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ユーハバッハの前には、破面や死神の枠すら超えた3人がいる。ユーハバッハの言う通りに尸魂界や虚圏、現世の三界を合わせても間違いなく5本の指に入る3人である。星十字騎士団の精鋭達を撃破し、ユーハバッハを倒すべく集まった者達だ。恐らくユーハバッハを相手にここまで纏まった戦力が集まる事は今後無い、そう考えられるだけの実力者がいる。
「それで、萩風。お前程の使い手が遅れを取っている理由はなんだ」
ただ、ウルキオラはその中の1人である萩風カワウソが単独で倒しきれなかった事に疑問を持つ。萩風カワウソはこの中で最も霊圧が高い、だがここまでのレベルになれば相性の方が関係して来る事をわかっているのだ。そして、この萩風の『本気』を知るウルキオラからすれば正攻法で勝てないのには違和感がある。
「向こうが未来の改変って言う能力を使ってるからだ、未来で卍解を折る事は当たり前……鬼道も弾くし、意図した所に罠を作る事も出来る。じゃなきゃ零番隊も一方的には負けないだろ」
だが、それはやはり相性によるものと理解する。
「成る程な、だがお前が生きているなら穴はあるだろう」
そこまでの能力ならば萩風が尾を三本も時間稼ぎに使った事が理解出来る。霊王という存在がどこまでのものなのかウルキオラには分からないが、少なくともそれを取り込んだユーハバッハが相応の存在に成り果ててしまったのは間違いないらしい。
「ほう、ウルキオラ・シファー。貴様は随分と信頼しているようだな」
ただ、ウルキオラと闘い既に一度破った事のあるユーハバッハからすれば彼は脅威ではなかった。単純な戦闘能力が高い事は認めても能力の前には無力であり、敵ではなかったのだから。
だからこそ、放置していた。どんな事が起ころうとユーハバッハそのものの脅威にはならないと考えていたからだ。
「あぁ、貴様と違ってな」
だが、ここまで至れたウルキオラは親衛隊であるリジェを撃破している。そしてそれすらも、この男ならば見通していただろう。自身が霊王を取り込むまでの時間稼ぎの駒として扱っていたのは明らかであり、今のこの男にはその親衛隊が生きていたとしても躊躇無く切り捨てる様な存在であると分かってしまう。
畏怖のみで居座っていた王だ、万が一にでもこの世界を手渡せばその未来はどうなるか火を見るよりも明らかだろう。
「未来見るだけの力では無いことは分かっていた、だがどちらにせよ貴様の目を潰すだけだ」
だからこそ、それを止める為にウルキオラはここにいるのだ。
☆
下界からは未だに、ユーハバッハの中継が続いている。まだその余裕があるのか、いかに自身の力がかけ離れたものかを示す為だけに見せている。そして、その効果は確かにあった。一時は萩風カワウソが惨たらしく追い詰められていく姿に皆の気も消沈していた。
絶対に勝てない。能力を解放してから萩風カワウソの攻撃の全てを防ぎ一方的に圧殺していたのだから、そんな気にさせられて仕方なかった。
だが、その気はギリギリで繋ぎ止められる。
「シロ、ちゃん……?」
雛森のよく知る死神、日番谷冬獅郎。それが何らかの方法で大人の姿となってユーハバッハの前に立っている。その出立もそうだが、明らかに萩風と同レベルの覇気を放っている。
そして同様に、駆けつけたウルキオラ・シファーも同じ段階にいるのだろう。その手にある翡翠の刃を持つ黒い大鎌からは考えられないような生存本能に訴えかける死のイメージが放たれてしまっている、何かを司るかのようなそんな雰囲気があるのだ。一護はとても以前戦った存在と同じ破面であると感じられない。
そして、そんな存在が自然発生するような事があるわけがない。
「なぁ喜助、あの3人に何したんや」
それは、隊長である平子真子も感じている。いや平子だけではない、総隊長である卯ノ花やその段階に片足を入れた事もある黒崎一護も、そこに至るという事がどれだけあり得ない事か分かっている。
「明らかに死神とかそんな段階やない、全員に崩玉でも配ったんか?」
もはや同じ死神や次元で語れる者なのかどうなのか、そのレベルにあるのだ。藍染惣右介と戦った事のある者としては、それ以上に至っているあの3人は何なのかと聞いているのだ。
ただ、浦原喜助が答えられる事は多くない。
「アタシが手を貸したのはウルキオラさんだけです」
ウルキオラの持つ崩玉、それに関してのみ浦原は関わっている。自身の心のみを消費して扱えるように崩玉を再認識した浦原が改変して渡したものであるが、それでも感情の起伏が少なく心を認識すらしていなかったウルキオラが、あそこまで至っていたのは想定外ではある。
だが、それだけではない。あの力はわざと安定感が無いように作ってもいたからだ、でなければ過去の藍染惣右介に並べる程の出力を引き出せるはずがない。
そして、そんな可能性を浦原喜助は一つだけ思い当たってもいる。
「それにあの姿、恐らく萩風隊長は独力で至っています」
過去に模造品とは言え崩玉を使うウルキオラを圧倒し、最初の侵攻では卍解無しに8人の星十字騎士団を撃破するどころか、その中で本来なら倒せるはずもない『霊王の欠片』を持つ滅却師も焼き尽くし、霊王の召集を受けた死神。
浦原喜助としても、その力を知ったのはジェラルドとの戦いでだ。完現術による魂の使役と瞬歩でどちらも扱える黒崎一護の卍解以上の速度を維持し、鬼道では当たり前のように九十番代の破道を詠唱する。更に後で聞いてみれば虚化すら掴みかけていたらしく、ユーハバッハが何故特記戦力にしていなかった不思議なほどに底が見えない死神であった。
「っ!? あないな力、知ってても目指せるもんやないやろ!!」
だからこそ、あんなものを目指していたと誰からも悟られなかった。
「アタシも知りませんでしたよ、そもそも卍解の先を目指そうと考えてもあんな形に至るとは知りませんでしたからね」
小さく「少し前までは」とは呟くが、そんなものだ。浦原喜助の知る事は多くはあれど、全てにおいて深くとはいかない。それに彼が目指していたのは卍解の先ではなく死神の先だ、ただ結果としては萩風カワウソはその先にいると言っても良いだろう。
「なら、日番谷隊長はどうなんです!?」
そしてそれは、隣にいる日番谷冬獅郎も至れている。手を貸したのはウルキオラのみと答えているのなら、日番谷冬獅郎も独力で至ったと答えるはずだ。しかしそうは言っていない、それは現状の日番谷冬獅郎が至れるとは考えていないというが大きいのだが──
「これに関しては推測でしかありませんが……萩風隊長から卍解の先を聞いた上で、何かしら補助があるのかと。ウルキオラさんも同様に」
──萩風カワウソが関わっていると考えた方が纏まりやすい。何かしら力を安定化させる方法を彼が持っているのだと、それならばウルキオラの力の安定化についても説明が出来る。
ただその上で、卯ノ花は聞く。
「それで、勝算は如何程ですか」
ここまでの戦力、恐らく三界の実力者を集められたのは意図して起こした浦原の奇跡によるものだ。ここまで至るとは考えていなかった、間に合いはしなかったものの、あのユーハバッハと相対する事のできる程に三人は強い。
「勝算は……分かりません」
ただその上で、何も分からない。
「初めて見るものです、あの3人の力はここにいる隊長格全員を単独で遥かに上回っていると思われますが……未知数なのは向こうの方です」
相対する敵の大きさだけが、浦原喜助には計れなかった。
☆
もはや常人では関わる事のできない次元の戦いが繰り広げられている。速度もそうだが、空間を歪ませる程の衝撃波が飛び交うこの戦いは、隊長格であっても見る事が精一杯であろう。
「ウルキオラ・シファー、随分と変わったな」
「あぁ、お前を倒せるように至れたところだ」
そして、異次元に至れた萩風・ウルキオラ・日番谷の3人に対して、ユーハバッハは単独で渡り合っている。
「散れ、
虚無の力も込めたウルキオラの飛ばした矢はユーハバッハの防御を貫通出来るだろう。しかしそれは飛翔中に霧散させられてしまい届かない、代わりに背後から日番谷が踏み込むもののその刃も受け止められてしまう。
「日番谷冬獅郎、貴様がそこに至れる死神ではなかった筈だが」
「そうかよ、お得意の未来視とやらも完璧じゃないらしい」
日番谷が氷を舞わせ、全方位から氷柱の雨を襲わせてもそれはユーハバッハの暗い影によって吹き飛ばされる。ウルキオラの大鎌も振るわれるが、それは受けては駄目だと『知っている』ので回避すると、日番谷を押し出しウルキオラに向けて剣を振るう。ただそれは萩風に受け止められ、代わりに日番谷とウルキオラが真横から迫る。
「縛道の九十一
更に萩風の鬼道で影を拘束し、反撃の目を塞ぐ。ただ大鎌はまたも避けられると、日番谷の攻撃は生み出されたもう一つの剣で受け止められる。ただそれに意識が裂かれた事で緩んだ剣を萩風は受け流し、ユーハバッハへと踏み込み刀を穿ちに向かう。ウルキオラも避けられる前提で回避方向を絞り、次の行動を限定したのでそのまま二段目の攻撃で決着に向かわせる。そして日番谷を受け止めた剣と片腕は、瞬く間に肩先まで凍らされていく。
影を封じ、片腕を封じた。そして2人の攻撃は──
「中々やるな、このままでは手傷を負うのは私の方か」
空を斬り、ユーハバッハはいつの間にか3人の目の前から消えていた。足元を見るに影と影が繋がっているようで擦り抜けたようだ。しかしそれならば次に対応できる、日番谷が足元を凍らせるか萩風が足元を完全に封じるか、手は打てる。次に詰めれば、間違いなくダメージを与えられる。
「どうやら、力押しだけで測るのは無粋だったようだ」
ただ、ユーハバッハはもうそんな戦いをするつもりはない。
「さぁ、戦おうか」
すると、ユーハバッハが影も含めて目を見開いた。瞬間踏み込もうとした3人であるが、それぞれの持つ得物は半ばで折れている。しかもその折れて無くなった先はユーハバッハの手にある。能力を全開にしていなかったのだろう、この3人の力を計り下界の者達に見せる事で『これから圧倒する姿』による落差を作る為に。希望を根こそぎ、潰す為に。
それを悟ったのか、萩風は自身も含めて2人を隠す。萩風の斬魄刀は炎を完璧に操る事で陽炎を扱える、それによる幻影は今の状態に至る彼ならば偽りの世界と悟られはするが完全に姿を消す事が出来る。
「ほう、目眩しか。私にはいつお前達がどこからやって来るかはみえているがな」
ただそれでは勝てない、ユーハバッハには見えている。萩風がそうしたのはあくまでも作戦を立てる為の時間稼ぎだろう、今に至るまでに集めた情報で、ユーハバッハを倒すための策を作り上げなければならない。
「それを待ってやる程、私は暇ではないが……」
だが、ユーハバッハを完全に自由にさせてしまえば時間を稼げるはずがない。故に萩風は、自分の他の可能性に時間稼ぎを任せる。
「ゆるりと、貴様の可能性とやらを潰してやろう」
陽炎の中から現れた100を超える萩風の可能性、その全てが時間稼ぎの為だけにユーハバッハに襲い掛かった。
☆
萩風の灯籠渡りは、玉藻舞姫固有にして唯一の能力。しかしユーハバッハにその全てを話しているわけではない。この能力は別の玉藻舞姫に乗り移る能力ではあるが、逆に呼び寄せる事も出来る。尾を消費する大技は使えないが、それを除いた全く同じ性能を持った軍勢を召喚する事が出来るのだ。
「5分だ、それ以上は維持できないからな」
しかし、それが出来るなら最初からしている。尾を5本も消費した上で、この技は出せる玉藻舞姫の『可能性』に限りがある。それに維持の時間制限もあり、ユーハバッハに対しては有効な手段とはなり得ない。だからこそ時間稼ぎの為だけに、あのままでは一方的な蹂躙を受けると悟った萩風が使った技である。
そして、こうなる事は予期していた。
「成る程な、アレが能力か」
ウルキオラは今回の策を全て練っていた。ユーハバッハと戦った事のある者は彼だけであったのもあるが、知略において萩風の遥か上にいるからだ。ユーハバッハの気質を理解し、厄介な親衛隊を単独で倒す事は問題無い事も理解した上で、リルトットの敗北すら勘定に入れて策を考えている。正確にはいくつも可能性を吟味しこの時点で萩風や日番谷、己自身が死んでいる場合も考えているが、今の状況は最高と言わずとも相応にユーハバッハと相対出来る条件は揃っている。
だが、ユーハバッハの真の能力によりその可能性は潰えようとしている。
「で、どうするウルキオラ。正直言って俺は相性が良いわけじゃない」
萩風カワウソの能力はユーハバッハに破られてはいないが、時間の問題だろう。可能性の全てを見られてしまえば恐らく無傷の自分は存在しなくなる、そうなれば追い詰められていくだけだろう。現に萩風の可能性による軍勢は、ユーハバッハにダメージを与えられていない。一撃与えられたのも虚をついたからであり、武器の生成では虚をつく事はできない。
「いや、今の俺たちに攻撃が来ない時点で能力の範囲は絞れる」
だが、ユーハバッハの能力が完璧では無い事をウルキオラは見抜いている。
「奴の未来視の視点はあくまでも奴だ、姿を隠した俺たち迄は把握出来ない」
ユーハバッハの未来視の力、そして改変する力。どちらも繋がっているが元となっているのは未来視の力である、そちらを封じる事が出来れば自然と改変する力を封じる事も出来るだろう。それがウルキオラの見立てである。
「俺もそれ目的で目眩しをしたけど反撃されたぞ」
「奴は攻撃される未来を逆算する事でのみ確実な予測を立てた動きをするのだろう、お前を攻撃したのもその方向への範囲攻撃ではなかったか?」
「……確かに、射線上を貫く攻撃で急所は外れてた」
ユーハバッハの力が完璧ならば、もっと早くに致命傷を与えて萩風の灯籠渡りを引き出せていた。全てを見渡せるならば、今隠れているウルキオラ達が攻撃されていない事が根拠として揺るがなくなる。
ただそれが分かったとしても、ウルキオラ達がいつどこから攻撃を仕掛けてくるかぐらいは分かっているだろう。ならば必要な要素は二つある。
「奴の能力の底が見えない以上、この中で決め手は──日番谷冬獅郎、貴様だろう」
その一つは、彼だろう。
「お前の『時空間凍結』は萩風の運命すら完全に止められる、ユーハバッハの認知が及ばない可能性があるのはそれだろう」
先ずは『攻撃を受けたという認知』をさせない事だ。元々の条件はこれだけであったが、玉藻舞姫の灯籠渡りすら完全に封じるこの力は時間が止まっているという認識すら出来ない。萩風が日番谷との改弍同士の戦いで一度として勝てなかったのは能力での相性が最悪だったからであり、この次元の相性は覆せる程優しくない。
そして、事実として萩風とユーハバッハの相性は良くない。更に加えれば、もう一つの条件にも合わない。
「分かってる、ただ今の俺じゃ2人を巻き込まないことは出来ないぞ」
「そんな事は構うな」
「分かった、それで……止めは?」
ただ、日番谷でももう一つの条件『確実に滅する事』が出来ない。ユーハバッハに止めを刺すには一撃で滅ぼさなければならないのは萩風の一撃を耐えた事で証明されている。普通の存在であれば致命傷であったあれで倒れないならば、日番谷では倒せない。そして萩風もあの一撃を当てても勝てない。
「俺が存在そのものを消し去る他ないだろう」
ならば、防御も何も関係ないウルキオラの力を使う以外に勝ち目はない。
☆
ユーハバッハの手にある剣は霊王の力によって作られたエネルギーによって成り立つものであり、単純な火力もそうだが折れようともいくらでも治せる上でいくらでも作り出せる単純な武器だ。ただ、それに切り裂かれた萩風の可能性は焼き尽くされている。
「ここまで、透き通るほど見えるとはな」
数にして100を超えた萩風カワウソ、その全てをユーハバッハは殺し終えたところだった。偽られた世界から、尾の数が一本にまで減った萩風が現れる。
「作戦会議は終えたか? 萩風カワウソ」
「……無傷は、想像してなかったな」
萩風はユーハバッハの余力を見誤っていたのか、全ての可能性が消失させられている事に冷や汗を流している。あれは玉藻舞姫の得意技でもなければ扱いきれていない力だ、だが一度の戦いで尾を半分以上も使う大技なのでユーハバッハにダメージを与えられていない事や、疲労すら感じさせない事に底の知れなさを感じてしまったのだろう。
「貴様は私に、この能力について全てを語ってはいないな」
その上で、ユーハバッハは力を見る余裕すらあった。
「だったらなんだ、そっちもそうだろ」
「あぁ、貴様が捨て石だというのも分かっている」
ウルキオラと日番谷は出て来ない、機を伺っているのだろう。ただユーハバッハは、そんな気を起こさせる気はないようだ。引き摺り出す為に萩風に対して両手にそれぞれ持つ剣を向かわせる。
「ほう、躊躇いなく乗り換えるか」
萩風は受け止めるが、刀が保たないと察し直ぐに別の自分に乗り換えて背後から斬りかかる。その上で片手に持つクナイを投げつけて行動を制限しながら間合いを更に詰めて行く。ユーハバッハはそれに対して横凪に両手の剣をぶつけに向かうが、それは萩風の生み出した二つの刀で受け止められる。
「なるほど、作れるのも扱えるのも刀だけではないようだな」
「うちの師は何でも出来るんでね」
暗器の扱いにも卯ノ花は長けている、しかし普段から使うものでもない。だが、刀以外でも戦える事を教えていた。それはそういった敵と戦う時に、自分が扱えるならば対応しやすいからだ。なので心得だけはある萩風は少しでも虚をつくための動きをしていく。
「
「見えている」
だが、未来が見えているユーハバッハには届かない。炎を生物のように扱い向かわせても、クナイを起点に炎を噴き出させても、別の自分との時間差の攻撃を仕掛けても、自分がいくら捨て身の攻撃を行おうとも、虚をつくにはその程度では足りない。
「そろそろ、お前には飽きてきたな」
そして、ユーハバッハが手を向ける。ただそれだけの行為、しかしそれだけで何が起こるのか想起できてしまう。
「っ!!」
萩風は察する、避けられ無い事を。それも乗り換えて避けた先も当たる、どれだけ探そうと無傷な自分を探せないと、軽傷の自分すら探せない事を、感じてしまう。
そしてその時は──
「四界氷結」
──訪れる前に、静止していた。
☆
下界では護廷十三隊の面々が固唾を飲みながら戦いの行方を見守っている。ただそんな中で、何故か卯ノ花は戦いを見守るのをやめて動き出す。
「卯ノ花総隊長、どこへ?」
「藍染惣右介の元へです」
それは、皆を戦いから目を逸らさせるには十分な言葉であった。藍染惣右介、護廷十三隊の裏で非人道的な方法で霊王に取って代わろうとした存在。特記戦力にも数えられているそれは、銀城よりも手を取りたいとは思えない──かつての敵だ。
そして、それを呼び出す理由は彼の持つ斬魄刀の能力があるからだ。
「未来を改変するのに見る必要があるならば、彼の完全催眠は有効な可能性があります」
五感全てを支配するそれは脅威であった、敵も味方も区別がつかなくなる程度のものではなく、自分の目にしているものを信じられなくなる、それだけ巧妙にいつから催眠状態にあるかも分からなくなる、間違いなく強敵であった。しかも真に恐れるのは使い手であるのが藍染惣右介である事なのだ。
「ですが、萩風隊長達はそんな事を望むとは……!!」
「全ての可能性を吟味する、それが総隊長です」
今、萩風達は戦っている。間違いなく下界の者達の希望となっており、そのまま勝てるならば無用な行動であるのは間違いない。それだけでなく、不信を買ってしまう。藍染惣右介によって生まれた悲劇は多過ぎるのだ、それを許容する事はここにいる誰もが出来るわけもない。
「浦原さん、貴方は何かしらユーハバッハに有効な策を考えついているのでは? 藍染惣右介もその一つだと思いますが」
だが、卯ノ花の考える事は先に考えているものはいる。
「恐らく、能力からしても藍染隊長の鏡花水月を使うのは悪い手じゃ無いです。ただ正直、問題はそこじゃありません」
浦原とてそこまで当然考えている。それに加えれば藍染惣右介が手を貸すならばユーハバッハと渡り合う事が出来る自信も持っている。特記戦力とされている4人と残った隊長の力を結集すれば、その大多数が犠牲になった上での勝利を得られるとも推測できている。
「倒さなければならない敵でありながら、倒せば世界が崩壊する。僕達は今、どちらに転んでも負けの戦をしています」
だが、最初から負け戦だからこそ勝ち筋を見出せていない。倒せば負け、倒せなくても負けの詰んでいる状況の打開まで至れていないのだ。なので倒さずにその存在を固定するといったプランも必要なのだが、加減をして勝てる相手ではない事も分かっている。
だからこそ、そんな考えも伝播している。
「では、萩風達は何故戦っている」
浦原に声をかけるのは、傷だらけで歩くのも集中しなければよろけてしまいそうな状態の死神だ。隊長羽織を着ている事でその意識に命をかけているようだが、まだ戦うとい意思を目に宿している。
「砕蜂隊長」
砕蜂には、分かっている。同じ二番隊にいたからこそ、彼の事を知ってしまっている。更に最近は護廷十三隊でもないこの男について理解できる部分すら多く感じてしまっている。
「あの破面は、どうせお前が連れて行ったのだろう。色々と思考を巡らせているなら、この可能性を吟味出来ないお前ではない」
だからこそなのか、何かしらの結論を持っている事を察している。
「あの3人の誰かを、人柱にする気か」
霊王が楔である事は、耳だけでもユーハバッハに向けていたので分かっている。そして態々破面であるウルキオラを時間稼ぎの駒としての理由だけで上に送るようなマネはしない。全てに備えをする浦原喜助と言えど優先順位はある、その優先度が相応にあった事は上に送っている時点で明らかだろう。
砕蜂の言葉に、皆が浦原を見る。誤魔化せないと悟ったのか、最悪の事態を態々言う必要も無いと考えていた案を、浦原は呟き始める。
「霊王は、全ての力を扱える者だったと言われています」
『滅却師・死神・完現術者・虚』その全ての力を最初から有していたのが霊王だ。無論これ以外にも固有の能力は有していただろう、しかしこの四つの土台となる種族が彼を構成していた。ユーハバッハは詳しく語っていなかったが、浦原喜助にはそこまでは黒崎一護が霊王宮へ召集を受けた時点で気が付いていた。
「逆説的に言えば、全ての素養のある者が霊王に代われるとも言えるでしょう。そして恐らく、これは正しかった」
だが、もう1人理由無く連れて行かれる死神が悩みの種であった。黒崎一護は素養という点で条件をクリアしていても、もう1人は純粋な死神であった故に条件を満たしているはずがなかった。だからこそ、条件が満たせる存在と仮定して2人を送り込んだのだが──
「萩風隊長を贄に捧げれば、恐らく世界は保たれます」
──萩風カワウソは、楔として黒崎一護以上に適した人選であった。
☆
霞がかかったような世界、この世界はもはや異界と言っても良いだろう。日番谷冬獅郎が完全に支配した世界、萩風の玉藻舞姫ですら事前にこの技を知っていたからこそ範囲外に一度跳躍して世界を溶かそうと一撃を放って来た以外に対処と言える対処法は存在しない。初見では必ず、破れない道理のある技だ。
「未来の見えるお前でも、止めた世界までは見えないだろ」
そして、未来が止まるならばユーハバッハにも感知される事はない。日番谷の前には完全に静止したユーハバッハが萩風がいた方向に向けて腕を向けて虚空を眺めている。
萩風の陽炎の中で隠れていた日番谷は、ユーハバッハの余裕が少しでも削れたタイミングを探っていた。萩風の仕事は捨て石だったのだから仕方ないが、最初から止めても問題は無かったのだろうが、念には念を込めたという事だろう。
そして、陽炎に隠れていたのは日番谷だけではない。
「それとウルキオラ、その範囲出たら止まるから出るなよ」
「分かっている」
ウルキオラだ、彼は自分の周りだけを虚無で覆う事で静止する世界の中に自分の空間を作っていた。対処法らしい対処法は無いとは言ったが、それはあくまでも正攻法によるものに関してである。ウルキオラの虚無はウルキオラ固有の能力であり、そんなものは例外である。だがウルキオラとて日番谷の能力を理解していなければ気付く事もなく時間を止められていただろう。
「萩風はギリギリで範囲外まで離れたな、器用な奴だ」
萩風は範囲外まで移動する事で回避する事は出来るが、この世界に踏み込めば動けなくなる。なので対処は出来ても攻略はしていないし、ウルキオラとて範囲外に出れば一瞬で静止してしまうが、それならば態々この世界に来る事はない。
「それで、どうするんだ」
「この鎌には、斬りつけた対象を虚無の果てに吸い込む力がある」
そう言うとウルキオラはユーハバッハとの間にある空間を切り裂き、ユーハバッハを引き寄せる。範囲さえ作れてしまえば引き寄せる手順は必要であるが、この空間全てウルキオラの射程圏内である。
ただ日番谷が聞いているのはユーハバッハに止めを刺す方法、ではない。
「世界の楔は、どうすんだ」
霊王を取り込んだ、ならば世界の維持はこのユーハバッハによって行われている。恐らく何らかの維持の力ごとユーハバッハが取り込む事で保たれているこの世界は、ユーハバッハを殺せばまた崩壊の道を辿る。日番谷はあえて触れていなかったが、それをわかっていないウルキオラでは無いので、何かしら考えがあるはずだと考えていた。
そして、ウルキオラは自身の胸に手を当てて答える。
「俺が成れば良い」
「お前……本気か?」
「藍染様は
ウルキオラの崩玉は、ウルキオラの心のみを消費する。またそれによる能力は虚無の力の行使に向けられていたが、それを世界の維持に向ければ不可能では無いだろう。その確信がこの力を使って来たウルキオラにはある、ただそんな単純な力ならば霊王の代わりは見つかってくれる。
「良いのかよ、萩風に何も言わずに」
「上手く説明しておいてくれ」
ウルキオラでは世界の維持をするのに、限界がある。あくまでも崩壊を先延ばしにする事しかできず、楔としての役目は果たせないだろう。世界を維持するにはウルキオラが力不足というわけではない、単純に条件が揃っていない。そしてその条件は、ウルキオラには揃えられないのだ。だが、他の誰かが揃えるまでの時間は稼げる。
「奴との時間は、井上織姫の物よりも刺激的であったとな」
ウルキオラは鎌を構える。全てを吸い込み闇に葬る虚無の刃は暗く、それでいて蛍のような淡い翡翠のオーラを漂わせている。当たればどれだけの防御力や能力であろうと貫通するのはリジェで試し分かっている。この虚無の先など知り得ないが、そんな不安もこの刃は吸い込んでくれるだろう。
「萩風への借りの全てを、ここで返す」
ウルキオラの一振りが向かう。無防備な首にそれは向かう、生物の息の根を止めるためにそこに向かっていく。
☆
結論から言えば、ウルキオラの虚無は届かなかった。
「貴様、なぜ……!?」
ユーハバッハに向かって行く刃は、首筋に当たりはしても刃が通っていなかった。また虚無の力が霧散されたわけではない、単純に消せないのだ。恐らく、ウルキオラの虚無であっても霊王は消せなかっただろう。ウルキオラの力は存在を消す力であって『存在感が高過ぎる存在』の事は消せないのだ。仮に霊王の欠片を持つ敵を相手にしたならその欠片部分を除いて全て虚無送りにできるが、その全身に霊王の力があれば消す事はできない。
これはウルキオラがこの力を覚えたのが最近だったからというだけの理由ではない。単純にそんな例外を知る機会が無かったのだから仕方ない、理は曲げられても霊王という存在を拒絶出来ないのだ。
だが、最初から霊王の部分には通らないと考えがあったなら結果は違ったものになっていたかもしれない。首を斬るのではなく、全身を虚無で吹き飛ばせば霊王部分以外を虚無に送れただろう。更に言うなら虚無の力にリソースを捧げない単純な火力でも、ユーハバッハに致命傷を与えられていた。
「ウルキオラ・シファー、私の喉元に刃を当てたのは貴様だけだろう。知略もそうだが、この虚無の力は──私を殺せる唯一の力だったな」
ただ、凍てついた世界を我が物顔で動くユーハバッハに鎌を折られるとそのまま滅却の力で羽や腕など全身に風穴を開けられてしまう。あまりに一瞬の事であったが、ウルキオラの虚無は敗れた。
しかし破れたのは虚無の力だけではない。自身の能力も破られていると気づいた日番谷は反射的に能力を解き、斬りかかるがそれは素手で受け止められる。
「世界を止めるか、脅威的な力だな。日番谷冬獅郎、お前の力は間違いなく私の想像を超えていた。だが──私の下界に向けていた意識までは止まらなかったぞ」
日番谷冬獅郎の能力は確かにユーハバッハと相性は良かった。未来を止める彼の力ならば改変前に対応できる、しかし止めたのは彼らの周りだけでありユーハバッハの全てを止められたわけではなかった。それが誤算であり、日番谷もウルキオラ同様に穴だらけにされ地面へ転がされてしまう。
「ユーハバッハ!!」
ただここで日番谷が能力を解いた事により、静止空間が消え突入してくる影がある。尾が一つとなった萩風だ、最後の灯火を伴い駆け付けた彼の一振りはユーハバッハは目にすらしていない。
「萩風カワウソ、貴様は私に能力を見せ過ぎた。もう全て──見えている」
もう、振り向く必要もなかったのだ。突然胸から血を吹き出し勢いのままに地面に転がされてしまう。未来からの攻撃を受けたのか、萩風の認識できなかった攻撃は容易に灯籠渡りによる運命の移動すら許さない。移動先すら、ユーハバッハの視野に入ってしまっている。
ただ、3人の眼はまだ死んでいない。
「
「
「
各々が今、放てる最大火力の技を放つ。萩風の最後の尾を消費して放たれた斬撃、ウルキオラの己の霊圧と崩玉の力を込めた破壊力の塊である槍、日番谷の大気中に存在する水の全てを龍の鱗のように刃に纏わせ放たれた吹雪のような斬撃、そのどれもがユーハバッハを倒す為だけに──お互いの事を鑑みない威力の技を放っていた。
「巻き込む事も厭わないその精神、賞賛しよう」
ただ、ユーハバッハの事を認識した攻撃は己から自壊していく。同時に、その余波だけが3人に襲い掛かると──
「これで私は、私を再認識出来た」
3人の胸を薔薇のような刺々しい黒い力の奔流が内側から彼らの胸を貫いて血を噴き出させる。回避すら許さない、理不尽な力の差がそこにある。
「もはや我が覇道を阻む者は、存在しない」
ユーハバッハの前に、3人は倒れる。
全知全能の前に、力尽きていた。
☆
3人を倒した、下界の死神達は失意の底に堕ちている。絶望を渦巻かせているのはそれだけの力を持つ彼らを予定通り圧倒したからであるが、まだ何人かは失意の気配すら感じさせていない。
だからこそ、その中の1人であり傍観に徹する罪人へユーハバッハは話しかける。
『見えているだろう、藍染惣右介』
この放送は尸魂界全体というわけではないが、無間にも写されている。付け加えるなら虚圏にも送られており、そちらはウルキオラの敗北に破面達が絶望している。ただ、何故かこの藍染惣右介だけはこれだけの力を目の当たりにしていても──絶望の色すら現れていなかった。
『煩わしいか? 目と口ぐらいは開けてやろう』
ユーハバッハは遠隔で藍染を覆っていた枷の一部を剥がす。左目と口を自由にした彼であるが、それでも中々口を開く気も無いようでただただユーハバッハの放映している霊王宮を見ている。
『貴様の言う事は起こり得なかったな』
藍染とは一度、最初の侵攻で訪ねている。その時はユーハバッハの事など気にも止めず、軍門に下る事もなかった。その上で色々と話も聞いているが、ここで漸く彼は口を開く。
「萩風カワウソを特記戦力に至らせなかった事は、理解に苦しむがね」
特記戦力の1人である彼は、誰の支配も受けない。その支配を受ける事を彼は拒み続けているからこそ、霊王に対して反旗を翻しているわけだが、それでもその特記戦力の中に萩風が加えられていない事を憐れんでいる。
『まだ、私を倒せる者が居るとでも考えているのか?』
ただ、その憐れみを受け流せる余裕が今のユーハバッハにはある。
『黒崎一護はお前を倒しただけだ、私を倒すには至らぬ。貴様の過度な期待に沿う者など、もはや存在せぬ」
山本総隊長も、零番隊も、並び立ったと称しても良い浦原喜助の準備した3人すらユーハバッハは破った。どこをどう考えても、ユーハバッハと戦えるだけの戦力を集める事が出来ないだろう。
『残りの特記戦力も、私の敵ではない。用事の後にお前達4人を揃えて戦えるように御膳立てしてやっても構わぬぞ』
だが、それだけの戦力を集めただけではユーハバッハは自分が破れる未来が見えないからこそ、そんな言葉を吐けるのだ。
☆
藍染惣右介が絶望しない理由に対して興味を持ったが、特に理由もないものであったので内心ユーハバッハは落胆する。この調子なら他に絶望していない卯ノ花や浦原も自身の警戒に値できないと、自分の存在を再認識したつもりであったが、どうやら周りの再認識もした方が良いらしいと、難儀なものと考えながら目的地に到着する。
場所は麒麟殿、霊王宮の離殿の一つであるそこに目当ての物がある。それは周りを焼き尽くされたのか炭化した建物の中に、まるでそこだけ避けたかのように白い地面と片足を失った少女が息をしている。
「リルトット、まさかお前に左腕が回帰するとはな」
失くしたはずの腕が、リルトットにはある。それは本来ペルニダ・パルンカジャスに宿っていたものであり、それが死した事でユーハバッハに回帰するはずであったものだ。霊王の左腕、前身を司る霊王の権能を宿したユーハバッハの目にすら映らない力だ。
『その少女から、霊王の欠片を奪ってからこちらに来るのか。随分と慎重のようだね』
「挑発のつもりか。その程度で響くわけもないがな」
藍染惣右介とのバイパスを繋いだままであったが、ユーハバッハは気にすることなくリルトットへと歩み寄って行く。繋いでいるのも下界に降りた時に纏めて彼らを潰す為に残しているからであるが、そんなユーハバッハへ藍染は言葉を刺していく。
『そうかい。では、聞くが……貴方はなぜ
──萩風カワウソから何も奪わなかった?』
リルトットへの歩みが止まる。何か思い当たるのか、はたまた何を出鱈目を言うのかと興味が出たのか、ユーハバッハはその次に紡がれる彼の言葉へ耳を向ける。
『君は恐れているんだよ、彼の中にある力に。霊王とは異なる起源の力に、それを支配出来ない事を恐れている』
萩風カワウソが至った境地の力、あれを全ての死神が至れるわけがない。藍染惣右介ですら目指せない、正確には目指すには条件が足りていない。そしてそのピースが決定的に、重要なものが足りていない事を分かっている。
そんな力に至れる彼が、何の力も持たないわけがない。しかし藍染は彼の中にあるのは霊王の欠片では無い事を知っている、それとは同質であるが異なる何かである事を分かっている。
だが、そんな事はユーハバッハも知っている事だ。
「ふっ、そんな事か。あんなもの私が欲するとでも思うか、霊王の劣化した何かなど取り込む必要はない」
藍染の紡ぐ言葉は期待したものとは違ったのか、またリルトットへと歩み寄って行く。満身創痍な彼女にはユーハバッハを妨げる事は出来ないだろう、これから藍染がユーハバッハの気を惹かせる言葉を吐いても避けられない未来がある。
『私が最も警戒した死神は、黒崎一護でも山本元柳斎重國でもない』
藍染の言葉は届かない、リルトットの左腕しかユーハバッハには写っていない。それを取れば霊王宮でやり残した事など、何も無くなる。下界の掃除を済ませれば、ゆるりと世界の創造に着手出来る。
だが、それは叶わない。
『今から、君を阻む死神だ』
左腕に辿り着く前に、それは阻まれてしまうからだ。
「……まだ、動けたか」
付け加えるならば、この未来を見通す事は出来ていなかった。
「無防備な女の子を襲う変なオッサンぐらい、倒せる力は残ってる」
あそこで潰えたはずだった、あそこでただ息絶えるのを待つだけの存在だった、こんな所に立っている事はなかった。だが何故か、ここに居る。
「萩風カワウソ、どうやら確実に息の根を止めておかなければ止まらぬらしい」
リルトット・ランパードを抱え、萩風カワウソはもう一度ユーハバッハを阻みに立っていた。
次回
ユーハバッハ vs 萩風カワウソ