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日番谷冬獅郎が霊王宮に連れてこられたのは、卯ノ花や萩風では完治させる事が出来ないほどのダメージを負ったからである。卍解を奪われると全身を氷漬けにされ、生命維持すら危うい状態にあった。
そして上に運ばれ無事に治癒し、飯を食べ服を仕立て和尚からの修行の手解きを得て、雪緒達と行動を共にした。理由は卍解を取り戻すのに虚化が必要であったから、そして修行の時間が欲したからでもある。
まだ足りない、皆を守るのには力が足りない。なので日番谷は更木剣八と戦い生き残った萩風カワウソからも何かしらの師事を受けようと共に雪緒の空間に入った。
そして、それを見せられた。
「な、何だそれは……卍解なのか……?」
自分の纏う大紅蓮氷輪丸が日番谷冬獅郎の卍解であるが、目の前のそれは何か卍解という枠組みにいない、そう感じ取れるだけの何かがあった。
「卍解改弍 玉藻舞姫──本気の俺達の姿です」
卍解改弍を使う萩村カワウソを観測した初めての存在というのもあるかもしれないが、その驚きは大き過ぎる。異性に変わった事など些末であり、まずそれだけの存在感を放ちながらも全く霊圧を感じさせていない。
変わる時に装衣と号令をかけていたが、融合した姿なのは明らかだ。しかし、斬魄刀と融合しただけで至れる程甘い境地では絶対にない。
「日番谷隊長、貴方も見せてください」
そしてそんな力を、日番谷も使えると本気で思っている。この萩風という死神は自分でこの境地には至ったが、至ってしまった故に本当にあるんだから「隊長が出来るのは本当だったんだろう」と謎に自己完結をしている死神である。
天狐はその合点をされて頭を抱えた事を日番谷は知らない。
「もしかして、日番谷隊長は使えないんですか?」
「使えないどころか知らねえ、改弍なんざ聞いた事も無えよ!!」
ただ日番谷が使えないと言っても「いや新米だからか、あの時も急に隊長居なくなったし将来性とかで……」何か勝手に納得しようとしている。
どうやら本気で隊長達が自分の境地に至れると考えているらしい、いくら自分が非才であったからと言ってもその過ごしてきた時間の密度を考えれば十分遥かに追い越しているのだが、それに暫く気づく事はないだろう。
「それは、いつから使えるんだ」
「この部屋の中で1週間前です、まだ変化には慣れてませんが」
ただ、正直言って日番谷は「隊長なら使える」だとか勘違いされた事や「何で使えないんだろ」と勝手で歪んだ常識から投げかけられる疑問を解消する気は無い。そんな事を問答する時間よりも、その力を見て考えたのは一つだけだ。
「それを、どうやったら使える」
自分のものに、出来るか否か。その境地に至った先人に、その力を導いてもらう事しか考えていなかった。目の前に自身の求めた力の姿があるのだ、そして萩風の言葉を信じるなら『隊長格なら使える』とも言っていたのだ。
ならば自分に出来ない道理はないが、使うにしても存在が異質過ぎる。これに単独で至れる時間は、もうない。
「俺は強くならないとならねえ、絶対に……雛森も誰も悲しませない、力が必要なんだ!頼む、俺に教えてくれ!!」
日番谷は頭を下げた。藍染惣右介を越える為に、雛森を守る為に、強くるなる為に。
「俺の力も知恵も役立ちませんが、ここに至る足掛かりぐらいなら」
そんな力を渇望する日番谷を、萩風が拒む事はない。
☆
雪緒の能力により時空を歪ませられているおかげで、日番谷には時間があった。滅却師がまた攻め込んでくるまで、鍛錬に没頭出来た。
しかし、辿り着けない。
「日番谷隊長、何日も寝てないらしいですね……一度休んでください。救護班統轄長としても、見過ごせない体の酷使ですよ」
日番谷は三日三晩を超えて、自分の卍解の先へ向かうために斬魄刀との融合を繰り返していた。しかしそれだけで辿り着けるなら萩風はもっと早くに辿り着けている。
ただ自分と斬魄刀を一つの個とするのは単純に聞こえるが、それを持続すれば霊圧の全ては失われてしまう。何故ならそれを引き換えにしなければ辿り着けないような力を得るのだから。
三日三晩も融合を繰り返した事で、日番谷とてその領域の認識までは辿り着けてはいる。だが、萩風のように安定させる事は全く出来ていない。
数秒の維持が限界であり、そこから安定せず力が霧散してしまう。安定しないまま力を暴走させる事は出来るだろうが、暴走状態で安定させてしまえばやはり霊圧を失う事になる。いや、死神としての存在そのものが消える事すらあり得るだろう。
それだけの力が、そこにあるのだ。1日や2日で辿り着けるほど甘い力ではない、いくら最年少で隊長となった日番谷でも険しすぎる道のりだった。
「俺は、ならなきゃならないんだ……藍染と戦える力で、雛森を守らなきゃならないんだ……!!」
だが、諦められない。日番谷の心は体の疲労と比例せずにまだ燃えている。『玉藻舞姫』からそれだけの力の波動を感じていたのもあるが、それに至れる可能性を諦められなかったのだ。
そこに存在する事は間違いない、何か条件がある事は分かっているがそれは萩風ですら分かっていない。そして萩風よりも日番谷の力が劣る事はここ数日で嫌という程に分かってもいる。
霊圧もそうだが死神としての練度がまるで違った、何故この男が隊長になっていなかったのか分からないほどに差があった。
「でも、俺には……この力を安定させる事が出来ねぇ……!」
何が足りないのか、何かは足りない。和尚を認識もしているし、新たな名を付けてもいる、萩風カワウソという前例を目にした事で領域の力を認識も出来ている。だがそれだけでは成れない、日番谷冬獅郎という天才でも辿り着けない。
この萩風が口にしなければ気づきもしなかった領域を諦めるしかない。時間が足りないのだから、仕方ないことではある。
頭では分かっている、だが氷輪丸と共にそこに至りたいと心から叫んでいた。何でも良い、条件が分かれば絶対に物にして見せると誓えるが条件が分からないのは無理だ。説明書が無ければ乗ったことのない飛行機を動かす事は出来ないのだから、分かったところで扱うのに間に合わない。
ただ、そんな日番谷に萩風は──
「日番谷隊長、名前は?」
助言を与えるでもなく、名を聞いた。
「名前、何でそんな事を……」
萩風は出来る事をしてくれている、知る限りの事を教えてもくれた。ただ具体的な能力の発現条件を知るわけでもないのだから助言出来る事はもう無い。だから励ますぐらいしか出来ないのだろうが、何故ここでそれを聞いたのか日番谷には分からない。
「名には力が宿る、それを俺は誰よりも知ってます。教えてください」
和尚、兵主部一兵衛の力は知っている。それに名をつける以外にも様々な名に関する力を持つ者だ。固有の能力を持つ零番隊の筆頭であり、日番谷の会った中でも一際得体の知れなさを感じた死神でもある。
だからこそ萩風は名を先に付ける事を勧めてはいた。名を付けた方が、ごちゃごちゃした事を考えなくて済むからと。
正直に言えば、その名を伝える時は完成した時だと考えてもいたので言い辛くはある。名だけが先に行っても力が追いつくわけではない、力があるからこそ名がつくのが普通であり、基本的な順序は逆なのだから。
「────、それが名前だ」
しかし、求められて日番谷は伝えた。萩風には色々と世話になったのだ、最後ぐらい供養の意味も兼ねてその名を伝える。すると何か考えているのか、萩風は黙り込む。
「どうした、何か悪いか」
別に、名は多少考えたがそこまで深い意味のこもったものでもない。むしろ分かりやすい名前だ、だが何か萩風は目を細めて意外そうな目で日番谷と氷輪丸を交互に見る。
「いえ、良い名前ですね」
何か気づきがあれば助言が貰えるのではないかとも考えていたが、萩風でも名を誉める以外に出来ないのか。日番谷は頭の中でもう割り切る事にする、この力をこの戦争に間に合わせるのは難しかったと。
そもそも卍解ですら完全な状態にする事ですら難しい日番谷には、ここが限界だったのだろう。
「それで、他に何……っ!?」
そう、自分を無理矢理納得させようとしていた時だった。
『冬獅郎、此奴何者だ』
「どうした、氷輪丸」
氷輪丸の様子が変わった。今迄卍解・改弍の融合を繰り返していた影響か静かになっていたのだが、それだけの衝撃があったのか信じられない者を見るように萩風を見据えている。
『ただの死神ではあるまいな、我等の存在を担保しおったぞ』
「はぁ? 何言って……おい勝手に!!」
そして、日番谷が望んでもいない間に融合を試してくる。と言っても手先のみが斬魄刀と融合した状態だ、これだけならば日番谷も10秒は維持できた。
ただそれでも氷輪丸から融合して来た事はなかった、諦めようとする日番谷の意志をあえて無視しての行動に日番谷は無理矢理引き剥がそうかと考えていると。
「(な、なんだ? 今迄とまるで……)」
今まで、一度として安定しなかった力が安定しだしたのだ。力が続く限りはいくらでも維持が出来るだろう。ただそんな簡単に行けるなら初日で掴めているはずだ、何かに氷輪丸は気づいていたようだが日番谷は分からない。
ただ、それが誰によってのものかは分かってしまう。
「萩風、何を……」
突然の事だった、まるで1人で支えていた何かに補助が出来たように、途端に力が安定していく実感があった。
日番谷はまだ発展途上の死神であり成長の余地がある、それ故にまだまだ実力が不足していた側面があるとは考えていたが、それは間違いではない。そして何かを萩風が補ったのだ。
しかし萩風がした事は、名を聞き存在を認識しただけだ。それ以外には何もしていない、ただそれだけで辿り憑ける道筋が見えてしまった。
「済まない萩風、休む前に一度だけ戦ってくれ」
日番谷は手のみに融合させていたそれを、今度は完全に自身の体へと溶け込ませていく。途端に冷気が舞い、萩風のそれとは異なる方向に向かう力が発現しようとしている。
「今戦わないと、俺は後悔する」
この日、1人目の後を追い史上2人目の完全到達者が現れたのは言うまでもない事だろう。
☆
「卍解 改弍・装衣」
日番谷冬獅郎の言葉に、冷気が隷属する。繭のように彼を閉じ込めると、内側から爆ぜるように氷の粒が飛び散り、それは羽化する。
中からは先ほどとは見違えるほど『大人』になった背丈になり、本人特有の銀髪の中には青いメッシュが入っている。刀は氷や硝子で出来たように薄く透けており、冷気が常に漏れている。
格好もいつの間にか零番隊に仕立てられた装束ではなく、紫紺と翡翠の袴を氷で飾りつけたような格好に変わっている。
「
ただ、そんな変化は威圧感を形容する一部でしかない。
「
「氷室は氷のある空間を意味する、俺はこの名前を気に入ってるぜ」
明らかな変化がある、それは外見にではない。霊圧が全く感じ取れなくなっているのだ、アスキンは経験としてとてつもない雰囲気と比例して霊圧が上がっていく事を分かっている。
だが、霊圧が全く感じ取れないというのは初めての事である。
「な、なるほどな……霊圧を隠してるのか? だがそれじゃ甘いぜ、あくまでも元となるあんたの霊圧を読み取ってるからな」
ただ、そうじゃない。アスキンの能力をすり抜ける為の努力としてこんな事をする筈がない、むしろ日番谷冬獅郎は何もしていない。そんな事をする労力はアスキンの能力には無駄なのだ、いくら霊圧を隠しても攻撃に使う時には発現するのだから無意味な行動だ。
「俺の能力は、そんな力じゃねえよ」
そして、そんな思考に耽るアスキンを嘲笑うように一瞬で日番谷は背後に回る。
「(速過ぎんだろ!! 全く目で追えないってマジでか!?)」
アスキンは末席とは言え親衛隊の滅却師、最強の1人だ。そのアスキンでさえ全く動きを捉えられない事など今迄に一度としてなかった。体が追い付かずとも、動きを捉えられない事などあるわけがないとまで考えている程の強者だ。それを動きが誤魔化されたわけでもなく、ただただ見切れなかった事にとてつも無い違和感がある。
何故、まだ霊圧を感じないのか。
「ところで、お前はユーハバッハと萩風の霊圧を感じ取れてるのか?」
「は? そんなの感じ……」
そして、そんな彼を見透かし疑問に重ねるように話す日番谷。ただ、そんなもの感じているに決まっている。現に残火の太刀が使われた時の霊圧も、萩風カワウソの霊圧も感じられていた。
そしてその戦いがまだ続いている事は音や衝撃、放たれた天を割るような赤い一撃を見れば明らかである。だが、アスキンは考えてもいなかったことに気付く。
「(いや、感じねえ。戦ってて全く感じないなんて事あるわけねえ、そんな事が……)」
滅却師は霊圧を感じなくなる程技量が上がっていくと言われているが、それとは全く違う。どれだけの滅却師でも、どれだけ隠密能力に長けていても霊圧を完全に戦闘中に消す事は出来ない。
周りの空間に合わせて隠す者はいる、しかし完全に隠すのではなく消すとなれば話が違う。仮にそんな事が出来るなら、答えは一つだろう。
「俺は、感じ取れる」
感じ取れないほど、次元の隔たりがある事だけだ。
「『
瞬間、アスキンは完聖体へと変化する。これは能力によって免疫のあるなしに関わらない、確実に自身の全力を出さなければならない敵だと認識した。その判断は良かっただろう、実際にこの2人の力には隔たりがあるのだから少しでも縮める必要がある。いくら疲れるのが嫌でも、ここは全てを出し切らなければならない。
「済まねえが、もう勝負はつく」
ただ、遅かった。
☆
アスキンは完聖体となり、その手に大物の武器を構えた。どんな攻撃が来ても耐えれるが、日番谷を倒すには全力を出すしか無いと考えての行動だった。その考えは間違いではなく、慢心をしていたわけでもない。
だが、もう彼は動けない。
「
いや、彼だけではない。日番谷とアスキンのいた離殿は、白く霞がかったような世界で静止している。風が止まり、雨が地面にたどり着くことはなく、音すら世界から消えている。
「四歩のうちに踏み締めた空間の、地水火風の全てを凍結する」
たったそれだけで、離殿全てを支配した。その中に今回はアスキンしか居なかったが、その氷結範囲内に居れば数は関係なかっただろう。氷の効かない筈のアスキンであったが、見事に凍てついている。ただ、それは氷によってではない。
「だが、それは卍解を制御した時の話だ。お前は凍っている事に気付かない、この氷結圏内は空間の全てが静止し──俺以外に動く事は出来ない」
空間の停止、ただそれでは正確ではない。空間の停止は大鬼道長といった鬼道の達人でも禁術ではあるが可能な術だ。これは、そうではない。
氷結範囲内の時間停止、それがこの状態における日番谷冬獅郎の理を曲げた能力。そしてそんな中で何事にも縛られずに、悠々と停止した時の中を歩み去っていく。
萩風カワウソですら破る事の出来なかった、いや正確には一度だけ破られたが、一度かかってしまえば日番谷自身ですら抜け出し方を分からない力だ。自分から能力を解かない限り、この空間は止まり続ける。
「こんな勝ち方納得しねえかもしれねぇが、それだけお前が強かったんだ。許しは乞わねえよ」
アスキン・ナックルヴァールは敗北した事すら気付くことなく、勝負はついた。
☆
天を割る一撃は、一瞬とは言え蒼天に座す霊王宮の空を夕暮れ時のように赭く染めた。恐らく黒崎一護がこれを見ているなら『無月』という技を想起していただろう。
それの属性が萩風の炎の形に変わっただけでそれと比肩する威力のものだった、間違いなく萩風カワウソの有する技の中で最も一撃の重さのある技だっただろう。
ただ、それで勝てる程敵は甘くない。
「正直……これを耐えられるのは想定してなかったな」
ユーハバッハに直撃した、その手応えがあった。それは間違いない。しかしユーハバッハの霊圧ははっきりと感じられる。全く弱まっていない霊圧を、吹き飛ばした雨によって出来た霞の奥から感じられる。
「日を落とす、か。その名に恥じぬ素晴らしい一撃であった」
霞が晴れ、そこには半身が人の形をし半身が黒い炎のような体に変わったユーハバッハがいた。恐らく半身はガードが間に合った、と言うよりは半身だけガードを間に合わせる為に半身を捨てたのだろう。
ただそれでも死んでいない、その半身を間違いなく吹き飛ばしたようだがそれだけで死ぬような存在ではなかった。
「私の中にまだ油断があったようだ。だがそれが最後の隙だろう」
ただ、ユーハバッハはその油断をもう晒さないだろう。冷静に、自身に一撃を与えた脅威として、萩風を見ている。そして、それに気づく。
「尾の数が減ったな、あれを撃てるのも後8回といったところか」
萩風の背に揺蕩っていた尾のような霊圧の塊が消えたのだ。あれだけの一撃だ、それを無尽蔵に打てる筈がない。それは外付けした貯蔵タンクであり、それを消費してあの一撃を放ったのだろう。
過ぎた力には代償と危険があり、この力も例に漏れず制約はあるようだ。ただ、その力の消失で勝つ気などユーハバッハにはない。
「その間に、私を倒せるかは話が違うがな!」
ユーハバッハは自身の霊圧によって作り上げた剣を持ち、萩風に斬りかかった。萩風もまたそれに対して刀で受け止めるが、ただの純粋な力で押し出されて行く。
そしてもう片腕で作られた新たな剣で首を飛ばそうと横薙ぎに振るってくるが、それを首の動きだけで避けると鋭い炎の一撃を刀から放って距離を取る。
ただ間合いは一瞬で詰められる、あえて乱雑に振るわれている力だけの剣を相手に萩風は弾いては受け流し、呼吸を乱そうと刀を操っているが、それは刀を折られる事で瓦解する。
「速度、膂力、反射、全て強化されている。誇りの力と豪語しただけはある」
そして、ユーハバッハは折れた刃を踏み付けながら踏み込み、萩風の胸を貫こうと剣を向かわせる。折れた刃で萩風はそれを何とか逸らしたようだが、もう片方の体を袈裟斬りしようと振るわれた剣までは対応出来ない。そうユーハバッハは考えたが──
「またか、やはり折れても治っている」
萩風は折れていない刀を逆手に持ち剣を鋒で突き破壊する事で防いだ。それだけでなく回転しながらゼロ距離の斬撃を放ってもいる。ただそれは片手で受け止められたのでユーハバッハにダメージはない。もはや折れた刃を元に戻すのは何かの奇跡でも勘違いでもない、間違いなく何かをしている。
「いや、折られていない事にされているのか。興味を唆るな」
ただの死神がここまで至ったのだ。霊王の欠片を持って生まれたわけでもなく、特別な才覚を持って生まれたわけでもなく、特殊な種族に生まれたわけでもなく、鍛錬をしてきただけの死神がここに至っている。ただ鍛錬については特殊であったのだが、それをユーハバッハが知る事もないし知る必要もない。
「まだその程度ではあるまい、卯ノ花の剣術だけで防ぐにも限界はあるのだろう?」
萩風は斬りかかる、先手を譲ってばかりであったので仕掛けたのだろう。しかし、それを敢えてユーハバッハは許す。それは振り下ろされる刀の一部を未来で折っておき、持っておく。その力が何なのか観察する為だ。
「(さぁ、ここで折れた刃をどう……!!)」
ただ、刀は手から消えなかった。観察されている事を分かっていてわざと治さないのかとユーハバッハは考えるが、それは振り下ろされて行く刀の刀身が伸びて治って行く事で考えを改めて刃を受け止める。
「成る程、その刃は貴様の持つ別の能力か」
萩風は一度引く、また折られてしまった刀であるがそれは炎を伝わせ刀の形に型取らせると、余分な炎を振り払い元の姿に戻す。折られてた事など知らないように、傷一つない新品の刀がそこにある。
だが折れた卍解が元に戻る事はない、萩風の生み出した方法では可能ではあるが時間はかかる。故にそれとは違う、治しているわけではない。それよりも適切な言葉がある。
「その刀は、卍解では無い。玉藻舞姫、お前自身が卍解なのだ」
作り直している。斬魄刀と彼は融合している、そして彼は幾らでも刀を生み出す事が出来るのだろう。卍解の本体は『玉藻舞姫』自身であり、それ自体が破壊される──即ち殺される以外に卍解そのものを壊す事は出来ないのだろう。だからこそ刀を使い捨てる事も出来る上で、刀を折られる事を前提にした戦いをする事が出来る。
ただ、それだけならばユーハバッハは警戒しない。態々戦いを中断しない。
「いくら折ろうといくらでも作り出せる、だがそれでは説明出来ない事があるな」
それは手から消えていなかった刃を見て呟く。今し方塵となり消えていったが、存在そのものが瞬きの間の一瞬で消えたわけではない。何か別の力、この能力そのものの固有の何かがまだ他にある。その確信があった。
「私の手から刃を消したのは別の力だろう、それも──私の能力と似た能力と見た」
この程度ではない、萩風の力はこんなものではない。そうであれば単独で今のユーハバッハに挑もうなど考える筈がない。何か秘策が、確実に勝つ為の何かの力がある。
だからこそか、気取られない為に萩風は戦いのギアを上げる。
「瞬間移動か、そんな事も出来るとは……だが見えている!!」
一瞬で背後に回った萩風の不意をついた一撃、それはユーハバッハに容易く受け止められる。超高速による線の攻撃も、瞬間移動による点から点に移る攻撃も効かない。未来を見るだけの力ならここまでにはならない、ユーハバッハが未来を見る力があるからこそ、ここまで萩風を対応出来るのだ。
「どうした、まだ貴様の手札は見えるぞ」
萩風の今迄培って来た力と新たに得た力、それを合わせても届くかは分からない。萩風カワウソという死神の手札は確かに多いが、ユーハバッハに通用する可能性を持つ手札となれば限られてくる。
「そうだな……なら、見えていても関係ない攻撃はどうだ」
ならばと、萩風は通用する可能性を持つ技を放つ。
「破道の九十九 五龍転滅」
今の状態の萩風から放たれる鬼道だ、それも霊王宮という霊子に満ちた空間から放たれる五龍転滅は無詠唱であっても果てしない威力を持った大技となり以前ジェラルドに放った時とは比べ物にならない威力でユーハバッハに襲い掛かる。
「甘いぞ、萩風カワウソ。お前の龍は落ちている!!」
だが、それは届く前に自壊させられてしまい当たる事はない。ただ、そのぐらいなら萩風も読み取れていただろう。
「成る程、視界を塞げば私の能力の妨げになると考えているのか」
ただ霧散した五龍転滅は霧のように濃密な霊子をユーハバッハの周りに漂わせる。未来を見る力と言ったが、その能力を萩風は把握出来ていない。ユーハバッハが萩風の力を観察するように、萩風もまたユーハバッハの力を観察している。
それを見る為の一撃でもあったのだろう、そして霧の奥から刀を構えた萩風は──
「見えているぞ」
胸を貫かれた。ユーハバッハの放った虚閃のような一撃を、モロに喰らってしまった。心臓は外したようだが、呼吸が大きく乱れている。霧ごと吹き飛ばそうと考えていたが、逆に霧を利用されてしまったようだ。
「今のは深く入ったか、治す時間をやろう。回道の腕に自信はあるのだろう?」
ただ、萩風は治す事なくそのままユーハバッハに向かって行く。特攻かとも思われたが、敵の情けを受け取るような真似はできないと考えての行動かもしれない。ただ、止まらない事はユーハバッハには見えていた。
「その程度では止まらぬか、どうやらまだ足りぬらしい」
そして、止まるまでどれだけ保てるかもユーハバッハには見えていた。
☆
ユーハバッハと萩風の戦いを皆見ている、そして少しずつ劣勢となり追い詰められている事も分かっていた。明らかに自分達よりも高次元で戦う萩風の力ですら届かない、そんな力を放つユーハバッハへの絶望が伝播していっている。
ただ、ここにそれとは別の視点で見るもの達がいる。
「月島、気付いてるか」
銀城と月島だ。彼らはこの戦いから身を引いたが、戦いの結末を見届けていた。そんな中でユーハバッハよりも萩風の方に目を向けていた。あの力は強大であり銀城ですら目に終えない速度で動く事もある、そんな力を使っているから──という、理由ではない。
目を引いたのは、そんな力を使うからではない。そこに自分達の見知った力を使っていたからに他ならない。
「彼、
移動の際に、空気や地面の魂を使役して移動速度を上げている。そんな事が出来るのは魂を使役できる完現術者しか居ないだろう。萩風の瞬歩は確かに早いが、その基本性能を完現術で底上げしているのだ。それも恐らく、無意識のうちに。
「黒崎以外の死神にそんなやつ見た事無えぞ、虚に襲われればああなるのか」
「さぁね。ただ僕達が虚に襲われたから完現術者になったのか、何か虚に襲われるような要因があるから完現術者になったのか。彼を見ると後者に感じるけど」
萩風がどういった芸当でそれを身に付けたかは知らないが、無意識で使っている事は間違いないだろう。意識的に使おうとしている動きの澱みが全くないのがその証拠だ。ただその力も基礎能力の底上げのみに使われており、完現術者特有の固有能力は発現させている様子はない。
恐らく使わないのではなく、使い方を知らない。本人が基礎能力の底上げの為だけに完現術を習得したのも、より強くより速く動く為の修行の中でもいつの間にか手に入れた力であるのを無自覚なのだから分かるはずもない。
「そんで、こいつに勝てると思うか」
「いや、無理でしょ」
「まぁ、そうだよな」
ただ、その上で萩風カワウソが負ける事を疑わない。
「力の差が出てる、正直これと正面から殴り合えるだけ彼は異常だよ」
確かに萩風カワウソという存在は理解出来ない。完現術を扱えるのもそうだが、この領域に至りユーハバッハと相対出来ている時点で相応の存在なのだろう。ただユーハバッハという霊王を取り込んだ存在よりは劣る、それを分かっている。
ただそう結論付けるなら二人はまだ戦いを見ていない。
「でも、ここまで戦うんだ。まだ何かあるね」
まだ結論付けるには、萩風カワウソは何もしていないのだから。
☆
どれだけの時間が経ったか、それすら感じ取れない。ユーハバッハとの高次元の戦いでは一瞬が無限のように感じられるのもあり、時間感覚は狂ってくる。1時間経ったのか、5分も経っていないのか分からない。ただ一つわかる事はある。
「随分と、見窄らしくなってきたな」
萩風カワウソは、ボロボロにされていた。最初のうちは渡り合っていたように見えたが、能力を使わずただの力の差によって押し潰されて致命的なダメージを幾度とくらっている。
もはや血塗れていない場所を探す方が難しく、白く艶やかな肌も赤黒く固まった血の塊が幾つも付いている。
「はぁ、はぁ……まだだ」
ただ、まだ萩風の眼は死んでいない。卍解・改弍ですら届かない力の差に打ちのめされるわけでもなく、まだ敵を見据えている。絶対に折れないという意志をそこから感じる。
だが、根拠のない自信であればユーハバッハには響かない。
「尾の数も2本減った、それは貴様の持つ制限時間だな。そしてあの一撃もその様子では一度の戦いで3回が限度といったところか」
萩風の背にある尾の数は残り6本、1/3を使った状態になっている。これは消耗の激しいこの力の維持だけでも相当の霊圧を消費しているからである。死神の範疇を優に超えた速度と力だ、それを何の代償も無しに行使できる筈がないのだ。
「まだ、俺は死んでいない」
「私の目には貴様の死に様が写っているがな」
ただ、もはや限界に近い萩風の体ではユーハバッハを捉えきれない。反射的に防御に向けた刀を弾かれ、無防備な体を霊王のエネルギーによって作られた剣で袈裟斬りにする。
未来で見えた通りのことが起きた、萩風カワウソがどれだけ回道に秀でていても確実にトドメを刺した。その魂が散るのも時間の問題、そんな一撃で幕を引く。
その目から光が失われていき──
「しかし、もう一人のお前も写っている!」
別の何かが、ユーハバッハを斬り裂こうと飛び掛かった。しかしそれは未来が見えていたユーハバッハにより弾かれている。確かに目の前には事切れた萩風カワウソがいる、だが目の前には何故か無傷な状態の萩風カワウソがいる。
存在が矛盾している。グレミィのような能力かと考える事も出来るが、それでは説明できない点もある。例えば瞬間移動、あれも間違いなくこの能力によって繰り出されたものだろう。そして傷の回復や刀の修復、どちらも絶対にこの力が関わっている。
ユーハバッハの能力に近しく、そんな能力を使う方法。そんな方法が頭の中に一つ浮かぶ。
「その力……別のお前に乗り換えているな?」
萩風カワウソは死んだが、死んでいない萩風カワウソに乗り換えられた。そんな事をして来た、そんな想像できない能力ではあるがユーハバッハに映る未来の言う通りならば、萩風カワウソは何度死んでも死なない。
「
そして、何故か口調の変わった萩風が刀を構えなおしている。
「幾多の枝分かれした運命を歩む自分と入れ替わり、傷だらけだった妾は陽炎のように消失する」
本来なら死んでいる事があれど、死んでいない自分に乗り換える事でいくらでも復活する事が出来る。瞬間移動をしていたのもこの能力によるものであり、今いる自分の位置とは違う場所にいる自分と入れ替わり斬りかかる事が出来る。
玉藻舞姫の事を見ているだけでは未来を掌握は出来ないのだろう、数多あるこの可能性の全てが玉藻舞姫の真骨頂。
「玉藻舞姫、唯一にして固有の能力『
更木剣八に殺された時も、殺されなかった自分と入れ替わる事で生き延びた。ただその時は能力の現れた自覚も薄く傷の少ない自分に乗り換える余裕も練度もなかった。だが1ヶ月近く、この技のみを鍛えて来た萩風にはこの能力は何者であろうと裏を掻く力だ。
萩風カワウソという死神は強い、そしてその強さの分だけ可能性というものは膨らんでいくがただ戦闘能力が高いだけでは運命は枝分かれ出来ない。
「今の妾(俺)は無傷の自分と入れ替わった、簡単に行くと思うなよ」
声が重なり、聞こえてくる。数多ある可能性が相手であると言っているように。
鬼道・剣術・瞬歩・能力がかけ合わさることで生まれる可能性は幾らでも生まれる、万能の死神だからこそ万の枝分かれする未来を作れる。100mを10秒で走れるならば鬼事で半径100mの中を自由に動き回る可能性が1分でも無数にあるように、萩風カワウソでこそ輝くのがこの能力だ。
「なるほど、簡単では無かろう」
しかし、ユーハバッハはそれが完全無欠な能力ではない事を分かってはいる。
「だが、尾の数は変わらないようだな」
制限時間は変わらない、そして恐らく『落日』を使った可能性は統合される。尾の数が変わらないのはそんな条件があるからだろう、それに本人の見える可能性の数について何も萩風は言っていない。数多ある可能性とは言うが、その可能性の全てで敗北すれば命を落とすだろう。
そして最大の理由として──
「それで貴様は、私とどう戦うつもりだ? 今の戦いで力の差ははっきりとしたはずだが」
萩風が強くなったわけではない、玉藻舞姫という力が底上げされているわけではない。速度も膂力も何もかもの力がユーハバッハと渡り合える力を持っているが、そこから伸びるわけではない。萩風カワウソは確かにある種の領域に至ってはいるが、そこが限界という事である。
「嫌味な奴じゃな、どうせ見えてるんじゃ……あー口調も意識も引っ張られる。調子狂うな」
ただ、萩風とて『自分の敗北』は分かってここにいる。そしてそれを理解しているのは、萩風とユーハバッハだけではない。この戦場に駆け付けた一人の悪魔も、それを分かっている。
「遅くなったが、元気そうだな」
「遅いぞ、時間稼ぎで尾を3本も使った」
「そうか、やはり霊王を取り込んだようだな」
負ける事は分かっていた、霊王を取り込んだ霊圧を感じていたからこそ全員理解していた。一人では勝てないと、それだけの存在だと。
だからこそ、萩風は待っていた。自分以外の戦力を。そして数刻の間もなく、日番谷もやってくる。
「先に終わらせてても良かったが、そう簡単じゃ無さそうだな」
自分と同じ境地に至った日番谷冬獅郎、方法は異なるが理を曲げる力を得たウルキオラ・シファー、この2人とならば戦えると信じていた。敵は零番隊を単独で撃破した存在、それに萩風が1人で勝てると考えるほど甘く考えていない。だからこそ、時間を稼ぐことに焦点を置いて戦っていた。
「やれやれ、まさか3人もここに来るとはな。それも私に迫る力を持つか」
ただ、そんな事をユーハバッハは分かっている。
「お前たちの誰もが私の脅威でなかった、それがここまでになるとは驚きだ。正しくお前達は世界の希望なのだろう、それだけ希望が膨らんでもいる」
ユーハバッハの霊圧はこの3人を合わせても超えている。ただ自分の霊圧をそれぞれ2割・4割・3割に相当する力を持つ者達だ、油断の出来る相手ではない。
「ただその希望が弾けた時が、お前たちの三界が終わる時だ」
文字通り、世界をかけた戦いが始まる。
日番谷冬獅郎◯ vs アスキン・ナックルヴァール●
萩風カワウソ&
日番谷冬獅郎&
ウルキオラ・シファー
vs
ユーハバッハ
☆
卍解改弍の条件
1.卍解に辿り着けている事
2.領域を認識している事
3.和尚とその能力を認識している事
4.??の??を??????に認識されている事
改弍とは斬魄刀と主人が融合した状態の卍解
その容姿は斬魄刀に大きく引っ張られるので女体化する事も大人化する事も、幼女化する事もあり得る。また力を安定させている場合は何かしら固有の能力を持ち『運命の乗り換え』や『自分以外の時間と空間の凍結』といった、理に縛られない力を萩風カワウソと日番谷冬獅郎は得ている。