吉良イヅルは敵を見据えていた。星十字騎士団の1人、護廷十三隊でいうところの隊長クラスを相手に長い時間を稼ぎ、既に体と心はボロボロであった。
普段の自分ならば両手を挙げて褒め称えてから労ってやりたいが、それはまだ出来ない。それが最低限の仕事であって、目的ではないからだ。
「はぁ……はぁ……弱いなぁ、僕は」
吉良は報いを受けさせていなかった。同僚達の仇、蹂躙された者達の遺志を果たせていなかった。
そして何よりも日番谷冬獅郎を傷つけ……雛森桃に深い心の傷を与えたこの存在を許す事は出来ないでいた。
吉良は己の力を理解している、副隊長としては十分な実力を持っているとしても隊長格には及ばない実力なのは隊長達をよく見てきた事で理解している。
目の前の敵、エス・ノトは己の格上である日番谷冬獅郎を一方的に倒している。闇雲に戦っても、知恵を絞って戦えたとしても相手に出来るわけがないのも分かっている。
もう数分、それが自分の動かせる体の限界なのを分析できている。終わりだ、勝ちの目は無いことは明らかだ。
「……首の皮一枚、繋がったかな」
しかしそれは、今しがた届いた錠剤がなかったらの話である。
遥か遠くで放たれた爆発の振動が、空気を伝って痺れてくる。殆どのものにも話していなかった卍解、しかしそれをどのような手順を踏んでかは知らないが容易く看破した隊長の底知れなさに今だけ、吉良は感謝する。
「マダ動クノ? 抗ウノモ辛イノニ、苦シク狂ッテシマウノモ仕方ナイノニ?」
既にエス・ノトの能力によりいくつもの恐怖が侵食している、その足を動かすのも精一杯だ。しかしそれしきのことで彼の歩みは、覚悟は、斬魄刀は、止まらなかった。
「僕の斬魄刀は、ただ敵を動き辛くするだけじゃない。それが真髄じゃない……君の恐怖なんてものは、下位互換にもなれない」
己を叱咤し、鼓舞し、前を向かせる。敵は眼前、体は満身創痍、精神の侵食も見過ごす段階では無い。だが、やるのだ。この戦いで、己に出来る最善を尽くす。
不完全な力、まだまだ発展途上。そんな事を言われようが、必ず倒す。その意気で持てる力の全てを集結させる。敵に動きはない、好都合だろう。これは賭けの要素の大きい力だ。だが勝つ為に己がここで力尽きるのも分かっている。
「
彼が斬魄刀を地面に突き刺した瞬間に影が周りを這うように広がる、それはエス・ノトの足元も過ぎ去る。何をしたかと警戒しているようだが、別に影に当たったからといってダメージが入るわけではないようだ。
むしろ吉良自身の身体が悲鳴を上げている、手足はガタガタと震え、血反吐を吐き、唯一意志を感じるのが敵を仕留めると言う覚悟を持った眼だけだ。耐えられるだけの状態ではないのは百も承知、侘助を支えにギリギリで立てている、しかし倒れない、倒れるわけにはいかない。
エス・ノトもまた、その覚悟を目の当たりにする事でようやく認識していた。死に瀕した者の、刺し違ってでも討ち取るという気迫は十分に吉良を明確に、排除すべき敵と認識させた。
だが、遅かった。
「
まるで最初からそこにいたかのように、吉良の背後に歪な石像が現出していた。
☆☆☆☆☆
「卍解……オカシイヨネ、君ノ斬魄刀二変化ハ無イ。じゃア後ロニ見エルソレガ本体、ソノ地蔵ガ守ッテクレルノ? 神様頼リナノ?」
「祈り手は僕じゃない……君だ。それとこれが見えたなら……勝負はもうついた」
エス・ノトは自身の体を見るが、変化は無い。周りを見渡しても瓦礫も遠くから感じる霊圧にも変化は無いので、異界に連れてこられたというわけでも無い。
あるのは一つの吉良の背後に現れた石の塊、頭と胴にも見えるそれは卍解による物なのは明らかだ。しかし石が動く気配もなければ、吉良も満身創痍に見える。
何かをする前に仕留めるべきだろう、そう判断したエス・ノトは恐怖を射出する。もはや身も心も傷だらけの吉良を仕留めるのに、過剰にも思える通常攻撃だ。
矢に乗せた恐怖は真っ直ぐに向かう、吉良には避ける力も残ってない。勝負は決まるその筈だ、しかしエス・ノトは気付く。射出した後に気づいた事だ、油断していたというのもあるかもしれない。普段なら有り得ない事に少しだけ、気の緩みがあったのだろう。
吉良からは恐怖を感じない、それは彼に無いというわけではない。彼の中に這わせた恐怖が、いつの間にか消えているのだ。そして更に不明瞭な現実が起こされる。
「ナンデ? ……届カナイ??」
矢はいつの間にか消えていた。いや消える瞬間は見えたが、不自然なのだ。
防御の気配は無かった、能力そのものを封じられたというわけでもない。しかし放った恐怖の矢は届く前にして空中で散らばり、消える。まるで接触を拒むように、まるで自身の手で壊してるかのように。
「恐怖は逆らえない……と言ってたけど、逆に聞くよ。恐怖はどこから来るんだい?」
吉良はエス・ノトを見据える。起こった事実を確認し、震わせていた足をゆっくりと動かし始める。
「本能? 過去? いや……どこからでもだ、未来でも過去でも楽園があるとしても恐怖は消えない。恐怖を操る君も当然だ」
一歩、たった一歩だが吉良は歩み寄った。その瞬間に、エス・ノトの中が真っ黒に塗りつぶされていく。いや、黒が広がり侵食していくと言ったほうが適切だろうか。自分の中にある物が勝手に弄られているような感触をはっきりと感じる。
「でも、人には必ずあるんだよ。恐怖に付随する事もできる、誰しもにある根強い意識。
誰であろうと、己自身であろうと、心の中には信仰対象にあたる偶像を作り上げている。
その偶像へ襲いかかろうとしてるんだ、君が無意識のうちに攻撃を止めるのも仕方ない」
この黒は何か、そんな事は決まっている。分かっている、自身の能力の真髄でもあるからだ。だが、なぜこうなっているのかは皆目見当がつかない。
口を開き問おうとしても、舌先のひとつも、既に口は自身の意思で動かす事すら出来なくなっている。
ただ吉良の後ろにある石像へ謎の恐怖を感じ続ける。石像が恐怖なのではない、その謎が近づいた瞬間に己の中の何かが敗北を認めてしまったような感覚があるのだ。意味が分からない、何もわからない事が一層心を侵食している。
「この卍解は、君の中にある後悔や罪悪……それに対して、強制的に贖罪をさせる。だけどそれだけじゃない、それを何倍にも増幅させて跪かせる。今は3倍程度が限界だけどね」
信仰心を利用した精神掌握、それがこの卍解の力の真髄。
気づいた時には、跪いていた。頭を上げることすら出来ない、能力の解放なんてする余裕も無い。自分は支配し、与え脅かす側、そんな認識があったのかもしれない。
もはや真っ黒に覆い尽くされ、頭の中では贖罪の言葉を何度も唱えることしかできない。
抵抗は出来ない、その彼を解放してやる迄がその卍解だからだ。
「痛みはない。だから……もう楽になってくれ」
最後の手引きは、眠るように何も感じないものであった。
☆☆☆☆☆
「卍解が戻った? はっ、それがどうした」
各地で起こる死神達の奮起に、バズビーも気付いている。
「要するにお前達が強くなった、それだけだろ。調子乗ってんじゃねぇぞ、別に俺が弱くなったわけじゃねぇだろうが!」
怒りの爆撃が襲い掛かる、雛森を庇いながらの戦いの狛村には避けれない。仕方なく、炎の波をその身に受け止める。鎧があるとはいえ星十字騎士団の中でも指折りの火力を持つバズビーの攻撃だ、焼き焦げて表面からモロモロと崩れ去っていく。
それを見たバズビーは好機だと感じたのだろう、突撃しようとするが静止する。
「なんだお前、今度は人間に仮装したのか?」
そこには狛村左陣はいる、しかしそこにいるのは人狼であった彼ではなかった。その面影が残る、人の姿になっている。
元が人であったのか? 否、彼は生まれた時から人狼である。人を羨ましく思うこともあったのかもしれないが、人に変わろうとしてはない。種族を変えるというのが、何を引き起こすのかは分かっているからだ。
「
そして静止している隙を見逃さず、己が力を解放する。現れた巨人は鎧を纏った武者、しかし今回の武者は召喚と同時に鎧が剥がれ落ちていく。
「
☆☆☆☆☆
剥がれた鎧から現れたのは朱色の鬼神。今迄の卍解とサイズは変わらない、武器にも変化は無い、あるのは鎧の喪失だけだ。武具の喪失は致命的な筈、防御力が明確に低下している。
更に言うならばこの卍解は本人へのダメージがフィードバックする、身軽になった以外に魅力を感じない強化、バズビーは直ぐに勝利を確信した。
「鎧、無くなって助かるぜ! 簡単にぶっ殺せるようになったからな!」
彼は直ぐに滅却師完聖体へと自身を昇華させる。本来の彼の力、いや滅却師の真の力を振るう彼の力は鎧の有無に関係なく鬼人を吹き飛ばす事ができる。それが分かるのは必然だ、彼は火力のみで考えれば星十字騎士団でも上位に喰い込む実力者だからだ。
そして容易に、鬼人の体の真ん中に穴を開けていた。
「何が卍解だ、こっちが……あ?」
しかし、倒れる様子はない。狗村を確認すると彼にも同様の穴が出来ている、どこをどう見ても即死のはずだ。心臓どころか腹の重要器官は全て破壊されている筈だ、生きているはずがない。
「感触はあった……確実に撃ち抜いた、なんでまだ死んでねぇんだ!?」
バズビーが幻術にかかっているならばまだ納得しただろう。しかしこんな事を幻術で済ませられる斬魄刀なぞ殆ど存在しない、確かな感触を得た事で逆に困惑する彼に狗村は堂々と語りあげる。
「黒縄天譴明王は命の吹き込まれた鎧を持つ卍解、それを脱ぎ捨てたこの卍解に命はもはや無い」
理解するのに、バズビーは一瞬だけ言葉を失う。防御力は不要、いや元から鎧が守るべき盾であったにも関わらず捨てただけでなく、己自身も捨てたのだ。
「ふざけんな、てめぇ死んでるってことか!?」
バズビーの火力も関係ない、そもそも勝負にならない。死なないし殺せない狗村を態々相手にする必要はバズビーにない。
だが、バズビーはその覚悟に対し霊圧の解放で答える。
「良いゼェ、熱い男じゃねぇか。全てを捨てて来るなんざ、最高にイカしてんじゃねぇか!」
これだけの力を放ち続けるにも限界はあるはず、もし無いにしても他の相性の良い滅却師でどうとでも出来る。
だが、それは星十字騎士団としても、バザード・ブラックとしてもプライドが許さない。もちろんユーハバッハにも許されない事であるが、バズビーは一度距離を取り様子を伺う事にする。
指先に炎を溜め、いつでも本体を打ち抜けるように構えるがその姿は次の瞬間に消えていた。
「捨ててはおらぬ、ただ掛けたのだ」
後から声が聞こえる。バズビーが振り向くと既に狗村は跳躍し、鬼神を従えながら接近していた。
「っ!? バーナー・フィンガー」
バズビーも手に溜めてあった炎を放とうと構えるが、もう決着は付いている。
「元柳斎殿が命をかけた戦いに 儂が命をかけぬ理由などあるものか。
この戦いに踏み入る前に。命はとうに 置いて来た!」
鬼人の刃は容易にバズビーを切り落とした。
狗村隊長のセリフ、好きです。
まるで卍解のバーゲンセールだな……ちなみに私が一番書きたかった卍解の侘助、精神的な意味合いで重くする力ですが……ユーハバッハには効かないでしょう。
☆☆☆☆☆
◯吉良イヅル Vs ●エス・ノト
◯狛村左陣 Vs ●バザード・ブラック
技名:卍解・悔恨残ノ侘地蔵
使用者:吉良イヅル
能力:心理操作
文字の通り、心の中にある理をあやつる能力。一定範囲内にいる者全てに無差別に発動する。対象の心の中にある信仰対象を地蔵に見立て具現化し汚染が始まり、地蔵の完成度によって対象の信仰力は表せ、無意識のうちに対象は使用者への攻撃を躊躇するようになる。
決まればほぼ無敵の能力であるが、信仰対象のない存在や薄い存在には地蔵を現出できないので卍解は発動しない。
また距離や本人の技量によっても左右され、最終的には広範囲の対象を一方的に無力化出来ると吉良は考えている。