戦時中にある僅かな日常、それは普段からある幸の偉大さと失う訳にはいかないという強い覚悟を生み出す。不幸があるから幸福を感じる、幸福だけでは幸福を感じられない。
そんな中で護廷十三隊の副隊長の1人である大前田もまた、普段と変わらない生活を送っていた。いつものように縁側でポカポカとした陽の光を浴びながら惰眠を貪るという日常を。
「お兄様!」
「うるせぇぞ希代!お兄様は昼寝中だ」
「それはすいませんでした!」
そしてまた、それを妹に邪魔をされるというのも日常である。
「お兄様っ、希代とお鞠で遊んでくださいまし!」
「嫌だ」
「なら花札で遊んでくださいまし!」
「嫌だ」
「なら隠れんぼで遊んでくださいまし!」
「嫌だ」
いつもなら下らないと思いつつも適当に流して終わる会話、だがこの日常も無くなってしまうかもしれない。
いつまでこの問答は続くのだろうか、いつまでこの日常を続けられるのだろうかと考えながらも適当に返事をしていると。
「ならお兄様、萩風さんを紹介してくださいまし!」
「嫌……ちょっと待て。希代、萩風さんって誰だ?そんな豪商とか兄様知らないぞ」
「お兄様と同じ、護廷十三隊の萩風さんです」
思わず昼寝を止めて振り返る大前田、そこには普段は余りにも見慣れない妹の姿がある。この事に何かしらの恥じらいを感じているのは大前田にもハッキリと理解できるのに十分な程に。
どこの男がうちの妹にちょっかいを出したのか?そう思い直ぐに萩風という苗字の隊士を脳内で検索するが、該当する死神は1人しか思い浮かばなかった。その該当者は、少し前までは自分と同じ副隊長であった。
「……まさか、萩風隊長の事か?砕蜂隊長の友人のあの萩風カワウソ隊長か!?」
大前田は落ち着いてるつもりで問いかける。砕蜂隊長と最近は良い雰囲気を醸し出し、噂では死にたい奴でも治療をする鬼とも聞く。言うなれば、不可侵の存在。関わって良いのは隊長クラスとも言われる、あの萩風か?と。
「はい、どことなくお兄様のような雰囲気を感じました!間違いありません、あれは運命の人です!」
「確かに副隊長の時は誰にでも気さくに話し掛けてくれる人だけど……萩風隊長っていうのは自分にすら厳しく公私混同をしない厳格な人だぞ。こう言っちゃなんだけど、兄様と真逆だぞ」
一般的な護廷十三隊での意見と、実際に関わりのあった大前田の言う意見だ。暗に考え直せという大前田、将来に砕蜂隊長と何かをかけた戦争に巻き込まれる自分の姿がしっかりと想像出来る。
「いえ、雰囲気です。女の勘が言っているのです、あれはムッツリという奴です!三郎兄様の本で知りました!」
「おい、三郎!ちょっとこっち来い!あと希代、その言葉絶対に砕蜂隊長の前で言うんじゃないぞ!!」
純粋な妹へ何しやがったと弟を呼びつけるが、何かを察したのか現れない。これは昼寝どころではない、直ぐにでも今後の希代の教育に良くないものは目の届かない所にやるか焼き払おう。
そう決意し、1歩を踏み出そうとした時だ。
「……は?」
目の前で変わり果てた屋敷だった場所は塗り潰され、別世界に消えてしまった。それは屋敷だけでなく見渡す限りの尸魂界の世界が塗りつぶされてしまっている。
「こりゃ、どういう……」
屋敷の住人、大前田希千代は護廷十三隊の副隊長だ。いつでも戦える準備をしていた、どこから敵が来ようとも戦う覚悟は決めていた。しかし、敵の戦略は彼の想像の遥か上を行っていたのだ。
何をすべきか、何かできるのか。大前田が考える間にも、既に敵は侵攻している。
そして傍にも来ていた。
☆☆☆☆☆
「あーあ、たくよぉ。まだ来んのか?俺とお前じゃ火力が違うって言ってんだろうが!」
爆炎が舞い上がり、辺りの死神達が余りの高熱に消し炭にされていく。ひと薙ぎで死を生み出すバズビーの能力は、何よりも破壊力があり、それを受けて生き残れているのはその場では1人だけである。
「俺は聞いてんだぜ、お前と同じ副隊長の萩風カワウソは何処にいるかってな!」
問いかける先に居る死神、五番隊の副隊長である雛森桃は満身創痍であった。自身の斬魄刀、飛梅の能力は火の弾を打ち出す能力を持っている。それにより何とか撃たれる炎を相殺していたが、それでも火力差は大きかった。
だが、彼女は更に結界を張ることでその火力差を埋めていた。埋められると思っていた。
しかし、彼女は力の差を見せつけられていた。星十字騎士団は全員が護廷十三隊の隊長レベルの実力者、副隊長でも並程度の雛森には荷が重かった。何とか前に立っていることができる程度なのだ、それだけの実力の差を前にしている。
「萩風さんに……貴方は負けた、それは貴方が弱いからです」
「……んだと」
それでも、彼女は立ち向かっている。全身の至る所が火傷で皮膚が爛れ、霊力も少ない、この状況をひっくり返せる力も技も今は無い。
それでも、彼女は諦めていなかった。
「貴方みたいな小物、私だけで十分です……それと、萩風さんは隊長です。卍解が使えれば、隊長達は誰にだって負けません!」
護廷十三隊が勝つ事を……隊長達の強さを信じているのだ。隊長と副隊長は異次元の力量差が基本的には存在するのだ、そんな存在が負けるはずがないと。中でも彼女のよく知る2人の隊長は、必ず勝ってくれると。
しかし目の前でそんな事を聞かされて、バズビーの心が穏やかなはずも無かった。バズビーからすればどいつも羽虫程度の雑魚ばかり、その雑魚の1人に勝てるはずもないと言われているのだ。
「良いぜ、直ぐに殺してやるよ。お前も、萩風も……他の隊長もなぁ!」
バズビーが2本の指を使い、雛森に向けて炎の刃を穿つ。先程まで、雛森が耐えていたのは指1本分だけだった。彼の能力は指の本数が増える度に火力がアップしていき、単純に考えれば先程までの攻撃の倍の攻撃が向けらたのだ。
「バーナーフィンガー・2!!」
確実に死ぬ、己の半身を抉り抜かれて殺される。雛森の頭の中にはその明確なビジョンが湧いていた。それでも、彼女は立ち向かう心は折れなかった。副隊長として、以前に比べて遥かに堅固な心は希望を信じ突き進ませた。
「シロちゃん……ごめんね」
炎が轟音を立てて雛森の居たところを突き抜けて行った。その呟きは掻き消され、そこには何も残らない。
また1人の死神の命が散ったのだと……そういった顔をバズビーはしていなかった。
「雛森副隊長、貴殿には少々申し訳ないが……この男は私の獲物だ」
バズビーはその声に振り向く。そこには死を間際にし、気絶した雛森を抱えた死神が立っている。
七番隊隊長、狛村左陣。バズビーが1度目の侵攻で接敵し、倒した隊長だ。死神で唯一の人狼であるというのと、その時に副隊長の射場鉄左衛門も殺したのでよく覚えている。
そして、隊長格が星十字騎士団で余裕を持って対応出来る程度の大した実力も持たないという事を。
「あ?あの時のワンコかよ、被りもんしてハロウィンのつもりか?季節外れだぞ」
「ただの授かりものだ」
だが、顔は笠と面を合わせたような物で覆われていた。先の戦いで耳を片方切り落としたので、それを隠す為か?そんな事を思いつつバズビーは炎の刃を向けていた。
☆☆☆☆☆
「ドコ?僕ノ氷輪丸……日番谷冬獅郎ハ、ドコ?」
彼の前に現れたのは長髪の口元をマスクで覆った滅却師だ。
「それを、僕が答えるはずないだろ」
抜刀し、距離をとる吉良。エス・ノトを含め、判明した星十字騎士団の能力は護廷十三隊全体で共有されている。大まかにだが、当たれば致命的な毒を操る能力というのを。
「今、君はこう思ってる筈だ……僕じゃ君を倒せないと。その通りだよ、今の僕じゃ君に近づいたら返り討ちに遭う。隊長みたいな霊圧を、まだ僕は得られてないからね」
エス・ノトは同じ副隊長であり、過去に吉良を倒した松本乱菊と隊長である日番谷冬獅郎を重体にまで追い込んだ怪物である。
正面から戦って、勝てる相手ではない。
「でも時間を稼いで、他の隊長達の負担を減らすぐらいはわけないさ」
吉良が自身が駒として、どのように動けば良いか分かっている。今の吉良は護廷十三隊の中では確かに強者の部類に入るが、星十字騎士団を相手に勝てるとは思っていない。
「けど、一つだけ言っておくよ」
解言無しに斬魄刀を始解し、ケペシュ型の斬魄刀・侘助を構える。
「雛森さんを悲しませたお前だけは……他の誰でもなく、僕が倒す」
☆☆☆☆☆
「くそくそ、ほんま面倒や。卍解使えても、使えんからの……そのくせ、奴さんはポンポン打ちよるし!」
平子は千本桜を紙一重で避けている。更木剣八のような例外はあるが、基本的に卍解に立ち向かえるのは卍解だけだ。だが今の平子の卍解は使えても、意味をなさない能力だった。
対して、始解は強者を相手するのには適した能力である。平子の斬魄刀、逆撫は相手の五感を操る藍染惣右介の扱う鏡花水月と似たタイプの斬魄刀だ。
相手の五感を反転させ、上下左右を好きなタイミングで変えられる。今は冷たいと熱いを反転させる練習中だが、これに対応できる死神など藍染惣右介などといった特殊な存在を除いて殆どいない。
「相性まで最悪やで……ほんま、イヤになるわ」
そして滅却師で唯一、その能力を完全に無効化できる星十字騎士団と相対しているのであった。
しかし、それで諦める事はできない。それは同じ立場でありながら奮闘する隊長達が居るからだ。
「ローズが卍解しとるな、何とかコッチもやらなアカンな……!!」
だが、どんな強敵であろうと。戦わなければ、ならないのが護廷十三隊なのだろう。平子は機械の体を持つ滅却師、BG9との戦いを続行するのであった。
☆☆☆☆☆
「2番隊の副隊長か、隊長は何処だ?」
大前田の前に居る滅却師は、腕に鉤爪を装着した見覚えのある奴だ。砕蜂から卍解を奪った滅却師、蒼都だ。
「お前に興味はない、隊長はどこだ?」
だがそれを質問に答える気が無いと捉えたのか、「仕方ない」と呟くと大前田の後ろへ隠れている妹へと斬撃を飛ばした。大前田は反応が遅かった、しかし斬魄刀を引き抜き庇うことで僅かに斬撃を逸らす事に成功する。
「てめぇ……俺の妹に何しようとしてんだ!!」
たった一撃、それを受けただけで大前田の体は吹き飛び、大きなダメージを受けている。瓦礫の中を這い出ると、何事も無いように滅却師は佇んでいる。
妹も今の衝撃で吹き飛び、瓦礫の上に転がされてしまうがまだ息はある。しかし、その息の根は直ぐにでも消されてしまいそうである。
「妹か、似ても似つかんな。お前と似た霊圧を他にも感じる、お前が答えるまで一人づつ、消していこう」
「させ、させるかよ!」
大前田は自身と敵との差が分からぬ程の愚者ではない。その差は明らかで、自身の隊長すら1度倒した敵だ。言葉を詰まらせながらも、解言と共に斬魄刀を始解する。
それを意にも介さない蒼都へモーニングスターのような斬魄刀、五形頭をぶつける。
「な、刃が通らねぇ……!」
しかし、鉄のような硬さを持つ滅却師の身体に傷一つ付かない。今の攻撃は、羽虫が寄ってきた程度にしか認識されていないのだ。
「がはっ!?」
「そこで見ていろ、答えるまでな」
だが飛び回られては邪魔であったのだろう、大前田を一撃でのしてしまうと屋敷があった場所へと歩を進める。大前田の家族を殺すためだ。
「や、やめろぉ!!」
大前田の叫びは届かない。瓦礫の下に埋もれた家族へ殺しに、目の前で転がる大前田の妹を殺す為に、先ずは妹へ向けて蒼都の凶刃が向かっていき。
「そこまでにして貰おうか」
その既で、止められていた。
「何?」
「久しぶりだな、滅却師」
蒼都は後ろに振り向こうとするが、それは出来ない。その瞬間には既に、彼は彼方へと吹き飛ばされていたからだ。
きりもみをしながら建物に突き飛ばした者へ大前田は感涙している、それは家族のピンチを救われたというのもあり、そしてそれが待ち望んでいた死神であったからだ。
「砕蜂隊長!!」
二番隊隊長 砕蜂は普段よりも一層の殺気を迸らせながらその場に佇んでいた。
感極まり突撃してくる大前田も軽くいなすと溜息をつきながら「騒がしい奴だ」と言葉を漏らす。
「何で避けるんすか隊長!?」
「貴様からの抱擁など受けたくない。それに何をめそめそとしている、副隊長ならば」
大前田に対して一言、もっと副隊長らしくしろと叱咤しようとしたのだろうがそれは瓦礫の山に埋もれた殺気に止められる。
「しぶとい奴だ」
「あいつ、まだ……!?」
瓦礫の山を掻き分けながら現れた蒼都に傷は無い。不意討ちの攻撃ですら彼の防御の前では意味をなさないのだ。
「鉄の体を持つ僕をあの程度で倒せるわけが無いだろう。……あの未完成の技でも、試してみるかい?」
嫌々しく睨みつけられる砕蜂、大前田もまた今の状況が良くないのは分かっている。
今の砕蜂に、卍解は使えない。卍解を奪われ、全ての力を出す事が出来ない。対して彼等は卍解を使えるのだ、奪った卍解を。
それに対して始解や白打で対応できる者は少なく、それでも勝てるとは限らないのだ。現に以前の侵攻で仕方なく砕蜂も使った未完成の技である瞬鬨も塞がれていたのだ。
だが砕蜂は
「何を不安そうな顔をしている、大前田」
そんな大前田の胸中を察してたか、霊圧を高めながら静かに声を張る。
「私の技は未完成……あぁそうだ、昨日まではな」
そう言うと彼女の背中と両肩に高濃度に圧縮された鬼道が纏わる。敵を屠るのにも派手すぎる、この技は萩風ですら欠片も真似する事が出来なかった特殊な体術だ。
高度な霊圧の操作と維持、弛まぬ鍛錬を経ても真なる意味では砕蜂の技はまだ未完成だ。卍解と似ているのだ、これを完全会得するには更なる鍛錬を積まなければならない。
「奴の居ない間の護廷の任は、私が預かろう」
その技を扱える者は、尸魂界でも僅かに3名のみ。
「よく覚えておけ。隊長は卍解の有無だけで選ばれない……護廷の覚悟を持つものが隊長だ」
技の名は瞬鬨、彼女が纏うのは吹き荒ぶ嵐のような暴風。
「
それは蒼都の体を歪ませながら、遥か彼方へと消し飛ばした。
吉良イヅル vs エス・ノト
●雛森桃 vs ○バザード・ブラック
☆☆☆☆☆
Q.何でこんな速く砕蜂は瞬鬨使えるの?
A.萩風が無茶苦茶修行してる噂を聞いて触発されたから、侵攻前から修行はしていたからです。なお侵攻後は更にハードにしたっぽいです。