卍解しないと席官にもなれないらしい。   作:赤茄子 秋

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過去最高……12000字超えてた……。

暇な時間にゆっくり読んでください。

☆☆☆☆☆
前回までのあらすじ

滅却師と護廷十三隊の全面戦争が始まり、護廷十三隊は一度目の侵攻で総隊長の死を含め多数の被害を出してしまう。

そして中央四十六室は次の戦いに備え、護廷十三隊の総隊長に卯ノ花八千流が抜擢される。そして繰り上がりで四番隊の隊長となった主人公、萩風カワウソ。しかしその彼の最初の任務は更木剣八と殺し合いをする事であった。

卍解を使い更木剣八へと対抗する萩風、果たして勝負はどうなるのか……!!

一方その頃、黒崎達一行は霊王宮のお風呂でのんびりとした後、たらふく美味しいご飯を食べていた(原作準拠で嘘は言っていない)!!


28話 舞台前の役者達

「これで、一先ずは終わりですね」

 

集まった書類をトントンと整え、纏めると軽く伸びをする。目の前では最後の確認をする山田花太郎が目を通し、おおむね大丈夫なのを把握すると笑顔でデスクワークをしていた上司へと待ち望んでいた終了の合図をする。

 

「はい、お疲れ様です。虎徹副隊長」

 

卯ノ花が総隊長を拝命するのと同時に繰り上がりで任された役職。彼女自身は他の副隊長に引けを取らない実力を持っているのだが、未だに腕にある副官の証である腕章には慣れていないようだ。

 

そして目の前の同時に昇級した山田花太郎もまた、慣れていないようだ。

 

「山田三席も無理をしないでくださいね、私達の戦いはこれからですから」

 

笑顔をむける虎徹に「は、はい!」と元気良く返事をすると、そのまま山田三席は部屋を後にする。

 

「……戦争、ですもんね」

 

虎徹はそのまま椅子に腰掛けていると、先ほどの言葉を頭の中で反芻させていた。ほかに相応しい人は居そうで、自分以外でも務まるんじゃないかと思ってしまうほどに、片腕が少しだけ重く感じている。

 

「私が……副隊長」

 

彼女はそう呟くと、立ち上がり部屋を出る。今は非常時だ、ゆえに周りで皆が忙しなく動いているのがわかる。仕事は終わらせたが、何かをしないといけないのではないかという使命感と責任感に駆られてしまう。

 

落ち着かない。落ち着けない、落ち着けるわけがない。繰り上がりとはいえ副隊長になり、現状の四番隊のトップとしての重圧がのしかかる。

 

逃げたい、助けてほしい、側にいてほしい。

 

「……今日は、疲れたのかな」

 

いつもと違うからこそ、日常が呼び起こされていたのかもしれない。

 

任された仕事の大半を終わらせた彼女は何を思うのか、その部屋に入った。彼女自身も滅多に入らないその部屋、物が少ない落ち着く部屋。

 

畳と少ない家具だけの部屋、萩風の私室だ。

 

中は大して物もないが、だからこそ落ち着ける。座布団を一つ拝借すると座り込み、手で身を抱える。

 

助けてほしい、こんな弱々しい所を見せるわけにはいかないからこそ支えてほしい。いきなり任された大役、虎徹はまだ心の準備はできていなかったのだ。

 

萩風と卯ノ花という2人が常に上にいたからこそ、準備する必要が無かった。でも、必要になってしまった。負けたくないが、負けてしまいそうな心細さを感じてしまう。

 

この、部屋は落ち着き過ぎる。

 

だからだろうか。彼女が、ふと違和感に気づけたのも。

 

「……、何かある」

 

彼女はたまたま座り込んだ座布団の中に隠されている封筒を見つける。そこには小さく『萩風カワウソ』と書かれ、表紙には大きく遺書と書かれている。

 

「これって」

 

これは見なくてはならない物だろう。だが何故だろうか、見てはいけない気がしている。

 

そこに覚悟が見えてしまいそうで、その覚悟にどれだけの執念を燃やしているのかを感じてしまいそうで、その執念にこの遺書を書いている萩風が思い浮かんでしまうそうだからだ。

 

だがそれでも、虎徹は手に取った。それを机に置いて何分迷ったか。はたまた数時間経っていたのかもしれない。

 

ただの文字の羅列、そうは割り切れない。だが彼女は意を決し、その紙をゆっくりと開いた。

 

『初めて遺書という物を書く。これを書くのは何処と無く無邪気な男の心を擽るようだが、それ相応の覚悟が必要になったという事と思うと筆が止まる。腕に隊長としての重石がのしかかったようで、これから書く字が読みにくくなるかもしれないが許して欲しい』

 

中にはそこそこの量の文字が書かれ、途中で何度も迷いながら書いたのだろう。滲んだところもあれば、墨の乾き具合も若干違っている。

 

今にもこれを書いている萩風の姿が脳裏に浮かんでしまう。

 

「大丈夫ですよ、貴方の字は何度も読んできましたから」

 

最も彼と共に同じ時間を過ごしたのは間違いなく、今総隊長を務める卯ノ花だ。しかし、仕事を最も共にしたのは間違いなく虎徹勇音だ。何度も見る癖のあるが力強い字から、彼が幾度も考え抜きながら言葉を選んでいるかがわかる。

 

いつもは殆ど仏頂面で、四番隊の隊士達はその姿を遠巻きにしか見てこなかった。

 

しかし虎徹は知っている。卯ノ花と戦っている最中に死力を尽くして挑む彼を、傷つくのも傷つけるのも嫌で仕方がない彼を、油断している時はいつもの作られた口調が緩む彼を。

 

『これが誰かに読まれてるなら、俺は既にこの世に居なくなってる……と思う。生きててうっかり処分をし忘れたなら、黙って燃やしてくれると助かる』

 

そして何処かで弱気な彼を、彼女は知っている。

 

『思えば、護廷十三隊には500年以上死神として務めてきた。いつのまにか俺より古参な死神は隊長達くらいで、副隊長では雀部しか先輩は居なかった。ずっと何処かで孤独感を抱えていたのかもしれない、周りとの溝に』

 

萩風と虎徹が初めて出会ったのは200年程前の時だ。その時の彼を見た時の事は虎徹も覚えている。

 

猛獣、表すならそんな言葉だろう。繊細さが大切な回道を、こんなガサツそうな男の死神から教えてもらえるのだろうかという不安があった。

 

だがそんなものは杞憂であり、彼が師になってくれた事で彼女自身は大きく成長出来た。だからこそ、彼の感じる孤独も近くに居たからこそ少しだけだが感じていた。

 

副隊長という地位に抜擢され、周りとの温度差に苦しんでいたのだろうと。だからこそ力が必要だったのだろうと、自身の存在を証明するために。その努力で得た力がたとえ、四番隊に相応しいかも考えずに。

 

彼が欲しかったのは、副隊長という地位ではない。欲しかったのは、その先の力とそれを自分だけが理解できていれば良いという謙虚な姿勢だったのだと。

 

『でも今はそんな事は思わない。卯ノ花総隊長から様々な事を学んでから変わった。俺が虎徹勇音を弟子にした時も、副隊長に就任した時も、初めて卍解を身につけた時も、俺の全ては……卯ノ花総隊長から始まり、様々な人と関わり今に至ったのだと思っている』

 

それを読むと、何故かズキリと心が痛む。今迄は彼女という人間性ゆえに感じる事の無い感情、自身の自信なさゆえに感じる事の少ない感情。

 

「(あぁ……嫉妬してるんだ、卯ノ花総隊長に)」

 

ズルイ、というこの感情。萩風に出会い、彼を育て上げたというのが何となく羨ましいのだ。目の前で今の萩風に至るのに、どんな苦難の道を乗り越えてきたのかを見てきた事を。

 

少しだけ可愛く頰を膨らませ、また虎徹は先を読み続ける。

 

『俺が死ぬ時は、どんな最期なのかは何となくだが予期できる。更木剣八と戦い喰い殺されるか、ユーハバッハに立ち向かい帰らぬ人となる時のどちらかだと思う』

 

ピクリと、虎徹の目が文字を追うのを止める。死という文字が初めて現れたからだろう。覚悟はしてたのに、何故か指に力が入らない。遺書がスルリと落ちてしまいそうなのを何とか踏ん張り、数回深呼吸をする。

 

気持ちの覚悟はできていたと思っていた。だが、この人だけは死なない人だと思っていた。いつもボロボロなのに、なんて事のないように振る舞うこの人は真の意味で死神に至っているのだからと。

 

『本音を言えば、戦うのは恐ろしい』

 

知っている、傷つくのも傷つけるのも怖いから。

 

『だが、それ以上に戦わないで失う事の方が何倍も恐ろしい』

 

知っている、教えてくれたのは貴方だから。

 

『戦え、戦わなければ生き残れない。俺の死をどんな形に捉えても良い、だが何かを奪わせない戦いを、これを読んだ者にはして欲しい』

 

『戦え』その文字は特に力強く書かれている。何を思い彼が戦地へと向かうのか、何を思い自分達を守っていたのかを。虎徹は近くで見て、教わってきたからこそ、その意味を感じ取れている。

 

頰を数滴の雫が伝っていく。それは真下にある手紙を濡らしていき、僅かに墨を滲ませる。抑えてなければならない、まだまだやるべき事は残っているのだから。

 

「だめ、まだ……私が、頑張らないと」

 

抑えていなければ、何もかもを投げ出してしまいそうになってしまうから。

 

そして最後の紙をめくる、最後の紙は他の紙と違い少ない量の文字だけが緊張の糸が切れたような字で書かれている。それはたまに亡き雀部と文通する時のような力が程よく抜けた文字である。

 

『追伸 何か似合わないカッコよさげな遺書になったのは気にしないでください』

 

それはこれを読んで気を沈ませた者を気楽にさせる為の言葉だ。虎徹を泣かせないように隣で言われてるようで、励まされてるような気分になる。

 

「私って、本当に単純なんだろうなぁ……」

 

気負い過ぎるな、でも全力で頑張れ。そんな励ましの言葉が隠れた手紙を、虎徹は懐に仕舞い込む。何処か胸の内側がじんわりとあったかくなり、安心感に包まれていく。近くにいるようで、遠くにいるのを感じるのだ。

 

「これくらい、良いですよね。だって萩風さん、またいつも通りに生きて帰って来るんですから」

 

珍しく少しだけ狡い女の子は、必要の無くなる物を自分の物にするのであった。

 

☆☆☆☆☆

 

焦がれる、まだまだ殺し足りない。どれだけの刃を受けようと、どれだけの敵を屠ろうと、まだ足りていない。

 

目の前の男、それは間違いなく滾るこの闘志を焼きつくさせられるだけの存在。卍解という必殺技を使われ、既に8割以上の敵を殺すが未だに健在の存在。

 

だがそれでも最強は己、斬れぬものなぞ存在しない。だからこそ、負けるはずがない。

 

どれだけ傷つこうと、必ず斬る。

 

「ウォォォォァァァ!!」

 

そしてなおも、獣は飛びかかる。幾多の攻撃を受けようと、標的と斬り合うのを楽しむために。

 

「剣ちゃん!」

 

しかし、背後からの声に体がピタリと静止する。戦闘中の更木剣八へこんな事をして無事で済まないのは護廷十三隊の常識だろう、不粋な真似をしたのは誰なのかというのが止まった理由の一つである。

 

そしてもう一つは聞き慣れた声であり、本来ならばここに居るはずがない死神の声だからだ。

 

彼女ならば、戦いの邪魔なぞする筈がないからだ。

 

「やっとこっち向いてくれた!剣ちゃんったら、斬る相手しか見てないんだから!」

 

草鹿やちる、更木剣八が隊長を務めている十一番隊の副隊長である。外見はいつもと変わらない桃色の髪に死覇装なのだが、いつもとは少しだけ雰囲気は違う。更木もそれには気づくが、それを意図的に無視する。

 

今は戦いの最中で、それが最高に楽しいからだ。

 

「うるせぇぞやちる、黙ってろ。俺がこいつと殺り合って……?!」

 

しかし、辺りは変わっていた。標的、萩風カワウソはどこにもおらずましてや場所が荒野へと変わっている。この世界には、2人しかいないのだ。

 

夢のような戦いではあったが、夢ではないのはわかっている。

 

「何処だ、ここは。おいやちる、萩風のヤロウは何処だ。俺はまだまだ満足してねぇんだ!」

 

だからこそ、更木はこの場をつくりだしたであろうやちるへと問いかける。この場に変わるまでと違うのは彼女が現れた事くらいしかないのだから当然であるが、やちるはそれについては答えずに話し始める。

 

「駄目だよ剣ちゃん、ウソウソまだまだ元気だし。もうこのままじゃ剣ちゃんが負けちゃうよ!」

 

「あぁ!?俺が負けるって言いてぇのか!?」

 

更木は自身とは最も長い間を一緒にいる彼女が自身への敗北について言及するとは思わず、この場の事から頭が吹っ飛びやちるに対してギラギラとした怒気をぶつける。

 

しかし

 

「剣ちゃんが負けるわけないじゃん!」

 

その怒気は直ぐに霧散する。

 

更木はここで初めて、しっかりと草鹿やちるを見た。そして先程感じた違和感をしっかりと感じ取った。今までは感じた事もなかった、声だった。

 

目の前からも確かに聞こえる。確かに聞こえるが、二つの声が重なって聞こえてくるのだ。今迄は感じなかった声、それは更木剣八の手に持つ刀から聞こえてきていた。

 

今迄は無視していたというわけではないのだが、夢中になる彼は感じとれなかったのだろう。その手に持つモノから聞こえてくる声を。

 

「剣ちゃんが私をちゃんと使えるなら、誰にだって負けないんだから!」

 

今迄ずっと近くにいた彼女は、誰よりも近くにいたのだった。

 

そしてボロボロのナマクラは斬魄刀へと、昇華したのだった。

 

☆☆☆☆☆

 

パタリと倒れる怪物、その周りは血で溢れた地獄絵図だ。

 

「はぁ……はぁ……ギリッギリじゃねぇか」

 

更木剣八との殺し合い(一方的)結果は俺の辛勝だろう。

 

ちなみに俺の全身は血塗れ、汚れてない所が無いほどだ。傷はある程度治せたが、致命傷になる程の深い傷は完治できていない。更木隊長を治しながら3日も戦っていれば、流石に限界が来たようだ。

 

床に座り込みながらゆっくりと呼吸を整えるが、口の中は血の味と嫌な固形物を感じ上手く吸えない。

 

吐き出すと血の塊と肉の塊、唾液が混じってるのか疑問に思う程の真っ黒な血が吐き出されている。それでも何とか呼吸は楽になった、過去最高にボロボロだ。

 

これでも生きてる辺り、俺もそこそこ隊長格に近付けているという事なのかもしれない。

 

そして、横目で倒れ込む更木隊長を見るが地面に突っ伏したまま動かない。息はあるし、拍動も聞こえるから生きてはいるのだろう。

 

しかし、とんでもない怪物だ。

 

何が怪物かって……始解もせずに、100人の俺を相手にその殆ど全てを殺しきったのだ。あ、補足すると俺の数少ない特技である斬魄刀の見分ける力で始解をしてるかどうかはわかる。

 

自分で斬魄刀を折って治してから目覚めた力だが、まさか十一番隊の草鹿やちる副隊長が斬魄刀とか思わないよね。俺も似たような事しようとしたけど出来なかったから、更木隊長は半端ないです。

 

そして、全力の卍解ですら更木隊長から始解も引き出せなかった。

 

ちなみにオリジナル含めて7人以外皆殺し……ふざけ過ぎた怪物だろ。二度と戦いたくない。

 

と言っても、もう勝負はついた。更木隊長ならほっといても死なない自信がこの戦いでついたが治療をしておかないと。いつ滅却師達が来るかもわからないんだからな。

 

「書いた遺書、書き直すべきかな」

 

一応、こっそりと仕舞ってるから見られたら恥ずかしいんだよな。今のうちから見られたり……しないよね?そんな都合よく誰もいない部屋で座布団に座ったりして見つかったりしないよね?そんな事しないよね?

 

……何だろう、嫌な予感がする。念のために、後でこっそり処分しとこう。

 

うん、さっさと帰ろう。もうクタクタだわ。

 

「…ちる……テメェ、……だったのか」

 

「……は?」

 

寝息?いびき?違う、そんなわけない。そうだったら良かったのに、そうだったなら俺の心はどれだけ平穏を保てたのか。目の前で先程とは比べるのも馬鹿らしくなる霊圧を放ちながら、刀を身の丈を超える程の鉈に変えて立ち上がる。

 

え、もう体力残ってないのに?

 

()め 『野晒(のざらし)』」

 

「っ……!?」

 

その大鉈が薙ぎ払われ、俺の視点がズレる。世界がズレるって言うのが正しいのかもしれないが、真横に落下していくような感覚で……。

 

受け身を取ろうとするけど、何故か手の先が動く感覚がしない。

 

「あ、れ……?」

 

そして目の前に、下半身が転がってる。

 

更木隊長はそのまま地面に倒れたが、何が起きたんだ……?!

 

確かなのは……異様な寒さが、体の中を駆け巡っている事。咄嗟に発動しようとした卍解・改は間に合わなかったのか?殺意を受けるより先に、体が斬り裂かれた……?

 

なんで斬られたのがわかるのに、なんで斬られて倒れてるのがわからないのだろうか。回復したいのに腕は転がってて……あ、そもそも体力も尽きてるか。

 

何だか分からないが、何でだろう。死にそうになってるのに、何処かで死なないって何かに言われてる。焦り続けて発狂する自分がいるのに、リラックスしている自分がいる。

 

だからかもしれないけど、何が起こったがわかっても自分の事を分かれていない。

 

「か、い……?」

 

何かが燃え尽きていく。消えたことの無い何かがゆっくりと消えていき、煙のように掴めない物が引きずられていく。

 

そんなよく分からない感触を感じながら、意識は闇の中へと引きずり込まれていく。

 

☆☆☆☆☆

 

青い炎に包まれた殺風景な砂漠だけの世界、襲撃された虚圏。数多の死体が放置されていたその場所も全て回収、供養されている。青い炎も虚圏の王、そして浦原喜助の両名によって直々に消し止められ、崩壊した建物以外の環境は元に戻っている。

 

そしてここでする事を終えた王、ウルキオラ・シファーは旅立とうとしていた。

 

「ハリベル、ここは任せたぞ」

 

ハリベルの「はっ、お任せを」と言うのを確認すると、ウルキオラは灰色の外套を翻し別れを告げる。ここから先の戦いに付いて行けるのは虚圏ではウルキオラだけだ、負傷し回復の終えていないハリベルには荷が重い。

 

故に、虚圏から旅立つのはそこの王であるウルキオラだけである。付き人は居ない。

 

「準備は万端みたいっスね」

 

「あぁ。そっちこそ、契約は覚えているな」

 

「モチロンっスよ。こっちの準備は問題無いです、後はウルキオラさん達次第っス」

 

そして浦原喜助は既に虚圏からの扉を開き、準備を済ましている。最後の確認も問題無く、いつでも虚圏を飛び出す事はできる。

 

「本音を言えば、時間が足りない。だがそんな悠長な事は言っていられない」

 

しかし、ウルキオラにはまだ時間が足りていない。萩風の応急処置と井上織姫による治療で傷は治った。だが完治はしておらず、井上の異能でも治せない傷が未だに残っている。他にも切り札の解放もあるが、時間はやはり足りていない。

 

それでも、今を逃せばチャンスは殆ど無くなるのだった。

 

「こいつを連れて行く必要が、あるんだな」

 

そして浦原喜助が先程述べたように連れて行かれるのはウルキオラ1人ではない。付き人の破面でも、虚でもない。

 

「んだよ、文句あんのか」

 

「俺には無い」

 

同行人の滅却師、リルトット・ランパードは悪態を吐くが実力差はわきまえているようで思いのほか反抗心は小さい。同じ目的を持つ仲間という事もあるのだろうが。

 

「えぇ、まぁ……現状では彼女がいるかどうかで尸魂界の未来が決まるかもしれませんね」

 

浦原は具体的な事を濁しながら話すが、それでも重要な事なのだろう。彼は護廷十三隊の天才、涅マユリを超える天才。ウルキオラ達の思いもよらない事を考え、思いもよらない秘密を知っている。

 

「別に、ジェラルドみてーな大した事はできねーぞ?」

 

「大丈夫っスよ!大した事ないのはわかってますから!」

 

屈託しかない笑顔を向ける浦原、それに謙遜したつもりで言った滅却師でも上から数十人に選ばれる精鋭であった彼女のプライドが大きく傷つく。

 

そして、左手に矢を装填する。

 

「殺す」

 

「待て」

 

それをウルキオラは後ろからがっちりと押さえ込み、捕縛する。

 

「離せぇぇぇ、ウルキオラァァァ!こいつは殺す!それとその持ち方すんな!俺の身長が低いって言いてぇのか!!」

 

この少女萩風の時でも察せられたと思うが、沸点が低い。ウルキオラに押さえつけられているが、ガチギレである。また、両腕を抱えて持ち上げられて子供のように扱われてるのもイラついているようだ。

 

足を振り回して必死に拘束をとこうとしているが、今のリルトットに為すすべはない。

 

「俺との契約がある、それまでは死んでもらっては困る」

 

「アッハッハ」

 

「それでもやっぱ殺す!笑うんじゃねぇ!」

 

自分に対して攻撃されそうなのにも関わらず、子供のように扱われる姿に扇子を持ちながら爆笑する浦原。心なしかウルキオラとリルトットの距離が近づいたようだが、それを狙っていたのかは定かではない。

 

不安で不気味な胡散臭い奴なのだ。しかし、それも作られたキャラクターだ。本当の彼の姿を見せるのはほんの一部の人間のみの、信用ならない奴。

 

それでも、彼の情報と契約は信用に値する物である。

 

そして流石にふざけ過ぎたと思ったのか、彼は「じゃあ、そろそろ冗談はこれくらいにしておきましょう」と一声かける。それにリルトットは仕方なく矛を収め、ウルキオラもやっとかという風にリルトットを下ろす。

 

「後で殺す」

 

まだ矛はしまいきれていないようだが、2人の準備は万端である。浦原も苦笑いをしてるが、そろそろ時間である。浦原喜助の計算が正しいならば、直ぐに最後の準備をしなければならない。

 

「まぁまぁ……行きましょうか、霊王宮行き片道列車の旅に」

 

3人はその切符を手に入れる為、尸魂界へと旅立つのであった。

 

☆☆☆☆☆

 

無間の扉の前の長い廊下、本来ならここに立ち入るのは禁止されている場所で2人の死神は扉から出てくる者を待ち続けている。

 

兵主部 一兵衛、和尚と呼ばれている零番隊のリーダー。萩風を上に連れて行くために待機を続けている。

 

もう1人は二番隊の隊長、砕蜂だ。護廷十三隊でも指折りの実力者であり、隠密機動も束ねている。そんな彼女と和尚の雰囲気は、一言で言えば最悪であった。

 

「儂だけでもええんじゃぞ?隊長とて暇じゃあるまい」

 

「私はやるべき仕事なら済ませている、今の私のすべき事はここにいる事だ」

 

敵意を正面からぶつける砕蜂に、和尚もやれやれといった様子である。いくら言っても、何を言っても砕蜂の警戒がなくならないのだ。

 

名目上は和尚の滞在中の付き人としてだが、明らかに付き人のしていい態度ではない。砕蜂も多少は融通が利くのだが、こと萩風カワウソと四楓院夜一においては全く融通の利かない死神へと変わってしまう。

 

「何度も言っとるじゃろうが。儂は萩風を連れて行くだけで、霊王様の命令に従っとるんじゃて」

 

「貴様は先程から、連れて行くと答えるだけで送り返すという言葉を使っていない、帰れない可能性もあるのだろ。ならば私は反対する」

 

「儂が言ったところで、何の保証にもならんのだぞ?」

 

「気休めにはなる、言質も取れる」

 

言質は取れないと言ってるのだが、先程からこのようなやり取りがずっと続いている。数時間もこんなやり取りをしていれば、流石の和尚も精神的にやや疲れてしまうが砕蜂は疲れた様子は無い。

 

「頑固じゃな、モテんぞ」

 

「有象無象に対してどう思われようが何とも思わん」

 

どう言っても言い返す、そんなやり取りを繰り返しているのだが先程の和尚も少しだけめんどくさそうにしている。それでも少しは真面目に返している、それは砕蜂の不安も理解しているからだ。

 

何処ぞのいつもは上にいる輩に急に仲間を連れて行かれてしまうのだ。何も思わない方がおかしいだろう。

 

そんな不毛なやり取りを続けていると、和尚が扉の方へと目を向ける。まだ扉は開いていない、中の様子がわかるはずもないのだが「ん?終わったか」と和尚は呟き扉の方へと歩みだす。

 

最初は気づかなかった砕蜂も慌てて追いかける。そして彼女が扉の前に立った時に見計らったように、門は開いた。

 

「あれは……」

 

パサリ、パサリと草履でゆっくりと歩く音が暗闇の奥から聞こえてくる。フラフラとしたその足音は途切れ途切れのゆったりとした物で、一定のペースで歩けていない事からいかに疲労しているかが伺える。

 

中からはむせ返る程の色濃い血の臭いが漂い、砕蜂も少し顔をしかめるほどだ。一体何人で殺し合いをすればこれだけの惨劇の後のような血臭がするのだろうか。

 

「どうやら、2人とも生きとるな」

 

和尚は呟くと、奥からゆっくりと歩く者を砕蜂はやっと視認できる。微弱過ぎて感じるのが難しかった霊圧を、やっと感じる事ができる。

 

ボロボロで真っ赤に染まる死覇装と隊長の羽織、見ていられないほどに疲労困憊な彼は歩き続けている。砕蜂は確かに、待ち望んだ霊圧を感じる事が出来ていた。

 

「待っていたぞ、萩風……!?」

 

だが、彼は覚束ない足取りをついに崩し扉を目前にして倒れ込む。咄嗟に砕蜂が隣から肩を貸すが、間近で見る萩風の状態はギリギリとしか言えない状態であった。

 

「あ、ぁぁ……砕蜂さん?」

 

貸した肩に感じる歪んだ腕の骨の形とべったりとした血の感触、曲がってはいけない方向に曲がった片足の脛、肺呼吸をするたびに苦しそうに動く胸を見ると肋骨が殆ど折れ、満身創痍としか言えない状態であった。

 

「って事は、生き……あれ、何で生きて……?いや、死……?」

 

青い白い顔が更に蒼白していく。目がボヤけているようで、今にも眠ってしまいそうな顔をしている。

 

「馬鹿を言うな!貴様は生きている、私が保証する。大丈夫だ、貴様が信用する私が言うのだから間違いはない!!」

 

砕蜂は「待っていろ、直ぐに四番隊に運んでやる!それまで耐えろ!」と励まし続ける。今の萩風の負傷は酷すぎる、萩風レベルの回道の使い手でこの様なのだ。致命傷は幸い見当たらないので死にはしないだろうが、一刻も早く萩風を安心できる場所に運びたい気持ちを抑えつつゆっくりと持ち上げようとする。

 

が、それを見兼ねた和尚は思いの外重傷に「やれやれ……相当、消耗しとるな」と呟くと萩風を砕蜂よりも早く持ち上げ、治療を簡単に始める。砕蜂に回道の心得は殆ど無いが、それでも幾分か萩風の表情が安らいだのは理解できる。

 

「時間も無い、このまま連れて行った方が治るのも早いじゃろう」

 

しかし、和尚は四番隊に連れて行くつもりはなかった。そのまま萩風を抱えると、直ぐにでも上に向かおうとする。

 

「待て、萩風は帰ってこれるのか!?それだけでも言え!」

 

しかし、砕蜂はそれを予期し先回りし和尚の行く手を阻む。瞬歩は圧倒的に零番隊の死神達の方が速いのは把握している。ならば先回りし抵抗をする事はできるのだ、それが小さな反抗で簡単に突破されてしまうと知っていても。砕蜂は気づけば体が動いてしまっていたのだ。

 

「どいた方が、良いぞ?」

 

「っ……!?」

 

そして、和尚は初めて少しだけ霊圧を開いた。片鱗とはいえ砕蜂とは桁違いの年月を生きる最強の死神の力を感じ、身が強張る。意味がない抵抗なのは、わかっている。ここで抵抗をしなかったら丸く収まる。

 

だが、抵抗をしなければ砕蜂の信念が許せない。砕蜂は自身の持てる力の霊圧を全て開き、徹底抗戦の意思を見せる。

 

一触即発、そんな状況の中で

 

「大丈夫ですよ……砕蜂さん」

 

萩風が消えそうな言葉で呟き始める。

 

霊圧を感じ起きてしまったのか、砕蜂の怒りと恐怖の入り混じった霊圧を。それを落ち着かせようと、場の状況も何も把握できていない萩風はまたゆっくりと呟き始める。

 

「これ終わっ……たら、またご飯でも行き……ま……」

 

約束を言い終える前に、萩風は眠りについてしまう。弱々しい声はゆっくりと消えていった。そしてそれに合わせるように、砕蜂のトゲトゲとした霊圧は収まっていった。何処と無く霊圧も優しさと丸さを感じ、それを理解した和尚は無言でその場を立ち去っていく。

 

萩風は言い終える前に眠ってしまったようだが、砕蜂は確かに消え入りそうな声をしっかりと聞き取った。

 

だから、信じる事にした。零番隊も霊王も信用していない、だが彼を信じて待ってみる事にした。

 

「最高級のを準備してやる。だから……必ず帰って来い」

 

彼が約束を反故にしたことなぞ、一度としてないのだから。

 

☆☆☆☆☆

 

時間は萩風達の死闘より、2日遡る。とある流魂街の外れの森で、その2人は空を見上げる。

 

「ったく、めんどくセーな。死んだら楽になるって聞いてたが、仕事ばっかじゃねぇか」

 

打ち上げられていく黒崎達を乗せた天柱輦を見上げる男達は、死神のような霊圧の濃さを持ちながらもそれとはまるで異なる格好をした2人である。

 

現世の言葉で表すならヤンキー、不良などだろう。だが彼等は共に、死神に殺された者達だ。

 

死後の世界でここまで強い魂も珍しいだろう。だからこそ空高く飛んで行く柱の打ち上げを行った彼女に拾われたのだが。

 

「そういや、この後にもう1人来るらしいな。月島、どんな奴かわかるか?」

 

黒いジャケットを着た男、銀城(ぎんじょう) 空吾(くうご)は指先でペンダントを弄りながら隣の長身の男へ問いかける。見た目は白いワイシャツにサスペンダーという格好をするこの男の名は月島(つきしま) 秀九郎(しゅうくろう)、銀城と共に現世で黒崎達に殺された完現術者(フルブリンガー)だ。

 

その月島は「ちょっと待ってて」と言うと記憶の引き出しを開け始め、いくつかヒットする。

 

「石田雨竜や朽木白哉の記憶にあるね。萩風カワウソ、護廷十三隊の副隊長らしいよ。上に連れてかれる人の中じゃ……一番の実力者かな」

 

クスリと笑う月島。それに「マジかよ」と言う銀城。理由は上に連れて行かれていく者達の中でも己を殺した黒崎すら越えるのに驚いている。

 

「上に連れてかれてんのはお前を殺した隊長もいんだぞ、他の奴らよりもそんなにか?」

 

だが他にも護廷十三隊の中でも指折りの実力者が上に送られているのだ。月島を殺した朽木白哉、天才である日番谷冬獅郎という隊長達も連れて行かれているのだ。

 

「少なくとも、黒崎を一度殺した虚圏の王と対等にやり合えるだけの存在らしいよ。護廷十三隊でも戦えるのは限られてると思うし、出来る限り敵に回したくないかな」

 

月島にここまで言わせる相手はそうはいない。銀城は考えを改めた。先程の越えるという表現は甘い、凌駕しているという方が適切なのだと。

 

虚圏の王ウルキオラ・シファー、彼の劣化品とは言え崩玉を使った進化に対応できる死神なぞ護廷十三隊に居ても1人か2人だ。卍解状態の黒崎をその二段階前の状態で圧倒する怪物、それを聞いて銀城は「あの時そいつもいたら、他の奴らも死んでたかもな……」と小さく呟く。

 

今となっては殆ど関係ない、完現術者の集まり。死神を倒すという野望を持った人間達であったが、相手が悪かったのだと今更ながらに実感しているのだろう。

 

「万が一の時、お前なら挟めるか?」

 

「さぁね。不意打ちならできるかもだけど、今の彼はわからないし。案外滅却師にズタボロにされてるかもよ」

 

「なら誰なら勝てるんだよ」

 

「だからこそ……あのお姉ちゃんは正攻法以外の手を使える僕らを動かすんだろ?」

 

月島は本に挟まった栞を抜き取ると、いつでも戦える準備ができているのだと銀城へ見せる。

 

「僕は黒崎の為に動きたくないけど、君のためなら仕方なくでも動くよ」

 

覚悟はできていると月島は示す。それが何を望んでいるのかはわかっている。銀城はそれに対して十字架のネックレスを手で軽く見せつけると、月島は軽く笑いかけ開いた本をサラサラと読み始める。

 

それを横目に、銀城はまた空を仰ぐ。既に黒崎達を乗せた柱は見えず、蒼穹が広がり続けている。この何処かの向こうにいる敵、仲間、味方を考えていると、逆らえない流れに乗ってしまったのだと実感してしまい、めんどくさそうに溜息を吐く。

 

動くのは借りを返す為、己の為でもあるそれを果たす。

 

今の銀城が動く理由はそれであり、それだけではない。

 

「やってやろうじゃねぇか。ついでに浮竹の面も見てやる」

 

長年の謎を解明するのも、彼の目的の一つである。




更木隊長は砕蜂さんがちゃんと四番隊の隊士を呼んでくれましたので、虎徹副隊長が治療中です。

それと次回を挟んでからか、もしくは次回から。

第二次侵攻を始めます。色々とゴチャゴチャするかもしれませんが、頑張ります。

☆☆☆☆☆

Q.卯ノ花隊長が総隊長になりましたが、疑問に思わなかったんですか?

萩風「え?だって総隊長って実力とかより曲者だらけの隊長達纏める事ができる人の事でしょ?卯ノ花さんなら適任じゃないですか」

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