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ウルキオラの体には致命的なダメージがある。破面としては破格の回復力を持つ彼は更に崩玉の効果により内臓機能を破壊されてしまえば治せなかった場合でも、いくつのかの主要臓器を除いて治癒ができるようにはなっている。先のリジェの戦いでも、それでわざと攻撃を受けて最低限のダメージで探知を行なっていた。
ただユーハバッハとの戦いのダメージは致命的なものだ。数刻もすれば自然に死んでしまうほどのそれは、噴き出ていた血の量を見れば明らかだろう。もはや助かる可能性も無かった彼であるが──
「萩、風……」
ギリギリで、命を繋ぎ止めていた。
「俺は、2人より浅かったからな」
横目には既に治療を受けてある程度安定している日番谷冬獅郎も見える。彼もウルキオラ同様に致命傷を負っていた筈だが、何とか繋ぎ止められたようだ。しかし、ウルキオラはそんな事で安心は出来ない。
「これ以上よせ……お前も、体力は無いはずだ」
萩風とて致命傷を負った筈なのだ、それは治したようだが霊圧は小さくなっている。玉藻舞姫という過ぎた力は異常だ、明らかに何かしらの代償を背負った卍解を行使しているのだから、ダメージ以上の疲労はあるだろう。
崩玉の力でもウルキオラという規格外の存在の心を消費する事で初めて行使できる力であるが、萩風と日番谷は違う。何か副作用はあるのだろう、そしてそれはウルキオラには意図して話していないことも分かっている。どれだけの代償を払おうとも、彼らは必ず戦うのだから。
「引こう、俺達は……」
そして、それだけの力をもってしても負けた。この3人ですら、敗北した。ユーハバッハの未来を改変する力は容易に3人の力を捩じ伏せていた。霊王を取り込んでいるだけならばここまで差はつかなかったのだろうが、ユーハバッハが取り込んだ事でここまで圧倒的な敗北を喫している。
もはや世界の崩壊を待つしかない、そうウルキオラは頭の中を絶望に染め始めるが──
「(……待て、奴が俺達を生かす可能性は限りなくゼロのはずだ。何故俺たちはまだ生きている?)」
頭の中に残る違和感が、それを避けさせる。
「(萩風なぞ回道の使える死神だ、確実にトドメを刺す筈だろう。いや……俺も日番谷も、萩風が居なければ死んでいた)」
最初、生かされているのはユーハバッハに世界の崩壊を見せつけられる為だと考えていた。殺さない理由はない、ユーハバッハにとって3人は自分を殺す可能性を持つ存在なのだから、息の根は止めたい筈だ。いや、止まっている未来が見えたからこそ放置したとも考えられる。
「萩風、手を貸せ」
「動くな、患者は言うことは聞いて……っ!」
ウルキオラは、治療の為にかざされる萩風の手を掴む。同時にウルキオラは自分の中に残るありったけの力を込め、萩風に送り込む。
「お前、無理できる体じゃ無いんだぞ……!」
「っ……構うな、俺はどうせ戦えん」
そして、萩風から手を払うと完全に脱力して地面に横たわる。萩風に支えられてはいるが、自分の中に残る力の全てを出し切ったのだろう、今は息をするだけで精一杯という様子だ。
だが、萩風の目を見ると錆び付いた扉のように力無く口を開き始める。話さなければならない、ここで無理をしてでも話さなければ、ウルキオラは力尽きる事はできない。
「今、ユーハバッハを止められるのはお前だけだ」
世界はこのまま崩壊させられるのは止めなければならない。誰かが止めなければ、ユーハバッハが全てを無くしてしまう。そして、ウルキオラには止められる力は残っていない。時間稼ぎが出来るほどの体力もない、何よりも勝てるはずがない。
ユーハバッハに勝てない事実は変わらない、未来を見られる時点で勝てないのだ。虚無の力ですら効かないのだから、ウルキオラでは挑んでもまた同じ結果を辿るだろう。ただそうなると分かっていても、1人ならば挑んでいただろう。負けると分かっていても、挑めていただろう。王として、ウルキオラ・シファーとして挑まなければならないのだ。一度虚圏を落とされ、多くの破面が犠牲になったのだから、その敵を討ち取りたい気持ちは強いだろう。
そんなウルキオラが、その意志を押してでも残る力を預けて託せるのは1人しかいない。
「恐らく、お前だけはユーハバッハに見られていない未来がある。それを引き出せば、勝機はある。それに──」
ユーハバッハに勝つには2つの要素が必要だ。それは『認識』と『破壊力』であり、萩風はユーハバッハの認識を何らかの理由ですり抜けたからこそ生きている。未来を見る力は完璧ではない事はわかっている、ならばそこに勝機はある。
「──俺達に黙っている切り札が、あるな」
そして、萩風に隠し事があるのをウルキオラは勘づいている。萩風も見抜かれているのを気づいたようで少し無言になる、ただそれはユーハバッハという絶望に挑む事による悲壮感はない。何か頭の中で考えているのだろう、今迄相対した怪物の能力を読み解いている。自分がユーハバッハにどう挑み、どう倒すのかと、覚悟を決め直した顔をしている。
「頼む、ユーハバッハを倒してくれ。お前にしか、託せない」
萩風は簡易的な結界を張り、ウルキオラと日番谷を中に安置する。回復も出来る結界でありながら、ある程度の外的な衝撃も耐えられるものだ。しかしユーハバッハの流れ弾など飛んで来れば木っ端微塵に吹き飛ぶ程度のもの。萩風とてそれを耐えられるようなものを準備する時間も、使っていられる余力もない。
「勝手に死ぬんじゃないぞ」
それだけ告げると、萩風は駆けていく。向かって行くのは麒麟殿、リルトットの戦っていた方向だ。少しだけ意識を向けてみれば弱々しいがリルトットの霊圧を感じられる、そして霊王を取り込んだ事に慣れてきたのか、霊圧が更に膨らんでいるユーハバッハの存在を感じる。
「許せ萩風、お前を死地に送り込む事を」
もはや瞼を開けるのも苦しくなってきた、ただ贖罪のつもりか虚空に向けてウルキオラは呟く。
「まだ俺では、隣に立てないらしい」
虚圏の王は、全てを託し寝静まる。最後の時に目を開けられるかは分からないが、唯一託せる死神に託し目を閉じた。
☆
萩風はリルトットを抱え、間一髪でユーハバッハの凶手から守る事が出来ていた。ただそれが出来たのは虚を付けたからだろう、次の攻撃をリルトットを庇いながら避ける事はできないし、戦う事は出来ない。
だからなのか、なぜか萩風は自身の踏み締める地面を全力で踏みつけた。ただその理由は直ぐに、彼の足元から広がっていく異空間によって知らされていく。黄金色の雲海のような、霊王宮全体の空間と同等の広さの異界が広がっていく。
「(固有の結界……いや、これは)」
ユーハバッハも警戒しているのか、身構える。藍染惣右介は最も警戒した死神と言ったが、その言葉の意味が正しくない事を知っていても身構える。藍染惣右介は萩風を警戒した死神と言ったが、あれは警戒に値する死神が居ないからこそ相対的に警戒度が高かったのが彼だったというだけなのを分かっている。実際に山本重國にも専用の破面を準備したが、ウルキオラのように模造品とは言え崩玉は託していない。あれはユーハバッハを挑発するための誇大にされた言葉だったのだろう。
萩風カワウソは藍染惣右介にとって賞賛に値しても、警戒に値しない死神だったのだ。そして、その筈だった。ユーハバッハも警戒に値する死神ではなかった、何故ならこの2人とも自分の喉元にまで刃が届かない事を知っていたからだ。自分の手駒がどれだけ厳しい戦いを強いられても、自分を殺すには足り得ないと分かっていた。
ただ、ユーハバッハは別方向からの戦闘準備に目を見張っている。そして、そんな空間の1箇所にだけ、穴が広がって行く。
「雪緒!!」
萩風はユーハバッハから目を離す事は無いが、その隣に開いた穴の中にいる1人に声をかける。
「ちょっと、なんでそっちから開けられ……っ!?」
中からは1人の少年、雪緒が出て来るが何か戸惑っている様子だ。隣にはリルカも居るが、いつも騒がしい彼女は今は無言だ。雪緒もユーハバッハに目をやり、あまりの歪さと覇気に当てられて目を見開きながら冷や汗を流している。霊圧を感じられなくとも、やはり存在感だけで敵の大きさを感じてしまったのだろう。
しかし、萩風はそんな2人を戦わせる為に呼んだのではない。
「任せた」
リルトットを放心気味のリルカに投げ渡すと、すぐに穴を閉じる。どうやら単独で、ユーハバッハを止める気のようだ。いや、上の空間で頼りにできる戦力など、彼自身しかないだろう。この次元に立てるものは、そもそも少ないのだから。
「卍解 改ニ・装衣 玉藻舞姫」
同時に、萩風は自身の体と斬魄刀を融合させる。先程ユーハバッハに見せた玉藻舞姫と変わりはない、ただ今度の覇気は先のものとは違うものになっているだろう。
ウルキオラと日番谷を頼りに捨て石として戦っていた時とは心の持ちようが違うのだ。己だけで倒すと、自分の力を信じてユーハバッハを見据えているその眼には、はっきりとした意思を宿している。
「力尽きた筈だが、何か取り込んだのか」
「お手製の栄養剤だ、飲めた物じゃなかったが」
そう言うと、萩風は懐から取り出した瓶を放り投げて割る。見てみればその硝子には赤黒い液体の入った跡があり、それはリルトットが見れば何なのか気付けているだろう。
玉藻舞姫を使う余力は、萩風にはなかった。今ここに立てているのはウルキオラの力と、萩風の情報の詰まった鬼道用の触媒を飲み干しているからである。
鬼道用の使い捨てのものとは言え、情報量で言えば萩風の片腕以上のものが詰まったそれがあればここには立てるだろう。しかし、ユーハバッハはそれを一瞥すると萩風に向き直る。
「尾が三本、全力とは程遠いその力で何が出来る」
九本とは程遠い、制限時間が短くなった萩風を睨み付ける。万全であったなら100通り以上の可能性の軍勢を呼び寄せられたがそれは出来ない、本気の一撃も乱雑には吐けない、そんな状態では萩風達との戦いで霊王を取り込んだ事に慣れてきたユーハバッハに勝てるはずがない。
「試してみるか?」
だが、萩風は踏み込んだ。同時に尾が1つ消え、手に持つ赫刀は灼熱を帯びて輝き出す、日を落とすと形容する一撃を放とうとしているのがわかる。もはやユーハバッハに対して小手調をする必要も余力もないのだから、最初から全力の短期決戦で終わらせなければ勝てないのだから間違いではない。
ただ、その放たれた斬撃はユーハバッハには届かない。いや、届かないどころではない。
「っ……!!!」
萩風は何かを感じ取ったのか、自分立っていた場所から離れる。その勘は正しかっただろう、それは放たれたと同時にユーハバッハにではなく萩風に対して襲い掛かった斬撃を見れば明らかだ。
ユーハバッハの未来改変は未来で見た攻撃を折るだけではない、未来で見た力を味方に付ける。先の戦いで日番谷の凍結空間を自由に動き回ったのもそれが理由であり、ウルキオラの虚無を霧散させる事も出来る。そして、萩風の灼熱の支配権すら強奪する。
「利き腕も取れんか──忌々しき幸運だな、カワウソ」
避けきれなかった萩風の左腕は、黒く炭化し煤けていた。
☆
萩風は片腕で刀を振るう。それを容易に、ユーハバッハは片腕で受け止める。
「この空間、成程……その程度で済んだのは『霊子が霧散』するからか」
ユーハバッハには余裕がある。萩風のこうなる未来は見えていたが、なぜその程度で済んでいたのかを考えていた。ユーハバッハですら自身の半身を灼き消した一撃だ、防げても受けてしまえば萩風の左腕など消しとばしていただろう。
その理由が、萩風の展開したこの空間にある。
「この私ですら、長時間いれば存在が希薄化するだろう。だがそれを望んでの事なら悪手とかしか言えんぞ」
この異界には、霊王宮のような霊子の満ちた空間と異なり霊子が殆ど存在しない。しかし徐々にではあるが、霊子が満ちようと濃度は上がってはいる。しかしそれはこの2人から剥ぎ取っているからだ。
ユーハバッハ程の存在ですら自分の体から霊圧が散ろうとしている事を感じている。そして自身の作る剣や矢は、作られた途端に威力が減衰していくのも分かっている。
この空間に居れば、どんな隊長格であってもただの霊子に変えられるだろう。それだけ、この霧散させる力は強い。ただユーハバッハは、この展開した空間の意図が読めていない。
「お前は自身の手札である鬼道を捨てただけだ、そしてその腕も使い物にならぬだろう。治す余力すら回せない、いや……この空間では治癒すら困難か?」
ユーハバッハは自分をこの空間で安定させる事が出来る、意識を多少割くだけで平時と何も変わらない。強いて変わると言えば攻撃の威力が下がる事だが、それは萩風も同じだ。
にも関わらず、運命を乗り換えて果敢に攻めて来る。その様子を見るに能力を探っているのだろう、能力に近づかなかった先の戦いではなく能力をすり抜ける事を模索している。何かしら、この空間にもかけている様子だ。
「カワウソ、貴様は運命を渡るというが……その表現は正確ではないな」
ただ、萩風はユーハバッハと戦い過ぎた。
「貴様は運命を乗り換えるが、その運命は統合される。死んだ貴様は消えるのではなく、別のお前と一体化する。消えると言ったのは、私の眼を逃れるための虚言だったな」
この虚言を吐いたのは可能性は全く別の自分であると、認識させる為だろう。そしてそれは正しい、この嘘を吐いたのは天狐の案であるが実際うまくいっていた。しかし、もう見せ過ぎたのだ。萩風は誰よりもユーハバッハに立ち向かったが、その分能力を開示し続けてしまった。
「お前には可能性の全てが統合の瞬間がある。それはお前が私に止め刺す可能性のあった、日を落とす瞬間だ」
落日、萩風の尾を消費するあの技だけは可能性が統合されてしまう。いや尾の数を起点としているのか、他の可能性が消えてしまうのだ。ユーハバッハに唯一ダメージを与えた技は──
「もはや、私の目から逃れる事は出来ぬと知れ」
もう、届かない。
そして、両者には圧倒的な力の差もある。
「カワウソ、お前の力は可能性を渡り歩く。運命は変えられるだろう、お前はその化身であると言っても過言でも無い。だが──運命とは、無数に散る砂のようなものだ。それを私は遥か上より見下ろす事が出来るだけのこと」
萩風には徐々に傷が増えて行く、散った血肉はこの空間で蒸発する。これを萩風が出来たならこの空間も理に適ったものとなっていただろう、しかしそれは出来ない。
「そして、お前は運命を乗り換えるだけで運命を作り出すわけではない」
ユーハバッハの一撃が萩風を貫く、しかし乗り換えが間に合ったのか致命傷を負えていない萩風が、ユーハバッハから距離を取る。
「この世界を作ったのも、お前を目にしてから見えていた。だが解せんのは、この私の眼を持ってしてもここに貴様がいる未来が見えていなかったことだ」
だがまだ生きているのは意図してユーハバッハは殺さなかったからだろ、偏にそれは萩風の特異性を見ているからだ。
「霊王を取り込み、前とは違い貴様の未来は透き通るように見える。数多の可能性が分岐して行くのが、統合されていくのが見える。ならば何故、この未来を見落としたか……」
ユーハバッハは警戒する、なぜあの時に殺せなかったかを。今ここで理解出来なければ、この死神はまたユーハバッハの前に立ち塞がるという事が分かる。今ここにいる理由を、未来視をすり抜けた条件を知らなければ、ユーハバッハの喉元に手が届いてしまう。そんな曖昧な理由による確信があった。
「お前の体は、霊王に似た何かで構成されている。ただ存在感としては4割程度、十分に見下ろせる力量差だ」
萩風の体は霊王ではないが、霊王に近い。しかし霊王と同等ではないのでユーハバッハには見下ろせる所にいる。一応ユーハバッハは霊王の欠片を強く持つ者ほど見えづらくはなるのだが、今の状態に至るユーハバッハには些細な違いだろう。見下ろせないわけがない。
「だからこそ、まだ見る必要がある」
だからこそ、ユーハバッハは確かめるのだ。
「お前の事は認めよう、霊王とは突然産まれた奇跡であるがお前もまたそれに並ぶ奇跡だとな」
霊王には力が宿る。力があるもの霊王と呼ぶわけではないが、少なくとも──三界に新たな世界を作り増やしたこの死神は、最も霊王に近い存在だ。
「まさか、私よりも先に世界を創るとまでは思わなかったが」
それも、意図しての事だろう。
「分断、いや……この世界なら未来が見えないとでも考えたか?」
萩風は霊王がどのような存在かウルキオラや天狐から耳にしていた、しかしそこに至れるという自覚はなかった筈だ。霊王とはどこまでの存在であるかまで認識していなかったが、世界を作るなんて事を思い付きで出来るようなはずもない。
ただ、霊王としての萩風は分からずとも間違いない事は一つある。
「息苦しさはあるが、この黄金色の世界……貴様の墓標を建てるには良い場所になるだろう。敬意を示しながら、最後に消すとしよう」
この死神だけが、ユーハバッハという滅却師と同格だった事に違いはない。
☆
ユーハバッハと萩風が別世界で戦いを繰り広げている一方で、その巻き添えを喰らう者達がいる。
「あーもう、座標ぐちゃぐちゃだよ! これ2人の回収面倒すぎるんだけど!!」
雪緒達だ、雪緒は空間の維持を行う一方で周りの空間の監視も行なっていたが、萩風達の戦闘による余波で零番隊の回収すら出来ていない。空間の凍結や空間を歪ませるような衝撃を飛び交わせているどころか、新しい空間まで作られたので、空間の維持を保たせているだけ雪緒は優秀だろう。
そんな中で、1人の少女が薄らと目を開ける。
「雪緒と、リルカか……? 俺は何で……生きて……」
リルトットだ、朦朧とした意識の中で焦りに焦り何かしらの作業を延々と繰り返す雪緒と、そばで何かあった時に護れるようにと彼女を抱えるリルカが見える。
ただリルカは安堵した顔をした瞬間に、また無理に話をしようと咳き込み血を吐くリルトットを見て青褪めていく。
「ちょっと、無理に喋んないでよ! この結界も応急処置しか出来ないって言ってたんだから、無理しても私何も出来ないわよ!?」
空間が振動している、それ即ちまだ戦いは続いているのだろう。世界の崩壊ならば雪緒は諦めて崩壊を待っていただろう、実際先の崩壊が始まった時は延命しようと言う意思は感じなかったのだから。だからまだ、ユーハバッハとの戦いは終わっていない筈だ。
「今、どうなって……る?」
しかし、問いかけられたリルカの顔色は思い出したのか更に悪くなる。
「ウルキオラ達は、負けたわ」
重々しく、リルカは口を開く。リルトットは目を見開くと、周りを見る。自分が回収されているなら他の3人も運び込まれているのだろうと考えての事だ、しかし周りには日番谷・ウルキオラ・萩風の3人はいない。
「今からその回収よ、でもユーハバッハと3人が空間ぐちゃぐちゃにしたお陰で雪緒はひいひい言ってるけど」
ウルキオラ達は霊王宮にいる。しかしそちらの方が安全なのかもしれない。雪緒としてはこの隣接した空間が直に衝撃を受けてしまっている現状を何とかしようとしている状況なのだが、治療用の結界はここにしかない。
ならば、今は誰が戦っているのか。間違いなく戦いは続いている、そしてそんな問いが口から出る前に、リルカは呟く。
「そんで、今は萩風が1人で戦ってるわ」
「っ……」
一人でユーハバッハと戦っている。それ事態はまだ戦いは続いているという事で安堵はする、ぎりぎりで踏ん張れているのだと安堵ができる。しかし、それを言うリルカの顔色は悪過ぎる。
「はっきり言うけど、勝てる気しない。あんな見るだけで死ぬって分かる奴と戦うなんて……正気じゃないわよ」
萩風は異空間から無理矢理雪緒達のいる空間をこじ開けた、そんな力があると聞いてもいないし分かっていても出来るはずがない。浦原喜助ですら色々と道具と知識があるからこそ門を開ける、こじ開けるのは異常だ。
だがそれ以上に、萩風の前に立つユーハバッハが異常だっただけである。
「そんな顔しないでよ、こっちまで気が滅入るじゃない。そんな体で生きてるだけラッキーぐらいに思ってなさ……ちょっと!!」
しかし、それを聞いたリルトットは立ちあがろうとする。しかし立ち上がれずにそのまま転ぶ。無理もないだろう、そもそも全快とは程遠いというのもあるが、彼女には片足が無いのだから。
「足なくなってんのよ、悪い事言わないから寝ときなさいって!」
彼女はペルニダという親衛隊と相討ちした、正確には負けたが何とか萩風の用意した爆破瓶で焼き焦げた筈だ。その時の傷も無くなった血も体力も戻っているわけでもないのだ、立てる力も残っていない。
「あぁ、すま……?」
ただ、リルカに左腕を引っ張られて肩を貸されるリルトットだが、違和感を感じる。本来なら無くしたはずのものが、足と同様に取られたものが、なぜかしっかりとついているのに気づく。
「(何で、何であるんだ?萩風でも欠損は治せねぇって……っ!!)」
一瞬萩風が治したのかとも考えたが、そうではない。それに左腕に意識を向けてみれば、自分のものではないかのような感触を受ける。だがそれだけではない、体全体に言いようのない違和感がある。
そしてリルトット、自分と戦った滅却師の異名を知っている。
「なぁ雪緒、それにリルカも……頼みがある」
消え入りそうな声で、リルトットは声を紡ぎ出す。
☆
萩風とユーハバッハの戦いは、佳境に入っている。萩風の持つ謎の究明を行うユーハバッハと、自身の力の究明を急ぎユーハバッハの目をすり抜けようとする萩風、どちらも探りながらの戦いになる。しかし、その探り合いですらユーハバッハの圧力に萩風は押されて行く。
「分からぬ、どう見ても私には貴様の亡骸しか見えぬ」
そして、遂にその時が来てしまう。
「ただでさえ消耗の激しいその技で、私と戦う力は残っていまい。まだ戦うか?」
萩風の三本あった尾も、今は消えかけている。そもそも一度戦った時ですら圧倒的な力の差があったのだ、霊王の体に慣れていくユーハバッハと異なり、萩風の体には疲労が溜まるだけだ。
加えて萩風の作り出したこの異界では、消耗が激しくなる。最後の灯火が消えるのも、仕方ない事だろう。時間も足りない、手札は見られている、力も残っていない。萩風には、もうユーハバッハに抗う力は残っていない。
「尾が消えたら、終わりなんて言ってないぞ」
この、最後の手札を除いて。
「尾は制限時間なのは合ってる、ただそれは……俺がこの力を抑えつける事が出来る時間だ」
最後の尾が消えた、同時に──萩風の霊圧がユーハバッハと同等にまで膨れ上がる。髪や獣耳の毛は白く変色していき、目は赤く輝き始めるる。赫刀は消え、代わりに彼女の指先の爪が鋭利な刃へと変わっていく。纏っている装束も、燃え上がるように千切れ飛んでは揺らめき初め、血塗れていたことなど気に出来ないほどに深紅の姿に変わっていく。
「なぜ、それを使わなかった?」
「これを使えば、どうなるか分からんからな」
ユーハバッハには見えていなかった。性能がどうこうという話ではない、霊圧だけで言えば同格には至れているがそれだけだ。滅却師としてのユーハバッハと死神としての萩風カワウソは同格であるのは認めているが、霊王を取り込んだユーハバッハには天と地ほどの隔たりがあるはずなのだ。
「本当なら、見られてない未来を見つけてから使いたかったが間に合いそうにない。だがら不器用なりに──俺に残る全てを使うしかない」
ただ、そんな力にリスクがないはずがない。
「今迄乗り換えていた可能性の全てが、集約される。尾はあくまでも制御出来るように灯籠渡りの起点とした外付けの霊圧貯蔵器官に過ぎん」
萩風の可能性を全て集める、言い換えるなら自分の意思が色々と重なり混ざり合うという事でもある。それを制御する為に外付けの貯蔵器官を準備し、正常な状態で戦っていたのが今迄の玉藻舞姫だ。しかし集約される可能性は、もはや自分であっても機微がありその機微が重なれば精神は崩壊する。それだけ、萩風の枝分かれしていく可能性は多過ぎる。
「まだまだ制御ができない、10秒も保たんが……今回は、最後まで解かん」
耐える事は出来る、だがこの力を制御しつつ戦うには萩風は色々と足りていない。そもそも集中できる時間も萩風ほどの死神であっても限界があるのだ、そして霊圧を察するに──本人が周りを気にして戦える事は無いだろう。
「お前を倒さなければ、俺の帰る場所が無くなるからな」
迸る霊圧の奔流は、間違いなく萩風の数多の可能性を重ねた事により引き出されたものだ。今迄ユーハバッハに対して捨て石として、時間稼ぎとして戦っていた時は違う、絶対に倒す為の姿となっている。
「(やはり見えなかった、だが変わった後は見えるがボヤける……いやまさか)」
その点で言えば、尾が無くなったその姿が完成形なのだが──ユーハバッハにはこの未来が見えていなかった。いやこの感覚は、以前も感じていただろう。萩風カワウソと初めて対峙した瞬間、能力を完全に扱えるほど力を取り戻せていなかった時に、未来が霞がかるように見えた。
あの時は同格であったが故に見えない部分があったのだろう、しかし今は同格ではない筈だ。ならば、なぜか。
「そうか、そう言う事か」
そして、何かを納得する。同時に萩風が刀を捨てたように、ユーハバッハもまた剣を捨てる。
「宣言しよう、萩風カワウソ。貴様は私に、胸を貫かれて死ぬとな」
「それはどっちの方か、わからんがな!!」
この戦いの決着に、1分も時間は掛からないだろう。だがこの世界で最も長く、濃い時間が過ぎるのは間違いない。
ネタバレじゃないですが、この世界で