハが負けるはずが無いという事を。

 

「あいつら貰うぜ、オレが強くなるのに必要だからなぁ!」

 

バンビエッタ達はドリスコールが進んで敵を殺していく事に異を唱えるつもりは無いようで、それを好きにやらせる。今の星十字騎士団に下された命令は一つ、尸魂界の蹂躙だ。それを勝手にやろうとしているのだから、無理に動く必要が無いならば3人は動かない。

 

「待て!ワガハイがそれでは目立たん!」

 

「それじゃ、オレが強くなれねーんだよ!!」

 

だが目立つ事を信条にしてるマスクがそれに待ったをかけようとするも、直ぐに雷撃が向かう。

 

先ずは横から削り取って行こう、そう思い放たれたそこには30人ほどの隊士たちが固まっていた。ドリスコールの持つ聖文字はO、能力は『大量虐殺(ジ・オーバーキル)』。殺せば殺す程力が増す能力、そこに向けて奪った卍解を投げつけるのは効率的な攻撃だ。

 

着弾と同時に目を開けるのも難しい閃光と衝撃波が吹き荒ぶ。だが、なぜか着弾したのは地面ではなく空中であった。

 

「あ?んだこりゃ」

 

ドリスコールが目を凝らすと、そこには透明な盾が四番隊舎を覆うように展開されている事に気付いた。今の攻撃がこれに防がれたのはわかるが、着弾し破壊された盾は直ぐに修復されている。

 

「……準備をして、正解でしたね」

 

虎徹は若干疲れの出た声で呟く。

 

断空結界、それがこの結界の名だ。『縛道の八十一 断空』を結界のように重ね、囲う結界である。その防御能力は『九十番代未満の破道の無効化』という程の強固さだ。それを多重に展開するのだ、卍解と言えど簡単に突破はできない。

 

だが、同時に果てしない量の霊力が必要となる。これを個人で展開、維持できる死神は存在しないだろう。だが、個人でなければ可能な事である。

 

透明な盾のドームは四番隊の隊士たちの霊力によって維持されている、ただ各所に置かれた装置に霊力を送るだけで維持できる結界だ。これは元からあったものではなく、虎徹の指示で作らせた防衛システムだ。

 

非戦闘員が大半を占めるこの隊で有効な防衛能力を使うのに、これは適していた。

 

「よえー奴が小賢しい事するじゃねーか、でもよえー奴のやる事なんざ大した事ねぇんだわ!」

 

だが、あっさりと破壊される。虎徹は鬼道に長けた死神というわけではない。この技も急造し、有り合わせで作り上げた理想とはほど遠い試作品であり、様々な触媒を用いて毒ガスで稼いだ時間を使って作り上げた結界だ。

 

しかし、所詮は急造。ある物を用いて作り上げた間に合わせの結界、卍解の力を何発も受けられる程の力は持っていない。

 

「(白兵戦は最終手段、まだ手はあるけど……こんなやり方をしてきたら、どうにもできない……!ここを死守するには、何もかもが足りてない……!!)」

 

そして虎徹は断空結界が崩壊した無茶苦茶な力技を目の当たりにし、慣れない疲労と強張る身体が自分の動きを止めていた事に気づく。

 

この戦力を相手にするのは、荷が重過ぎる。むしろよく持たせた方だ、他の隊では白兵戦が主体だ。白兵戦が主体でない四番隊だからこそ、遅延に徹したからこそ稼げた時間だ。

 

だが、もはや遅延できるような技も罠も無い。

 

「虎徹三席!?」

 

気づくと、虎徹は地面に倒れかけていた。他の隊士の声や自身の気迫で踏み止まり倒れるのは避けたが、それでも膝を折り手を地べたへついてしまう。

 

「まだ、私は……!」

 

虎徹の疲労の原因はシンプルである。霊力を使い過ぎたのだ。

 

仕掛けた罠の数々、だがそれには当然維持するだけの力が無ければならない。他の隊士達も勿論霊力を送っていた、だがそれは展開された罠にだ。いつでも展開されるように準備をしていた罠の全て、虎徹が維持していたのだ。

 

無論一人では無い、だが全ての維持に霊力を送っていたのは虎徹だけである。

 

「無茶をし過ぎですよ!どれだけ結界に霊力を送って……」

 

そして、無理が祟った結果が今だ。霊力の供給が止まり、準備されていた全ての罠が止まる。これが何を意味するのか、わからない隊士達ではない。

 

「お、終わった……」

 

そう呟き、何人かの隊士は完全に戦意を失う。目の前で結界が崩壊された事や新たな罠が使えなくなった事も大きいだろう。だが真に受け入れ難い事実は、首領と戦う卯ノ花の劣勢が平の隊士でも感じ取れるようになった事だろう。

 

「よぉー、死神ども。ひーふーみーのー…80人程度か、中にはもっと居るみてーだし、暫くは楽しめそうだなぁ!」

 

そして、遂に四番隊舎の敷地内に彼等は侵入してきていた。罠はない、戦力もまともに無い。隊長、副隊長は不在。それに次ぐ三席も満身創痍。

 

「先ずは、お前からやるぜ。その方が面白そうだからな」

 

回復を受けている虎徹に向け、ニヒルに笑うのはドリスコールだ。絶望していく隊士達を嬲り殺していくのを快楽としか感じない彼は、虎徹は更なる絶望へ落とす為に最初に殺そうと、ゆっくりと歩み寄る。

 

「虎徹三席、逃げましょう!最早、我々は敗北したのです!貴方まで死なせては、卯ノ花隊長に申し開きできません!」

 

虎徹の治療を行う隊士が必死の説得を行うが、虎徹は首を縦に振らない。

 

ここを放棄し、逃げるのが正しいのかもしれない。だが放棄しては救える命を救えなくなってしまう。

 

そんな葛藤してる間にドリスコールは一歩、一歩と近づいて来る。もう射程内であるにも関わらずに近づいて来るのは虎徹の最期を間近で見る為だろう。

 

「私達は、負けない」

 

それを悟った虎徹は疲労で上手く動かない体を無理矢理立ち上がらせ、今にも倒れそうでありながら力強く叫ぶ。

 

「副隊長が、隊長が!必ず我等を導いてくれます!私が倒された程度で、貴方達は護廷十三隊には勝てない!」

 

そして虎徹は自身の斬魄刀を引き抜く。

 

(はし)れ 『凍雲(いでぐも)』!!」

 

始解した虎徹に呼応するように、四番隊の隊士達は斬魄刀を引き抜く。何人かは始解もするが、他所の隊士に比べれば貧弱と言える。それを見たマスクは敵が弱過ぎる事にガッカリすると、ドリスコールにこの場を譲る。

 

「いいぜ、全員殺すんだからなぁ!」

 

そしてドリスコールの雷撃が四番隊の隊士達へ向けられ、皆が死を感じた時だった。

 

「あ?なんだこ……っ!!」

 

空間に黒い穴、ガルガンダが虎徹達とドリスコール達の間に開かれる。だがその穴を覗こうとした瞬間に、穴から現れた二つの斬撃が飛ばされる。一つは黒く、もう一つは赤い。見るものが見れば分かるだろう、黒い斬撃は月牙天衝、赤い斬撃は斬天焔穹だと。

 

それはドリスコールに直撃し、遥か彼方へと吹き飛ばす。

 

そしてその穴からは二人の死神が現れ、それを目にした者は全員目を見開く。

 

理由は様々だ。

 

「黒崎一護、死神代行か!?」

「卍解を使ってないか?奪われないのか!?」

「何故、あそこからあの人と一緒に……?」

 

そのうちの1人である黒崎一護にも勿論驚いている。だが、四番隊の隊士の誰もが驚いているのはその隣の死神だ。

 

その死神がこのタイミングで来る事を予期していなかった者、その死神が斬魄刀を引き抜いている事に驚いている者、それ以前に戦える事に驚いている者が多いだろう。

 

「虎徹三席。副隊長の仕事、押し付けて悪かった」

 

服は少しだけ焼け焦げてるが、その逞しい声と背中は虎徹の待ち望んでいた死神だ。また、隣の死神もまた護廷十三隊が待ち望んでいた希望だ。

 

死にそうな目をしていた隊士達の顔に、光が差し込んでいる。目の前で敵の幹部を吹き飛ばしたのも大きいだろう、虎徹は土壇場で卯ノ花隊長の目論見通りになった事に安堵すると途端に力が抜けて地面へ足を下ろす。

 

「萩風副隊長……!!」

 

そして、萩風と黒崎は事態の深刻さをすぐに悟る。黒崎は阿散井恋次や朽木ルキア達、顔見知りの死神が軒並み瀕死なのを感じ取っているようで、苦虫を噛み潰したような表情をしている。

 

萩風もまた似たような表情だ。ここまで被害が出るとは思いもしてなかったのだろう、特に現在戦い弱っている自身の隊長の霊圧を感じ取ったのか、黒崎の方を見ずに呟く。

 

「黒崎、卯ノ花隊長の方を任せていいか?」

 

「……わかった、任せてくれ」

 

黒崎は目の前の軍勢を見る。「俺もやる」そう言おうと考えたようだが、萩風の静かに燃える闘志を感じたようだ。元から敵の首領であるユーハバッハを倒すつもりである黒崎は卯ノ花の元へと向かう。

 

「縛道の六十二 百歩欄干(ひゃっぽらんかん)

 

それを追いかけようとする滅却師も居たが、萩風はそれら全ての雑兵を六角柱の形をした物体で撃ち落とす。黒崎の邪魔をさせない……というよりは、ここから逃す気は無い。そんな意味を込められた鬼道を放つ。それにより黒崎を追いかける愚行をする滅却師はいなくなった。

 

「虎徹三席達はしばらく休んでくれ。後の事は副隊長の仕事だ」

 

それを確認すると、萩風はギロリと敵を睨みつける。

 

数にして150の雑兵と5人の怪物。相対するは、護廷十三隊の副隊長1人。

 

この戦いがどちらが優位かは明白、にも関わらず四番隊の隊士達に、特に虎徹勇音には恐れはない。

 

「……お任せしました」

 

その言葉を呟き、虎徹は安らかに気を絶っていた。

 

☆☆☆☆☆

秀才が天才を超えることはあり得ない。

 

それが萩風の持論であり、世の理と言っても過言でない程の事実である。

 

世を回し、皆の先を行き、新天地を見つけ出す存在、それが天才だ。今迄にない物を作り出す、今まで出来ないのが当たり前の事をこなしてしまう。それが天才だ。

 

秀才とはその道を模倣し、天才の後ろを歩く凡人の事だ。先を進み続ける天才に、追いつくはずもない。天才の境地に辿り着けても、その時には既に天才は新たな境地に辿り着く。追いつけるのも追い越すのも、天才を超える天才だけだ。

 

秀才は凡人の延長線、秀才は天才となるセンスが無かった出来損ない。秀才は、センスを磨けても天才のそれに圧倒的に劣ってしまうから、敵わない。

 

だが天才とは産まれてから天才である者と、産まれた後に天才となる二つのパターンがある。前者はまさしく、天の贈り物だろう。

 

だが後者は違う、後者は学び吸収し新たな境地を見出す者だ。見出せないのが秀才だ。

 

しかし、模倣するだけで天才にはなれない。天才とは、新しい事を常に行い続ける存在の事だ。

 

そして、萩風が行ってきたのは全て模倣である。書かれていた高難易度の術を覚えた、世界最強の剣豪の剣術を学んだ、医療術を学んだ、だがこの世に無かったような革新的な新たな物を作れない。

 

いや正確に言うと過去に天才が作ったものをアレンジしたオリジナルに近いものはある。だが萩風は全く新しい力を、術を、薬を、創造できない。その境地に至れない。萩風カワウソは浦原喜助や涅マユリを超える存在にはなれない。

 

彼では時代を作れない。

 

萩風カワウソは斬魄刀において、隊長格には遠く及ばない。

 

萩風カワウソは鬼道において、藍染惣右介には遠く及ばない。

 

萩風カワウソは回道において、卯ノ花烈を超える一番にはなれない。

 

萩風カワウソは薬剤において、一番であっても歴史に名を残すような死神ではない。

 

これら全てが萩風の思う、自身の実力である。そして、概ね正しい。

 

後者三つは、紛れのない事実である。回道において、絶対に超えられない壁を萩風は超えることが出来ないからだ。そして薬剤に関しても、今の尸魂界においては一番というだけだ。天才が現れてしまえば立場は逆転する、何故なら萩風は秀才だからだ。

 

単に時間をかけて一番になっただけで、天才ではないのだ。

 

後者の三つにおいて、萩風は秀才なのだ。

 

だが前者の一つにおいて、萩風は自身が凡人という勘違いをしてるとは気づいてない。

 

卍解の先は無い、だが知らない。九十番台の鬼道を詠唱できる隊長格は少なく、ましてや複数扱える者なぞ藍染惣右介や浦原喜助程度だ。どちらも天才だ。鬼道において、萩風は後追いに過ぎない。

 

だが、斬魄刀において彼はその道の先を歩む者がいないのを知らない。涅マユリという天才の先へ行っているのを知らない。

 

萩風もまた、道を切り開く天才の一人なのを自覚していない。

 

それを誰もが、萩風自身も見誤っているからこそ気づかれない事実なのである。




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