卍解しないと席官にもなれないらしい。   作:赤茄子 秋

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52話 残火

 

 日番谷は無事に今回の襲ってくるであろう厄介な敵の中で倒す、という点では相性の悪いアスキンを閉じ込める事に成功している。能力の分からないペルニダも居るが、純粋な氷の攻撃を得意とする日番谷にはアスキンという滅却師は致命的な存在であったのだ。早々に罠へかけ、凍り付かせたのは上手くいっただろう。

 

 だが、それは本殿から感じる懐かしくも威圧的な霊圧で即座に考え直す。

 

「この、霊圧は……!!」

 

 知らぬはずが無い。護廷十三隊があの戦場で戦い皆鼓舞された、知らぬはずが無い焱熱系最強の卍解を、そんなものが発動してしまえばどうなるか日番谷はよく分かっている。

 

 日番谷の氷輪丸とは対立したその能力ははっきり言って相性が悪い。それは氷が炎によって溶けるから、などという理由ではないのだ。それは徐々に大気から消えて行く水分を肌に感じる事から、より実感して行く。

 

 日番谷は一度、卍解を奪われている。今は虚化によって奪われた卍解は取り戻しているが、使用者が死んだ時に奪われた卍解はどうなるのか? 答えは奪われたままだ、例として雀部の卍解は奪われたままだった。そして前総隊長 山本元柳斎重國のものも奪われたままである。これが使われる可能性は考えてはいた、しかしそれは使われてしまったらどうしようもないのだ。卍解『残火の太刀』と相対した者が処理する、それしかない。

 

 ただ、問題は目の前の敵なのだ。

 

「ふぅ、危うく致命的な失態を犯すところだったぜ」

 

 溶けて薄くなった氷の牢獄、それは容易くアスキンに破られてしまう。日番谷が唯一卍解を使っても対処できない状態になってしまった相手を前に、冷や汗を流しては蒸発させてしまう。

 

「無駄だぜ、もう霊圧はたっぷり浴びたからな。その氷じゃ俺は殺せねえよ」

 

 アスキンは氷で殺せない、それは割り切っていた。だがユーハバッハと戦う時の邪魔が入らなければ良いので閉じ込めていたのだ、それを防がれた日番谷としても対処が難しい相手となってしまった。

 

「まぁ、もう氷は使えねぇと思うけどな」

 

 ユーハバッハの使う残火の太刀が破られる可能性は正直言って分からないと答えるしかない。少なくともアスキンは破られる事はないと確信しているようだが、日番谷はいくらか勝機はあると考えている。ただ相対するのがいくら萩風と言えど時間はかかるだろう、それまでこれと戦うのは骨が折れる。

 

 だが、全く対応できないわけではない。

 

 日番谷は氷輪丸をただの刀として扱い、更に顔に手をやり霊圧を変異させて行く。

 

「うおっと! まだそんな手札あんのかよ」

 

 攻撃は外れた。今迄は卍解が奪われた時の対処法としか扱っていなかった力だ、煩わしさのある仮面に慣れていないのもあるが虚の力を込めた斬撃は外れた。

 

「虚化って奴か、ただ……致命的に持続できねぇみたいだな」

 

 そして何よりも、日番谷はこの力を扱う鍛錬をしていない。仮面を付けれるのは5秒が限界であり、付け直すにも数分の時間がかかる。ただでさえ不利な相手に、その分は悪くなって行く。仮に残火の太刀が破られたとしても、日番谷冬獅郎では絶対にアスキン・ナックルヴァールは殺せないのだから。

 

「んじゃ、続きやろうぜ」

 

 絶対に負けない戦い、そう考えられても仕方ない戦いが再開する。

 

 ☆

 

 残火の太刀、その名を知る者は多いわけではない。ただそれが誰の卍解であるかは、見れば分かる。ユーハバッハによって見せられているその力が誰から奪われたものか、わからないはずがない。

 

「殺……殺さ、れる」

 

 一般隊士ですら分かるのだ、大き過ぎる力の奔流が。最強の一振りの放つ威圧感を視覚だけでも感じ取れてしまうのだ。そして、そんな事を一般隊士が感じ取れるなら隊長はそれ以上を感じ取れてしまう。

 

「喜助! 門はまだなんか!?」

 

 平子は眼を閉じ臨戦体制の2人を見届けながら、浦原喜助に怒鳴るような声の荒げ方をして聞いている。元々霊王宮には向かうつもりだったのだ、ユーハバッハの実力が総隊長の卍解という分かりやすい脅威によってハッキリしてきたのもあるが、急がなければ目の前で1人の死神が消え去る事は確かだろう。それだけの力が、あの斬魄刀にはあるのだから。

 

 ただ、それを分かってはいても上手くはいかない。

 

「そ、それが……向こうが座標の軸をずらしているみたいで、出来ても移動する事が出来ないようにされてます」

 

 もはやユーハバッハは下界からの介入を拒否していた。それは来られたら困るというよりは面倒だからという事だからだろう。そもそもこんなショーを演出しているのだ、蟻を潰す作業よりも速く世界の創造に取り掛かりたいのもあるのかもしれない。

 

 ただ、それだけならば『萩風と戦う』などという選択肢は取らない。何かしら理由はあるのだろう、ただそこまでは浦原喜助とは言え見抜けてはいない。

 

「ほなむざむざと萩風が殺されるん見とけって事かいな!?」

 

「それが、狙いみたいですからね」

 

 平子とて萩風とはそれなりに長い付き合いだ。他の隊長副隊長も何度も顔を合わせただけでなく、それなりに親交があった者も多い。元は四番隊の副隊長であった事もあり他の副隊長達よりも顔が浅く広いのもあり、身近な者として感じやすいだろう。

 

 むしろそれが狙いの一つでもあるのだ、この状況はユーハバッハの想定通りだった。そんな存在を目の前で殺す為なのだから。

 

「総隊長、このままじゃ萩風隊長は……!!」

 

 そして総隊長に対して恋次は声を掛ける。元は卯ノ花総隊長の部下であったのが萩風カワウソだ、そしてここにいる誰よりも付き合いが長い。それだけにこのユーハバッハの見せ物は悪夢でしかないはずなのだ、自分の手の届かない所で虐殺されるのは死神であろうが人間であろうが、気持ちの良いものじゃない。

 

 ただ静かに瞳を閉じる卯ノ花に対して恋次は求めたのだろう。何かしらの割り切った答えを『萩風を切り捨てて時間を稼ぐ』でも『萩風を助けに行く』でも、何かしらの答えを。でなければ護廷十三隊が瓦解してしまうと察して。

 

 ただ、そんな恋次の求める答えに対して──

 

「問題ありません」

 

 瞳を開ける事もなく、卯ノ花は言い切る。助けるでも見捨てるでもない、問題が無いと言い切った。誰もが最強の卍解を目にして、絶望が伝播していたにも関わらず、その絶望の色が全くなかった。

 

 そして、続けてこうも言葉を続ける。

 

「彼ほど、山本総隊長と渡り合える死神は存在しませんからね」

 

 護廷十三隊を勇気づける為か、この絶望に歯止めをかける言葉を吐いた。皆、萩風は助からないと決めつけて動いていたのだから。浦原喜助ですら今の事態が悪化の一途を辿っているのを分かっているのだ、今も頭の中で様々な策を考えている中でこの割り切り方は胆力だけで語れるものではないだろう。

 

「それは、卍解がそんなに」

 

 ならば、その力に秘密があると考えるのも自然だろう。

 

「いえ、彼の卍解だけで語るなら阿散井副隊長の方が上だと思いますよ」

 

「なら……なぜ!?」

 

 だが、それだけじゃない。最も卯ノ花の知る死神であり、技術の粋を叩き込んだ男だ。それも数百年も音を上げる事もなく、ただ染み込ませている。仮に剣八の後継者が更木剣八とするならば──

 

「あと100年、彼が早く隊長になっていれば──この羽織を着ていたのは彼でしたからね」

 

 萩風カワウソは、護廷十三隊の後継者となりえる。

 

 ☆

 

 山本総隊長の卍解、それを知識も経験も無くともそれがそうなのが萩風も感じ取れていた。世界から水という元素を消して行くほどの力の余波に、間違いなく最強の斬魄刀と称するに相応しいものだ。

 

 しかし萩風は卍解を使うのを待機している。理由としては萩風の卍解がそこまで単純なパワーアップではないからだろう。

 

「分かるだろう、貴様の斬魄刀とは格が違う」

 

 萩風の卍解は簡単に言えば100人に増える卍解だが、霊圧まで100倍になるわけではない。仮に全ての陽炎が九十番台の鬼道を放てばいくら萩風と言えども霊圧などすぐに空になってしまうだろう。そしてこの卍解は手数が増えるという利点がある一方で、陽炎のダメージが本人に反映されてしまう欠点が存在している。範囲攻撃には弱く、本体は陽炎と違い虚像化出来ないので単純な能力は卍解前とは変わらない。使い時を間違えれば己の首を絞めてしまう。

 

 それだけ、萩風の卍解は残火の太刀と比べてしまえば劣っていると言われても仕方ない能力の欠点を抱えている。

 

「格や霊圧の違いだけで、勝敗は決まらないはずだが」

 

 ただ、萩風は卍解を使う事なく始解した斬魄刀を片手にユーハバッハに向き続ける。

 

「ほぅ……私の霊圧を感知できているのか」

 

「出来ないと思ったのか」

 

「ならば尚分かるはずだ、圧倒的な力の差がな」

 

 ただユーハバッハにとって残火の太刀は本気ではない。それが分からないはずがないだろう、その霊圧を感じ取れているなら察せないわけがない。あくまでも残火の太刀は隊長として挑んでくる萩風に対する皮肉であり、萩風を殺す為のものではない。だがそれでも護廷十三隊の隊長程度、圧殺できるものである。

 

 それを分かっていてなお、挑める萩風の真意を問うのだ。

 

 ただの馬鹿か、策略があるのか、それなら浅いとしか言えないが。

 

「力の差があるから挑む挑まないを考えるとでも? どう挑むか、それが護廷十三隊の死神だ。俺は卯ノ花総隊長に、そう教わって来た」

 

 萩風はそんな所で戦っていない。ここに立つのが他の隊長であっても激昂する事はあれど、そうしただろう。戦わないという選択肢はない、どう戦うか、どう打ち破るか、負けられない戦いに背を向ける事は護廷十三隊の隊長がする事ではないのだから。

 

「だが甘さのある貴様の事だ、この技をどう受けるか見ものだな」

 

 問答は終いか、萩風の意思を確認したユーハバッハは容赦なく刀を地面に突き刺した。そんな事をすれば霊王宮が跡形も無く消えてしまいそうにも感じるが、異変はすぐに起きる。

 

「残火の太刀 南 火火十万億死大葬陣(かかじゅうまんおくしだいそうじん)

 

 焦げて黒ずんだ骸骨が、灼熱の中から無尽蔵に生まれているのだ。世界の終わりを想起させてもおかしくない光景が広がり、その全てがユーハバッハの操るものであるのが分かる。

 

「私の過去に殺した全ての死神の骸だ、お前に罪無き亡者を殺す覚悟はあるか?」

 

 津波が起こせるのではないかと思うほどの物量が、そこにあった。そして萩風は刀を構えたが、少しだけふっと力は抜ける。刹那の間だ、握り直してはいるが顔付きが変わる。それはその骸の中に何人か見覚えのあった死神がいたからだろう、侵攻によりユーハバッハにより直々に処された仲間達だ。中には総隊長の姿らしきものまである。

 

「卍解」

 

 静かに、萩風は告げた。陽炎天狐だ、展開された陽炎は火の海に浮かぶ骸の群れを前に並び立っていく。そして1人ずつ、その首を刎ねていく。いくら総隊長の格好をしていてもただの骸だ、単純な剣術だけで骸の海は切り開いていける。いくら萩風が100人に増えても数は上だ、しかし一人当たり10人以上倒していけば、容易に骸は処理されていく。

 

 ただ1人ずつ首を飛ばして行くたびに、その顔色は暗く沈んでいく。これの元は総隊長の技だ、総隊長もそのように使ってはいたのだろう。ただ先のニャンゾルもそうだが、死者を冒涜する事に何の躊躇いが無い事が分かる。それをユーハバッハが使う事に、ざわつかないわけがない。

 

「躊躇なく屍を刎ねたか、どうやら最低限の甘さは消えたらしい」

 

 そしてそれは、最低限のハードルでしかない。あくまでもユーハバッハに特記戦力として数えられなかった理由などでもなく、脅威と判断されなかった材料でしかない。

 

「では最低限の兵士としては認めてやろう、次は……私と相対するに値する戦士であるかを見てやる」

 

 そして、ここからが本番だろう。

 

「最初から私本来の力を試してやるつもりであったが、これを防げぬなら試す価値も無い」

 

 そう言うと、ユーハバッハの霊圧が煤けた太刀に集まっていく。それは業火となり、離れていても周りを焼き尽くすような熱を持ち、萩風に向いてくる。

 

 最強の斬魄刀、その一つと言われる卍解の奥義。必殺技にして耐えた者など居ない最強の力、そんな暴力が牙を剥く。

 

「残火の太刀 北 天地灰燼(てんちかいじん)

 

 音が消えた、そう感じる程の熱量と速さがそこにあった。

 

 ☆

 

 日番谷が苦戦をしてる間、リルトットもその霊圧の流れから不味い状況になっている事は察していた。アスキンは殺せないし氷でも止まらない、ならば助太刀しに行かねばらならない。でなければ日番谷冬獅郎は殺されてしまうのだから。

 

「アセッテル?」

 

 だが、そんな余裕はリルトットには無かった。

 

「くそが、左腕が左腕奪えて満足かクソ野郎……!」

 

 嘘か誠か分からないが『霊王の左腕』そういう存在を相手して四肢を一つ失っているのだ。霊王の左腕などという真偽は分からないのに変わりはないが、少なくとも目の前の敵はまだ本気を出していないのは明らかだった。

 

 ニタニタと笑いながら、リルトットの失った左腕を見ている。滅却師というのは弓を使う種族だ、そして弓とは基本的に両手を使う武器である。それをまだ戦う力が残っていながらも唯一の道具を失ったのを笑っているのかもしれない。事実、リルトットは一気に劣勢へと追い込まれている。

 

「ふざけやがって、片手が無きゃ弓を引けねぇとでも思ってんのか?」

 

 だが、まだリルトットは戦う事を諦めていない。

 

「甘えんだよ!!」

 

 片腕は失った、だが弓が弾けないわけではない。番た矢を歯で引っ張り撃ち抜く、それぐらいやろうと思えば出来るのだ。ただ、コントロールや力加減なぞ出来ない。それは容易くめくり上げられ地面が壁となり防がれる。

 

「(地面にまで這わされてる、こりゃ『神経』か? どうりで好き勝手出来るわけだぜ……!!)」

 

 だが、雑に使われたペルニダの力を予想は出来た。自分の体のコントロールが完全に奪われ折り畳まれた、それは神経のような者で操っていたからという事なのだろう。

 

 ただの滅却師の矢を放つだけでは勝てない。リルトットの能力である『食いしんぼう』もペルニダの神経操作を相手にするにはリスクが高過ぎる。そう考えたリルトットであるが、ふと自分の懐に仕舞われた物を感じる。

 

「(これを使って……いやダメだ、こっちの切り札は使えねぇ。ユーハバッハと戦うなら、必要になるし……最悪自爆用だ)」

 

 だが、ペルニダは前哨戦なのだ。本命であるユーハバッハと戦う為に力は残しておきたいのが本音なのである。ただ、そう分かってはいてもここで勝たなければユーハバッハと相対する事すら出来ない。

 

 そして、ペルニダもやっとギアを入れてくる。

 

「っ、そりゃそんぐらい出来るか」

 

 ペルニダとて滅却師、矢を使える。リルトットのそれより上と示したいのか、放った矢を壁や地面に這わせた神経を利用して軌道を曲げて翻弄しながら迫らせる。

 

「ただ俺だって、元は星十字騎士団なんだよ!!」

 

 だがリルトットとて滅却師の精鋭。矢をまた番ると今度は迫るペルニダの矢に向けて放った。確かにリルトットは口で矢を放つなんて芸当は初めて行っている、指ほど正確な射出は出来ないだろう。

 

 だが、リルトットの能力『食いしんぼう』は口を使う能力である。少なからず素人が口で矢を引くよりも遥かに卓越した腕……いや、口で矢を放てる。そして放たれた矢は意図的に角度をつけてぶつけ合わせるとリルトットに当たろうとした矢の軌道を変えて避けさせる。対してリルトットの放った矢は軌道を変え──

 

「ギャァァァァ!!」

 

 ペルニダの小指に着弾しその指を分離させた。悲鳴を上げて流血を撒き散らしているあたりに最低限のダメージは効いているようだ、これだけ得体の知れない敵だが、少なくとも殺せる可能性は十分にある。

 

「ち、指一本弾けただけ……っ!?」

 

 ただ、そこまで体力が持つかは分からないな──などと考え始めていたリルトットの期待は嫌な方向に裏切られていく。背後から気配があったのだ、振り向くよりも先に避けるのを優先したおかげで回避は成功していたが紙一重で自分の体の横を何かが通り過ぎて行った。

 

 そしてそれは、見間違えるはずが無い。

 

「ヒドラかなんかてめぇ、左腕野郎が!!」

 

 切り離した小指が、左腕となり襲いかかってきたのだ。先程まで殺せるかもしれないなどと淡い希望を抱いていたが、それすら踏み躙ってリルトットに絶望を叩き付けに来ている。

 

「ヒダリウデ、違ウ……名前、ペルニダ」

 

「知ってんだよそんな事は! 滅却師の力だけ持ったバケモンだろ、何者なんだよてめえは……!!」

 

 だが、完全に勝機を失ったわけでは無い。滅却師とはその名の通りに滅却する力を持つ者達であり、ペルニダの事も魂魄ごと滅却してしまえば勝てないわけではないだろう。

 

 だがやはり認められない。このような怪物が存在してしまっている事を、それがさも滅却師であるかのような立場にいる事を。

 

「ナニモノ……ペルニダは最初からペルニダ」

 

 ただ、ペルニダは親衛隊としてユーハバッハの部下として存在している。

 

「バケモノとは、良く言うが。余は元より滅却師である」

 

 そして元々、ペルニダは陛下から力を与えられずに能力を持つ滅却師である。

 

「(っ、今のは何だ……マジで霊王の血でも引いてんのか? 意味分かんねえだろ)」

 

 リルトットは一時的かは分からないが、先程までとは言葉遣いも圧力も異なったペルニダの変化に畏怖する。ただの頭のない敵が知性まで持ってきてしまえば、もはや太刀打ちできるレベルの敵ではない。

 

 だからこそ──

 

「(あー、こりゃ……使うしかねぇな)」

 

 リルトットは、ここでペルニダを倒さねばならないのだ。

 

 ☆

 

 攻め込んだ4人の中で一番戦闘範囲が広いのはウルキオラだろう。全力で戦ってはいないが、リジェの狙撃を避ける為に広く鋭く、それでいて素早く動き回ってリジェに迫っている。狙撃手はスコープを除いて敵を狙うが、そのスコープから外れてしまえば狙い直さねばならないのが普通だ。だから現世でもスナイパーに見つかればジグザグに走って逃げろと兵士は教わる、やっている事はそれと本質的には変わらない。

 

 ただ、ウルキオラは帰刃によりある程度の力を見せてもまだリジェにダメージを与えられていなかった。

 

「他の戦場が気になってるのか」

 

 リジェは余裕があるのか、動き回るウルキオラの動きに澱みが生まれたのを見逃さないどころか声までかけてその精神を削りに行く。

 

「アスキンは甘いように見えて手を抜く男じゃないし、ペルニダも負けた事は無い」

 

 たった4人で攻め込んできた度胸は驚きを通り越して呆れになる。それもここにいるのは滅却師の精鋭であり星十字騎士団でも群を抜いた者達しかいない、親衛隊とはそういう存在なのだ。

 

「それとも、陛下に1人で戦う無謀な馬鹿の方が気になってるのか」

 

 そして、その親衛隊の上に立つユーハバッハに勝てる者など居ないだろう。居たらそれは少なくとも、死神や滅却師といった存在の枠組みに収まらない。霊王を吸収し完全に並ぶ者が居なくなったのが、今の新たな世界の王なのだ。

 

 その強奪が済むまでの護衛の命令もあったが、もはやその必要もない。それは霊王を取り込む前のユーハバッハにすら敗北したウルキオラには、よくわかる事だろう。

 

「よく喋るな、滅却師」

 

 だが、そんな精神的な攻めは聞いてないのか効いてない。

 

「萩風を先に行かせても問題は無い、直ぐに追いつく」

 

 今迄、ウルキオラは目の前の敵を力を使わず倒す事を念頭に置いて戦っていた。何故なら圧倒的な機動力によりそう簡単に被弾せず、一方的に勝つ事も出来たからだ。帰刃をしたのはリジェが想定よりは腕が良かったからであり、もはやリジェの能力で貫かれる事はない。

 

 だが、萩風が先にユーハバッハと戦っているならば加勢に行かなければならない。そうしなければならない敵なのだ、ここで時間を使ってはいられなくなった。

 

「そして貴様の命は、じきに鎖される」

 

 ウルキオラの体が変異していく。今迄の白を基調とした体は黒ずんでいき、霊圧は一気に重苦しいものになる。藍染惣右介によって生み出された破面の数は多いが、その中には幾人ものヴァステロード級の虚がいた。その中でNo.4の立ち位置にいたウルキオラ、しかしその領域に至れたのはたった1人である。

 

刀剣解放第二階層(レスレクシオン・セグンダ・エターパ)

 

 ただでさえウルキオラの動きを捉えられていなかったリジェの体には、翡翠に輝く槍が貫かれていた。

 

 ☆

 

 ウルキオラの槍は容易にリジェを貫けた。それはやはり圧倒的な力をウルキオラが持っていたからに他ならないからだろう。そもそものウルキオラの実力でも卍解状態にある黒崎一護の事を上回っていたのだ、そしてその時よりも成長もしている。

 

 この結果そのものは、当然と言っても差し支えはない。ただ、そんなウルキオラの表情は暗い。

 

「あぁ……しまった」

 

 リジェの事を貫いておきながら、勝ち誇る様子がカケラもないが……それはそうだろう、

 

「三度目だ」

 

 圧倒的な力の差を見せつけても、一度としてダメージを与えられていないのだから。別に攻撃が届かなかったわけではない、攻撃そのものはリジェに二度は届いていた。

 

 ただ、リジェの持つ能力が異質過ぎたのである。

 

「僕は両目を開いている時だけ『万物貫通』の真髄を行使できる、つまり──僕の銃撃はお前の体を貫き、僕の体はお前の攻撃を貫く」

 

 リジェの攻撃は防げない、そしてどんな攻撃を受けても効かない。そんな理不尽な能力を持っていたが故に、ウルキオラはここまでの力を解放して戦っているのだ。知覚が遅れればダメージを与えられるかもしれないと考えての攻撃であったが、残念ながら最高速のウルキオラの動きでは足りなかったようだ。

 

「今この瞬間この世界に、僕を殺せる武器は存在しない」

 

 無論、そこまでの能力とリルトットから耳には出来ていない。全てを貫く狙撃が出来る滅却師、ただそれだけだ。しかしその程度で親衛隊のリーダーを任せられる筈も無いのでリルトットも「多分、ヤバい能力がある」と警戒は促していた。だが警戒なぞ、この能力の前には無意味であっただろう。

 

「僕は戦闘で危機に陥ったごく短い時間だけ、両目を開く事が許されている。僕が両目を開いたままでは罪人共に不公平だからだ」

 

 ウルキオラは強い、だが理不尽なのは自力の部分でありそれ以外はハッキリ言って虚の延長線上にしかない。間違いなく破面において最強なのは彼であるが、理不尽を正面から破る力はない。いやそもそも、そのような力を持つ者は死神であってもそう居ないのだ。

 

「だが、一度の戦闘で三度目を開いた場合のみ、以降眼を開いたまま戦う事が認められている」

 

 リジェの双眸がウルキオラを睨む。それはウルキオラを脅威として認識……などという優しいものではない。瞳の奥に怒りはある、だがそれは誰に対してかと言われればウルキオラに対してではあるのだが、それは許容できないという眼をしている。

 

「僕は陛下が最初に力をお与えになった最初の滅却師──陛下の最高傑作──神に最も近い男」

 

 神に最も近いと自称する彼がウルキオラ”程度”に力を引き出された。そんな事が許されて良いはずが無い、何故ならリジェはウルキオラと同格であってはならないのだから。

 

「御託はいい、さっさと来い」

 

 だがウルキオラに焦りはない、神を自称しようと悪魔を自称しようとそんな事はどうでも良い。ただ今は萩風がユーハバッハと戦っているのだ、こんな所で時間を食っていられない。

 

「その僕が三度も眼を開く事など、あってはならない事だ」

 

 リジェの開かれた目から閃光が煌めく。するとその光はやがて彼の前身に宿っていき、人の形から離れて行く。

 

 ☆

 

 光が収まり始めた時、そこにはリジェの姿は無かった。

 

神の裁き(ジリエル)

 

 神の使徒として、裁きを与える存在としてリジェという人だった者がそこにいたのだ。不要な腕は消え、代わりに8つの翼が生え、光輪が頭に乗っている。まるで天使という物を歪な形で想像力したような格好だろう、しかしそれにリジェは酔いしれているような顔をしている。

 

 これになった彼は、絶対に負けないという自信があるのだから。

 

雷霆の槍(ランサ・デル・レランパーゴ)

 

 ただ、ウルキオラはそれに対して一気に攻める。ウルキオラの圧倒的な速度は健在であり、リジェの裏に回ると淡い翡翠の槍を投擲する。回避する事もなくリジェに着弾した槍は、そこを起点に辺りを巻き込んで大爆発を起こした。自身ですら間近に投擲する事を避けるその威力は絶大であり、離殿の一部を大きく損壊させる。何度も使用すればこのフィールドそのものがもたない、そんな威力の技だ。

 

 ただ、相手が悪い。

 

「言ったはずだ、この世界で僕を殺せる武器は存在しない」

 

 リジェは避ける素振りすら無かったが、それは避ける行為が必要無かったからだろう。技の威力だとか、速さなど関係がない。ただ攻撃が効かない存在なのだ、正面から挑んではならない。搦手でなければ傷を負わせる事すら不可能なのだ。

 

「ならば、貴様らの天敵の技はどうだ」

 

 だが、まだ諦める段階ではない。攻撃を無力化する存在であっても、滅却師である事には変わりはないのだ。そして虚とは滅却師の天敵であり、その力は有毒である。

 

王虚の閃光(グランレイ・セロ)

 

 その禍々しい霊圧から離れた最強の虚閃(セロ)は、雷霆の槍で開けた大穴を更に広げていた。

 

 ☆

 

 残火の太刀の灼熱の閃光、防御負荷と言えるだけの威力と速度を持つそれが放たれてしまえば勝負は決したと言っても良いだろう。そんなものを耐えれるならば、それは死神でも滅却師でもないだろう。

 

 ただ、受ける方法も避ける方法も無いわけではない。

 

「陽炎か、そんな物で避けるとはな」

 

 ユーハバッハは落胆したような声で、萩風の居る方に向く。萩風の斬魄刀『天狐』の能力は陽炎を作り操る事、周囲の気温に依存するそれは残火の太刀によって引き上げられた気温で相応の力を行使できたのだろう。それこそ、ユーハバッハが気付かないほどに奥義を対処した。

 

 だが、だからこそユーハバッハは落胆している。

 

「今のを正面から受けれない時点でお前の底など知れている」

 

 避けるのは悪くないだろう、しかしこれを防げなかった時点でユーハバッハが本気を出せば簡単に潰れてしまう事に落胆してしまったのだろう。ユーハバッハは遥か先にいる、その力を試せるかどうかというのもあったが、それよりも見せ物にしている萩風と言う死神のレベルを高く見積り過ぎていた事にガッカリしているのだ。

 

「本来であれば、ここには黒崎一護が来るはずであった。だが貴様のような異物が混ざり込んだ者がいる事で未来が変わり、貴様がいる……それをどこで手に入れたのか興味もあったが、もはやそんな物はどうでも良い」

 

 何やら呟いているようだが、萩風は卍解に残火の太刀に備えて距離をとっている。ユーハバッハとお喋りをする為にここにいるのでは無いのだ、そして小手調べ程度にしか使われていないこの卍解を破らねばならないのだから、余裕なぞあっても微々たるものだろう。それだけ、残火の太刀というのは規格外の卍解なのだから。

 

「それに問題も無い、黒崎一護の元へは後で行ける。そして全てを奪い、世界を作り直そう」

 

 萩風の卍解は解除されている。この能力を前に相手するのは愚策と考えての事か、はたまた時間制限でもあるのか。少なくとも卍解は卍解に太刀打ちできると言われてはいるものの、ここまで力という点において差があれば話は異なるだろう。

 

「まずは、この一撃で貴様の体を消し炭にしてからだがな」

 

 また霊圧が煤けた太刀に込められている。今度は逃さないつもりなのだろう、確実に本体を狙っている。陽炎の欠点として動かなければ本体を誤魔化せる一方で、動けば相応の使い手には見抜かれてしまう事がある。それも情報として得ているのだ、藍染惣右介のような斬魄刀──鏡花水月の完全催眠でもなければ、ユーハバッハを欺く事などできやしない。

 

「さらばだ」

 

 そして、ユーハバッハのその一言と共に閃光が放たれた。熱の塊は全てを消し飛ばず、どんな盾や鬼道でも跳ね返せない。ユーハバッハですらこの卍解との戦いは避けたのだ、護廷十三隊を絶望に染め上げる一撃は容易く希望を消し飛ばしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と、一方的に喋るが……満足したか?」

 

 が、そんな事は起こらなかった。陽炎でぼかされる事などは無く、残火の太刀による一撃は萩風を穿つ事なく受け止められている。斬魄刀、それも始解しかしていない斬魄刀が止めていた。あり得ないと言っていいだろう、そんな事ができる程の使い手でも斬魄刀にはそんな強度はない。

 

「俺の斬魄刀、天狐の能力は陽炎を作る事……ではない」

 

 ただ勘違いしていたのも仕方ない。萩風は斬魄刀の能力を伝えた事など殆どない。知るのは護廷十三隊においては自身の師と一時的に弟子だった死神だけであり、その2人ですらどこまで扱えるのかを知らない上で『陽炎を操る』という能力が主だったものであると話している。

 

「得意としてるし、そう話した事もある。ただ本質はそんなものじゃない」

 

 でなければこの能力は特異的な時を除き、弱い。それに説明する時が来た時にそう伝えれば済むし、実際それ以外で戦闘に扱える能力は無いと言っても差し支えはないだろう。

 一応、焱熱系の斬魄刀なので炎を生み出す事はできるのだが、同じ霊圧を込めても出せる火力は『飛梅』などに大きく劣る。

 

 だからこそ、ここまでの力があると知られていない。

 

「炎という元素の隷属、世に存在する炎は火力の大小と方向性に関わらず支配権を得る。俺の知る限り……どんな炎であっても、だ」

 

 本人でも偶にその能力を忘れかける程度に使うことの無い力であり、一時期は陽炎の操作に没頭していた時は完全にそういう能力と思い込んで自身の斬魄刀に怒られた事もある。そしてそれだけ、誰にも知られていない能力でもある。

 

 そもそも、そんな機会もなかったのだ。萩風は死神としては100年以上を生きていても、実戦経験はその時間の割に圧倒的に少ない。それに炎を操れるからと言ってどうにかなる敵は殆ど居ない、何故なら護廷十三隊にはその領分における最強がいるのだから。萩風が出るなんて事態が起きるはずも無い。

 

「ただ純粋な出力は焱熱系最弱の自覚はある、卍解してまともな火力になれる程度で宝の持ち腐れだったのは否めないが……その斬魄刀ほど、相性の良い相手は存在しない」

 

 ゆえに萩風は、斬魄刀の力を鬼道や斬術で補った。でなければいくら扱えるようなっても強くなれないからだ。総隊長と戦うなんてことがなければ輝く事などないと言える斬魄刀、焱熱系最強の斬魄刀が流刃若火ならば天狐は焱熱系最優の斬魄刀にはなれる。

 

 だがそれも、始解や卍解までの話だ。

 

「卍解・改 紫怨(しおん)火狐ノ皮衣(ひぎつねのかわごろも)

 

 広範囲に炎を操る力を持つ『陽炎天狐』の力をそのままに、それを一極集中した上で霊圧の出力も萩風100人分を1人で出せるようになった姿がこの『紫怨・火狐ノ皮衣』だ。背中で揺蕩う尾は本人の出力限界を示しており、本人が万全なほど力の引き出しが許可される。

 

「総隊長の火は、お前が持っていて良いものじゃない」

 

 そして最初から四本の尾を漂わせ、萩風は紫紺の斬魄刀を握り締める。その刃の周りには残火の太刀の奥義二回分の焔が宿っており、更にユーハバッハの展開していた他の炎も根こそぎ吸収し、暗く淡く輝く一撃に込める。

 

「奥義 天地斬滅(てんちざんめつ)

 

 本殿が一撃にして、その形を失っていく。それだけの火力が、この斬撃には乗せられていた。

 

 ☆

 

 世界が赤い。まるで地獄のように炎だけに包まれた世界、太陽の中に国があればこんな景色なのかもしれない。それが下界の全ての死神やその他大勢の者達に見せられている光景であり、その中を二つの影が動き回っている。

 

 そして、それを見る事は瞳を閉じれば病人であろうと怪我人であろうと関係ない。そしてそれは、まだ覚醒しきれていない砕蜂の瞳の裏にも映り始めている。

 

「(これは、夢……なのか?)」

 

 頭の中がまだ覚醒していないからか、視界がぼやけている。その中で得体の知れない黒い影に包まれた何かが、炎をばら撒いている。屍を使役し、炎を向かわせ、もう一つの影に追わせている。何が駆り立てるのか、ただこれが夢のようでそうではない事を少しずつ理解していく。

 

 何が起こっているのか、炎が知らせてくれる。

 

「(あぁ、あれは残火の太刀……それと渡り合うのか。これが……)」

 

 総隊長の力が奪われ、使われている。許し難い現実が見えている理由は分からないが、そうである事を砕蜂は理解した。そしてそれと戦っているのが誰かも分かってしまう。顔や装束はぼやけてはいても、その背中にある四の数字が見えるからだ。

 

 そして、護廷十三隊の誰もが萎縮してしまいそうな山本総隊長の卍解へ臆する事なく戦い続けている。そんな事が出来る隊長を、割り切れて戦えるような死神を彼女は1人しか知らない。

 

「(そうか、萩風は……)」

 

 かつて耳にした萩風の隊長としての心構えが、頭の中に浮かんでくる。隊長とは何なのか、卍解の有無ではないと語った姿が浮かびそれの後の言葉が響いてくる。

 

「……もっと早く隊長になれと、言ったのだがな」

 

 思わず、満身創痍な体からでも言葉が漏れてしまう。目を閉じていたいが、閉じていては何も出来ない。ただ見守る為だけに、護廷十三隊の隊長をしているのではない。

 

 目を開ければあるのは知らない天井、だがどうやら四番隊の治療を受けているようで、幾分か体は楽になっている。致命傷を受けたとも考えていたが、相当手を尽くしたのだろう。今の砕蜂は起き上がるだけなら問題無く出来る。

 

 そして、忙しなく動いていた副隊長がそれに気付く。

 

「砕蜂隊長!? 目を覚ましたんですか!?」

 

 虎徹は四番隊として門を作る者たちとは別に、ここに残っていた。万が一にも滅却師に襲撃されても大丈夫なように、万が一にも容体が急変しても対応ができる虎徹勇音が残っていたのである。

 

「寝てなどいられぬな……次の総隊長の勇姿を、見逃すわけにはいくまい」

 

 周りを見てみれば、怪我人の殆どが目を開けていない。目を覚ましていないというわけではないのだろう、ただどこかで起きているこの2人の戦いから目が離せないのだ。

 

 ただ、1人だけ違う。それは砕蜂が起きたのにもすぐ気付けたから、気づけたとも言える。他の四番隊の隊士でも目を閉じて観戦しているが、彼女だけは目を閉じていない。

 

「何だ、萩風が負けると考えているのか?」

 

「いえ、ただ……」

 

 別に圧をかけた言葉ではないが、彼女は言い淀む。そんな深い意味の言葉を吐いたわけでもないのだが、虎徹は何やら身を浅く捩らせながら手元を結んでは離しまた結んでは開いてを繰り返している。そしてそれが、顔が見られるのが恥ずかしいからという行為であるのが察せられれ。

 

 それが何なのか、いくら疎い砕蜂でも気付く。

 

「どこか、隊長が遠くに行ってしまうのが……置いていかれてそこにいない自分が、嫌なんです」

 

 虎徹勇音は常に萩風の後ろにいた死神だ。後ろから常に萩風カワウソという死神を追いかけ、誰よりも萩風カワウソを見ていた。だからこそ、また見ているだけの自分が嫌なのだろう。でなければここで隊長の帰る場所を守ってなどいない。

 

「だから、この戦争が終わったら……」

 

 その言葉の後が消え入ってしまったが、何を続けたかったのか分かってくる。彼女からしたら同性であり、心中を打ち明けても心に余裕のある人の多い隊長ならばと口にしたのかもしれない。不安から口を開いてしまうのは、悪い事ではないだろう。

 

 ただ、砕蜂は虎徹から目を逸らす。

 

「(そうか、慕われているのか……隊長としてだけでなく、1人の……)」

 

 そんな想いを目の前にしてしまい、彼女にとって萩風カワウソという死神の大きさが見えてしまう。ならばと、砕蜂は簡易的に作られた病床から立ち上がる。

 

「なら、私は行こう」

 

 ここで呑気に観戦していても、何も変わらない。いや瀞霊庭での戦いなどとっくに終わっているのが霊圧を感じ取ればわかる。それに今の砕蜂は万全とはほど遠い。

 

「砕蜂隊長!? まだ万全じゃ……」

 

 そんな彼女を虎徹は静止するが、それが聞かないのは分かる。何故ならそんな言葉を毎回断る上官が居たのだから、それと同じ目をしているのだから。

 

「まだ隊長としての仕事は、あるはずだ」

 

 砕蜂もまた、帰る場所を守りに行くのだった。

 

 ☆

 

 本殿が半壊し、視界が開けた。同時に残火の太刀によって消えていた水が戻り、雨となって霊王宮に降り注いでいる。

 

 霊王宮という名は伊達ではないのか、萩風の放った攻撃で上部分は全て消え去ったが、その程度済んでいるのは奇跡とも言える。あの技はウルキオラとの戦いでも使わなかった萩風の持つ最大火力の技であり、自身の陽炎を消費して放つ一度の卍解で数の限りのある大技である。一言で表すなら炎の斬撃としか表せないが、総隊長の炎を吸い上げて放たれたそれは大気の雨から湯気が出ている程の熱量があった。

 

 正真正銘、卍解・改という萩風の到達点から放たれた最大火力であった。

 

「お前と私の違いを、教えてやろう」

 

 だが、それでも届かない。ユーハバッハという存在には、勝てない。しかし、当たっていなかったわけではない。

 

「格だ、存在そのものがもはや大きく乖離した存在なのだ。だが今の一撃、卍解の破壊に注力しなければ手傷程度は受けただろう……何故そうしなかった」

 

 萩風は総隊長の卍解、その破壊を最優先として技を放った。それによりいくらかユーハバッハに対しての威力が減衰したのだろう。それにユーハバッハには元々この一撃を耐える力を持ってしまっている、手傷を与えるという点は正しいが、そんな傷は即座に治癒されてしまうだろう。

 

「山本総隊長の卍解をお前が持ち続ける事は護廷十三隊の一隊士として許せなかった、それを取り返せずとも取り上げる事は不自然な事ではないはずだが」

 

 だからこそ、萩風はそれを見越して斬ったのだ。意味ある行動をした、傷を負わせて勝てるほど甘い相手ではない事は計り知れない霊圧を感じ取っているからこそわかっている。

 

 萩風自身、その霊圧を感じ取れるだけでユーハバッハに何が出来るかは分かっていない。ただ何でも出来る、そう感じさせてしまう霊圧を持っているのだ。

 

「その理に適った考えが、貴様の弱さだ」

 

 そしてそんな萩風をなおも落胆した双眸が、数多の眼が見ている。

 

「お前は誇りを気にし、勝たなければならない戦いに見かけを気にし、心情を優先する。護廷十三隊の隊長でありながらお前はこの戦いで唾棄すべき心構えで勝機を逃した」

 

 影は萩風を取り囲んでいく。逃さないという意志を感じるが、それ以上に明確な殺意が宿っている。ただそれが霊王の意志によって引っ張られているのか、それともユーハバッハの力がまだ安定していないのか、目は萩風を様々な表情で見ている。目だけでも読み取れてしまうほどに、萩風に集中しているのだ。

 

「致命傷を与える可能性があったのはあの技だけだろう、その可能性を貴様は無駄にした。私の油断のある時間で機を失い──

 

 

 その時間は今終わった!!

 

 そして、絶望が目の前に具現化する。

 

「褒めてやろう、想像以上に護廷十三隊は希望に満ちている! だがもはや貴様の力を支えていた山本元柳斎の力も消えた! 貴様の作り上げた希望は、より深い絶望へと堕とす為の重石でしか無い!!」

 

 萩風の力を出した。ウルキオラを圧倒した時よりも強かった、だが勝てない。そう思わせるほどの霊圧の差がある、不気味さがある、底の知れなさがある。勝つという言葉を虚勢で吐くにも躊躇うほどに、目の前の巨悪が大き過ぎた。

 

 それを相手に萩風はよくやった、護廷十三隊の誰もがそう言うだろう。総隊長の卍解を取り上げ、能力を使っていないとは言えこのユーハバッハと渡り合えてもいた。

 

 だが、その全開を更に超えた力でも勝てないならば諦める他ない。世界の終わりを眺める事しか出来ない。自分の死に方は選べない。

 

「さぁ、その卍解も……」

 

 力を出し尽くしただろう? そんな言葉を続けるつもりだったのかもしれない。ただそれは──

 

「山本総隊長の力は偉大だった。そして、その全てをお前は奪えなかった」

 

 ──更に膨らんだ霊圧に遮られていく。

 

 ☆

 

 卍解・改は解かれた。にもかかわらず霊圧が膨らんでいく。先程のが全力ではなかったのか? そうユーハバッハが聞くまでもなく、それが全力でなかった事を示している。

 

 いや、本気ではあったのだろう。ただ単純に、それが出来るところまでしか出せなかったというのが正しい。

 

「築いてきた歴史と紡がれてきた意志、それは護廷十三隊に宿っている。そして何よりも……誇りを奪う事は出来なかった」

 

 総隊長の卍解を壊したのはそれを優先したからというのは勿論ある。奥義を使い、総隊長の炎を取り込み、最高の一撃を放ったのは間違いない。ただそれは、あの状態の萩風にとって最高の一撃である。

 

 いくら萩風と言えど、自身の持つ最高の一撃をユーハバッハに向けないわけがない。総隊長の卍解を取り上げる以上に、ユーハバッハという宿敵を倒す方が必要であり、その結果として総隊長の卍解も解放できる。

 

 そうでないなら、あの行動はしない。

 

「誇りか、ならばその誇りとやらで何が出来る」

 

 斬魄刀から放たれた炎が萩風を周り舞う。それは何かを待ち侘びているかのように、世界から色を抜いていくかのように滑らされている。萩風という存在を世界から強調するそれが、萩風という存在を塗り替えていく。

 

「見ろ、そして慄け。これが──誇りの力だ」

 

 斬魄刀の色が変わる。薄い橙色に変色したかと思えば赤くなり、まるで炎のように色を変える。世界というものに左右されないものが、現れようとしている。

 

「卍解」

 

 呟く言葉が号令となる。舞っていた焔は萩風を包み込む。もはや常人では感じ取れないような霊圧が放たれ、刀と死神が焔の中で溶け合っていく。腕から入り込んでいくそれは、帰るべき場所へと回帰していくようにも見える。

 

 いくらでも疑って来ただろう、斬魄刀という力を信じられずにいた時期もあった。隊長というものが自分より格下に思えてしまった事も多かった。そんな力がない事を説明する方が楽な程に力を付けた自覚もある、そしてそんな力を目にする事が一度として無かった。

 

 聞く事は出来なかった、聞いてしまえば存在しないと言われてしまいそうだったから。そう言われて諦めるなら、そもそもそこに至れる才覚は無いと言われているような気がしてしまったから。

 

 何百年も、自分の事を信じられなかった。

 

 だが、辿り着く事を諦める理由にはならなかった。

 

改弍(かいに)装衣(そうい)

 

 ここからが、萩風カワウソという隊長の戦いである。





今回は3週分ぐらい書いた気がする。感想見たら燃えちゃって気づいたら書いてた。このまま燃え尽きるまで頑張りたい。
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