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霊王宮に連れてこられてから、時間が経った。時間としては2日も経っては居ないが、萩風にとってはそうではない。
萩風がいる空間は雪緒の能力により歪んだ時空で1週間は経っており、その間は修行に勤しんでいた。黒崎一護が斬魄刀を打つ際に冷やす為の水を干上がらせたので斬魄刀の打ち直しは行っていないが、飯を食らい服を仕立てられて万全の状態ではある。
だが、まだ下に向かっていない。いや、向かえないのだ。それは滅却師の力や虚の力の制御が出来ないから、なんて理由ではない。無論それは要因ではあるが、萩風は自分の意思で上に残っていた。
それは隊長として戻る為に、皆を守る為だ。
萩風は今の自分ではユーハバッハどころか藍染惣右介にも勝てないことを分かっている。黒崎一護に敗れたという藍染惣右介、しかし萩風は自分の力が彼に劣っているとは考えていない。だからこそ何かしらの手を使ったと思うが、ありふれた手段を圧倒する事はよく分かっている。
だからこそ、その境地があるのでは無いかと考えていた。まだ、そこに行く可能性を諦めていなかった。
ただ、そんな萩風を見兼ねたのか。はたまた何かを諭したいのか、突然萩風は精神世界に引き込まれていく。
「……修行中に珍しいな、そっちから呼び出すなんて」
それはあらゆる決定権を委ねている自身の斬魄刀、最も付き合いが長く萩風にとっては最愛の存在『天狐』が呼び出したからに他ならない。ただ、呼び出される事は珍しい。
今迄呼び出された事はあるにはあるが、それは限界を超えて死にかけた時だけであり少なくともそれ以外で呼び出された事はない。それに呼び出された時は大抵罵声から入りしこたま怒られては膝枕をされて諭される迄が一連の流れでもある、今回はそれが無い。
そして、長い付き合いだからこそ彼女の顔色が意味深に沈んでいるのも分かってしまう。
「いや、分かってるよ。長い付き合いだしね──伝えにくい事なんだろ」
彼女が伝えにくい事、それでいて呼び出すほどの事は殆どない。そして互いの共通認識の中で、あるのは一つだけだろう。無駄な努力を、無益な自分への虐待を、止めたいと考えている。それだけの事を、その根源に言いたい事があるのだ。
そんな事は、やはり一つしかない。
「卍解・改弍なんて、存在しない。幻想を追いかけるのはやめろって話でしょ?」
ただこの問答そのものは昔からあった。
「分かってる、分かってはいたんだけどね……無くても新しく創る以外に、もう俺には進む道が見えなかった」
だが、諦められなかったのだ。いくら自分の斬魄刀に否定されようと、一度としてその力を周りから感じた事が無くとも、一度として自分の力を信じていられなくとも、辿り着く以外に死神としての歩み方を知らなかった。
もはやただの届かない目標、形骸化した夢であり自分を無心で反射的に鼓舞する為だけ存在したそれは、呪いのようだった。
「何かを掴みそうだったのに、結局……俺は足りなかったんだ」
どこかで救いを求めていたのかもしれない。誰からもその存在について聞けなかった、その答えが自分の求める事とは離れたものになると感じていたからだろう。実際何度か卯ノ花総隊長から指南を受けて、境地に至らずともその力を超えた自覚もあったが、そんな事で超えてしまった現実を受け止められなかった。
「昔は自分の力が跳ね上がる環境にいたからか、いつの間にか修行して強くなるのが嬉しかったし、苦痛はあっても心は大丈夫だった。
ただ──折れる時は、折れるんだな」
新たに創る力もなく、ただ止まった成長を少しでも長引かせる為に体を酷使して来たが、その力ももうここに呼ばれた時点で気力が保たない。
上に残っているのはその力に踏ん切りをつける為だ。その境地に至るか、諦めるか。その二つに一つ、萩風はもう諦める方に折れかけていた。あと何か一押しがあれば夢は儚く散るだろう、ただそれでもギリギリで踏ん張って耐えているのか握りしめた拳は精神世界でも血を流している。それだけの存在だったのだ『卍解・改弍』という夢想はまだ萩風に淡く微かな光を見せているのだ。確かに無いと論ずる方が簡単だが、あると論ずる根拠もゼロでは無い、だからまだ踏ん張れている。ただ踏ん張れているだけで、やがて摩耗した精神が擦り切れるまでの時間しか保たないだろう。
「カワウソ、一つ昔話をする」
そんな主人に向けて、天狐は慰めるでもなく話を始める。萩風は自嘲するように上を見上げて如何に自分が小さかったかを考えているのかもしれないが、それを気にせず天狐は続ける。
「世界まだ生死の境が無かった時代、緩やかに消えていく世界の中で1人の存在が生まれた」
興味がない、そもそも座学にそこまで熱が入らなかった萩風にはすり抜けて行くのは必然だろう。鬼道を覚えられたのも、抜群の使い手である卯ノ花から習ったからでありそれ以外に興味はない。
「羨ましかった、同時にあんな者が存在していた事が──許せなかった……!!」
ただ、そんな萩風でも熱の入った彼女の声は響いて来た。普段の彼女からは現れない激情であり、萩風を叱る時に含まれた怒気を10割にしたような悲痛な叫びが精神世界にこだまする。
「
今まで、斬魄刀の『天狐』から話がされた事はなかった。そもそも話す事なんて世間話や修行についてであり、萩風の話す内容を一方的に聞き流していた。自分の事について語った事があるのは『始解』や『卍解』について語った時以外に無い。
「その潰した奴が貴様の知るあの坊主だ、完膚なきまでに潰されたんじゃろうな。名を失い……全てを失った」
何が彼女をそうさせたのか、それはその原因たる和尚のせいか。しかし和尚について萩風は深く関わっておらず稽古は必要無しとして見送られており顔を合わせた程度の関係だ。だが、彼女はそうではなかったらしい。
「あやつの力は名を名付けるというのもあるが、力ある名が現れたら自動的に認知するからの。妾のように力を失くし取り戻してもいつでも力を奪い取りに戻って来れる、前に斬魄刀は誰かに名付けられた物とは言ったがあくまでもそれは妾など一部の例外じゃったな。正確には『名を付ける力』と『名を知る力』があの坊主の持つ能力じゃ」
知るはずがないことばかり話される。ここまで饒舌な彼女は初めてだろう、それだけ止めどなく流れ出ているのだ。しかし、それはあくまでも前振りである。
「だがあえて言う、これは私が主人と認めたお主には伝えなければならん」
ここで萩風は天狐と初めて目を合わせる。紫紺の瞳に吸い寄せられるような感覚に陥るがそれは初めて会った時もそうだった、妖艶な彼女を引き立たせる豪奢な金髪と獣耳、そして尻尾は彼女をこの世のものではないかのように輝かせている。いつもは結っている髪も今は降ろし、深紅の爪を向けて萩風を指差す。
その姿を萩風は見た覚えがある、それは『卍解』を伝えた時に感じたものと同じだった。この後に続く言葉が萩風の力を変えた、道を示した。その時と同じ空気が流れている。
「カワウソ、よく聞け。今から妾の本当の名を──
──伝える事は出来ん」
天狐は目を逸らした、何処か申し訳なさそうに、顔を少し紅くして目を逸らした。同時に、今まで沈んでいた萩風は天狐の足に抱きつく。
「この流れで!? そんな信用無かった!? 普通ここでトドメ刺してくる!?」
「ええい黙れ! 縋り付いてくるな! 妾だって恥ずかしいんじゃからな!?」
「素直に諦めさせるならやり方があるじゃん! 上げて落とすなんて人の心の中に住んでる癖に薄情だよね!!?」
萩風の気持ちもわかるだろう。折れそうになっていた心の柱が立て直されそうになった途端にへし折ろうと飛び蹴りを入れられたのだから、それも背中を信じて任せていた相手から背中に蹴りを貰ったのだからこうもなるだろう。
ただ、天狐とてそんな薄情な斬魄刀ではない。
「思い出せんのだ、そもそも今の話も名という枷で縛られた妾が緩んだ時に思い出した断片的な記憶に過ぎん! だから言いたくなかったんじゃぞ!? 思い出せなかったなんぞ恥ずかし過ぎて火が出るような気分になったわい!!」
伝える事が出来ない、そう彼女は言った。それは言いたくとも伝えられないと言う事であり、そもそも話す事なんて出来ないのだ。それに天狐の記憶にあるのは精々そんな時代が存在した事やその時の一際強く残っていた激情などであり、曖昧な部分も多く話すにしても全てを話す事は到底出来ないのだ。
だが、話したのはその為ではない。あくまでもそれが前座だ。
「それにお主、鈍感なのは今に始まったわけじゃないが……違和感に気づけ」
萩風を振り払い、顔を近づけてデコピンで無い頭を跳ねさせる。頭をしっかり働かせろと言いたいのだろうが、働くまで待っていては日が暮れてしまうかもしれない。それだけ萩風への信頼というのは長く共にいるからこそ分かっているのだろう、彼女は話始める。
「斬魄刀とは心を写した物じゃろ? それが何故そんな生まれる前の記憶を持っているのかぐらい不思議に感じろ」
「え? そんなもんなの?」
「こいつ……学院時代に妾を目覚めさせておけば、扱き尽くしておったぞ。というか後で絶対扱く」
知識もないのに変な勘や運だけで生きてるこの死神にため息が出ると同時に何かしらの意志を固めたが、そんな事に突っかかっていては話は続かないし終わらない。仕方ないので流していく。
「結論から言えば、妾はお主に紛れ込んだ魂魄の断片なのじゃろう。その証拠に、妾はお主とそこまで似ておらん」
呆れながら答える天狐の顔色はもう青くなってきている。ここまで話すのが面倒になるとは思わなかったのかもしれないが、それとは対照的にかなり大きな事を呟いている。魂魄が紛れ込む事は確かにあるがそれが意志を持つほどになるのは少ない事例だ、元々の萩風カワウソという魂魄が弱かったからこそ割合として少なくとも大きくなっていたというのもあるが、萩風と共に強化されていったからというのもあるだろう。
「その影響かは知らんが、お主の心はずっと若いままでな……そろそろ年相応に落ち着いて欲しいんじゃがな? というか外面は普通に年相応なんじゃから頑張ってくれんか?」
「頑張ってるから外面が相応なんだけど」
「こいつ、所帯でも持たんと落ち着かん系統の男か……」
何か諦めたように溜息を吐く天狐、何か呟いているようだが萩風の耳には届かない。ただ本当にここで問い詰めたい所ではあるものの、仕方ないので流そうとしているみたいだが『ここから先の話について来れるか? 無理だよなぁ』という顔をしている。
「ところで、なんでこんな話したの?」
「はぁ? 何で妾が恥辱に塗れながらうろ覚えの昔話を引っ張り出したと思っとるんじゃ」
ただ、そんな彼とは数百年以上の付き合いがある。そこには時間だけでは語れない物が、誰よりも長く居たからこそある仲であり、互いを絶対に裏切らない程の繋がりがある。
「お主が望んだからに他ならんわい」
自分の全てを曝け出す事に躊躇いこそあれど、後悔する事はない。必要ならばどんな屈辱的な記憶でも、恥辱に塗れて話すだろう。それが主人と認めた萩風カワウソの求めた事ならば、天狐は必ず打ち明ける。
そして彼女は誰よりも萩風カワウソの求めた境地への渇望を知る。それについて誰よりも頭を悩ませていた者でもある。
「あの坊主も、その上にいる奴も出し抜く。お主と妾なら出来る。そして──その先の力の名を考えて貰う」
名前、そう聞いて萩風は一つの記憶が呼びでてくる。
「名を……天狐に付けるのか?」
彼女に名付けた事は一度だけある。それは壊れた卍解を修復し、新たな形に固定する為に必要であった力『卍解・改』を名付けた時だ。あの時も何日か名を悩み、やっと了承を得たものであるが学があまりない萩風にとってはある意味頭の痛かった記憶だ。それが思い出されているのか少しだけ言葉に表しづらい顔をしている。
「『また名付けて欲しいの?』みたいな顔をするな。あれは卍解を新しい型に嵌めたものであって、本質的なものは変わっておらん。死神という枠に収まったままのものじゃ」
ただその『卍解・改』とはあくまでも形態を表す為の名があるなら『補修卍解』である。名が緩んだ所に斬魄刀の保有者が力を加える事で卍解の形や方向性が変異した存在であり、あくまでも本体の出力は大きく変わらない。萩風のそれも1つに集めた力に変わっただけであり、斑目一角の能力も周囲の霊子を吸収・放出する力を得た以外に変わったのは形状ぐらいである。
ただ天狐の名前は確かに変わり、強くなった事は間違いない。それでも十分に護廷十三隊はおろか、尸魂界の歴史に名を残せる偉業ではあるだろう。
だが、まだそれは死神という枠組みに収まっている。
「妾はもう名を思い出すのは諦めた、代わりに主が名付けろ」
だからこそ、その枠を外しに向かう。
「この力は妾とお主が完全に融合した新たな個としての名前じゃ、半端な名を付ければお主も妾も固定されず分解されて消えてしまうような力になるが理を少し、曲げる程度は出来るじゃろ。
『融合卍解』とか表す所じゃが、まぁ一言で言えば──」
萩風カワウソは正直地頭は悪くはない、回転などはしっかり出来る。ただ単語の羅列をした時など国語力が学院時代に築けなかったのでよく回転が間に合わなくなる。
だからこそ、簡潔な言葉が一番響く事を知っている。
「──お主の望む『卍解・改弍』に、至れる」
この言葉が彼女から、それも自発的に否定以外の言葉で出てきた事はないだろう。彼女自身その言葉を避けていたというのもあるが、辿り着けないと最初に諦めを促していた者でもあるからだろう。頭を悩ませていたのも萩風がその境地を諦めず邁進していたからであり、その可能性と気力をーー主人の生きる意味の主軸に関わるそれを折りたくはなかったのもある。
ただ、その境地を彼女も求めていなかったわけではない。
「何で、そんな……今迄は」
感化されたのは否めないが、彼女も全力でその力を欲した。それだけの熱があったし、理由がそれに油を注いでいた。強くなりたい、強くありたいと考えているの萩風だけではなかったのだ。
「何故今って顔じゃな? 理由はあるぞ」
ただ何故今なのか、それは彼が折れかけていたというタイミングでもあるからだが、それだけが理由ではない。和尚に出会い、自身の起源を知り、記憶を掘り出し、必要な力の根源に近づいたからでもある。
だが、一番の理由はそれではない。
「今のお主レベルにならんと名をつけてもそのまま固定なんぞ出来るものか、そもそも気付けている斬魄刀なぞこの世界に片手で数えられるほどしかないと思うしの」
萩風は強くなった。本人の自覚は薄いが、それこそ横に並び立てる者をあげる方が難しくなるほどに。ただ努力し身を削っては自身を治してきた萩風カワウソという死神は、誰よりも前を向く力がある。そしてそのまま、臆せず進める事を彼女は知っている。
「それでは、名付けて貰おうか。妾と主の新たな名を」
天狐は前を向いた萩風の目を見る。もはや折れかけていた死神は居ない、もう前を進む事しか考えていなかったひたむきな馬鹿の姿があり、そんな馬鹿に感化されてしまった自分の事も瞳の奥に映っている。
「和尚も霊王も超える、最高の名じゃ」
もう、理や世界が阻もうと彼らは止まらない。向かう先は理の果てである。
☆
その姿は尸魂界に震撼を与えていた。萩風カワウソが単独でユーハバッハに挑むという見せ物は山本総隊長の卍解を打ち破るところから始まり、本気を出したユーハバッハとの戦いに入ろうとしていた時だった。そんな2人の戦いに全ての死神は釘付けであった。
そしてその中で、最も皆の視線を集めたのは萩風の新しい卍解の事だろう。名称など耳にした事は無い力であり、山本総隊長の卍解を打ち破った卍解の先にある力を超えた力の解放だ。そしてそれが口先のことでは無いのは、炎の中から現れた存在から察せられる。
ただ、そんな姿に思わず浦原喜助は戸惑っている。
「卯ノ花、総隊長……あれって何ですか?」
その姿を、浦原喜助はこの中で知る数少ない死神だ。しかしそれはあくまでも知識として有している程度であり、実際に目にしたわけではない。この問いかけは「これはなんだ?」という問いかけというよりも「何故こんなのを萩風カワウソが使っているのか?」という問いだ。
「いえ──私も初めて見ます」
ただ、卯ノ花ですら初めて目にする力だった。そして他の隊士達も似たような反応であり、見たことの無い力を、卍解を明らかに超えた何かの登場に戸惑いと興奮が混ざり込んだ希望を持って見届けている。
ただ、そんな中で唯一この力の領域に至った者が信じられないといった顔をしている。
「(これって間違いなく、最後の……っ!?)」
黒崎一護だ。この力の存在を知り実際に行使し、そして霊圧の全てと死神としての能力を失う代償を払った技と同じ境地に至っている事を察していた。それをその時の力を見られたわけでもなく、崩玉を取り込んだ藍染惣右介の力を目の当たりにもしていない死神が至っていた事に、目を見張った。
「なるほどな」
そして唯一萩風との殺し合いをした事のある更木剣八もそれを見て笑うが、頭の中で合点が言った様子で呟く。
「あの時に俺を止めたのも、
あの力を唯一体感した事のある彼は、その力を楽しそうに眺めている。萩風カワウソという死神の、最後の切り札を全ての死神が見ている。彼が最強、と言うよりは最果てに至る死神と表せる存在だった事を、世界は初めて知ったのだ。
☆
爆炎が舞っていた。何かを待っていた。
「改弍・装衣」
その呼び声に、炎が一つに集まっていく。ただ焔の隙間から萩風カワウソという死神の格好が炎に溶け合っていくのが見えている。何かを纏っているというよりはそう表した方が適切だろう、王鍵で編まれた服も取り込まれているようであり、装衣とは名ばかりの繭から羽化を目指しているようにも見える。
「……なるほど、貴様は萩風カワウソではないな」
呟いたユーハバッハはその炎の繭を前にして、羽化を待つ。それは下手に刺激してこの力の奔流が弾け飛ぶ事を恐れてか、仮に羽化してもどうとでも出来ると考えてかはわからない。
ただ少なくとも、その羽化に興味があった。
「いや、本当の萩風カワウソか」
荒ぶっていた霊圧が収まる。徐々に収束していた炎が散り、中から1人の着物を着た『女性』が現れる。繭から羽化した蝶と表す以外にない程の変異を伴い、それが現れた。
「
長い黒髪には金髪のメッシュが入っており、紫紺の瞳と深紅の指先、頭に生えた獣のような耳と、もはや萩風カワウソだったのかと思えないような存在に変わっている。その手には真紅の斬魄刀が握られており、卍解の時と同じ紅玉のような刃を持った刀だ。そして同一人物とは思えない程に顔が違う、顔つきが変わったなどという段階にない。面影は多少残ってはいるが異性に変わっている事もあり本人とは気付けない程の絶世の美女がおり、萩風カワウソが遠い先祖にいるかもしれないと思うぐらいの変わりようだ。
「待たせて済まないな、まだ変化には慣れてないんだ」
また卍解・改のように背には9つの紅い炎のような尻尾が揺らめいている。ただその一本一本には、とてつもない霊力が込められているのだろう、とてつもない威圧感と霊圧がそこから発せられている。
「素晴らしい、死神の身でそこまで至るとはな」
まさしく萩風カワウソの秘めていた切り札であり、黒崎一護の過去に成った『最後の月牙天衝』と同系統の能力だ。人の身ですれば霊圧を失うだけで済んでいたそれを死神の身で行えば存在そのものが消え去るだろう、そんな覚悟を持ってここで使ったとするならば大した度胸である。
「だが、私はその先を歩んでいる」
ただ、残念の事に相手をしているのはその先すら行く怪物だ。
「素晴らしい力だ、萩風カワウソ。その力は十分な脅威であり、この私の霊圧に並ばずとも半分に満たない程度を有している、だからこそ──未来で折っておいたのだ」
萩風は右手に持つ刀を一瞥する。そこには半ばで折られており、その折れた刃先はユーハバッハの手に握られている。予備動作も何も無かった、ただ気付けば萩風の刀はユーハバッハの手にあったのだ。
「私と戦ったウルキオラ・シファーや卯ノ花八千流から聞いたのだろう、私の能力が『未来を見る』能力であると。ただその認識では甘いと言わざるを得ない」
萩風とてユーハバッハの能力について大雑把に、2人から耳にはしている。ただその能力の本質が何かまでは確かに掴めていない。それに未来を見る能力という所までは萩風でなくてもウルキオラは掴めていた、問題はその先にある力のことだろう。
「未来は変えられる、その力なら覆せる。その甘い考えが愚かと言えよう。疑問に考えなかったのか? 未来を見るだけの力で──あの2人を圧倒した事を」
何も出来なかった、力の底が見えなかった。その程度の情報しか戦った2人ですら得られていない。ただただ理解不能な能力をもつ存在、そして──最も理不尽な力。
「『
運命というのは、この男の掌にある。
☆
萩風の赫刀は折られた。万力の握力で握りしめようとも不変である筈のそれが、壊されていた。新たな力、恐らくそれを完全に確立し完成させた死神は彼が初めてだろう。ただそんな力は容易く、ユーハバッハにへし折られてしまったのだ。
それは見ている全ての死神を絶望の底に堕とす為に、態々ここまで待っていたのだ。萩風カワウソの力は遥かに跳ね上がった、それこそ霊王を吸収していないユーハバッハなぞ簡単に押しつぶせる様な霊圧が放たれている。
藍染惣右介や更木剣八、黒崎一護といったどの特記戦力をも超えた霊圧と力は今のユーハバッハですら間違いなく脅威として相応しい存在になっていた。だからこそ、その力に至る事も未来で見えたので分かっていた。いや正確には萩風が山本重國の卍解を吸収し放った時から見た未来に、その存在が写っていたのだ。
明らかに異質、明らかな脅威、だからこそここで卍解を直々に折る必要があったのである。
「無駄だ。折れた卍解が回帰する事は、無い」
ただそれでも、刀を両手で構え振り下ろそうと掲げている姿に少なからず戸惑いがあった。折れた卍解の力は遥かに小さくなる、力の起点が壊されるのだから安定もしなくなり弱体化するのは当たり前の事だろう。
ただ、その筈だが──萩風は間違いなく攻撃の体制をとっている。
「萩風カワウソ、もうよせ。私の勝ちだ。刀を構えようとも、その折れた刃で何が出来……っ!?」
そしてユーハバッハは萩風に見せ付けるように折れた刃を掲げた。この心を折る戦いは確かに護廷十三隊の心を折る為でもあるが、目の前脅威である萩風カワウソの心を折る為にも行っているのだ。その心が卍解を壊されて折れないわけがない、ただユーハバッハは瞬きをした瞬間に異様なものを目にする。
いや、目にしなくなったと言うべきか。
「(あり得ん、私の手には折れた刃が……っ!?)」
掲げていたはずの折った刃が、手元から消えたのだ。萩風カワウソは全く動いていない、そして何よりも『未来で折ったままのはずの刃』が消えたことが一番の問題だろう。間違いなく折った感触もあり、間違いなく手元にあったのだ、気のせいなわけがない。
そしてその原因は間違いなく──
「訂正しよう、お前が戦っているのは萩風カワウソなどではない」
彼女によるものだろう。振り上げられた刀は『折れた跡』なぞかけらもなく、最初から折られていなかったかのようにユーハバッハを見る。今戦っているのは確かに萩風カワウソであるが、もう萩風カワウソではない。萩風カワウソという死神の枠組みにいた存在ではもはやない。
「
ゆったりと、スローモーションのようにも見えるような流麗さで刃を振り下ろされた。瞬間に先程の放たれた萩風と山本重国の炎を合わせた一振りすら優に超えた圧縮され完全にコントロールされた炎の一撃が天を割る。
「
世界を分かつような斬撃は、容易に霊王宮の本殿の一部を消し飛ばしていた。
☆
ペルニダとリルトットの戦いは佳境に入っていた。そして終わろうとしていたのはペルニダが本気を出し、リルトットを追い詰めていたからだろう。
「焦ってる?」
「さぁな? ただ、ここまでやられたのは初めてだクソ野郎」
「もう少し、焦ってみる?」
自身の指を折り取り、三体に増えたペルニダを前にリルトットの顔色は悪くなる。どの個体も変わらぬ能力と存在感があるが、言葉を喋る個体が本体なのだろう。ただこのままでは間違いなくリルトットは負けることがわかっていた、自分がただの肉塊にされて枯れ果てる姿を容易に想像出来た。
「俺も、これを使う気は無かったんだけどな」
ならば、仕方ないだろう。元々はユーハバッハと戦う為の体力を残す予定であったが、その余裕はもう無い。ならばここでリルトットが成し遂げなければならない仕事は、こいつをユーハバッハの元に戻らせない事である。
リルトットは強い、滅却師の精鋭である星十字騎士団の中でも上位にいる。だが他の3人はその遥か先を行き、親衛隊すら容易に突破する姿を想像できる。この3人に全てを賭けるしかない、この3人を阻むペルニダを、必ず倒さなければならない。
「手癖……いや、口癖が悪いこいつは、俺でも間違えたら御陀仏だからよ」
リルトットは矢を番た。鏃の部分に球形のものがついたそれは、何かを穿てるような脅威はない。ただリルトットは残っている体力の全てをこの一撃に込めた、これが防がれたら無抵抗に殺される程に力を込めていた。
「
矢を放つ、と同時にリルトットはその場に蹲る。腕を持っていかれ血を多く流していたのだ、それによる目眩もあるだろう。だからこそ、ペルニダはリルトット最後の悪足掻きを正面から迎えうちに向かう。神経を放ち、その悪足掻きを暴発させに向かう。彼女の目の前でその一撃を完璧に破壊し徹底的な勝利を掲げる為なのか、気紛れかは分からないがペルニダは正面から迎え撃った。
「あ、あぁ!? ぎゃぁぁぁぁ!!!」
それが、間違いだと気づくのはその後だった。急旋回し、腕の一本の中に矢先が涎を垂らしながら飛び込むと、体の中に入り込み内側から脅威的な速度でペルニダを喰らい始めたのである。今迄喋っていなかったが、どうやらおしゃべりな機能そのものは他の腕にもあるらしい。
「誰にも言ってなかったが、俺の能力は矢にも込めれる」
腕を丸々一本食べ尽くした矢は、もう一本の腕に向かう。迎え撃とうと矢を放っているようだが避けて進み、放たれた神経すら喰らって突き進んでいる。
「放たれた矢は際限ない飢餓状態にしててな。消化して喰らい尽くすまで止まらねえし、止まる時は全部食った後だ。無論、俺も死ぬだろうよ」
リルトットがこの力を使わなかった理由は一つだけ、自分が死ぬ可能性が高かったからだ。この矢は強力な力を持っているがその反面純粋な食欲という本能が宿っているのでコントロールが効かないのだ。リルトットはこれを放ったら戦場を放棄して逃げる以外の助かる方法を知らない、それを放ったのはもはや自分の命を賭ける以外に勝ち筋を見出せなかったからだろう。
「くたばれ左腕、てめーに食わせるもんは無えよ」
二本めの腕も食い付くし、最後の腕にも矢は飛び込んでいく。矢を躱し、新たな肉を求めたペルニダ本体の指を噛みちぎって食らっていく。もはやこの止め方はリルトットですら知らないのだ、そんなものをどうにか出来るほどペルニダの頭は無い。そして最後の腕を食い破ろうと、ペルニダに向かっていく。そして──
「……は?」
矢は、食べられた。そう表す他なかった。ペルニダの口先が伸びると、それが捕食され咀嚼されていた。ただリルトットは矢を止められた事よりも、その矢が咀嚼されている事に驚愕する。
「あり得ねえ、そりゃ俺の……っ!!」
リルトットの能力、それを使っていたのだから。
☆
勝敗は、決した。
リルトットはすぐに立ち上がるものの、もはや体力は残っていない。そんな彼女がまだ生きていたのは奇跡という他無いだろう。ただその命運は尽きている。
「(あー、右足までやられたか……こりゃ逃げれねぇ)」
リルトットは左腕を失い、更に右足も失い無様に地面を這わされている。体力があれば避けれた攻撃であったが、もはや逃げ回る体力も無い彼女はペルニダに『真似された』能力によって右足を食いちぎられたのだ。幸いな事は能力の使用に慣れていなかった事で致命傷を避けた事だが、そんな心配はもう動く余力もないリルトットには関係ない事だろう。
「(こんな最後かよ、生きたまま喰われて……今迄喰い殺して来た俺の最後なら、ヤキが回ったな……)」
もう、随分と戦った。血も流し過ぎただろう、頭に回す血も足りなくなってきた。このまま失血死するのも時間の問題なのだろうが、このまま食い殺されるのは目に見えている。
リルトットはペルニダの腕を二本食い尽くし、更に本体の指を一本食べさせたが、その分空腹感でも現れたのか先程折りたたんだリルトットの腕だったものを今は賢明に咀嚼している。これがリルトットの能力を取り込んだが故のものか、本来の奴の本能かは分からない。ただ次は自分なのだと、彼女は分かっていた。
「お腹、空いた……食べ物、食べる」
そしてのそのそと、ペルニダはリルトットの方へとやってくる。もはやペルニダにリルトットは空腹を満たす肉にしか見えていない。血の匂いに釣られ、ただリルトットを捕食しに歩んでいく。だが、その歩みは唐突に止まる。
「(……なんだよ、殺すならさっさとしやがれ)」
リルトットは完全に生きる事を諦めている、ここから助かる方法など無いのだから仕方がないだろう。しかし今にも食い付きそうだったペルニダは一点を凝視しており、何があるのかとリルトットもなけなしの力で首をそちらに向ける。
「あれ、あれ……ペルニダの!!」
そう言って、ペルニダは飛びついた。何に飛びついたかは分からない、ただ何かを舐め取っているのが後ろ姿と音で分かる。空腹感に襲われている筈だが、それをリルトットを食べるのを中断してまでそれに飛び込んでいた。
ただ、それが何かリルトットは思い当たるものがある。
「馬鹿が、そんなもんに……食い付きやがって」
萩風から最悪の場合、自決用として渡されたものであり、中身はあえて聞かなかった瓶詰めの何か。いつの間にか、ポケットから飛び出ていたのだろう。
濃密な血の匂いが割れた瓶から自分のと混ざり合っていたので気づかなかったが、あれは間違いなく肉と血を煮詰めた何かだった。
ペルニダが何故、人1人とそれを天秤にかけてそちらに食い付いたかはわからない。ただ食べ終え光悦な表情を浮かべるあたり、満足がいくものだったようだ。だが、それが最後の晩餐である。
「美味し……アレ? 何で、体が熱く……!!」
ペルニダの体から湯気が出てくる。煮えたぎった血が体の中で暴れ回り、血を吹き出し始めている。そして溢れた血液は地面に落ちては蒸発、いや燃え尽きている。一体何を取り込んだらこうなるのかリルトットには想像は出来ない、ただそれにより何が起こるかは聞いている。
「お互い、火葬は要らなさそうだな」
ペルニダの体から、炎が吹き出す。体を突き破り、辺りを巻き込んで炎が立ち昇っていく。その炎に、リルトットも包まれていった。
☆
遠くの離殿で火柱が上がる。それは萩風の有する鬼道『破道の九十六 一刀火葬』なのをウルキオラは知っている。だがそれを萩風が離殿で使う事はない、何故なら本殿でユーハバッハと対峙しているのだから。即ち、萩風の預けた切り札の暴発である。
そしてそれは、1人の少女に預けられていた。
「……ここに来れば、命を落とす事はわかっていた筈だ」
ウルキオラはそちらを振り向かない。それは彼女の望む事ではないのだから。親衛隊の力は彼女が誰よりも知っていた、それでもここに彼女は来た。自身の命を賭ける事になるのは、誰よりも分かっていた筈だろう。
「ならばその命、無駄にはしない」
ウルキオラは今しがた虚閃を放った離殿の跡を見る。先程よりも大きな穴を開け、蒸発した地面や砂が湯気となり昇っている。ただ、それを受けた標的は悠々とその場にいる。
「無傷か、頑丈だな」
リジェのジリエルは、ウルキオラ渾身の虚閃を受けても悠々と浮かんでいた。大したダメージは無いだろうと考えてはいたが、無傷となるともはや正攻法で倒す事は不可能と言える。そんなリジェを見下ろすウルキオラであるが、それが気に食わないのかリジェはまるで光のような速さでウルキオラの上に浮かぶ。
「言っておくけど、頼みの綱のスピードも僕が遥か上を行く」
攻守共に隙がないだけではない、リジェが自分を神の使徒と称するに相応しい力を持ってしまっている。負ける方法を考える方が難しい、それだけの存在となってしまっているのだ。
「そして罪人は、跡形も無く消える定めだ」
その閃光は、容易にウルキオラの体を穿つだろう。今迄は速度の違いにより当てられていなかった攻撃も、当たる事になる。勝敗を決していると言えるかもしれない。ウルキオラ渾身の一撃を二度も無傷で耐えているのだ、もはや戦闘行為そのものに入る以前の問題だ。
そして、そこまで徹底的に自身の優位さを見せつけたリジェの放った『万物貫通』は──
「何だ、今のは……」
防がれていた。突然ウルキオラが左手を掲げたかと思えば、そこから展開された闇が光を遮ったのだ。あり得ないと言える、そもそもこの能力に貫けないものは存在しない筈なのだが──
「虚無だ、お前には分からないだろう」
ウルキオラもまた、本気で戦う意志を固めていた。
「俺はお前の攻撃も存在も拒絶する。俺の前に立つなら、その存在は無に飲み込まれる」
本気で戦う気はあった、しかしここではなかった。ユーハバッハと対峙し、そこで使う筈であった。だがリルトットの死は十分に、ウルキオラの奥で燃える激情を刺激していた。短い時間とはいえ彼女を鍛え、送り出した者の1人として、ウルキオラの心を動かす。
「
過去に萩風との戦いで解き放った力、そして失ったはずの力。その力は翡翠と闇の奔流を纏い、顕現する。
☆
時は遡り、黒崎一護や浦原喜助が協力しジェラルドを倒した後、ウルキオラは傷を癒しながら人を待っていた。虚圏は大きく荒らされ、王としての責務を果たせなかった。その無力感が胸の中にある、何も出来なかった。誰も救えなかった。そしてそんなウルキオラを助けたのが、萩風カワウソである。
そして彼はまだ戦うだろう、ユーハバッハとの再戦の時は近い。ならばその戦いについて行かないわけにはいかない、リベンジを果たさないわけにはいかない。なのでウルキオラ・シファーは──
「ウルキオラさん、約束の物です」
浦原喜助と手を組んだ。いや組む事は決まっていた、ただそれは霊王宮に向かう事が浦原喜助にとって保険となるからだ。しかし保険として上に向かう事の条件に、ウルキオラはあるものを欲した。
「これが、本物の崩玉か」
崩玉、藍染惣右介が求め手に入れた、死神を超え世界の王として天に立つ為の道具。
他人の心を具現化し取りこむ事で文字通り死神とは隔絶した存在に至る力を持つそれは、黒崎一護の力が無ければ容易に天へ昇り、立っていただろう。
ただ、そんな力をタダ同然で浦原喜助が渡すはずもない。
「その崩玉は貴方自身の心のみを取り込み具現化します。安全装置をいくつか準備していますが──その力を、人間や死神へ向けた瞬間に貴方の魂魄を食い尽くし消え去るでしょう」
現世も巻き込んだ大事件が藍染惣右介による反乱だ。その反乱の主要因となった力をそのまま渡すはずが無い。ウルキオラにしか使えず、その力を使ったまま死神や人間を敵にした場合に自動的に消滅を行うプログラムを根底に作られた崩玉ではあるが、オリジナルとは程遠い機能としてウルキオラの手にある。
だがそれほどの物でも、浦原喜助は渡す事は無かったはずだ。
ただ、ウルキオラにはそれを引き出せる手札があった。
「びっくりしましたよ、まさか崩玉の模造品なんて持ってるなんて。しかもあんなの使われたら本当に──虚圏が欠けてもおかしくないですからね」
ウルキオラが提示したのは以前萩風と戦った時に使用したレプリカである。これを好きにして良いという条件の元に、ウルキオラは自分専用の新たな崩玉を求めたのである。これを作り上げたのは浦原喜助だ、そして浦原喜助ならば事前知識さえあれば、制限を掛けてウルキオラに渡す事も可能だと考えた。
そしてこのレプリカはそもそも機能としては黒崎一護に壊されているので安定していない。これを使う危険性は分かっており、治す技術をウルキオラは持ち合わせていない。だからこそ封印していたのだが、それを解きわざと浦原喜助に見せる事で交渉に持ち込んだのだ。
「約束通り、あのレプリカはそのまま貴様に渡そう。その代わりの力は、これで補う事とする」
自分の心を使い戦う、ウルキオラは井上織姫と関わり黒崎一護や萩風カワウソと戦ってから経過したこの2年で心とは何かわかろうとしていた。ただ定義できない曖昧な物であり、それを使うとなれば恐らくウルキオラは多少の時間が必要な事をわかっていた。それに、自分の心を具現化し取り込んだとしても以前のような力を得るとは限らない。
だが、同時にウルキオラの胸が静かに拍動する。
「暫く俺は力の調伏に時間を費やす、萩風を追うのはそれからだ」
ようやく、萩風の横に並び立てるかもしれないのだ。その時を誰よりも待っていた。
☆
胸の奥に何かが光っており、それを起点とした変化なのはリジェは分かっていた。白く長い髪と、闇を纏ったように黒い四肢と翼、翡翠色と黒色の混じった長さの違う左右非対称の角、胸を脈打つ翡翠の光、それは先の力の上を行く事が容易に想像できる。
「何だ、それは? 罪人らしい格好をすれば、僕と並べるとでも思ってるのかい?」
ウルキオラの姿が変わった、しかし少しだけ呆れたような声を出す。姿形がリジェの模するものとは対極的な、悪魔のような姿であれば癇に触るのも仕方ない。
「それは随分と……侮辱的だよ」
ただ、リジェとて馬鹿ではない。目の前のそれが、挑発のためだけに変わったのではない事は分かっている。そして何より『防げない攻撃を防いだ』事を最大限に警戒する。確かに防がれただけで、攻撃されたわけではないのだが、リジェはその力に根源的な恐怖を微かに感じている。
ただの闇ならばそんな事は感じない、ただの虚の力でも屈する事はない。だが、何か得体の知れない何かがその中にある。
「お前の攻撃は俺に届く事はない。そして……お前の身体は、もう俺の攻撃を防ぐ事は出来ない」
そしてその感覚に、間違いはなかった。
「な、貴様いつの間に!!」
ウルキオラはいつの間にか、リジェの隣に居た。反射的にウルキオラから距離を取るが、その判断は悪くないだろう。でなければ一撃で勝敗を決していた。
「馬鹿な、僕の能力が……!?」
いつの間にか脇腹が、抉り取られている。絶対的な防御能力を持ち、破られるはずが無い能力が破られている。血を流し、痛覚の警報から間違いなくダメージを負ったことが明らかである。そしてそれが、ウルキオラの持つ大鎌によるものと分かる。
「今、お前の脇腹は存在しなくなった。どれだけお前が頑丈であっても──存在が消える事は防げない」
ウルキオラの力が何なのか、リジェには分からない。ただそれが何によるものかは分からない。分かるのは自分の能力の天敵であり、格上である事だけだろう。
何故そんな力を使える、何故そんなもので神の使徒に傷を負わせる、何故──貴様の胸に光る球体は恐ろしく見えるのか、分からない。
「
それに対して、リジェの出来る事はもはや全力を出してウルキオラを拒絶する事だけだろう。存在してはならない、許してはならない。間違いなくリジェとは対をなす存在ではあるが、その在り方がまるで異なる。リジェの理不尽よりも、更に理不尽を行使する事が分かってしまう。
「
気付けばリジェの光を全て避け、その隣を通り過ぎていた。瞬間に鎌で切り付けた体が、傷口の闇に引っ張られて存在が消えていく。吸い込まれている、それがどこに行くのかは分からない。いや──どこでも無い場所に行くのかも分からない。ただそれが、存在が消えるという意味合いでは間違いないだろう。
「礼を言っておこう、リジェ・バロ」
その消えゆくリジェへ、ウルキオラは選別の言葉を呟く。
「奴と戦う前に、神殺しの箔がついた」
リジェ・バロという滅却師は消えた。悪魔によって飲み込まれ、勝敗は決した。
☆
「おいおい、マジか」
アスキンは遠くで消えた残火の太刀の気配を感じ取っている。それ即ち、陛下の使った死神の親玉の卍解が破られたという事を意味している。ここにたった4人で攻め込んでくるだけあり、相応の力を持ってここにやって来ていたようだ。しかし少なくとも、アスキンは目の前の敵にどうこうされるとは考えていない。
「まぁ、氷が使えてもどうなるって話だよな」
アスキンの前には疲弊し切った日番谷冬獅郎がいる。氷を奪われ霊圧を読み取られた彼は絶対絶滅のピンチにあり、今もアスキンの展開した領域に囚われ『霊子酔い』状態を重篤化され、地面に這いつくばらされている。
「そうだな……お前なら、そう考えてくれると思ったぜ」
ただ残火の太刀が止まった瞬間に、日番谷の目に光が灯った。いや正確には潰えていなかったが、勝機を見出した目をしていた。だが手足を動かす余裕はない、なので氷を氷輪丸で生み出すと自身にぶつけ押し出して領域を突破する。アスキンは日番谷が弱ってから殺そうと考えていたが、今回はそれが仇となったらしい。ただこれに関してはアスキンの気質としてそういう在り方をしているので、仕方ないとも言える。
「まだ戦うのか、致命的に相性悪いの分かってるだろ?」
だからこそ、そんな形でまだ戦う意志を見せる日番谷にアスキンは話す。
「親切心で教えてやるが、俺はそっちがどれだけ強くなろうが致死量を弄って耐えれる。卍解しようがそれ以上の何かをしようが、元の霊圧を基準にしてるから完全に対応できるんだぜ? それに勝つってのは、中々厳しいもんだと思うけどな」
アスキンは絶対的な根拠の上で、自分にはもう勝てないと教える。これはもはや死なない事においては絶対的な自信を持つ彼だからこそ言える、氷でもう閉じ込められる事はおろか傷を負うことも無いと。ただその上で、彼は提案をする。
「どうよ、ここで陛下が片付けるまでお喋りでもしてるってのはさ」
座り込み戦闘の意思が無いと見せるアスキン、日番谷が霊子酔いの感覚を晴らしていて余裕がない今がチャンスではあるが、だからこそこの瞬間に言葉が響くと分かっていて、アスキンは提案している。
「認めるぜ、あんたは強い。正直倒すにしても面倒だし、その後に疲れ切った体で新しい世界を拝む気は起きて来ねえんだよ」
目的の為に過程は必要だ、しかしその目的を達した時に疲労困憊ではありたくないのだ。正直言って見過ごしても良いのだが、陛下に叱責され消されてしまえば目的も達せないので、仕方なしにここへいるのだ。
「悪いが、断らせてもらう。萩風を見殺しに出来るほど、俺は大人じゃないんでな」
ただ、その提案は考えるまでもなく却下される。今も萩風が戦っているのを知る日番谷にとって、まだここで足止めを食らわされている事自体が一番不甲斐なさを感じるところなのだ。アスキンがどんな甘言を繰り出そうと、それに乗ることはない。
「まぁ断るとは思ったぜ。で、どうすんだ? 言っとくが低体温症とか起こしたところで、冷え性になった俺でも対応出来るぜ」
ただ状況が好転したわけではない、何も変わっていない。日番谷冬獅郎の霊圧ではアスキンを凍らせる事も、殺す事も出来ない。虚化の力もまだまだ未熟な上に試しているうちに耐性をつけらてしまうだろう。もはや日番谷の持つ手札では敵わない。
「卍解」
だがそれはあくまでも、今迄アスキンに対して繰り出していた手札だ。
「改弍・装衣」
この手札は、まだ見せていない。
ウルキオラ・シファー◯ vs リジェ・バロ●
リルトット・ランパード● vs ペルニダ・パルンカジャス●
☆
明日夜24:00からBLEACH千年血戦篇が始まります、そのついでにこれは読んでください。とりあえずPVは神だった。